イベントやりますきてねその2

今回はDJ陣について。
原点回帰復活横浜編。
横浜グラスルーツで個展をやってから、実は結構ブランクがありまして、横浜でライブペイントをやったタイダルウェーブというイベントがあるのですが、DJのお二人はそこでがっちりつながったイメージです。タイダルはなんというか良い意味で門がひらけているイベントで、イメージ的にはちゃんとしつらえてあるしエンターテイメントなのだけれど、皆色んな楽しみ方ができる公園やテーマパークのイメージ。
そこで自由にやらせてもらったときの、サポートや繋がりはここ最近でとても励みになり、そして良い加速を私にくれました。
自主的な活動をしないということは、自己発信も求心力みたいなものもぼんやりするわけで、やりたい→動くも勿論行動力が鈍りますが、今回はあえての個展あえての自分ブッキングのイベントです。
多分話を放り投げたらやってくれる人はいる恵まれた環境にありますが、フライヤーを3000枚撒くのではなく300枚を全て置いて貰えるところに自分で届けるような、誰かのブッキングではなく感謝や敬意や好きをできるだけダイレクトに伝えて出てもらうような、そういうことがしたかった。広告みたいなことが悪いわけではなくて、私がやりたい路線はそこではないしやりたいこともそこにはないから。
この前サムズアップにMARくんとnaruhoくんのイベントへ折り込みしに行って、サムズアップのスタッフさんと並んでチラシを折り込んでいたときにこういうのだよなと思った。自分の為の手間をかけること、手間をかけてくれている場面をちゃんとみること、できるかぎり『ありがとう』とそこに言いにいけること。
生活で大事なことも、イベントで大事なことも、仕事で大事なことも、芯は一緒。
 
さてさて、出演者紹介。
earpくんは私の絵をお家に飾ってくれていて、それをきっかけに私を知ってくれた人に出会う位、そして公私共にお世話になっているありがたい存在です。そしてとても精力的に活動しているDJ、多種多様なプレイで場を自ら作るイメージ。まっすぐ、真摯、強く優しくあろうとする素敵な人。
 
oikawa koichi(moondub) はなんというか安らぎやマイナスイオンな音のイメージ 。曲線的な柔らかさがある。おおらか、包容、巡り巡る水のイメージ。その音のイメージは私が絵に注ぎたいイメージと似ていて、今回イベントやると決めた時点でいきなりオファーしました。
 
くろちゃんのろうそくのくろちゃんは、本当にたまたまイベントをさてフライヤー作らねばなときに個展を見にきてくれて、なんていうか好きなものがあって動き始めたまさに今みたいな感じに惚れてお誘いしました。そういう原動力の最初ってみんな惚れ惚れするくらい楽しそうでわくわくしていて、その空気とロウソクを持ってきて貰います!
 
フジイハルカ個展
『いつか触れた温度のカケラたち』Music Party 編 
2/21(tue)20:00-24:00\1000(1drink込 )
場所:屯茶屋二階 
 
個展のタイトルにかけまして、触れてきた心地よい音、温度のある歌などを発する方々を集めてパーティーを行います。
是非その音や温度に触れに遊びにいらして下さいませ。
  
《Live》
CHICO
Twitter:@ChicoEarthlife
アコースティックソウルマン。 音楽の持つ癒しと情熱を自らの視点か らの詩曲、リズムを通して、LIVE活動 を展開。 心温まる音楽の魅力を体感出来るはず 。
 
t.o.No 
Jive one Family、B:RIDGE styleの鍵盤弾きとして活 動後、現在はフリーで活躍中 
《Dj》
oikawakoichi (moondub)
横浜在住。普段はパソコンによるDUB ライブがメイン。今回はDJセットで、ジャンル問わず緩めの空気を演出いたします。
earp
beatstroganoff
HP: 
DJ/beatmaker 1998年よりDJを始める。 地元横浜を中心に活動。 HIPHOPを幹に色んな音楽を浴びて光合成。色んなとこ に枝葉を伸ばす。 四季、自然、宇宙、笑顔。そんなサウンドスケープ。 
 
《shop&decoration 》 
くろちゃんのろうそく
紹介文: ゆらゆら揺れる灯りと時間。 
 
<屯茶屋>
京急日の出町駅徒歩一分、JR桜木町駅徒歩十五分
横浜市中区日の出町1-8
Special thanks&Produce by<aKUBi >  
 
そして、個展ならびにイベントのフライヤーを印刷所変えたりいきなりしながら無理ばかり言う私に付き合ってくれているaKUBi 相方 多美子と、個展のプロフィールを書いてくれた栗原菜摘に多謝。

イベントやります!!きてねその1



2/21火曜日に只今夜の個展開催中の屯茶屋にて イベントを行います。今回の個展も自信作なうえにライヴにチコちゃんとトノをブッキングした私自身初のイベントオーガナイズです。なので初めて触れあう距離で好きになって追いかけ たバンドであるjiveonefamilyメンバーをブッキ ング、彼らに会わなければ今の私はないでしょうと呼びました。

大学生の頃に私は絵は一人で最初から最後までできるから良いし、それ以外は望まないし誰からも望まれたくないと思っていました。他人は他人自分は自分、理解し合うなんて幻想よ!みたいな(笑)
なんというか独りよがりで寂しがりで怖がりな一人で悶々として頑に扉を閉ざしていた時期。人間不振で頑なだった時期。すべて愛想笑いで済ませていた時期。(ひどいな、自分のことながら)

そんな時にふとした繋がりから出会えたバンドがjive one familyでした。音楽が好きなわけでも知識があるわけでもまして関わっているわけでもない私にどどーんと丸裸な表現でぶつかってきた彼らのライブ。
だからこそきっと私が何十にも纏っていたつもりの殻の隙間から届いたのかしらと今は思います。
もしあの出会いがなかったら、私は飲食店なんて人と関わる場所で働いていないし、音楽イベントの手伝いなんて巡りあっていないし、誰かのフライヤーやら絵を描いたりもしていないと思う。
人は自分で変わるのは難しいし、そのことに気づかせて見せてくれる出会いがあればするっと価値観が変わることもある。いわゆる私の脱皮の切欠をくれたのがこの出会いでした。
それから彼らと繋がって鎌倉に行くつもりがレンタカーで新潟に行ったり、名古屋に行くつもりが白浜に行ったり、深夜の公園で花火を打ち上げたり、下北沢で年越ししたり、あれ、とんでもない感じになってきたな。真面目な話に戻すと、ライブのカメラマンをやらせてもらって夏休みは月にある全てのライブを撮りについてまわったり、主催イベントでDJブース前に毎回絵を描いたり、フライヤーを描かせてもらったりしていました。
それはもう10年くらい前の出会いのお話。
なんでそんなことを思い出したかというと、数年前に渋谷のBandacafeで個展をやったときにトノが感想を書いてくれたノートをたまたま個展の準備中に見たこと。そしてそこから多分だれかの誕生日にどこかのバーでたまたま出くわしたチコちゃんに『俺にとっての表現は歌だけど、春香ちゃんは何故絵なの?』と質問されたことを思い出したりしたからです。他にもめくるめく思い出がありますがそれはまた。長くなるので何かの機会に。
たまに私はjive one familyというバンドを『私の運命を変えたバンド』とか『私の青春のバンド』とか言いますが、冗談でも上げているわけでもなくこういうわけなんです。

今回の個展は私の始まりの意思表示です。生まれたての子牛のように震える足で立つために、自分の居場所や楽しみを作るために、自分今までを活かすために。
だからこそ原点に戻ることと、今までを沢山振り返ったり考えたりした。
私が私であるために選んできた道すがらに出会えたひとたちを呼んでのイベント説明その1。その2へ続く。


イベント→2012/2/21 20:00-24:00(ライヴは開始21:00を予定しております) music charge\1000(1drink込) 場所→京急日の出町駅徒歩一分『屯茶屋』http://www.tamurojyaya.com/

DJ 陣の紹介はまた後日!!お楽しみに!!

只今開催中

efd1593d.gif
cf909bcd.jpg
只今夜の個展開催中2/29まで!
京急日の出町駅徒歩一分『屯茶屋』http://www.tamurojyaya.com 045-243-4030 18:00-4:00定休日なし。

というわけで個展を開催して1週間経ちましてやっとこフライヤーを届けたり誰かにお知らせをしたりする余裕ができてきました。今日も楽しい電話をふたつして、気を引き締めてまた2月に向けて告知をしてみたりしているわけです。
個展開催前は絵を描いていたこととフライヤーの入稿にあせったことと、雨の中絵を担いで野毛山を登ったこと、ばかりが記憶で他の流れや話に全く無知でございました。

昨日また座禅会へ行ってきました。寒かったー!かなり寒かった!!しかしなんだか節目節目に座禅というのはちょっと良いのかもしれません、毎回ちょっと背筋が伸びて毎回ちょっと早朝ならではを楽しんでいます。
今回は鎌倉市場→由比ヶ浜→KIBIYAベーカリー→家で鯵のなめろう、という楽しみ方。鎌倉市場では生のローズマリーやディルやあやめ蕪を買い物、由比ヶ浜で久々に海をどどーんと見て、KIBIYA ではパンを楽しみ焼きたてふすまあんぱんを頬張りながら駅に帰る。
家ではなめろうを食べたことがない友人になめろうを料理してみたり。
寝ずに座禅、一時間寝て仕事、ハードだけれどハードなかんじがしない1日。
忙しくても忙しさが出ない店は素敵だし、怒っても冷静さしかない人はさらに怖いし、そういう色んな意味で雑念が抜けた人になりたいな。

今回は個展旧作新作含めかなり数があります。是非見に来て欲しい、私のはじまり。

坂道続き

個展の準備をしながら全て手作業のみ全て手持ちのみというのはこんなに骨が折れることなのかと、筋肉痛を味わったりしながら雨の坂道をとぼとぼ帰ってきました。
そういうことを忘れるくらいに個展をやっていなかったということや、1人でなにかを始めていなかったんだなぁと感慨深く思いながら。
私は多分元来1人で頭になってなにかを進めることに向いていないと思ってきたし、それは今でも思っているけれど、やりたいことを思いつき任せられる人はいなくて、えいや!!と踏み出すこの感じは味わう自分の力不足を含めてもいいものです。
坂道は上らないと向こうの景色は見ることができない。便利な世の中なのでそれが写真で見れたり人がやることで見れたりしたとしても、やはり自分で手探りでやることとは比べ物にならない差があるのです。
そういうことを忘れる前に思い出して良かったと思う。
個展の搬入を終えて思ったことは、きりん多いな…ということでした。

いよいよ明日から個展です。
できるだけ来てくれた人には会いたいですが、なにせ勤務日は決まっているし仕事探し中の身なので日曜日火曜日木曜日土曜日の19:00-22:00にいらしていただければ幸いです。
2月にワークショップやクロージングパーティーもいれたいのでそれに合わせる方は詳細後日!!

個展始まります

21bd7762.gif1/22-2/29の期間屯茶屋にて個展をやらせていただきます。久しぶりの個展、久しぶりの煽り感。

久しぶりのブログ(おい)
この間屯茶屋にいらしたお客さんで前にも出会ったり絵をすきだと言ってくれている女の子に再会しまして、いまだにブログをチェックしてくれていることに感動をいたしました。

ですがとても一昨日衝撃的なことがありまして、携帯電話が壊れる→代替えに出された電話が何故か使えない→パソコンもなく家の電話もないためややパニックという煽りをデータが消えたりブッキングが進められなくなったり、編集していたものがやり直しになったりして受けてもう今日はこれ以上文字を編集したくないのでドロンします!!

屯茶屋の場所などわからない方にはまたちゃんと来週にインフォメーションしますのでしばしお待ちを。
今回は手作業のみ先走り、データ作業が遅れて聞こえてくるよ的な…。

ではチャオ!!

あけましておめでとうございます

025b2cc6.jpg年賀状という行事をすっかり忘れていました、怒濤の年末からの新年。
でも年賀状がきて嬉しかったのと、そこに書かれた言葉にぐっときた新年幕開けでした。
今年の年越しはジャックカフェにてジョンレノンを聴いて友達と年を越しました、紅白歌合戦見ないのは久しぶりだった。その後屯茶屋から皆で初詣へ、職場のメンバーと年越しなんて今はなシャルのsoup stock tokyoで働いていた大学生時代以来…。

昨年はいろいろと個人的に心配をおかけした年でしたが、そのことでなんて人に恵まれているのだろうかと感嘆する年でもありました。
本当にありがたいし、本当にありがとう。

数年前に清里に遊びに行った時のことをふと思い出した、その時に感じたことは『やらなくてはいけないことがなく、ただ美味しいものがあったり自然があったり、一緒に居る相手が自分にどうあるべきだとかいうことを求めていない時間はなんとすばらしいことだろう』といったことでした。その時はそれがいつもの日常から離れた旅先だから感じられることだと思っていたけれど、今はそれは自分次第で日常的に感じられることだと思う、ちゃんと理解や気持ちを持てた分だけ増えていくそんな気がしています。

目の前のコーヒーを美味しいと思うこと。
描くことを楽しいと思うこと。
誰かと対するときの一人ではあじわえない幅のこと。
多くを許されるからこそ律する気持ちを持てること。
そんなことを最近多く思います。

お正月に毎年恒例実家から福岡の親戚に電話をかけるのですが、叔母が二人とも電話越しに『そろそろみんなで集まらんといけんねー』と明るさ溢れる声で言っていて、ああ自分の根源にあるのってこういう感じだよなと思った。まあ母方の親戚がでかい御祭に関わっているだけにお祭り気質というか、どんなときでも顔を見合せてテーブルを囲めば大丈夫みたいな呑気さと陽気さが小さい頃はいつも側にあって、それを作っているのはやはりぶれないなにか温かい空気のような人の集まっている感じだったなと。そういうのを本当にいいイベントやライブや飲食店にいくと思い出すからそういうところに居たいんだなとここ数年で謎がとけてきた感じです。

さてさて個展は色々が後手後手になっていますが、1月中旬から屯茶屋にてやらせて頂きます。
また詳細は後日!!

今年は大吉を引きまして、どうしても一番高いところに結びたくて人に頼んでまで結んで貰いました。いいことありますように!!

今年は福岡に遊びに行こうと思います。

師走師走

8b459255.jpg師走は師も走ると申しますが飲食店で働いていると忘年会→クリスマス→忘年会→年越し→お正月とまあ目に見える予定でサクサクと過ぎてゆきます。
飲み放題→チキン→飲み放題→年越し蕎麦→お雑煮という感じ。

来年の1月で屯茶屋勤務一周年。来年は屯茶屋の二階を使って企画展というかキュレーションの真似事を致したいと思っております。
すでに四個展示が決まっておりまして、まあ私は勿論個展を一発目1月半ばからやるのですがそれはまた後々、オープニングかクロージングでパーティーをやろうと思っておりますので皆様よろしゅう。

そんなこんなで我が家は絵が絵の具が筆が散らばり放題でございます。でも本来のしたかったことに近づいているような気がする。

今年は初のことを沢山しました。初月蝕を見て、初上海蟹を食べ、初座禅をし、初屯茶屋での誕生日を迎え、フライヤーで初のギャラを貰い、今はアートユニットを来年からやるべく思案中。

個展のために場所を貸してくださるお店の方や、力添えいただいている方々には感謝です。絵を描くのに夢中になりすぎて準備が後付けで進んでおりますが…まあ、それはどうにかなるでしょう。

誰かがくれた優しい感触や言葉や温度が、ふと見た色とりどりの風景が降り積もってただ絵になるだけなんだなと最近描いているときに思います。
自己顕示欲や何かを消化するつもりで描いていても、それとは違う何がが確実に色を添え重なり絵になっていくということ。
食べて生きるための食べ物に美味しさや雰囲気が大切なように。

個展やりますねこれは

3ec37906.jpg最近じゃんじゃん絵を描いている、深夜に仕事前に何かあったら絵にしてみたりしている。それがただただ楽しい、「あ、これ描きたいな」と思うこと、出来事をそのまま自分のフィルター通して絵にすること。そんな単純なことが単純なままできているこの頃、忘れていた大切な何かに再会した気分です。
というわけで個展をやります。

来年1/15から屯茶屋にて。

まだ期間の終わりもフライヤーもできていませんが(苦笑)
ただ思うのは今を生きている絵かきとしてできる一番シンプルなことは、生きながら生活しながら変わり続ける自分や作品をできるだけ自分がその空気のままの間に人目に晒すことではないかということ。
完全絵を描くこと以外は後付けで進んでいますが、これでいいのだ。

明日をみることわくわくを追いかけること

586acbbf.jpg来年から新たな動きを始めようとしながら最近過ごしております。何をするかは来年までのお楽しみ。
何かをしようとしている時が好き。想像をし続けることが好き。
つまりはそれをずっとキープできることが自分にとっていいんだなと最近気づきました。
わくわくを追いかけること、追いかけつづけること、空気や色を巻き込み続けること。

今年一番楽しかったのがボディペイントかもしれないくらい楽しかったので写真をアップ!!

丸い月と座禅と完成した絵のことを

6eacf878.jpg興味と関心と行動力があれば案外思っているより色んなことができたり色んな人に会えたりする。

本日は北鎌倉円覚寺に座禅をしに早朝から行ってきました。自転車で横浜まで行かないと電車がないような時間に家を出て、月を見ながら北鎌倉駅で時間を待って、明るくなる空や空気や鳥の囀ずりを聞きながら座禅をして、朝食を食べて長谷へ足を伸ばしてから横浜に戻り買い物をして帰宅。
とんでもなく早起きをしましたがとてもいい時間だった。月から朝日、朝日から太陽でぽかぽかな陽気になるまでを満喫して、逆光な風景やそこに咲く季節の花や遠くに見える海までとても良かった。
うっかり行きたいとのった私に防寒から電車の時間まで教えてくれた案内人に感謝です。

満月ご妙なぽかぽかと微妙な頭痛に苛まれていたのもちょっと薄れて、ご機嫌で帰宅。

今日は仮眠後に友人の結婚パーティーの下見へ参ります。最近その友人夫婦へ絵を描きました。今までにないくらい良いペースで仕上がったその絵は会場にこられる方には当日に、来られない方には後日またここで披露しようかと思っています。

その絵は久しぶりに人を思って描きました。その二人の大事な門出に、これから大切にしてもらえるような絵をと思っていてパッと絵面がある日浮かんだからそのまま描いた絵です。構図もモチーフも一発で色使いも迷うことなく描けました。

ちょっと、だいぶ?前にその新郎がまだ結婚を決めていなかったときに急に電話をくれて横浜のグラスルーツで二人で飲んだことがあって、確か私が「ほんとうに行動力があっていいよね」みたいなことを言ったときに彼は昔友達と山にキャンプをしにいった時に起こったことを話してくれました。私にとっては距離がぐっと縮まって感じるくらいにとても響く良い話だった。あれは今思えば今私がこういうふうでいられるヒントだったと思います。

新婦は私の髪を私の結婚パーティーでも我が儘に付き合ってセットしてくれたり、普段も優柔不断な私に付き合いながら髪の毛を切ったり労ってくれる人。そしてお店に私の絵を置いて大切に愛でてくれている人です。

こんなに誰かを思って描いたのは初めてかもしれない。

二人に捧げるおめでとうを幸せを祈る気持ちを絵に全部込めました。
だから描いた絵を手渡した後も私は幸せ。

さて。仮眠。

座禅良かったなぁ。あんなに静かに風が頬を撫でるのまで感じとれるなんて、あんなに光が綺麗だなんて、座禅している間ずっと金色のふわふわした丸いものを想像していました。絵を描くときもたまに思い浮かべるイメージ。

絵日和

ee1a5445.jpg絵を描くときまずは部屋の掃除から始めてしまう、昔のテスト前の気分である。多分なんらかを整理して体を動かすことが準備体操みたいになっているのかしらと思う。
ここ最近、個展を二ヶ所開催しようかと思っていたり、Tシャツの相談をおしゃれブティックさんにしてみたり、フライヤーのお話がきたり、色々動き出している。
まずは自分が一人で動くことから始める、水も動かなきゃ腐るのだ流れ流れて澄んでいる、みたいなことを働いているときの人のふとした言葉で気がついた。
力になってくれる人がいて、思い入れてくれる人がいて、加速して形になるものは沢山ある。
誰かに会うことで貰うもの、誰かとやるから生まれるもの、今やらないと消えていってしまうもの。
とりあえず来年に屯茶屋で個展を。もしかして逗子でも個展を。あわよくばTシャツを。Tシャツがまだ見てないけど買ってやろうじゃないかなんて奇特な方はご連絡を(笑)
ここだけの話、サイズ展開でかなり悩んでおります、とくにメンズは希望ありの数しか作りません!!
来年は絵で動く年にします。その方面で期待の方は是非お楽しみに♪

食べ物のこと

最近TPPですとか放射能ですとか話題になっていますが、よくわからないけれどもよくわからないから嫌だということが結局のところ行き着く先だったりします。
私はベジタリアンでもないし食べ物にこだわりをとても持っているわけではありません、タバコも吸うしお酒も飲むしお肉もお菓子も勿論食べる。ただわけがわからないものを口にすることに漠然と不安がある。普通に化粧品や食べ物に入っている添加物の中に自分の体が受け付けないものがあることも知ってる。
しかし働きながら裕福でもなく、すてることをしたくないものや選べないものもある、でも悩むし考える。
多分ものすごく選択をして声をあげている人にも、実際仕事としてそれらに関わっている人にも、家で料理をしている人にも、飲食を生業にしている人にも、その場所その位置その人の悩みや考えがある。何が偉いとか何が正しいとかではなくて、悩むことや疑問を持つことが大事だなと思う。
植林から花粉症が生まれたように、携帯電話が普及して心臓のペースメーカーを使う人に危機が一度訪れたように、今子供にアトピーや喘息が増えているように、何かを始めたら何かの影響や反動があるということ。何がが安全だと使われていても知らないから予想だにしないことが起こり、止められなくなるということが実際にこの前起きたばかりだ。
そういう大きなことを最終決定するような位置に居なくともその影響は自分が選ばなくては受けてしまうのだということを最近考える。
知らないうちに卵は無精卵が当たり前になっていたし、牛乳は誰にでも体にいいのだと思っていたし、サラダ油だって普通だと思ってた。知ろうとしないとわからないことは沢山あるし、知ってるけど選ぶならそれも良し、でも知らないけど知らないからこそみたいなのはいやだなーと思ったりする。
生々しいシャッター音もデジタルに変わる、CDジャケットを開け愛でることも少しずつ減るかもしれない、何かが変わると何ががなくなる、何がが便利になることは本当に自分に都合がいいことだろうか?
いろんな人がいろんな生業で生活する世の中で、答えはいくつもあるのだろう。私が私の良いと思う方へ歩き続けたら何かにきっといつか出会うだろう。

まずはなるだけ化学調味料や出来合いのものを食べない生活から、一歩。
素朴な疑問を捨てないことで、二歩。
忘れないこと、繰り返したくないと思うことで、三歩。

怖い情報も安易な情報も馬鹿みたいなまやかしも沢山ありますが、自分で諦めも考えることも選ぼうと思っています。迷いながらでも一歩一歩。

お知らせ

11/23(水曜日)に屯茶屋五周年&流壺にて女の子に描きます!!詳細は後日!!

最近寒くて寒くて延々寝てしまうけれど、本日はチャリでコーヒ豆買い物とライブペイントなさるれいくんを画材屋さんへご案内、そしてストーブスでゆっくりまったりしております。
人生で初めて人の絵を買うことに。
嬉しい。
本日商談成立。
自分の時間に響くような、染み入るようなものに出会うというのはなんて素敵なことでしょう。
一生ものということが初めてわかった気がするのです。

楽しむ楽しみ楽しめば楽しむからこそ

a6cdc5a6.jpg
遊びが楽しいのは当たり前で、やらなきゃいけないことが苦痛というのがとても嫌で、嫌だなぁが続くと大体の場合はチャレンジしてみて駄目なら辞める辞めるなら期限を早く設定しそこまではと踏ん張るというのを繰り返しています。
子どもの頃にあまり仕事やら家族やらの愚痴がない家庭に育ったせいか、なんだか駄目になってゆく気がして自分で自分を可哀想にするのが一番嫌な気がして。
とはいえ帯状発疹になったり、上司が嫌でお腹が痛くなったりしたこともあり別に神経が図太いわけでもハングリー精神が余りあるわけでもなく、ただ変わらない変えられる要素がないことがなんだかひどく苦手なのです。ただ運動場をぐるぐるまわる長距離走が苦手だった頃となんら変わらずに。
苦手な人がいたら大股一歩踏み込んでみる。
仕事がうまくいかないときはどうにか隙間を見つけて良くしたり役立ったりできないかの抜け道を探す。
それでも無理ならまるごと諦める。
結局芯が納得できるところにある場所や人とは踏み込んでみれば違ってもやっぱり納得できるのではないかと思う。
同じなことがいいとは限らないけれど同じところに重きをおけるのはなんだか心地よい。
どうしてもどうにもならないことはケセラセラなのだ。(母がよく口ずさんでいた曲)
楽しいことをやっているから楽なのではなくて、楽しいことをやっているからこそ損得勘定がふに落ちるだけなんだと思う。
たまにでっかい夕陽だとか、寝るときにすっごい良い夢を見るとか、虹に出会うとか、なんにもしなくてもいいことはあるし同じように悪いことも起こる。
そして自分を色んな意味で育ててくれる人にも出会うし、些細なことで引き摺りおろす人にも出会う。
誰かの素晴らしい幸せが誰かのどん底の不幸なこともある。
でも一日に一度お腹の底から笑えて、誰かの為に微笑めたらそれでよい気がするのです。

頭が良いということは

昔岡本太郎さんの本を読んだときに思ったことは「本当に頭が良いというのは、知識があることでも物覚えがいいということでもなく、伝えたいことをわかりやすい言葉にして人に伝える力量とそれに力を注げる度量のことを言うのかもしれない」と目から鱗だった記憶がある。本を読むまでは岡本太郎さんはキャンバスだか壁だかに絵の具を投げている人か爆発って言った人という認識だった。
どんなに頭が良さそうでも伝わらない良さならばあまり人には意味をもたないからだ。
本当にわかっているということは、人にも説明できるということで、わかってほしいと望むことには当然説明できる伝えることが前提なのだなぁと。

同じ言語を話すからでも、同じ常識を持ち合わせているという仮説を立てるからでもなく、わかってほしいと望むから話しわかりたいから聞く考えるということ、すれ違いなおそこに戻ってこられるということ。

「伝わらなければセンスもコンセプトも無いのと同じ」
これが大学の教授の名言

コレクター魂

31e2846f.jpg深夜に職場でオーナーとお客さんとコレクター魂について話していて、ふと思っていたのが思い出もコレクションなんだなぁということだ。
虹を見て思い出すあの人。
コアラのマーチを見て思い出すあの人。
夕陽を見て思い出す屋上カフェでのやりとり。
洗濯機の質感と深夜の長電話。
やけっぱちな気分で散歩した大桟橋。
リンゴを丸かじりするのにエプロンで拭いて通学路でくれたもうない福岡の住んでたマンションの近くの八百屋。
エスカレーターでたまに思い出す逆行して遊んだ初恋の男の子。
カボチャのムースと生クリームとテレビがあった実家。
初めてドライブで行ったレストラン。
バイクに乗せてもらって火傷したこと。
空に逃げていったて乗りのインコ。
友達の家のベランダから見た花火とエビスビールと真っ赤な部屋。
悔し泣きで号泣しながら帰ってきた予備校からの横須賀線。
野球部のグラウンド近くの蓮華。
死んじゃった仲良しの犬の年老いてパサパサな毛。
何にも記憶や感情は思い起こせてしまって、それを都合よく出したり仕舞ったりしながら日々は過ぎてゆくけれど、やっぱりそれは絵を描くときに動物を見るようにくっきりはっきり質感を伴って多分脳みそのどこかに入っているのであろう。
うちの両親はそれはまた季節感が大好きな人達だから、ありがたいことに銀杏拾いやタケノコの皮むきやつくし摘みや紫陽花や蓮や薔薇やと季節を愛でる習慣が刻みこまれている。
モネだのピカソだのもよく観た気がする。
きっと料理人が身近にいないのに料理をしているのも、絵を描いているのも、商店街がべらぼうに好きなのも、きっと小さいころから叩き込まれた何かに纏わっているに違いない。

今の私はフリーターでしかも掛け持ちで何者でもないけれど、小さい時の夢はお父さんのお嫁さん→洋服のデザイナー→動物園の人→ムツゴロウ王国の住人→盲導犬の訓練師→美容師だった。

今は自分の場所をつくることが夢。
おばあちゃんになってもずっと居たいような場所。

夕陽

e3f2633b.jpg
6aa6f60f.jpg
dad92992.jpg
d21d9373.jpg

dd176265.jpg
9f3105c1.jpg

飛行機と空と海

ce510555.jpg明日から石垣島に行ってきます。正確には懐かしく涙がでるほど好きな景色のある竹富島へ行ってきます。船で帰るとき、戻りたくてしょうがなかった場所、あの景色、あの流れの時間を確かめに。まだあるだろうか恋い焦がれたあの感じ。
石垣島から竹富島へ向かう船だけ出てくれればなんでもいいや〜という気分。
電車の中がうるさかろうと、日程がタイトだろうと、斜め前のカップルが喧嘩していて女子の言葉が聞き苦しかろうと、どうでもいいや〜という気分。
きゅ〜っとなっていた気持ちを引き延ばしに、日光を吸収して黒くなっちゃうな〜と思いながら。
泡盛の酒蔵を見に行くという勉強も兼ねつつ、ホテルのプールでうっかり泳げるようになったりしないかな。
色とりどりと言う言葉を景色にすると、きっと今私が目指す旅先なのだろう。色のあるほうへ、光の射すほうへ、呼ばれる先へ。

いつかのこといつかの記憶

8e24726d.jpgちょっとだけ花火をしました、川沿いで生音の弾き語りをBGMに、満ちてゆく月を見上げながら10年くらい知り合いの人も今日知り合った人もみんなでお酒を飲みながら。
水の匂いと草の匂いと電車の走る音川の流れる音、久々…なんだか五感が満たされるってこういうかんじかもしれないなと思いながら。
言葉で満ちたりわかりあった気分になるのは簡単だけれど、場の空気や耳に落ちる音や何をしていても何を語らってもきっと大丈夫と思えることはちょっと特別なことで、例えるなら柵が全てなくなった気分でした。

本当はみんな仕事や立場や家族や恋人や友人なんかがいて、望まれるたち位置や損得や決まりなんかがあったりして、でもそういうものが何もなくても人として好ましいということが、ジャンルや損得関係なく大事なのだとたまにくっきり思う。だらしがなかろうと頭が良かろうと貧乏だろうと魅力的であるということの素晴らしさ。

そういうものが大切であなたは大丈夫だといつも迎えてくれた人達がいたからきっと私は今そう思える。そしてそれは会わなくても気持ちだけは繋がってゆくのだなぁと思う。

昔誕生日に絵をあげた人が、引っ越す度にその絵を一番見えるところに飾っていて、だから会っていなくても私を思い出していると言ってくれたのがとても嬉しかった。あの頃は週に何度も会っていたのに、今は一年に何度かになり、だけれどちゃんと知ってるよという感じが掴めるのはなんだかお互い嬉しいものです。

できるなら川沿いに住んでみたいないつか。

キラキラした感じだった昨日。とてもなんだか嬉しかった夏の日。
Profile
フジイハルカ
歌うようにつらつら話して
鈴が鳴るようにころころ笑って
舌で楽しみながらもぐもぐ食べて
びりびりと感じるものや
ひたひたに浸りたいもの
じわじわ馴染むもの
もっとと手を広げて貪欲に自分の中に
そう願いそう動いていたい感じです
Recent Comments
  • ライブドアブログ