JCIIフォトサロンで開催中の 明治の古写真「スティルフリードが見た日本」を見た。
http://www.jcii-cameramuseum.jp/p-events/20050201.htm

古写真の展覧会に行くのは久し振り。スティルフリードは1839年生まれのオーストリア人。1870年代に横浜を拠点に東京、神戸、京都、長崎などを「湿板+鶏卵紙」の組み合わせで記録している。明治維新直後の日本の貴重な記録。

全て鶏卵紙のオリジナルプリントなんだけど、これがすごくいいんだな。美しくてシャープ。褪色しはじめた鶏卵紙独特のセピア色のプリントからは時間を超えて当時の日本の息吹が伝わってくる。セピア色と言えば「セピア色の肖像」http://photojpn.org/books/hist/sepia.htmlの著者の井桜さんがコメントを書いていて.当時のスティルフリードの状況がよく分かる解説となっている。古写真を見る時はこのように撮影当時の状況を知ることがすごく大事。展覧する愉しみが深くなる。

展示の中に「スティルフリードと巨大カメラ」と言うコーナーがあるのだけれど、そこに明治9年「アメリカ合衆国建国百年記念フィラデルフィア博覧会」に巨大写真を出品した時の写真がはってある。そこに写っているカメラの大きいこと。解説書によるとカメラのサイズは高さ70cm、幅60cm、奥行き90cm、写真のサイズは約40x50cm。そして多分そのカメラで撮影したであろう彩色されたプリントが会場に展示してある。横浜写真の特徴と言っていいのかな、でも正確にはいつからいつまでの頃の写真を横浜写真と呼ぶのだろうか。ちょっと勉強不足だな。でもこれは惜しい。彩色していない「素」のマンモス鶏卵紙プリントを見たかった。都写美の研究室で見た時と同じ感慨。彩色されちゃうと写真ぽくないもんね。

でも「マンモスプレート」には正直すごく驚いた!
20x24インチのガラスプリント:アンブロタイプはプリントしたことがあって大きいサイズの作業の大変さは分かっているけれど、このサイズのカメラを持って屋外に撮影に出かけると言うことは、湿板の場合そのサイズのガラスプレートを処理できる施設がカメラのそばにないといけないと言うことだからーーーおまけにスティルフリードは当時、撮影にこの大型カメラの他に8x10インチのカメラなど数台を一緒に携えて出かけたらしい。ーーー想像するともう頭の中も現場もパニック状態。100キロにおよぶ機材や薬品を馬車に乗せ、多くの助手を引き連れてと書いてあるのを見て、ボルボのワゴンに荷物を積んで3人で出かけた奄美の湿板プロジェクトを思い出す。
しかしこんなに大きいサイズなのにコロジオン+硝酸銀塗布あるいは現像の際に生じる湿板特有のムラが何故ないのだろう?

とにかく、先達のパワーとクオリティーに脱帽して会場を後にする。

展示は今日(2月27日)まで。「湿板+鶏卵紙」に興味のある方、お見逃しないように!

また「鶏卵紙」「湿板写真」の見本を御覧になりたい方、あるいは処理行程を自分でやって見たい方はTHE PRINTS:ザ プリンツ http://www.theprints.jp/ までご連絡下さい。