アジサイ



祥一郎が好きだったアジサイの花が咲きだした。


あいつは鉢植えのアジサイよりも、道端で逞しく咲いているアジサイが好きだと言っていたけれど、
どうしても仏壇に供えたいと思って、通りすがりに咲いているアジサイをひと花手折ってきた。



このひと花が、祥一郎の居る世界で大きく沢山の花を咲かせているアジサイになるように。



アジサイの花言葉は・・・・・・移り気だったかな。


私はその花言葉のように、気絶えず気持ちが揺れ動いている。



いや、揺れ動いているというよりも、乱れているといった方がいいかもしれない。


少々前向きになろうと気持ちを奮い立たせても、また少し時間が経てばズドーンと落ち込んでしまう。
その繰り返しだ。


オフの日には相変わらず当ても無く、このあまりにも広い東京の街を彷徨っている。


昨夜は新宿、きょうは上野、そして池袋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そしてただ歩き回っただけで何をしたわけでもなく、また孤独の牢獄のような部屋に戻ってくる。


しかし一時間も部屋でじっとできず、また近所の街を彷徨い歩く。


ただでさえ疲れきっている身体を更に疲れさせ、すぐに夢の中へ逃げ込めるようにとばかりに。


私は多分どこか壊れているのだろう。


そう、壊れないわけがないのだ。


祥一郎という生きる支えを喪ったのだから。



そして幾度となく人影を見送る。


あれは祥一郎じゃないのか、祥一郎が向こうから歩いてきはしないか、あの後ろ姿は祥一郎じゃないのかと、
有らぬ願望を抱きながら。



きょうも路傍のアジサイは元気に咲いている。


花の色は変ろうとも、ひと所に根を張って逞しく咲いている。
そうきっと来年も再来年もずっと。


フラフラと支えを喪った木偶人形のように彷徨う私を笑うように、或いは励ますように?



祥一郎・・・・・・・・・・・・
おっちゃんに囁いておくれ。



「おっちゃん、うちはここに居るで。いつも隣りに居るで。だからなあ心配せんと元気に生きて。いつも一緒やから。今この瞬間も一緒やから。なあおっちゃん。」



ねえ祥一郎・・・・・・・・・。


↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
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