ある朝、ヒーローの妹ができまして。~most precious days ~
エピソード1
「んっ、これでよし、っと」
髪を後ろでまとめると、凛は満足そうに自分の体を見て一回転。それから、俺に見せるようにして、軽やかにもう一回転。
ちらり、と覗いた幼いうなじが、なんともいえないアンバランスな色気を放っていた。
「どうどう? お兄ちゃん、凛、可愛い?」
今日の凛はぴっちりとしたホットパンツと肩の出たキャミソールを着ていた。
その上からエプロンを着ているせいで、前から見ただけだとエプロンしか身につけていないように見えてしまい、少しだけドキっとしてしまう。
床を踏み締める小さな素足、すべすべとさわり心地が良さそうな足の甲、幼い指先ではツヤツヤの爪が輝きを放っていた。
美しく浮かび上がるくるぶしは、さながら神の手によって削り出された彫像のごとく、完璧な美しさを誇っている。
ふっくら柔らかそうなふくらはぎ、何人もの意識を狩り取ってきたとは思えない美しい膝の上には、枕にしたらとても夢見が良さそうな、すべすべの太ももが伸びていた。
その太ももを三割ほど隠す辺りまで伸びたエプロン、その胸元には太ったヒヨコが刺繍されていて、なんとも可愛らしい。
凛は後ろ手に両手を組み、前かがみになって、
「ちょっとはグッと来た?」
上目遣いに見つめてくる。長いまつげの下、悪戯っぽい光を浮かべた瞳が、じっと俺の顔を見つめていた。
「いや、グッとは来ないけど、でも、似合ってると思うよ」
「ちぇー、男はエプロンが好き! って雑誌に書いてあったのに、また失敗か―。お兄ちゃん、案外手ごわいね」
なんの勝負してるんだ、なんの……。
心中でため息を零しつつも、俺は凛に尋ねる。
「それで? その友だちっていうのはいつ来るんだい?」
今日は午前中から凛の友だちが遊びに来ることになっていた。
今度、凛と結枝のクラスで調理実習があるというので練習をすることになっていたんだけど、そのことを知った同じ班の子が一緒にしたい、と言いだしたのだと言う。
まぁ、別に断る理由もなし。料理の内容も教えられそうだったため、我が家で料理会、その後、昼食を一緒に食べようということになったのだ。
今はちょうど結枝が迎えに行っているところである。
「んー、もう来てもおかしくないんだけどな」
「……ただいま」
と、噂をすればだ。
俺はお客さんを出迎えるために玄関へと向かった。
「おじゃまします!」
結枝のすぐ後で、はきはきした元気の良い声が聞こえてきた。
「やぁ、いらっしゃい」
玄関に立っていたのは、先日、古墳山で出会った少女だった。
カチューシャで留められたセミロングの髪、端整な顔に浮かべられた生真面目な表情は、友だちの家に来ている緊張半分、あとの半分は恐らく少女本来の気性によるものといったところか。
小さな体を覆うブラウスの下、ひざ丈のキュロットスカートから伸びた細い足が健康的に輝いていた。
「お兄ちゃん、この子は早瀬南ちゃんっていうの。凛と結枝のクラスメイトで、調理のグループも一緒なの」
紹介に合わせて、ぺこり、と頭を下げる早瀬さん。
「今日はよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしくね。いつも妹たちがお世話になってるね」
そんな和やかな感じで、練習会は始まった。
持参したエプロンを素早く身につけた早瀬さん。あとは自室にエプロンをとりに行った結枝がそろえばみんな揃うな。
「えーっと、早瀬さんは家で料理とかする方?」
「お菓子とかは作るんですけど、料理はあんまり」
「そっか。野菜炒めとお味噌汁だと、そんなに難しくはないけど。一応、包丁使わなきゃいけないから、気を付けてね」
野菜だけは俺が切ってしまってもいいんだけど、それじゃあ練習にならないしな。できるだけみんなに目を配れるようにしておかないと。
「でも、びっくりしちゃった、凛ちゃん。てっきり、凛ちゃんのお母さんが教えてくれるんだと思ってたんだけど、お兄さんが教えてくれるなんて……」
「お父さんもお母さんも海外に出かけることが多いからね。いっつもお兄ちゃんとお姉ちゃんがごはんとか作ってるんだよ」
凛はなぜだか、得意げに胸を張った。
「へー、お父さんたち忙しいんだね。あっ、でも、そっか。お父さんかお母さん、外国の人だもんね。それで海外とかに行ってるのか」
「ん? なんで、うちの両親が外国の人なんだい?」
突然の話の展開に俺は軽く首をひねってしまった。
「え? だって、結枝ちゃん、どう見ても日本人じゃないですよね?」
ああ、なるほど。確かに結枝は日本人以外の血が混じっていると思われても仕方がない容姿をしている。というか、結枝って、白人の血とかも少し混じってるのかな? 未来世界では人種とかどうなってるのか、いまひとつ分からないのだけど……。
「あのね、凛たち、実はみんな血が繋がってないんだよ? だから、お父さんたちは日本人なんだ」
ごくあっさりと言った凛に、早瀬さんはものすごく驚いた顔をした。でも、すぐに聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのか、気まずそうな顔をした。んー、別に気にすることでもないんだけどな……。
そんな早瀬さんの様子を察したのか、凛が悪戯っぽい笑みでウィンクして見せた。
「だ・か・ら、いつも言ってるでしょ? 凛、お兄ちゃんと結婚するんだ、って」
「そっか、あれって、冗談じゃなかったんだね……」
神妙な顔で頷いてから、早瀬さんは凛の両手を包み込むようにして掴んだ。
「うん、応援するね、凛ちゃん!」
「ありがとね、南」
それににっこり、笑顔で答える凛。
「おーけ―、凛、後でちょっと話しをしようか……」
ったく、学校でまでなんてこと言ってるんだ。今は空気を呼んで茶化しただけだとは思うけど、それにしたって早瀬さんの反応はどういうことだ!
「……お待たせしました」
と、その時、キッチンのドアを開けて、結枝が入ってきた。
「ああ、待ってた……よ?」
一瞬、目の錯覚かと思った。
桃色の真新しいエプロン。まぁ、これはいい。わりと水色とか白の系統の服を着ることが多い結枝だから、この色見はなかなか新鮮だ。
問題なのはその下……、服の方だった。
「結枝……、その服は?」
先ほど帰ってきた時は、ジャンパースカートとブラウスを着ていたはずの結枝。だったのだが、今、その身を覆っているのはあろうことか、あの未来人仕様のレオタードだった。
すらり、とエプロンの裾から伸びた白い太もも、きめ細やかな肌には傷一つなく、まるで真珠のように輝いていた。
やや内股気味にすりあわされた膝、本来その辺りから下を覆っているブーツも今は履いていないため、幼いふくらはぎから、床を踏み締める小さな素足までが晒されており、なんというか、水着の上にエプロンを身につけたみたいになってしまっていた。
なんというか、実にコスプレ臭がする格好である。
しかも、あろうことか、結枝はきょとん、と不思議そうな顔で首を傾げた後、
「……? お兄ちゃんの言っていた通りの格好をしてきたのですが……」
そんな爆弾発言をした。
「俺?」
いや、こんな格好しろ、とか言うわけないし……。言ってないよな……?
「……確かに昨日、動きやすい格好がいい、と」
…………、あああ! 言った。言いました! そう言えば、そんなようなことを。
我ながら迂闊だった、確かに結枝にとってはその格好が一番動きやすいんだろうし。
「凛ちゃん、大変そうだね。その……、お兄さんの趣味とか、ああいうのが好きなんだ……」
「んー、いまいち、凛もお兄ちゃんの好みをつかみかねてるんだよね。でも、そっか、結枝の服っていうのは気づかなかったな。今度、結枝に借りて、着てみようかな」
あー、凛はともかく、早瀬さんにまであらぬ誤解が広がっていく。
なんだか、怖くてみんなの小学校に顔出せなそうだな……。保護者参観日とかいつだったっけ……?
基本的に、父さんたちがいない時には俺が保護者代理として行っていたんだけど……、今年はなんだか行きづらそうだな……。ああ、でもな、フローラとか楽しそうに待ってる! とか言いそうだから行かないわけにもいかないし、変な頭痛がしてきたな……。
「……あの、この格好ではダメ……、でしょうか?」
不意に、上目遣いにそんなことを聞いてくる結枝。自分の格好を見下ろして、しょぼん、とため息を吐いていた。
その姿があまりにも寂しそうだったので、俺は思わず……、
「いやいや、全然、大丈夫。よく似合ってるよ!」
思わず、拳を握り締めて力説してしまった。
心なしか、若干、体が引き気味の早瀬さんと、結枝の服を羨ましそうに見つめている凛。
ますます収集がつかなくなってしまった事態に、さらに頭痛がひどくなる。
……結論。女の子に料理を教えるのはとても難しい。
ちなみに、この日、彼女たちがどんな料理を作ったのか、俺は昼食にありつくことができたのか? そして、調理実習はうまくいったのか?
それはまた別のお話。いつか話す日が来るかもしれない、妹たちとのかけがえのない日常の一コマである。