2009年06月14日

三沢光晴

偉大なプロレスラー三沢光晴が亡くなってしまった。
馬場、鶴田、天龍、川田、小橋、田上、秋山、
藤波、長州、武藤、蝶野、橋本、健介、小川と
日本の名だたるトップレスラ−の殆どと対戦している
唯一のプロレスラーだった三沢光晴。

確か1回目の森嶋戦の時だから
2007年1月のこの試合だったと思うのだが、
試合序盤に場外でパワーボムを食らった三沢がその後
ちょっとシャレにならなレベルで動きが悪くなってしまい
その試合を見た時にもう無理だという思いは自分の中にありました。
全盛期を求める以前にプロレスラーとしてもう無理だと思っていました。

三沢光晴は90年代の日本プロレス界で最も体を張ったレスラーだったと思う。
そんな三沢だから大丈夫という部分は対戦相手にもあっただろうし
三沢にも今まで培ってきたキャリアから、自身の体調を
整える努力を怠っていた部分もあっただろうと思う。
そんな、誰もが全盛期の印象だけで判断してきたことが
今回のこの残念な事故の結果なのではないだろうか。

ここ数年の試合はあまり見ていないが少ない中でも見る限り
調子の良さそうな三沢を見た記憶がまったくありません。
メインでありながら酷い試合をやってしまったり
全盛期とは比べものにならないほどこの数年は
肉体的にも精神的にも変わり果てた姿だった。
もう何年も前から、どう贔屓目に見ても
トレーニングなんてしていない体だったし
コンディションも常に悪そうだった。

どれだけブン殴られようが頭から落とされようが
不死身のごとく蘇り勝利してきた全盛期の印象が強いため
三沢がバックドロップ程度で死ぬわけがないと思いがちだが
三沢の肉体的精神的な全盛期は90年代前半から中盤までだ。
気づけばそれは今からもう15年以上も前のことなのだ。

その影をずっと自身も背負い、対戦相手やファンは追い続け
自分も相手もファンもが過信した結果がこの事故なのだと思う。

三沢光晴は「リング上で死ねれば本望」なんて言っていたらしいし
実際同じことを言うプロレスラーも多いが、本当にそうなった場合
病死等に比べそのショッキング度も高ければ、世間に与える
悪い意味でのインパクトも大きいということがこれでわかったので
そのようなことを簡単に言う選手は今後減って欲しいなと思いました。

比べるのはおかしいかもしれませんが、同程度の知名度でありながら
三沢の死が病死だった橋本真也と比べテレビでの扱いが少ないのは
「試合での事故死」だったという負の部分が大きい気がしますので。
『THE サンデー』での試合直後の映像なんてショッキング映像でしたから。
実感の沸かなかった三沢の死にリアリティを与えてくれたという意味では
貴重な映像だったのかもしれませんが、本当に心臓に悪い映像だった。
酔っ払いながら見たらボロボロに泣いてしまうよアレは。

関係ないが、各紙一面になっているスポーツ新聞を買いに
セブンイレブン、ローソン、ファミマ、サークルKと回りましたが
どうやら地方版の一面は差し替えが間に合わなかったらしく
全て野球ヴァージョンで悲しかったです。
こんなところにも地方格差が。

橋本真也、クリス・ベノワ、エディ・ゲレロ。
このブログを始めてから亡くなった
自分にとって思い入れのあるプロレスラーは数多いが
その度に悲しい想いを綴らなければならないのが辛い。
せめて自分より長生きして欲しいと切に願います。

すでに地獄行きが確定していそうな自分は、天国では連日
ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、三沢光晴組vsアンドレ・ザ・ジャイアント、
ブルーザー・ブロディ、橋本真也組という豪華シックスメン・タッグマッチが
開催されているのかと思うと、何としてでも天国行きのチケットを手に入れてみたいと思った次第。

moya_sic at 22:10│この記事をクリップ!プロレス&格闘技