2002年03月26日

ありがとう、こんなに愛いっぱい-『ハチ公物語』 1987年 日本

(『ハチ公物語』監督:神山征二郎/製作:奥山和由/脚本:新藤兼人/出演:仲代達矢、八千草薫、田村高廣、長門裕之、石野真子、三木のり平、柳葉敏郎/1987/日本)

先日、長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』の、糸井重里さんが作った幻のキャッチコピーの話をアップしました。製作者にとって映画のキャッチコピーとは、作品の画竜点睛として、ことさらに思い入れがあるものなのかもしれません。

奥山和由さんが朝日新聞に寄稿していた文章のなかに、映画のキャッチコピーに関するちょっといい話を見つけましたので一部抜粋して掲載しておきます。
余談ですがこの記事には、奥山さんが『凶弾』という瀬戸内海のシージャック事件を題材にした映画を製作した際の話が載っていました。

瀬戸内海という閉ざされた海から脱出しようとする犯人のエモーションを表現できる俳優として、奥山さんはサザンオールスターズの桑田佳祐さんに出演交渉をして、所属事務所のOKまでとっていたところ、松竹の役員連中が1980年当時ただの一人も桑田佳祐さんのことを知らず、「第二の裕ちゃん(石原裕次郎)だから」という役員会のストレート過ぎる意向で主演俳優を石原良純さんに勝手に変更されて、「ついでだから舞台も瀬戸内海から湘南に変えよう」と脚本も変更。この仕打ちに奥山さんがキレまくって、これを契機に奥山さんは、いつかギラギラすることを心に決めたとか決めなかったとか、非常にいろいろ面白い話が載っているのですが、今日はキャッチコピーに関する部分だけをご紹介します。

結局、「失敗」の責任をとらされて関連会社に飛ばされました。一回目の「解任」です。

(中略) 新たな仕事は予算管理。社内での映画製作の道は閉ざされましたが、あきらめず企画を練りました。執着したのが『海燕ジョーの奇跡』です。(中略) 三船敏郎さんにわき役の出演交渉にいったら、思いがけず「制作資金を出すよ」と言われ、話が進みました。会社も「三船さんがやるなら」となった。

(中略) 日本の会社は、上が責任を負わない。失敗したら「あいつが悪い」と「銃殺者」を決めておしまいです。プロデューサーは自分の子供である映画から逃げられない。だったら、責任は最初から全部負うから信念を通させてくれ。

(中略) 当時の映画のキャッチコピーをみるとおかしいですよ。
「皆様方よ、いまにみておれで御座居ますよ」「ギラリと野生、鮮やかに男」─。血がドクドクしてるでしょ。その時の感情を託してたんですね。

(中略) 誰もが知っていて胸を打たれる話は必ずヒットする。『ハチ公物語』は満を持して出した企画でしたが、松竹では最初、却下された。だったら外へ持ち出そう。舞台の渋谷駅を拠点とする東急グループと親しい、投影の岡田茂社長に橋渡しを頼みました。ライバル会社に話を持ち込むなんて前代未聞です。でも、岡田さんはグループの総帥、五島昇さんを紹介してくれた。三井物産の社長も話にのるという。異業種が映画ビジネスに算入する初の邦画になりました。

(中略) 本来ペットは連れ込めない東急百貨店に「犬を入れて宣伝をやりたい」と持ち掛けたら、三浦守社長がすぐに役員を集めて「例外はある」と説得してくれた。

結果は配給収入23億円、利益17億円。おばけヒットでした。「ハチ公」は破天荒な私を受け入れてくれた人たちの協力で完成しました。コピーは、
「ありがとう、こんなに愛いっぱい」になりました。

とてもいいお話ですねえ。

しかしその後解任されたわけです。。

(記事中の斜線部分は2000年11月5日 朝日新聞23ページ掲載の「ビジネス戦記 地雷を踏んだらサヨウナラ 映画プロデューサー奥山和由(2)」 からの抜粋です)

(2002/3/26 Posted by:芦原穣)
    • 0 Comment |
    • 0 Trackback |
    • Edit

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/movie_tagline/51877548 

トラックバックはまだありません。

コメントはまだありません。

コメントする。

絵文字
 
星  顔