2010年02月09日

松本さんが最も恨んだのは弟子の存在じゃなかったか

松本さんは弟子を愛していたというし、弟子も愛していたと思っているけれど、

私が考えると、
松本さんは一生懸命努力して、親も子も弟子も愛そうとしていたのだと思うけれど、
愛し方がわかっていたのか、わからない。
溺愛しすぎて弟子を蹂躙していたかも知れない。

それと同時に、努力すればするほど、自分のことを100%愛してくれる弟子たちに激しく憎悪したと思う。

車に例えると、アクセルとブレーキを同時に全開で踏むような心境。


私自身に置き換えると、
好きな人を追っかけるのは好きなのだけれど、相手が自分を好きになってくれるとどうしようもなく憎くなり、深く傷つけたくなる。

松本さんは、目標を立ててそれに努力して努力して、ヨガに出会い、類まれなる才能が開花し、そして人を愛する素晴らしさを知ったのだと思う。
そして、愛すればするほど、弟子を家畜化した。
自分のことを全て受け入れようとする純粋な弟子たちの存在は、彼にとってはたまらなく憎かったのではないか。
全員目の前から消えてくれ!と、私だったら思っていただろう。

もう悩まなくていいんだ!!と思ったが

95年、サリン事件後に週刊誌で上野千鶴子さんだったか、女性の大学教授の文章が掲載されていた。内容は「なぜ、若い女性達がオウムに魅かれていったのか」みたいなものだった。

そこで書かれていたことは、「セックスしなくていい世界、というのは、女性にとって、それは最高の楽園かも知れない。」ということだった。

その記事を読んで、まさにその通り!と思った。

オウムに入ったころのことを思うと、これは私にとって図星だった。

もう、あの苦しい思いをしなくていいんだ!という開放感は、何物にも変えがたかった。

もう、結婚はどうするとか、子供を作るとか、そういったことも考えなくていいんだ。
誰が好きとか、失恋するとか、恋人がいるとかいないとか、そういったことで悩まなくていいんだ。そして何よりも、セックスしなくていいんだー!!!

どうしてオウムを離れなかったか、という問いを今まで何度もしてきたが、これ以上の明確な答えはないだろうと思う。

でも、セックスはなくても、人間関係はある。
だから結局はセックス以外の状況で悩むことになる。
ちょっと前までは、それはそれとして心で解決すればいいことだと思っていた。
確かに精神的なことを解決していくことでいろんなことが解決していくのだけれど、
どうも根幹の部分で覆い隠されてしまっていると思うようになった。
他の人間関係も結局はこの性の問題が根幹にあると思うようになった。
生命エネルギーだから、ここが人間の根源なんだ。
いくら逃げようとしたって、逃げられない。

性の歪み

どうも、オウムに入った原因を探ると、性の歪みが根深くあるなぁ、と思う。

私はすでに3〜4歳頃に「オバQ」の「しょうちゃん」に欲情を覚えた。これはリアルに覚えている。
でも小学校に入ったころにはしょうちゃんへの欲情は消えていた。

小学校の頃は性転換したくて仕方なかった。
そのピークが5−6年くらいで、その後は思春期に入ってごく普通の中学生になっていった。

姉貴のせいか、施設での下品な上級生のせいか、耳ドシマで情報が完全に先行し、
それなりにチャンスがあってもなかなかうまくいかない。
もてないし、
好きなカレは別の子とひっつくし、
バレンタインに告白したってうまくいった試しがない。

異性に壁があるというのもあったが、
それでもチャンスができても、まともにデートできない。
ひと晩すごすことになっても、

と・に・か・く!   入らない。。。。
股関節が硬くて  ひらかない。。。
一生懸命 ああだこうだやるけれど なっかなかうまくいかず、

もうそれはそれは卑屈の極み。

一生このままSEXできないで終わるのか???

このような状況を何年も続け、何人も続け、くらーいくらーい人生へ突入していった。。。。

誰か私の心の扉と下の扉を開けてくれ!!!と何年思ったことか。

その後、精進を繰り返し、あきらめかけた頃、開けられましたが。

。。。。ただし、でも、子供はどうしても!作りたくなかった。。。

そのせいか、心の扉までは開かなかったようです。

どうも、この緊張、子供を作りたくないという緊張と、
女性に生まれてしまったことの卑屈と、
家族関係が疎遠だったということの卑屈、
父親に対する愛憎、

それらがどうも、性の歪みとして生まれる以前から根付いているような気がして仕方がない。

性欲の、あるいはホルモンバランスなのかも知れないけれど、根本的な性の歪みが産まれた後の人生に大きな狂いを生じさせているような気がする。

極論してしまえば、「しょうちゃん」にそそられていなかったなら、後の家族関係や父親への気持ちも変わっていたように思うし、ちゃんとうまくSEXできたかも知れない。オウムにも縁がなかったかも。

根源的な大問題。

2009年12月10日

出家というのはすでにありえない

正しいグルイズム
正しいカルト

ということを考えていたら、どうしても引っかかるのが、「出家」というものだ。

師匠は絶対に必要だ。けれど、複数いたほうがより現代的だし、「正しいカルト」になりやすい。

師匠が複数存在し、かつそれを個々人がそれぞれに見つけたとしたら、もうすでにその時点で、オウム的出家ではない。

伝統仏教国の出家では、それはありえる。
どうもミャンマーなんかでは、そうやって貪欲に道を求め、師匠を求めるのが当たり前のようだ。

日本の正しいグルイズムは、基本原則、在家である。
創価もそうだし、いまや伝統仏教もほとんどが妻帯を認めている。

そして昨今のスピ系の教祖様は、組織を持たない。直弟子を持たない。
江原さんもそうだし、竹下氏もそうだし。

流れは禁欲ではなく、整欲、なのではないか、と思う。

禁欲も単なる方便で、禁欲そのものが正しいわけではなかった。
禁欲することで意識の方向性を変えることを目的としていたはずだ。
ただそれも行き過ぎれば反動が出る。
その逆に左道タントラなどの欲を肯定していく方法もあった。
でもそれもそれで行き過ぎたら社会問題になる。

結局は、その真ん中、産まれたことを当たり前に受け入れて、家族を大切にし、当たり前の欲を当たり前に肯定し、行き過ぎた禁欲と行き過ぎた貪欲を排していく教えが、最も現代的な悟りへの道なのかも知れない。

それを家族や夫婦から、段々と地域社会や、国家、隣の国、人類全体、動物、植物、地球環境全体、宇宙へと、拡大していけるかどうか。

家族を愛するがゆえに、その家族を守るために、他人を傷つけてしまうのが、人間社会だったが、それを反転させることができるかどうか、そこが悟れるか悟れないかの境目なのだろう。

だから、在家だからここまでしか出来ない、というのは、浅はかな見方だったと思う。反省。

マハームドラーのSとMは、禁欲の一つの反動現象を意図的に利用しているのだろう。
それはそれで効果はある。
けれどそれは、密教がほとんど機能できない情報化された社会の中では段々曲がったものになると思う。

もうこうなると、死ぬ準備としての出家と
伝統仏教国のようにスペシャリストを作るという意味での出家はまだ意味があると思うけれど、

それ以外に出家の意味があるとはちょっと思えない。。。


父母に対する憎しみ、生い立ちに対する卑屈

イエスのことを考えてみると、この人が神とかどうとか関係なく、

貧しい大工の子として馬小屋で生まれ、
その貧しさを憎まずに、おそらくはヨセフにもマリアにも感謝していたんだろうし、
友なき人の友となり、病の人に安らぎを与え、虐げられている人を訪ねてまわり、
最後は自分を処刑する人に対してもその行為を受け入れて許すという、

はっきりいってそれは、人としてすごすぎる。

苦しみを本当に自分の糧とできると、ここまでできるのか。

ダライ・ラマ法王が偉大なのは、おそらくは、中国に侵略された「犠牲者」でありながら、
その苦しみを中国に対する報復として戦争せず、徹底抗戦することをせず、逆にその状態を仏教の布教に役立てたことによると思う。
つまり、自分の苦しみにとらわれず、与えられた環境をフルに使って宗教家として、政治家として、今できる最大の努力をする。そこに、侵略があろうとなかろうと自分のやることに対するブレがないんだろう。だからいつも高らかに笑えるのかも知れないな。

松本さんの最大の過ちはここにあると思う。
彼は自分の生い立ちを憎んでしまったと思う。
社会的に恵まれない境遇だったり、身体的に障害があったりしたこと。
これを苦しいながらも自分の糧とできたならば、そこで学べるいろんなことがあったし、
何よりも自分と同じ境遇にいた人の苦しみを最も理解できたはずで、その苦しみから解放される術を与えられたはずだ。
実際に彼によって救われたと思う人は、そういう共有する苦しみを持っていた。
家族に対する不信だとか、虐げられた感覚とか。
その人たちの苦しみを和らげることにのみ生涯を賭けたとしたならば、彼は本当に「キリスト」になれたのに。
それができなかったのは、おそらくは父母に対する憎しみ、生い立ちに対する卑屈なんだと思う。

私がオウムから解放されるのは、この憎しみをなくすこと以外にない。


神秘と恐怖と

自分の幼児期を省みると、

この股間からにょきっと現れたであろう自分を想像するに、

とてもこの汚物に塗れた得体の知れないものに対する畏怖というか、ぎょっとするというか、神秘というか、嫌悪というか、そんなものがあったように思えて仕方がない。

執拗に子供は欲しくないと小学生の頃から思っていたのは、潜在的子供に対する恐怖があるように思える。

それともオトナに対する恐怖なのかも知れない。

この恐怖心が私をオウムへと駆り立てたような気がして仕方がない。

なんだろう。

やっぱり簡単に子供なんかつくっちゃいかん。恐ろしい。

美しい大自然なんて嫌いだ。

誰かを救った人が後で誰かを傷つけ、救ったこと自体が後の悪行の原動力になる、というのは、ある程度わかりやすかったが、

誰かを救う行為自体が同時に別の誰かを傷つける行為となっていることに、なかなか気づかなかった。

うまくいえないが、結局、人間であるかぎり、誰かを守るために誰かを攻撃せざるを得ないんだな。

象に30匹でくらいつくライオンの群れと同じ。

そして、これが森羅万象、大自然の神々の現われ、宗教の現実。

すべては時間軸と空間軸の認識の差異によって起きるんだ。

おそらく、オウムに係った全ての人は、この世で殺す人と殺される人とが2分されたとしたならば、殺す人になっていただろうと思います。

反省するということは、殺される側に必然的にまわるようにならなければならないのだと思います。

この「殺される」ようになるにはどうしたらいいか、って、そんなことは誰もわからない。
業がわかるのは釈尊だけ、ということだし。

答えはない。

美しい大自然なんて嫌いだ。
混沌とした大都会のほうが自然だ。

誰かを救った人が誰かを傷つける

姉貴が父親の暴力から救われたのは、施設にいる先生に相談して施設に逃げてこれたから。
その施設は後で児童虐待で問題になるわけだが、私がいた当初からそれらしきことがなかったわけではない。つまり、姉貴にとっては救いだったけれど同時に他の誰かにとっては地獄だったわけだ。

姉貴にとっての地獄だった父親は私にとっては毎月おこずかいと洋服を買ってくれる救い主だったし、兄貴が高校に行けたのは父親のおかげだろう。兄貴が高校に行けたおかげで後に続く園児が「自分たちも高校に行っていいんだ。」と思えるようになったわけだ。

中卒の親のない子は料理学校に行くか職人の丁稚か、そこでうまく行かないとヤクザさんが救ってくれる、というのが定番だった。2年もすればチンピラとして土産もってくる卒園者が何人もいたのは私だってよく知っている。末端を救うのは悪い奴か宗教家と昔から相場が決まってるんだろう。

オウムに救われたという人も少なからずいる。松本に救われたという人も。
その背後に凶悪事件の数々がある。

誰かにとって大きな救いとなったその「思い」というのか、なんというか、それが、悪の原動力に繋がっているんだな。

つまり、善から悪が生み出され、また、悪から善が生み出される、という仕組み、、、これが大極図、陰陽論ということか。

じゃあ、2度と犯罪を犯さないようにするには、自分はどうすればいいか????

刺し殺したくなるその瞬間の衝動を抑える以外、何もできないでしょう。
生まれたときからこうなる運命だったとしか言いようがない、この人生を考えると、

来世またオウムに出会わないようにしよう、って思ったところで、もうどうしようもないってことに気づかざるを得ない。


私は加害者のサイドにいた。

子供の頃の家族の形態が多くの人と全く違う形態であったということは、
その後、おそらく、多くのギャップを生むことにつながっている気がする。

でもそのギャップにかかわらず、兄貴も姉貴も普通に家庭をもった。

兄貴は姉貴と父親がトラぶった頃にはすでに外にいてほとんど音信普通だった。
兄貴は直接そういったトラブルに遭遇する運命がなかったんだろう。

姉貴は被害者。

私は加害者のサイドにいた。

家族という小宇宙の中で、加害者は父親、被害者は姉貴、外部にいた兄貴、結局加害者サイドについたのが私、被害者を支援したのは施設の人たち。こういうバランスになった。

そういえば、
園長先生と父親は兄貴の高校進学でかなりもめたらしい。
その頃はほとんどの人が高校くらいは当たり前に行っていたのだけれど、
施設の子は中学を出たらみんな働きに出るのが当たり前で、受験勉強などもってのほかだったため、父親が園長に文句を言ったのだ。
方針に文句を言うなら子供をつれて出て行ってくれ、ということだったらしいが、それもできない父親は文句を言い続けたようだ。

カネを出してないので文句を言う筋合いではないから、方針に従うのが当たり前といったら当たり前だけれど、
兄貴がそれでも高校に行ったので、その後、方針が段々と変わって、公立高校に行ける子は行かせるようになった。私の頃になると、施設から高校に通う子も出てきた。

この状況と今現在の自分に置かれている状況はそっくりだ。
私はきっと父親のように我儘で無責任に文句を言い続ける奴なのだ。
それできっと嫌われている。

父親とおなじように文句を言い続けた親が、おそらくたくさん全国にいたはずだ。
そして今でも世界中にいるだろう。

私のように今も変な奴がわがまま放題で無責任に文句をいい続けているだろう。

文句を言う側も言われる側も「家族」なんだな、とつくづく思った。
そしてこれに気づいたら、我儘言わなくなるかと思わせつつ、たぶんそれは絶対にない。

それはそれとして受け入れる以外にない。

ファミリーっていったいなんだ

今日になって、

ファミリーという形にとらわれていたことに気づく。

考えてみたら、

私自身は、父母兄姉自分というファミリーで育ったわけではない。

母は3歳で他界し、5歳で施設入りした後は、父とは一ヶ月に一度しか会わない生活で、
共に施設入りした兄とも別々の部屋でほとんど一緒に生きていないし、姉とは6−10歳まで同じ部屋に育ったがその後は別々の部屋で別々の生活だった。
高校で父と3年間暮らし、社会人で一緒に2年暮らし、その後は一人暮らし&おして知るべしだ。

その間に大勢の人と接触し、一緒に暮らしている。名前も顔も覚えていない人も多くいる。

これが私の家族だった。


そして今、それが、ちゃんと目の前に同じようにある。

これが私の最も逃げ出したかった家族。

まるで軍隊のような。

子供の頃とまるっきり同じ。


しかしなんでこんな家族なんだろう。


家族っていったいなんだ????????