モチプロ~Motivation Project ~

職場や地域の活性化、個人の元気に関心のある仲間が集まり、日々感じていることなどを徒然なるままに語るブログです。

福島県避難所で体験した人の絆の大切さ

315日から23日まで、福島県二本松市にある避難所で、9日間、原発からの避難住民の受け入れ支援を行ってきました。

こちらの避難所では、13日から受入れを開始し、私の滞在中には、下は1歳から上は93歳まで、常時400名前後の方々が避難されていました。


私が応援に駆けつけた当初は、避難所の掲示板に「子供が家に帰りたいと泣くので、夜、騒ぐのは止めてください」「避難させて頂いているのに、ゴミを散らかしたり、タバコをトイレで吸ったり、大人としてのマナーを守って下さい」と、入所者がバラバラで、ギスギス感がありました。


状況を打開するために、市役所の方と相談して、
18日の夜、避難住民の方々とワークショップ「快適な環境をみんなで考える会」を開催しました。

ワークショップの様子

当日は、避難されている方の約半分の200名の参加があり、5つのグループに分かれて、どうしたらより多くの方々が快適に生活が出来るのか話し合いを行いました。

「節電のためにも、消灯時間を
1時間早めよう。」


「ゴミは各自がきちんと分別し、担当を決めて掃除やゴミ出しをし、きれいな環境にしよう。」


「子供たちが退屈しないよう、子供の遊べる場所を確保してはどうか。」


「受験を控えている中学生、高校生のために勉強する場所を確保してはどうか。」


「気分転換のために、毎朝、ラジオ体操をしてはどうか。」


などなど、他にも前向きで建設的な意見がたくさん出されました。


私も1つのグループのファシリテーションを任されましたが、避難されている方々は真剣そのもの。私も必死になって、皆さんの意見に耳を傾け、誰が何をいつまでにやるべきか、アクションプランに取りまとめました。


このワークショップでは、各グループの代表者と各種当番(配食係りやゴミ出し当番)も決めました。


次の日、早速、避難住民の方々が、こんな分別用ゴミ箱を用意下さいました。

住民が作った分別ゴミ箱

また、救援物資の搬入に、大勢の避難住民からのボランティアが集まるようになりました。

物資の搬入風景

私たちも、「すぐやる課」精神で、私たちの担当分を出来るものからすぐに対応しました。「キッズルーム」や「勉強部屋」(下の写真)、「図書室」の設置、ラジオ体操の開始などなど・・・。


勉強部屋の様子

避難されている方々は、皆、心に大きな傷を負っていますが、そんな中でも、このワークショップをきっかけに、少しずつ元気さが戻ってきたようです。


「自分は一人じゃないんだ、皆で力を合わせれば色々なことが出来るんだ。」


「人助けをするって、ホント、気持ちいい。」


避難住民からこんな声が聞こえてきました。


福島県は、原発問題を抱え、まだまだ先が見えませんが、一人一人が人との絆を通じて元気さを取り戻しつつあります。


本当に貴重な体験をさせて頂きました。


この二本松での経験を他の避難所にも広げ、困難な状況の中にも、皆さんに元気さを届ければと考えています!

春には必ず花が咲く。


春には必ず花が咲く。

娘の卒園式で隣り合わせた”お父さん”から教えていただきました。
報道関係のお仕事をされているとのことで、現場では厳しい光景を目にすること
が多いそうです。そんなとき、この言葉をつぶやき、自分自身に言い聞かせて
いるとのことでした。


どんな厳しい状況でも、花の芽は生きており、どん底とも思えるようなつらい状況
だからこそ、人のぬくもりや優しさが大切なのかもしれません。


思いやる心がつながり、団結して厳しい状況に耐え、そして新たな息吹になり、
前へ進むことができるようになると信じています。この一連の動きが、
「春には必ず
花が咲く」という言葉で表現されているのではないかと思います。


先週の日曜日に、ボーイスカウトの子供たちの発案で、”僕たち”にもできること
を考えた結果、募金活動をすることになりました。息子も参加し、総勢約100人で
4つの駅の駅前
で呼びかけた結果、午前中の2時間程度でしたが、なんと
80万円あまりが集まりました。


一人ひとりの心の中に、復興を願う種が沢山詰まっており、募金という形でその
種を分けていただいたのだと思います。

なんとなく人ごとで済ませてしまう世の中だと感じていましたが、決してそんな
ことはない。外からは見えにくいこともありますが、みんな協力
したいという思い
でつながっているのだと改めて感じた次第です。


早期の復興が実現することを祈りたいと思います。



Sakura_kumamoto


 

「3・11」とわれら日本人(3/20日経新聞より)

遅ればせながら、東日本大震災の被災者・関係者の皆さまには、心よりお見舞い申し上げます。

 

今日は、震災以後で最も心に残っている記事を、この場を借りて共有したいと思います。

 

---以下、3月20日(日)の日経新聞の「中外時評」より引用---

『 「3・11」とわれら日本人 -震災を共助と連帯の力に-』

 東日本大震災がこの国を襲ってから明日で10日。原子力発電所の深刻な事故を伴った未曾有の地震は、同時代を生きる日本人のマンタリテ(心性)を大きく変えようとしている。

 マンタリテとは、フランスのアナール学派が使いだした社会史の用語だ。ある時代の、ある集団の人々が共有する心の動きや、ものの感じ方を指す。それが歴史の大きな要素だという。

 こういう考え方にあらえば、私たちの精神を激しく揺さぶっている今回の震災は間違いなく時代の転換点になろう。歴史を動かす力が、震災体験の中に満ちているかもしれない。


 この災厄では、東北地方の太平洋側を中心とする直接の被災地だけでなく、きわめて広い範囲の、さまざまな人々が共通体験を持つことになった。

 あの日、3月11日午後2時46分。首都東京も含めて激しい揺れを体感した。誰もが帰宅難民と化し、余震の恐怖におびえた夜がその始まりだ。

 それからは、かつてない混乱の日々をみんなが送っている。原発事故に不安を募らせながら鎮まるのをひたすら祈り、電力不足にため息をつきつつ個人も役所も企業もやり繰りを重ね、ガソリンや食料の不足を嘆く一方で工夫を凝らす。

 「3・11」の前には予想もしなかった難儀だ。元気を失ってはいても、まだしばらくは、この国の豊かさと平穏は続くのだろうと漠然と考えていた私たちである。それが、ある日を境にガタリと崩れた。

 地震発生以来、こうして広く共有されることになった被災体験、そして秩序の崩壊体験はもちろんマイナスの効果も小さくない。人々は疲れ、経済の動揺と相まって気分が萎え、虚無感にとらわれてさえいる。


 しかし、どうだろう。それは戦争体験のように苛烈ではあるけれど、一方で、今ほど助け合いの思いが高まっているときはない。見知らぬ人々との心の結びつきを感じるときはない。他社の苦しみへの想像力が高まっているときはないのだ。


 一例を挙げよう。若い人たちが、インターネットなどを通じて「ヤシマ作戦」なるプロジェクトを繰り広げている。人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」にちなんだ運動だ。

 物語では、敵を倒すために日本中から電力を集め、砲撃する。これと同じように、節電に励んで震災という敵に打ち勝とう、危機を乗り越えようというわけだ。手づくりのポスターも出回っている。

 誰が始めたものか、決して深刻ぶらず、それでいて頼もしい動きではないか。デマを流したりモノを買いだめしたりする人もいるけれど、非常時に「ヤシマ作戦」のような運動が起こる社会は誇っていい。

 現時点では被災地への受け入れは難しいが、ボランティアの申し込みも殺到している。日本赤十字社などに寄せられる義援金は刻々と増えている。いずれもこれからの復旧と、長期的な復興に欠かせない貢献だ。

 阪神大震災でも同じような盛り上がりがあった。しかし今回はより厚く広い支援になりそうだ。背景にあるのは、共有された震災体験にほかならない。自分たちが多少不便でも、もっと困っているという人たちがいるという意識がそこから生まれている。


 思えば、高度経済成長もバブルの時代も遠く過ぎて方向感を見失い、関心は社会よりもそれぞれの身辺へと向かってきた日本である。ひたむきなものに対し、どこか冷笑的な気分を漂わせてきたのも否めない。

 ところが、こんどの「3・11」を機に、私たちのなかに残っていた共生のDNAがよみがえりつつあるようだ。ならば、この震災の苦難を力に変えることができる。関東大震災からも、敗戦からも立ち直ってきた歴史が、それを教えている。

「廃墟」の中から更に新しい芽が萌えだす。新しい心が目ざめてくる―。

作家の田山花袋は関東大震災直後のルポ『東京震災記』に、こう記している。見渡す限りの廃墟と化した街に立って、なお勇気を失わなかった88年前の市民の声を聞く思いである。


こんども、惨禍のなかから新しい心が目ざめてくるのだと願って、一人ひとりができることを始めよう。政治は心もとない。進まぬ救援と復旧に、いら立ちは募る。しかし批判の専門家になるのはやめよう。再生の担い手は、私たちなのだ。

せっかくわき出してきた共助と連帯の力をうまく生かして、次の時代を築きたい。い、ま、東京などでは街の灯がずいぶん消えた。その暗い道を行き交う人々の心に、新しい灯がともったのだと信じたい。

 (論説副委員長 大島 三緒)

---引用終わり---
 

 管総理には、日本のリーダーとして、ホウレンソウの摂取制限などの指示よりも、この記事のようなメッセージを力強く発することを期待します。

 マスメディアには、twitterやfacebookなどソーシャルメディアの利用者が増える中、今回の震災で改めてその役割が問われているという事実を忘れず、真に価値ある情報を届けることを期待します。

 そしてわたしたちは、無関心でも評論家になるでもなく、一人ひとりが被災地と日本の再建のことを「自分事」として議論するメンバーであるという自覚を持たなければ、と考える今日この頃です。


OB@自宅にて

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