2006年06月30日

 久しぶりに兵庫県立歴史博物館(以下、同館)を訪問する。リニューアルを控えて、展示室は閉鎖中だが、ロビーでミニ展示をしており、講座関係は夏まで開かれている。
 そのような中、歴博ゼミナール「メイクアップの近代史」を聴講した。
 普段の仕事とは全く関係ないが、4年前(2002年)に芦屋市美術博物館で開催された「モダニズムを生きる女性−阪神間の化粧文化」展を紹介した新聞記事で「人前(電車内)で化粧する事もあった」と書かれていた。このことについて、何らかの回答が得られるのではないかと思い、参加した。

 ゼミナールの冒頭で、担当学芸員さんが今回の発表の趣旨を話した。リニューアル後の同館では「歴史工房」というテーマ展示室ができ、「メイクアップの近代史」はそのテーマの一つで、同館が春以来集中して開催しているゼミナール・連続講座は「来年度の解説ボランティアの養成セミナー」も兼ねているのだとか。ちなみに、「メイクアップの近代史」は再来年度(予算がつけば)のテーマということで、今回の内容を再来年まで頭の片隅に留めておいて欲しいとも言っていた。こういった、いわば裏話をするということは10人ほどの聴講者は「再来年度の解説ボランティア予備軍」だったのだろうか。しかし、展示解説の研修も兼ねているというなら、A4版1枚で大項目を羅列しただけのレジュメだとちょっとキーワード集にもならないのではというのが部外者である私の正直な感想であった。

 ゼミナールの内容は、髪型・化粧品・化粧法について、明治初期から第2次世界大戦前までを取り扱ったものだったが、主として髪型の変遷をおったものだった。西洋人から見て「野蛮な」習俗から廃れていくというのが興味深い。また、鉛害が言われながらも「おしろい」の使用がやまないのも(それが学芸員氏の言うように「女性の美に対する追求心なのかは置くとして)、いったん確立された文化の堅牢さを物語っているように思えた。
 ただ、全体を通しては、雑誌や写真に残された髪型などを10年単位でピックアップ・羅列するという内容であったように思う。
 新しい髪型・化粧法が発信され、それが受容さて、定着するという流れを考えた場合、情報の発信者と消費者とをつなぐ媒介者があるように思う。
 学芸員は雑誌情報が直接消費者に達し、それで流行が起こり、定着すると考えられていた。ただ、髪型の場合は「洋髪」を実現できる髪結いというか美容師が必要であるし、化粧法は雑誌に掲載できても、実際の化粧品を提供する場が整備されていなければ、化粧は出来ない。ブリコラージュ的に従前の技術や材料で似たものを実現すると言うこともあったのかもしれないが、印刷メディアに表れた事象を追いかけるだけではなく、現実にそれらが定着していく際のシステムにも少し触れていただきたいと思った。また、今回の講演で取り上げられた情報が中央に限られているためか、兵庫県(都市部ということであれば、京阪神間)の状況についてもほとんど触れられなかったのも気になる点である。

 講演会終了後、いくつか質問を受けていただいたが、残念ながらはっきりしたお答えはいただけなかった。その点に関して、不満がないといえば嘘になるが、展示が無事できあがった際には解説ボランティアの方に同じ問いかけをしてみようと思う。一般聴講者からの質問にはなかなか時間がとれないが、解説ボランティアから同様の質問が出れば学芸員さんもそれなりに真摯に答えてくれるのではないかと思う。
 学芸員さんは冒頭で触れた「モダニズムを生きる女性」展についてもご存じではなかったようだが、同館が所蔵する「入江コレクション」には、メインとなる児童文化関係資料だけではなく、大正・昭和期の百貨店広報誌やポスターなど都市生活に関する資料も多く含まれていると聞くので、展示に無事予算が付いた暁には、さらに立体的なメイクアップの近代史が語られることを期待したい。


(07:24)

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