何故死んでしまったの 祥一郎の生きた証

私、けいは2015年12月28日、最愛のパートナーである祥一郎を突然喪いました。 このブログは、彼の「生きた証を残したい。」という生前の希望を綴ったものです。 そして、ゲイの死別という経験を可能な限り見つめて行きます。 #ゲイ  #死別  #孤独

2018年07月

二度目の風鈴



いつ以来だろうか。
風鈴を軒先に吊るしたのは。


そうだ、あれは私がまだ小学生高学年か中学生の頃だったように思う。


どこから手に入れたのか忘れてしまったけれども、小さな鉄の風鈴を吊るしていた。


あの頃、私は家族と一緒に暮らしていた。


祖父と兄弟、四人で暮らしていたのだ。


しかし私は祖父とは徹底的にそりが合わず、兄弟とも喧嘩が絶えなかった。


あの変則的な家族の中で、孤立を感じながら暮らしていた。


早く大人になって、こんな家から出て行きたいと思っていたものだ。


風鈴を吊ったのは、子供ながらも孤独を深めていた自分に癒しが欲しかったからかもしれない。



もうあの頃は遠くに過ぎ去り、祖父はもうこの世には居らず、兄弟とも何年も会っていない。


そしてあの頃以来、また風鈴を吊るした。


祥一郎と一度だけ行ったことのある、とある店の景品で貰った小さな瀬戸物の風鈴。


私は今あの頃とはまた違った孤独を強く感じている。


独りぼっちの本物で本当の巨大な孤独を。


今も窓の外でチリチリと鳴っている。


私はこの風鈴の音で多少なりとも癒されているのだろうか。



いや小さく可憐な音の筈なのに、この風鈴の音は私のこの先の人生を告げているのかもしれない。



(今度こそ残りの人生、独りで孤独に生きて行くんだよ・・・・・・・・)そう告げているのかもしれない。



祥一郎よ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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籠ってしまった悲しみ



ここ最近泣いてない。


いや、まったく泣いてないわけではなく、たまにはつーっと涙が頬を伝う事はある。


しかし思い切り泣いたことがもう何ヶ月も無い。


私は立ち直ったのだろうか。


そんな自覚がまったく湧いてこない。


なんというか、悲しみが内に籠って溜まって澱んでいるような、そんな感覚がある。


思い切り泣いて束の間であってもすっきりしたいのだが。


そのきっかけの範囲が狭まってしまったのだろうか。


以前はなにかにつけ、涙が溢れるトリガーが多かったような気がする。


それが少なくなってきたというのはどういうことなのだろうか。


前向きに捉えたいのだけれど、どうもまだそれができない。


泣けないけれども、悲しみと孤独が自分に纏わりついて、それが通常の状態になってしまったのかもしれない。


いかん・・・・・・・・・いかんなあ・・・・・・。


私自身もそれでは精神がもたないだろうし、祥一郎もそんな私を望まないだろう。



祥一郎と約束したんだ・・・・・・・・・・・



きっといつか立ち直って、想い出を宝にしつつ笑みを浮かべて残りの人生を全うするんだと。


そしてそれが終った時、大手を振って祥一郎に逢いに行き、「なあ、おっちゃんちゃんと生きたやろ?」と
言えるように。


なあ祥一郎・・・・・・・・・・・・。



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古びた財布

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古びて薄汚れた財布・・・・・・・・・・・・。


いったい何処で買ったのか、いつ頃から使い始めたのか勿論覚えていない。
三千円もしなかっただろう、安物の財布。


少なくとも10年以上は使い続けた筈だ。
私は物持ちがいいのだ。(貧乏だからというのが理由だが。)



そう、この財布の中に少ない生活資金を入れて、私と祥一郎の生活は続いた。


月々の支払いを済ませて、そして残った金を数え、
ああ、今月は苦しいなあだとか、嗚呼あと半月はふたりの生活をこれで持たせなきゃならないとか、この財布の中身と相談して、いったいどれほどやりくりに四苦八苦したことだろう。



給料日が来て少しばかりこの財布が膨れても、ふたり分のつましい生活であっというまに財布は痩せていった。


二人の経済生活の痕跡がつまった財布。


その財布がとうとう使えなくなった。


ファスナー部分がもう壊れてしまい、どうにも修復できなくなってしまった。


こうして二人の歴史の象徴が、またひとつ無くなっていく。


私独りきりになっても世は流れ、街は変り、季節は移ろう。それと同じように形あるものも滅んでいく。


10年以上も使わしてくれた財布。
ありがとう、お疲れさん。


祥一郎・・・・・・・・・・・


この財布の中にお前と私が何不自由なく生活できるお金はついに入ることはなかったけれど、それでもこの財布は二人の喜怒哀楽の象徴のような気がするよ。


ねえ祥一郎・・・・・・・・でも、古い財布はどうやって捨てたらいいんだろねえ・・・・・・・。


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未だに私は・・・・・・・



マーボー茄子を作った。


普通に作るとどうしても一人分ではなくなってしまう。


元気な頃の祥一郎が居たなら・・・・・・・・・・飯に乗せて大盛で食べただろうに。


二人でおかずも飯も、ペロリと平らげただろうに。


やっぱり余ってしまったマーボー茄子。
きっと傷んで捨ててしまうのだろうな。



普通にあった二人の食事風景が、普通で無くなった。


もう無くなった。


祥一郎・・・・お前が居た食卓。


お前が居たこの部屋。


私は当たり前にそこへ毎日帰ってきていた。


嗚呼自分の中の深いところから聞こえる。


(私は・・・・・・私は何処へ帰ればいいのだろう・・・・・・・・・・・・)


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猛暑が来て想い出すこと



梅雨が明けた・・・・・・・・・・。


こんなに早く梅雨が明けて、猛暑が何ヶ月も続くのだろうか。


私は独りきりで乗り越えなければならない・・・・・・。


それを考えると途方も無く辛く悲しくなるけれど、それでも猛暑がやってくると決まって想い出すことがある。


たった一回きりの伊豆への一泊旅行。


波打ち際で微笑む祥一郎の笑顔は、私の知っているあいつの笑顔の中で最高のものだ。


写真は無いけれど、今も眼を閉じるとすぐに甦ってくる私の永遠の宝物だ。



なあ祥一郎・・・・。


貧乏旅行だったけど、楽しかったよねえ。


隣りの部屋の声が丸聞こえの部屋だったねえ。


晩御飯のメインディッシュは、鯵の塩焼きだったねえ。


遠くの花火が綺麗だったねえ。


暑くて疲れて日焼けして・・・・・・・・楽しかったよねえ。


もうおっちゃんは二度と海水浴へは行かないだろうけど、あの二日間のことは大事に私の心にしまっておくよ。


そしていつかそれをお前の元に持って帰るからね。


ねえ祥一郎・・・・・・・・。


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