ウェブは菩薩である書店で目次を見て、
・プッシュからプル、ふたたびプッシュへ
・代理人(エージェント)はメタデータで動いている
という文字が目に入って衝動買いしてしまった。
「メタデータ」という切り口からWebの本質を見事に捉え、それを限りなく簡易な比喩を使って解説してみせる良書。筆者の卒論がベースになっているというだけに、特にこれからネットに入ってくる世代にはとっての指南書としては最適だろう。初心者が本質までたどり着ける、これぞ「知の高速道路」と言ってもいい。
メタデータ、つまりデータの説明をするデータが果たす役割は、とてつもなく大きい。一番分かりやすいところでは、検索における役割だ。
ウェブ上でコンテンツを見つけてもらうためには、「属性情報」や「評価情報」が一緒に流通されなければなりません。言い換えると、(中略)こうした情報も一緒に流通するような「アーキテクチャ」が採用されなければならない(p19)
ただ、メタデータの効用はそれだけではない。情報発信者ではなく、情報取得者が自分たちの価値観にあわせて自由にタグ付けを行えるようになり、それが共有化されるようになった結果、コミュニティ内での符丁として、さらには知の集約化するためのベースインフラとして機能し始めている。
メタデータが充実してくると、自分自身のリアルタイムなニーズと合致した情報を探しやすくなる。だからこそ、
プライバシーの確保よりも、履歴の公開によって得られる情報の価値を優先する人が数多く存在している(p113)のであり、そういったユーザーを取り込んでいくために、
大事なのは、と筆者は指摘する。
・より多くの人に
・より負担をかけずに
・より多くの機会で
タグを生成してもらい、集めて活用するプラットフォームを作ることです。(p195)
過去から現在にいたる現象の本質をつかむと、未来が見える。
筆者は、メタデータをビジネスに組み込んだ成功例としてアマゾンを挙げ、違う領域で第二のアマゾンを目指したデータベース提供者間の競争が勃発すること、そしてWeb上のコンテンツは日常生活のあらゆる分野に広がり、それは標準のフォーマットに集約されていくと展望してみせる。
重要なのは、メタデータのフォーマットを提示するのは一部の企業だったとしても、それを淘汰し、さらには実際のデータを記述していく主人公はユーザーだということだ。
一人ひとりが本当に自分が好きなことを、自分のペースで行って、それが誰かの役に立つ。(中略)将来、万人に御利益がもたらされます。まるで慈悲深い菩薩のようではありませんか。ウェブは一握りの(旧来型)エリートのためだけにあるわけではありません。万人の自由を拡大するというのがウェブの進化の本質です。(p212)
逆に、この楽観的な未来は、ユーザーの立場で語られているからこそ、とも言える。
情報提供側からすれば、後書きにあった
「分類は権力だ。分類の大衆化は革命だ」(p215)という言葉にこそ反応すべきかもしれない。
そう、以前の「革命前夜」というエントリーで書いたように、革命はすでに始まっているのだ。
その革命の行く末を、今後、自分なりに展望していこうと思う。
タイトルをつけるとすれば、「生活者が支配する世界」といっただろうか。