2005年03月20日

 京都国立博物館(京博)と京都国立近代美術館(京近美)に行って来た。  京博は特集陳列「伊藤若冲」を見ることが目的であった。着いてみると、無料公開日であったためか、午前中だというのにかなり賑わっている。また、「仏像と写真」、「宸翰」といった特集展示が同時に行われていた。これらの特集展示では図録も作成されていた(未購入)。
 若冲については2000年の大回顧展を見ていない上、図録を買いそびれていたので作品をある程度まとめてみるのは初めての経験であった。水墨画が多かったせいか細かい描写や迫力のある構図もあるが、それよりもユーモラスな表現が多かったように思う。「果蔬涅槃図」が思った以上の大幅で少し驚く。若冲展図録の復刻を期待していたが、それはかなわなかったようだ。それにしても若冲の部屋の人口密度は突出して高かった。お目当てを最初に見るだけではなく、くるっと廻ってみるのも面白いと思うのだが。
 「若冲」をやっていた展示室はウォールケースの奥行が浅くて、ガラス越しとはいえ結構作品に近い位置で鑑賞できることに今さらながら気付く。仏画の展示室で、「釈迦三尊像」と「釈迦十羅刹女像」があった。後者は釈迦三尊+十羅刹女という変わった構図で興味深いものだったが、前者と後者では文殊と普賢の位置が左右逆だったのも面白かった。脇侍の位置って厳格に決まっているものと思っていたから。陶磁器の展示室ではテグスの巻き方が怖かった。青磁はともかく、表面が剥離している粉青沙器や灰釉陶器などにチューブなしでテグスを巻くのはマズいのではないかと思う。良いものがありすぎて、そのあたりの感覚が麻痺しているのだろうか(まあ、天目茶碗や仁清の色絵では作品に触れる部分にチューブが噛ませてあったが)。
 いつものごとく、若冲関連のクリアファイルを購入。会場で「蕭白」展のチラシを入手。英題が"Shohaku Show"で「円山応挙がなんぼのもんぢゃ!」。キャッチの付け方は奈良博より京博の方がうまいと思う。
 
 京近美はウィリアム・モリスの展覧会以来。「河井寛次郎」展を見る。河井と関係の深かった個人のコレクションから優品を選んでの展覧会である。
 伝統志向の強かった初期、「民藝」に共鳴した中期、より自由な造形を目指した後期という流れにそって作品が並べられていた。
 初期の作品は「技法の順列組み合わせ」という感じで、器形には奇をてらったものはないが、釉と器面処理・焼成方法の組み合わせが色々試みられている。「水滴」と称される作品の大きさに少し驚く(この水滴と組み合わせるには硯もかなり大きくないと)。中期になり「民藝」運動に関わったことで造形に暖かみが増したとされているが、技術志向はあまり変わったとは思えない。「石もの」は展示作品で見る限り激減しているが、少なくとも私には中期の作品群が「素朴」とはとても思えなかった(結構、デザイン志向だと思う)。後期の作品は器じゃないものも増え、釉の組み合わせやかけ方も「抽象絵画」的になったように思え、一般に言われているように自由度が増したように思えた。
 全体を通しての感想は、結構何でもありのやきものを作っているということで、そのあたりが近世の「京焼」みたいだなぁと言うところか。あと、器形は全く同じで、釉の違いによって作品名が「菱形偏壺」・「菱文花瓶」と変化するところが工芸品だなぁ(考古資料とは違うなぁ)と思った次第。
 蛇足:大きな作品だと気にならないのだろうが、小さめの作品が並んでいるとウォールケースのガラスに傷が付いていたり、「鬆」が入っているのが気になる(おまえだけだと言われそうだが)。やはり、独立行政法人になっちゃうと維持費の予算化が厳しいのか?

(16:28)

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