ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)著者:楠木 建
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(2010-04-23)
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ずっと気になっていた一冊。
タイトルからは、優れた経営者たちのロングインタビューと、そこに対するちょっとした考察といった体裁を想像していたのだが、その読みは良い方向に裏切られた。競争戦略に「ストーリー」という新たな視点を加えて進化させ、それを要素別に論じて見せる見事な構成の中に、優良企業の眼から鱗の戦略やインタビューが効果的にちりばめられている。
さて、なぜ「ストーリー」となる戦略が優れているのか。まずは、
「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。(p13)(p65)ということ。
今までの競争戦略論は、「違いをつくる」ところに重きを置いてきた。その要素を「つなげる」方に軸足を置いてみると、新しい気づきがある。
戦略をストーリーとして「見える化」ならぬ「語る化」してみたとき、そのストーリーに説得力があるということは、因果関係の蓋然性が高いことの証左である。そして話が長くなるということは、構成要素間のつながりの数が多く、時間軸でのストーリーの拡張性・発展性が高いという証左でもある。かくして、筋の良い戦略は、「長いストーリー」になるという。
著者の挙げる戦略ストーリーの5C(Competitive Advantage、Concept、Components、Critical Core、Consistency)のうち、一番の読みどころはストーリーの「転」、中核的な構成要素であるクリティカル・コアの部分だろう。
この要素のミソは、
一見して非合理な要素が、ストーリー全体の合理性をつくり、競合他社に対しても重要な差別化の源泉となっている(p345)ということだ。
それは、今まで誰も気づかなかったブルー・オーシャンを発見した、というわけではない。来るべきトレンドを見出した先見の明でもない。因果関係から正しく論理的に導き出された、常識を覆す一手だ
たとえば、デルの「自社工場での組み立て」、サウスウエスト航空での「ハブ空港未使用」、ガリバーの「買取専門」。それらは、いずれも業界の常識からすればあり得ない選択肢だった。それが、戦略をストーリーとして展開していく中で中核に置いてみると、逆に競争優位をつくり上げるための強力な武器になる。
「A(施策)がB(結果)をもたらす」という近視眼的な因果論理が、その業界を通念として広く定着しているとしましょう。(中略)ストーリーの組み立てによっては「Aであるほど実はBが阻害される」という逆説が導かれる可能性もあります。こうした「視界の拡張」「視点の転換」、もっといえば「眼から鱗」となるキラーパスを引き出すのがストーリーの戦略論の本領です。(p351)
「まねできなかった」のではなく、そもそも「まねしようと思わなかった」というのがポイントです。この両者には競争優位の持続性の論理において決定的な違いがあります。(p321)
マブチモーターの「モーターの標準化」もその一つだ。当時は、発注元のセットメーカーの要望に応じて、特注のモーターを納品するのが業界の常識だった。そこを疑い、モーターを標準化するという「キラーパス」によって圧倒的な低コスト化を実現したマブチモーターは、その後40年継続する競争優位を手に入れた。
しかし、誰もまねしようと思わなかった打ち手である。当然、社内からの反発もあった。
「モーターに合わせて本体をつくれなどと勝手なことをいえるわけがない、というのが営業サイドの言い分だった。(中略)社内でもこの調子だから、競合の会社にしてみれば、気でも違ったと思われたのではないか。(マブチモーター元社長 馬渕隆一、p330)かつての上司が、「販売会社から、『メーカーが、何をバカ言ってやがる!』と言われるような販売促進企画じゃなきゃ、本当の効果は出ねぇぞ」と言っていたのを思い出した。
もうひとつ、ストーリーになった戦略には、ステークホルダーを一つにまとめる効果がある。
リーダーだけでなく、ミドルマネジメント以下の多くの人々も、仕事に向かって突き動かされるような面白いストーリーを強く求めているはずです。(p48)
仕事は疲れるものです。しかし、戦略ストーリーが共有されていれば、少なくとも「明るく疲れる」ことができます。(p492)
優れたリーダーたちはその効力を認識し、マネジメントに活用している。
「うまくいくときは、戦略を打ち出すと、見ていてみんなの表情がスッとまとまった感じがするわけです。部屋の空気が変わるんです。」(三枝匡、p52)
「目標があって目的がない。それは作業であって仕事ではない。」(ホットペッパー元事業部長 平尾勇司、p250)
「中古の書店ではなく、リユース社会のインフラとして、ものを捨てたくないと思う人のための存在になる。こうした志があるから、現場の一人ひとりがブックオフで働くことに自信と誇りを持てる。それがなければ会社は続かない。」(ブックオフ 佐藤弘志、p498)
ロジカルでありながら、ユーモアもあり、心にも響く良書なのだが、ひとつ難点があるとすれば、ストーリーの出発点だろうか。
まったく違う次元の競争戦略を志向しようとするとき、そこには必ずトレードオフが発生する。本書においても、成功例として挙げられているのは、いずれも差別化を旨としてスタートアップされた企業(アマゾン、サウスウエスト等)か、なかず飛ばずの本業からの脱皮を目指した企業(松井証券、スターバックス等)ばかりだ。
それなりに業績をあげ、失うものも多い大企業が、競争戦略として新しいストーリーを語り始めるにはどこからはじめるべきなのか。目先の利益を犠牲にし、リスクの高いキラーパスを出すためには、どうすべきなのか。
そればかりは自分たちで見つけていくしかないのかもしれない。
以下、いつか使うかもフレーズ集。
将来はしょせん不確実だけれども、われわれはこの道筋で進んでいこうという明確な意志、これが戦略ストーリーです。ストーリーを語るということは、「こうしよう」という意志の表明にほかなりません。(p50)
ストーリーは将来の機会を見つめるためのレンズです。裸眼で漠然と将来を眺めてみても、ありきたりのことしか見えません。ストーリーというレンズがなければ、真の機会は像を結ばないのです。(p454)
戦争でもあるまいし、戦略は「嫌々考える」ものではありません。まずは自分で心底面白いと思える。思わず周囲の人々に話したくなる。戦略とは本来そういうものであるべきです。