昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。

その他 アダルト

181) 1965年ごろのカラー写真掘併蓋鏡胸辧Πγ陵媚辧Υ愧富佐子)

 お盆が明けて暑気益々つのる日々ですが、お元気にお過ごしでしょうか?
 カラー写真シリーズの最後に、山原清子さんにご登場いただきます。83頁へのコメントに「山原清子は足が短いね。」といただきましたが、この当時の日本女性は、ミスユニバース日本代表になられた山本富士子さんを除けば、たいてい脚は短かったんです。
(ごめんなさい訂正です。山本富士子さんは1950年第一回ミス日本で、ミスユニバース日本代表は1952年からのスタートだそうです。) 
 子供のころ、小さくて太った女の子を「豆タンク」「マメタン」と言ってました。決してイジメじゃなかったつもりですが、今じゃどうなんでしょうね。そんな戦車があったんでしょうか?「豆短躯」の意味だったのかも知れません。
 さて、カラーで見ますと背中の彫り物の様子がよくわかります。腰から下の部分に一部線彫りになっている部分や、もっと色を入れねばならない部分が残っております。奇クのモデルになった理由が、刺青を完成させるお金を稼ぐためだったという記事をどこかで読みましたが、果たしてそんなに貰えたんでしょうか? 1965年に「刺青完成会」を行ったという事ですが、65年12月発売のこの写真では、まだ完成とは思えないですね。
 愛知嬢と関谷夫人にもご登場いただきますので、順に見て参りましょう。


181-01 a,b,c) (やか)「柱宙縛りにあえぐ」  山原清子
 1965年12月号で山原嬢単独のカラー写真が16組発売されました。この組は2組入手しまして、その片方に「やか」と鉛筆書きがありました。矛盾しませんのでそのように断定いたします。解説は「床柱にきりきり縛られて両足先が宙に浮いたままもがく姿態。」

181-01aやか1 山原清子c181-01bやか2 山原清子c181-01cやか3 山原清子c


181-02 a~i)  山原清子 組名不詳
 16組もありますと組名の特定は難しくなります。「スツール」「三面鏡」「お臍中心」「床柱」など、写っていない小道具のある組を外しても、それ以外から特定というのは出来ません。(ゆき)(ゆこ)(ゆさ)(やく)あたりかなと想像するのみです。

181-02aゆきいこゆさ01 山原清子c181-02bゆきいこゆさ02 山原清子c

181-02cゆきいこゆさ03 山原清子c

181-02dゆきいこゆさ04 山原清子c181-02eゆきいこゆさ05 山原清子c181-02fゆきいこゆさ06 山原清子c

181-02gゆきいこゆさ07 山原清子c181-02hゆきいこゆさ08 山原清子c181-02iゆきいこゆさ09 山原清子c




181-03 a~c)  愛知葉子 (しけ) 「全裸強烈逆エビ責」
 1968年3月号で発売された3枚組で、解説は「
肉づきのよい女体が両手両足を背後で縛られてしまえば、全く無防備の前面が美しいカーブを描いてマニアの目を楽しませる。」
 愛知嬢、誌面には登場なさったんでしょうか? 67年10月号から黒白6組、68年3・4月号でカラープリントが10組アナウンスされています。カラーの方が多いのは珍しいですね。
 裏に「しけ」と鉛筆書きされており、特に矛盾を感じませんので、これでいいのかなと思っています。

181-03aしけ1 愛知葉子c181-03bしけ2 愛知葉子c

181-03cしけ3 愛知葉子c



181-04 a~c)  愛知葉子 (しこ) 「両手吊り足枷責め」
 同時発売の(しこ)です。これも裏に「しこ」と鉛筆書きしてあります。解説は「全裸で何ら掩うもののない女体は両手を吊られてしまうと、その無防備感は最高度に達して足枷の苦痛もかえって気にならない。」
 3枚目が少し異質なのですが、同様の鉛筆書きが残っていますので。
181-04aしこ1 愛知葉子c181-04bしこ2 愛知葉子c181-04cしこ3 愛知葉子d


181-05 a~c)  関谷富佐子 (みあ?) 「柱縛り強烈ムチ打」
 1967年9月号でアナウンスされた関谷夫人のカラー写真7組の一つ。「柱縛り」と明示してあるのがこれだけなんで多分そうかな?という程度。解説は「高手小手に縛り上げた縄尻を柱につながれた夫人の臀部に太腿に皮ムチが乱打され、白い肌が忽ち真紅に縞模様を描くのをカラーフオートによって見事に把握した。」
 05C写真など、やや後ピンで柱の根元と欄間のほうにピントが行ってます。35mmのネガカラーなので、粒状も解像度ももう一つ。そこを修整してお目にかけています。スキャンして傾き直して白枠でトリミング。露出を整え色調を整え、スポッティングしてノイズを取ってピント出し。全プリントにこれだけの手間が必要なのかどうかわかりませんが、写真修整ってヤツは癖になるんですね。本当はナチュラルが一番いいのかも知れませんが・・・

181-05aみあ?1 関谷富佐子c181-05bみあ?2 関谷富佐子c181-05cみあ?3 関谷富佐子c

 これで、今回のカラー写真の発表を終えます。ほかに中河恵子さんのが有るんですが、以前のコレクションから76頁などに発表済みですので、今回は割愛します。



180) 1965年ごろのカラー写真供並臘遊嫉辧μ畋射了辧

 大塚啓子嬢単独でのカラープリントは、1966年の1月と5月に合計8組が発売されています。最初のご登場が58年3月号ですので、8年経過しています。その間、大塚嬢は大きな変貌を遂げられました。ボブカットになさって、見まがうばかりに美しくなられたのです。私はてっきり別人と思っておりました。
 そんな美人の大塚嬢と、時代が重なりながらも少し後輩で、あまり変化なく続けられた木村洋子さんのカラー写真をご覧いただきます。

180-01 a〜d) (うこ)「真紅の腰巻緊縛」大塚啓子
 101頁の3項でご覧いただいたものと同じですが、プリントの保存状態はずっと良いものです。
66年1月号発売の4枚組で、解説は「真紅な腰巻の乱れた裾から、真白な太股が、胚が、素足がこぼれるエロチックな緊縛シーンが、カラーによって最高度にいかされた美しい責めフォトです。」

180-01a うこ1 大塚啓子c180-01b うこ2 大塚啓子d

180-01c うこ3 大塚啓子d180-01d うこ4 大塚啓子d


180-02 a〜d) (てか)「後手裸身柱縛り」大塚啓子
 66年5月号発売の4枚組です。別にオリジナル袋が付いているわけじゃなし、決め手は無いんですが柱に括られていますので。
 解説は「後手高手小手の厳しい縄目が柔肌の二の腕、胸、腹、太股、膝とくひるように柱に縛りつけられている。裸身を正面向けて羞かしげに身もだえしている可憐な表情が華麗な色彩によって美しい。」
 ちょっと判断の難しいことがありまして、「紺と白のまだら縄」を使っていますので(てく)の可能性もあります。しかし、消去法で「柱に縛り付けられている」こちらを(てか)と考えました。(てく)の可能性も無きにしも非ず。
180-02a てか?1 大塚啓子c180-02b てか?2 大塚啓子d

180-02c てか?3 大塚啓子d180-02d てか?4 大塚啓子d


180-03 a〜k) (てく)(てこ)(てま)大塚啓子
 さあ、同じ1966年5月号で発売された筈の写真が11枚ございます。間違いなく表題の3組と思うんですが、どの組に属するものやらさっぱりわかりません。そこで、資料を列記し写真も分類せずお目にかけます。
 略号(てく)「縄目にあえぐ裸女」4枚組。解説は「ビンク色に染まった柔肌に紺と白のまだらの縄が、くひるように全身を締めつけ背中て高々と背負ったように後手首が固定され、僅かに自由な脚をばたつがせる。」
 略号(てこ)「豊麗裸身の縄目」4枚組。解説は「均整のとれた豊かな裸身に情容赦のない縄目が高手小手にきびしくまつわりついている柔肌のくびれ具合が天然色によって、まるで錦絵のように美しい。」
 略号(てま)「後手高手小手縛り」3枚組。解説は「典型的な後手高手小手縛りの裸身をマニアの眼に触れることの羞らいて顔をのけぞらし、全身をくねらし悶えるさまを実物を眺めるのと変らぬ着色フオトてどうぞ。」ってんですが、前手の高手小手ってあるのかな?
 大塚嬢単独のカラー写真は7組24枚。腰巻着用と両手吊り3組9枚ですので、残りは4組15枚で、その全部をここに掲載いたします。前項では「まだら縄」を棄て「柱に縛りつけ」を採って(てか)としましたので、ここに(てく)(てこ)(てま)計11葉が残ったわけです。

180-03a てくてこてま01 大塚啓子c180-03b てくてこてま02 大塚啓子c180-03c てくてこてま03 大塚啓子c

180-03d てくてこてま04 大塚啓子c180-03e てくてこてま05 大塚啓子c180-03f てくてこてま06 大塚啓子c

180-03g てくてこてま07 大塚啓子c180-03h てくてこてま08 大塚啓子c180-03i てくてこてま09 大塚啓子c

180-03j てくてこてま10 大塚啓子c180-03k てくてこてま11 大塚啓子c


180-04 a〜c) (れの)「開股された股間縛」木村洋子
 写真裏の隅っこに「れの」と鉛筆書きされていますので、それを尊重して(れの)に分類しておきます。解説は「始めてのカラー撮影に開股縛りの羞恥責めにあって、全身にマゾの歓喜を湛えながら縄目は強ければ強い程良いとうわ言をいう。」
 木村洋子のカラー大手札写真は1967年3月号発売の3枚組3組のみです。
180-04aれの1 木村洋子c180-04bれの2 木村洋子c

180-04cれの3 木村洋子c


180-05 a〜c) (れね)「立縛りにあう裸女」木村洋子
 解説は「無防備な女体の前面をさらけだして両手は後手に、或は頭上に高々と縛りあげられて今は只僅かに自由にな脚をもがき続ける。」
 この組は、ほぼ同時に2組入手いたしました。一組には前項(れの)と同様裏面に「れね」と記してありますが、スキャンしたのはカラーバランスが良い記入の無い組です。2組のカットがプリント時期が違っているのに全く同じというのは、これが(れね)に間違いないと確信するに足る証拠かと思います。
 なお、持っておりませんが(れむ)は「豆絞りの猿ぐつわ」解説が「豆絞りの猿ぐつわが厳しく口を噛み痩せ型の裸身を汚れたロープがくびるように肌を割ってむごたらしさがカラーであたりに漂う。」ですので、前項3枚目やこの項2枚目がその組かと疑われるのですが、前記の通りこの分類が正解だと思います。(ごめんなさい101頁に掲載しておりましたご参照ください)
 3枚目の写真にはパンネットが小道具に使われています。まだnewが付いていない頃の製品です。ただアンネナプキンはもっと小さいので、オケケ隠しにより大きい何かを当てさせたのだと思います。
 そうそう、この1枚目の写真右隅の鏡にカメラが映り込んでいるのですが、35ミリ一眼レフで撮ってるんですね。多分ペンタックス。6×6だとDP屋さんに出すとノートリで正方形にプリントされ、高いお金を取られるんですね。35mmのほうがLサイズに安くプリント出来たためだったと思います。グラビア復活や、ましてカラーページなんて考えられない時期でしたから、ネガカラー写真は分譲だけを考えれば良かったんだと思います。

 この頁はこれでおしまい。次はカラー写真の最後として山原清子さんをご覧いただきます。

180-05aれね1 木村洋子c180-05bれね2 木村洋子c180-05cれね3 木村洋子d




179) 1965年ごろのカラー写真機憤豕槁換膸辧ε豈困劼る)

令和元年を寿ぎ、謹んでお慶び申し上げます。
 「令和」・・・いいですね。最初はちょっとした違和感があり、文字に書くと小ぶりで力がないかな? と思ったんですが、発音してみる提唱者の意図が伝わってきます。関西でも関東でも、上品な日本語を使うと「ぃわ」という発音なんですね。これはいい。
 平成は違います。関西では「へーせー」関東では「へせい」と変化してしまいます。日本の東西文化が、日本語を大切に使うと、同じイントネーションになる。まさに「日本国民統合」を象徴していると思います。
 下品に発音すると駄目ですよ。河内弁(というか河内弁をマネた吉本弁)ですと巻き舌で「ぅれぃ」。関東でも「れーわ」とアクセントが後ろに行っちゃって日本語の美しさが無くなってしまう。
 いずれにせよ、この令和の御代が皆様に幸多き時代となりますようお祈り申し上げます。
 
 さて、この令和を寿ぎ、皆様にご覧いただきたかったのは、1965〜8年ごろの奇ク分譲カラー写真です。80枚強あるんです。東浦、一宮、大塚、山原嬢など出所のハッキリしたものが多く、以前から温めていたものです。でも私、カラーのスキャンは苦手でして今いろいろ条件を工夫している最中です。暫く時間をいただけますようお願い申し上げます。

179-01a,b,c) (るの) 「みだらな開股縛り」 一宮百合子
 令和に入って最初にアップする写真は、昭和41年(1966年)8月号で発売された(るの)3枚組(¥1,000)です。解説は「肉づきのよいむっちりとした太股をかっちりと開かせられた可愛いい小悪魔の正面裸身優によって可憐な彼女の表情を緊縛ポーズの中から色彩写真によってどうぞ。」
 写真裏に「るの」と鉛筆書きしてありますのでそれとわかります。また、脚を開いた写真はこれしか見つかってございませんので、多分間違いないでしょう。同じく印画紙裏に「84711」と自動現像機による番号が打ってあります。昭和47年11月に焼き増したプリントという事でしょうか。あるいはカラー補正のデータを刻印してあるのかな? 印画色調は赤かぶりが強かったもので、スキャン時に黄色を補ってそのあと修整しています。
 同じ頃、別ルートから入手いたしました中に同じ原版の写真が、これも3枚揃っております。次項でお目にかけます。
179-01a るの1 一宮百合子b179-01b るの2 一宮百合子c

179-01c るの3 一宮百合子c


179-02a,b,c) (るの) 「みだらな開股縛り」 一宮百合子(別プリント)
 前項、別ルートからの入手品です。カラー修整も少し慣れたかな? こちらはバランスは良いものの少し色が薄かったので、黄色を出して青成分を僅かに抑えてスキャンし、修整で彩度を上げています。
 別の焼き増しなのにトリミングに差がありません。自動現像機の所為で人の目で見て調整することが無くなったためでしょうね。写真裏には書き込みもスタンプもありません。
179-05a るの1 一宮百合子d179-05bるの2 一宮百合子d

179-05c るの3 一宮百合子d


179-03a,b,c) (るま?)  一宮百合子
 (るま)かどうかは確信がありません。裏に何の書き込みもありませんので。そうであるとすれば題名は「真紅の腰巻姿緊縛」解説は「これこそ天然色写真の本領発揮ともいうべき緊縛フォト。真紅の腰巻を腰にした百合子嬢が厳しい縛りに悶えて、その若さに溌刺とした裸身と可憐な美貌をさらす。」と思われます。
 今回、思い切って強い修整をかけてみることにいたしました。印画紙が特別悪いわけではないのですが、この当時のネガカラーですので粒状は劣ります。そこで、アナログを含めてノイズを取り去って、ボケた分シャープネスを上げてみますと、昔掲載された伊吹真佐子のカラー写真のようになりました。この3枚は、本サイト p.101に5c、5a、5bの順で掲載いたしております。そちらを見ますと、ちょっと修整が鮮やかすぎたかなとも思っております。

 もし、お気に召さなければコメントいただきましたら、その前の状態でも掲載いたします。
179-02a るま?1 一宮百合子f179-02b るま?2 一宮百合子e

179-02c るま?3 一宮百合子e


179-04a,b,c) (るや?)  一宮百合子
 同様に(るや)「高手小手後手縛り」かなと思われる3枚です。解説は「後手首を高々と首筋近くまで吊りあげるように厳しく縛りあげられた高手小手の姿態。輝くように美しい裸身を、あますところなく天然色にてごらんにいれます。」 高々と首筋近くまでは上がっていないんですが、手持ちの中ではこれが該当するのです。
 なお、この179-04の3枚と次の05の3枚には、写真裏に「70211」と番号が打ってあるのが読み取れます。1967年の2月11日の焼き増しという意味でしょうか?
179-03a るや?1 一宮百合子e179-03b るや?2 一宮百合子e179-03c るや?3 一宮百合子e


179-05a,b,c) (るふ?)  「若肌に喰い込む縄?」 一宮百合子
 さあ、組名がわからない。一宮嬢のカラー写真は7組。(るむ るの るお るや るま るけ るふ)のうち4組がここにあるのです。まあ山勘で(るふ)かな? と。解説は「洋服を着ていると細っそりと見えるが、いざ裸にしてみると案外肉がついていて豊かな感じであるが、さすがに若肌にびっちり縄が喰い込むと痛々しい感じがする。」なんですが、的中の可能性はかなり低いと思われます。
179-04a るふ?1 一宮百合子e179-04b るふ?2 一宮百合子e

179-04c るふ?3 一宮百合子e
 なお、7組の略号と解説を書き出しておきます。「高手小手」と「深紅の腰巻」ぐらいしかキーワードがないんです。

るむ 伸びやかな若々しい脚線美をすっかりむきだしにして、シミ一つない裸身に厳しく掛った高手小手の縄目にあえぐ一宮百合子嬢の美しい全身像をカラーにてどうぞ。

るの 肉づきのよいむっちりとした太股をかっちりと開かせられた可愛いい小悪魔の正面裸身優によって可憐な彼女の表情を緊縛ポーズの中から色彩写真によってどうぞ。

るお 均整のとれた縛しめの裸身をどたりと投げだして、あくなき責めに疲れ果てた諦観のポーズを見せた百合子嬢の責めの美しさは、カラーよって一段と映えている。

るや 後手首を高々と首筋近くまで吊りあげるように厳しく縛りあげられた高手小手の姿態。輝くように美しい裸身を、あますところなく天然色にてごらんにいれます。

るま これこそ天然色写真の本領発揮ともいうべき緊縛フォト。真紅の腰巻を腰にした百合子嬢が厳しい縛りに悶えて、その若さに溌刺とした裸身と可憐な美貌をさらす。

るけ 裸身にぐるぐると縄が掛けられ顔を正面向けさせられるのへ、顔を紅潮させて羞恥の表情をあからさまに、ともすれば伏目勝ちになる可愛いい小悪魔の羞らい。

るふ 洋服を着ていると細っそりと見えるが、いざ裸にしてみると案外肉がついていて豊かな感じであるが、さすがに若肌にびっちり縄が喰い込むと痛々しい感じがする。


179-06a,b,c) (てみ?)  「長襦袢緊縛色模様?」 東浦ひかる
 東浦譲の分譲写真は、連名でないお一人だけのかな組が97組もあります。そのうちカラー写真は66年5月号で発売された6組のみです。確証はありませんが、この項の3枚は(てみ)ではないかと思っています。解説は「華やかな色彩の長襦袢をまとって腕も折れよとばかり、ぎゅうぎゅう縛しめ上げられた女体が白い脚から赤いお腰を蹴出してもがく様をカラーにてお目にかけます。」
 なお 06-c は、101頁の 101-7c と同じです。
 これもノイズを取ってからピントアップしています。東浦譲は肌が美しいモデルさんですので取らなくても、お綺麗なのですが、修整は始めると中毒になってしまうようです。
179-06a てみ?1 東浦ひかるe179-06b てみ?2 東浦ひかるe

179-06c てみ?3 東浦ひかるe


179-07a,b,c) (てむ?) 「緋腰巻緊縛色模様?」 東浦ひかる
 解説は「白い肌に真紅の腰巻。この白と赤のコントラストはカラーでなけれは見られません。女体は勿論緊縛されて苦しさにもかき悶える姿態を十分にごらんにいれます。」
 07-aと07-c が、101-7b・7a で既にご紹介したものです。
 
179-07a てむ?1 東浦ひかるe179-07b てむ?2 東浦ひかるe179-07c てむ?32 東浦ひかるe


179-08a,b,c) (てめ?) 「猿ぐつわに呻く?」 東浦ひかる
 解説は「ムムムム、と鼻も口も蔽われて呻めきもならぬ猿ぐつわで、縄目の痛さは只、眼の表情のみが訴えている息づまるような真迫場面が美しい色彩でごらんになれます。」
 これも 101-1a~c でご紹介済みの写真です。このショーツ、後ろ前に穿いていると思うんですが、オケケを隠すのにちょうどいいんですね。万一の事を考えて裏布もつけてあるんでしょうか?

179-08a てめ?1 東浦ひかるe179-08b てめ?2 東浦ひかるe179-08c てめ?3 東浦ひかるe


179-09a,b,c) (てん?) 「ボリウムを縛る?」 東浦ひかる
 しばらくブランクゴメンナサイ。決め手はないですが、同じく66年の5月号(てん)だとすれば、解説は「肉づきの見事な裸身を一つ一つ刻み込むように縄目がボリウムを縛ってゆく。縄目と縄目の間にふくれあがる肉。肌と縄の抑揚が光と影の色彩で華やかにいろどる。」
179-09a てん?1 東浦ひかるe2179-09b てん?2 東浦ひかるe2179-09c てん?3 東浦ひかるe1


179-10a,b,c) (てる?) 「縄の苦悶を狙う。」 東浦ひかる
 同じく、(てる)だとすれば、解説は「マゾヒスチンと自作ずる流石の東浦ひかるもぐるぐると裸身を力いっぱい締めあげられて長時間放置されたのて苦痛の悲鳴を挙げたところをすかさずキヤッチした。」 カラー写真の分譲開始はこれより半年前。65年の12月の事でございました。
 これでこの頁を終了します。この後は66年1月号初見の美人になった大塚嬢、あたりかな?
179-10a てる?1 東浦ひかるd1179-10b てる?2 東浦ひかるd1179-10c てる?3 東浦ひかるc1







 

178) 1968年ごろのモデルたち(長井葉津子嬢他)

 前2頁と同時に入手いたしました写真があります。長井葉津子嬢のが多いのですが、今回は少し後回しにします。

178-01 a〜d) (しよ) 「あぐら縛りの羞恥」 安井喜久子
 1968年3月号で発売されました4枚組。解説は「あぐら縛りというものは思ったより女性にとっては羞恥に満ちたものである。その羞恥を押してあくなき責めの手は続く。」
178-01a しよ1 安井喜久子c178-01b しよ2 安井喜久子c

178-01c しよ3 安井喜久子c178-01d しよ4 安井喜久子c


178-02 a,b,c) (もす) 「半吊りでムチ打ち」 関谷富佐子
 1967年6月号で発売されました3枚組。解説は「全体重を細いロープにかけて吊り下げればズルズルと縄は伸びて僅かに足の爪先が床に着くところを革ムチをふるって背尻脚と乱打すれば揺れながら泣声を挙げる。」
 膝に掛っている縄は、すぐにスポンと抜けそうな気がするのですが・・・
178-02a もす1 関谷富佐子c178-02b もす2 関谷富佐子c178-02c もす3 関谷富佐子c


178-03 a〜d) (たら) 「鞭と羽毛の擽り責」 ローズ秋山
 1967年8月号で発売されました4枚組。解説は「振り下される鞭の下で絶叫するローズの表情。更に羽毛で全身を擽られてのけぞる女体の動き、片足をとられて股裂きに苦しむところなど多彩な責め場面の展開。」
 関谷夫人も同じですが、左からのダイレクトストロボできれいなピントを結んでいます。このシャープさはマミヤセコール55mmF4.5の描写に違いありません。ところがどうしたことかb,cの写真の左辺のコントラストが妙に低いのです。伸ばし機の光りムラなのか、レンズ前玉に汚れでもあったのでしょうか? 修整しておきましたが銀塩写真では珍しい現象です。
 ところで、この畳ですが、炉が切ってあります。昭和42年ですか。純粋の日本家屋には見えないですね。鉄骨造でも和室にして、お点前ができるようになっていたんですね。カメラマンの後ろ左手側には茶箪笥があり、モデルの左側が床の間になっていたんでしょうか?
178-03a たら1 ローズ秋山c178-03b たら2 ローズ秋山c

178-03c たら3 ローズ秋山c178-03d たら4 ローズ秋山c

178-04 a〜d) (おれ) 「豊満女体をくびる」 愛知葉子
 珍しいモデルさんです。グラビアでは紹介されなかったと思います。それでも奇クで16組ほど発売されているんですね。67年10月から68年4月までの短い期間で、うち10組はカラーです。これは1968年1月号で発売されました4枚組。解説は「奇クサロンにその豊満な緊縛肢体を晒した彼女が最近の見事なボリュムを肌に喰い込む縄にまかして自慢の裸身を提供してくれた。」とあります。奇ク巻末に読者投稿欄のような形で出ていた「奇クサロン」に写真が掲載されたのでしょうか?
 ここらの写真はモノによってピントがはっきりしないものが多いのです。それでプロセス中に相当ピントアップしたものがございます。
178-04a おれ1 愛知葉子d178-04b おれ2 愛知葉子d178-04c おれ3 愛知葉子d

178-04d おれ4 愛知葉子c

178-05 a〜d) (ゆみ) 「強制全裸開股責め」 金原奈加子
 金原嬢は愛知嬢の入れ替わりのように68年4月号のデビュー。69年8月号までに発売されたかな組は23組で、すべてが黒白写真です。本組は1968年4月号で発売された4枚組で、解説は「二の腕の柔肌がくびれる程ロープが全裸の女体を拘束して両の太股を開かせようとすれば僅かに観葉植物の葉が前を掩っている。」誠に正直な解説でおそれいります。「完全に・・・前を覆っている」のほうが正確なのではないでしょうか?
178-05a ゆみ1 金原奈加子c178-05b ゆみ2 金原奈加子d

178-05c ゆみ3 金原奈加子c178-05d ゆみ4 金原奈加子c

178-06 a,b,c) (ゆへ) 「全裸縛りに羞らう」 金原奈加子
 同じく1968年4月号発売の3枚組で、解説は「可愛いい裸身を更に美しくするように縄は女体をくびってゆく。投げだした両脚と全裸を羞らうように塵篭が僅かに陰翳している。」観葉植物でも塵篭でも、この当時は必ず隠しておかなければいけなかったんですね。
178-06a ゆへ1 金原奈加子c178-06b ゆへ2 金原奈加子d178-06c ゆへ3 金原奈加子c


178-07 a,b,c) (よえ) 「凄絶海老責め地獄」 長井葉津子
 長井譲のデビュー月である1968年5月号発売の3枚組で、解説は「海老責めにされた全裸の女体は僅かに脚をばたつかせてもがく。」15組同時発売ですので解説も短めですね。
 なお、長井譲のかな組はこの翌月に3組発売、合計18組のみで、ここでご紹介するのは全て5月号の分です。その後英字組で長く発売されるのですが、組み物としてはごく短期間だったんですね。
178-07a よえ1 長井葉津子c178-07b よえ2 長井葉津子c

178-07c よえ3 長井葉津子c

178-08 a,b,c) (よぬ) 「女体二つ折り縛り」 長井葉津子
 解説は「白いお尻を高々と空に突き立てて二つ折りに縛られ女体は狂う。」長井譲はお顔がずいぶん荒れていますので、ピントアップが出来ません。ぼかしや修整を入れて整形して見やすくしていますが、やりすぎるとリアリティーが失われます。お身体は綺麗ですのにね。
178-08a よぬ1 長井葉津子c178-08b よぬ2 長井葉津子c

178-08c よぬ3 長井葉津子c


178-09 a,b,c) (よあ) 「あぐら縛り全裸晒」 長井葉津子
 解説は「強制されたアグラは若い彼女にとっては死よりも辛い仕置だ。」って、足には縄はかかっていませんので胡坐縛りでも強制でもないんですがね。
178-09a よあ1 長井葉津子d178-09b よあ2 長井葉津子c178-09c よあ3 長井葉津子c


178-10 a,b,c) (よた) 「イルリの浣腸責め」 長井葉津子
 解説は「イルリの嘴管から浣腸液は迫ってくるが縛られている身は……。」
178-10a よた1 長井葉津子c178-10b よた2 長井葉津子c
178-10c よた3 長井葉津子c


178-11 a,b,c) (よて) 「エネマと縛の恐怖」 長井葉津子
 解説は「可憐な臀部にエネマの管は不気味だが縛られた全裸の身が……。」
178-11a よて1 長井葉津子d178-11b よて2 長井葉津子c
178-11c よて3 長井葉津子d


178-12 a,b,c) (よか) 「強制浣腸責め序曲」 長井葉津子
 解説は「浣腸に興味があるのだと告白したのだけど、この責めには?」
 これで、この頁を終えます。
178-12a よか1 長井葉津子c178-12b よか2 長井葉津子c178-12c よか3 長井葉津子c





  

177) 1967年の左近麻里子・木村洋子

新年あけましておめでとうございます。
本年も相変わりませずよろしくお願いいたします。
 さて、この頁は1967年に発売された左近嬢麻里子嬢の写真をお届けします。


177-01 a〜d) (せも) 「ボリゥムをしばる」左近麻里子
 1967年11月号で発売された9組のうちの一つです。4枚組で、解説は「豊かに息づいた女体の首、胸、胴へと縄は蛇のようにまといつき肌に喰い込んでゆく見事な姿態。」と美辞麗句なのですが具体性が無く、オリジナル封筒に「せも」とハンコがなければまず判別できない代物です。
177-01a せも1 左近麻里子c177-01b せも2 左近麻里子d177-01c せも3 左近麻里子d

177-01d せも4 左近麻里子c


177-02 a〜d) (せみ) 「左右開股をしばる」左近麻里子
 同じく11月号。解説は「両脚を縄という小道具によって無理矢理開かされた肉づきのよい左近嬢の全身の表情は美しい。」と、これはやや具体的。6×6のネガを目いっぱい使った四角い構図。もうちょっと下まで写っていても良かったんじゃないの?

177-02a せみ1 左近麻里子c177-02b せみ2 左近麻里子c


177-02c せみ3 左近麻里子c177-02d せみ4 左近麻里子c


177-03 a,b,c) (せな) 「ゴムカバーの猿轡」左近麻里子
 同月発売ですが、ちょっと趣向を変えたフェチ写真。解説は「生ゴムのオシメカバーによって鼻も口も一緒に猿ぐつわされて、その息苦しさにのたうつ表情。」の3枚組です。
177-03a せな1 左近麻里子d177-03b せな2 左近麻里子c177-03c せな3 左近麻里子c2


177-04 a〜d) (つく) 「階段に晒す全裸身」左近麻里子
 その前月の10月号で発売された4枚組。解説は「階段下にその中段に豊かな肉づきの真白な縛りの肢体をうねらせて魅力的な媚をふりまく麻里子。
177-04a つく1 左近麻里子d177-04b つく2 左近麻里子c

177-04c つく3 左近麻里子c177-04d つく4 左近麻里子c


177-05 a〜d) (つの) 「花瓶を太股で挾む」左近麻里子
 10月号発売。解説は「ガラスの花瓶を真白い太股で挟んで全裸の優美な緊縛肢体をマニアの皆さまの眼前に御披露する。」まあ小道具が具体的でわかりやすい。邪魔ではありますけどね。
177-05a つの1 左近麻里子c177-05b つの2 左近麻里子c

177-05c つの3 左近麻里子c177-05d つの4 左近麻里子c


177-06 a〜d) (つぬ) 「悶える白肌を俯瞰」左近麻里子
 同じく10月号発売。解説は「階下のカーペットの上に真白な緊縛裸身を投げだしている麻里子を二階から狙いつけた妖美姿態。
177-06a つぬ1 左近麻里子c177-06b つぬ2 左近麻里子c

177-06c つぬ3 左近麻里子c177-06d つぬ4 左近麻里子c


177-07 (a・b・c) (なひ) 「美しき緊縛の立像」左近麻里子
 左近嬢の最初の分譲写真が、67年9月号発売のこの写真。カラー写真3枚組が最初だったんですね。解説は「新鮮な魅力と美しさを持つ左近嬢の緊縛の全身をカラーの豊富な色彩の両面で、まるで自らがその場面に立ち合っているように感じることが出来る素晴しい立像。」 まあ、初登場の組は、モデル自身が珍しいので、あまり具体的なご紹介は無いことの方が多いようです。
177-07Ca なひ1 左近麻里子c177-07Cb なひ2 左近麻里子c177-07Cc なひ3 左近麻里子c


177-08 (a・b・c) (なも) 「転落寸前の緊縛女」左近麻里子
 同じく67年9月号発売。解説は「後手に縛られたままで椅子の上から床へころがり落ちようとする女体の微細な変化を色彩によって一層多様に掴まえ、肌に喰い込む縄目のむごたらしさを強調する。」 そうなんですよ、どこが床絨毯で何処が壁紙かがわからない。だから縦位置なのか横位置なのかはっきりしません。ごめんなさい。
177-08Ca なも1 左近麻里子d177-08Cb なも2 左近麻里子d177-08Cc なも3 左近麻里子d


177-09 (a・b・c) (れむ) 「豆絞りの猿ぐつわ」木村洋子
 同時入手のカラー写真に1組だけ木村洋子嬢のがございました。67年3月号発売の(れむ)3枚組です。次頁に回そうかとも思ったのですが1組だけカラーというのもと思い、この場をお借りします。
解説は「豆絞りの猿ぐつわが厳しく口を噛み痩せ型の裸身を汚れたロープがくびるように肌を割ってむごたらしさがカラーであたりに漂う。

 どこかでも申し上げましたが、このパンティーは前後逆穿きです。オケケ隠しに穿かせてあるんですね。これでこの頁はおしまい。次は68年ごろの長井譲にいたしましょうか。

177-09Caれむ1 木村洋子d177-09Cbれむ2 木村洋子c

177-09Ccれむ3 木村洋子c




176)1967年の中河恵子

 OSAKA,KANSAI EXPO 2025 の開催が決まりました。1970年の時は私、大学3年生だったです。2025には私の孫どもが当時の私の年齢になります。ちょっぴり感無量です。
 1970年。私は3月から万博会場で写真のアルバイト等をして少しお金を貯め、親からもカンパしてもらって、夏休みを丸々アメリカ中西部で過ごしました。ベトナム戦争、ケネディー暗殺、キング牧師と人種差別撤廃、ヒッピーと東洋文化・ドラッグ、シャロンテート事件など、アメリカももがいていました。
 今になって思うと、あの国はそれらの問題を、確実に一人一人の生活感まで含めて解決して来ましたね。トランプさんがあんなにまで頑を張っているのも、アメリカこそが「文化大革命」を日常的に起こし、国家が決めたら国民は生活上の理念としてそれを守るという、当たり前のことが行われている国だからなのかも知れません。啓蒙思想の伝統が生きているって言うか。ちょっと誉めすぎかも知れないけど50年の長い目で見ればそうだと思います。
 中国・韓国はその対極。上・下の私権の対立から革命がおこり、その革命の継続が民主主義と考えているみたい。権力側は権力を最大限行使して強権を必死で守ろうとするし、下克上したい側も必死で上をおとしめて、その私権を奪おうとする。中華思想としてその歴史認識は正しいのだけれども、闘争はしばしば破壊的方向に向けられる。
 日本は例によってその中間ってとこかな? 国民は無邪気に鼓腹撃壌している。この太平が今の政権や企業・労働界トップなどのリーダー達の和によって、それがもたらされていることを、意識しているのかいないのか? (11月24日 AM4:30)

 EXPO OSAKA 1970 と言えばカラー写真の普及。ということで迷っていた頁構成はカラー写真を加えた中河恵子さんの独り舞台と決定します。


176-01a,b,c) (ねろ)「開股竹棒羞恥責め」中河恵子
 1967年4月号初出の3枚組。解説は「部屋の中央にある柱に両手を縛られ、両脚を竹の棒で大の字に開股させられた恵子嬢の美しくも妖しい魅力の溢れる羞恥責め姿態。」と言うんですが、こんな写真、もし略号入りの封筒に入っていなければ、絶対に特定できなかったでしょう。
 本当は柱の右向こうから撮って欲しかったんですがネー。そうすればモデルが誰かすぐに分かりますのに。等しく男性としての願いでもありますが・・・
 なお、中河嬢はこの後、68年1月号からは妊娠姿を披露なさいます。ご出産なさっていれば今満50歳となりますね。 

176-01a ねろ1 中河恵子c176-01b ねろ2 中河恵子c176-01c ねろ3 中河恵子c


176-02a,b,c) (ねけ)「鼻責めと鼻孔大写」中河恵子
 同月発売の3枚組¥400。解説は「ツンとすました恵子嬢の鼻をめくりあけるところのアップと鼻孔の穴の中まで覗くアップフオト。」 たしかに鼻毛まではっきり写っています。左からストロボ一発。距離が近いからF22かそれ以上に絞れるんですね。
「ハナゲが伸びる・・・」なんて歌、このころじゃ無かったですか? ワキ毛女優はもっと後ですね。腋毛も鼻毛も売りにはなりませんよね。
 私が初めてクリップオンのストロボを買ってもらったのが丁度この頃かな? カコ・エリートというヤツ。まだ高校生で写真のアルバイトしてなかったと思うので、親にねだったんでしょうね。
176-02a ねけ1 中河恵子c176-02b ねけ2 中河恵子c

176-02c ねけ3 中河恵子c


176-03a,b,c) (ねこ)「首縄後手強烈縛り」中河恵子
 同じく4月発売です。解説は「後手高手小手に厳しく縛り上げた縄尻で首縄を掛けて締めれば、いやが上にも両手首は挙がる。」 
176-03a ねこ1 中河恵子c176-03b ねこ2 中河恵子c176-03c ねこ3B 中河恵子c


176-04a,b,c) (とむ)「花と蛇静子立縛り」中河恵子
 翌5月号で発売された3枚組。解説は「『花と蛇』の静子夫人に傾倒する中河恵子が裸身立縛りで、そのすらと伸びた肢体もあらわに縛り晒しにあっている有様を正面、側面背面から微細な点まで捕捉した。」 3枚目でやっと正面からの写真に巡り合いました。
176-04a とむ1 中河恵子c2176-04b とむ2 中河恵子c176-04c とむ3 中河恵子d


176-05a,b,c) (とめ)「浣腸責の美態開陳」中河恵子
 5月号では15組発売されています。解説は「このようにして縛り、このようにポーズさせれば、縄目の痛さに嫌でも応でも浣腸を易々と受け入れざるを得ない美しくも艶なるポーズが恵子嬢の熱演で展開する。」 例によってシリンジとイルリが転がっているだけなんですが。
176-05a とめ1 中河恵子c176-05b とめ2 中河恵子c

176-05c とめ3 中河恵子c



176-06a,b,c,d) (はわ)「開股縛りは望む所」中河恵子
 翌6月号発売の4枚組です。何か意味がわからない題名が付いています。無理もないですよ 3,4,5,6月号で44組出しているんです。さぞ忙しかった事でしょう。
 解説は「花と蛇式の羞恥責めを願望する恵子嬢に対して両脚が一直線になる程思いきり開かせて縛りあげ、そのまま放置したところを狙った空想の余地多大な幻想的フォト。」 なるほどね、隠れている部分は空想するしかありませんものね。

176-06a はわ1 中河恵子c176-06b はわ2 中河恵子c




176-06c はわ3 中河恵子c176-06d はわ4 中河恵子c


176-07a,b,c) (れよ)「股間縛り開股姿態」中河恵子
 これより同時期のカラー写真をお見せします。まず、67年3月号発売の3枚組。売り出し価格は1,000円となっています。解説は「新しいモデル恵子嬢の魅力を十二分に鑑賞して頂くため、大型カメラのカラーの鮮明なプリントで提供いたします。」中河嬢の最初の分譲写真はカラー3組、黒白4組だったんですね。
176-07Ca れよ1 中河恵子c176-07Cb れよ2 中河恵子c

176-07Cc れよ3 中河恵子c


176-08a,b,c) (れぬ)「黒縄縦縛りの媚態」中河恵子
 同月発売の3枚組。解説は「赤いパンツに黒い縄、それに白い肌か映えて新人恵子娘心緊縛姿態は、カラーフォトて目もあざむくばかりに美しく追ってくる。」
 全体に奇クのカラー写真は面白くないです。60年代はカラープリントはフィルムメーカー系列のラボに出すのが普通で、独立ラボはまだ少なかった。一般の写真屋さんでカラープリントができるようになったのが70年代にノーリツ鋼機の自動現像機が出てからの事。80年には家庭でカラープリントが出来るようになり、やがてエクタクロームの現像や、ポジからの紙焼きまでキットで楽しめるようになりました。前の(れよ)も写真裏に FUJI.N.PRINT のスタンプが押してあります。そんなラボが引き受けてくれる範囲の、完全なセーフ写真しか販売できなかったんですね。
176-08Ca れぬ1 中河恵子c176-08Cb れぬ2 中河恵子c

176-08Cc れぬ3 中河恵子c


176-09a,b,c) (なし)「豊満な臀部を晒す」中河恵子
 67年9月号発売の3枚組。解説は「モノクロ写真と違って豊富な色彩で、その女体の陰翳を微細に表現したカラーフォトは、美しい恵子嬢の全裸のすべてを、他に見られない緊縛姿態として提供する。」
 赤絨毯上の写真ですので、自動スキャン時の補正色でやや緑にマスキングされましたが、変に修整して悪影響が出てもイヤですので、色補正はやめときます。
 9月号ではカラー4組が発売されています。次は翌年3月ですが既に孕み腹となっています。これでこの頁を閉じます。
176-09Ca なし1 中河恵子c176-09Cb なし2 中河恵子d

176-09Cc なし3 中河恵子c






  

175)新Z組・X組 1968年10月・8月号

 この度ネットオークションで175-00 新Z組0011968年10月号初出の新Z組と、同8月号のX組を幾許か手に入れましたのでご披露いたします。
 一見退色もなく状態はよく見えたのですが、スキャンしてみますと新Z組には細かい汚れが付着しておりました。1点1点全てに販売時の略号入り封筒が
付いており、史料価値の高いものでした。

175-01) 新Z組-010 175-01 NZ010 関谷冨佐子  c
 新Z組は1968年10月号で「粒選り麗美女体緊縛力作写真」として発表されました。その10番、関谷富佐子「悦虐に悲泣する」

175-02) 新Z組-021175-02 NZ021 ローズ秋山 c
 新Z-21 ローズ秋山「鞭は女体に作裂」


175-03) 新Z組-094175-03 NZ094 佐々木真弓  c
 新Z-094 佐々木真弓「S男がいたぶる」
  

175-04) 新Z組-095175-04 NZ095 山原清子 c
 新Z-095 山原清子「強烈縛りに喘ぐ」


175-05) 新Z組-096175-05 NZ096 長井葉津子 d
 新Z-096 長井葉律子「正面全裸柱晒し」



175-06) 新Z組-097175-06 NZ097 左近麻里子 c
 新Z-097 左近麻里子「開股縛りに羞う」



175-07) 新Z組-098175-07 NZ098 大塚啓子 c
 新Z-098 大塚啓子「白肌に喰込む縄」
 ここで、新Z組を終えます。次はX組。



175-08) X組-003 佐々木真弓175-08 X003 佐々木真弓 c
 ここからは、1968年8月号発表のX組。「美貌女体緊縛写真コレクト集」と銘打ってあります。その3枚目「襲う影に慄のくからお見せします。
 なお、X組は印画面に埃もなく、非常にきれいな状態でした。



175-09) X組-006 金原奈加子175-09 X006 金原奈加子 c
 「縛られて困るわ」って題名なんですが。確かに困りはするでしょうが・・・


175-10) X組-022 金原奈加子175-10 X022 金原奈加子 c
 「麻縄の柔肌責め」もっとほの暗い印象に仕上げた方が良かったのでしょうが、内面反射でディテールが失われています。何とかしたいですね。



175-11) X組-023 左近麻里子175-11 X023 左近麻里子 c
 「美しき亀甲縛り」確かにお美しいです。

175-12) X組-024 長井葉津子175-12 X024 長井波津子 c
 「柱縛りの隙間見」いや、長井嬢もお美しい。



175-13) X組-26 佐々木真弓175-13 X026 佐々木真弓 c
 「海老責めの苦悶」
 



175-14) X組-27 佐々木真弓175-14 X027 佐々木真弓 c
 「全裸の縄は輝く」と、佐々木嬢もお御足が長くてお美しい。おおむね、看板に偽りなしとしましょう。 


175-15) X組-46 左近麻里子175-15 X046 左近麻里子 d
 「麗身を横たえて」 確かに美貌ですね。


175-16) X組-47 佐々木真弓175-16 X047 佐々木真弓 c
 「二つ折に弾む胸」


175-17) X組-48 長井葉津子175-17 X048 長井波津子 c
 「柔肌に縄は厳し」 眼ばかり異様に写っているミステリー小説の口絵みたいな写真です。お顔が荒れているのも軽く補修しておきました。


175-18) X組-49 左近麻里子175-18 X049 左近麻里子 c
 「柔肌に痛む麻縄」


175-19) X組-51 左近麻里子175-19 X051 左近麻里子 c
 「開設縛りを諦観」


175-20) X組-52 中河恵子175-20 X052 中河恵子 c
 「突き出したお尻」


175-21) X組-53 金原奈加子175-21 X053 金原奈加子 d
 「あどけなき緊縛」


175-22) X組-54 長井葉津子175-22 X054 長井波津子 c
 「首縄股間縛の女」



175-23) X組-55 佐々木真弓175-23 X055 佐々木真弓 c
 「強烈後手で括る」



175-24) X組-56 金原奈加子175-24 X056 金原奈加子 c
 「恥しい縛り初め」




175-25) X組-57 関谷富佐子175-25 X057 関谷富佐子 c
 「海老縛りで悶ゆ」 まあ緩やかな海老縛り。ここからまた少し写真が飛びます。




175-26) X組-72 左近麻里子175-26 X072 関谷富佐子 c
 「左近麻里子の裸」 そのものズバリ過ぎる題名で・・・





175-27) X組-91 佐々木真弓175-27 X091 佐々木真弓 c
 「豊かな乳房誇示」
 乳房はそうですがお臍もね・・・



175-2175-28 X092 佐々木真弓 c8) X組-92 佐々木真弓
 「美しい女の縛り」
 確かにお美しうございます。


175-2175-29 X093 長井葉津子 c9) X組-93 長井葉津子
 「股間縛りに羞う」



175-3175-30 X094 佐々木真弓 c0) X組-94 佐々木真弓
 「ホステスの緊縛」


175-31) X組-95 中河恵子175-31 X095 中河恵子 c
 「椅子坐開設縛り」



175-32) X組-96 関谷富佐子175-32 X096 関谷富佐子 c
 「無防備な両手吊」



175-33) X組-97 川越美佐175-33 X097 川越美佐子 c
 「息づまる猿轡」



175-34) X組-98 長井葉津子175-34 X098 長井波津子 c
 「人身御供の乙女」
 これでこの頁を終えます。
いよいよ本格的な秋。気温も下がって参りました。風疹も流行っております。皆様ご自愛いただきますよう。えっ? お前の年齢じゃ関係ないだろうって? いえいえ、まだまだ現役でございますよ!





174)G組 大中判写真 1956年12月

 奇譚クラブ 1956年12月号誌上で、「天星社代理部分譲品目録」が付録となりました。
 白表紙になってから1年半が経ち、官憲の言い分もコロコロ変わり、押収されたネガは返してもらえず、会社の経済状態もあって、この間の発禁・休刊は5号を数えました。ちょうど現代の香港の出版社に対する・・・ウームみたいなものですね。はっきり書くとよその国から叱られそうですので。出版社が潰れてくれた方が都合が良いんですから。
 分譲写真も、誌上では宣伝がしにくく、「代理部分譲品総目録 ご入用の方は八円切手封入の上御申込み下さい。お送りします」と手紙でカタログを取り寄せてから申し込むことになっていたのですが、そのカタログが別冊で付いたのです。
 その冒頭掲載されたのがG組の1から10までで、この組が一般の目に触れた最初だったと思います。花坂道子嬢のG-09は前頁でご紹介しましたが、まだ5枚が新資料に残っております。それら大キャビネ判の写真を引き続きお目にかけます。

174-01) (G-01) 「鉄鎖と柔肌」 高瀬忍
 解説は「全裸の柔肌に喰い込む鎖、柔と剛との醸し出すコントラストの妙味、正面に向って立膝した美貌忍嬢の媚態と赤裸々な純白裸体のエロチシズム。」
174-01 G-01C 高瀬忍b174-01 G-01M 高瀬忍c1
 


174-02) (G-04) 「羞紅の椅子」菅登紀子
 「ドアーの閉じられた密室に置かれた殺風景な椅子一つ、猿ぐつわに声を奪われた可憐な菅嬢は、両乳房もあらわに裸身にむかれた恥しさに、只、「許して、許して」と助けを乞うばかりであった。然し飽くなき暴虐の手は、彼女をこの罪の椅子に縛り上げてしまったのであった。あゝ、彼女の運命やいかに?」と、1枚の写真に長々と解説がついてきます。
 菅嬢の写真は珍しいでしょう。実は前頁前半の資料にも1枚これと同じものが付いていたのです。原版は同じで、引き伸ばし倍率の関係で、わずかにアップに見えるだけですので、敢えて掲載いたしませんでした。
174-02 G-04C 菅登紀子b174-02 G-04M 菅登紀子c1


174-03) (G-05) 「量感の帯」 伊吹真佐子
 「益々豊満さを増した伊吹嬢をストツキング一つの裸身にむいて、その弾力性のある全身を顔面から後手へと純白の練布を以て緊縛しでゆく。今や、身動きも出来ない十五貫余の肉体は、「嫌、嫌」と身もだえする度に包帯の間から、ピチピチと躍動するのであった。」
 15貫余すなわち57kgね。失礼ながら、もうちょっと御有りになるような・・・
174-03 G-05C 伊吹真佐子b174-03 G-05M 伊吹真佐子c1


174-04) (G-07) 「叫喚の森」 伊吹真佐子
人里離れた。森の中、誘拐された女性が一本の松の木にガンジガラメに後手に縛りつけられている。裸にされた乳房、臍、太股、足首には縄目がいたいたしく喰い込んでいる。助けを求めて叫べども、通る人とてなき森の中は、寂として只、こだまが返ってくるだけであった。」
 このパンティー、時々見かけますね。
174-04 G-07C 伊吹真佐子b174-04 G-07M 伊吹真佐子c1
 

174-05) (G-08) 「全裸目隠し」 村田奈美子
 「全裸の女体が、どたりと床の上に投げ出されている。後手に縛り上げた縄は乳房の間で結び目を作り更に鳩尾と臍の上で都合三つの結び目を綾なしている。 黒布で目かくしをされた彼女は豊満な女体を海老のように弾ねくねらせ、目かくしを取ろうとするのだが、後手に縛しめられた両手の自由はきかず、只、艶やかな雰囲気をいやが上にも、盛り上げるのに役立つばかりであった。 今まで、秘蔵してあった村田嬢のサデイスチック・シーン。」
 よくこんなのが村田嬢ってわかりますね、って尋ねられそうです。雲居久子嬢もこういう黒の全面マスクしていた写真がありましたから。実は、これと同時に入手した「美しき縛め」第2集22ページに同時撮影の写真が掲載されていまして、これがバックの座敷机のシミまで同じ。前の持ち主が「村田奈美子」って鉛筆書きしてくれていたんです。
174-05 G-08C 村田那美子b174-05 G-08M 村田那美子c1
 

174-06) (G-09) 「優すがた」花坂道子
 前頁の再掲です。
174-06 G09C 花坂道子b再掲174-06 G09M 花坂道子c1再掲
 

174-07) (付録)手札判 高瀬忍
 同じアルバムに2枚だけ手札サイズの写真が入っておりました。組名不詳ながら高瀬忍嬢ではないかと思います。
174-07 手札01C 高瀬忍b174-07 手札01M 高瀬忍c1
 

174-08) (付録)手札判 高瀬忍?
 同上、こちらはかなり薄く退色しておりました。
174-08 手札02C 高瀬忍b174-08 手札02M 高瀬忍c1


    

173)花坂道子嬢 大中判写真 1956年~58年頃

 お盆を迎え、お約束通り花坂嬢の大キャビネ版のプリントをお目にかけます。
本当はもう少し早くと思っておりましたが、寄る年波で、ディスプレイの前に座ると居眠りするようになり、仕事が捗りません。それとこの間に、10枚の新資料を手に入れまして、総数30枚となってしまいました。現状20枚しか用意できておりませんが、まずそちらからご覧いただきます。
 印画紙は薄手光沢。少しセピア変色しており、所々フェロの気泡痕がありますので、間違いなくオリジナルのプリントです。
 奇クが大中判写真(今の2L判)を分譲したのは、1956年12月のG組から64年10月の(さつり)まで。キャビネ版は53〜65年ですので、両者並行して分譲されていたことになります。戦後10年経って両規格とも使われていたようですが、多分アメリカの規格が(5×7吋≒130×180mm)となっていたためと思われます。朝鮮戦争前後の日本の産業はアメリカ市場や軍の需要により復興を遂げたので、両規格が併存し、物資が少ない時代でしたので、両者振り分けたものと思われます。
 なお、ここ数年、在るはずのない左近麻里子や前田真知子の2L写真などがネットで出回っておりますが、コピー品です。しかし、スキャンした画像をデジタルプリンターで印刷したようには見えません。
 70年代後半にプラスチックコートされた印画紙が出る前のバライタ印画紙のように見えますので、そうとう古いもの、すなわちもっと以前に光学的にコピーされたものと見えます。コピーらしきピントの甘さと階調の雑さがあるのですが、こちらにもフェロタイプ仕上げ時の気泡痕がついているのです。
 フェロタイプって知ってます? フェラじゃないですよ、フェロ。70年代までの印画紙は紙の上に硫酸バリウムって言いますから、まあ胃のレントゲンの時に飲む白い奴の仲間ですね。ああいった白いものを塗った上に、臭化銀や一部塩化銀(ブロマイド・クロロブロマイド)のゼラチン乳剤を塗ってあったんです。バライタ紙って言います。それを光沢仕上げするために、鉄板(フェロ)をクロムメッキした薄板に張り付けて電熱で熱したんです。そうするとピカッと光るきれいな光沢仕上げが出来るんですが、これが難しくてね・・・。
 失敗しても水で濡らして、もう一度くらい出来るのですが、一発で決めないときれいな色調の印画が出来ないんです。特にブルーブラックが売り物の三菱の月光だとか、さくらの吉野などは確実に茶色くなります。富士ブロやオリエンタル・シーガルなどは温黒調で割に鈍感だったですが、それでも何かボテッとした感じになったのを覚えています。印画の傷となるのは気泡とムラです。また、その後スポッティング等をしますとその部分の質感が変化してしまいます。まあ、泣かされました。人にあげる写真などは、私は半光沢や微粒面を使っていました。
 1980年頃でしたっけ、プラスティックでコートされた印画紙が出たときは助かったと思いましたが、頑迷な写真家さんからは、「潤いがない」とか「無機的である」など散々でした。もう銀塩モノクロフィルムすらなくなった時代に、さあ、バライタ紙って売られているんでしょうかね?
 閑話休題。多分この出品者にはコピー品という認識は無かったのかも知れませんね。数年前に私のサイトの画像をデジタル印刷して出品した人に比べると罪は軽いのかな?
 もっとも一番罪が重いのは昔の品を公開している私自身って言うことになりますが・・・。

173-01) (はな1-01)
 (はな1)は1957年11月誌上、大中判10枚組800円で「花坂道子嬢全裸緊縛集」として発売されました。解説は「可憐な容貌と優美な姿態で好評のモデル花坂道子嬢を特に煩して全裸の緊縛を敢行しマニアの皆様の熱烈な要望に応えました。今まで一度も衣服を脱いだことのない花坂嬢の姿態を印画紙焼付の鮮明な写真にてごらん下さい。」
 多分この01〜10だと思います。花坂嬢の大中判写真は全部で25枚。全裸で股縄がかかっていないものを選ぶとちょうど10枚でした。
173-01 はな1-01C 花坂道子b173-01 はな1-01M 花坂道子c1


173-02) (はな1-02)
173-02 はな1-02C 花坂道子b173-02 はな1-02M 花坂道子c1
 

173-03) (はな1-03)
173-03 はな1-03C 花坂道子b173-03 はな1-03M 花坂道子c1
 

173-04) (はな1-04)
173-04 はな1-04C 花坂道子b173-04 はな1-04M 花坂道子c1
 

173-05) (はな1-05)
 173-05 はな1-05C 花坂道子b173-05 はな1-05M 花坂道子c1


173-06) (はな1-06)
173-06 はな1-06C 花坂道子b173-06 はな1-06M 花坂道子c1
 

173-07) (はな1-07)
173-07 はな1-07C 花坂道子b173-07 はな1-07M 花坂道子c1
 

173-08) (はな1-08)
173-08 はな1-08C 花坂道子b173-08 はな1-08M 花坂道子c1
 

173-09) (はな1-09)
173-09 はな1-09C 花坂道子b173-09 はな1-09M 花坂道子c1
 

173-10) (はな1-10)
173-10 はな1-10C 花坂道子b173-10 はな1-10M 花坂道子c1
 

173-11) (はな2-01)
 続いて同時発売の(はな2)10枚組をご覧いただきます。
組名は「花坂道子嬢股間縛り集」解説は「数々の傑作を過去に於て作成した写真部が、ここに美貌のモデル花坂道子嬢の協力を得てマニア垂誕の強烈な縛り写真の撮影に成功し、ここにその一部を発表することになりました。是非コレクションの一端へお加え下さい。」とのことです。
 これも、当時の手持ち20葉の中からパンティーを着けたものを含めて股間縛りをセレクトすると10枚になったものです。
173-11 はな2-01C 花坂道子b173-11 はな2-01M 花坂道子c1


173-12) (はな2-02)
173-12 はな2-02C 花坂道子b173-12 はな2-02M 花坂道子d1
 

173-13) (はな2-03)
173-13 はな2-03C 花坂道子b173-13 はな2-03M 花坂道子c1
 

173-14) (はな2-04)
173-14 はな2-04C 花坂道子b173-14 はな2-04M 花坂道子c1
 

173-15) (はな2-05)
173-15 はな2-05C 花坂道子b173-15 はな2-05M 花坂道子c1
 

173-16) (はな2-06)
173-16 はな2-06C 花坂道子b173-16 はな2-06M 花坂道子c1
 

173-17) (はな2-07)
173-17 はな2-07C 花坂道子b173-17 はな2-07M 花坂道子c1
 

173-18) (はな2-08)
173-18 はな2-08C 花坂道子b173-18 はな2-08M 花坂道子c1
 

173-19) (はな2-09)
173-19 はな2-09C 花坂道子b173-19 はな2-09M 花坂道子c1
 

173-20) (はな2-10)
173-20 はな2-10C 花坂道子b173-20 はな2-10M 花坂道子c1
 

173-21) (G-09)
 ここからが今回入手した分で、花坂道子嬢だけで10枚あります。写真は"Design"と書かれた、B5サイズの青色の厚紙表紙のノートにきちんと収められていました。各ページの四隅に切り込みを入れて挟み込んであったのです。しかし欠落ページも多く、花坂嬢の部分だけで16頁が切り取られています。したがって元々26枚あった可能性もあるのです。
 各写真はセピア変色しているものの保管状態は良好です。上記20枚より昔のプリントらしく、銀塩がマイグレーションを起こし、暗部が潰れているものもあります。
 早速お目にかけます。まず1956年12月号付録でアナウンスされた、G組の09番。「優すがた」。解説は「自慢のロング・ヘアーをあらわな胸に垂らして、縛られた縄目にうつむき加減の羞らいを見せる道子嬢、太股から脛、指先と大胆に前に投げ出して、今までにないエロチックなポーズでサド・フォトマニアの方々に開陳する優すがた花坂道子嬢。」
 なお、G組は01〜10まで大キャビネ各1枚ずつ10枚。このデザインブックには6枚が入っています。
173-21 G09C 花坂道子b173-21 G09M 花坂道子c1


173-22) (はな4-01)
 1953年3月号に(はな3)と(はな4)がそれぞれ2枚組で発売されました。これは(はな4)のうちの1枚で、19や20と同時撮影分ではないかと思います。
 組名「股間縛り」解説「首縄に胸から二の腕縛り、胸縛り股間縛りとロープがからむ。」とシンプルです。
173-22 はな4-01C 花坂道子b173-22 はな4-01M 花坂道子c1


173-23) (はな3-01)
 組名「ヌード縛り」 解説「芳しくも麗しき惚々するヌード」
173-23 はな3-01C 花坂道子b173-23 はな3-01M 花坂道子c1
 

173-24) (はな3-02)
173-24 はな3-02C 花坂道子b173-24 はな3-02M 花坂道子c1
 

173-25) (はな1-02)
 ここから6枚は、(はな1)と(はな2)。20までに掲載したものとダブっております。ただプリント時期が古く、コントラスト等良いのですが、経年変化もそれなりに起こしております。
173-25 はな1-02C 花坂道子b173-25 はな1-02M 花坂道子c1
 

173-26) (はな1-01)
173-26 はな1-01C 花坂道子b173-26 はな1-01M 花坂道子c1
 

173-27) (はな1-08)
173-27 はな1-08C 花坂道子b173-27 はな1-08M 花坂道子c1
 

173-28) (はな1-09)
 173-28 はな1-09C 花坂道子b173-28 はな1-09M 花坂道子c1
 

173-29) (はな2-05)
173-29 はな2-05C 花坂道子b173-29 はな2-05M 花坂道子c1
 

173-30) (はな2-06)
173-30 はな2-06C 花坂道子b173-30 はな2-06M 花坂道子c1
 以上で花坂道子嬢の大キャビネサイズの写真を終えます。 



172)花坂道子嬢 1956年~58年頃

 しばらく殺伐としたのが続きましたので、懐かしレトロに返りまして、清楚な美人の花坂道子嬢にご登場願います。
 古い写真ですが、変色はありません。原版は6×6だと思うのですが、粒状を気にしてか、ややアンダー露出のフィルムを柔らかな現像処理。これを2号の印画紙に焼いたものらしく、グレーっぽい(10年ほど前に流行った現代写真家の黒白印画紙のような)大手札サイズのプリントです。スキャン時に帯域を狭めたうえ、修整でコントラストを調整しております。

172-1,2,3) DS01 「観念横臥の図」3枚組 1956年8月号
 解説は「後手、高手小手に首縄と厳しく縛しめられた美貌の道子嬢が眉をひそめて観念したところ。蒲団の上に転されてポニー・テイルの黒髪が芳紀十九才の頬にかゝったところは正に落花紛々の風情。」となっております。
 実は、分類について、次項のDS02と同時撮影で横位置5枚と縦位置3枚ですので迷ったのですが、「布団の上に転がっている」写真3枚をこちらに分類いたしました。
172-01 DS-01 花坂M01c1172-02 DS-01 花坂M02c1

172-03 DS-01 花坂M03c1
 

172-4~8) DS02 「乙女の開陳」5枚組 1956年8月号
 前項写真と同時発売の大手札サイズ5枚組。解説は「ひしひしと肌に喰い込む縄目にこらえながら、じっと奥歯をかみしめて、懸命に、前、後、横とさまざまのポーズをとって、十九の乙女の緊縛姿態を余すところなく開陳したコレクシヨン・フォト。」となっております。 
172-04 DS-02 花坂M04c1172-05 DS-02 花坂Mc1

172-06 DS-02 花坂Mc1172-07 DS-02 花坂Mc1172-08 DS-02 花坂Mc1


172-9~15) ES08 「乙女のすべて」7枚組 1956年12月号
 解説は「新人、花坂道子嬢の緊縛ポーズの美しさを御紹介するため、七枚のフォトによって彼女の隅々まですべてをあらわにさらけ出した。」
 ライティングはご覧の通り、真横右側からモデル上半身に向けて、多分250か350Wフラッド。真横左側から下半身に向けて同じ球。カメラマンは膝で立って三脚を低くして二眼レフを上から覗き、その真下に100Wの電気スタンドを置き、それを紐でおち○ち○に結びつけて上げたり下げたり調整しながら撮った。ンなこと無いか。
172-09 ES-08 花坂M01c1172-10 ES-08 花坂M02c1172-11 ES-08 花坂M03c1

172-12 ES-08 花坂M04c1172-13 ES-08 花坂M05c1172-14 ES-08 花坂M06c2

172-15 ES-08 花坂M07c1


172-16,17,18) (ふり)「振袖哀歓」3枚組 1958年12月号
 解説は「振袖衣裳に盛装した花坂嬢を後手、高手小手に縛り上げる。」 
172-16 ふり01 花坂M01c2172-17 ふり02 花坂M01c2

172-18 ふり03 花坂M03c1


172-19,20,21) (まき)「剥がれた腰巻」3枚組 1958年12月号
 解説は「最後に残された一枚の腰巻も無残にも荒々しい手にてむしり取られる。」 
172-19 まき01 花坂M01c1172-20 まき02 花坂M02c1172-21 まき03 花坂M03c1


172-22~26) (きょう)「全裸強烈股間縛」5枚組 1958年12月号
 解説は「一糸もまとわぬ全裸とされた花恥すかしき道子嬢の柔肌に喰い込むきひしい縄目。」 
172-22 きょう01 花坂M01c1172-23 きょう02 花坂M02c1172-24 きょう03 花坂M03c1

172-25 きょう04 花坂M04c1172-26 きょう05 花坂M05c1
いかがですか? 少しは癒されましたか?

 


 


 


 


171) 1965年頃(昭和40年頃)の切腹写真(山原清子・益田みゆき)

 切腹写真の最後の頁となります。171-00 S37年頃切腹袋Cb
 1965年頃発売の山原清子と益田みゆきの切腹写真です。



171-01~10) 「白フン脇差切腹」(ひに)大手札10枚組 1965年3月号
 解説は「白フンドシを勇ましく締めた刺青娘が、豊満な裸身をさらけだし脇差を手にして、キリキリと真白い下腹を切り裂いてゆく有様を刺青切腹ファンのために十枚の組写真として分譲品を加えました。」とあります。
171-01,02,03) 
171-01 ひに01 山原Mc1171-02 ひに02 山原Mc1171-03 ひに03 山原Mc1
171-04,05)  
171-04 ひに04 山原Mc2171-05 ひに05 山原Mc1
171-06,07,08) 
171-06 ひに06 山原Mc1171-07 ひに07 山原Mc1171-08 ひに08 山原Mc2
171-09,10) 
171-09 ひに09 山原Mc1171-10 ひに10 山原Mc1


171-11~15) 組名不詳 山原清子 大手札5枚
 この5枚は入手先が別で、封筒も無く、裏書もありませんが、上記(ひに)と同時撮影されたものと思われます。かつ、1枚目だけが脇差で、残りは短刀ですので、複数の組が混じっているのかもしれません。
 考えられる組名は、短刀の4枚は同時発売の(ひぬ)10枚組、(ひり)10枚組。脇差の1枚が66年1月号の(うた)4枚組、などと考えられます。
171-11,12,13) 
171-11 山原01Mc1171-12 山原02Mc2171-13 山原03Mc2
171-14,15) 
171-14 山原04Mc1171-15 山原05Mc1


171-16~25) 「自刃血まみれ屍体」(えし)大手札10枚組 1966年5月号
 「白褌一本の剌青女性が脇差短刀を用いて下腹から鳩尾にかけて、したたかに切り更に止めの刃を咽喉へ。豊富な血紅を使って切腹と屍体有様を微細に描写した。」と、屍体に扮する山原譲。これだけならまだいいんですが、同時発売で「屍体からミイラヘ」と、ミイラになってしまうそうで、お仕事とはいえお気の毒です。そういえば棺桶に入った写真もありました。65年8月号の(ねか)ですか。
 少しセピア変色していましたので、カラーと修正後の黒白写真を並べます。
171-16,17) 
171-21 えし01山原Cb171-21 えし01山原Mc1

171-22 えし02山原Cb171-22 えし02山原Mc2

171-18,19) 
171-23 えし03山原Cb171-23 えし03山原Mc2

171-24 えし04山原Cb171-24 えし04山原Mc2
171-20,21) 
171-25 えし05山原Cb171-25 えし05山原Mc1

171-25 えし06山原Cb1171-25 えし06山原Mc2

171-22,23) 
171-26 えし07山原Cb171-26 えし07山原Mc1

171-27 えし08山原Cb1171-28 えし08山原Mc1

171-24,25) 
171-29 えし09山原Cb171-29 えし09山原Mc1

171-30 えし10山原Cb171-30 えし10山原Mc1


171-26~29) 「妊孕腹の凄愴切腹」(ほら)大手札4枚組1966年12月号
 解説「実質的には臨月にも比すべき豊満な孕み腹をドキドキとする白刃によって今まさに切り裂こうとする凄惨な妊婦切腹の実写は又と得難い資料を提供するでしょう。」 益田みゆきの妊婦切腹。
 益田みゆきさんは、65年7月にご夫君の責めを受ける形でデビューされました。妊婦腹で67年5月まで(かな組)で58組のモデルをなさいました。
171-31 ほら1 増田Mc1171-32 ほら2 増田Mc1

171-33 ほら3 増田Mc1171-34 ほら4 増田Mc1
 これで、手元にまとまっている切腹写真は全て終了いたしました。

 

170) 1961年頃(昭和36年頃)の切腹写真(大塚啓子)

170-00 S36年頃切腹袋b 続きまして、前頁から7年後。モデルさんは大塚啓子嬢です。


170-01~03) 「大塚啓子血紅切腹図絵」(おせ)大手札3枚組 1961年6月号
 「豊満な白肌に脇差の切先が、ぐさりと突き立てられ、鮮血がじわじわと下腹いっぱいに滲じみ出る悲愴な女体切腹の光景。」と解説されています。縦一文字に切り裂いているのに何故か血紅は横に。十文字のつもりでしょうか?
 ピントやや甘いですがミディアムとアップを上手にまとめています。
170-01) 
170-01 おせ1 大塚Cb170-01 おせ1 大塚Mc1
170-02) 
170-02 おせ2 大塚Cb1170-02 おせ2 大塚Mc1
170-03) 
170-03 おせ3 大塚Cb170-03 おせ3 大塚Mc1


170-04~08) 「悲愴女体自決」(ひい)大手札5枚組
 1962年7月号
 「真白い肌と氷のように輝やく九寸五分の脇差の刃先が、この緊迫した空気を一層冷ややかなものにしている。えいッという絹をさく気合と共に刃は下略腹へぐさりと突きささり思わず「うッ」とのけぞる白い顔。ジリジリと真一文字に臍の真下まで引きまわし、やがて右脇腹まで思う存分に切る。額からにじみ出る汗。左掌にて左の乳房をかかえ上げ、心の臓めがけて、ぐさりと最期のとどめ、最期のとどめとしては、更に両手にしっかと握った刃を、咽喉元めがけて力いっぱい突き立てる悲壮な顔つき、若き女性の自決態勢をあますところなく、露呈した作品。」と長々と解説されています。
 ちょっと写真の順番を間違えたかもしれません。ご自身で想像力を巡らせて入れ替えてください。
170-04 ひい1 大塚Mc1170-05 ひい2 大塚Mc2170-06 ひい3 大塚Mc1

170-07 ひい4 大塚Mc1170-08 ひい5 大塚Mc1


170-09~13) 「自刃悶絶」(せよ)大手札5枚組
 1962年11月号 「
豊満な肉づきをみせている下腹を脇差で掻き切ると溢れる血潮が(血紅使用)臍の下一面をくれないに彩る。今はもう覚悟の切腹であるから、力いっぱい深々と腸に至るまで刃を突き刺し、自刃の恍惚感に陶酔するのであった。腰まで垂れる黒髪の大塚啓子が豊かな姿態をくねらせて、切腹の痛手に悶絶する光景。」
170-09)

170-09 せよ1大塚Cb170-09 せよ1大塚Mc1
170-10) 
170-10 せよ2大塚Cb170-10 せよ2大塚Mc1
170-11) 
170-11 せよ3大塚Cb170-11 せよ3大塚Mc1
170-12) 
170-12 せよ4大塚Cb170-12 せよ4大塚Mc1
170-13) 
170-13 せよ5大塚Cb1170-13 せよ5大塚Mc2


170-14~16) 「祭壇の女体切腹」 (せぬ)
 1963年12月号、大手札3枚組。解説「白布をめぐらした背景、白布をひきつめた台上に、白フンドシ一つの裸女が、いけにえの白い肌を晒して、肉づきのよい下腹を白鞘の短刀で切りさばいてゆく。白一色の中に赤い血が美しく彩り、苦悶に乳房を掴かみ、のどに手を当て、台上にて転々と身をくねらすさまはマニヤの心をゆさぶるでしよう。」
170-14 せぬ1大塚Mc1170-15 せぬ2大塚Mc2170-16 せぬ3大塚Mc2


170-17~21) 「褌裸女血紅切腹大写し連続フォト」 (おお)
 1964年1月号 大手札5枚組。
 「股に喰い込むばかりに、きつくきりりと締め込んだフンドシ一本の臍下を刃先だけを出して白紙で巻いた短刀でぶすりと突き刺し、真一文字にじりしりと切りさいてゆく有様を血紅を用いて迫真的描写。乳房から下、太股から上のアップによって、女体切腹の妙味を最大限に発揮。切腹マニヤの指導による連続五枚の秘蔵品。」
 切腹腹部アップの写真。頁トップの(おせ)から2年半も経っているのに、この妙にエロい褌は同じに見えます。永保ちする褌ですね、オニのパンツみたい。あるいは同時撮影だが、プリントして発売したのが64年だったんでしょうか?
 連続フォトとして見るなら順番が違います。き↓キ,僚腓な?
170-17 おお1 大塚Mc1170-18 おお2 大塚Mc1

170-19 おお3 大塚Mc1170-20 おお4 大塚Mc1

170-21 おお5 大塚Mc1


170-22~26) 「女体切腹血紅使用苦悶表情悦楽篇」 (くえ)
 同年同月発売。大手札5枚組。6×6をトリミングせずに四角く焼いてあるので350dpiでスキャンしてあります。
 解説は「最近益々悦虐の表情の豊かさを見せはじめた大塚嬢が、その豊満なヘソ下を思うままに深々と切りさばき、溢れる血汐を飛び散らせて、凄惨きわまりない切腹ポーズを演じ、苦悶に美しくゆがむ顔面の表情と、痺れるように痙れんする全身肢体の真に迫る表情とをハイスピードシャッターによって刻明に捕捉しました。数多く撮影した中から。特に素晴しいものばかりを選んで提供いたします。この肢体と顔面の表情によって皆様の切腹熱は一段と高まるでしょう。」
170-22 くえ01 大塚Mc2170-23 くえ02 大塚Mc2

170-24 くえ03 大塚Mc1170-25 くえ04 大塚Mc2

170-26 くえ05 大塚Mc2


170-27~38) 「血紅切腹連」 (のせ)
 1965年8月号。大手札12枚組。
 解説は「白く輝く豊満な裸身を惜しげもなく晒して、大勢の人達の前で女が腹を切りさばいて命を自らの手で断つ順序を連続で写真化いたしました。下腹から手まで血だらけにして苦痛にのたうつ女体。そこには女の哀れさと美しさとが、渾然一体となって、マニヤの方々の胸に追ってくることでしょう。」
 事情があって(のせ01~06)(のせ07~09)(のせ10~12)の3つに分けてご覧に入れます。07~09は入手先が違うのです。でも、根本の持ち主は同じだと思います。

170-27~32)
170-27 のせ01大塚Mc2170-28 のせ02大塚Mc1170-29 のせ03大塚Mc1

170-30 のせ04大塚Mc2170-31 のせ05大塚Mc1170-32 のせ06大塚Mc1


170-33~35) この3枚のみ、ネットでの入手先が違っております。でも写真の保管状態などから、多分元の持ち主は同じかただと思っております。
170-33 のせ07大塚01Mc1別170-34 のせ08大塚02Mc1別170-35 のせ09大塚03Mc1別


170-36~38) 最後の3枚です。
170-36 のせ10大塚Mc2170-37 のせ11大塚Mc1

170-38 のせ12大塚Mc2

170-39~41) 組名不詳 
 真刀を使っています。「内臓」もしくは「腸」というのもキーワードです。とするなら、63年8月号の(やい)(やお)(やえ)10月号の(せい12)あたりなんでしょうか?
170-39 大塚04Mc1170-40 大塚05Mc1170-41 大塚06Mc1


 

169) 1954年頃(昭和29年頃)の切腹写真(伊吹真佐子)

 158頁に切腹写真を載せて1年半経ちました。最近ネットオークションにこの種の写真が大量に出品されました。幸い奇ク関係は全数落札いたしましたので、古そうな分からお目にかけます。
 世の中に切腹マニアというものが存在することは、中三のころに奇ク・風奇によって知りました。
 ずいぶん熱心な切腹ファンが昔も今もいらっしゃるようです。申し訳ないながら私にはもう一つ理解できません。
 セップクねー。臭いでしょうねー。腸の中にはウンコが詰まっていますからねー。出入りで腹を刺されたヤクザが、腹圧で飛び出した腸を引きずりながら逃げまどっていた、って話を聞いたことがあるんですが・・・。割腹自殺し損ねて、その後弁護士になったってかたも、確かいらっしゃったなー。真剣は実際に触れてみるとすごいですよ。包丁やかみそりの何倍も切れそう・・・コワーーッ。
 三島由紀夫氏のように、頭の中で美的状況を創作できる人には良いのでしょうが、現実はそう耽美なものではないと思います。169-0 S29切腹写真b
 今回の写真は多くが完全オリジナル袋付きでオーセンティックそのものです。ですから158頁の写真も、この頁から特定できそうです。

169-1~6) 「血紅使用の切腹擬態寫眞 第一集」
 1954年(昭和29年)8月号で公開された手札版6枚組。モデルは伊吹真佐子譲。略号はまだ付いておりません。英字組の最初は55年10月号のF01。かな組も同号の(しせ)からで、これも切腹ものですね。
169-1) 
169-01 血紅切腹1伊吹Cb169-01 血紅切腹1伊吹Mc2
169-2) 
169-02 血紅切腹1伊吹Cb169-02 血紅切腹1伊吹Mc1
169-3) 
169-03 血紅切腹1伊吹Cb169-03 血紅切腹1伊吹Mc1
169-4) 
169-04 血紅切腹1伊吹Cb169-04 血紅切腹1伊吹Mc1
169-5) 
169-05 血紅切腹1伊吹Cb169-05 血紅切腹1伊吹Mc1
169-6) 
169-06 血紅切腹1伊吹Cb169-06 血紅切腹1伊吹Mc1
 なお、モデル名はカタログには記載されておりません。解説文もありません。また、これ以前には54年1月号をスタートに3組の切腹写真が発売
されております。

169-7~12) 「血紅使用の切腹擬態寫眞 第二集」
 同月発売の同じく手札6枚組です。
169-7) 
169-07 血紅切腹2伊吹Cb169-07 血紅切腹2伊吹Mc2
169-8) 
169-08 血紅切腹2伊吹Cb169-08 血紅切腹2伊吹Mc
169-9) 
169-09 血紅切腹2伊吹Cb169-09 血紅切腹2伊吹Mc
169-10) 
169-10 血紅切腹2伊吹Cb169-10 血紅切腹2伊吹Mc
169-11) 
169-11 血紅切腹2伊吹Cb169-11 血紅切腹2伊吹Mc1
 169-12) 
169-12 血紅切腹2伊吹Cb169-12 血紅切腹2伊吹Mc1


169-13~18) 「真刀を用いた切腹擬態寫眞」
 同じく54年8月号でのリリースです。ここいら全て6枚組300円。
169-13)
169-13 真刀切腹伊吹Cb169-13 真刀切腹伊吹Mc1
169-14) 
169-14 真刀切腹伊吹Cb169-14 真刀切腹伊吹Mc1
169-15)
169-15 真刀切腹伊吹Cb169-15 真刀切腹伊吹Mc1
169-16)
169-16 真刀切腹伊吹Cb169-16 真刀切腹伊吹Mc2
169-17)
169-17 真刀切腹伊吹Cb169-17 真刀切腹伊吹Mc2
169-18)
169-18 真刀切腹伊吹Cb169-18 真刀切腹伊吹Mc1


169-19~21) 「切腹写真立腹 光沢面薄手印画紙焼付」
 「立腹」たって、別に腹を立てているわけじゃありません。袋には「たち腹」と判を押してあります。1954年11月号で発表された手札サイズの3枚組です。同じページにキャビネの微粒面に焼かれたものも発売されていますが、多分別のコマを焼いたのでしょう。モデル伊吹真佐子嬢で、これも本には記載されていません。
169-19) 
169-19 立ち腹伊吹Cb169-19 立ち腹伊吹Mc1
169-20) 
169-20 立ち腹伊吹Cb169-20 立ち腹伊吹Mc1
169-21) 
169-21 立ち腹伊吹Cb169-21 立ち腹伊吹Mc2


169-22~23) 女性切腹「立腹」(たち)
 これは別の出品者からいただいたもので、袋はついていません。多分略号(たち)だと思います。
 ただ分譲開始は1年もあとの1955年10月号。奇クでは、この号から分譲写真に略号が付くんですね。手札サイズで略号付きは、この(たち)が初めてで、記念すべき作品です。手札2枚組です。
169-22) 
169-22 たち?伊吹01Cb169-22 たち?伊吹01Mc1
169-23) 
169-23 たち?伊吹02Cb169-23 たち?伊吹02Mc1


169-24,25) モデル不明 ・題不明
 古いものには略号なし解説なしモデル名なしというのが多くあります。さて、この大手札形2枚の写真は何なのか?
 一番可能性が高いのが、1956年4月号の「女性割腹譜」大手札2枚組ですね。略号H01となっておりますが、モデルも何もわかりません。
 川合伊都子 甘木春子 愛読者某女 松本奈津子 細川アヤ子 村井知可子 なんてお名前もあがるのですが、どれも違うようです。
 須川令子さんのようにも見えるんですが・・・初めて出られたのが55年10月号。佐賀美智子さんが同11月号からですね。
169-24) 
169-24 甘木?01Cb169-24 甘木?01Mc1
169-25) 
169-25 甘木?01Cb169-25 甘木?02Mc1

 以上で、この頁を閉じます。この後大塚啓子嬢、山原清子嬢が登場します。

 

168) 1965年からの英字組 X組、新Z組、Y組

 前頁の続きで、昭和40年以後に発売された英字組をご覧いただきます。
と申しましても、マゾのM組と50枚組のK組が65年に出た後、68年のX組まで英字組は飛びます。

168-1)  1968年8月号初出 X組百態より
 このブログでは、X組の写真だけで1頁を作ったことがございません。今回も10枚だけです。
X-001 正面強烈亀甲縛 大島照代 (122-11 と同じ写真のように見えます)
X-011 豊満女体の縄目 大島照代 (122-09 と同じでしょうか)
168-01 X001 大島c168-02 X011 大島c
X-038 竹棒責めに悩む 大島照代
X-041 開股縛りの正面 中河恵子 (142-3-1 と同じでしょうか?)
168-03 X038 大島c168-04 X041 中河c
X-050 全裸の女体引廻 中河恵子
X-054 首縄股間縛の女 長井葉津子 (150-11 と同一ですね)
168-05 X050 中河c168-06 X054 長井c
X-075 鉄砲責めの女体 左近麻里子 (106-12 は左近麻里子だったんですね)
X-078 開設の股間縛り 大島照代 (122-10 と同じ写真でしょうか)
168-07 X075 左近c168-08 X078 大島c
X-086 正面の亀甲縛り 左近麻里子
X-099 両手吊で晒す肌 金原奈加子
168-09 X086 左近c168-10 X099 金原c


168-2)  1968年10月号初出 新Z組から9枚
 新Z組も、特別の頁でまとめたことがございません。
Z-003 八の字の開股縛 左近麻里子
  このブログ74頁で、隋心院様からご寄贈いただいたものと同じ写真です。
Z-032 蝋涙責めの熱演 ローズ秋山
168-11 新Z003 左近c168-12 新Z032 秋山c
Z-040 椅子開股羞恥責 左近麻里子
Z-052 作裂する革ムチ 安井喜久子
 これが、新旧間違えて167頁に掲載したものです。こちらに改めます。
168-13 新Z040 左近c168-14 新Z052 安井c


Z-063 股間縛を羞らう 金原奈加子
Z-083 首縄縛りの裸女 佐々木真弓

168-15 新Z063 金原c168-16 新Z083 佐々木c
Z-086 尻挙げ海老縛り 安井喜久子
Z-096 正面全裸柱晒し 長井葉津子
Z-099 尻立て股間縛り 木村洋子
168-17 新Z086 長井c168-18 新Z096 長井c
168-19 新Z099 木村c


168-3) 1971年4月号初出 新Y組から20枚
 新Y組と分類しておりますが、旧は1959年10月の袖珍Y組と申しまして大名刺サイズですので、これは間違うことはございません。
 Y組と73年のSM組、74年のP組は、英字組でもモデルごとにまとめられております。
 新Y組は2008年ごろ、このブログ18頁から29頁にほぼ全数アップいたしておりますので、2重になるのですが、この当時のスキャンは印刷を意識しておらず、無修正で埃だらけです。また印画も悪しきサービスサイズプリントで、黒がべったり乗っており美しくございません。
 それで、こちらの分から全く新しくスキャンしなおしてみたいと思います。

Y-002 開股バイブ責め 三浦純子 (ここからは18頁と2重になっています)
Y-003 尻挙げ開脚責め 三浦純子
168-20 Y002 三浦c168-21 Y003 三浦c
Y-004 二つ折り臀挙げ 三浦純子
Y-006 エビ責め縄猿轡 三浦純子
168-22 Y004 三浦c168-23 Y006 三浦c
Y-007 海老縛り閨責め 三浦純子
Y-008 正面エビ強烈責 三浦純子
Y-013 開股正面逆立責 三浦純子
168-24 Y007 三浦c168-25 Y008 三浦c
168-26 Y013 三浦c

Y023 鏡に映るエビ責 前田真知子
Y027 首縄菱亀甲縛り 前田真知子

168-27 Y023 前田c168-28 Y027 前田c

Y043 強烈二折り責め 谷山久美子
Y044 赤裸の尻を暴く 谷山久美子

168-30 Y043 谷山d168-31 Y044 谷山c

Y053 椅子開股で晒す 谷山久美子
Y055 大の字開股縛り 谷山久美子
Y061 女性自身を晒す 谷山久美子

168-32 Y053 谷山c168-33 Y055 谷山c


168-34 Y061 谷山c

Y066 椅子開股の二人 川路叢子・渡部好美
Y067 連縛双丘の珍景 川路叢子・渡部好美
Y076 点火した蝋燭責 川路叢子・渡部好美

168-35 Y066 川路渡辺c168-36 Y067 川路渡辺c

168-37 Y076 川路渡辺c

Y077 足挙げ正面棒責 川路叢子
Y078 棒縛り羞恥責め 川路叢子

168-38 Y077 川路c168-39 Y078 川路c



 これで、この頁を終えます。

167) 1964までの英字組 旧Z組、B組、E組、A組、G組

 前頁V組やSM組を頒けていただいた方から頂戴したローマ字組の写真です。
 ここでは1964年までに発売された、旧Z組、B組、E組、A組、G組から数点づつをお目にかけます。
 英字組は組・番号と題名しかアナウンスされておらず、よほど特徴的な写真でない限り特定は難しいのです。今回ご覧いただく写真の裏には鉛筆で組番号が記載されておりました。前の持ち主か出版元が記入されたものと思いますが、よほど明確な根拠がないと書けないと思います。

167-01〜06) 旧Z組 3,9,22,50,58番
 昭和38年1月号で発売された、Z組「女体悦虐フォト七十選」です。
Z03 猪型手足吊り   梨花悠紀子
Z09 引き回しシーン  東浦ひかる
167-01 Z003 梨花c167-02 Z009 東浦c
Z22 逆手足吊り    竹野ひろ子
Z50 欄間に宙吊り   梨花悠紀子
167-03 Z022 竹野c167-04 Z050 梨花c
Z52 
  隋心院様、後輩様ご指摘の通り、この写真は新Z組52です。分類が間違っておりました。すみませんでした。→167頁に写しました
Z58 檻の中の緊縛裸身 愛川悦子
167-06 Z058 愛川c


167-07〜11) B組 1,11,12,13,17番
 B組は昭和63年1月号で発売された、〔最新版〕 女体緊縛フォト五十選です。
 B01 全裸エビ責仰向け 関谷冨佐子
 B11 豊満脊部エビ縛り 水本茂美
167-07 B001 関谷c167-08 B011 水本c
 B12 一糸纏わぬ股間縛 水本茂美
 B13 全裸亀甲股間縛り 関谷冨佐子
167-09 B012 水本c167-10 B013 関谷c
 B17 尻突立てエビ責め 水本茂美
167-11 B017 水本c


167-12〜16) E組 14,16,18,85,92番
 昭和38年8月号で発売のE組です。
E014 浴室に覗く股間縛 愛川悦子
E016 両足吊りの短黒褌 愛川悦子 これ、黒褌には見えないんですがね。
167-12 E014 愛川c167-13 E016 愛川c
E018 美しき全裸股間縛 大塚啓子
E085 強烈全裸エビ縛り 東浦ひかる
E092 全裸逆エビ責め  水本茂美
167-14 E018 大塚c167-15 E085 東浦c

167-16 E092 水本c


167-17〜21) A組 4,6,8,12,17番
昭和39年2月号で発売のA組50集から5枚をご覧いただきます。
A004 全裸正面柱しばり 遠藤百合子
A006 全裸手吊りムチ打 遠藤百合子
167-17 A004 遠藤c167-18 A006 遠藤c
A008 乳房責め股間縛り 遠藤百合子
A012 全裸正面強烈縛り 長野良子
167-19 A008 遠藤c167-20 A012 長野c
A017 正面アグラしばり 長野良子
167-21 A017 長野d


167-22〜26) G組 19,50,51,53,94番
昭和39年11月発売のG組100姿集から、これも5枚です。
G019 椅子に縛られた全裸 玉田美佐子
G050 全裸正面強烈亀甲縛 木村洋子
167-22 G019 玉田d167-23 G050 木村c
G051 全裸胴絞め首縄猿轡 木村洋子
G053 全裸後手吊り晒し  玉田美佐子
167-24 G051 木村c167-25 G053 玉田d
G094 全裸アグラ坐り縛り 玉田美佐子
167-26 G094 玉田c


以上で、この頁を終えます。次は1965年(昭和40年から後のX組、新Z組、Y組から数枚づつをお目にかけます。


166) SM組百態 (掘 松本たえ 大塚啓子 荒尾慶子 長井波津子

 SM組は165頁で056までご紹介しました。あと46枚あると思うでしょ。さあどうですか・・・・ 


SM076 バイブ責で悶絶 松本たえSM076 松本たえc
 SM057から075までは持っておりません。この目どこかで見たなー、そうそうアタゴオル。「ますむらひろし」だっけ、作者は。猫の漫画でしたね。

SM077 高々と後手縛り 松本たえSM077 松本たえc




SM078 強烈海老開股責 松本たえSM078 松本たえc

SM079 柱縛り正面晒し 松本たえSM079 松本たえc

SM080 後手両手逆吊り 松本たえSM080 松本たえd


SM081 責められた乱髪 大塚啓子SM081 大塚啓子○c
 この髪型の大塚嬢は初めてです。普通はダウンもショートもアップもわりにキチンとしたヘアで写ってらっしゃるのですが。若干年齢も感じる写真ですね。

SM082 後手縛片足吊り 大塚啓子 SM082 大塚啓子c
 これは、見慣れたボブスタイルです。


SM083 全標柱抱き縛り 大塚啓子SM083 大塚啓子c

SM084 太ロープ首縄責 大塚啓子SM084 大塚啓子c
 首縄ってどこ? ああ一本掛かっているのが半分だけ見えるヤツか。もう1973年でしょう。私が無修正のプレイボーイを見てたのが、1965年ごろなんだから。自慢になりませんけど・・・既にちょっと時代錯誤になってるんですよねー。

SM085 麻縄亀甲綾縛り 荒尾慶子SM085 荒尾慶子c
 プリントとしてはキレイなんですが、どこにピントを合わせようとしたのか?

SM086 喰込む縄股間縛 荒尾慶子SM086 荒尾慶子c
 これも相当ピンボケ

SM100 洋裁生のM姿態 長井葉津子SM100 長井波津子c
 と、突然ここに飛んじゃうんです。
 気を持たせてごめんなさい。この頁に乗せる写真、12枚しか持っていません。
 087から099までは所持していません。欠番多く本当にごめんなさい。



165) SM組百態 (供 鈴木千鶴 深田菊子 三浦純子

 161頁から飛びまして、SM組の真ん中あたりをお見せします。


SM031 縄の痛さに泣く 鈴木千鶴子SM032 鈴木千鶴子c
 SM031と032の袋が入れ替わっていたようです。この写真が032の袋に入っていました。


SM032 浣腸にのけぞる 鈴木千鶴子SM031 鈴木千鶴子c
 そして、この写真が SM031の袋に入っていました。前の持ち主のところで入れ替わったんでしょうね。


SM033 凄絶海老なぶり 鈴木千鶴子SM033 鈴木千鶴子c



SM034 大の字開脚晒し 鈴木千鶴子SM034 鈴木千鶴子c



SM035 棒責め裸女失神 鈴木千鶴子SM035 鈴木千鶴子c



SM036 両足首開脚吊り 鈴木千鶴子SM036 鈴木千鶴子c



SM037 全裸手吊り正面 鈴木千鶴子SM037 鈴木千鶴子c
 題名見て、ワクワク申し込んだ人は・・・アーア白ベタ塗ってある・・・ガッカリ


SM038 エビ責にあえぐ 鈴木千鶴子SM038 鈴木千鶴子c



SM039 艶美椅子に悶ゆ 鈴木千鶴子SM039 鈴木千鶴子c



SM040 全裸緊縛浣腸責 鈴木千鶴子SM040 鈴木千鶴子c



SM041 足の真の温い女 深田菊子SM041 深田菊子c○
 この写真もコントラストがきついです。お化粧もなんですけどね。


SM042 亀甲縛乳房責め 深田菊子SM042 深田菊子d



SM043 足を吊るのは嫌 深田菊子SM043 深田菊子c



SM044 強制開股椅子責 深田菊子SM044 深田菊子e



SM045 交叉した手首結 深田菊子SM045 深田菊子c



SM046 伸びやかな肢体 深田菊子SM046 深田菊子c



SM047 のけぞる両の足 深田菊子SM047 深田菊子c



SM048 開股で見ないで 深田菊子SM048 深田菊子c



SM049 縄猿轡海老責め 三浦純子SM049 三浦純子d



SM050 令夫人緊縛横顔 三浦純子SM050 三浦純子c



SM051 引回された裸女 福井桃子SM051 福井桃子c



SM052 色気発散の脚線 福井桃子SM052 福井桃子c



SM053 さあどうするの 福井桃子 と、SM054 寝乱れたマダム 福井桃子 は写真を持っておりません。

SM055 臀部晒し柱縛り 福井桃子SM055 福井桃子c



SM056 高手小手臀部晒 福井桃子SM056 福井桃子c



一旦ここでおきます。 

164) V組百態 (検V077〜V100

 この頁でV組100枚が終わります。
 さて、この英字組の各写真の名前なんですが、ほぼ7文字に統一されています。1956年のBS組から74年のP組まで、最小は3文字、最大はM組の多くが9文字ですが、M組はマゾ写真ですので受け身表現のため長くなっています。
 68年のX組以降の700枚で申しますと、例外はたった2枚。Y組新百態027の「首縄蓑菱亀甲縛り」とP005の「ブラジャーの乳房」。これ以外はすべて7文字です。
 700枚もの写真の題名をすべて7文字でつける。これは結構すごいことだと思います。変なことに感心すると思われるかと思いますが、これだけの事が出来るなら、赤ちゃんの名付け屋さんが開業できると思いますよ。ホント。

V077全裸一直線開股」福井桃子V077 福井桃子c


V078裏門を開放する」深田菊子V078 深田菊子d


V079「豆絞りの猿轡縛」深田菊子V079 深田菊子c


V080後手胴締股間縛」深田菊子V080 深田菊子d


V081強烈海老責地獄」江口淑子V081 江口淑子c


V082「大の字縛り正面」高村浩子V082B 高村浩子c
 これ、再スキャンした写真です。最初の条件ではおへそが飛んじゃったので、ほこり除去を弱めて再度トライしました。ほこり除去強でやると、スポッティングが楽なのですが、おへそや鼻の穴が時々消えちゃうんです。
 以前、東浦譲のカラー写真で、目が無くなったことがありました。注意していれば弊害はないようですので、便利に使っています。

V083足挙げ強制開陳」高村浩子V083 高村浩子c


V084「海老責の耐久度」荒尾慶子V084 荒尾慶子d


V085「猿轡咽喉輪縛り」三浦純子V085 三浦純子d
 グリップストロボの大きな影が出ています。

V086「後手吊上げ責め三浦純子V086 三浦純子c
 右からのライティングと共に、カメラ左にグリップストロボをセットしたんでしょうか?

V087「羞恥責臀部露出」三浦純子V087 三浦純子c


V088「柔肌に喰込む縄」荒尾慶子V088 荒尾慶子d
 吉田久みたいに影を思い切って暗くしてみるのも一興と思ったのですが、バックがローキーに馴染みませんので、オーソドックスに縄目が読めるぐらいに明るくしました。本当は背中が相当に暗いんです。

V089淫虐に晒す女体」高村浩子V089 高村浩子d


V090マダム開股の図」福井桃子V090 福井桃子d
 ゼンザブロニカがニッコールの80ミリを付けて置いてあります。私の経験ではマミヤC33のほうが、少なくとも黒白は良く写ったように思います。

V091「がっちり後手縛」深田菊子V091 深田菊子c
 階調の素直な良い写真です。深田嬢も可愛いです。

V092「無惨白肌の縄痕」前田真知子V092 前田真知子c
 これは2灯ライティングですが、私を助手に雇ってほしかったですね。左のフラッド球の前でトレペを持ちましたのに。もちろん自分の顔はきちんとモデルさんの方を見ながら・・・ネッ。

V093「妊婦大の字縛り」富田由美子V093 富田由美子c


V094「開脚を強要せよ」富田由美子V094 富田由美子d
 おへその出具合からして、7か月ぐらいでしょうか? 軟調にしてお顔を明るくしました。

V095引回される妊婦」富田由美子V095 富田由美子c


V096「強烈麻菱縄掛け」前田真知子V096 前田真知子c


V097「股間縛の引回し」江口淑子V097 江口淑子d


V098「正座する股間縛」荒尾慶子V098 荒尾慶子c


V099荒縄後手二つ折」前田真知子V099 前田真知子c


V100「椅子開股羞恥責」前田真知子V100 前田真知子e
 最後を飾るにふさわしい美しいモデルさんですが、左下のライトと右上のとで、濃い影が2本出てしまい、黒の首縄みたいに見えてしまいました。
 下唇の影がくっきりしているのはスキャン条件のためで、後ほど柔らかく直して差し替えます。差し替えました。
 それではV組を終えます。


 

163) V組百態 (掘V053〜V076

 155頁にV組をご紹介してから1年以上になります。我ながら気の長い話です。V052までご覧いただきましたので、その後の分をここに掲載いたします。
 実は私、この頃の奇クのプリントは嫌いなんです。特に江口淑子嬢の写真などに顕著なのですが、スキャンのスペクトルで見ますと、白黒両端に片寄っていて、真ん中が欠けている。大切な中間調の階調が希薄で、明暗両端部の情報はベタ黒か白トビしているんです。ネガにはもっと豊富な情報が入っているはずなのに、プリント時に切り捨てられて情緒のない印画紙になっています。
 一つには、トレペやレフを使わない、裸のフラッドランプ照明の所為もあります。女性を撮る照明としては硬過ぎるんです。奇クの写真にはアシスタントを使った形跡がありません。ですから、縄や電線や小物が散らかしっぱなし。それは臨場感があると言うことでごまかせても、せめて障子や襖をレフ代わりにすることは出来なかったのか? と思います。
 でも、多くはDPの問題です。万博でネガカラーの写真が増えたため、1970年以降、黒白DPは安く売ることが第一となり、30切、E版、L版など機械化されて、プリントの質は無視されました。印画紙は2号中心のマルチグレードと言えば聞こえがいいが、実はグレードの変化なんぞ起こりえないような自動露光の設定。フォーカスもいい加減で、ハーフサイズなどネガの種類を変える時だけチェックする程度。EEと言われた当時のカメラが、そこそこの精度で良いネガを作ってくれているのに、DPはそれを生かしていなかったのです。
 奇ク分譲写真の原版は6×6ですし、以前からお付き合いのある写真屋さんでしょうから、いささかはマシだったでしょうが、時代の波だったんでしょうね。

V053 「両手両足開責め」 三浦純子V053 三浦純子c
 

V054 「剃毛責めの結果」 荒尾慶子V054 荒尾慶子c
 俯せの顔が真っ暗でした。それをトーンカーブをいじって出来るだけ描出しましたが、その分肌の質感がヌメッとしてしまいました。

V055 「人の字型羞恥縛」 江口淑子V055 江口淑子c
 

V056 「浴室での浣腸責」 江口淑子V056 江口淑子c
 これも極端に顔が暗い写真。いわゆるイス型のトーンカーブにして顔とわかる程度には再現しましたが、そうでないと単なる真っ黒ののっぺらぼう。
 左下手前にレフ板ぐらいは使って欲しいですが、当時はベニヤ板に模造紙を貼って助手に持たせる程度しかできなかったのかなー。

V057 「股間に喰込む麻」 深田菊子V057 深田菊子c
 スベスベのお尻ですね。これも修整作業のなせる業です。

V058 「浣腸責めのあと」 福井桃子V058 福井桃子c
 このかたの顔も写真写りが悪い。この当時写真電球はブルーフラッドじゃないと思うんですが、まるで昼光色電灯を使ったみたいに、お顔のシミみたいなのが目立っちゃいます。これもカーブをいじって、それらしく修整してみました。
 浣腸の後か先かは分かりませんが、まあ想像力を逞しくした後、ご自身の趣味の問題ですね。

V059 「黒髪前に垂れる」 福井桃子V059 福井桃子c
 これで精一杯です。硬い印画で往生しました。

V060 「スナックで縛る」 福井桃子V060 福井桃子c
 スナックかどうかは、この写真じゃわからないです。実は、どちらが床でどちらが壁かすら分からなかったんですから。

V061 「喰込む股間縄責」 江口淑子V061 江口淑子c


V062 「責めに呻くM女」 高村浩子V062 高村浩子c
 この柱、集成材じゃないですが、敷居との間がずいぶん雑な細工ですね。ラブホテルの内装としても少しお粗末かな?

V063 「片足挙げ開股縛」 江口淑子V063 江口淑子c
 ちょっと軟調にしすぎたか? 加減の難しいところです。

V064 「菱縄悲し女泣く」 江口淑子V064 江口淑子c
 これはまあ、無難な写真です。エッ、猿轡があるからですって? 失礼な!





V065 「M女を責め尽す」 前田真知子V065 前田真知子c
 顔はピンボケですが、アレッ? どこにもピントは合っていませんね。



V066 「引回される全裸」 江口淑子V066 江口淑子c
 いいピントで階調もそこそこなのですが、何故かお口の周りにヒゲがあるように思えて・・・

V067 「尻立蝋燭悦虐責」 福井桃子V067 福井桃子c
 足の間に挟んでいるのが蝋燭ですか? 曲がっていませんか? 何に使ったんでしょうか? オケケ隠しならもう少しマシな方法がありそうですが・・・

V068 「羞恥責を待つ女」 深田菊子V068 深田菊子c
 袋に組番号が記されていなかったら絶対に特定できないような題名ですね。顔をかなり明るくしました。

V069 「凌辱に捧げる体」 高村浩子V069 高村浩子c


V070 「剃毛の女体展開」 荒尾慶子V070 荒尾慶子c


V071 「被縛者のマダム」 江口淑子V071 江口淑子c


V072 「縄の山と浣腸器」 福井桃子
 写真抜けてます。

V073 「強制足挙臀部晒」 高村浩子V073 高村浩子c


V074 「厳重菱縄緊縛責」 江口淑子V074 江口淑子c


V075 「両手両足吊り責」 江口淑子V075 江口淑子c


V076 「白肌に喰込む縄」 荒尾慶子V076 荒尾慶子c
 すっきりした美しい写真なのですが、1灯ライティングで顔が暗いです。カーブをいじって影の部分を相当に描出しました。レフ版である程度は直ったと思います。また後ろの縄束は片づけておきたいところです。
 この頃ですとアマチュアながら私も相当に写真を撮っていましたので、ご一報いただければ助手を務めさせていただきましたのに・・・。
 これにて、この頁はおしまい。



 

162) 四馬孝 倒錯美絵画集 (しえ)(えほ)(えは)

 東京へお移りになった美濃村晃氏に関連するとIMG_0411b思われる写真アルバムの中に、15枚だけ奇クの分譲写真がございました。それが四馬孝氏の絵を写真複写した大キャビネ版のものでしたので、ご覧いただきたいと存じます。
 最初に四馬氏の絵に接したのは、もちろん奇ク誌上でしたが、ゴムや革の質感が良くて、すぐにハマってしまいました。たしかネットで、絵物語のようなものもあって、ダウンロードしたと思います。
 しかし絵そのものは、心理分析に使う絵のような気持ち悪い目つきに感じられて、あまり好きではなかったですね。その後多摩敏郎などのペンネームで他誌にもお描きになられましたが、少しずつ目つきがマイルドになります。今回掲載した時期では、すでに柔らかくなってきております。

162-01) しえー1 「踊り子の浣腸」162-01 司馬孝しえ1 踊股の浣腸 c
 1964年5月号でアナウンスされました(しえ)の1枚目です。解説は「両手と片足を天井から吊られて奇妙な格好のままイルリガートルから浣腸される踊り子。」となっております。



162-02) しえー2 「ヒマシ油」
162-02 司馬孝しえ2 ヒマシ油 c
 「足をバタつかせても縛られた上にヒマシ油を無理に飲まされて、このあとに来るものが恐ろしい。」



162-03) しえー3 「迸しる浣腸液」
162-03 司馬孝しえ3 迸る浣腸液 c
 「ガラスポンプからグリセリンの原液が腸内へ送り込まれると激しい便意が身をさいなむ。」




162-04) しえー4 「浣腸用責衣」
162-04 司馬孝しえ4 浣腸用責衣 c
 「お尻のところだけが、ぽっかりと口の開いた奇妙な責衣。液を流しつつゴムが尻に近づく。




162-05) しえー5 「両足吊り浣腸」
162-05 司馬孝しえ5 両足吊り浣腸 c
 「このポーズだったら、イルリガートルの液は、もういくらでも体内に流れ込むだろう。」




162-06) えほー1 「弓吊りローソク責め」
162-06 司馬孝えほ1 弓吊りローソク責めc
 1965年1月号誌上で紹介されました、「女体吊責め特集」(えほ)大中判5枚組の最初です。
 「両手と両足をそれぞれ左右に振り分けて弓なりに反るようにつられた女体の背中には、数本の火のついた蝋燭が立てられている。」と解説されています。写真もこれくらい丁寧にご説明いただければ、もっと自信をもって特定できるのですが。

162-07) えほー2 「エビ縛りの吊り」
162-07 司馬孝えほ2 エビ縛りの吊り c
 「揃えて括られた両足首が顎につくほど折り曲がったエビ縛りのまま背中と鼻の先とで宙高く吊り下げられた女性の嗜虐的な美しさ。」


162-08) えほー3 「股間縛り吊り」
162-08 司馬孝えほ3 股間縛りの吊りc
 「一本の棒のように頭から足首までガンジガラメに縛られた女体のタテに掛った股間縛りの縄で高々と吊り上げた素晴らしい吊責め。」
 このあたり、複写したカメラのせいでしょうか、少しピンボケです。

162-09) えほー4 「下の先吊り」
162-09 司馬孝えほ4 舌の先吊り c
 「炭火がカンカンにおこった石油缶の上に両手を吊られた美女の舌の先を挟んでじりじりと吊り上げてゆく。上と下が同時に責められて、尚美しさを失わぬ女性。」
 何やら力学的に無理のあるポーズですね。


162-10) えほー5 「鼻孔吊り」
162-10 司馬孝えほ5 鼻孔吊り c
 「太いシュロ縄で後手首縄股間縛りで吊られた美女の鼻孔に通した鐶を吊って、女の顔を上へ向かせる素晴らしいシーン」


162-11) えはー1 「鼻をなぶる」
162-11 司馬孝えは1 鼻をなぶる c
 同じく1965年1月号で発表された(えは)です。次の2月号を最後に奇クからグラビアが消えるんですね。
 解説は「いい格好の鼻だなあ、と両手の自由のきかない美女の顔を左手で抱え込んで、右手の指で女の鼻を粘土細工のように弄ぶ。」
 前の持ち主は鼻フェチだったんでしょうか?


162-12) えはー2 「鼻毛を抜く」
162-12 司馬孝えは2 鼻毛を抜く c
 「美しい女の鼻の穴を上に向けさせて一本一本楽しみながら、ゆっくり鼻毛を抜いてゆく。これで五本だなあ、あと何本抜けるか。」

162-13) えはー3 「口中をほじくる」
162-13 司馬孝えは3 口中をほじくる c
 「可愛いい子だ、おとなしくしているんだよ。禿頭の男は棒の先で美女の口中をさぐる。可愛いい舌に真白い歯。咽喉の奥まで老人の触手は隈なく腔中をほじくる。」って、これは本当の変態だ。

162-14) えはー4 「泥絵具の顔」
162-14 司馬孝えは4 泥絵具の顔 c
 「お前の美しい顔は、俺のカンバスだ。白いすべすべした女の命である顔面に、男の手にしたチューブから赤い泥絵具がべっとりとつけられる。鼻から口にかけて。」

162-15) えはー5 「ラーメンを食わす」
162-15 司馬孝えは5 ラーメンを食わす c
 「仰向けに縛られた美女の顔の上に、男は箸に挟んだラーメンをのせる。口から溢れて鼻の穴へまで入りこんでゆく。」
 以上、15枚を終えます。

 もう一言。私、奇クのモデル撮影の分譲写真はデータベースにしておりますが、絵画の分譲写真は飛ばしておりました。今回整備し始めましたが、バックナンバーをよく見ておいたものだと思っております。
 入手時から組名をスタンプした茶封筒に5枚ずつ入っておりましたので、それが正しいものだと思い込んでスキャンしておりました。ところが、封筒がズレて納められていたんですね。組名を取り違えるところでした。組さえ間違わなかったら、1枚1枚の写真の題名は詳しくアナウンスされていますので、矛盾なく同定できます。でも、組名を取り違えていたら、ずいぶん悩んだろうと思います。何事も急がば回れですね。

161) SM組百態 (機 玉木章子 江口淑子

 皆様、残暑お見舞い申し上げます。今年は台風一過で猛暑に突入しました。猛暑DSC01604の割には北日本を中心に日照時間が少なく、農産物の実りに影響が出そうとのことです。福島産のモモや新潟・秋田・岩手などのお米のお味と産量はどうなるのでしょうか?
 さて、お盆に入り新しいページを作りたいと思いまして、昨年入手いたしました、オーセンティックのSM組をお目にかけます。
 昨年9月開始したV組百態(現時点でV52まで公開)と同時入手の品で、右の写真のように1枚1枚番号印を押した封筒に入っておりました。
 SM組は1973年2月号でアナウンスされました。この後翌年のP組で終了となります。SM組は、それまでバラバラであった順番がモデルさんによってまとめられており、SM001から020が玉木章子嬢。021から030が江口淑子嬢です。もうこのころには、奇ク記事内に「嬢」という敬称は使われておりませんが・・・。

SM002「柱に晒す全裸女」玉木章子SM002 玉城章子c
 所持品では、最初に数点と最後のほうに欠品がありますが、まあ8割がそろっております。
 ちょっと構成を変えて、写真を右詰にしてみました。また、手違いでSM010まで400dpi.でスキャンしてしまいました。以後は300dpi.に戻しております。

SM005「菱縄縛りに泣く」玉木章子SM005 玉城章子c


SM006「右足挙げ柱縛り」玉木章子SM006 玉城章子c
 今まで無かった白ベタによる局所修正がSM組から施されております。オリンピック・万博など日本も国際化され、海外雑誌が持ち込まれる事も多くなってきました。他のSM誌を見てもポーズが過激になってきております。11PMなど深夜テレビやロマンポルノなどの影響もあったでしょうに、まだオケケはご法度だった時代ですね。

SM007「日陰の女の羞恥」玉木章子SM007 玉城章子c


SM008「開股責めの正面」玉木章子SM008 玉城章子c
 このポーズは今までの奇クでは無かった。パンティー穿いてたか、布をかけてたか、縄で隠していたかでしたね。
 この白ベタ、多分6×6のネガのフィルム面にマジックで塗ったんだと思います。もったいないですね。

SM009「八の字開脚責め」玉木章子SM009 玉城章子c


SM010「乳房縛り真正面」玉木章子SM010 玉城章子c


SM011「開股縛りの強要」玉木章子SM011 玉木章子c
 なかなかソソる題名ですが中身は大したことない。

SM012「正座正面晒縛り」SM012 玉木章子c玉木章子


SM013「バイブ責め姿態」玉木章子SM013 玉木章子c
 バイブなんて・・・ああ背中にちょっと顔出してるやつ? これで「責め」かな? 背中のマッサージでしょ。「ああソコソコ。気持ちいい」って、意味が違うんじゃないの?

SM014「絶叫!開脚責め」玉木章子SM014 玉木章子c
 白ベタももう少し丁寧にやってもらいたいですね。デリカシーに欠ける。これじゃ「塗下手」

SM015「手吊り足吊り責」玉木章子SM015 玉木章子c


SM016「臀部からの苛虐」玉木章子SM016 玉木章子c
 何か題名と合ってないような気がします。

SM017「正面で足を開く」玉木章子SM017 玉木章子c


SM018「卓上の開股痴態」玉木章子SM018 玉木章子c


SM019「縄は女を泣かす」玉木章子SM019 玉木章子c
 


SM020「強烈縛りに開脚」玉木章子SM020 玉木章子c


SM021「強烈海老責縛り」江口淑子SM021 江口淑子c


SM022「鞭打ちにもがく」江口淑子SM022 江口淑子c


SM023「強制する開股責」江口淑子SM023 江口淑子c


SM024「辱恥をさらける」江口淑子SM024 江口淑子c


SM025「奴隷の誓を開陳」江口淑子SM025 江口淑子c
 なんかよく分からない題名ですが、まあ、これだけ数があればねー。

SM026「排泄姿態の強制」江口淑子SM026 江口淑子c


SM027「耐久カガシ責め」江口淑子SM027 江口淑子c
 たしかに、これは少々苦しかろう。

SM028「排便姿態で縛る」江口淑子SM028 江口淑子c
 026のサイドヴァージョン。

SM029「欄間に晒す開股」江口淑子SM029 江口淑子c
 ホテルの部屋にこういう装飾があるんですね。これを利用した開股縛りを時々見かけます。

SM030「笞で強要の汚辱」江口淑子SM030 江口淑子c
 笞って・・・ああ上から垂らしてある猫じゃらしみたいな紐ですか?
 これで、この頁を終えます。




   

160) 白表紙時代のモデル達(供忘寛貳智子、中塚文子、益田房子

5月7日。156頁 V組百態(供砲房命燭鬟▲奪廚靴泙靴拭J擦擦討翰ください。
同日、このページも佐賀嬢の分を終えました。
たおやめ様から、159頁19〜21は、中塚文子嬢とのご教示をいただきましたので、整理の都合上こちらに移します。
156頁。2017.7.14にV37からV52までを追加し終了しました。ご覧ください。

 前頁の写真が30葉を越えましたので、佐賀嬢、益田嬢は此方でお目にかけます。

160−1〜5) 佐賀美智子嬢 五枚
 佐賀嬢は1956年6月号が奇クグラビアデビューで、「曼荼羅華の萌芽」という訳のわからないタイトルが付いています。 見渡しても花も紅葉もないトイレの前の写真で、どういう意味で付けたのか分からない。 続いて7月号グラビアの「凝視」も同じ浴衣を着ています。
 佐賀嬢の分譲写真は55年11月にキャビネ版2組が出ていますので、写真販売のほうが早かったんですね。発禁や自粛やらで白表紙時代は活動が難しかったんですね。

 写真は手札版五枚組。 56年8月号で発売になった、
DS06「首縄万華」でしょうか? 解説は、「すらりと伸びた八等身の裸身にきびしく掛った胸の縄、そして首の縄、後手の手首を下げれば首が締まるし、首縄をゆるめようとすれば、後手は高々と持ち上げねばならない、その苦痛と醍醐味。」 仏教由来の難解な言葉がやたら出てくるのですが、新興宗教にでもハマッタのかな?    
 
159 佐賀美智子12Mc159 佐賀美智子13Mc
159 佐賀美智子14Mc159 佐賀美智子15MBc

159 佐賀美智子16Mc

160−6〜8) 佐賀美智子嬢 ES06? 腰巻き写真
 「腰巻き」とはっきり書いてあるのが、ES06しかないので、そうかなと思うのですが、これは2枚組なんです。どこからか1枚混じり込んでいるのですが、BS組やR組にはそれらしいタイトルがありません。一応ES06の解説を書いておきます。  
 略号 ES06 タイトル「あわや寸前」 大手札2枚組 解説は「腰巻一枚にむかれて、後手猿ぐつわ、その腰巻もお臍の下まで引きむしられて、今まさに、ぱらりと落ちん風情、然し両手のきかぬ悲しさ、只腰をくねらすばかり。」

160 佐賀美智子41Mc160 佐賀美智子42Mc

160 佐賀美智子43Mc


160−9〜10) 佐賀美智子嬢
 1956年12月号でアナウンスされた、ES01のうちの2枚かなと思っています。表題は「ヌード緊縛集」解説は「珍しく全裸となった美智子嬢が寝台の上に仰向けになって頭を床の方へ下げて顔を逆さのまゝ正面向いて胸に締った縄に苦痛の表情よろしき悦虐ポーズ、他の二枚も共に寝台上のヌードのポーズ」というものですが・・・。うぐいすの身をさかしまに・・・ってのがありましたかね? 他の二枚なんて分かるわけがない。 
 60年前の写真ですが状態は非常に良いものです。わずかにセピアがかっているのですが、非常にきれいです。イーゼルの所為で完全な長方形じゃないのですが、伸ばしボケもなく、丁寧にプリントされています。1枚1枚手焼きで処理されたので、未だにきれいな状態を保っているのだと思います。

160 佐賀美智子09-44Mx160 佐賀美智子10-45Mc


160−11〜13) 佐賀美智子嬢 
 お尻が「帆立貝」になっていますので ES10 かと思ったのですが、さるぐつわはしていません。すると同じく12月号でアナウンスされた ES07かな? 表題は「剥れたズロース」。解説は「くるりとお尻をめくられたメリヤス製の白のズロースは、いやいやという哀願もものかわ、膝頭から足首へと、一本の棒のように丸められて剥れてゆくのだった。後手のまゝ身悶える佐賀嬢のポーズは五枚とも、まさに天下一品」
 どうもよくわかりません。


160 佐賀美智子11-46Mc160 佐賀美智子12-47Mc

160 佐賀美智子13-48Mc


160−14〜21) 佐賀美智子嬢 
 括っている紐が同じでポーズが似ているのでひとまとめにしてアップします。
 「
メリヤス製の白のズロース」が、脚の周りにまとわってます。今ならダサい、色気ない、の一言ですが、当時は結構ソソる下着だったんでしょうか? 
 
160 佐賀美智子14-49Mc160 佐賀美智子15-50Mc160 佐賀美智子16-51Mc

160 佐賀美智子17-52Mc160 佐賀美智子18-53Mc

160 佐賀美智子19-54Mc160 佐賀美智子20-55Mc160 佐賀美智子21-56Mc



160−22〜24) 中塚文子嬢

 159−19〜21)浴室3態  須川令子嬢 が、中塚文子嬢の間違いでしたので、こちらに移します。
 AS02「浴室の緊縛プレイ」と思ったのですが、DS07「浴室股間縛」3枚組でした。解説は「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」となっています。

159 須川令子24Mc159 須川令子25Mc159 須川令子26Mc

 以上3枚で中塚文子嬢を終えます。 159頁の該当部分は削除します。


160−25〜29) 益田房子嬢 (ふさこ)「ヌード縛り5態」

 続いて益田房子嬢をご紹介します。益田嬢も中塚嬢と同じで、略号の組は3種だけですので特定は楽です。
 (かな)による略号は、1955年にもありましたが、本格的に使われたのは57年からでした。これは58年12月の発売ですが、3文字の略号となっており、まだ統一されてはおりません。
 略号(ふさこ) 解説は「全身くまなく見る人の前にさらけ出した大胆なポーズ。」


160 益田房子01Mc160 益田房子02Mc

160 益田房子03Mc160 益田房子04Mc

160 益田房子05Mc


160−30〜32) 益田房子嬢 (くもん)「寝室の苦悶」

 同月発売の3枚組(くもん)。 解説は「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 となっています。

160 益田房子06Mc160 益田房子07Mc
160 益田房子08Mc

 これでこのページを終えます。









159) 白表紙時代のモデル達(機某楡醂畛

啓蟄を控え、少しばかり温かくなって参りました。私も布団を抜け出してモソモソ動き出そうかなと思っております。この頁は最近入手した1960年頃の写真を掲載致します。
最初に、奇クが白表紙になってから登場したモデルさんから、須川令子嬢、佐賀美智子嬢、益田房子嬢をご覧に入れます。
このお三方、体型やメイクが良く似てらっしゃるので混乱します。特にミディアムショートのヘアスタイルと眉毛の書き方がそっくりで間違えやすいのです。勘違いがございましたらご指摘下さい。
保存状態が良く、褪色の少ない写真が多いのでカラースキャンは添付しませんが、こんな感じでした。
 159 須川令子00Cb
1ページの画像数が多くなりすぎると、蘊蓄が傾けにくくなりますので、このページは須川嬢だけにして、佐賀・益田両嬢は次に廻します。引き続きお楽しみ下さい。  

159−1〜5)須川令子嬢
須川嬢は55年10月号グラビアデビューと思いますが、この写真は56年6月号「私室でのプレイ」や9月号「緊縛フォト二題」に関係する写真で、同年発売のAS,CS,DS,ESのグループと思われます。ただ、そのグループなら大手札の筈なのですが、これは手札サイズです。画像は上記左上のように、極端にフラットグレーな写真でした。 
 
159 須川令子01Mc159 須川令子02Mc

159 須川令子03Mc159 須川令子04Mc

159 須川令子05Mc


159−6〜8)須川令子嬢かどうか?
良くわからない写真です。上と同じ手札型で同様にフラットな印画ということでスキャンしました。特に159-8は別モデルの可能性が高いと思います。このバタフライはどなたかが着用していたと思うんですが。
 
159 須川令子06Mc159 須川令子07Mc

159 須川令子11Mc
随心院様 たおやめ様から、熱心なご教授をいただき感謝しております。でも、この写真を須川令子嬢とするには、何か不安なんです。
もちろん私も須川嬢だと思ったからここに掲載したのですが、6はともかく7と8はちょっと違うように思うのです。7は15に比べてお尻が少し垂れ気味のように見えます。8のバタフライは次のページでお目にかけます益田嬢が使われたものです。でも、着衣は、赤黒パンティーとして101ページに掲載しましたように、使い回しされていることもあります。決め手にはならないんですが何となく・・・。

159−9〜11)多分須川令子嬢
同様に手札型のフラットな写真です。3枚以上の組を精査すれば組名の見当が付くかも知れません。 
159 須川令子08Mc159 須川令子09Mc

159 須川令子10MBc


159−12〜13)須川令子嬢 セーラー服
ここからは大手札版となります。分譲写真としては56年4月号のAS-07組「セーラー服哀歌」3枚組のうちか、R-012「女学生制服しばり」あるいはR-094「女学生のしばり」が候補になります。 
 
159 須川令子17Mc159 須川令子18Mc


159−14〜18)トイレ5態 (AS05)? 須川令子嬢
1956年4月号初出の(AS05)大手札型の5枚組と思われます。本ブログ108ページと重なります。    
159 須川令子19Mc159 須川令子20Mc

159 須川令子21Mc159 須川令子22Mc

159 須川令子23Mc


159−19〜21)160頁に移動
 浴室3態  須川令子嬢ではなく、中塚文子嬢と判明しましたので、160頁に移動しました。

159−22〜29)床の間のある緊縛  須川令子嬢
組名は良くわかりません。108-12) あたりでご紹介したものの類似です。12枚あるのですがとりあえず8枚で一服します。1957年1月号の "ADESUGATA" 60年11月号の「小百合さんの夢見る自画像」などの関連写真です。159-24,26,27 等の写真は細かい汚れが無数に着いており、取れませんでした。
159 須川令子27Mc159 須川令子28Mc

159 須川令子29Mb159 須川令子30Mc

159 須川令子31Mc159 須川令子32Mc

159 須川令子33Mc159 須川令子34Mc
 


159−30〜33)床の間のある緊縛  須川令子嬢
上の続きです。   

159 須川令子35Mc159 須川令子36Mc

159 須川令子37Mc159 須川令子38Mc


159−34〜35)床の間のある緊縛  須川令子嬢
さらに2枚。これで本ページを終わります。収録画像数が30を越えました。佐賀美智子嬢、益田房子嬢は次のページでご紹介致します。
159 須川令子39Mc159 須川令子40Mc
  









158) 1954年の切腹写真

 ご縁というものは不思議なもので、V組、SM組ほぼ全数という貴重な資料を頂戴しましたのを契機に、ネットオークションなどでたて続けに新資料を入手出来ました。過去の重複を含めて、あっという間に500枚近くの写真が増えた計算になります。
 あれもスキャンしたい、これもアップしたい、川端嬢もまだ残っていると、あれこれ手を付けておりますと、写真がバラけて参ります。それで、空ページのみ作っておいて、中味は少しずつ埋めていこうと考えました。
 ここでは、1954年(昭和29年)に発売されたと思われる、切腹写真を、無修正カラースキャンの分よりお目にかけます。B&W修整分は追い追い追加致します。


 ご縁というものはさらに不思議なもので、次から次へとご紹介をいただき、奇譚クラブと風俗草紙などの写真をまたまた頂戴致しました。その中に同時代の切腹写真が6葉混じっておりましたので追加致します。6葉の内1枚は既掲出と同一のようですので、5葉を追加致します。
 私も断
捨離の年齢に近づいておりますが、惚ける前にコレクションを次世代に伝えなくてはと思っております。


158-0) 奇クの紹介ページ
158-奇ク1959/10c 奇譚クラブ 1954年10月号のオフセットページに「女性切腹画2題」として、靱和仁古の名で絵画と「切腹擬態写真」一葉が掲載されています。
 一方、同年1月号では「女性切腹姿態 第一集」 手札6枚組が発売、解説は「熱烈な要望により、川合伊都子さんから送られた写真を参考にして新に撮映したものを加えてこゝに第一集を発表した。切腹マニアの一見を希望する。」となっております。切腹マニアから、絵や写真の提供を受け、それを元に写真撮影したという意味でしょうか? 真実そうなのか、悪書に眼を光らせている官憲への方便なのか、私には判りません。
 左側の絵は、村田嬢や萩嬢に似ていますね。



158-01〜03) モデル不明
 158-00 の「切腹擬態写真」の同モデル同時撮影分です。髪飾りに特徴がありますが、モデルは誰でしょうか。
 B&Wの修整したものをアップ致します。'16 10/23
 ところで、このモデルさんどなたでしょうね? バレッタとでも言うのかな?髪の毛のアクセサリーが特徴的です。この時代としては清楚な娘さんに見えます。   

158 切腹13??Mc158 切腹13??Cb

01-B) 追加します。ずいぶん白キズの多い写真でしたが、追加分としてはマシなほうです。  
158 切腹13B2??Mc158 切腹13B??Cb

01-C) これも追加します。
158 切腹13C2??Mc158 切腹13C??Cb


02) これは既掲出分です。
158 切腹14??Mc158 切腹14??Cb
 なお、新たに入手した写真の内一枚は、これと全く同じ原板から焼かれたもので、状態も良くなかったので割愛しました。

02-B) 追加します。随分ひどい痛みかたで、特に眼の部分に十字型に大きな傷がついており修復すると顔の相まで変わってしまいました。 
158 切腹14B2??Mc158 切腹14B??Cb

03) これは既掲出分です。
  
158 切腹15??Mc158 切腹15??Cb



158-04〜09) 伊吹真佐子嬢 
 手札サイズの切腹写真は、冒頭のものを除き次のように発売されました。
  5月号 「女性切腹姿態 第二集」(6枚組)
  8月号 「血紅使用の切腹擬態寫眞 第一集/第二集」(各6枚組)
       「真刀を用いた切腹擬態寫眞」(6枚組)
  11月号 「切腹写真立腹 光沢面薄手印画紙焼付」(3枚組)
 その後は白表紙時代、55年10月号で「女性切腹『立腹』(たち)」2枚組となっております。
 この伊吹嬢の6枚が、上記のどれに当たるのかは全く判りません。広告にはモデル名が全く出ていないからです。皆様のご意見をお聞かせいただければ幸いです。

158 切腹01伊吹Mc158 切腹01伊吹Cb


158 切腹02伊吹Mc158 切腹02伊吹Cb


158 切腹03伊吹Mc158 切腹03伊吹Cb


 3枚アップしたところで、ちょっと一服です。
 姿勢が崩れているので、上品さも気品もありません。正統的切腹マニアのかたからは嫌われそうな写真ですね。
 カラースキャン分をご覧いただくとお分かりでしょうが、画像の劣化激しく、数多くのホコリが付着しておりました。とりあえず2枚は黒白での修整分をご覧いただきますが、一枚の修整に一時間以上かかっております。そんなわけで作業遅々として進んでおりません。
 でも、こうして改めてみますと伊吹嬢ってお肌がなめらかで美しいかたです。「化粧をすればするほど変になる」モデルさんらしいのですが、化粧しなければ美人です。
 (09 の修整分を追加しました 12/29) 07、08が特に状態が悪く、1枚の修整に2時間近くかかりました。だんだんバカらしくなって、周辺のバック部分はこだわらないことにしました。    
 
158 切腹04伊吹Mc158 切腹04伊吹Cb


158 切腹05伊吹Mc158 切腹05伊吹Cb


158 切腹06伊吹Mc158 切腹06伊吹Cb



158-10〜12) 村田那美子嬢   
 多分、村田嬢で間違いないと思っていますが、私の見違えかも知れません。何しろこの当時この髪型が流行ったのか、村田嬢、萩嬢その他何人かのモデルさんが、角度によって同じに見えてしまうのです。 
 
158 切腹07村田Mc158 切腹07村田Cb

10B) 村田那美子嬢 追加します
 
  
158 切腹08B村田Mc158 切腹08B村田Cb
11) 既掲出分です 
158 切腹08村田Mc158 切腹08村田Cb


158 切腹09村田Mc158 切腹09村田Cb

12B) 村田那美子嬢?追加します
 村田嬢と思うのですが少し自信がありません。
 
158 切腹09C村田Mc158 切腹09C村田Cb

158-10〜12) 坂口利子嬢
 最後は、これまた推量ながら、坂口利子嬢だと思います。

158 切腹10坂口Mc158 切腹10坂口Cb


158 切腹11坂口Mc158 切腹11坂口Cb


158 切腹12坂口Mc158 切腹12坂口Cb   

 (’16.12.30) 今年も残り少なくなって参りました。切腹写真15枚。これで終了です。
 いやー、苦労しましたー。 キズ、汚れ、カビもそうなんですが、それ以上に銀塩沈着とでも申しましょうか、印画紙の薄い陰の部分まで、析出した金属銀で真っ黒に出てくるのです。明るい部分は飛んでしまい、暗い部分は真っ黒にというわけで、トーンカーブを調整して軟調に仕上げましたが、スペクトルは2本の角のような感じのままです。 肌の汚れた部分は修整と言うより描いているって感じ、画面周辺部の汚れなんて取る気にすらならない。
 それでは皆様、良いお年を・・・・


  (’17.02.05) 節分を過ぎて5枚アップ致しました。   

157) 一宮百合子 美木乃々子 刑部典子 アルバム

 一宮百合子嬢の写真について表題だけでコメントをいただきましたので、早急に揚げねばなるまいと思い、とりあえずあるものをご覧いただきます。
 1966年8月号でアナウンスされた(るり)5枚組「股間縛苦悶表情集」全てと、(るれ)4枚組「逆エビ強烈縛り」中2枚です。
 その後、美木乃々子の(ぬへ)5枚組と続きます。
 そうそう、これらの写真ですが、フエルアルバムに貼り易くするために、周辺をカットしてあります。そのため縁なしになっていますので、こちらも縁無し写真としてスキャンしております。変形写真も出て参りますがご容赦下さい。
11/27に13〜16をアップしました。   


157-01〜05) 一宮百合子(るり)5枚組「股間縛苦悶表情集」
 「股間縛りの裸身を動かされることによって起る縄目の苦痛を、その全身と顔面の表情に現した美しい悦虐の模様。今や彼女はこぽれんばかりの色気を全身に湛える。」 と解説されています。  

157 一宮百合子 るり001c157 一宮百合子 るり002c






157 一宮百合子 るり003c157 一宮百合子 るり004c

157 一宮百合子 るり005c157 一宮百合子 るり005d

 この05だけちょっと柔らかく細工してみました。印画が硬くて女性の顔の滑らかさ、柔らかさが出てなかったからです。ブラの刺繍模様が再現できていないのも気になりました。しかし、ほぼ純白で元の印画でも見分けが付かない模様なんて、後でどんなにいじっても出てきませんでした。右左、どちらがいいでしょうか?

157-06・07) 一宮百合子(るれ)4枚組「逆エビ強烈縛り」中の2枚
 「両手を後手に高手小手に縛りあげられた縄尻を背中から足首に連結されて引絞られると、身体の前面が全く無防備にさらけ出されて縄もちぎれよともがき抜く。」 のうちの2枚です。

 解説文そのままの写真が抜けているようです。  
157 一宮百合子 るれ006c157 一宮百合子 るれ007c


157-08〜12) 美木乃々子(ぬへ)5枚組「猿ぐつわ全裸縛り」
 65年11月号で発表された(ぬへ)5枚組。解説は「豆絞りの猿ぐつわの他は、一糸纒わぬ全裸に剥れた女体を厳重な高手小手胴縛りにされて、さまざまなポーズを強制されている八等身の美女の哀れな姿態。」とされています。
 このブログ114頁の、HASSAN様から頂戴したものと同じでございます。スキャンの都合で組内の順は異なっておりますがご容赦下さい。白枠がカットして貼り付けてありましたので、スキャンも縁無しで処理しています。
 また、特に12はアルバムに貼る都合でしょうか、上下がかなり大きくカットされておりました。イヤHASSAN様のも同じですね縦横比は。とすると、元々のプリントが6×6ネガなんで、余白を残して焼き付けられていたんですね、きっと。
 随心院様から「美木乃々子」三木→美木 とのご指摘をいただきましたので訂正致します。 
157 三木乃々子 ぬへ008c157 三木乃々子 ぬへ009c

157 三木乃々子 ぬへ010c157 三木乃々子 ぬへ011c

157 三木乃々子 ぬへ012c


157-08〜12) 刑部典子(けた)5枚組「黒褌猿ぐつわ縛り」
 66年7月号で発表された(けた)5枚組です。解説は「黒フンドシ一本の裸身をぎゅうぎゅう縛りあげられ、息もつがせぬ猿ぐつわが大きく口を掩うと、パチリと澄んだ瞳が、一層哀婉味溢れる表情で流し目を送るのだ。」。
 本サイト、80Pの08a〜gでお目にかけたものと同じですが、80頁では7枚の内どれが(けた)5枚かは判りませんでした。今回は全ての写真の裏に「けた」と鉛筆書きしてあります。 
 
157 刑部典子けた001d157 刑部典子けた002c

157 刑部典子けた003c157 刑部典子けた004c

157 刑部典子けた005c


157-13〜16) 東浦ひかる(むく)4枚組「オムツの股間しぱり」
 1963年3月号で発表された、(むく)4枚組です。裏面に「むく」と鉛筆書きしてあります。
 解説は「口には頬もくびれよと厳しい猿ぐつわ、ゴムのオシメカバーの半ばはずれかけたボタンの間から浴衣地のオシメがむざんにものぞいている。胸から腹、そしてカバーの上からの股間縛り。荒々しい男の足で踏みつけられて喘ぐひかるの豊かな裸身。」となっています。
 それにしても、このアルバムはバラエティーに富んでいるというか、何でもアリというか・・・。奇ク以外にも風奇・裏窓関連、吉田氏・濡木氏の関係と思われる写真も入っておりました。  
157 東浦 むく012c157 東浦 むく013c

157 東浦 むく014c157 東浦 むく015c


157-17〜19) 山原清子(ろす)3枚組「股間縛正面表情」
 1965年12月号で発表された、(ろす)3枚組です。  
 解説は「豊胸をくびれる程縛った麻縄が身体をタテに割り裂く微細の縄目の行方を正面と背面から大写しによって鮮鋭なレンズの眼を通していきいきと描写しました。」
 このころのマミヤCシリーズは、105个鯢現燹65个広角の頃だったでしょうか? わたしが使っていたのは、80个55个任靴燭。妙に構図か窮屈なのは毛を隠すためではなく、顔でもなく、縄の表情を撮りたかったんだと思います。マニアックとはこのことを言うのでしょうか。多分元の印画紙には上か下に大きな空白があったと思います。
157 山原清子ろす001c157 山原清子ろす002c

157 山原清子ろす003c
  











156) V組百態 (供

 昨年の10月に、このページを空白で作っておきましたが、今まで記事を書き込むことがありませんでした。ゴールデンウイーク中にスキャンしたV組の続きをご覧いただきます。
 なお、解像度は300DPI.に戻しております。400では余りにも手がかかりすぎます。ご了承ください。
 前頁にも書きましたが、今回の写真は、一枚一枚がV組何番という番号付きの袋に入っており、言わばオーセンティック。今まで分からなかった写真を解釈・類推するのにまたとない資料です。
 V25からV52まで終了しました。これでこの頁、終了です。(2017.7.14)  

V025 正面股間縛晒し 高村浩子
V025 高村浩子c


V026 両足吊りの苦悶 江口淑子
V026 江口淑子c


V027 店での全裸縛り 福井桃子
V027 福井桃子c


V028 豊満な女体開陳 福井桃子
V028 福井桃子c


V029 恍惚バイブ責め 江口淑子
V029 江口淑子c


V030 マダム責の哀愁 江口淑子
V030 江口淑子c


V031 開股強制棒責め 前田真知子
V031 前田真知子c


V032 大の字片足挙げ 高村浩子
V032 高村浩子c


V033 雁字細目の女体 江口淑子
V033 江口淑子c


V034 足挙げ責の羞恥 江口淑子  
V034 江口淑子c


V035 淫虐蝋燭の挿入 福井桃子 
V035 福井桃子c


V036 海老開脚強制責 深田菊子
V036 深田菊子c


V037 全裸立像後手縛 富田由美子
V37 富田由美子c


V038  麻縄逆エビ惨酷 前田真知子
V38 前田真知子c


V039  美女の全裸縛り 荒尾慶子
V39 荒尾慶子c


V040  マダム全裸開陳 江口淑子
V40 江口淑子c


V041  後手錠吊上げ責 江口淑子
V41 江口淑子c


V042  女体美を晒して 深田菊子
V42 深田菊子c


V043  高々と後手緊縛 福井桃子
V43 福井桃子c


V044  猿轡に悶える女 高村浩子
V44 高村浩子c


V045  太鼓腹全裸正面 富田由美子
V45 富田由美子c


V046  菱縄股間縛猿轡 前田真知子
V46 前田真知子c


V047  苛酷の宴果てて 高村浩子
V47 高村浩子c


V048  美しき緊縛女体 荒尾慶子
V48 荒尾慶子c


V049 エビ責めの序曲 江口淑子
V49 江口淑子c


V050  猿轡に呻く麻縄 高村浩子
V50 高村浩子c


V051  料理される女体 高村浩子
V51 高村浩子c


V052  美肌に映える縄 荒尾慶子
V52 荒尾慶子c
 脚を挙げているのはいいんですが、縛りや吊でなく、単なるポーズで挙げているのでは、美容体操みたいで少しばかり興ざめです。
 この頁は、ここで終了。V53〜V100は別にページを立ててご覧に入れます。


155) V組百態 (機

V組 入手状態2017年、元日を寿ぎ謹んで新年のご挨拶を申し上げます。V020〜V024を更新しました。 

私が持っております奇ク分譲写真ですが、最初はひょっとしたご縁から、大量の写真を手に入れたものでした。一部は整理してアルバムに貼ってありましたが、多くはバラバラで段ボールに入っており、モデルや組名の特定に相当の時間を食いました。
 その後、新たに幾ばくかを買い求めて参りましたが、古書店が少なくなり、出物もなく、ここ4〜5年は新規に求めることが出来ませんでした。
 それがこのたび、新たなご縁がありまして二百数十点の写真を入手できました。中味はV組とSM組ほぼ全数。しかも左の写真のように、奇ク分譲時の元封筒入りという、価値の高い資料で、保存状態も最高のものでした。
 お譲りいただいたかたも、このブログをご存じだったようですが、良きご縁に感謝しつつ掲載して参ります。
 私自身奇クの写真を直接買ったことはございません。すごく欲しかったんですよ。でも中学か高校生のころで、家に送って来られると親にバレるし・・・・。
 ですから今回の品を見るまでは、1960年代から出た英字組(多くは各組100枚で1枚100円程度でバラ売りされていた)が、1枚1枚番号入りの封筒に入っていた事を知らなかったのです。

 V組百態は初出が1971年12月号。[極最新版]新人M女性羞恥責め、と表題が付いております。画面に大きな空きが出ますが、まずはV組の写真全部の表題をお目にかけます。

V001 足挙げ羞恥責め 深田菊子       V051 料理される女体 高村浩子   
V002 トイレ排泄強要 三浦純子       V052 美肌に映える縄 荒尾慶子   
V003 完全二つ折締め 三浦純子       V053 両手両足開責め 三浦純子   
V004 逆エビ凄絶苦悶 前田真知子   V054 剃毛責めの結果 荒尾慶子   
V005 超強烈エビ責め 三浦純子       V055 人の字型羞恥縛 江口淑子   
V006 荒縄柔肌いじめ 前田真知子    V056 浴室での浣腸責 江口淑子   
V007 全裸縛玄関晒し 三浦純子       V057 股間に喰込む麻 深田菊子   
V008 ネどうでもして 高村浩子       V058 浣腸責めのあと 福井桃子   
V009 蝋燭責後手縛り 富田由美子   V059 黒髪前に垂れる 福井桃子   
V010 羞恥の源を抉る 江口淑子       V060 スナックで縛る 福井桃子   
V011 妊婦縛りの圧巻 富田由美子   V061 喰込む股間縄責 江口淑子   
V012 菱縄縛正面開放 江口淑子       V062 責めに呻くM女 高村浩子   
V013 正面の妊婦縛り 富田由美子   V063 片足挙げ開股縛 江口淑子   
V014 麗しのマドンナ 荒尾慶子       V064 菱縄悲し女泣く 江口淑子   
V015 両手挙前面晒し 福井桃子       V065 M女を責め尽す 前田真知子 
V016 強烈浣腸ポーズ 高村浩子       V066 引回される全裸 江口淑子   
V017 後手吊上げ猿轡 高村浩子       V067 尻立蝋燭悦虐責 福井桃子   
V018 胡坐縛りの羞恥 江口淑子       V068 羞恥責を待つ女 深田菊子   
V019 ゴム人形の恐怖 江口淑子       V069 凌辱に捧げる体 高村浩子   
V020 菱縄股間縛前面 深田菊子       V070 剃毛の女体展開 荒尾慶子   
V021 柱縛り開股強要 福井桃子       V071 被縛者のマダム 江口淑子   
V022 鮮烈股間縛の縄 深田菊子       V072 縄の山と浣腸器 福井桃子   
V023 本格的な麻縄責 前田真知子   V073 強制足挙臀部晒 高村浩子   
V024 強烈麻縄の緊縛 前田真知子   V074 厳重菱縄緊縛責 江口淑子   
V025 正面股間縛晒し 高村浩子       V075 両手両足吊り責 江口淑子   
V026 両足吊りの苦悶 江口淑子       V076 白肌に喰込む縄 荒尾慶子   
V027 店での全裸縛り 福井桃子       V077 全裸一直線開股 福井桃子   
V028 豊満な女体開陳 福井桃子       V078 裏門を開放する 深田菊子   
V029 恍惚バイブ責め 江口淑子       V079 豆絞りの猿轡縛 深田菊子   
V030 マダム責の哀愁 江口淑子       V080 後手胴締股間縛 深田菊子   
V031 開股強制棒責め 前田真知子   V081 強烈海老責地獄 江口淑子   
V032 大の字片足挙げ 高村浩子       V082 大の字縛り正面 高村浩子   
V033 雁字細目の女体 江口淑子       V083 足挙げ強制開陳 高村浩子   
V034 足挙げ責の羞恥 江口淑子       V084 海老責の耐久度 荒尾慶子   
V035 淫虐蝋燭の挿入 福井桃子       V085 猿轡咽喉輪縛り 三浦純子   
V036 海老開脚強制責 深田菊子       V086 後手吊上げ責め 三浦純子   
V037 全裸立像後手縛 富田由美子   V087 羞恥責臀部露出 三浦純子   
V038 麻縄逆エビ惨酷 前田真知子   V088 柔肌に喰込む縄 荒尾慶子   
V039 美女の全裸縛り 荒尾慶子       V089 淫虐に晒す女体 高村浩子   
V040 マダム全裸開陳 江口淑子       V090 マダム開股の図 福井桃子   
V041 後手錠吊上げ責 江口淑子       V091 がっちり後手縛 深田菊子   
V042 女体美を晒して 深田菊子       V092 無惨白肌の縄痕 前田真知子 
V043 高々と後手緊縛 福井桃子       V093 妊婦大の字縛り 富田由美子 
V044 猿轡に悶える女 高村浩子       V094 開脚を強要せよ 富田由美子 
V045 太鼓腹全裸正面 富田由美子   V095 引回される妊婦 富田由美子 
V046 菱縄股間縛猿轡 前田真知子   V096 強烈麻菱縄掛け 前田真知子 
V047 苛酷の宴果てて 高村浩子       V097 股間縛の引回し 江口淑子   
V048 美しき緊縛女体 荒尾慶子       V098 正座する股間縛 荒尾慶子   
V049 エビ責めの序曲 江口淑子       V099 荒縄後手二つ折 前田真知子 
V050 猿轡に呻く麻縄 高村浩子       V100 椅子開股羞恥責 前田真知子 

 ごめんなさい。行数を節約したくて2列にしたら、いっそう乱れてしまいました。


V001「足挙げ羞恥責め」深田菊子
V001




V002「トイレ排泄強要」三浦純子
V002V003からV007は持っておりません。

V008「ネどうでもして」高村浩子
V008顔が陰になっており、少しでもディテールを出すために微妙な調整を繰り返しました。


V009「蝋燭責後手縛り」富田由美子
V009 富田由美子c

V010「羞恥の源を抉る」江口淑子
V010

V011「妊婦縛りの圧巻」富田由美子
V011

V012「菱縄縛正面開放」江口淑子
V012

V013「正面の妊婦縛り」富田由美子
V013

V014「麗しのマドンナ」荒尾慶子
V014 「麗しのマドンナ」ネー。もしこれが、写真だけあって番号と題名を探す作業でしたら、完全にお手上げです。良質な資料の有難いところです。
 きれいな写真ですのでピントアップはほとんどいたしておりません。



V015「両手挙前面晒し」福井桃子
V015

V016「強烈浣腸ポーズ」高村浩子
V016 9月10日にV011〜016までをアップ致しました。
 美しい写真が続いたのですが、この16だけは状態が悪く、ホワイトスポット、ブラックスポットが目立ち、極端なコントラストで顔まで真っ暗な写真でした。何とかここまでしてお目にかけます。元々の写真の味が無くなると言われそうですが、元々味なんて感じられない印画だったのですから仕方ないと思います。


V017「後手吊上げ猿轡」高村浩子
V017 高村浩子c

V018「胡坐縛りの羞恥」江口淑子
V018 江口淑子c

V019「ゴム人形の恐怖」江口淑子
V019 江口淑子c この写真、何かおかしいですね。冒頭に申し上げた通り、オリジナル袋を添えてありましたので、途中で入れ替わってなければV組19番の筈なんですが、「ゴム人形」って何でしょうね?
 写真の整理の都合上、次の156頁を作るだけは作っておきました。


V020「菱縄股間縛前面」深田菊子 
V020 深田菊子c 2017年、元日を寿ぎ謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
 年末に、何枚かアップしておりましたので、元日は地味なアップとなります。本年もよろしくお願い申し上げます。


V021「柱縛り開股強要」福井桃子
V021 福井桃子c 次の写真と同様で、滅法コントラストのきつい印画でした。顔にかかっているきつい陰を和らげた上に軟調に処理しました。


V022「鮮烈股間縛の縄」深田菊子
V022 深田菊子c

V023「本格的な麻縄責」前田真知子
V023 前田真知子c 前写真ほどではありませんが、前田嬢の清楚な感じにしてはコントラストが強く、これもやや軟調にしました。



V024「強烈麻縄の緊縛」前田真知子
V024 前田真知子c 前田嬢になって、やや柔らかい印画になりました。ゴミホコリも少ないです。 それはいいのですが、何と汚い絨毯。私なら裸で寝るのはイヤですね。
 400bpi.でスキャンしたのが間違いで、元の印画紙は大手札版なんですから、どんなに状態が良くてもA4は難しい。それなら300も400も変わりはないんです。
 この印画だって、2L以上だと、顔がピンぼけで縄目にピントが行っているのが判ります。でも修整には300dpi.に比べて2倍のテマヒマ時間がかかります。
 このシリーズ、どこか切りのいいところで、300dpi.に変えようと思っています。




































154) miss Kaoru Nabayashi / 154) 中林カオル嬢

皆様、2016年 新年あけましておめでとうございます。
 昨日に続き、新たなページを開きたく存じます。
 このモデルさん。118頁7〜9でもお訊ね致しましたが、川端多奈子嬢と同時代か僅かに先輩として奇クに登場し、
52年8月号に「緊縛美の断片」「縛られたる女」として紹介されています。当時の事でここまで顔をお出しになっているかたは珍しいのですが、その一方で誌面ではモデル名が全く出てきません。消去法で、中林カオル嬢しかないかなと思っていますが、確証はありません。お名前ご存じのかたがいらっしゃいましたら、お教え下さい。
 なお、このページの写真は設定を間違えて 400bpi でスキャンしてしまいました。制限の2MBには収まるようなのでそのまま進めましたが、レトロな雰囲気が感じられるだけで、特に思い入れがあるわけではありません。
 5月8日、追加しました。
 118)-7,8,9で昭和27年のモデルさんとしてご紹介した方です。このモデルさんのことですが、中林嬢(中村と誤記)と思って進めてきたのですが、私が分類していた最初の記録では、「モデル立花郁子」となっております。
 と申しますのが、立花嬢なら27年8月号織り込みで、草むらの開股ポーズで写ってらっしゃいますが、その左上の切り貼り写真の床が、この頁と酷似しており、モデルも同一人物と思われるためです。当面断定は避けてすこしずつ写真を追加しながら、皆様のご意見を頂戴したく思います。
 6月3日
 その当時の希少な記事をたどりますと、立花嬢ではなく、中林カオル嬢に間違いないようです。118頁に昭和27年の雑誌スキャンをアップしておきましたが、立花嬢と確定した写真とはオッパイの形が違っており、このモデルさんは中林嬢以外にはあり得ません。
 118頁もご参照下さい。
 

154-01~06) 木床上の緊縛
 01の写真は劣化激しく、肌は白飛び、全体がセピア変色していました。
154 中村カオル01Cb154 中村カオル01Mc

154 中村カオル02Cb154 中村カオル02Mc

154 中村カオル03Cb154 中村カオル03Mc

154 中村カオル04Cb154 中村カオル04Mc

154 中村カオル05Cb154 中村カオル05Mc

154 中村カオル06Cb154 中村カオル06Mc


154-07~11)  木床上の緊縛
 5月8日、下記付け加えます。1項目当たりの写真が多すぎても困りますので、これを機会にちょっと切っておきます。
 ここらの写真、川端多奈子嬢のさらに先輩ですので、撮影は昭和27年(1952)初頭か、26年末のものと思うのですが、褪色は少ないです。
 このころになると、ぼちぼち印画紙や定着液に良いものが使えるようになったのでしょうか? あるいはモデルも写真もアトラクティブじゃないので、死蔵されていたのかも知れませんね。GT5500さんおっしゃいますように、非常に珍しいものであることは確かなのですが。
 (なお、11の写真は、間違えてカラースキャンした方も修整しちゃいました。撮影場所、ネガの保管場所共にホコリは多いですね。白飛びが多くあり、印画の階調も良くありません。)
154 中村カオル07Cb154 中村カオル07Mc

154 中村カオル08Cb154 中村カオル08Mc

154 中村カオル09Cb154 中村カオル09Mc

154 中村カオル10Cb154 中村カオル10Mc

154 中村カオル11Cb154 中村カオル11Mc


154-12~22)  木床上の緊縛
 2016年5月22日 追加します。

154 中村カオル12Cb154 中村カオル12Mc

154 中村カオル13Cb154 中村カオル13Mc

154 中村カオル14Cb154 中村カオル14Me

154 中村カオル15Cb154 中村カオル15Mc

154 中村カオル16Cb154 中村カオル16Mc

154 中村カオル17Cb154 中村カオル17Md

154 中村カオル18Cb154 中村カオル18Md

154 中村カオル19Cb154 中村カオル19Md

154 中村カオル20Cb154 中村カオル20Mc



154-23~27)  木床上の緊縛 他
 2019年3月22日 追加します。
 昔の写真アルバムを整理していて、写真が用意できていたにもかかわらずアップし忘れていたものに気づきました。もし、他の頁に掲出したものであるなら悪しからず。
154 中村カオル21Cb154 中村カオル21Mc

154 中村カオル22Cb154 中村カオル22Mc

154 中村カオル23Cb154 中村カオル23Mc

154 中村カオル24Cb154 中村カオル24Mc

154 中村カオル25Cb154 中村カオル25Mc












  

153) miss Tanako Kawabata / 153) 川端多奈子嬢 畳上の緊縛


 2015年も残り僅かとなりました。だからどうって事無いのですが、新しいページだけでも作っておこうと思います。中味は畳の上で撮影した川端多奈子嬢の写真です。1953年(昭和28年)8月号に奇譚クラブに掲載されたものと類似の分譲写真です。
 5月8日に少し追加しました。 

153-01,02) 畳の上のエビ縛りです。
153 川端01Cb153 川端01Mc
153 川端02Cb153 川端02Mc


153-03~07) 花柄スカートは川端嬢のトレードマークでした。03と04は変色がわずかでしたので、モノクロのみお目にかけます。当時は脚の間からチラリとパンティーのオマタが見えるだけで十分刺激的だったんですね。
 そう言えば、最近でも教員か何だったかの公務員さんがこんなビデオを撮ろうとして逮捕されていますね。
 エッ?オマエもそのクチだろうって? イエイエ私は現代の女性には、さして興味ございませんヨ・・・。これも一種の変態かな?
153 川端03Mc153 川端04Mc





153 川端05Cb153 川端05Mc
153 川端06Cb153 川端06Mc

「スカート捲ってズロース見せて、お尻の丸みがエロいです」 では都々逸になりませんね。
153 川端07Cb153 川端07Mc


153-08~14) 押し入れ前の緊縛
 1月15日、下記2枚アップしました。つまらない写真ですが結構手間がかかりました。
153 川端08Cb153 川端08Md
153 川端09Cb153 川端09Md

 5月8日、追加します。
153 川端10Cb153 川端10Mc

153 川端11Cb153 川端11Mc
ここからは床の間ですね。
153 川端12Cb153 川端12Mc

153 川端13Cb153 川端13Mc

153 川端14Cb153 川端14Mc















  
 

152) miss Tanako Kawabata / 152) 川端多奈子嬢

 さて、ぼちぼちチャレンジせねばなりますまい。長く更新せずにおりましたが、その時期を迎えたのかな?
 所持いたします奇クの分譲写真も、残り多くはありません。そのうち、ボリュームを占めるのが、川端多奈子嬢で、まだ50枚以上ありそうです。
 残り約200枚の中で、この一群を始末しない限り次に進めそうもないためですが、消化試合にも順序がありそうです。
 今まで50頁あたりの「緊縛美のオンパレード」でも、133,146頁でも、大量の写真をご紹介いたして参りました。残りも昭和20年代末期の写真で、状態は必ずしも良くありません。決してソソラレルような代物ではなく、手間暇かけて修整しても、「イイネ」と言ってもらえそうもありません。正直、退屈な写真をお目にかけるために、苦痛な単純作業の連続になろうと思っています。
 なお、美濃村晃氏の緊縛写真
 http://minomurakoh.doorblog.jp のほうは、先に更新しておきましたのでよろしければご覧下さい。


152-01) 床の間での縛り
152 川端01Mc152 川端01Cb
 私の分類では、昭和28年のフォルダーに入れています。良く似た写真が掲載されていたのかな?
修整前のセピア色の印画紙を右にアップします。

152-02) 板敷き床での縛り
152 川端02Mc152 川端02Cb この頁後半の洋室は、全てこの部屋で撮影されたようです。


152-03) 和室での縛り。
152 川端03Cb152 川端03Mc さして変色しておりませんでしたので、モノクロのみご覧下さい。黒いところと白いところが極端で、スペクトルをいじって何とか中間部を復活したかったのですが、やや不自然になったようです。


152-04) 和室での縛り。
152 川端04Cb152 川端04Mc やっぱり褪色したオリジナルと共に掲載します。これからの都合がありますので。


152-05〜7) ベッドマット裏で縛り。
152 川端05Cb152 川端05Mc
152 川端06Cb152 川端06Mc
152 川端07Cb152 川端07Mc


152-08) 脚の縛り
152 川端08Cb152 川端08Mc 随分アンバランスな縛りかたに思えます。
褪色により、コントラストが極端になっていますので、少し軟調にして顔がわかるようにしました。


152-09〜10) 立位首吊り縛り
152 川端09Cb152 川端09Mc
152 川端10Cb152 川端10Mc


152-11〜12) 目隠しと猿ぐつわ
 12は川端嬢ですが、11はちょっと自信がありません。この当時のモデルさんはちりちりパーマで髪型が似てるんです。
 お毛ヶを「光」というタバコで隠しています。懐かしいですね、オレンジ色の。私はタバコを吸う年頃じゃありませんでしたが、20本入りの「新生」より少し高かったのかな?「ピース」よりは安かったんですよね。「いこい」はまだ出ていなかったんじゃ・・・。
152 川端11Cb152 川端11Mc
152 川端12Cb152 川端12Mc


152-13〜18) 椅子を使った縛り

152 川端13Cb152 川端13Mc
152 川端14Cb152 川端14Mc
152 川端15Cb152 川端15Mc
152 川端16Cb152 川端16Mc
152 川端17Cb152 川端17Mc
152 川端18Cb152 川端18Mc


152-19〜22) 椅子を使った縛り
 この頁は22枚で一旦終えまして、次に参ります。この四枚はピントもはっきりした写真です。
152 川端19Cb152 川端19Mc

152 川端20Cb152 川端20Mc

152 川端21Cb152 川端21Mc

152 川端22Cb152 川端22Mc



151) miss Yoko Sakurai & Bondage Photos with GAG / 151) 桜井葉子とさるぐつわ写真

 長く更新しませんと、全ての勘が鈍ってくるようです。桜井葉子嬢なんてとっくにUPし終わってると思ってました。まだだったんですね。
 猿轡写真が多いので、同時期の猿轡モノをいっしょに・・・と思ったのですが、149ページの木村洋子のところで、別に6枚ほどの猿轡写真がモデル不明で残っていますので、このページではそちらをお見せします。

151-01) 桜井葉子 1 
 桜井葉子嬢の分譲写真は60〜61年に4組12枚が発売されました。(かさ)3枚組を77ページに掲載しています。
 英字組は63〜64年のZ組とA組計5枚と、あれだけグラビアを賑わせたモデルさんにしては少量です。
 フィルムはパンクロといっても、オルソに近い時代。人物を撮るときはY2フィルターが必須でした。引き伸ばし機もうまく調整しないと周辺光量が不足した時代です。
 写真の題名は、ちょっと特定できません。
151-01 桜井葉子1d151-01 桜井葉子1E
 写真01bを追加します。原板は黒バックの人工光にしてはたいへんコントラストの低い写真でした。同時に、私のディスプレイは写真修正専用にチューニングしてありません。以前(100ページあたり)はそうしていたんですが、プリント用に調整するとWebに表示したときコントラストがつきすぎるんです。遊びで他のサイトを見ても面白くありません。
 それで、デフォルトに戻して、写真修正はやや柔らかめを心がけていたんですが、実際にプリントしてみるとコントラストが弱すぎたように思います。そこで前ページあたりから、もう少し硬めにしてみましたが、未だばらつきが出ています。01bですと黒つぶれ白飛びがおこっているのですが、あまり複雑な処理も出来ず、まあ自然に見える範囲でお目に掛けようと思っています。
 猿轡で顔が隠れている写真7枚を追加します。誰でしょうね? 

151-02 桜井葉子2c151-02) 桜井葉子 2
 Z-17 『くの字の足指苦悶』でしょうか?











151-03 桜井葉子3c151-03) 桜井葉子 3
 A-50 『立木縛竹棒責め』 と思われます。












151-04 桜井葉子4c151-04) 桜井葉子 4
 A-22 『 両手吊り股間吊り』 と思われます。












151-05 桜井葉子5c151-05) 桜井葉子 5
 Z-39 『尻立て縛りポーズ』 と思われます。






151-06,07) 誰でしょう? 1,2
 わからなくなると見境無く人に訊こうとする。私の悪い癖ですが、よろしくお願い致します。
151 誰でしょう1c151 誰でしょう2c


151-07,08) 誰でしょう? 3,4
 文化堂様より、関屋富佐子夫人とご教示いただきました。
112-11,12)でHASSAN様より頂戴したものを掲載しております。お二人に御礼申し上げます。 
151 誰でしょう3c151 誰でしょう4c


151-09,10) 誰でしょう? 5,6
 この左乳房の上に薄いアザのあるモデルさんはどなただっけナー。ああ、ひょっとしたら竹野ひろ子かもしれません。122ページに何枚かアップしています。
 
151 誰でしょう5c151 誰でしょう6c


151-11) 誰でしょう? 7
 文化堂様から金原奈加子とのご指摘です。ありがとうございました。107-28)や142-2-3) あたりと同時撮影分ですね。  
151 誰でしょう7c





 


 

150) miss Hatsuko Nagai in 1968 / 150) 長井葉津子 1968年

 長井葉津子嬢と思われる写真が20枚ばかり分類されております。長井嬢のかな組分譲写真は、1968年の5,6月号で18組54枚紹介されているのみです。英字組は同年8,10月号のX組Z組24枚ですが、何と73年のSM組に10枚が発表されています。このインターバルは気になるところですが難しいことを言わずにお目に掛けます。

 さて、今回の写真を追加するに当たり、最近の各ページをチェックしましたところ、140ページ(江口淑子嬢)のところに、4枚の不足写真がございましたので追加致しました。よろしければそちらもご覧下さい。(2014.05.05)   

150-01〜06) 長井葉津子 
 バックの壁に六角形の装飾が見えます。「六角飾りと斑の紐」 シャーロックホームズの小説のような写真6枚をお目に掛けます。02,04,05あたりが(よや)『全裸股間縛り媚態』かもしれません。
  
150-03 長井葉津子03c150-04 長井葉津子04c
150-05 長井葉津子05c150-06 長井葉津子06c
150-07 長井葉津子07c150-08 長井葉津子08c


150-07〜10) 長井葉津子 
 このホテルは六角形がテーマなんでしょうか? たった2ヶ月で発表された写真ですので撮影回数がそう多いとは思えません。せいぜい2〜3日でしょう。みんな同じホテルかも知れません。
 縛りかたに特徴が少なく、題名にも具体性がないので組名は想像できません。09が(よそ)『両手吊り正面晒し』ぐらいでしょうか?
 
150-01 長井葉津子01c150-11 長井葉津子11c
150-16 長井葉津子09c150-17 長井葉津子10c





150-11〜14) 長井葉津子 
 とんと更新が出来ずに申し訳ございません。別に準備万端整ったわけでなく、昨秋用意した写真だけでもアップ使用と思っただけです。
 インターバルがあきますと、迷いばかりが増えて・・・、却って考えすぎで間違いがでたりします。すると批判が怖くて億劫になります。皆様のご支援とご指摘だけを頼りに4枚だけ・・・。

150-11 長井葉津子13c150-12 長井葉津子15c
150-13 長井葉津子12c150-14 長井葉津子02c


150-15〜17) 長井葉津子 略号(よふ) 『正座猿ぐつわ仕置き』
 長井嬢の猿轡フォトは、かな組3組があるはずです。解説から(よふ)に間違いないと思いますのでお目に掛けます。解説は 「豆絞りの猿ぐつわで全裸のハツコは正坐させられてうなだれる。」と、簡単なものです。
 印画は、黒の引き締まった近代的な伸ばしですが、ネガのゴミは相当のものでした。68年の発売ですが、前の所有者が注文したのは多分70年代も半ば近かったのではないかと想像しています。
150-15 長井葉津子18c150-16 長井葉津子19c
150-17 長井葉津子20c


150-18〜22) 長井葉津子でしょうか?
 5枚お目かけますが、よくわからないのです。ヘアスタイルも違いますし、乳輪が大きかったりして多分別のモデルさんが相当多く混じっています。心当たりがあればお教え下さい。
 もし、この中に長井嬢がいるのでしたら73年発売のSM組かも知れません。雑誌グラビア再開を機に撮影しなおしたのでしょうか? でも72年以降の奇クに長井嬢のグラビアってあったかな?

 随心院様からコメントをいただいています。
「150-17)までは長井葉津子。18)と20,21)は江口淑子。19)は金原奈加子。22)は新井慶子。23,24)は長井葉津子。」 とのご意見です。関連写真をチェックして訂正致します。

150-18 長井葉津子10c150-19 長井葉津子09c
150-20 長井葉津子14c150-21 長井葉津子23f
150-22 長井葉津子24c


150-23,24) 誰でしょうか?
 これは長井嬢ではないと思います。でも誰でしょう。近代的な絵ですので、70年に入ってからと思います。どうもよくわからないのです。お心当たりをご教示下さい。
万一、長井嬢だとすると、X組の29『縄に喘いだ童顔』 X-24の『柱縛りの隙間見』 などが候補です。
 しかし、この腰のくびれは魅力的ですね。
 このページ、半年かかってしまい、ご迷惑をおかけしましたが、これで終えます。
150-23 長井葉津子?21c150-24 長井葉津子?22c


149) Ms. Yoko Kimura , Shigemi Mizumoto , Asako Matsumoto / 149) 木村洋子,水本茂美,松本アサ子

 いよいよ暗剣殺の木村洋子さんです。この方、活躍時期(かな組発売時期)が永い。64年の初出時に既におばさん顔でおばさん髪。四〇代に見えるのですが、実はお若かったのでしょう。お肌はきれいでした。最後の発売は何と73年11月号。時代を経るに従って、どんどん若返って見えるのが妙味ですが、同時に髪型も表情も大きく変化するので他のモデルさんと間違えやすい。整理するには実に難しいかたなんです。
 同時にマイナーモデルが何人かまとまりましたので、水本茂美と松本アサ子を数枚ずつお目に掛けます。
  

149 木村洋子01c149−01) 木村洋子01 
 紛れもなく木村洋子嬢です。あたりまえか・・・ 
 67年7月発売の、『マゾ女のMの生態』 というご丁寧な表題が付いていますが、略号(きに) 解説は 「「どうか私をいじめて下さい」というラベルを全裸で開股縛りにあった前にぶらさげ或は片足吊りで逆さになった裸身にラベルをはられて全身をふるわすマゾ女。」
 あるいは、68年10月のZ26『洋子をいじめて』かも知れません。  


149 木村洋子02c149−02) 木村洋子02 
 これが木村洋子のデビュー作です。初出は大中判でしたが、この印画は大手札版ですので65年7月のK組49の『立木より逆さ吊り』でしょう。Z組64の可能性も無いではありませんが・・・ 96頁で白川様から頂戴した写真と同時撮影ですが、別のカットです。 











149−03) 木村洋子03 
149 木村洋子03c 美しき縛め 第4集(65年3月)に『野外における晒責写真』として掲載されている見開きの右上の写真です。従って石橋の上で転がされているのは玉田美佐子嬢ということになります。この部分をアップにしたのが第10集(66年9月)に掲載されています。
 たしか、どなたかの別荘だったか、ご自宅だったかの庭園をお借りして撮影できたという記事がなかったでしょうか? 当時、浜寺や羽衣には、このような広大なお庭のある邸宅が随分在ったものでした。実は私も、これ程広くはないにせよ、148-2と良く似た庭と広縁のある屋敷で育ったんですよ。 





149−04〜06) 木村洋子 04〜06  
 05 の写真は、99頁で 随心院様・GT5500様 から教えていただいたそのものです。美しき縛め第10集に別カットが随分掲載されています。 
149 木村洋子04c
149 木村洋子05c149 木村洋子10c


149−07〜10) 木村洋子07〜10 
 ここまでの写真は、実は随分前にスキャンが出来ておりました。ところが、これを木村洋子として発表すると、過去のいくつかの写真を訂正せねばならず、躊躇していた次第です。
 まず、7頁G86,89は共に木村洋子に間違いないでしょう。G86は奇クの目録が間違っていたと言うことになります。次に、106頁の01と09も共に荒尾慶子ではなく木村洋子という事になります。縛りかた、特に左腕の一番下の縄の捩れ迄全く同じだからです。01なんか後ろ髪がショートカットのように見えるのですが、本当にそうなのかなー?
  
149 木村洋子06c149 木村洋子07c

149 木村洋子08c149 木村洋子09c


149−11〜13) 水本茂美 01〜03
 62年12月号で発売された 『強烈エビ責』 大手札3枚組 略号(えひ) と思われます。写真11の裏に(えひ)と書き込みがあります。
  
149-13 水本茂美03c149-11 水本茂美01c

149-12 水本茂美02c 水本嬢の写真は 93頁にOldFan様から頂戴した3枚の他、4,5,90頁にアップしています。かな組はこの月に出た2組6枚のみ。B組E組に7枚。合計13枚が全てです。 











149−14〜16) 松本アサ子(まと)01〜03 
 最初の2枚は裏に(まと)と書き込みがあります。63年12月号で2組6枚だけ分譲された松本アサ子さんです。おばさんモデルなので、木村洋子と一緒に分類していました。
 『強烈エビ責め』 (まと) 「「臨時増刊号」に初めて登場した愛読者のモデル志願者が自己のマゾ性を満足させるために、すすんで最も強烈な縛りを要求したカメラの前に晒した全裸エビ責めのポーズ。両足先が顎近くまで折り曲ったこのエビ縛りは、時聞が経つに従って、苦痛が増してくる。全身脂汗を流して耐えるシーン。」 なお、3枚目だけは同時発売の (まつ) かも知れません。
 この頁はこれで終了。次は長井葉津子嬢を予定しています。
  
149-14 松本アサ子まと01c149-15 松本アサ子まと02c
149-16 松本アサ子03c



148) Miss Misako Tamada in 1964~65 / 148) 玉田美佐子 64〜65年

 さらに少し時代を進めまして、1964〜65年の玉田美佐子嬢です。と、申しましても64年9月に3組が出た後は、65年7月の 『褌美に羞じらう』 だけ。かな組合計15枚。英字組はGとK組に30枚あります。
  このお方、滅多にお顔をお出しにならない。ですから特定が非常に難しいのですが、いただいた過去のコメントなどから割り出しました。
 

148−1) 玉田美佐子01 (多分G組の12 『全裸しぱりと浣腸器』 )
 本ブログ77頁の1枚目の写真です。皆様のご協力により玉田嬢と知れたものです。
 非常に美しい印画でしたのでスポッティングは僅か20カ所ほどで済みました。やっぱり保存のいい新しい写真(と言っても64年11月)は楽です。
 奇ク64年8月号グラビアと同じ場所での撮影です。

148 玉田美佐子02G12c

148−2) 玉田美佐子02 
 『美しき縛め 第4集』に、『○柱縛りの晒し責め組写真』 として掲載されているものと同時撮影分です。同10集(略号美10)9ページ目にも類似写真があります。
148 玉田美佐子03美10c

148−3a〜f) 玉田美佐子 03〜08  64年7月号(ねへ)他  
 1枚目(3a)の写真裏に(ねへ)と書き込みがあります。
 略号(ねへ)なら、64年7月号初出 『後手首の高縛り』 3枚組 「きっちりと合せで括りあげられた後手首か首筋近くへ高々と吊りあげられで、身動きできない全裸の女体が、縄目の痛さに転々としで床の上をころがりまわる。」 とありますが、あまり高くないですね。
 これと同じ縛り方がしてあるのが、3bとcですが、3cは9頁のK05ですね。後は同時撮影分を英字組で発売したものでしょう。 

148 玉田美佐子01ねへc148 玉田美佐子20c
148 玉田美佐子15c148 玉田美佐子17c


148 玉田美佐子18c
148 玉田美佐子19c


148−4a〜c) 玉田美佐子 09〜11  64年7月号(ねと)  
 148−3に(ねへ)が含まれるなら、これが同時発売の(ねと)と思われます。
  
 略号(ねと) 『椅子またぎの責め』 3枚組 「一糸まとわぬ肌にひしひしとまといつく高手小手のきびしい縛しめ。両股を大きくひろげさせられて無理矢理椅子をまたがされた美佐子は白い肌を真赤に染めて素直に晒らされるのであった。」 
148 玉田美佐子11c148 玉田美佐子12c
148 玉田美佐子13c

148−5a〜d) 玉田美佐子 12〜15  
 このモデルさんも玉田嬢だと思うんです。ただ、奇クの分譲写真は褌まで全部入れても45枚しかありません。本ブログでこの頁を含めて25枚を公開していますので、所持率は56%。平均的には1600/13000=約12%ですので、玉田嬢ばかりこんなに集まっていたのかなーと心配な気がします。前の持ち主が玉田嬢のファンだったんでしょうか?
 珍しい片肩を通した縄で吊るように後ろ手縛りにしています。5aは9頁掲載のK42ですね。 

148 玉田美佐子04K042c148 玉田美佐子07c
148 玉田美佐子08c148 玉田美佐子06c


148−6a〜e) 玉田美佐子? 16〜20  
 だんだん心細くなってきます。大丈夫間違いないんだろうな・・・と恐れつつアップします。 
 6eが(ねむ)でしょうか? 『強烈エビ責め』 3枚組 「足の指が全部反りかえってしまうほど厳しく縛りあげた足首を背中の後手首と連結しで、ぐいぐいと締め上げれば、全裸の美佐子はう、う、うう、と思わずうめいて全身を痙れんさすのだった。」と解説があります。そうでなければ、G02、G94、K43などが考えられます。
 なお、褌写真の(こん)は80頁にアップしてあります。 

148 玉田美佐子05c148 玉田美佐子10c
148 玉田美佐子16c148 玉田美佐子14c
148 玉田美佐子09c



 

147) Miss Hikaru Higashiura in 1961~66 / 147) 東浦ひかる 61〜66年

 少し時代を進めて、東浦ひかる譲の写真が15枚ばかり出て参りましたのでお目に掛けます。フェティッシュなイメージの強い東浦嬢ですが、割合普通っぽいのもあるんですね。
 1961年5月号が紹介された最初の広告です。当時は奇クのグラビア全盛期で大塚、絹川、梨花の3大モデルが誌面を賑わしておりました。そんな中発売されたのは一組3枚のみで、次の分譲品は62年8月号に一組。実にマイナーなモデルとしてスタートしたんですね。
 本格的発売は63年に入ってから。東浦嬢単独で66組。山原清子とのマゾ役や大塚・木村との競演などを入れますと、かな組だけで優に80組を超えるスターに成長いたします。美人とは申し上げにくいのですが、多分色白で、肌が軟らかくなめらかで、縛って気持ちのいい人だったんでしょう。マゾ、フェチ、浣腸、女斗美、レズ、何でも嫌がらずにこなしたのも、長寿の秘密だったのではないでしょうか。 
 なお、東浦嬢のフェチフォトは http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ にアップしてございます。
 このサイト23頁に、抜けておりました谷山久美子のY43,47を挿入致しました。一度ご覧下さい。  

147−1、2) 東浦ひかる悦虐図絵 (ひか) より2枚 
 写真の裏に(ひか)と書き込みがあります。それなら、61年5月号でアナウンスされた 『東浦ひかる悦虐図絵』 略号(ひか)3枚組に間違いないでしょう。解説は 「辻村隆の今月号掲載「私を責めて下さい」の主人公である典型的なマゾヒスト、その強烈な緊縛をお楽しみ下さい。」 となっています。 
147-01C 東浦ひかる(ひか)1b147-01M 東浦ひかる(ひか)1c
147-02C 東浦ひかる(ひか)2b147-02M 東浦ひかる(ひか)2c
 と、書きました。実は皆さんに隠していたことがありまして、(ひか)には2種類あるのです。先の61年5月号と、66年4月号に、『ボリウムをくびる』 (ひか)3枚組、解説「最近になって、ひとしおボリウムを増してムクムクと肉のついてきた張りきった裸身を縄目か、まるで俵のようにくびって、縄目の間に肉がむくれあがっている。」が出ております。
 この66年分が同じ写真の値上げ再発売分という可能性もあり得るのですが、上記2枚はイーゼルの形から明らかに61年のプリントですし、「最近になって、ひとしおボリウムを増して・・・」とある66年の解説から、両者は別物と考えざるを得ないのです。以上勘案して61年の(ひか)と断定致しました。
 これ以外にも、当時の略号は間違いが多く、66年の『後手垂直しぱり』では(ひき)(ひけ)と2つの略号が割り当てられていたようです。
 

147−3〜5) サテン衣装の緊縛 (E91,E96,A28?) 
 特徴的な衣装ですのに、かな組には該当がありません。英字組に「責め衣」という名称で3枚ありましたが、多分これかと思います。63年8月のE91『責衣にくるまれて』、E96『肉体美の責衣ゼメ』と、64年2月のA28『責衣にはみ出る肌』です。ほとんど退色しておりませんので、白黒のみお目に掛けます。 
147-03 東浦ひかる(サテン1)c147-04 東浦ひかる(サテン2)c147-05 東浦ひかる(サテン3)c


147−6〜8) サポーター着用の縛り 
 これも特徴的な衣装ですのに、組名を特定できませんでした。3〜8はゴミが少なく、階調も大変綺麗な写真でした。
 
147-06 東浦ひかる(サポーター1)c147-07 東浦ひかる(サポーター2)c

147-08 東浦ひかる(サポーター3)c


147−9〜10) 椅子下の責め
 よくグラビアで使われた写真ですが、組名は特定できません。ただ9の写真はP.4収録のB−32と同一らしく見えます。 
147-09 東浦ひかる(椅子下1)c147-10 東浦ひかる(椅子下2)c


147−11〜13) 白い猿轡
 13だけは印画の状態が違いますので、別組で発売されたものと思います。髪型も違っていますね。
   
147-11 東浦ひかる(白猿轡1)c147-12 東浦ひかる(白猿轡2)c
147-14 東浦ひかる(白猿轡3)c


147−14,15) 残り 
 残り2枚となりました。14は64年2月のA37『椅子またぎ汚辱責』かと思われます。7頁に類似写真がありますが、これはG23と書き込みがありました。
147-13 東浦ひかる13c147-15 東浦ひかる15c



146) Miss Tanako Kawabata in 1953~54 / 146) 川端多奈子 53〜54年

 いよいよ、川端多奈子嬢をアップしなければなりません。奇譚クラブ最初期の大スターです。奇クで川端嬢と明記して分譲されたのは53年1月号からで、その年はキャビネ版4組。11月から翌5月に手札型3組が出されています。全て略号が付く以前の発売です。
 しかし、52年8月号から順次発売された『責め女の写真』約500枚の過半が川端嬢に違いありません。分類不能であるが川端嬢らしき写真を随分持っておりますので、その中からお目に掛けます。
 

146−1a,b,c,d) 畳の上の緊縛 
 『責め女の写真』と申し上げましたが、時期により題名が変わっております。本ブログでは53年10月号グラビアの題名から、『緊縛美のオンパレード』として39〜58頁に第6〜10篇250枚ばかりを掲載致しております。問題はその前、第1〜5篇の内容が全く分からない事です。私の持つ川端嬢の写真の多くがこの2〜5篇200枚中に入っていたのではないかと思っております。
 
146 川端多奈子 01Cb146 川端多奈子 01Mc
146 川端多奈子 02Cb146 川端多奈子 02Md
146 川端多奈子 03Cb146 川端多奈子 03Md
146 川端多奈子 06Cb146 川端多奈子 06Mc


146−2a,b,c,d,e,f,g,h,) 座卓を使った縛り 
 1a,bにも塗りの座卓が使われています。同時撮影分だとは思うのですが、より積極的に和机を使った作品をお目に掛けます。
 
146 川端多奈子 04Cb146 川端多奈子 04Mc
146 川端多奈子 05Cb146 川端多奈子 05Mc

2−c) すごくワイド感がありますが、何で撮ったんでしょうか? ワイドローライを含めてレンズ交換できる中判カメラは、当時まだ発売されていません。 
146 川端多奈子 07Cb146 川端多奈子 07Mc

146 川端多奈子 08Cb146 川端多奈子 08Mc
146 川端多奈子 09Cb146 川端多奈子 09Mc
146 川端多奈子 10Cb146 川端多奈子 10Mc
2−g) 何か、腰を痛めたおばあちゃんみたいなポーズですね。
146 川端多奈子 11Cb146 川端多奈子 11Mc

146 川端多奈子 12Cb146 川端多奈子 12Mc


146−3a,b) 丸い床柱 
 この2枚は、今まででいちばん劣化退色した写真でした。スキャンするときは先に画像濃度をヒストグラムで調整し、写真の全階調をデータ化出来るようにセットしてからスキャンいたします。ところが、この画像はうすら明るい部分が残っているだけで白は黄色く黒はセピアに変色していましたので、実に狭いレンジのみをスキャンしたことになります。おかげで印画の変色が強調されてしまいましたが、実物はこんなには黄色くありません。
 退色はともかくとして緊縛写真としては良くできている作品だと思います。
 
146 川端多奈子 13Cb146 川端多奈子 13Mc
146 川端多奈子 14Cb146 川端多奈子 14Mc


146−4a,b,c,d,e,f) ベッドの緊縛 
 次に、ベッドを使った緊縛6枚です。元写真は、やや退色していますが良い調子を保っています。
 
146 川端多奈子 15Cb146 川端多奈子 15Mc
146 川端多奈子 16Cb146 川端多奈子 16Mc

146 川端多奈子 17Cb146 川端多奈子 17Mc
146 川端多奈子 20Cb146 川端多奈子 20Mc
146 川端多奈子 21Cb146 川端多奈子 21Mc
146 川端多奈子 22Cb146 川端多奈子 22Mc


146−5a,b,c,d,e,f,g) 板の間の緊縛 
 ちょっとコントラストの高い写真が多かったので、一部を少し軟調に仕上げました。これでこの頁を終えます。
 
146 川端多奈子 18Cb146 川端多奈子 18Mc
146 川端多奈子 19Cb146 川端多奈子 19Md
146 川端多奈子 23Cb146 川端多奈子 23Mc
146 川端多奈子 24Cb146 川端多奈子 24Mc
146 川端多奈子 25Cb146 川端多奈子 25Md
146 川端多奈子 26Cb146 川端多奈子 26Mc
146 川端多奈子 27Cb146 川端多奈子 27Md



 

145) Miss Fumiko Nakatsuka in 1956 / 145) 中塚文子 須川令子 益田房子 厚狭春江

145−1a〜1e) 中塚文子 AS06 『強烈股間緊縛』
 昭和31年4月号で発売された、中塚文子のAS06 6枚組と思われる写真です。5枚見つかりました。
 解説は 「新人中塚文子嬢を観念させた新考案の強烈股間縛りは豊満な全裸の肌を容赦なくさいなみつづける」 となっております。
 最初、須川令子かと思い、分類していたものですが、このブログ2頁の最初の写真、R45 から中塚文子と知れました。
 中塚文子は56年4月から8月にかけて3組13枚が発売されており、59年10月のR組で5枚が追加されています。
 
145 AS06中塚文子 04Cb145 AS06中塚文子 04Mc
145 AS06中塚文子 05Cb145 AS06中塚文子 05Mc
145 AS06中塚文子 06Cb145 AS06中塚文子 06Mc
145 AS06中塚文子 07Cb145 AS06中塚文子 07Mc
145 AS06中塚文子 14Cb145 AS06中塚文子 14Mc
 サムネイルの大きさが少し違いますが、実ファイルは同じ大きさです。最後の写真が2頁の R-45 とほぼ同じ写真です。
 ・・・と書きましたが、最後の1枚はどうやら R-45 『股間縛り』 そのもののようです。すなわち、AS-06 が4枚とR-45が1枚ということですね。猿轡のあるのがR組という事でしょうか。
  

145−2a〜c) CS-06 『排泄の強要』 中塚文子 
 私は、トイレの写真は須川令子だけと思い込み、そのように分類しておりました。調べてみると、桜井葉子、三浦純子、須川令子、川路むら子、大塚啓子、中塚文子とあるようです。
 56年5月号でアナウンスされた、CS-06 『排泄の強要』 4枚組。解説は「新人、中塚文子嬢の再び登場、場所を洋風のトイレに選び、すべて狭い便器の上で、ポーズをとらした稀少な一篇、前回の強烈股間緊縛で好評を博した中塚嬢が、更に新生面を拓いた緊縛マニヤも浣腸マニアも必見の緊縛フォト。」 となっております。今なら和式トイレと言うべきですが、この当時は洋風と呼ぶに値したようです。
 なお、この2cの写真は、R組98の 『トイレ正面排泄縛』 の可能性が大です。プリントの退色が少なく、ガラス式ネガキャリアーに起因するニュートンリングが出ております。猿轡もされており、同じ組とは考えにくいのです。
 
145 CS06中塚文子 08Cb145 CS06中塚文子 08Mc
145 CS06中塚文子 09Cb145 CS06中塚文子 09Mc
145 CS06中塚文子 10Cb145 CS06中塚文子 10Mc


145−3a〜c) DS-07 『浴室股間縛』 中塚文子
 56年8月号で発売された、DS-07 3枚組と思われます。「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」 と説明が添えてあります。
 このガードルガーター。当時アメリカ好みのモダンな下着だったんでしょうね。前の写真でガーターが撥ね出ているところがエロっぽいです。モダン好みの私の母がし始めたのが昭和32年ごろだったかな? 今は見る影もない母ですが、当時はくっきりした顔立ちの華やかな美人で、モテモテだったんです。
 中塚文子は以上でおしまいです。
 
145 DS07中塚文子 11Cb145 DS07中塚文子 11Mc
145 DS07中塚文子 12Cb145 DS07中塚文子 12Mc
145 DS07中塚文子 13Cb145 DS07中塚文子 13Mc


145−4) 須川令子の1 
 99頁で須川令子とお教えいただきました写真です。
 
145 須川令子 01Cb145 須川令子 01Mc

145−5) 須川令子の2 
 同じ写真が別冊奇譚クラブ60年11月号『淫火』のグラビアに出ておりました。 
145 須川令子 02Cb145 須川令子 02Mc


145−6) 須川令子の3 益田房子 
 GT−5500様よりご教示いただきました。
 なるほど益田房子ですか。58年の12月号『寝室の苦悶』(くもん)「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 ということですね。
 
145 須川令子 03Cb145 須川令子 03Mc


145−7) モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江
 下の写真と撮影場所は同じで、似た縛り方なんですが、ヘアスタイルが違います。
 GT−5500様より厚狭春江とのサジェッション。53年7月号112ページ下段の写真ですね。なるほど、これは納得がいきます。でもこのグラビア(オフセットかも知れませんが)4ページに、南泰子、高瀬忍、厚狭春江、村田那美子、坂口利子、高瀬忍と、各人ほぼ1枚ずつ掲げられているだけ。よくお気づきになられたと思います。訂正致します。
 
 
145 大塚啓子? 15Cb145 大塚啓子? 15Mc


145−8) モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江? 
 大塚啓子に似ているんですが・・・誰でしょう?
 
 大塚啓子は58年からです。これはもっと前の写真でしょう。厚狭嬢かも知れませんが、この当時、モデル嬢を複数呼んで同時撮影していたようですので。他のモデルさんの可能性もあります。私にはよく分かりません。 
145 大塚啓子? 16Cb145 大塚啓子? 16Mc






 

144) Miss Masako Ibuki in May.1954~Dec.1956 / 144) 伊吹真佐子嬢

 ここしばらく、白川様から頂戴した写真でお茶を濁した感じですので、いよいよ手持ちの残りをアップ致さねばなりません。川端嬢が随分沢山残っているのですが、僅かに時代を繰り下げて伊吹真佐子嬢を選びました。
 伊吹嬢は、春日ルミとの競演を128頁に、キャビネ版を、95,98,103,117頁に掲載致しました。手札版の単独写真を特集するのは初めてです。現在それらしきもの28枚のスキャンを終えておりますが、何分古い写真なので修整に苦労致しております。
 

144−1) R組8 『鏡に映った後手』 
 私、写真屋さんでいただく簡易アルバムを使って分類しているのですが、そこに付箋でR8と記入があります。確かに1959年10月号で発売された、R組百花撰『女体緊縛フォトオンパレード』 の8 『鏡に映った後手』に間違いありません。けれどもどうしてそれと知れたのか、自分でも分からないのです。写真裏には何も書いてありません。
 ずっと以前、写真の来歴を一生懸命探求していたときは、「アッこれだ!」と分かったのでしょうか? だとすると今は随分マンネリになっていると言うことですね。心すべき事です。
 印画紙は大手札に白縁付きで、適当にセピア変色しています。
 
伊吹真佐子144-01CRb伊吹真佐子144-01MRc
144−2) R組31 『くさりゼメ』 
伊吹真佐子144-02CRb伊吹真佐子144-02MRc
144−3) R組92 『腹部丸出し猿轡』
 まあなんとポッテリしたお腹・・・
 
伊吹真佐子144-03CRb伊吹真佐子144-03MRc


144−4) ビニール紐縛り
 55年4月号p.241。辻村氏の 「緊縛モデルの素顔 その2」 で、「ビニールの紐で全身を縛られた伊吹真佐子嬢」 として紹介されております。
 
伊吹真佐子144-04Cb伊吹真佐子144-04Mc
144−5) ビニール紐と紹介されていますが、私には6.3个力寝札董璽廚里茲Δ妨えて仕方がないのです。じゃあ細いのは3.8个離セットテープかと言われましても、カセットテープが国産化されるのは1965年ですから、時代が違います。何を使ったんでしょうね? 
伊吹真佐子144-05Cb伊吹真佐子144-05Mc
144−6) これほど特徴的な3枚組なのに、奇クの宣伝に該当するものがありません。当時(かな)組はまだ無く、無印やAS01、CS04、P03といった形で、10組の伊吹嬢単独の手札組写真と、後に出た単独のBS組やR組といった単独写真16枚があるのですが、「ビニール紐」と明記したものは見つかりません。
 こうしてみますと、伊吹嬢も脚が長くてなかなかの美人です。「化粧をすればするほど不美人になる」という評はその通りなのでしょう。でもこのかたの値打ちは、マゾ役であろうが、逆さづりであろうが、浣腸であろうが何でも受け入れる柔軟性と、梨花悠紀子嬢を紹介するなど、人柄の良さでモデルをやめた後でも奇クに貢献し続けたことでしょうね。
   
伊吹真佐子144-06Cb伊吹真佐子144-06Mc


144−7) はしご縛り 
 これより梯子を使った緊縛写真です。5枚の最初ですが、ちょっと他の写真とは毛色が違います。98−3a)と同時撮影分と思われますが両足が宙に浮いています。サイズは大手札です。
 
伊吹真佐子144-14Cb伊吹真佐子144-14Mc
144−8) 54年5月号で『梯子責め3態』がアナウンスされていますが、キャビネ3枚組です。98−3)でご紹介しました。
 これは大手札。モデルは伊吹嬢に間違いないと思うんですが別のシリーズで、出所が分かりません。
 
伊吹真佐子144-15Cb伊吹真佐子144-15Mc

144−9) ここからの3枚は手札サイズです。54年9月と11月に手札サイズで『伊吹真佐子嬢悦虐集5枚組』として出たものでしょうか? 
伊吹真佐子144-16Cb伊吹真佐子144-16Mc
144−10)  
伊吹真佐子144-18Cb伊吹真佐子144-18Mc
144−11) これで梯子を使った縛りはおしまいです。 
伊吹真佐子144-19Cb伊吹真佐子144-19Mc


144−12) ひもの縛り 
伊吹真佐子144-21Cb伊吹真佐子144-21Mc
144−13) ひもの縛り 
 2枚の写真と思っていたのですが、上の写真の単なる裏焼きかも知れません。同一ネガのわずかに角度とトリミングが違う裏焼きでしょう。
 
伊吹真佐子144-22Cb伊吹真佐子144-22Mc


144−14) カーペット上のかに縛り 
 正式には「かに縛り」とは言えないと思いますが・・・ 
伊吹真佐子144-23Cb伊吹真佐子144-23Mc
144−15) 同じカーペット上の縛り 
 この当時、縄やロープよりも紐による緊縛が多かったようです。
 
伊吹真佐子144-24Cb伊吹真佐子144-24Mc


144−16) 開脚逆さ吊り 
 そうとう危険な縛り方ですね。見ていてコワイです。片足ずつ吊ったのでは痛いでしょうから、最初は両足を揃えて、その後二つに分けたのでしょうか? 良く耐えています。 
 上部の現像ムラは現像液に浸けるとき端っこが浮き上がってムラになったものと思います。夏にプリントしたんじゃないでしょうか? あちこちにムラがあり、現像液温度が高いように思います。
 
伊吹真佐子144-25Cb伊吹真佐子144-25Mc
144−17) タヌキ吊り 
 想像しますに、これがR35『手足逆吊り』でしょうか? としますと、直前の写真はR24『逆さ本吊りゼメ』ということになりそうです。 
伊吹真佐子144-26Cb伊吹真佐子144-26Mc


144−18) これも一応股間縛りに属するようです。 
伊吹真佐子144-20Cb伊吹真佐子144-20Mc

144−19) とすると、これが同時撮影分と思われます。56年4月号のAS10『新股間縛り』3枚組? それとも59年10月号のR11『股間縛り正面』でしょうか? 
伊吹真佐子144-27Cb伊吹真佐子144-27Mc


144−20) だんだん自信がなくなってきます。これより少し前の時代には厚狭春江というポッチャリモデルがいらっしゃいました。写真にモデル名を明記しなかった時代なので実態が正確には分かりません。他にも間違う可能性があります。当時のモデルさん、メイクもパーマヘアもよく似ており、間違えやすいのです。   
伊吹真佐子144-28Cb伊吹真佐子144-28Mc

144−21) どうせ分からないのなら準備が出来た順にどんどん上げていきましょう。 
伊吹真佐子144-07Cb伊吹真佐子144-07Mc
144−22) 一見 114-11) の続きで梯子縛りのように思いますが、梯子じゃなくて柱です。同日撮影分だとは思いますが。 
伊吹真佐子144-17Cb伊吹真佐子144-17Mc


144−23) ここからはモデルが違うように思います。 
伊吹真佐子144-08Cb伊吹真佐子144-08Mc
144−24)  
伊吹真佐子144-09Cb伊吹真佐子144-09Mc
 144−25)  
伊吹真佐子144-10Cb伊吹真佐子144-10Mc

144−26) モデルの特定がだんだん怪しくなってきます。 
伊吹真佐子144-11Cb伊吹真佐子144-11Mc
144−27)  
伊吹真佐子144-12Cb伊吹真佐子144-12Mc

144−28)  
伊吹真佐子144-13Cb伊吹真佐子144-13Mc





143) Other Bondage Photographs presented by Mr. H Shirakawa / 143) 白川様のページ 最終

 白川様から頂戴致しました緊縛写真。モデル不明のもの、バラでまとめられないものなどありますので、全てここに掲載致します。また過去にいただきました中にも miscellaneous で未掲載の分があるかも知れません。それらも逐次この頁に載せます。年末に際し白川様に改めてご提供の御礼申し上げます。
 いよいよ大晦日を迎えました。皆様今年はいかがでしたでしょうか? 暗い方ばかり見るのではなく、明るい話題に希望を託したいと思います。 どうぞ皆様良き新年をお迎えください。


143−1,2) 安井喜久子夫人
 左からフラッド球の照明。レフ板は使っているのかいないのか? モデルが誰かよく分かりません。あまり見かけないお顔です。

 ・・・と書きましたが、後輩様から、143−1〜5は全て安井夫人とご教示いただきました。私も異存ございません。94頁に白川様から頂戴したムチ打ちの写真もあります。111頁にはHASSAN様から頂戴したものもあります。私の識別眼は安井喜久子と木村洋子が死角のようです。
 94頁を見れば明らかですが、右腕の種痘痕が安井夫人のものでした。モデルが判明しましたので、お正月の内に頁構成を変更しておきます。
 
  
1212d
5252c

 
 



143−3〜5) 安井喜久子夫人
 随分ローキーの茶色に変色した写真のデータを頂戴しました。モデルさんはよく分からないのですが安井喜久子に似ています。もしそうなら、68年1月号の(おわ) 『逆エビ責めに喘ぐ』 4枚組の3枚ではないかと思います。
 解説は「柔軟な肢体を誇る裸身が両足首を縛った繩と高手小手の縄とを結して締め上げることによって美しい曲線を描いて苦痛に喘ぐ。」 となっております。安井夫人の写真は同年1〜3月に21組発売されています。
18安井喜久子安井18c
48安井48c
47安井47c


143−6) 絹川文代 
33絹川33絹川c


143−7) 長井葉津子 
6長井葉津子6長井葉津子c


143−8) 
1313長井c


143−9,10) 
33c

5151c

143−11,12) 
2323c
4949c

143−13,14) アップコレクションにもありましたが・・・ 
3636c124-11
3838c


143−15,16,17) さて誰だっけ? これで白川様から頂戴した写真はおしまいです。 
44c誰?
1515c誰?
4242c誰?


142) Ms. M.SAKON and others presented by Mr. H Shirakawa / 142) 白川様のページ 検〆原疔穃せ 金原奈加子 中河恵子 大島照代

142−1) 左近麻里子 1-1a,b 1-2a,b 1-3a,b 1-4a,b 1-5a,b
 白川様から今春頂戴したスキャンデータを公開しています。まずは左近麻里子です。1-5の写真は106-15と同じのようです。 
 2013.1.1 随心院様のご指摘により 142-1-5 と 142-3-3 を入れ替えました。1-2 と新 1-5 とは同時撮影分で同じ組で発売されたものと思われます。
 
16左近16d

39左近39d

17左近17d


44左近44c
1414中河c



142−2) 金原奈加子 2-1a,b 2-2a,b 2-3a,b 2-4a,b 
 107頁と同じ襖です。
 
7金原7c
9金原9c

10金原10c
43金原43c



142−3) 中河恵子 3-1a,b 3-2a,b 3-3a,b 3-4a,b 
 4枚ありますが全て状況が異なっております。バラ売り分なら68年のX組とZ組計19枚のいずれかだと思います。 
22中河d
88中河c
45左近45?c
4141中河c


142−4) 大島照代 4-1a,b 4-2a,b 4-3a,b 4-4a,b 
 大島照代が奇クの分譲写真に出たのは67年のみ。でも同年に25組も出しています。(英字組は68年のX組4枚のみ) きっと子供を抱えてお金が必要だったのかな? でもこの人、奇ク廃刊後も確かスペシャリーなどで見かけました。奇クで知り合った作家とデイトは繰り返していたようですね。 
2828大島c

3434大島c

55大島c
3131大島c



141) Mrs. F.SEKIYA and others presented by Mr. Haruki Shirakawa / 141) 白川様のページ 掘ヾ慍杏拑柑 ローズ秋山 佐々木真弓

今春、白川春樹さまから大量の写真データを頂戴致しておりましたにもかかわらず、長く気付かずにおりました。ご厚意を無にしていましたことをお詫び申し上げますと共に、ここに掲載し皆様にごらんに入れます。

141−1) 1-1a,b 1-2a,b 1-3a,b 関谷富佐子 略号(もす)
 足下に「カメラハント甘い鞭」と書かれた紙があることより、1967年6月号、辻村隆氏によるSMカメラハントの記事写真に間違いないと思われます。しかしこれら3点は誌面で公開されておりません。
 代わりに同誌目次前の分譲写真広告に、「<甘い>鞭に悶える関谷夫人の艶姿」として15組の新分譲写真が出ておりますが、その中の略号<もす>『半吊りでムチ打ち』3枚組がこれにあてはまりそうです。解説は「全体重を細いロープにかけて吊り下げればズルズルと縄は伸びて僅かに足の爪先が床に着くところを革ムチをふるって背尻脚と乱打すれば揺れながら泣声を挙げる。」とあります。ここでは関谷夫人の豊かな髪の毛が、とりわけ魅力的に写っています。
 白川様からは少し圧縮がきついものの、階調豊かなカラースキャンで頂戴しましたので写真の魅力を十分に引き出すことが出来ました。
   
26-6706甘い鞭26-6706甘い鞭c
2727b-6706甘い鞭c
2929-6706甘い鞭c

141−2) 2-1a,b 2-2a,b 2-3a,b 関屋富佐子
 その記事に使われた最初の写真。関谷夫人が前にこの紙を貼られて柱縛りになっている写真ですが、周囲に余裕があり、部屋の雰囲気が良く写っています。この部屋で撮った写真が3枚ありますのでお目に掛けます。
 123-05,06と同じ写真ですね。この四角い竹が装飾となっている部屋は、他のモデルさんでもよく使われています。
 
3030c

131c

3232c


141−3) その他の関谷夫人 3-1a,b 3-2a,b 3-3a,b
 関谷夫人の写真が数枚残りました。十分に考察できないまま次に掲載致します。3-1 は123-17 と、3-2 は121-17 と同じ写真と思われます。
 
2525関谷c

3535関谷c
3737関谷c
 更に数枚見つかりました。3-4a,b は123-07と29 の同時撮影分。3-5a,b も同じ部屋での写真と思われます。写真の焼き付けの関係でしょう、硬調になっていましたので、僅かに軟らかくしておきました。 
4040関谷d

5050関谷c


141−4) ローズ秋山夫妻 4-1a,b 4-2a,b 4-3a,b 4-4a,b 
2020c

2121c

2222c
2424c


141−5) 佐々木真弓 5-1a,b 5-2a,b 5-3a,b 
 107頁付近に20枚ばかりアップしてありますが、私は佐々木真弓、あんまり持ってないんです。村上ゆき時代は126頁ですね。腰からお尻の線がなまめかしくていい写真です。 
1111c
1919c
4646c

140) Ms.Toshiko Eguchi 140) 江口淑子

 次に江口淑子が17枚ほど見つかっていますのでご覧に入れます。
 実は5月末にはスキャンが出来ていたのですが、このページを更新するのが億劫になってまして・・・・他の写真に入れ上げておりますと奇クの写真の勘が鈍りまして。昔、江口嬢として分類したものの自信がなくなって参ります。雑誌を見て再確認しようにも、奇クは書棚の奥。手が着かないままお盆を迎えた次第です。
 今回、修整を試みますと、さすが70年頃の奇ク写真。スポッティング箇所が少なく17枚を3時間で終えました。写真屋さんのプリントで、ボッテリと硬調なのが欠点で、人物写真としては美しくないのですが、これを軟調に処理してもネムくなるだけです。スキャン時点で全ての階調を読み込むようにしていますので、興味のあるかたは試みてください。トーンカーブを椅子型にして、多くのトーンを中央に集めると、少しはマシかも知れません。
 確認せずにアップします。もし間違っていたらコメントでお知らせ下さい。

 さて、2年近く経って、4枚の写真がスキャンされたまま掲載されていないことに気がつきました。このページの最後に追加します。(2014.05.05) 


140-01 江口淑子01c140-01) 
 江口淑子のかな組写真は71年11月号で11組33枚が、翌年11月号でカラー写真2組4枚がアナウンスされています。





140-02 江口淑子02c140-02) 
 英字組では71年12月号のV組に23枚。73年2月号のSM組に10枚含まれています。





140-03 江口淑子03c140-03) 








140-04 江口淑子04c140-04) 
 71年11月号で発表された江口淑子の(かな)組写真

 ちよ   高手小手縛り哀感 マダム淑子の裸身のすべてを緊縛によってあからさまに暴く。
 ちん   苦悶するエビ縛り 女体の神秘を探ぐる縄は油汗を流させながら体臭をかぎまくる。
 ちひ   翻弄されるマダム 縄尻を握られて振り回わされる縛られた女体は法悦境を彷徨う。
 ちゆ   愁いある目と猿轡 歯と歯の間に猿轡を噛まされたマダムの目は妖しく輝く。
 ちそ   悦虐天国への階段 床の上に投げだされた女体は、みずみずしい芳香を放って泣く。
 ちわ   いたぶられる媚態 まかせきった全裸の女体は縄の媒介によって火と燃えたぎる。
 ちは   紅閏へのいざない 向うに見えるのは閏の室か猿轡の白さも鮮かにマダムは濡れる。
 ちい   後手高手小手三態 変幻きわまりなきポーズの型に依り高手小手の縛りも変化する。
 ちし   開股縛りの醍醐味 手摺りを利用した開股縛りによって女体の魅力がたまらない。
 ちへ   強烈股間縛り点描 双臀に深々と埋まれるように喰い込る股間縄の見事な描写。
 ちせ   強烈足吊りの苦痛 厳しく締めつける縄にも増して揃えた足を吊られる激痛は凄い。

 72年11月号のカラー写真
 あお   海老責め後手吊り 強烈な海老貴めと仲した後手を逆に吊り上げた姿態のなかに、あられもないM女の秘密があった。
 あわ   苦痛と喜悦の交錯     厳しい縄目で裸身をさいなまれる苦痛も彼女にとっては、身のおきどころない甘い喜悦であった。


140-05 江口淑子05c140-05) 










140-06 江口淑子06c140-06) 








140-07 江口淑子07c140-07) 








140-08 江口淑子08c140-08) 
 71年12月号のV組と73年2月号のSM組。 
V010 羞恥の源を抉る
V012 菱縄縛正面開放
V018 胡坐縛りの羞恥
V019 ゴム人形の恐怖
V026 両足吊りの苦悶
V029 恍惚バイブ責め
V030 マダム責の哀愁
V033 雁字細目の女体
V034 足挙げ責の羞恥
V040 マダム全裸開陳
V041 後手錠吊上げ責
V049 エビ責めの序曲
V055 人の字型羞恥縛
V056 浴室での浣腸責
V061 喰込む股間縄責
V063 片足挙げ開股縛
V064 菱縄悲し女泣く
V066 引回される全裸
V071 被縛者のマダム
V074 厳重菱縄緊縛責
V075 両手両足吊り責
V081 強烈海老責地獄
V097 股間縛の引回し
SM021 強烈海老責縛り
SM022 鞭打ちにもがく
SM023 強制する開股責
SM024 辱恥をさらける
SM025 奴隷の誓を開陳
SM026 排泄姿態の強制
SM027 耐久カガシ責め
SM028 排便姿態で縛る
SM029 欄間に晒す開股
SM030 笞で強要の汚辱


140-09 江口淑子09c140-09) 








140-10 江口淑子10c140-10) 








140-11 江口淑子11c140-11) 
















140-12 江口淑子12c140-12) 















140-13 江口淑子13c140-13) 








140-14 江口淑子14c140-14) 








140-15 江口淑子15c140-15) 








140-16 江口淑子16c140-16) 














140-17 江口淑子17c140-17) 
















140-01 江口淑子01d140-1改) 
 「トーンカーブを椅子型にして、多くのトーンを中央に集めると、少しはマシかも知れません。」 と書きましたが、我ながら無責任だったかなと思い、その方法で 140-1 を軟調にしてみました。確かに顔も明るく全体に柔らかくプリントできました。ちょっとしたことですが随分印象が変わります。
 同様に数枚試しましたが、 140-2 はあまり変化無く、3 は却ってフラットな惚けた印象になっただけでした。条件をいろいろ変えてもさしたる変化はありませんでした。
 硬調写真にも2種類あって、紙焼きそのものが硬調の場合と、スキャンの時に最明部と最暗部のデータを捨ててしまって硬くなった場合があります。これはちょうどネガの情報量と紙焼きの情報量の関係と同じですね。
 私は全階調をデータ化するようにしていますので、調整の自由度は高いのですが、その調整による効果のほどは別ということでした。また一つ勉強できました。
 まだ試していませんが、140-16 などは、この方法で軟らかくいいムードの写真になるように思います。もっともいくら軟調にしても、お毛々が見えるところまではとうてい無理と思いますよ。 
 なお、Windows 7 のフォトビュアーで人物を印刷する場合、オプションの「印刷をシャープにする」は外しておいた方が良いようです。 


 さて、このサイト、150ページまで来て停滞してしまいました。今回少しずつでもと思い、過去の記事を見直したところ、このページ用に4枚スキャンしながら、掲載せずにおりましたので、ここにアップ致します。(2014.05.05) 
140-18 江口淑子18c140-18) 
 16番の写真と同時撮影分です。














140-19 江口淑子19D140-19) 
 同じくです。














140-20 江口淑子20D140-20) 
 1〜8枚目あたりの続きでしょうか? ここらの写真、黒つぶれののガチガチプリントで、トーンカーブを相当いじって何とかシャドーとハイライトのバランスを取りました。140-1改と同じ手法ですが、手間がかかる割に、さしたる効果も無いようです。




 

140-21 江口淑子21D140-21) 
 上の続き写真です。
以上4枚でこのページを再度終えます。



 

139) Ms.Chizuko Suzuki / Ms.Sheila Kenny 139) 鈴木千鶴子 / シーラケニー

私の持つ奇ク分譲写真も、不明分が多く各写真ばらばらですので、分類のとっかかりが無く、苦戦致しております。その中で数がまとまったモデルさんについて、ここ3〜4頁掲載して参りました。この頁では、鈴木千鶴子嬢とシーラケニー嬢をお目にかけます。 

139-01 鈴木千鶴子c139−1) 鈴木千鶴子 1
 鈴木千鶴子嬢は72年5月号で、5組15枚がアナウンスされています。同年9月の新K組に17枚、73年2月のSM組に10枚という陣容です。ここではそのうち15枚をお目にかけます。
 奇クではこの年の6月号からグラビアが復活しており。鈴木嬢も9月号以降、その均整のとれた肉体を披露されています。
 この写真は11月号「浣腸責めの幻想」の上の写真の別カットです。









139-02 鈴木千鶴子c139−2) 鈴木千鶴子 2
 不思議な座椅子に乗せられています。10月号では普通に座って開脚ポーズとなっています。






139-03 鈴木千鶴子c139−3) 鈴木千鶴子 3
 ここで、72年9月号と翌2月号に発表された、新K組(17枚)とSM組(10枚)の題名を先にもお目にかけます。
NK001 正面から狙う眼
NK010 椅子開股両足吊
NK013 高々と後手縛り
NK019 棒責めにあえぐ
NK023 両足吊浣腸姿態
NK029 強烈な股間縛り
NK033 宙に浮いた苦痛
NK039 菱繩正面髪掴み
NK043 責め抜かれた果
NK051 プロポーション
NK059 海老棒責めの惨
NK064 ニッ折りの仕置
NK068 反り返った女体
NK076 淫らな羞恥責め
NK083 責められた悦楽
NK087 気慨るき責の宴
NK091 悶えに悶えた末
SM031 縄の痛さに泣く
SM032 浣腸にのけぞる
SM033 凄絶海老なぶり
SM034 大の字開脚晒し
SM035 棒責め裸女失神
SM036 両足首開脚吊り
SM037 全裸手吊り正面
SM038 エビ責にあえぐ
SM039 艶美椅子に悶ゆ
SM040 全裸緊縛浣腸責

 次に、72年5月号で発売された5組(全て3枚組500円)の表題をご紹介します。
1.『後手高手小手三態』 (ぬみ) 伸びやかな肢体に縄が喰い込むほど力をこめて典型的な高手小手縛りにした踊子の可憐な表情。
2.『卓上の緊縛悦虐態』 (ぬろ) テーブルの上に於いて演じた千鶴子のあからさまな縛りと肉体のかもし出す悦虐味あふれる饗宴。
3.『全裸浴室股間縛り』 (ぬひ) 銀色に輝くタイルの浴室で全裸の踊子が股間縛りになって、さまざまな姿態をとらされてゆく。
4.『悶える踊子の欲情』 (ぬま) 羞恥責めの果て、次第にエスカレートして流右の千鶴子も階段上の縛りでは頂上に登りつめる。
5.『美しき全裸の縛り』 (ぬふ) やはり踊子ではある。後手に厳しく縛られていても巧まずして全裸のまま美しいポーズをとる。

 こうしてみますと、HASSAN様から頂戴して114−4に掲載させていただいた3枚は(ぬろ)の可能性が高いようですね。白川様から頂戴した、96−5,6のうち、5aもSM040で間違いないでしょう。


139-04 鈴木千鶴子c139−4) 鈴木千鶴子 4
 11月号グラビア『浣腸責め幻想』の類似写真です。 NK023 『両足吊浣腸姿態』かな?
 若干不自然ではありますが、綺麗な身体を美しく写した良いポーズです。
 奇クのグラビア復活はいいのですが、モデルさんも前田真知子さんなど、美人も多くなったのですが、どうも精彩がありません。 洗面器と浣腸器をチラッと見せただけで「浣腸フォト」と名乗るような時代では、既に無くなっていたのです。
 かといって芸術的に美しい写真でもない。中途半端で素人っぽい雑誌に堕していったのですが、それでもフェチなど、ある種のファンを釘付けにする魅力は残っておりました。

139-05 鈴木千鶴子c139−5)  鈴木千鶴子 5 
 これから、横位置写真4枚が続きます。特に話題もありませんので、一挙掲載と参ります。






139-06 鈴木千鶴子c139−6)  鈴木千鶴子 6  








139-07 鈴木千鶴子c139−7)  鈴木千鶴子 7  








139-08 鈴木千鶴子c139−8)  鈴木千鶴子 8  








139-09 鈴木千鶴子c139−9)  鈴木千鶴子 9 
 奇クの写真もこの頃になると横位置が多くなって参ります。以前はほとんどが縦位置だったんですよ。ハイアングルのこの写真は縦横いろんな見方が出来ると思うのですが、私はこの角度が自然で好きです。
 ほとんどが6×6で撮っているのに、どうして横位置トリミングが多くなったか想像してみますと、長くグラビアが廃止されていたため、1ページ全面印刷の必要が無く、カメラハントなど記事写真は小型で横位置が便利だったからかも知れません。グラビア復活は72年の6月号。多分この撮影日から数ヶ月後だったでしょうから。







139-10 鈴木千鶴子c139−10)  鈴木千鶴子 10 








139-11 鈴木千鶴子c139−11)  鈴木千鶴子 11 
 ここからの3枚は一組のように見えるのですが、組名を特定する決め手がありません。






139-12 鈴木千鶴子c139−12)  鈴木千鶴子 12 








139-13 鈴木千鶴子c139−13)  鈴木千鶴子 13  








139-14 鈴木千鶴子c139−14)  鈴木千鶴子 14  
 新K組の59 『海老棒責めの惨』 でしょうか? 横に棒が置いてあるだけなんですが・・・・。安易な題名です。






139-15 鈴木千鶴子c139−15)  鈴木千鶴子 15  
 SM035 『棒責め裸女失神』 でしょうか? 棒を立てかけて目をつぶらせただけなんですが・・・・。
 どうも、奇ク写真の題名や解説を読みますと、夜店の見せ物みたいいに、大げさで、だまされたようで、アホらしくて、ほほえましくて、愛らしくて、懐かしく思えます。










139-16 シーラケニーc139−16) シーラ・ケニー 1
 万博見物に来ていた北欧系女性、シーラ・ケニー嬢です。風奇にはモニカがいましたが、シーラのほうが日本慣れしていない感じですね。70年6月号に17組アナウンスされています。

1.『首縄高手小手縛り』 (いき) 生れて初めて縛られる首縄高手小手縛りの全裸の肢体を言われるままに動かして床の間の飾り物のように白い肌を晒すのだった。
2.『縄の痛さに耐える』 (いめ) ぎゅうぎゅうと力まかせに締めつける縄は柔肌に驚くほど喰い込んで、その苦痛に耐えようとする彼女の表情に一段と迫力を増す。
3.『股間縛は凄く締る』 (いあ) きびしい高手小手縛りに加えて首縄、更に埋れるような股間縛りで肌を割り不自然な姿態を強要すれは美しい顔面が忽ち紅潮する。
4.『卓上の裸身は躍る』 (いて) テーブルの固い板の土に正座させれた白人の美女が縦横に縄を掛けられて二つ折りになっているのを正面側面背面から狙った。
5.『両手吊りの全裸像』 (いえ) シーラ嬢の美しい容貌とすらりと伸びた肢体とが両手を吊られて拘束されることによって諦めきった被虐美を最高に発揮している。
6.『投げだしだ被縛体』 (いま) 縛られた彼女の心の中にマゾの芽が芽ばえているかどうかわからないが、全裸で縛られたこのポーズの中に諦めきった相が見える。
7.『麻縄は女体を裂く』 (いゆ) ドス黒い麻縄は情容赦なく白肌に埋まり青い目を曇らせて、この異様な緊縛に耐えようとする。
8.『縛られるのはいや』 (いせ) つぶらな青いひとみを見開いて何をするのと言いだけに責手を見る目には可憐な拒否がある。
9.『私の裸を見ないで』 (いし) 多分彼女は今まで人前で裸の肌を晒したことがないだろうに、今は後手に縛られて前をかくすすべさえなく喘ぎ悶えるだけである。
10.『日本式縛りの痛さ』 (いそ) すらりと伸びた長い脚、しかし今は徒らな足掻きを見せるに過ぎない。日本式縛りの厳しさが今こそ彼女の骨身にこたえるのだ。
11.『白人をいたぶる手』 (いや) 責めのイケニエとなった哀れな彼女は悪魔の触手によって身動きも出来ない縛られの肢体をさんざんに、いたぶられるのであった。
12.『金髪美女も台なし』 (いも) 房々とした金髪、格好のよい高い鼻、平常は男性を尻目に高慢だったか知らないが、このように縛られると裸を羞らう哀れな女た。
13.『被虐の表情を狙う』 (いむ) 高手小手乳房縛り首縄に責めあけたシーラを様々にいじめて其の表情をアップで狙いをつけた。
14.『美しき緊縛の姿』 (いけ) 彼女の顔の美しさ肢体の美しさを縄を用いることによって、このように最大限にまで高めることが出来たのは大成功であると思う。
15.『逆エビ責めの外人』 (いひ) 長い足を逆に折り曲げてエビ縛りにすれは流石にスタイルの良さを誇るだけあって、まことに優美な肢体を輝くばかりに開陳した。
16.『雁字搦目で椅子に』 (いえ) あるだけの縄を使ってシーラの白い肌に狂ったように掛けた結末が、このような余りにも日本的な縛りとポーズになってしまった。
17.『落花狼籍のしとね』 (いう) ビール瓶、コップ、食べ散らかした寿司の器、その中で麻縄で縛られた彼女は疲れきった全裸体を長々とのびたように横たえた。


139-17 シーラケニーc139−17) シーラ・ケニー 2 
 一方、単体売りは71年4月、Y組の88から100までの13枚。これは28〜29頁に全て掲載致しました。この頁に10枚掲載しますが、Y組と重なる写真は1枚もありませんので全て上記かな組と思われます。



139-18 シーラケニーc139−18) シーラ・ケニー 3 
 解説文から消去法で想像しますと、(いえ)ということになりますが・・・・














139-19 シーラケニーc139−19) シーラ・ケニー 4 















139-20 シーラケニーc139−20) シーラ・ケニー 5 
 29頁のY組90の類似写真です。














139-21 シーラケニーc139−21) シーラ・ケニー 6  
















139-22 シーラケニーc139−22) シーラ・ケニー 7  
 ここからは、外人独特の足の長さを活かしたポーズが続きます。Y96の類似写真です。













139-23 シーラケニーc139−23) シーラ・ケニー 8  














139-24 シーラケニーc139−24) シーラ・ケニー 9  








139-25 シーラケニーc139−25) シーラ・ケニー 10  
 これでこの頁を終えます。

















138) 新年あけましておめでとうございます / 三浦純子・荒尾慶子・松本たえ の残り分

新年あけましておめでとうございます。
 被災地の皆様には、良き復興の御年でありますよう祈念申し上げます。


 随分長期にわたり、新規アップ出来ないまま、もう4月を迎えてしまいました。仕事に追われた後の放心状態が続いたためでした。
 まだ皆様のお目にかけていない奇クの分譲写真は、簡易アルバムで50冊ほど。1冊平均10枚ぐらいしか入っていませんので、残り500枚ぐらいですね。ヒマになるんだったらすぐにアップ出来るだろうと思われるでしょうが、最近持久力がトンと無くなってしまいました。
 ものは試しと、三浦純子を8枚スキャンしてみたのですが、修整に2時間。その2時間が保たない。マウスが重く胸がムカムカしてきて、息苦しくて仕方がない。ディスプレーの前に座っていられない気分です。自分はこんなに根気のない人間だったのかと信じられない思いです。
 最近とみに年齢を感じます。厚労省が65歳まで継続雇用させる法律を作るそうですが、年金財政の都合を優先した暴挙だと思います。一般的な日本のサラリーマンの肉体的限界を見極めないといけない。年齢という自然現象を、政治の都合でねじ曲げてはいけないのです。激務に耐える肉体限界は60〜65歳の間に突然襲ってきます。
 営業部長が重役や相談役になって、部長には若い人が就任するならいいんですよ。でも同じ営業部長のまま65歳まで定年を延ばすと、体力限界からミス・失敗が続出し、職業人生の晩節を穢すことにもなりかねない。本人にとっても若い人にとっても良いことではないでしょう。私は65歳定年制には大反対です。
 ということで、その8枚からお目にかけます。

138-01 三浦純子1b138-1) 三浦純子 1
 18頁のY1とカーテンの位置が違うだけの類似写真です。
 以下、間違いがありましたので番号を訂正します('12.04.08)













138-03 三浦純子3b138-2) 三浦純子 2
 19頁のY9〜Y12の類似写真です。














138-04 三浦純子4b138-3) 三浦純子 3
 同上です。87−7に掲げた、随心院様から頂戴した写真と同じです。







138-05 三浦純子5c138-4) 三浦純子 4















138-06 三浦純子6b138-5) 三浦純子 5
 18頁のY4に似ています。







138-07 三浦純子7b138-6) 三浦純子 6
 23頁のY41そのもののようです。カットは同じですが、プリントは別です。すなわち裏にY41とは書かれていません。













138-08 三浦純子8b138-7) 三浦純子 7















138-02 三浦純子2b138-8) 荒尾慶子 1
 本日、三浦純子と間違えて2枚目にアップしていた写真です。














138-13 荒尾慶子5b138-9) 荒尾慶子 2
 同じ部屋、同じ縛りです。














138-09 荒尾慶子1c138-10) 荒尾慶子 3
 99頁で、皆様にMs.荒尾と教えていただいた写真です。おかげで分類できました。
 荒尾慶子初出の71年8月というと、私がぼちぼちこの世界への興味を失いかけた頃です。グラビアは復活せず、分譲写真の宣伝だけは目にしましたが、実物は見ずじまい。他のSM誌はカラー化していましたが、まだまだ色調悪く、写真のアルバイトで稼いでいた私を満足させる作品もありませんでした。
 35亳狭討任蓮印刷屋さんにイヤ顔をされました。カラーポジを1枚分解するだけで3万円取られたのを覚えています。高価な印刷費に見合う原板が必要とされたのです。カラーTP用にマミヤC33を買ったのですが、55丱譽鵐困鮖箸Δ反燭胆弔鉾色したのを覚えています。そんな時代でした。
 SM雑誌のカラーグラビアが綺麗に印刷されたのは、80年に近づいてからの話だったように記憶します。その頃には私はとっくに足を洗っておりました。ですから皆様のお知恵をいただかないとモデルの特定が出来なかったのです。


138-11 荒尾慶子3b138-11) 荒尾慶子 4
 上と同じ部屋・縛りです。







138-12 荒尾慶子4b138-12) 荒尾慶子 5








138-14 荒尾慶子6b138-13) 荒尾慶子 6
 同じ部屋だと思います。87-7)に掲載した、随心院様からの贈り物と同じ原板でしょう。






138-17 荒尾慶子9b138-14) 荒尾慶子 7








138-16 荒尾慶子8b138-15) 荒尾慶子 8
 113-16)に発表したHASSAN様からの頂戴物と同じネガだと思います。







138-18 荒尾慶子10b138-16) 荒尾慶子 9
 10〜12と同じ、取り合いの障子がある部屋ですが、縛りかたが少し違います。107-18)と同じ原板です。













138-15 荒尾慶子7b138-17) 荒尾慶子 10
 別の状況です。私の手持ちに、同じ写真が2枚あります。







138-10 荒尾慶子2b138-18) 荒尾慶子 11
 これも113-1a) に掲載した、HASSAN様から頂戴した画像と同じものです。







138-19 松本たえ 1c138-19) 松本たえ 1 絹川文代
 次に松本たえ(芸者福竜だったかな?)を選んだのは、単に荒尾慶子と同じアルバムに分類していただけの話で、他意はありません。残り4枚ありました。
 GT−5500様から、絹川文代とのご指摘をいただきました。訂正いたします。 



138-20 松本たえ 2c138-20) 松本たえ 2
 この写真は、99-22)のモデル当てクイズでお目にかけたものです。自分が分からなかったので、皆様のお知恵をいただいただけなのですが・・・。
 別に、87-9)で随心院様からも画像を頂戴しておりましたのと同じプリントです。




138-21 松本たえ 3c138-21) 松本たえ 3
 上の写真のアップだと思います。







138-22 松本たえ 4c138-22) 松本たえ 4
 この4枚は、昔とは違った修整方法を試みています。18)までは、あまり調子をいじらなかったので、プリントすると眠い感じになっていたかも知れません。
 この4枚では、わずかにピントアップし、最終でコントラストを整えています。条件も少しづつ変えています。これなんか黒がつぶれて見えるかもしてません。普通パソコンのディスプレイはかなり硬調にセットされていることが多く、プリンターでは違った調子に印刷されるため、若干の工夫が要るようです。



137) Bondage Photographs of Pregnant Women / 137) 妊婦縛り 

137-01 福井桃子1c137−01) 福井桃子の1 
 印刷用の修正がしてあります。ネガに直接書いたのか、一旦キャビネくらいにプリントしてホワイトを塗ったものを、販売用に大手札にコピーしたものか? 他にもいくつかそういう写真があります。
 福井桃子の写真は71年から73年にかけて数多く発売されています。 




137-02 モデル不明1c137-03 モデル不明2c137−02,3) モデル不明
 残念ながら、モデルが誰かは全くわかりません。












137-00 妊婦緊縛封筒b137-00B-妊婦、股間縛りb137−資料) 略号(にふ)
 (にふ)の判子のある紙袋に3枚の写真が入っておりました。63年4月号で紹介された児玉昌子のものと思われます。










137-04 児玉昌子1c137−04) 児玉昌子(にふ)の1
 上の広告の通り、6月号で分娩後の緊縛写真が分譲されるのですが、ハラボテ写真でも気持ちが悪いのに、しぼんだ風船みたいなお腹を見て何が面白いんでしょうか。やっぱりこれは変態の所業のような気がします。




137-05 児玉昌子2001137-05 児玉昌子2c137−05) 児玉昌子(にふ)の2 
 左のごとく、傷だらけのネガからのプリントでした。長時間かけて見苦しい部分は修正しましたが、あまりきれいにはなりませんでした。











137-06 児玉昌子3c137−06) 児玉昌子(にふ)の3 
 そういえば昔、昭和30年頃には、妊娠した女性はこういう帽子を被っていました。38年ともなるともっとモダンなファッションになると思うのですが、当時のレトロ趣味でしょうか?












137-07 富田由美子1c137−07) 富田由美子の1 
 多分V組の93『妊婦大の字縛り』ではないかと思います。71年12月の発売です。(かな)組は71年11月号からの登場ですが、当時すでに妊娠していたんですね。翌4月号からは妊婦緊縛として宣伝されています。











137-08 富田由美子2c137−08) 富田由美子の2 
 発売されたのは、かな組が8組、英字組はV組8枚です。かな組には解説が付いておらず、特定が困難です。












137-09 富田由美子3c137−09) 富田由美子の3 















137-10 富田由美子4c137−10) 富田由美子の4 
 71年6月発売の(へえ)『蝋燭責めの妊婦腹』かもしれませんが、これ1枚ですので、多分V組の9『蝋燭責め後手縛り』 













137-11 富田由美子5c137−11) 富田由美子の5 















137-12 富田由美子6c137−12) 富田由美子の6 















137-13 富田由美子7c137−13) 富田由美子の7 
 奇クの72年11月号グラビア頁に類似写真が掲載されています。







137-14 富田由美子8c137−14) 富田由美子の8














137-15 田中美佐子1c137−15) モデル不明(中河恵子) 
 このお臍の周りの汚れはどこかで見たことがあります。そうか、中河恵子さん。76ページ掲載の(この)をご参照ください。









137-16 田中美佐子1c137−16) 田中美佐子1 
 ここからの3枚は、64年7月号でアナウンスされた、田中美佐子さんと思われます。












137-17 田中美佐子2c137−17) 田中美佐子2 
 この2枚が(にや)かな? 『柱縛りの妊婦』 「これは珍しい、床柱に後手の繩を縛りつけられたフォトです。妊婦嗜好はかりでなく、女体緊縛マニヤの方々にも、一見をおすすめしたいコレクションです。」との解説です。
 17,18はあまりお腹を強調していません。印画もきれいです。





137-18 田中美佐子3c137−18) 田中美佐子3 














137-19 モデル不明3c137−19) モデル不明3 
 この写真が、障子の形から前とつながるのか、目隠しの点で後ろとつながるのかが分からない。
 ピントがはっきりしないので、21につながるように思いますが。












137-20 モデル不明4c137−20) モデル不明4 















137-21 モデル不明5c137−21) モデル不明5 
 アイマスクと鼻輪をしています。奇クの趣味ではありません。
 ピントも調子もイマイチで、縄の様子を見ても素人写真のように思えます。












137-22 モデル不明6c137−22) モデル不明6 














137-23 モデル不明7c137−23) モデル不明7 
 なかなかきれいな画像です。このモデルさん知っているような気がするのですが思い出せません。
 縄に布を挟んでふんどしにするのは、濡木氏がよく使う手法ですが、印画は普通のバライタ紙で、ローキーでもない。緊美研とは考えにくいのです。










137-24 モデル不明8c137−24) モデル不明8 
 明日には分娩台に上がろうかという、ものすごいお腹ですね。男の子は男が産んだら? という話があるのですが、私はまっぴらですね。よくぞ男に生まれけり。







137-25 モデル不明9c137−25) モデル不明9 中河恵子  
 一転ローキーの美しい画面です。奇クではローキーは少ないのですが、他の雑誌という確証もありません。
 しっかりしたピントでモデルさんの荒れた鮫肌を浮き彫りにしています。女性は自身の美と健康を削って出産するのだと、つくづく思います。
 妊婦縛りの写真はこれで終えます。
 伝道者様から、モデルは中河恵子とご指摘いただきました。 









136) 65's Photographs miss N.OSAKABE , miss K.YAMAHARA + A.SUZUKI / 136) 刑部典子と山原清子の拾遺集

6506表よきほや このブログ。ずいぶん長く新規記事を書き込んでいませんでした。その間以前のページの更新は頻繁sに強いていたんですが。
 ここ数回、1950年代が続きましたので、たまには新しいものをと思い、刑部典子嬢と山原清子嬢の残りをお目にかけます。
 山原嬢の(さる)の初出宣伝文を左に掲示しますのでご参照ください。










136 刑部典子99-17c136−1) 刑部典子の1 
 刑部嬢は80)ページでふんどし姿を10枚ほどお目にかけました。この写真は99)で皆様のお知恵をいただいたものです。
 刑部嬢は65〜66年に(かな組)7組とK組7枚が発売されました。
 残念ながら、「白ふん、黒ふん」以外に、題名にあまり具体的な内容が書かれていないので組名の特定はできません。










136 刑部典子2c136−2) 刑部典子の2 
 上記はローマ字組、これ以下の3枚はかな組だと思うのですが、解説に猿轡への言及がないので組名はわかりません。











136 刑部典子3c136−3) 刑部典子の3 
 すこし窮屈な画面です。今まではマミヤのC33あたりを使っていたのが、ローライかハッセルにでも替えたのでしょうか。80个離譽鵐困世隼廚い泙后













136 刑部典子4c136−4) 刑部典子の4 














136 もや山原清子c136−5) 山原清子(もや) 
 65年8月号初出の、山原清子の(もや)3枚組の1枚。写真裏に(もや)と書いてあります。題名『乳枷貞操帯着用』、解説「お碗を伏せたような大きな乳房が革製の枷で根元を締められて、むっくりと盛り上り、前には黒光りする貞操帯がぴったりと切り込んだように装着されている。そんなあられもない姿で、正面向いて晒されているが、後手は革紐で括られ背後の柵に繋がれているので逃げだすわけにはいかない。」
 何か乳枷がごちゃごちゃしていますね。








136 さる山原 鈴木01c136−6) 山原清子と鈴木晃子(さる)の1 
 山原嬢と鈴木嬢の女斗美写真は、78)ページに(さあ)と(さや)合計30枚中17枚ばかりをお目にかけました。ここでは(さる)10枚組が全部そろっていますので一挙掲載いたします。
 65年6月号でこの3組40枚が同時発売されました。(さる)は『猿轡をされるまで』と題されており、解説は「強烈に縛りあげられた鈴木晃子の鼻をつまみ口を開けたところへ布片を押し込み、豆絞りの猿ぐつわを無理強いに噛ませてしまうまでの連続組写真である。」となっています。








136 さる山原 鈴木02c136−7) 山原清子と鈴木晃子(さる)の2 















136 さる山原 鈴木03c136−8) 山原清子と鈴木晃子(さる)の3 















136 さる山原 鈴木04c136−9) 山原清子と鈴木晃子(さる)の4 














136 さる山原 鈴木05c136−10) 山原清子と鈴木晃子(さる)の5 















136 さる山原 鈴木06c136−11) 山原清子と鈴木晃子(さる)の6 














136 さる山原 鈴木07c136−12) 山原清子と鈴木晃子(さる)の7 















136 さる山原 鈴木08c136−13) 山原清子と鈴木晃子(さる)の8 














136 さる山原 鈴木09c136−14) 山原清子と鈴木晃子(さる)の9 















136 さる山原 鈴木10c136−15) 山原清子と鈴木晃子(さる)の10 
 以上で(さる)10枚組が終了いたしました。
 さるぐつわをされるまでの連続写真10枚組ですので当たり前かもしれませんが、同じカメラ位置から同じ方向へ同じポーズをさせた写真です。まるでモータードライブの連続写真のようで、果たして全部を掲載する価値があったかどうか? 
 まあ、すべてをお目にかけたことだけが値打ちだったようなような気がします。











135) miss Chieko Hagi / 135) 萩千恵子

萩千恵子01Cb萩千恵子01Mc135−1) 萩千恵子の1 
 どうも、奇クの第一期黄金時代はモデルさんの特定が難しいようです。134ページも萩嬢と疑われる写真がありました。












萩千恵子02Cb萩千恵子02Mc135−2) 萩千恵子の2 
 55年1月号のグラビア。『姿態美二態』として発表されたものです。













萩千恵子03C?b萩千恵子03M?c135−3) 萩千恵子の3 
 55年10月号のグラビア。『どういうポーズをとるの?』














萩千恵子04C?b萩千恵子04M?c135−4) 萩千恵子の4 







萩千恵子08Cb萩千恵子08Mc135−5) 萩千恵子の5 
 55年2月号グラビアとよく似ています。














萩千恵子09Cb萩千恵子09Mc135−6) 萩千恵子の6 















萩千恵子10Cb萩千恵子10Mc135−7) 萩千恵子の7 



















134) miss SATOKO KAWABE & miss NAMIKO MURATA / 134) 川辺砂登子 村田那美子

川端嬢ばかりでは退屈ですので、それに続くモデルさんをご紹介します。
 53年9月号、「縛られた女ばかりの座談会」の同席者、厚狭春江、坂口利子、村田那美子、雲井久子、高瀬忍といった面々が、川端嬢と重なりつつ、その直後を引き継ぎます、そして55年の第1期黄金時代には、萩千恵子、川辺砂登子、伊吹真佐子が加わります。
 このページでは、川辺砂登子嬢と村田那美子嬢にスポットを当ててみたいと思います。ちょっと自信がないのは、以上に掲げたモデルさんの中に、顔を充分に撮させなかったかたが居て、モデルの特定に確信を持てないことです。

川邊砂登子01Cb川邊砂登子01Mc134−1) 川辺砂登子の1
 55年4月号のp.240に掲載された写真です。高瀬嬢と川辺嬢は印象が似ているので、掲載されていなかったら特定出来なかったと思います。



川邊砂登子03Cb川邊砂登子03Mc134−2) 川邊砂登子の2
 同号p.238の写真の同時撮影分です。
 グラビアとしては、55年1月号「足首に鎖のある風景」
 着用の衣装は、網レオタードのように見えます。この時代に、貴重なものでは無かったでしょうか?









川邊砂登子04Cb川邊砂登子04Mc134−3) 坂口利子(たおやめ様からのご教示)  
 一応川邊嬢に分類したのですが、自信がありません。このツブツブのある乳輪と左腕の傷。同種の写真が見つかれば簡単なのでしょうが・・・。
 たおやめ様から坂口利子とご教示頂きました。そう言われればたしかにそのように見えます。 有り難うございました。 

川邊砂登子02Cb川邊砂登子02Mc134−4) 川端多奈子?  
 これも別人でしょう。 私見では川端嬢のように思えます。





村田那美子03Cb村田那美子03Mc134−5) 村田那美子 1
 53年10月号の『野外の責場撮映にて』で発表された写真そのものです。辻村−塚本コンビによる作品。場所は富田林市の廿山古戦場(現錦織公園)に間違いありません。
 記事には村田嬢が急に生理的変調を来した事が書いてあり、結果的に当時の珍しい前開き生理帯の写真が残ることになるのです。








村田那美子04Cb村田那美子04Mc134−6) 村田那美子 2















村田那美子05Cb村田那美子05Mc134−7) 村田那美子 3
 これがその生理帯の後ろ姿。前姿は別の場所に掲示しました。













村田那美子06Cb村田那美子06Mc134−8) 村田那美子 4
 この写真も、同号で使用されています。
 この記事は、当時としては珍しく白い良質の紙に印刷されており、綺麗な写真が楽しめるのですが、オリジナルプリントの比ではありません。
 ふくらはぎがちょっと妙に写っています。


村田那美子01Mc村田那美子02Mc134−9,10) 村田那美子 5,6
 村田那美子の野外撮影は、上記廿山古戦場の他に、枚方市河内磐船付近、奈良県の笠置町付近の渓流と、いずれも山中で行われたようです。この2枚は何となく枚方っぽく見えるのですが、もちろん確証はありません。
 あまり褪色していないので、B&Wだけでお見せします。







村田那美子07Mc村田那美子08Mc134−11,12) 村田那美子 7,8 
 一転、室内撮影です。室内の様子と縄掛けから同日撮影分とわかるのですが、ヘアスタイルが随分違って見えます。ミディアムショートとミディアムロングぐらいの違いがあります。











村田那美子09Mc村田那美子10Mc134−13,14) 村田那美子 9,10 
 この2枚も同日写されたものと思います。














村田那美子12Mc134−15) 村田那美子 11 















村田那美子16C?b村田那美子16M?c134−16) 村田那美子 12
 深く猿轡がかかっているので、ちょっと判断しにくいのですが・・・













村田那美子17C?b村田那美子17M?c134−17) 村田那美子 12 
 ここらが、村田嬢なのか萩嬢なのか、見分けがつきません。






村田那美子15C?b村田那美子15M?c134−18) 村田那美子 13 







村田那美子14Mc134−19) 村田那美子 14 







村田那美子13Mc134−20) 村田那美子? 15
 同じ場所に入っていたのですが、より近代的な絵です。村田嬢じゃなくて大塚啓子嬢のように見えます。












133) miss Tanako Kawabata at 1952~3 / 133) 川端多奈子嬢 1952〜3

 別のブログで昭和27年頃の緊縛写真を掲載していますので、こちらもと思い、当時の頻出モデルだった川端嬢を取り上げました。
 川端嬢は53年9月号の座談会で、「52年6月の逆さ吊り撮影時は、モデル4〜5回目」と語っていらっしゃるように、奇クがA5版になる以前からモデルをなさっていたようです。『緊縛美のオンパレード』としてサムネイルが掲載される495枚の初期分譲写真の過半が川端嬢と思われます。他に告白文の掲載と「美しき縛め」
第一集のモデルをつとめた後、54年5月号発売の悦虐姿態集第一・二集を最後に退いてしまわれます。
 そんなわけで、多数ある写真のうち、今回は59年4月の臨時増刊SaDo特集号第2集の「緊縛フォトと緊縛モデル夜話」から、川端嬢と推定出来る写真を中心に掲載致します。
 これら写真は、52年8月号以降『責め女の写真実費分譲』として販売されたものと思います。

 なお、過去に Livedoor の新管理画面について種々苦情を申しましたが、現時点では非常に改善され使いやすくなりました。最新のブラウザーとの相性が非常に良く、昔は対応していなかった Google Chrome での使用感が抜群で、エディターで書いたとおり表示してくれます。
 ただ、それに伴い1頁の投稿文字数に制限が出まして、このサイトでも2つの頁がひっかかりました。これからは、1頁毎の容量を少なめにまとめて参ります。
  

133-01 川端多奈子1Cb133-01 川端多奈子1Mc133-1) 川端多奈子嬢の1
 この掛け軸が二本下がった豪華な床の間がどこかはわかりませんが、よく使われた部屋のようです。
 上記増刊P.80に掲載された「始めて緊縛モデルになった頃の川端多奈子嬢のポーズ」とした写真と同じ部屋です。









133-02 川端多奈子2Cb133-02 川端多奈子2Mc133-2) 川端多奈子嬢の2








133-03 川端多奈子3Cb133-03 川端多奈子3Mc133-3) 川端多奈子嬢の3









133-04 川端多奈子4Cb133-04 川端多奈子4Mc133-4) 川端多奈子嬢の4








133-05 川端多奈子5Cb133-05 川端多奈子5Mc133-5) 川端多奈子嬢の5








133-06 川端多奈子6Cb133-06 川端多奈子6Mc133-6) 川端多奈子嬢の6















133-07 川端多奈子7Cc133-07 川端多奈子7Mc133-7) 川端多奈子嬢の7








133-08 川端多奈子8Cb133-08 川端多奈子8Mc133-8) 川端多奈子嬢の8















133-09 川端多奈子9Cb133-09 川端多奈子9Mc133-9) 川端多奈子嬢の9   








133-10 川端多奈子10Cb133-10 川端多奈子10Mc133-10) 川端多奈子嬢の10  
 照明の廻りが悪いのか、顔の暗くなった写真が多いです。そこに印画の劣化が加わって、なかなかうまく修正出来ません。




133-11 川端多奈子11Cb133-11 川端多奈子11Mc133-11) 川端多奈子嬢の11  















133-12 川端多奈子12Cb133-12 川端多奈子12Mc133-12) 川端多奈子嬢の12  















133-13 川端多奈子13Cb133-13 川端多奈子13Mc133-13) 川端多奈子嬢の13  
 手首の縄も足首の縄も、するりと抜けそうです。













133-14 川端多奈子14Cb133-14 川端多奈子14Mc133-14) 川端多奈子嬢の14  
 川端嬢の写真は、あと何十枚かあるのですが、ちょっと食傷気味です。バラエティーのために次頁は別のモデルにしましょうか。












132) 奇譚クラブ分譲写真別冊目録

本来130頁に掲載すべき資料ですがお目に掛けます。
 奇譚クラブの写真分譲は51年ごろには始まっていました。当時は奥付のある最終ページに数行、わかるような、分からないような文章で、詳細は曙書房に手紙で問い合わせ、改めて注文しないといけないようなシステムになっていました。
 誌面の充実と共に代理部分譲品の宣伝も分かりやすくなって参ります。そこに55年の発禁処分がおこり、天星社による白表紙の時代を迎え、誌面へのグラビアの掲載が制限されます。その不便を生写真の分譲で補おうとしたのでしょう。またKK通信を別途郵送していたノウハウがあったためでしょう、A4二つ折りのカタログが製作されます。
 60年代にグラビアが本格的に復活しても、目録は作り続けられ、65年頃まで全部で7種以上あったと考えられます。そのうち所持しております3種をお目に掛けます。

132−1) 56年12月号付録 「天星社代理部分譲品目録」 
 いきなり最初から大中判(13×18センチ)の広告です。奇クの1頁全面グラビアに匹敵する大きさで、写真によってはどうしてもこの大きさで見せたかったのかも知れません。
5612付録目録0108b5612付録目録0207b5612付録目録0306b5612付録目録0405b





















132−2) 62年8月号頃 「天星社代理部分譲品総目録 第五号」 
 最初がバックナンバーの紹介ですので、多分この頃であろうと推定出来ます。
6208総目録0116b6208総目録0215b6208総目録0314b6208総目録0413b6208総目録0512b6208総目録0611b6208総目録0710b6208総目録0809b










































132−3) 「代理部分譲品最新版総目録」 
 最新版と言われてもいつの最新か分かりません。 緊縛写真グラフ集は59年の出版。印刷の時にあったこれが送付されたときは売り切れになっていた。
 また掲載されている写真の発売時期を細かく見ていくと判ると思います。
 65年のグラビア廃止の頃ではないかと思います。
代理部最新目録0116b代理部最新目録0215b代理部最新目録0314b代理部最新目録0413b代理部最新目録0512b代理部最新目録0611b代理部最新目録0710b代理部最新目録0809b

お役立ちリンク

1.昭和なつかし緊縛写真
 http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/ 
2.昭和なつかし生理帯・月経帯
 http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ 
3.懐かしき奇譚クラブ
 http://nawa-art.com/index.html 
4.SMペディア
 http://smpedia.com/ 
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