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何度も言うが、祥一郎は笑顔良しさんだった。


とても無邪気でまばゆいような笑顔をつくるやつだった。


それでも長いふたりの年月の中、あいつも涙を流したことが何度か有る。



初めて見たあいつの涙は何だっただろう。


東京から大阪へ引っ越す私に、意を決して着いて来た祥一郎。
それでもやがてホームシックにかかり、私がひとりで出掛けてどこへも連れて行ってやらなかったことで
寂しさが極致にきていたのだろう。

「・・・・うちにはおっちゃんしか居らんねんで。おっちゃんしか・・・・・・・・。」
そう言って泣いた。



あいつが電話代のことで私に怒られて、金を工面する為に実家に電話し、親にも怒られて泣いていた事もあった。
「お父さん、いつだってお母さんを苛めるやん。」と。色々と両親について想う事があったのだろう。



その母親が亡くなったとき、泣きながら実家に帰る祥一郎を、私は窓から見送ったこともある。



私が紹介した職場で、他のスタッフに苛められて泣きながら帰って来た。

眠っている私に、「おっちゃん、ごめんな、ごめんな・・・・・・・・・・。」と言ってさめざめと泣きつづけた。
無理な仕事をさせてしまった自分を後悔した。




肝炎で入院したときにHIV陽性であることが発覚し、家に帰って来てから「うち、エイズかもしれんねん・・・・・・。」
と泣いたあの時。
泣きながら何をするのかと思えば洗濯を始めた。きっといつもの日常生活を送る事で、自分が重大な病であることを忘れようとしていたのだろう。

「大丈夫、おっちゃん貯金があるし、何とかするから。」と私は慰めたものだ。結局私は殆ど何もできなかったけれど。


そして・・・・・・・そして祥一郎の最後の涙。

自分がもう長くないと感じていたのだろう。
「おっちゃん・・・・・・・手ぇ握って・・・。」と泣きながら訴えた。

そんな祥一郎に私は、「さすがにめげたんか?もうすぐ病院行くから。なんとかなるよ。」と、そんなことしか言えなかった。
そして病院に行くはずだった当日の朝。祥一郎は突然旅立って行った。



祥一郎が流した数々の涙。

それを想う時、私の至らなさ、包容力の足りなさ、行動力の無さ・・・・・・・・それを悔いてしまう。


悔やむことが以外、何ができるというのだろう。


そして祥一郎が流した涙の何倍もの涙を流すこと以外、何ができるのだろう。


祥一郎・・・・・・お前はそちらから笑って明るく暮らす私を望んでいるのかい?


でも・・・・・・・それはまだまだ先のことになりそうだ。ごめんね・・・・・・・祥一郎。


↓祥一郎の供養の為によろしくお願いします。
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