昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。

January 2009

83) 刺青供〇蓋鏡胸

山原清子ほか183−1a) (ほか)の1 山原清子
 65年3月号初出3枚組から2枚
 題名 「海老責姿態」
 解説 『縄の緊縛に対しては、相当の耐久力を持っている山原清子に対して試みた海老責のテスト。』





山原清子ほか283−1b) (ほか)の2 山原清子


 

 

 

 

 











山原清子ほき183−2a) (ほき)の1 山原清子
 同月(ほき)3枚組の全て
 題名 「股間縛」
 解説 『全裸の刺青女体に対して加えられた厳重な高手小手縛り。更に別の縄は股間縛りになって、流右強情我慢強い刺青娘も、その痛さに思わず悲鳴を挙げるに至ったという股間縛りのフォト。』

 

 











山原清子ほき283−2b) (ほき)の2 山原清子

 

 

 

 

 

 












山原清子ほき?383−2c) (ほき?)の3 山原清子
 この写真のみ、出所が違い、裏に略号の書き込みがありません。でも多分(ほき)の1枚に間違いないと思います。
 と思ったのですが・・・・

 

 

 

 






 




山原清子ほき?483−2d) (ほき?)の4 山原清子
 新たに1枚出てきましたのでここに挟み込みます。
 (ほき)は3枚組です。だから4というのはおかしいんですネ、物理的に。でも膝に置かれた手拭いか何かが同じ時の撮影であることを物語っています。何か間違えているようです。

 




 









山原清子いつ183−3a) (いつ)の1 山原清子
 65年4月発売8枚組の2枚
 表題 「入墨を踏みにじる」
 解説 『年少からSとMとに鍛えられてその何れにも極めて深い趣向と経験を持っている山原清子嬢が、自らその全裸身を投げだして、力をかぎりの強烈な麻縄しぼりを望み背中いちめんに彫った玉取姫を男の足で、めちゃくちゃに踏みにじられ、顔を足で踏みにじられて歓喜の声を挙げる場面をスナップした中の八枚です。』
 写真が逆さみたいですが、この位置が一番落ち着くように思います。






 




山原清子いつ?283−3b) (いつ?)の2 山原清子
 これも裏書きがありませんが多分(いつ)でしょう。




 





山原清子いね183−4a) (いね)の1 山原清子
 同月の(いね)10枚組から2枚
 題名 「全裸麻縄強烈縛」
 解説 『乳房が変型してしまうまで力の限り麻縄で縛り上げても、刺青を彫っている痛さに比べたら平気だという清子嬢、縄のすり傷や縛り跡なんか一向気にしないという山原清子嬢を、それこそトゲトゲの麻縄でガンジガラメに縛り上げて背中一面の刺青をこれ見よがしにさらけだす全裸身を、ごろごろところがして、あらゆる角度から狙い撮りした十葉の組写真。』



山原清子いね283−4b) (いね)の2 山原清子


 







山原清子ろる183−5) (ろる)の1 山原清子
 5月にはMシリーズが、6月にはお白洲もののキャビネ版が、12月にはカラー写真が分譲されました。その65年12月の(ろる)3枚組の1枚です。
 表題は 「浴槽荒縄強烈折檻」
 解説は 『トゲトゲとした荒縄が柔肌を痛めつける上に、更に浴槽に浸されて緊縮する荒縄。情容赦のない折檻の手と足は、悶える裸身を水中に埋没させようとする。』






 

 





山原清子ろす?183−6a) (ろす?)の1 山原清子
 これはちょっと自信がありません。股間縛りではありますが正面とは言えない。
 (ろす)なら「股間縛正面表情」
 (ろさ)なら「股間縛刺青競艶」
 (ろせ)なら「喰込む股間縄目」 その他、先ほどの(ほき)かも知れない。英字組の可能性もあります。
 各組の解説は65年12月号の表紙裏を御覧下さい。

 





 




山原清子ろす?283−6b) (ろす?)の2 山原清子
 これも全く決め手に欠けます。

 




 




山原清子腰巻斑紐?183−7) 山原清子 斑紐緊縛1 組不明
 斑の紐での緊縛ですが、斑紐(あるいは腰ひも)の名は組名、解説とも出てきません。判りません。



 





山原清子腰巻斑紐?283−8) 山原清子 斑紐緊縛2 組不明
 同上です。

 




 




山原清子腰巻斑紐?383−9) 山原清子 腰巻き斑紐 組不明
 上記と同じ紐で括られていますし、バックも同じですので多分同時撮影分でしょう。英字組の1枚である可能性が高いと思います。

 

 

 








 

 





山原清子下着?183−10) 山原清子 下着緊縛 組不明
 山原清子の写真は、英字組ではK組に15枚、Z組に5枚あるのみですが下着姿を思わせる名前はありません。組名はわかりません。

 

 

 

 












山原清子荒縄?183−11) 山原清子 荒縄緊縛 組不明
 荒縄でグルグルに縛られていますが、組名が良く分かりません。

 

 

 

 









82) 刺青機〇蓋鏡胸

 刺青 彫りものの写真といってもモデルは山原清子嬢に決まっています。64年12月号から66年7月まで、女斗美やMモノを含めて数多くの分譲写真が発売されました。ちょうどグラビヤ廃止の時期と重なり、その分、大量の作品が分譲されたようです。手持ちの写真を出来るだけ年代順にお目に掛けます。



山原清子くな182−1) (くな)の1 山原清子
 64年12月に大手札5枚組で発売された(くな)のうちの1枚。裏に(くな)と書き込みがあります。
 題名は 「黒フン媚態の魅力」
 解説は 『これも又日本髪にて、すっかり着物を脱ぎ去り、きりりと締めた黒フンドシ一本の豊満な肉体で背中や臀部の入墨や股に喰い込んだ黒フンドシを十分見せながら演じる婀娜なしどけないポーズ。』

 

 










山原清子くり182−2) (くり)の1 山原清子
 上と同時発売の(くり)「黒フン手吊り責め」3枚組の1枚です。
 解説は 『両手首を揃えて鴨居に吊られた黒フンドシ一本の女体が爪先立ってくるりくりと回転するところを前、後側面の三つのアングルで見事な肢体をごらんにいれる。』となっていますので。これは後面ということになります。

 

 











山原清子いさ182−3a) (いさ)の1 山原清子
 同じ月発売の(いさ)3枚組。
 題名 「日本髪全裸股間縛」
 解説 『入墨に映える全裸身に、乳房も潰れよとばかり強烈な縄が二の腕と胸、後手を締めつけている。更に胴もくびれる腰縄、股間縛りとS的ムード溢れる素晴しい緊縛姿態が、この三枚のフォトに結集しています。殊に、島田髪の全裸身刺青の股間縛りという珍重な設定は、稀少価値も満点です。』

 






 





山原清子いさ?282−3b) (いさ?)の2 山原清子
 上とは別ルートで手に入れました。裏に書き込みはありませんが、多分(いさ)だと思います。K組かZ組として単独販売された可能性もあるのですが、短い表題だけでは特定のしようがありません。
 下に落ちているのはクロフンだと思います。上の写真でもチラリと見えているんですね。(くな)の後で撮影されたものでしょうか?







 

 

 





山原清子いち182−4) (いち)の1 山原清子
 翌1月号で分譲された(いち)3枚組の1枚。
 題名は「入墨の高手小手」 解説は 『華麗な刺青を目の前に見ながら後手小手の厳しい縄目の女体を、ほしいままに視線で凌辱することができる入墨女性の美しくも見事な背面裸像。』となっております。

 






 

 






山原清子いへ182−5) (いへ)の1 山原清子
 同じく(いへ) 「縄に悶える入墨」
 解説は 『刺青を施したあらわな肌をうねうねとくねらせて二の腕に喰い入った高手小手縛りのままで足の指をくの字に曲げて悶える女。』
 足の指は写ってないんdすが、略号を書き込んでありますので。





山原清子いは182−6a) (いは)の1 山原清子
 65年1月号(いは)3枚組から2枚。
 題名 「剥れた腰巻」
 解説 『腰巻一つで柱縛りをされていたモデルが、いつの間にやら熱が入ってきて、その腰巻もむざんにも剥ぎとられて、大きなお尻をふりたてて、後手に縛られたまま、さまざまのポーズをとるところ。』






 

 

 





山原清子いは282−6b) (いは)の2 山原清子

 






 

 

 

 








山原清子いお182−7) (いお)の1 山原清子
 題名 「女一匹御意見無用」 3枚組
 解説 『白晒六尺褌一本の裸で、どっかとアグラを組んだ刺青の女の姐御っぶり。両手を胸で交えて、さあ女一匹、どうでもしてくれと居直って凄んだところ正面から。』





 

 

 






山原清子いる182−8) (いる)の1 山原清子
 題名 「玉取姫が凄む」
 解説 『目のさめるような鮮かな玉取姫の入墨が背中いっぱいに見事に彫られていて、その立派な背中を胡坐、膝立、立位と三通りのポーズにて凄んで見せてくれた。』
 3枚組のうち膝立ですね。これも写真裏の書き込みがなければ判りにくい所でした。

 





 

 





山原清子いに182−9) (いに)の1 山原清子
 題名 「全裸緊縛立像」
 解説 『ライトに映える真白い全裸の肌にマニヤ垂涎の入墨がくっきりと浮かび上っている。すっくと立って惜しげもなく身体の秘密を隅から隅までさらけだした緊縛像。』
 (いお)(いる)(いに)は裏書きが無ければ判別は難しかったでしょう。

 






 

 





山原清子いほ182−10) (いほ)の1 山原清子
 題名 「後手吊りの構図」
 解説 『全裸の豊かな肉体に厳重にかけられた高手小手の縄目に吊縄をかけて引き上げようとするところ。背中の入墨が、そのたびにまるで生きているようにあえかに動く。』
 同じく65年1月発売の3枚組です。

 

 






 




山原清子いわ182−11) (いわ)の1 山原清子
 65年1月号で発売された(いわ)3枚組
 題名 「黒細帯の裸身」
 解説 『入墨マニヤと黒フンドシマニヤ日本髪愛好者などを目的に作成した分譲用専用フォト。鮮鋭なレンズによって背中の刺青も刻明に描き出しました。』

 



 

 

 





山原清子いか182−12) (いか)の1 山原清子
 題名 「黒褌を誇る」
 解説 『細身の黒フンドシ一本にて、すりり立ち上った日本髪の入墨姿の粋なこと。特にこの種マニヤのたのに撮影した記念写真。』

 

 

 

 










山原清子ひろ182−13a) (ひろ)の1 山原清子
 65年3月号 8枚組のうち2枚。
 題名 「黒フン高手小手縛」
 解説 『黒フンドシ・ファンの期待に応えて、全裸の刺青女体に喰い込むばかりの黒フンドシをきりりと締めさせ、麻縄によるきびしい高手小手縛りが豊満な裸身をくびっています。縄目に悶える清子のポーズが八葉の写真に満ちています。』



山原清子ひろ?282−13b) (ひろ?)の2 山原清子
 写真に裏書きはありませんが、多分間違いなく(ひろ)だと思います。
 ところで、この「細身の黒フン」は一部に絞りがかかっていて、兵児帯のように見えるのですがいかがでしょうか?






 


 

 





山原清子ひへ182−14a) (ひへ)の1 山原清子
 同じく65年3月発売の(ひへ) 大手札10枚組のうち、手元に8枚があります。
 題名 「入墨女体全裸像」
 解説 『これは入墨の女体をあますところなく、皆様ファンの眼前に開陳した一糸まとわぬ全裸像です。勿論一本の繩も用いておりません。刺青マニヤの方々のために、色々な角度から、さまざまのアングルでごらんにいれました。まさに刺青女体の文献写真です。』




 






山原清子ひへ282−14b) (ひへ)の2 山原清子

 

 







 

 

 

 





山原清子ひへ382−14c) (ひへ)の3 山原清子
 山原清子というと女賊といったごついイメージで撮影されています。短躯・太り気味で美人とは言い難い印象ですが、よく見るとなかなか可愛いお顔です。

 








 

 

 

 




山原清子ひへ482−14d) (ひへ)の4 山原清子

 

 

 

 

 

 











山原清子ひへ582−14e) (ひへ)の5 山原清子

 

 

 






 

 

 







山原清子ひへ682−14f) (ひへ)の6 山原清子






 

 

 

 

 







山原清子ひへ782−14g) (ひへ)の7 山原清子

 

 






 

 

 

 





山原清子ひへ882−14h) (ひへ)の8 山原清子





 








 


81) お白洲・拷問 美木乃々子 山原清子 大塚啓子

続いて、大がかりな装置を使った、お白洲・拷問モノをお目に掛けます。65年頃に大キャビネ判で発売されたものが多く、読み取りを240dpi.に落としピントアップもしませんでしたが、充分A4プリントに耐えると思います。
なお文中明らかな差別用語は伏せ字とさせて頂きました。歴史的用語であるとしても、原典を当たれば出てくることですので、敢えて原典通りの表記を繰り返す必要も無いと思いますので。


美木乃々子もは81−1) (もは?) 美木乃々子
65年4月にキャビネ3枚組500円で発売された(もは)「白洲に悶える」の1枚かとおもわれます。実際には大キャビネ判でした。
解説は 『均整のとれた奇麗な肢体と肌、殊にすらりと伸びた脛と素足の可愛いい美木モデル嬢が、白洲の上で厳しく縛られ、悲しさと恥しさに悶える美しい哀婉ポーズを展開しています。これこそ女囚の悲愴美の至極をきわめた好演技といえるでしょう。こうしてS派の皆さまの目に、いつまでもこのポーズを晒していたいのでしょう。』とあります。

 


美木乃々子もぬ81−2) (もぬ?) 美木乃々子
何かの責めの1枚目かも知れませんが、一応(もぬ)をご紹介しておきます。
(もぬ)「開股羞恥責め」65年4月発売3枚組の1枚
解説は 『女性というものは、苦痛に対して案外しぶとい耐久力を持っているものである。身動きもできない高手小手縛りの女囚を白洲に引きすえ、腰巻の乱れを必死に防ごうとはかない努力を続ける真白い足を八の字に開かせ、その柔かい足首に非情の細引きを喰い込ませようというのである。女囚の哀願と悲鳴の尾をひくなかで。』

 


美木乃々子もと81−3) (もと) 美木乃々子
これは明らかに(もと)「木馬責め」同月発売の大中判3枚組の1枚です。
解説は 『後手高手小手にきびしく縛しめられた腰巻一枚の女囚が、三角木馬のとがった背に跨がされて、その痛さに髪ふり乱して泣き叫びもだえる姿の全身を、刻明に鮮鋭なレンズによって捉えたスチール。若くて美しいモデルの足の爪先から髪の末端に至るまで、女の哀れさと悲しさが、いきいきと描かれています。』

 

 





 

 


美木乃々子もへ81−4) (もへ) 美木乃々子
これも明らかです。
(もへ)65年4月発売 大中判3枚組
モデル 美木乃々子
題名 「石抱き算盤責め」
解説 『下着のすそをはねのけて、女の素肌をじかに算盤板のギザギザが喰い込むのでさえ耐えられない痛さなのに、正座した膝の上へ更に伊豆石をのせるというのであるから、その苦痛たるや想像を絶するものがあるであろう。それでも白状しないので更に○○が、その膝の上の石を揺って悶絶するまで責め抜くのである。』 





 


美木乃々子もち181−5) (もち?)の1 美木乃々子
これも多分(もち)でしょう。
(もち) 題名「竹棒責め」
解説 『腰巻一枚にひんめくられた若い女囚の両手は背後で首筋にとどくまで高々と括り上げられ、二の腕と胸には、どす黒い捕縄が情容赦もなく力まかせに、うす汚ない○○の手によって縛られている。 そして白洲の砂の上で引きすえられた女囚には更に竹の棒を縄目の間にねじ込められて、白状するまで締めあげられるのである。』

 






 

 


美木乃々子もち281−6) (もち?)の2 美木乃々子
美木嬢の大キャビネ写真は以上です。

 

 







 

 

 


 


美木乃々子K0881−7) K組の8? 美木乃々子
K組は65年の7月に「ニューモデル悦虐写真五十集」として発売されました。その中に美木乃々子のお白洲写真が5枚含まれており、その全てを所持しております。
この写真はその中の(K8)「荒縄で仕置される」ではないかと思います。他を当てはめていった結果、消去法でそう思うのです。
大手札判ですので、266dpi.でノーマルにスキャンし、スポッティングはいたしましたが、ピントアップはしておりません。






 

 

 


美木乃々子K0981−8) K組の9 美木乃々子
題名 「土壇に観念した女」に間違いないと思います・




 


 


美木乃々子K1081−9) K組の10 美木乃々子
題名 「ムチ打たれる女囚」と思われます。ムチじゃなくてささら竹なんですが、あまり細かいところには拘らないのが奇クの題名付けですので。

 

 






 

 




 


美木乃々子K19?81−10) K組の19? 美木乃々子
この題名が一番近いと思います。「開股縛にあう女囚」

 

 

 







 

 





美木乃々子K20?81−11) K組の20? 美木乃々子
K組20は「罪状を訊される女」となっており、本当は上の写真がそうらしい雰囲気なのですが、全体の収まりを見てこうかなと思う次第です。
K組の5枚が揃っているということで、ご了解をお願い致します。

 







 

 

 

 


山原清子よき181−12a)  これより、山原清子を5枚アップします。オリジナルサイズは全て大キャビネ判です。
(よき)の1 山原清子
65年6月初出 大中判3枚組500円
題名 「逆さ吊りの仕置」
解説 『荒縄できりきりと縛りあげられた女賊は、両足首に取縄を何重にも巻かれて高々と逆さに吊り上げられる。首がかろうじて床についているが血が逆行する苦しさを耐え忍んでいるところへ、非情な竹の折檻棒が豊満な乳房や咽喉元に烈しい苛責のムチを加える。流石の女賊も気息えんえんとして、ぐったりと吊られたままでいる。』


 




山原清子よき281−12b) (よき)の2枚目 山原清子


 

 

 

 

 









 


 81−13) 山原清子よめ(よめ) 山原清子
65年6月号初出 大中判3枚組
題名 「ハリツケの拷問」
解説 『かずかずの拷問仕置折檻に対しても、尚ますますその若さと美しさを発揮して衰れえを見せぬ女賊に対して、その美しさの残っている中にハリツケにしてしまおうと僅かに白布を前に当てた裸の女賊を礎架にかけてしまった。架上の美しい女賊の真白い肌も、やがて錆鎗の穂先に貫かれて血汐にまみれることだろう。』
白布を前に当てただけではないので、(よさ)とも考えられるのですが、「大の字磔」ではないので、まあこれかナという感じです。






 


 81−14a) 山原清子よも1(よも)の1 山原清子
同じく、65年6月の大中判3枚組。
題名は 「全裸四這木馬責」
この2枚は少しJPGの圧縮率をあげすぎたかも知れません。ファイルサイズが気になっていた、Yahoo時代のスキャンを今回修正しましたので。



 


山原清子よも281−14b) (よも)の2 山原清子
解説は 『木馬の四つ足に手足をひろげて四つ這いに縛られた女賊。見事な刺青をさらけて、その臀部も、背中も、肩口も、無防備のまま露出している。力まかせの竹のささらが、はっしとばかり豊満な臀部に背中に作裂する。髪ふり乱し絶叫しつつ耐え忍ぶ女賊の凄惨きわまりない光景。尚竹ムチは雨となって裸身のあちこちに降り注ぐ。』







 

 

 


大塚啓子はり181−15a) (はり)の1 大塚啓子
大塚啓子の2枚も、元写真は大キャビネです。58年8月の初出、3枚組の2枚です。大塚嬢が分譲写真に登場したのが58年3月。愛川悦子、田中芳代と3人同時デビューでした。
題名は 「磔(ハリツケ)三態」
解説は 『両手を左右に横木に縛られて身動きの出来ない身体を宙にハリツケられたサジスチックなポーズ。高々と柱に浮き上って可憐な足首には麻縄がひしひしと喰い込んでいる。全体重が縄目に掛って「痛い、痛い」と言って泣き喚く囚女を、そのままに放置して表情の変化を余すところなくキャッチした十数枚の中から特に雰囲気の出たものを三ポーズ選んだ。正真正銘の柱に十字型にハリツケた今迄試みられなかった作品。是非一組を。』






大塚啓子はり281−15b) (はり)の2枚目 大塚啓子







 



 

お役立ちリンク

1.昭和なつかし緊縛写真
 http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/ 
2.昭和なつかし生理帯・月経帯
 http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ 
3.懐かしき奇譚クラブ
 http://nawa-art.com/index.html 
4.SMペディア
 http://smpedia.com/ 
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