午前中、上田義彦さんのスタジオ・オフィスでエプソンの広告用に出力したプリントチェック。今回の写真は光を殺して、殺して、殺していった先にある、影の中のその更に奥にある影にたたずむ花瓶と胡蝶蘭がテーマ。限りなく黒に近いグレーが、たった4つの幅の狭いゾーンの中に存在している写真。トーンの幅が極端に狭い中で如何に立体感や遠近感を出せるかが課題。

まずスキャニングしたデータを何も手を加えずに出力してみる。想像どおりコントラストが上がらず、バックと花瓶とのセパーレート感がまるでない。そこで今までとおり、全体のコントラストと濃度あるいは色調、用紙等を変えながら着地点を探すもイメージしているものにはほど遠い。ここで今までの直球勝負(Photoshop:トーンカーブでの調整)だけでは相手を打ち取れない事を悟る。そこで不本意ながら今回だけ変化球勝負(Photoshop:切り抜きツールを使用して)に切り替える。4つのグレーのパートそれぞれに適正な調子を作り上げ、見た目を重視しながら組み合わせのバランスを考えて配置する。その後何回かの思考錯誤と出力を繰り返してやっとこれではないかと言うところに辿り着く。最後にオリジナルプリントに最も近い濃度とコントラストを持つプリントと細かい調子はオリジナルとは若干違っていても写真として作家が表現したかったのではないかと思われるものをプリントして終了。結果的に多くの枚数が出来上がる。今回はいつもに比べて結構長い道程。

インクジェットプリントの場合、アナログ写真のニュアンスを残そうとすると、なるべくスキャニングデータに手を加えない方が良いのではないかと思う時がある。デジタルプリントを作るのに極力デジタル処理をしないと言うのは非常に矛盾しているように聞こえるかもしれないけれど、これは出来過ぎてリアリティーに欠けるデジタルプリントを多く見るようになっての感想。

さて出来上がったプリントを写真家の目前に広げ、写真家がプリントと対峙した時に生じる沈黙の時間。この間(ま)こそがプリンターにとって最もスリリングな瞬間。その時写真家の内側では、その写真に込めた思い、撮影現場での出来事、心の震え、などなどがものすごい勢いでフィードバックを繰り返しているはず。結果は「これが良いです」。来年1/20発売の写真雑誌に掲載です。