December 30, 2022

【雑記】今年の新書で面白かったもの(2022)

  今年はさほど新書を多く読めませんでした。理由は前の記事に書いた通りなのですが、恒例なので簡単な備忘録くらいは残しておきたいと思います。


1、瀧川裕英[編著]『くじ引きしませんか? デモクラシーからサバイバルまで』

  今年も信山社は他社に比べれば圧倒的に刊行の点数が少ないなかで面白い新書を出してきました。
 このところ「親ガチャ」、「国ガチャ」など自分ではどうしようもない運の要素によって人生が左右されることを指して◯◯ガチャと表現するネットスラングをよく見るようになりましたが、現代哲学の領域では運の平等主義という考え方によって、そうした運の差で決定されてしまった不平等を不正なものとして、是正すべきだという主張やそれへの反駁が盛んに議論されています。あるいは政治学の領域では抽選制民主主義、ロトクラシーの部分的な導入が非現実的な思考実験にとどまらず、具体的な提言レベルで論じられています。
  本書はもともとは多くの論稿が『法と哲学』(vol.7)の特集「くじと正義」に掲載されていたため、新書としてはかなり硬質な議論ではあるのですが、上記のように近年さまざまな学問領域で関心が高まっている「くじ引き」に関わる問題について各分野の専門家の知見を集めた一冊となっています。どの議論も興味深く読んだのですが、とりわけ第5章の「くじによる財の配分 リスクの観点から」(飯田高)は、「くじ引き」という行為が孕むリスクの受忍について、その結果の影響を被る人の置かれた条件によって異なるという点を先行研究と著者の社会調査の結果を踏まえ指摘していて説得的でした。

くじ引きしませんか?―デモクラシーからサバイバルまで (法と哲学新書)
飯田 高
2022-06-04



2、濱本真輔『日本の国会議員 政治改革後の限界と可能性』

  本書はタイトルからも窺われるように、1990年代の政治改革以降の国会議員の変化を人材や資金、政治的価値観などさまざまな面から検証したものです。充実したデータに基づく議論から見えてくるのは、有権者の政治家個人から政党へという支持のありようのシフト、それに伴う政治家の職能意識のシフト(利権代表者から政策志向へ)の一方、国会自体の制度や政党組織が旧態依然のままにあるという個々の議員と政治環境のちぐはぐな現状です。せっかく(?)それぞれの政治家による政策に対する関心が高まってていたとしても、事前審査や会期、政党自体の調整が絡んでくることで有意義な議論がなされないことの問題が見えてきます。
  また、個人的に興味深く読んだのはやはり人材リクルーティングのありように関する部分で、結局個人主義の選挙活動やハラスメントの問題など諸々の前提から導き出される女性の参入の難しさについては、一つ前の記事にも同じようなことを書きましたが、前田健太郎『女性のいない民主主義』と認識を共有する議論が出てきたように感じました。


3、筒井清輝『人権と国家 理念の力と国際政治の現実』

  今年の春頃にはウクライナへの人道支援の限界から国連不要論などを唱えるネットの意見をしばしば
目にしました。歴史的な背景などを理解せずに極論を打つのは簡単なのですが、それでは何一つ問題は前に進むことはないでしょう。
  これに対して本書は長年国際政治のなかで人権の問題を研究してきた著者が、人々に普遍的人権が意識されるようになったルーツから説き起こし、国際的な人権意識が個々の近代国家の内政の問題と衝突しながらも浸透していく過程を描いていきます。もっとも、それはしばしば理念レベルの浸透にとどまり、実践との間に乖離を生じ、ルワンダやユーゴスラビアの例のように圧倒的な無力感を突き付けることもあったのですが、著者は国家間組織と国際NGO、市民によってなされた小さな成果などにも目を向けながら「過剰な期待も悲観もすることなく、人権機構の影響力を向上する地道な努力」(p.161)を主張します。蒙を啓かれるような提言ではないものの、本書の議論を追いながら改めてそうした認識を確認することは無意味ではないと思いました。

4、中北浩爾『日本共産党 「革命」を夢見た100年』

  日本共産党というと、今でも中国やロシアのスパイのように言われたり、暴力革命の担い手として言われたり、いつの時代の認識なのだろうという議論を目にしますが、百年もの歴史を持つ同党はその組織の性格や思想についても紆余曲折があるため、大掴みに理解出来るような分かりやすい対象でないことはたしかでしょう。
  そんな日本共産党について本書は、まず国際的な比較をイントロダクションとし、戦前の体制から戦後の路線変更、長く君臨した宮本顕治体制からその後の党の衰弱、現在の改憲に勇み足な自民党に対する護憲の本陣というイメージへの転回を注もたっぷりに440ページという新書らしからぬ骨太さで論じていきます(ある意味で最近の中公新書らしいと言えばそうですが)。
  現在の国会に占める日本共産党所属議員は衆参併せて21名と決して多くはないものの、反共という合言葉が保守派議員やその他関係者を糾合してきたように、「共産」のイメージは長らく日本の政治の形を規定するものでもあったはずなので、こうした議論を踏まえてその実態を捉えておくのは重要なことと感じました。








5、福嶋亮大『思考の庭のつくりかた はじめての人文学ガイド』

  福嶋亮大の書くものはその知識量の多さに驚かされることが多いのですが、今回その著者が人文学ガイドと銘打った入門書を書かれたので興味を持って手に取りました。
  上のような印象から膨大なインプット、アウトプットのテクニックを指南するといった内容を想像していたのですが、「読書」、「批評」、「言葉」、「近代」、「歴史」、「芸術」という少し変わった章の建て付けからも窺えるように、本書はそうした”良いレポート”を書けるようになるためのエッセンス集というよりは(結果的にそうなるかも知れませんが)、どちらかと言えば人文学的な視点から対象を捉えるために「心をセットアップする」(p.13  ※原文傍点)ことに重きが置かれています。
  具体的な記述については普段自分が学生相手に話していることとも似通っていると思った部分もある一方で、つまみ読みの必要性やすぐ理解出来ないことを許容する姿勢をそのような理路で説明すると説得的なのかと思わされたので、その意味で優れたハウツー新書だと評価しました。なお、専門に関わる点が多いものは取り上げないというこのblogの意固地なポリシーからピックアップしませんでしたが、本書の少し前に刊行された『感染症としての文学と哲学』(光文社新書, 2022.02)も面白く読んだことは申し添えておきます。




moyoko0629 at 20:00|PermalinkComments(0)