2012年01月29日

3つの『グレイト・ギャツビ』 村上春樹編

村上春樹訳の『グレイト・ギャツビ』。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
著者:スコット フィッツジェラルド
中央公論新社(2006-11)
販売元:Amazon.co.jp
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ともかく読みやすい。会話の流れや細部の描写の並びに違和感なく、小さく引き締まった小説世界が現出する。特に会話の妙は村上さんの短編のそれをほうふつさせるものがあり、興味深かった。

ところでこの翻訳本には、訳者自身のかなり長い後書きが載っている。「翻訳者として、小説家として−訳者あとがき」である。

このあ「あとがき」はまるで村上春樹さんの「私小説」のようなおもしろさがあり、いくつかの(恐らく)事実に注目が向かう。その一、三十代後半頃から翻訳を文学の中心の仕事と予定していたこと(六十歳になったら『グレイト・ギャツビ』を翻訳すると決めていた!

その二、村上さんの人生の愛読書が「この『グレイト・ギャツビ』、ドストエフスキー『カラマゾフの兄弟』、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』。そのようなつもりで振り返ると、村上さんの実はかなり理屈っぽい部分、あるいはその反対の非論理なデモーニッシュな色合いへの嗜好は、なるほどドストエフスキーかもしれないと、変に納得する。

 そしてその三。村上さんの周りにも、『グレイト・ギャツビ』をそれほど評価しない読書人がすくなからずいらっしゃるという事実。つまり他人の人生を左右するような種類の「文学」とは思えない、その感覚は筆者と同じもの。

 村上さんの嗜好は、そうした小さき者の中に本質が宿る、そうした教条的な物言いをしても納得は得られないかもしれないが、カラマゾフの対極にいる登場人物たちの感覚が、実はカラマゾフ的な性格を帯びていること。

 「カラマゾフ的」とはなんであろうか。極端な性格の対位法。一見異なる旋律は実は兄弟という血のつながりを紐帯とする関係性、どのような「悪」を認めたところで、結局は地の中に類似を観てしまえば自己の聖性なぢ、言いようもない混沌。そうしたあらゆる逆説が順接として成り立ちうる関係性。それが「カラマゾフ的」という言葉の意味だ。

 最近、クラシク音楽は、とみに室内楽を好むようになる。ああ、そうか、「カラマゾフ的」なるものの室内楽的な調べとして読み込めば、なるほど『グレイト・ギャツビ』は味わいがある。いずれにしても、会社勤めをしながら、こんな贅沢な読書にはまり込んでいて良いのか。ちょっと自戒しながら、それでも、凡て良し、である。


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2012年01月22日

3つの『グレイト・ギャツビ』

さて、『グレイト・ギャツビ』のつづき。

先にも書いた通り、今回は英語の原書で読みながら、読解として太刀打ちできない部分(大半だったが!)、ここを日本語訳で参照しながら読み進めた。いつもの通勤途中の電車の中の話なので、吊革につかまりながら、二冊の本を重ねて持ちながら、赤鉛筆でチェックを入れながら読む。傍から見たら、何もそんな読み方しないで、家でちゃんと読めばよいのに。。。。といったところか。

華麗なるギャツビー [英語版ルビ訳付] 講談社ルビー・ブックス華麗なるギャツビー [英語版ルビ訳付] 講談社ルビー・ブックス
著者:フィッツジェラルド
講談社インターナショナル(2000-07-21)
販売元:Amazon.co.jp
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英語版は最近愛用している講談社インターナショナルのルビーシリーズ。そして日本語訳としては新潮文庫で、ほぼ二冊同時に読み進んだ。
グレート・ギャツビー (新潮文庫)グレート・ギャツビー (新潮文庫)
著者:フィツジェラルド
新潮社(1989-05-20)
販売元:Amazon.co.jp
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文庫本は昭和五十二年九月・九刷である。カバーはロバート・レッドフォード主演の映画のシーン(上記の写真は最近のカバー)。訳は野崎孝さんである。

 正直言うと、それなりに著名な作品であるが、最初に読んだときは「どこがそんなに良い?」といった印象。映像のイメージが強すぎたのか、時代風俗ばかりが目に入ってしまい、ストーリも人工的というか、つじつまが合いすぎるという印象で、つまりは「通俗的」の範疇でくくっていたわけだ。以来ずっと思い出すことなく今日に来た。訳者には恐縮だが、野崎さんの訳も日本語としてこなれていないのか、読みにくいこと甚だしい。

 最近になって、中学以来英語の勉強に苦しんできたわけだから、好きなヘミングウェイの作品を原書で読みたい、否、読まないことは不幸であると確信。どうせ読むならもっとも愛読する『日はまた昇る』と決めており、その肩慣らしの意味で既読のフィツジェラルド(通俗的で読みやすかろう!)を手にしたわけだ。

 ところが最初のページから難儀の連続。ともかく比喩に満ち満ちた文章は、辞書で逐語訳的に意味を調べても、まったく大意が掴めない。そこで最初に書いた通り、野崎訳を参照しながら、ゆっくりゆっくり読み進んだ。

 このようにして読むと、野崎訳がいかに原文に忠実な日本語であったかが分かる。それは日本語として同かは別にして、フィツジェラルドの文章の言い回しを忠実に訳している。原文との照らし合わせとしては助かった。

とても読みこなしたとは言いえないながら、ギャツビーの純粋さと、その一方で瞬間的に垣間見せる裏側の世界の冷たい顔の怖さ、デイズィーを含む上流社会の人々とのズレ、そして語り部である「ぼく」の絶妙のポジショニングなど、訳文の文庫をさっと読んだのとは比較にならない丁寧な読み込みで、最初に感じた通俗性は感じられなかった。しかし、人工宝石のような、まがい物ながら周辺の光を反射して輝く姿は、やはり美しい。

 さて今回は小説の内容について、ことさら長々と語るつもりはない。そうした種類の作品でもない。さらに触れておきたいのは、日本語に訳されたもう一冊の『グレイト・ギャツビ』を読み、三冊の『グレイト・ギャツビ』をほぼ同時に読み進んでの感想である。断っておくが、こんな読書スタイルはこれが初めてである。

村上春樹訳の一冊。
野崎訳であまり楽しめなかった記憶の後、村上ブランドでこの本を読んでおり、その時は日本語として読みやすく、普段の村上春樹さんの小説の文体と似た感じから、翻訳でも「村上節」なのか、あるいは村上さんの作品がそれだけフィツジェラルドの影響を受けていたのか、そんな印象を持っていた。

 そこで野崎訳の参考としてさらに対比してみたわけ。

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2012年01月21日

リバウンドの中

15日まで24連休として、16日(月)から会社勤めを再開。今週、疲れることは疲れたが、残念ながら休み中もそれほ寝坊をしたわけでもなく(できたわけでもなく)、さすがにこの寒さの中、朝5時起きは気合が必要ながら、それほど大変な思いもしていない。もう、さほどの寝坊もできず、そこそこの時間には朝起きていたためで、それが良いのか悪いのか。。。。

さて今週は新しい本は読んでいない。 
遅ればせながら、昨年読んだ本をこのブログの記事を振り返って思い出してみた。あまり大した読書もしていないが、やはり高村薫さんの著作が一番重かった。それとあまり目立たないが、贅沢な読書・楽しみとして、かなり時間をかけて英語の原書での小説読書。アガサ・クリスティとヘミングウェイ『老人と海』。

そして年内にここに書き留めておくことができなかった読書の記録として、英語原書での読書『グレイト・ギャツビ』と『日はまた昇る』がある。これまたどちらも思い切り時間を要したし、特に前者では途中でギブアップ宣言寸前まで追い詰められた。その豊穣な比喩はほとんど読解不能。

そこで工夫したのが、通勤途中の読書ながら、翻訳本と原書を重ねて持ち、どうにも意味が把握できないときは翻訳の該当箇所を読んで確認する、行ってみれば、同じ作品を二倍の時間をかけて読んだ。しかしこれが何とも言えず味わいのある読書で、今は気に入っている。
 
もともと「いゆかはヘミングウェイの作品を原書で」という目標から始めたわけで、少し早すぎる気もしたけれど、『グレイト・ギャツビー』の装飾的な文章を読み通したのだか何とか読めるのではないかという見通しから、『日はまた昇る』の英文にチャレンジした。結果は、面白かった。

日本の作品でも、当然文学作品ごとに、あるいはその書き手の人間ごとに「文体」というものが歴然としてあるが、英語の原文を読んでみて、フィツジェラルドとヘミングウェイの文体の差異には、正直驚かされた。そしてその驚きの原因は、恐らくヘミングウェイの方にこそ多く起因するものであると確信する。

 あまり語るべき読書もしていないので、しばらくは二十世紀を代表するアメリカの二人の作家を読み比べてみたいと思う。さりとて読後、3~6ケ月も経過しているので、当時の新鮮で「迷いのない迷い」はかすかに忘却、仕方ない、忘れてしまった文体論について思い出しながら、細々、語ってみることにする。

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2012年01月15日

資本主義はなぜ自壊したのか−その2

中谷巌さんは、純粋理念の人工的国家あるいはその建国の理念である強烈な宗教国家としてのアメリカのDNAに深く根差す、グローバル資本主義<新自由主義は、「格差社会の出現であり、地球環境の破壊であり、安心・安全社会の崩壊」をもたらすものと断罪する。

こうした論説は最近ではあまり新味はないのだが、中谷さんの過激な点は、そこから一挙に火本的な多神教の心に救済を夢見る点だろう。多神教の特徴は自然の中に存在するあらゆるものに神性を認めること。それは一神教の対極にある。

面白かったのは、多神教の世界では豊穣の象徴として蛇や山羊を祭ることが多いが、一神教の社会(自然破壊の結果、乾燥化が進んだ社会環境に生きる人々)では、蛇と山羊は邪悪の使いとして忌み嫌われる。 アダムとイブを唆すのは蛇であり、ゴヤの会議がに現れる魔女の祝宴では山羊が主役を演じる。

経済活動を行う人間社会の深層を、神話や社会環境から評価し直し、その判断から単純な外来の潮流(たとえば、グローバル資本主義)が、日本に根付かないことを懸命に述べている。確かに「懺悔」であるかもしれないが、その発想の最初が、アメリカ発の経済体制を真似てみてもまったく経済は良くならないし、それどころか、かつては存在したはずの健全な社会基盤が崩壊していることの驚きと反省から始められる。

あまりにも素朴で正直な懺悔録だと思うが、逆に言えばそのような認識もないまま、ひたすらグローバル資本主義を主導したのか、と言いたい。

たとえば企業の現場に30年も暮らしていると、その変質は明らかであり、それまで大切にしてきたものとの引き換えに、能力主義やらグローバル化への対応などを急いできたという、そのくらいの自覚なら皆持っているはずだ。そんなことも。。。。(絶句)

読み物としては面白かったが、その自戒が本気であればあるほど、空疎で背筋が冷え冷える感覚を持ってしまうのは、わたしだけなのであろうか。大前さんの著作に引き続き、中谷巌さんの著作を通読しての感想である。



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2012年01月14日

写真編のブログを改訂しました(よろしく!)

高校生の時、父親にPENTAXの一眼レフ・カメラを買ってもらった。それ以来好んで写真を撮っている。最近はデジカメ一辺倒で、どなたかもブログで書かれていたが、デジカメはいまだ「一生もの」にはほど遠いといった感じ。

そんな言い訳で今使っているカメラは、SONYのビデオ機器DCR-PC350 の静止画機能で間に合わせている。それほど不満もないが、感動もない。否、室内写真などは光源不足で粒子が荒くなったりして、本人としては不満たらたら。

 そろそろデジタル一眼を狙っているが、立派な機材を購入してもちゃんと活用するかという不安もあり、撮影した写真の「発表の場」を作ることにした。新しいブログです(左のLinksにも貼ってあります!)。

よろしければご覧ください。だらだら続けるつもりです。 
 

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資本主義はなぜ自壊したのか−その1

せっかくの大型連休であったがあまり読書は進まなかった。その中で、前回の『さらばアメリカ』に共振するような本を読んだ。気になっていたが単行本を新刊で読む必要もないとそのままにしてきたが、ブックオフで105円で売られていたのでストックしておいたものを読んだわけ。中谷巌さん著作の『資本主義はなぜ自壊したのか』。

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言
著者:中谷 巌
集英社(2008-12-15)
販売元:Amazon.co.jp
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論旨の気分は大前さんと同じで、アメリカを主体とする新自由主義のどんずまりを、その片棒を担いだご本人の自戒を込めた「懺悔の書」ということになるらしい。そのお名前は小泉改革の前後で耳にすることがあり、ああ、アメリカかぶれの経済エリートかよと認識していた。そしてリーマン・ショックを経験すると、あれほど規制緩和や「神の見えざる手」を鼓舞したご本人が、まるで一粒で二度おいしいような「懺悔」で本を上梓することに、違和感を関いていたのだが。

しかし一読、大前さんの著作はだいたいこれまでの論旨と同じネタを、「さらばアメリカ」という着想だけで変奏曲のようにアレンジして、一丁上がり!というお手軽な感じがあったわけだが、この中谷論文はどうしてどうして、ビシビシ直球勝負の真面目な書物。

アメリカを建国の歴史から洗いなおして、歴史上唯一の人工的、過剰な「理念」の国家であるが故の新自由主義思想、実は「自己責任」を身上とするのはDNAに刷り込まれたアメリカの存在意義に等しく、また、第二次世界大戦後の日本に、ベトナムに、イラクに、アフガンに、 そして今またイランへの「お節介」の精神は、建国にあたっての共同幻想であったことを、中西輝政『アメリカ外交の魂』を紹介しながら説く。

特に、メイフラワー号で最初に来った人々は、何ら明確な理念を持っていたわけでなく、単に大陸で居場所のなくなった食い詰め「難民」であった。それに対し真のアメリカのアメリカたる出発はある十年後の事件であるという。

「実はアメリカの「精神的遺伝子」を作る出来事が、メイフラワーから十年後の一六三〇年に起きているのである。それはアメリカ大陸に「理念の共和国」を作るべく、イギリス国王の勅許を得て裕福なピューリタンたちが一〇〇〇人を引き連れ、マサチューセッツ湾に上陸したジョン・ウィンスロップという男の出現である。(P184)」

 「かれらピューリタンは当初から明確なビジョンを持って、<アーベラ号>に乗って新世界にやってきた。そのビジョンとは「アメリカ大陸にに真の宗教に基づく『新しい国家』をつくり、それによって本国イギリスの堕落した教会と国家を改造し、ひいては全世界をつくりかえること」にあった。(P184)」

 ゆえにアメリカというのはその始まりから徹頭徹尾「宗教国家」であり、そのことが世界の警察として振る舞い、基軸通貨の保有国として世界秩序に責任を持つというメンタリティーあるいは国是を有する歴史的な背景と説く。

 建国の理想を曳いて、現代のアメリカのグローバル資本主義の本質を説明しようとする姿勢には敬服する。そして一方のアメリカが筋金入りのグローバル市場主義であるなら、日本は真逆のメンタリティを持って歴史を歩んできたことを書く。それは記紀神話まで遡って、高天原系の勢力が大国主に国譲りの交渉を行い、無血で達成することの双方の反闘争性を、狭い島国ゆえの長期的な信頼関係こそが最大の戦略であったとする。

 良くわかる。著者が言うように、逆立ちしたって米国人のような振る舞いはできないし、したくもないというのが日本人の本音であろう。そこで著者は、そうした日本人の歴史にお深く根差したメンタリティをベースとした、この危機の時代における日本のプレゼンスを説くわけだ。

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2012年01月13日

さらばアメリカ

大前研一さんは(わずか1年ではあるが)我が師匠である。2008年に会社の教育の一環として大前さんの「経営塾」を受講した。ネットワーク経由での教育カリキュラムで、教材とする図書の輪読や中国の発展を記録した映像を観て、様々な意見交換をネット上で行う。

大前さんは塾長として、時々議論に参加されていた。ひとりでは決して読まなかっただろうビジネス書を読み、それはそれで貴重な体験だったが、読んだ本としては大前さんの著書がやはり多く、主要なところは一通り読んでいると思う。

終了後もブックオフでその著作を見かけると買って読んでいる。ちゃんと書店で買いなさい!という塾長のお叱りの声も聞こえてくるようだが。そして今回は『さらばアメリカ』である。

さらばアメリカさらばアメリカ
著者:大前 研一
小学館(2009-02-07)
販売元:Amazon.co.jp
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リーマンショック以降のアメリカの経済政策に関する論述部分は、ちょうど経営塾が08年であったことから当時さかんに大前さんも発現されており、その内容を中心にまとめられている。

 金融危機への対応として、大前説では大きく3つのフェーズに分けて進むと説かれる。フェーズ1は流動性の危機。08年で言えばサブプライムローン問題に端を発した信用不安で、資金の流動性が滞った状況を指す。

フェーズ2は不良債権処理に伴う過小資本の危機。 銀行や証券会社(投資銀行)が軒並み資本劣化の状況に陥り、結果リーマンが消滅、大手銀行にも公的資金の注入を余儀なくされる。

 フェーズ3は貸し渋りに伴う事業会社の危機。この時のアメリカでは、自動車産業の危機がその象徴であった。

そして著者は、危機の回避には正しくフェーズ1から3の手順で進めなければ、いたずらに回復を遅らせるだけで、「日本の轍は踏まない」と豪語していたアメリカが、まさに日本の通った道を歩いている状況を厳しく指摘する。この手順の問題は著者の指摘の通りだと思う。

 アメリカはフェーズ1の対策を明確に位置づけることをしないまま、フェーズ2および3の具体的な企業救済にばかり走ってしまう。しかしすでに2012年1月の今日、あいかわらず失業率は高止まりだし、住宅着工率もリーマン以前の水準からはほど遠い状況ながら、アメリカ経済は不思議な強さを見せつけているのも確か。あの時はビッグ3が軒並み倒産かという危機にあったが、昨年の自動車販売は好調でビッグ3のシェアは50%に回復する勢いである。
 
 しかしブッシュのアメリカが変質したことも確か。世界の中で傍若無人な一国主義が目に余る。その結果、現在の世界はどこもアメリカを「尊敬」していないという。この指摘自体は目新しいものでもなく、様々なメディアで述べられている通り。冷戦の終わりを持って資本主義陣営の最終的勝利が確定し、以後「新自由主義」こそが新しい世界のスタンダードとなるかの勢い。それがアメリカの一国独裁の写し絵であることを本書は連綿として述べる。

 さて、目新しくないと書いておきながら、その中での大前さんらしい立脚点は、まさに70年代以降、日本企業のアメリカにおけるビジネスのチャレンジの先兵として関わってきた著者の半生の重みという点に尽きる。本当はかつてのアメリカが大好きでたまらない大前さんが、あえて経済問題や外交問題などで苦言を呈し、「So long America! ...until you come back yourself」と書かざるを得ない。

 自身で書かれている通り、なんとも未練がましい言葉だが、普段はあまりにも明確に断ずることが多く、時としてその単純化された図式的思考に着いていけない不満もあったが、「さらばアメリカ」におけるこの未練がましさの立脚点が、本書を地に足がついた「顔」の見えるアメリカ論にさせているのだろう。

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2012年01月08日

吉祥寺散策

中学三年の冬まで、東京都武蔵野市緑町に住んでいた。確か中学三年の12月に板橋区高島平に引っ越して、三学期の間を都営地下鉄三田線の高島平から三鷹まで通学した。

父親が児童出版社(偕成社)に勤めていたため、児童図書は家に溢れていた。そのため本に取り囲まれた日常こそが普通であって、本があることをことさらありがたく思ったことがない。「本を読まない子」として父親をいたく落胆させるような子供であった。

それが中学三年の三学期、長い通学時間の中でしかたなく本を読み始めたのが現在に至る最初の発端で、まあ、結局とっかかりがなんだろうと予定調和のような成り行きなのだろう。

生活した土地の記憶として、もっとも馴染みやすく親近感のあるのは、やはり幼稚園、小学校、中学校を過ごした12年程の時間である。それが武蔵野市であり、最寄りの繁華街は三鷹駅周辺と吉祥寺であった。

 年初のブックオフでたまたま購入した雑誌で、吉祥寺を紹介するものがあり、懐かしく、あるいは変貌の激しさに目を見張りながら、吉祥寺の紹介記事を読んでいたら、無性に吉祥寺に行ってみたくなり、今日家族を誘って久しぶりに行ってきた。

吉祥寺本 (エイムック 1913)吉祥寺本 (エイムック 1913)
エイ出版社(2010-03-29)
販売元:Amazon.co.jp
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吉祥寺はやはり夜の一杯飲み屋が楽しそうだが、子供連れではなかなか踏み込めない世界のようなので、本日はガイドブックに載っているカレーまたはその他の店を目指す。

DSC08761 久しぶりに行ってみると、され、こんなににぎやかだったっけ、という素朴な驚き。ブックオフで105円で購入した吉祥寺ガイドブックをおのぼりさんのように見ながら、キョトキョト歩く。懐かしい古本屋もあったりしてそれだけでも楽しい。







改めて歩いてみると、吉祥寺はその名の示す通り、神社仏閣の多い街で、そこらじゅうに神社と寺院が散在する。中でも、そいえば30年前の吉祥寺の時代から、確かににぎわいの記憶がある武蔵野八幡宮のりっぱさに改めて感動する。

 DSC08773DSC08774







DSC08777さて遅めの昼食は、ガイドブックを眺めながらも全然決まらない。寒いしお腹は空いてくるしで、みな機嫌が悪い。

そして個人的な記憶の中で、小学校時代、母親に連れられて吉祥寺の買い物というとよく行った中華料理屋。今でこそサンマーメンなどとまともな中華料理の名前を与えられているものの、昭和40年前後、単に「モヤシラーメン」と呼ばれていた、あんかけのとろみで舌をやけどしそうなラーメン、あれを食べられることができるならという淡い期待で、ハーモニカ横町をふらついた。

残念ながら記憶の中にある幻の中華料理屋は見つからなかったけど、どう考えても「このあたりだったのだけど、、、、」という場所に、「みんみん」という店があり、結局少し並んで入ってみた。

餃子が抜群。420円でとても満足できるボリュームと味わい。帰りがけ」、生餃子を2個買って、夕食も餃子を食べた。

DSC08787最後に、帰宅する前に井之頭公園の手前まで散歩。昔懐かしい焼き鳥屋「いせや」があった。一階だけは昔の風情を残すものの、あの頃、井之頭公園に向かう途中にあった「汚い」焼き鳥屋の風情は今はない。行列して店に入ろうとするひとがいるなど、ちょっとした人気店であり高級店である。

54歳。もう武蔵野市吉祥寺に住まうことはないのだろう。しかしこうしたちょっと馬鹿げた狂乱の町に住まうことができたならという淡い憧れを醸す、そんな街である吉祥寺であった。

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2012年01月07日

オリンピア−ナチスの森で

現在、会社のリフレッシュ休暇で、昨年12月23日から連休中。24連休の予定。普段は「時間があれば」と思いながらの本読みでありながら、いざ時間ができてみると、なかなか読書が進まない。

平日は5時過ぎに起床し、自分でコーヒーを淹れながら、その日の吉兆を占いつつ、多摩からの早朝出勤だ。満員電車で吊り革を確保すると、貪るように読書、読書。ああ、時間があれば、、、

しかし時間があったらあったで読めないんだ、これが。今回実感した。忙しい中で時間の有効利用を工夫することで、本読みもはかどる。逆に工夫の必要なく時間がある時、すべては後回しになっていく。

オリンピア―ナチスの森でオリンピア―ナチスの森で
著者:沢木 耕太郎
集英社(1998-05)
販売元:Amazon.co.jp
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連休に入る前に読み溜めた中の一冊。沢木耕太郎さんは比較的年齢が近く、あまりムキになることもなく読み継いできた。右翼少年の心情(時代に対しともかく真面目なのだ!)に共感し、浅沼委員長の刺殺の瞬間を インターネットの映像で確認しつつ、読書の進め方も変わったものよと思いながら、例のブックオフで未読の本を見つけると、とりあえず購入し(105円!)、特別に読みたい本がないときなど読み継いでいる。

この『オリンピア』、題材自体はナチス勃興とスポーツの祭典の、相互利用の歴史的事実を描く内容は、ことさら目新しさはない。しかし、そのことを記録映画「民族の祭典」の作者の目を通して描く視点が、やはり新しい。レニ・リーフェンシュタール。実はその名も知らなかった。

第二次世界大戦の直後、ナチへの協力者として戦争裁判にかけられ、結果的には無罪になったにしても、ナチス賛美と芸術至上が見事に融和するその姿は、どのような解釈も拒絶しながら、限りなくナチス賛美と芸術至上を境界なく描き出す。

知らなかったが棒高跳びの激戦は、史実としては映画で描かれた通りの経緯をたどっているのだろうが、映像自体はその競技のリアルな映像ではなく、後日の再現映像であったということ。なるほど芸術作品と考えれば、そこになければならない映像が欠けているなら、そこを埋める映像を準備することは自然な創作行為である。
 
しかし「ドクメント」としての成り立ちを強調するなら、そして沢木耕太郎さんの文学スタイルに照らして考えるなら、それは許しがたい裏切りに基づく「映像美」ではないか。そうした著者の芸術観への挑戦という緊張感があって、この作品の「拘り」の部分が読者に納得される。

そして、そうした一表現者の問いに対する閉じた世界の描写に対し、世界水準に接した日本人の葛藤(スポーツという明確な勝ち組・負け組の峻別!)の重さに、歴史の中の個人の残酷さと(禁断の)面白さを味わう。

沢木さん特有の支店の新鮮さと、沢木さん個人の拘りを歴史の流れに対比させる記述スタイル。毎度のことながら、うまいなあと絶句する。どうじだいのドイツ人にあって、いかにナチスが美しく、否、ドイツ民族を美しく照射する光のような存在がナチスであったこと、それはオリンピアからほんの少し視線をずらしたとき、そこに整然と陳列するドイツ国民とナチオスの姿絵であったのだろう。

 ところで日本の帝国主義は、これほどの美しい姿絵を見せてくれていたのだろうか。そんな要らぬ同情のような疑問を、投げてみたくなる。

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2012年01月01日

あらためて事件の街・堺

年末の関西旅行の初日は大阪は堺。東名高速の混み具合などまったく不明で、最初の予定の前日に堺のホテルを予約。場合に寄ったら夜到着しても、翌日から大阪見物できればよいという感じ。

そして堺は、少なくとも私にとっては古墳の町であり、中世豪商の自治の町。千利休を輩出した進取の芸術を生み出した町。そんな好奇心もあって初日の宿をとった次第。

25日は朝5:00に多摩の自宅を車で出立。夜明け前の冷え込みの中順調に東名を走る。富士川SAで朝日に輝く富士を眺める。天気晴朗。

DSC08259DSC08253






25日は寒気が厳しく、名古屋から新名神高速を走るころ。チラチラ雪が降る始める。そして堺に入ると北風が強く、ともかく寒い。そして思いのほか到着が早かった。12時半頃。予約のホテルのチェックインはできないが荷物を預け、ホテルに駐車して電車で新世界の通天閣に向かう。
 
残念ながらカメラを持参するのを忘れたため、通天閣と串カツの写真がない。

通天閣の帰り、堺の市街を歩いてみた。寺の多い街並みを観光地図片手にきょろきょろしながら歩いたが、その途中で、堺事件の記念碑を発見。森鴎外の小説を朧にに思い出す。多摩に帰ってさっそく読み返した。

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)阿部一族・舞姫 (新潮文庫)
著者:森 鴎外
新潮社(2006-04)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

写真は今の装丁で、手元にある文庫本は昭和48年のもの。16歳だ。その中の「堺事件」を読む。たとえば司馬遼太郎さんの歴史ものが「司馬史観」などと呼ばれるのと異なり、あくまでも事実そのままを淡々と記述する。そこに森鴎外の歴史に対する個性はない。そのことで逆に事件の異様さがまざまざと浮かび上がる。

面白かったのは、所持万端、明治維新直後で国の機関が事にあたるのでなく、諸藩単位に活動していること。そしてそこに登場する人物群像は、この堺の事件がなければ歴史に登場しない庶民のはずが、皆歴史へのかかわりを自覚して、積極的に発言し、名誉を重んずるために交渉する。述べることの理非は明確で土佐藩や政府の高級役人より筋が通っている。

この地で11人が切腹して果て、あまりに凄惨な情景にフランス側が残り9人を助命。12人目で危うく命を拾った男は、先に逝った11人に申し訳がたたないとして舌をかむ。幸い死に至る傷ではないものの、この時代の登場人物の末端に至るまで、充溢する時代精神が感じられる。

こうした精神の充溢がなければ明治維新はなかったのだろう。堺での写真は翌日の移動の途中に立ち寄った仁徳天皇陵だけ。アップしておく。

DSC08263DSC08265
 

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