2007年04月03日

 4室を使った展覧会。うち3室は出土品・伝世品からなる「伝統」サイド、最期がartist in residenceの手法に則った鯉江良二氏による「実験」サイドという構成である。ただ、この二つは実際には対比されるようなものではなく、脈絡や時間軸の異なったものを空間軸によって辛うじて結びついているものとも考えられる。
 ギャラリートークに参加しただけで、じっくり見たというわけでもないのだが、感想を少し書いてみようと思う。
 「伝統」サイドでは大量埋納銭に用いられた壷類に優品が多く、「古丹波」と呼称されていた未開封の茶壺の印象が強かった(作品そのものだけではなく、付帯する状況も含め)。徳利が畳状の展示台に転がった風情で並べられていたのも少しばかりの遊び心があっていいと思った。
 ただ、これら伝世品あるいは出土品を「伝統」という言葉で表して良いのかという点が少し気になったことも確かである。展示してあった作品はそれぞれが製作された時点では、その時々に丹波焼が自らを取り巻く状況に適応しようとした実験の結果ではないかと思われたからだ。その思いは展示室を出て窯元見学をした際、窯元が日常雑器という言葉に器以外のものも含めていたことで強くなった。しかし、今ここで書いたようなことは展覧会の担当者にとっては自明のことのようであり、図録には作品論だけではなく、丹波焼そのものの置かれてきた状況に迫っていく決意が述べられているように思う。今後、「白丹波」であるとか、遠州七窯という「伝承」を纏うようになった経緯などについても触れた展覧会が企画されることを期待したい。
 実験サイドの鯉江作品は観念が先走っているように思えて、それほど感銘を受けたわけではない。ただ、陶芸家にとって土が変わることの重大性を感じさせてくれたことは確かであった。そのような中で、ドローイングと釉が掛けられた甕が幾つか展示してあった所で、鯉江氏が釉を掛ける様子とドローイングの自由な感じには共通点があるというような解説があって、そのあたりは別の場所で流しているDVDで確認して欲しいとも言われたが、残念なことにウルトラマンが優先されてDVDを見ることができなかった。そこで提案(もう遅いが)、制作風景というか作家の手の動きだけのビデオを3種類(粘土をこねる・成形する・施釉する)くらいつくって、インスタレーション風に作品と一緒に展示していたら、ギャラリートークを聞きながらでも見れたのではないかと思う。ただ、図録を見る限りでは、館内分業あるいは展覧会の準備段階において「伝統」サイドと「実験」サイドの連携がうまくいっていない印象もあり、今後も伝世品+artist in residenceあるいは現存作家という形の展覧会が行われるとすれば、そのあたりの改善が望まれる。 


(21:04)

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この記事へのコメント

1. Posted by wataru   2007年04月04日 08:08
丹波焼は生活雑器として始まり、鯉江作品はろくろ成型によるモダンアート的やきもので伝統及び伝承とは別の世界で見ることで楽しめるのでしょう

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