2011年09月

2011年09月30日


正直、はじめは「ね、これって次ぎの新作映画の記者発表でしょ?」と思いましたよ。


香川照之 記者会見

今の日本映画・テレビ・演劇界で屈指の演技派バイプレイヤー、香川照之の歌舞伎役者
へ、の記者会見の話です。

昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の岩崎弥太郎、「坂の上の雲」の正岡子規、他、もう
数々の話題作、大作、人気作で、しっかりと卓越した演技力をみせつけ、この年代の
このポジションとしては、並ぶひとがいないほど、俳優としては大成功していた、
香川照之です。

ある一定の年齢以上の方はよくご存知だとおもいますが、その出自と背景情報を。

・父は140年以上続く、名跡の市川猿之助。母はかつての(今も)大女優の浜木綿子
・3歳のとき、両親が離婚。以降、母浜木綿子は実母の助けをもらいながら女手ひと
  つで育て上げる(今で言うシングルマザーですね)
・普通のシングルマザーとは違うのは、小学校から東京屈指のお坊ちゃま進学校、
  暁星学園に通わせている
・年間東大合格者を10~20名ほど輩出する同校をトップの成績で卒業。当然、東大
  進学。
・卒業後は、「普通の仕事をしてもらいたい」という母の願いをふりきり芸能界へ。
・当初はテレビドラマ出演が多かったが、そののち、映画進出し、多くの海外映画際
  などでも 招聘され、受賞歴を重ねるなど、着実に実績をあげ、いまや日本映画界
  でもなくてはなら ない存在となっている

一方、父と母のまるで韓流ドラマばりの物語は、、

・父・猿之助がまだ10代だったころ、日本舞踊の稽古に通っていたお師匠さん(藤間
  勘十郎)の23歳年下の若妻(故藤間紫・女優)と恋仲となるも、当時はゆるされる
 ような関係でなく、悲恋となった(はず だった)
・一時同居までしていた16歳!年上の藤間紫と引き裂かれると、間もなく浜木綿子と
  結婚した猿之助。
 その 年の年末には照之が生まれる。
・しかし、藤間紫との関係は続いていて、猿之助・藤間紫ともに家庭を捨て出奔。浜
  木綿子との離婚は成立。藤間紫側は長いこと離婚が成立しなかったが、85年離婚後、
  00年についに 両者は再婚。
・2003年脳梗塞で倒れる一方、看病をしていた藤間紫も2009年に肝硬変で死去。

という流れ。

さて、今回の香川照之の歌舞伎デビューの話はおおよそ、ポジティブに報道されて
います。

いわく、

「『恩讐の彼方に』45年ぶりの歴史的和解」とか、「『歌舞伎の船に乗らないでいい
 のか』後ろを押した、母浜木綿子」とか、はたまた「二人の母が繋いだ名跡」とか。。

でもね、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってよ、とモモノリは思うのです。

はっきりいって、モモノリは浜木綿子ママの心中をさっすると切ないな。

いくら芸能人とはいえ、当時は今以上にシングルマザーに対する風当たりが強かった
時代。

それを、あの、お受験最難関校の入学を見事果たさせ(小学受験は親の受験)、その
後も専業主婦が圧倒的に多いあの学校で、保護者活動も仕事をしながらも何とか
率先して取り組んだ、という話。

浜木綿子自身教育の重要性をとても痛感していたと思われ、実際、息子が東大に
入学したときは随分ニュースで取り上げられて、かなり「ばんざ~い!!」みたいな
コメントしていました。

でも、その気持ちって、わかる気がしませんか?

外に女を作って出ていった夫、一生懸命再婚もせず、女手ひとつで息子を育て、
苦労のすえ、最高学府ですからね。そりゃ、周囲がちょっとひくくらいに自慢をした
としても罰はあたらないでしょ。

あとは、当初の予定と違って芸能界入りしちゃったけれど、息子がどんどん名声を
あげてくれて、「へっ!」と見返すのが余生の楽しみだったかも。

それが、あなた、こともあろうことなかれ。にっくき前夫と溺愛した息子が同居で、
世話もしている、歌舞伎にも出る、とか。。そして、大々的に「歴史的和解」ですよ。

「あたしの頑張ってきた40年はなんだったのぉ~~~~_l ̄l○、」

という思いが押し寄せてきたであろうことは想像にかたくない。

だってね、人は、「誰かのために」は頑張れる。へこたれない。
モモノリだって、同じ。時に、弊社社員のため、登録通訳・翻訳者さんのため、はた
また食いしん坊息子のため早朝からお弁当づくり。

それが、いま否定されちゃったんですもん。つらいよね。

そのうえ、上掲写真のように、この件でにこにこ笑っているのは「男性ばかり」なん
です。
ま、歌舞伎がオトコ社会だからですけれど。

そんな不条理ななか、報知新聞の取材に「息子が選んだ道。彼のことを信じてい
るし、見守っていこうと思います」と母は応援する気持ちを表した、そう。

ああ、どこまで、母とは与える存在なんだ、と胸が切なくなりました。

ちなみに、モモノリ家では、オットと夫婦喧嘩となりますと、モモノリの最後の決めの
口上は

「ふん、そんな偉そうなこといっても、最後に誰におしめ換えてもらうと思ってるのよ」

そう、猿之助・香川照之親子じゃなくても、老いて病を得ると人間関係のダイナミズ
ムが大きく変わりますからね。

いや、できれば、最後までオットにはぴんぴんしていてもらうことを心では願っている
モモノリです。



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2011年09月28日

ぶっちゃけ、高齢出産ぎりぎり手前での出産、子育て開始を目前にして、公園
デビューが憂鬱だ、というあなたに、モモノリの実体験に基づくアドバイス、
最終話。これまでのお話はこちら、とこちらへ。

さて、何となく、あなたの想像どおり、他のママ達との年齢差や価値観のあまりの
違いで、やっぱり苦痛だったモモノリ。

そんなある日、いつも通り、お砂場で遊ぶ我が子たちを遠巻きで見ながら、おしゃ
べりしていたママ達の輪のなかに何となくいた時のこと。

その中に比較的最近仲間に入ってきた若めのママがいました。

腰までのロングヘアー、公園ではちょっと痛い!膝上20センチのミニスカート、
そして、全身黒の服装。黙っていたらちょっとしたヤンキー風のママ。

しかし、新参ものという立場を自覚しているのか、今の野田総理のように、とても
低姿勢。一生懸命敬語も使おうとし、かつ、他のママ達のどんな話も真剣に
聞こうというこのヤンママはすぐに他の「フツーのママ」たちからも受け入れられ
たのでした。

で、その日、あるきっかけから、そのママがこんな風につぶやいたのでした。

あたしね、心配だったの。ウチの子がちゃんと五体満足で無事に生まれるか
なって。
あたしさ、高校のとき、シンナーやってたんだよね。だからちゃんとした子どもが
生まれて、ほんと、嬉しかったんだ


もう、当初の頃のようなかしこまった敬語も使わないくらいに、他のママたちと
親しくなれた、と思ったちょっとした油断だったのかもしれません。

しかし、

「え?シンナー??」「なに?それ??」「ちょっと、ちょっとぉ」

他のママ達の顔色がさーっと変わっていくのがよく分りました。
そして、ズコーンと大きな遮蔽壁がその元ヤンママと他のママ達との間におち
ていくような感じなんです。お、やばいかも、この空気。

「そうかあ。よかったねえ。可愛い〇〇ちゃんが生まれて。こんなに今も元気だ
もんね」

敢えて、空気を読まずに、モモノリが〇〇ちゃんママの気持ちに寄り添って応
えます。

「うん、うん。あたしね、今の旦那と知り合って結婚して、がんばって幸せに
なろう、って約束したんだ」

聞くと、この元ヤンママは年の差10歳以上、現在トラック運転手をしている
ご主人と結婚して人生を変えていこうと真摯に家事も子育ても頑張っているらしい。

思わぬ告白で、ちょっと孤立しそうになってしまった元ヤンママ。
どちらかというと、ほんとうにフツーの20代ママたちが一瞬引いてしまったところを、
そんなモモノリとのやりとりで、また今までどおりに普通のお仲間たちに。

それどころか、これをきっかけに、他のママ達からも、「実はね、モモノリママ、家の
旦那が会社で、こういうことがあって、、、」なんて公園では話せないような私生活の
相談をもちかけられるようなポジショニングにモモノリはなったのでした。

同時に、モモノリは公園ソサエティとは別に、新聞でみつけた「外国人親子さんと
交流するママサークル」に入ったり、「おやこ劇場」というサークル団体に入って
別の仲間を見つけたり。

そうそう、仕事はスローになるんだし、と思い、知人にベビーシッターさんを
お願いし、同通スクールにいって、通訳技術のブラッシュアップも計りましたよ。

今考えると、留学→キャリア→結婚だけのルートでは知り合えることのない、
違う世界や価値観の人びとと本音のつきあいができて、とても貴重な経験
でしたよ。
そんな「シンナー常習者だったの、あたし」なんてお嬢さんと人生について
話できるなんてなかなかない経験です。

そうこうしているうちに、モモノリ息子はあっという間に幼稚園に通いはじめ、
公園ママ生活はつかの間の別世界のように終わってしまいました。

人生ながい。
そのなか、こんな貴重な体験ができるのよ、って、いうモモノリの話でした。

で、もし飽き足らなければ、あなたと価値観の近いママ達の地元の活動
サークルなどを地元広報などで探してみるといい。

今も、当時のサークルママとは交流が続いていて、互いに励ましあう仲間です。

さあ、ちょっと勇気はでたかな?

だいじょ~ぶさぁ

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2011年09月26日

出産後もしっかり復帰しよう、と働く気満々のあなたが、来る育休中に初体験する予定の
「公園デビュー」に不安を持っているとか。。

あなたのように育休をとらず、離職のままで子育てに入るひとにも公園デビューはちょっと
したエポックですよね。

このエントリでは、モモノリ自身の体験からあなたにアドバイスをさし上げて、ちょっと勇気と
元気をさし上げられたら嬉しいです。

さて、モモノリの公園デビューは16年前。
妊娠発覚と同時に、すぐ実家のすぐそばにマンションを借りて、そこで子育てが始まりました。

正直な話、公園デビューは苦痛でしたよ。

モモノリ家のマンションの近辺には二つばかり大小の公園があり、午前中は特に親子さんが
沢山来ていました。

裏手にあった小さな公園は別マンションのなかにあり、ここは午後から夕方までも結構親子
さんがいました。

何が一番苦痛って、子どもを遊ばせている間の数時間、毎日おなじママたちと、彼女たち
と話を合わせて会話することでした。

子どもを持つと社会のなかの不条理や疑問が見えてくることありますよね。
原発事故や放射能汚染とか、心の中で渦巻く考えも出てきます。

当時、モモノリが問題意識をもったのは、今では誰でも知っている、児童虐待の件でした。
でも、まだ、当時この問題については、「酷いね、悪い親たちがいるね」といった程度の
社会の認識でした。

でも、自分が実際に子どもを持ってみると、それが構造的な問題があって、深刻化して
いることなど、とても考えさせられました。

そのほか、「音羽幼女殺人事件」なんていうのも、当時ありました。

ところが、どうも公園に集まるママ達にそれらの話題をふっても「そうねえ」「可哀そうねえ」で
おしまい。政策が、とか、社会構造のゆがみが、とかはたまたジェンダーの話とか、「は??」
という反応されることが多かった。

あ?念のため申し上げますが、高齢出産だったため、誰も正面切ってモモノリをいじめたり、
仲間はずれにする人はいませんでしたよ。でも、積極的にはランチに誘ったり、「今度出来た
量販店に行ってみない?」と声をかけるママ達もいませんでした。

ま、そりゃそうでしょうね。
だって、その公園ママ達の平均年齢は(多分)当時のモモノリより7~8歳は若い。
モーニング娘。の全盛期で、各メンバーの名前と顔が分からないモモノリは肩身が狭かった。

頼みのオットは当時大型案件で毎晩遅く話し相手にもなりませんでした。

しかし、あるとき、そんなモモノリの考えを変える出来事が。

その日はいつも通り、公園の中央のお砂場で5~6人のお子たちが砂あそび。

それを遠巻きでみながら、ママ達がおしゃべり。
で、話のとっかかりは何だったか、憶えていませんが、そこにいた、あるママが
その場にいた全員をフリーズさせる爆弾発言をするのです。

でも、それをきっかけに、モモノリは、公園ライフに対する考えが変わりました。
その衝撃の爆弾発言とは、、詳細は次回エントリで。

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2011年09月23日

モモノリさん、こんにちは!

33歳になったところで昨年結婚、年末に第一子が生まれる予定です。

大学院卒後、民間の金融系シンクタンクで働いていますが、おかげさまで職場に産休・育休
の制度も充実しており、かつ、夫は比較的に時間の融通がきく仕事で、今も家事には積極的
に協力をしてくれています。

初めての出産ですが、実家に二世帯住宅を建てる予定もあり、仕事はしっかり続けられると
思っています。

今はつわりも終り、週末に出産用品などを買い物にいったり、楽しみが多いのですが、ひとつ
気になるのは、出産後の公園デビューです。

近所にいくつか公園があり、気になって様子をみると、そこにいるお母さんたちの平均年齢が
どうみても私より若い。

朝は10時くらいから2時間くらい、公園で集い、時にランチなども一緒に行ったりしているよう
です。正直、そういう年齢差のあるママ達と話が合うかどうか、今から心配です。

産休は1年くらい取る予定なので、せいぜい数ヶ月かもしれません。でも、短いとはいえ、
私には気が重いんです。ネットなどで見ると、公園ママたちの話題も、子どもの話や前日の
テレビの話、ご近所のゴシップなどらしい。ちょっとついていけるかなあ。。

モモノリさんも公園デビューってされましたよね?どうでしたか?



おおっ!

公園デビュー!懐かしい響きですね。
思い起こせば、16年前。モモノリ息子の育児は本当に未体験ゾーン。
確かに戸惑う事が多かったなあ。。。。。

わかりました。

モモノリの失敗と笑い話から、何かあなたに参考になってもらえるよう、次回エントリで
書いていきましょう。

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2011年09月21日





何も言いません。こんな時だからあなたとシェアしたい。
 


昨夜、幸せな夢を見た。娘が試合で大活躍している。誇らしく、胸がはちきれそ
うになる。なでしこジャパンの快進撃が、10年以上も前のあの頃を思い出させ
たに違いない。

「サヤカ、もっと左」と監督の指示。おかっぱ頭のセンターフォワードをいぶかし
んでいた対戦相手のお母さんたちが、それを聞いて気づく。「女の子になんか
負けるなよ」とやじが飛ぶ。私は言い返した。「男の子になんか負けるなよ」

はっとしたお母さんたちが、私の方をちらりとうかがう。差別には慣れている。
小学生だった娘はひょうひょうとプレーを続ける。女子だけでは、高いレベル
の試合が組めなかった。それでも、娘と一緒に大きな夢を見ていた。

なでしこジャパンがワールドカップで優勝を決めた時、友だちからどんどん
メールが届いた。「サヤカを思って、泣きながら見たよ」。ピッチで活躍している
選手は、娘と同世代だ。

娘が夢を抱えたまま、骨肉種で逝って10年。自分ではかなえられなかったけど、
彼女の夢は実現した。

勝ったことではない。誰もが、女の子がサッカーするのを当たり前だと受け止
めてくれることだ。

東京都・杉並区 塚原桂子
朝日新聞・9月11日「ひととき」より



いろいろな形で、ひとの「いのち」はつながっていくのだ、と感じました。

そして、それが震災や原発事故に見舞われ混乱の日本。行き先不透明な社会の空気に
疲れたわたしたちの心に祈りの一灯をともすようにも思うのです。

この投書が何らかの形で、なでしこ本人たちやそれを支えるひとびとのもとへ届く
ことを願わずにはおれません。 

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