何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2018年04月

祥一郎の居る世界へまた一歩



またひとつ歳を取った。


私はもう祥一郎なしでは生きられない・・・・・・・・・・あいつが元気な頃からすでにそう思っていたのに、
独りになってしまってからふたつも歳を取ってしまった。


よく生きてきたものだと思う。


そういう意味では自分を褒めてやりたい気もする。


まがりなりにも仕事をし、飯を食い、息をしてきた。



壮絶な悲しみ苦しみや孤独と闘いながら・・・・・・・・・・・・。



私の心の大部分は、あの悲劇の朝から時が停まったように凍りついている。


しかしある一部分では変りつつあるのかもしれない。


私も紛れも無くこの世の一部であるのなら、きっと私も少しずつ変って行くのだろう。


今はまだ、どんなふうに変って行くのか、想像もできないけれど。


できるなら・・・・・・・・・・祥一郎を傍に感じつつ、真の意味で前を向いて生きてみたい。



ねえ祥一郎。


おっちゃんまたひとつ歳をとったよ。


部屋に帰ってきたら、お前が少ない小遣いの中からおっちゃんの好きな煙草を一箱買っておいてくれたあの頃。ささやかでとても嬉しかった誕生日プレゼント。


たまらなく愛おしい。


お前がまだこの世に居たならば、きっと同じことをしてくれただろうね。


でももう今は・・・・・・・・・・・。


ひとつだけ確かなのは、また一歩お前の住む世界へ近づいたこと。


そう思うと、気も紛れるのかもしれないね。


祥一郎・・・・・・・おっちゃんまたひとつ歳をとったよ・・・・・・・・・・・・。


お前の姿が見たい・・・・・・・・お前の声が聴きたい・・・・・・・・お前の温もりを感じたい。


ねえ祥一郎。


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耐えて生き抜く



あの冬の朝。
台所でドスンという大きな音が聞こえ、「うわあああああああ!!」という断末魔の悲鳴と共に祥一郎が苦悶の表情で倒れていたあの光景。



抱きかかえた私の膝の上で、「おえええええっつ」と、大量に吐血したあの祥一郎の生温かい血の感触・・・・。



有り得ないほど体中が寒気で震えながら、私の作ったお粥を、「やっとちょっと食べれた・・・・・。」と言った時の
祥一郎のあの心細げな顔。


あの日の前夜、「チョコレート、吐いちゃった・・・・。」と言って、血の染みの付いた蒲団を拭き取っていた祥一郎の姿。



「・・・・おっちゃん、手ぇにぎって・・・・・。」と言って、涙を流していたあの夜の祥一郎。



心臓マッサージの最中の、祥一郎の白くなっていった眼。



病院の冷たい霊安室で、棺に横たわった祥一郎の血糊のついた口元。



荼毘に付される前の、冷たくなり全く生気の無くなった祥一郎のあの顔。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どれもこれも折に触れ突然に、或いはテレビの映像で似たような画面を観る度に・・・・・・私の眼前に甦って来る。


その度に私は俯いて膝を抱え、視線を落とし唸りながらただひたすら耐える。



改めて祥一郎の死は現実なのだと、そしてその現実はまだまだ続いているのだと感じながら。



祥一郎との楽しかったひと時を想い出さないわけではない。


でも、まだあの一連のあまりにも突然な、ふたりが引き裂かれた瞬間の出来事の方が頻繁にフラッシュバックする。


こんな日々はいつまで続くのだろうか。


祥一郎と私が、共に笑顔で過ごしたひと時の方を想い出す数が増えたとき、私は少し前に進んだことになるのだろう。


その時まで私は耐えねばならない。


あまりにも辛いフラッシュバックに負けずに、生きて行かなければならない。


それらに耐え抜いて自分の寿命を全うし、大手を振って祥一郎に逢いに行くその日まで。


ねえ、祥一郎・・・・・・・おっちゃんはそうするべきなんだろう?


ねえ、祥一郎・・・・・・・・・。


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また泳ぎだした鯉のぼり

三度目の鯉のぼり



またこんな季節がやってきた・・・・・・・・・・。


もう6~7年ほど前になるか、あの時、酷い鬱状態で苦しんでいた私を慰めようと、祥一郎が「おっちゃん、公園に鯉が泳いでいるよ。」と教えてくれた。


ふたりでしばらく眺めていた公園の鯉のぼり。


まだ季節浅いのか、心なしか元気がないようにも見える。


しかしもうすぐ五月の青い風に乗って元気に泳ぎ出すだろう。


今私は空を泳ぎ出したこの鯉のぼりを独りで眺めている。


(なんで隣りに祥一郎が居ないんだろう・・・・・・・・・・・何故私は独りで眺めているんだろう・・・・・・・・・
どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・・・・・・・・・・祥一郎は何処へ行ってしまったんだろう・・・・・・・・)


公園のベンチで、涙を滲ませながら色々な想いが巡る。


新緑が眩しい公園の樹々、遊ぶ子供達、そして鯉のぼり、その中で空を見上げ眼を細めながら初夏の太陽を
身体いっぱいに浴びる祥一郎・・・・・・そしてその隣には私が居るはずだったのに・・・・・・・・。



いや、きっと今でも祥一郎は隣りに居るんだろう。


ちょっと困った顔をして、その後に笑顔で「おっちゃん、元気を出して。うちはここにいつでも居るで。だからなあおっちゃん、元気を出して。」


そう言っているんだろう。


ふと風が吹いて鯉のぼりが元気に泳ぎ出した。


祥一郎のそんな想いを私に伝えるように。


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共に悲しむべきなのか



祥一郎が旅立ってしまって、私以外の誰かは悲しんでいるのだろうか・・・・・。


実父は・・・・・祥一郎が荼毘に付される時も涙ひとつ見せなかった。そして私が実家にお邪魔したいと申し出ても、
やんわり断ってきた。


弟も・・・・・・・先日、祥一郎の私と過ごした20年の軌跡をお話ししたい、私と出逢う前の祥一郎の話もお聞きしたいと申し出たら、疎遠だったので何も話すことは無い、話を聞く余裕もないと・・・・・・。


そして祥一郎と親しかったかもしれない人達のことを、私は知らない。


結局、二年余りずっと悲しみ続けているのは私だけなのだろうか。


私は誰かと祥一郎の死の悲しみを分かち合いたい。


でもそれは無理なことなのかもしれない。


であるならば・・・・・・・・・・そろそろ覚悟を決めなければならないだろう。


そう・・・・・・・・・・他の誰かがどうということではない。


私がどうあるべきか、どうするべきかなのだな。


祥一郎を想う心と・・・・・・・・あいつの魂が私に望むことをするだけだ。


ねえ祥一郎、そうなんだろう?


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寄せ書きと祥一郎の人生

BlogPaint


祥一郎からときおり聞いたことがある。


昔、東天紅という中華料理店でアルバイトをしていたことを。


おりにふれ、その頃働いていた様子を話してくれた。


上の画像は、その東天紅を辞める際に貰った寄せ書きの色紙だ。


色紙を貰うくらいだから、それなりに楽しい時期もあっただろうし、仲間も居たのだろう。


「早くBIGになってね。」とか「早く青山にマンション建ててね。」等と書いてある。


祥一郎はその頃、色々と夢を語ったのだろう。


その夢は実現しなかったけれど・・・・・・・・・。


私は東京の街を彷徨い続けているが、東天紅の看板を見かける度に切なくなる。


もっとあの頃の話を聞いておけばよかった。


いや、あの頃の話だけではない、私と出逢うまでの祥一郎の人生をもっと聞いておけばよかった。


共に過ごしたのは20年余りだけれど、祥一郎の人生の軌跡全てを記憶に留めておきたかった。


祥一郎の肉親と語り合うことは不可能であるから、尚更そう思う。


おそらく・・・・・おそらくだが、祥一郎の死を悼み悲しみ慟哭し、そしてあいつのこの世での存在を死ぬまで強く想い続けるのは、私ひとりだけに違いないだろうから。


なあ祥一郎・・・・・・・。


おっちゃんと出逢う前のお前の人生の話を、もっと聞いてあげなくてごめんね。


でも・・・・・・唯一希望があるとすれば、おっちゃんがそちらへ逝った時に聞けるかもしれないね。


その時まで待ってておくれ。


ねえ祥一郎・・・・・・・・・。
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  • 霊蝶
  • 四度目の鯉のぼり
  • 様々な想いが巡る
  • 祥一郎が流した涙の数々
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