何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2018年02月

ピョンチャン五輪が終って・・・・



祥一郎が旅立って行ったのが2015年・・・・・・・・・・。

翌2016年はリオデジャネイロ五輪だった。


私は、自分の人生最大最悪の悲しみの真っただ中に居たので、当然ながら五輪など全く楽しめなかった。

ひとりになってしまった部屋で何をしたらいいのかも思いつかず、ただテレビを点けてぼーっとリオ五輪の映像を眺めていた。

勿論目にも耳にも頭にも、何も入ってはこなかった。


どんなにいい試合でも、どんなに素晴らしい選手の活躍が有っても、何も入っては来なかった。


今思い返してみても、何も覚えていない。


世の中の全てがハリボテのように見え、真っ暗闇の底に捉われていたのだから無理もない。


そしてあれから二年が経った。


今回のピョンチャン五輪。


私はまだまだ立ち直ったとは言い難いけれど、この韓国の地で行われた五輪は私にとって明らかに二年前の五輪とは違っていた。

やっと自分の目に耳に頭に、ほんの僅かだが五輪が入ってきた。

羽生選手やカーリング競技を、ドキドキしながら観ている自分が居た。

私は、自分もこの世の一員だということを少しずつ思い出しているのかもしれない。



それでも・・・・・・・・・願わくば祥一郎と共に今回の五輪を観たかった。

あいつは五輪にはそれほど興味は無かったけれど、私のルーツがある地で行われた五輪を少しは話題にして
ふたりで過ごしたかもしれない。


テレビの前で手に汗握る私を見て、「おっちゃんも好きやなあ。」と言ってからかってくれたかもしれない。


二年後は東京五輪だ。

その時、当たり前のように横に祥一郎が居る筈だった二年後。

でももうそれは叶わない。

けれども・・・・・・・・・もしかしたら私は今より立ち直って、祥一郎の写真を胸に東京五輪の開会式を楽しんでいるかもしれない。


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もう沢山・・・・・・・・・・



祥一郎・・・・・・・・・


ごめんね・・・・・・・・・謝ってばかりだけど・・・・・・・・・本当にごめんね。


おっちゃん、お前の人生を抱えきれなかった。

お前もおっちゃんと同じように、生きるのが下手で、世渡りが下手で、そんなことは分かっていたはずなのに・・・。

お互いそんな者同志で、なんとか寄り添って生きて来て、もっと一緒に生きていければと思っていたのに・・・。

おっちゃん、不器用で馬鹿な男に・・・・ひとりぼっちの男に戻ってしまったよ・・・・・・。


何処へ行けばいいのか、何を求めて生きればいいのか、まったく分からない男になってしまったよ。

祥一郎・・・・・・・・・・。


もう沢山なんだけどなあ・・・・・・・・・・・

それでもおっちゃんの人生はまだ続くんだろうか・・・・・・・・


自分では死ねずに、寿命を全うしなければならないんだろうか・・・・・・・・・



祥一郎よ・・・・・・・・・


せめてお前が傍に居たなら・・・・居てくれたなら・・・・・・・・・


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帰る場所が無くなった男



考えてみれば・・・・・・・・・・・

私にはもう帰る場所が無い。

幼い頃を過ごした大阪の家はもう既に取り壊され、跡形も無い。

いや、あの家に居るのが耐えられなかったので早くに一人で暮らし始めた。
だからたとえ今あの家が有って誰かが住んでいても、帰るつもりになるわけも無く、帰る場所でも無いだろう。

私の産まれた場所は東京のとある街だが、そこには遠縁の従兄弟とその子供達しかおらず、全く付き合いなど無い。

勿論赤の他人以下の兄弟の住む場所など、寄りつきたくもない。


帰る場所など無くてもいい。若い頃はそれでもよかった。そんなことは考えもしなかった。
無頼に好き勝手に、一人で生きていればよかった。


しかし、祥一郎と出逢ってから人を愛する事を知り、人を守りたいという思いを抱き、人とずっと寄り添いたいという感情を持った。

そして祥一郎の居る場所・・・・それが私の帰る場所になったのだ。

引っ越ししてどこに住もうが構わない。
祥一郎が居てくれる場所、そこが私の帰る場所だったのだ。


私は、その帰る場所を失ってしまった。


今後私はどう生きていくのだろうか。

帰る場所が無くても、それでも何処かに自分の居場所を見つけようとするのだろうか。

それともそんなことは諦めて、この世とおさらばすれば祥一郎の居る場所へ帰れると信じ、残りの人生を淡々と消化するように生きるのだろうか。


私には・・・・・・帰る場所が無い・・・・・・・・・・。


祥一郎よ・・・・・・・・おっちゃんはどう生きたらいいんだろう・・・・・・・・・・・。


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春も間近な午後の涙

清水坂公園



もう2月も半ばか・・・・・・・・・・。


祥一郎が暇さえあれば日向ぼっこをしていた公園で、きょうも私は暫し過ごしていた。


風や空気はまだ冷たいけれど、柔らかい太陽の光がすぐそこまで来ている春を感じさせて暖かい。


絶対祥一郎はこんな日には、この公園で陽を浴びていただろう。


そして目をつむって空を見上げ、自分の身体に燦々と降る光を楽しんだことだろう。


私はそんな光景を一生懸命自分の脳裏に甦らせながら、ただじっとベンチに座っている。


もう現実には目にすることは無い、あの光景を。


部屋に帰ってきてから、ふと祥一郎の遺した使いかけのコスメ製品の蓋を開けてみた。


殆どのものがもう残り僅かになっていたけれど、それでもまだ底のほうにクリームだの化粧水だのが残っている。


匂いをかぐと、やはり祥一郎の匂いがした。


(うん、こんな匂いだ。こんな匂いをいつも祥一郎は身にまとっていたなあ・・・・・・・・・・この匂いもこの香りもそうだ・・・・・・・・・・・・。)


悲しくて寂しくて、とても辛くなってしまうけれど、それでも私は祥一郎の匂いを懐かしんでいた。


そう、確かに祥一郎はこの部屋で私と一緒に生きていた。


私と寄り添って生きていたんだ・・・・・・・・・・


ねえ、祥一郎・・・・・・・・・・・・・何処に居るの?何処に行ってしまったの?


おっちゃん寂しいよ・・・・・・・・・悲しいよ・・・・・・・・・・


また涙に塗れた夕暮れ時だった。


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祥一郎の時計が時を刻む

腕時計



あの時・・・・・・・・・・・・・

祥一郎が突然旅立ってしまった時・・・・・・・・

私はおそらく頭が錯乱していたので、後先のことを考えることができなかった。


だから祥一郎の遺品をよく吟味もせず処分したり、あらかた父親に返したりしてしまった。


(あれも残しておきたかった・・・・・あれも、これも・・・・・・・・)と思っても、今やもう遅過ぎる。


しかし何故か祥一郎が何本か持っていた腕時計の内のひとつだけ、私の手元に置いておいた。


ずっと放置していたけれど、今回電池を入れ直して使えるようにした。

それがトップの画像の腕時計だ。

なにやらディズニーっぽいデザインなような気もするが、はっきりしたことは分からない。

メーカーはスイスのSWATCHとかいうらしい。

デザイン的に50歳もとっくに越えたおっさんがする腕時計ではないような気もするが、
出掛ける時には必ず身につけるようにしている。



ときおりこの腕時計を自分の耳にあてて、「コチ・・コチ・・コチ・・」という音を聞いている。

そして心の中で呟いているのだ。

(・・・・・祥一郎・・・・お前のこの世での時が、また動き始めたよ。)と。


これが祥一郎の心臓の鼓動であったなら、どんなに私は・・・・・・・・・・そう思うことも有る。


ねえ、祥一郎・・・・・。

すっかり熟年の腕になってしまったおっちゃんの腕で、お前の時計は動いているよ。


愛しい音を立てながら。


お前の呼吸のような・・・・お前の歩く音のような・・・・お前の話す声のような・・・・・そんな音をたてているよ。

ねえ、祥一郎・・・・・・・・・。


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