昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。

奇譚クラブ

160) 白表紙時代のモデル達(供忘寛貳智子、中塚文子、益田房子

5月7日。156頁 V組百態(供砲房命燭鬟▲奪廚靴泙靴拭J擦擦討翰ください。
同日、このページも佐賀嬢の分を終えました。
たおやめ様から、159頁19〜21は、中塚文子嬢とのご教示をいただきましたので、整理の都合上こちらに移します。
156頁。2017.7.14にV37からV52までを追加し終了しました。ご覧ください。

 前頁の写真が30葉を越えましたので、佐賀嬢、益田嬢は此方でお目にかけます。

160−1〜5) 佐賀美智子嬢 五枚
 佐賀嬢は1956年6月号が奇クグラビアデビューで、「曼荼羅華の萌芽」という訳のわからないタイトルが付いています。 見渡しても花も紅葉もないトイレの前の写真で、どういう意味で付けたのか分からない。 続いて7月号グラビアの「凝視」も同じ浴衣を着ています。
 佐賀嬢の分譲写真は55年11月にキャビネ版2組が出ていますので、写真販売のほうが早かったんですね。発禁や自粛やらで白表紙時代は活動が難しかったんですね。

 写真は手札版五枚組。 56年8月号で発売になった、
DS06「首縄万華」でしょうか? 解説は、「すらりと伸びた八等身の裸身にきびしく掛った胸の縄、そして首の縄、後手の手首を下げれば首が締まるし、首縄をゆるめようとすれば、後手は高々と持ち上げねばならない、その苦痛と醍醐味。」 仏教由来の難解な言葉がやたら出てくるのですが、新興宗教にでもハマッタのかな?    
 
159 佐賀美智子12Mc159 佐賀美智子13Mc
159 佐賀美智子14Mc159 佐賀美智子15MBc

159 佐賀美智子16Mc

160−6〜8) 佐賀美智子嬢 ES06? 腰巻き写真
 「腰巻き」とはっきり書いてあるのが、ES06しかないので、そうかなと思うのですが、これは2枚組なんです。どこからか1枚混じり込んでいるのですが、BS組やR組にはそれらしいタイトルがありません。一応ES06の解説を書いておきます。  
 略号 ES06 タイトル「あわや寸前」 大手札2枚組 解説は「腰巻一枚にむかれて、後手猿ぐつわ、その腰巻もお臍の下まで引きむしられて、今まさに、ぱらりと落ちん風情、然し両手のきかぬ悲しさ、只腰をくねらすばかり。」

160 佐賀美智子41Mc160 佐賀美智子42Mc

160 佐賀美智子43Mc


160−9〜10) 佐賀美智子嬢
 1956年12月号でアナウンスされた、ES01のうちの2枚かなと思っています。表題は「ヌード緊縛集」解説は「珍しく全裸となった美智子嬢が寝台の上に仰向けになって頭を床の方へ下げて顔を逆さのまゝ正面向いて胸に締った縄に苦痛の表情よろしき悦虐ポーズ、他の二枚も共に寝台上のヌードのポーズ」というものですが・・・。うぐいすの身をさかしまに・・・ってのがありましたかね? 他の二枚なんて分かるわけがない。 
 60年前の写真ですが状態は非常に良いものです。わずかにセピアがかっているのですが、非常にきれいです。イーゼルの所為で完全な長方形じゃないのですが、伸ばしボケもなく、丁寧にプリントされています。1枚1枚手焼きで処理されたので、未だにきれいな状態を保っているのだと思います。

160 佐賀美智子09-44Mx160 佐賀美智子10-45Mc


160−11〜13) 佐賀美智子嬢 
 お尻が「帆立貝」になっていますので ES10 かと思ったのですが、さるぐつわはしていません。すると同じく12月号でアナウンスされた ES07かな? 表題は「剥れたズロース」。解説は「くるりとお尻をめくられたメリヤス製の白のズロースは、いやいやという哀願もものかわ、膝頭から足首へと、一本の棒のように丸められて剥れてゆくのだった。後手のまゝ身悶える佐賀嬢のポーズは五枚とも、まさに天下一品」
 どうもよくわかりません。


160 佐賀美智子11-46Mc160 佐賀美智子12-47Mc

160 佐賀美智子13-48Mc


160−14〜21) 佐賀美智子嬢 
 括っている紐が同じでポーズが似ているのでひとまとめにしてアップします。
 「
メリヤス製の白のズロース」が、脚の周りにまとわってます。今ならダサい、色気ない、の一言ですが、当時は結構ソソる下着だったんでしょうか? 
 
160 佐賀美智子14-49Mc160 佐賀美智子15-50Mc160 佐賀美智子16-51Mc

160 佐賀美智子17-52Mc160 佐賀美智子18-53Mc

160 佐賀美智子19-54Mc160 佐賀美智子20-55Mc160 佐賀美智子21-56Mc



160−22〜24) 中塚文子嬢

 159−19〜21)浴室3態  須川令子嬢 が、中塚文子嬢の間違いでしたので、こちらに移します。
 AS02「浴室の緊縛プレイ」と思ったのですが、DS07「浴室股間縛」3枚組でした。解説は「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」となっています。

159 須川令子24Mc159 須川令子25Mc159 須川令子26Mc

 以上3枚で中塚文子嬢を終えます。 159頁の該当部分は削除します。


160−25〜29) 益田房子嬢 (ふさこ)「ヌード縛り5態」

 続いて益田房子嬢をご紹介します。益田嬢も中塚嬢と同じで、略号の組は3種だけですので特定は楽です。
 (かな)による略号は、1955年にもありましたが、本格的に使われたのは57年からでした。これは58年12月の発売ですが、3文字の略号となっており、まだ統一されてはおりません。
 略号(ふさこ) 解説は「全身くまなく見る人の前にさらけ出した大胆なポーズ。」


160 益田房子01Mc160 益田房子02Mc

160 益田房子03Mc160 益田房子04Mc

160 益田房子05Mc


160−30〜32) 益田房子嬢 (くもん)「寝室の苦悶」

 同月発売の3枚組(くもん)。 解説は「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 となっています。

160 益田房子06Mc160 益田房子07Mc
160 益田房子08Mc

 これでこのページを終えます。









154) miss Kaoru Nabayashi / 154) 中林カオル嬢

皆様、2016年 新年あけましておめでとうございます。
 昨日に続き、新たなページを開きたく存じます。
 このモデルさん。118頁7〜9でもお訊ね致しましたが、川端多奈子嬢と同時代か僅かに先輩として奇クに登場し、
52年8月号に「緊縛美の断片」「縛られたる女」として紹介されています。当時の事でここまで顔をお出しになっているかたは珍しいのですが、その一方で誌面ではモデル名が全く出てきません。消去法で、中林カオル嬢しかないかなと思っていますが、確証はありません。お名前ご存じのかたがいらっしゃいましたら、お教え下さい。
 なお、このページの写真は設定を間違えて 400bpi でスキャンしてしまいました。制限の2MBには収まるようなのでそのまま進めましたが、レトロな雰囲気が感じられるだけで、特に思い入れがあるわけではありません。
 5月8日、追加しました。
 118)-7,8,9で昭和27年のモデルさんとしてご紹介した方です。このモデルさんのことですが、中林嬢(中村と誤記)と思って進めてきたのですが、私が分類していた最初の記録では、「モデル立花郁子」となっております。
 と申しますのが、立花嬢なら27年8月号織り込みで、草むらの開股ポーズで写ってらっしゃいますが、その左上の切り貼り写真の床が、この頁と酷似しており、モデルも同一人物と思われるためです。当面断定は避けてすこしずつ写真を追加しながら、皆様のご意見を頂戴したく思います。
 6月3日
 その当時の希少な記事をたどりますと、立花嬢ではなく、中林カオル嬢に間違いないようです。118頁に昭和27年の雑誌スキャンをアップしておきましたが、立花嬢と確定した写真とはオッパイの形が違っており、このモデルさんは中林嬢以外にはあり得ません。
 118頁もご参照下さい。
 

154-01~06) 木床上の緊縛
 01の写真は劣化激しく、肌は白飛び、全体がセピア変色していました。
154 中村カオル01Cb154 中村カオル01Mc

154 中村カオル02Cb154 中村カオル02Mc

154 中村カオル03Cb154 中村カオル03Mc

154 中村カオル04Cb154 中村カオル04Mc

154 中村カオル05Cb154 中村カオル05Mc

154 中村カオル06Cb154 中村カオル06Mc


154-07~11)  木床上の緊縛
 5月8日、下記付け加えます。1項目当たりの写真が多すぎても困りますので、これを機会にちょっと切っておきます。
 ここらの写真、川端多奈子嬢のさらに先輩ですので、撮影は昭和27年(1952)初頭か、26年末のものと思うのですが、褪色は少ないです。
 このころになると、ぼちぼち印画紙や定着液に良いものが使えるようになったのでしょうか? あるいはモデルも写真もアトラクティブじゃないので、死蔵されていたのかも知れませんね。GT5500さんおっしゃいますように、非常に珍しいものであることは確かなのですが。
 (なお、11の写真は、間違えてカラースキャンした方も修整しちゃいました。撮影場所、ネガの保管場所共にホコリは多いですね。白飛びが多くあり、印画の階調も良くありません。)
154 中村カオル07Cb154 中村カオル07Mc

154 中村カオル08Cb154 中村カオル08Mc

154 中村カオル09Cb154 中村カオル09Mc

154 中村カオル10Cb154 中村カオル10Mc

154 中村カオル11Cb154 中村カオル11Mc


154-12~22)  木床上の緊縛
 2016年5月22日 追加します。

154 中村カオル12Cb154 中村カオル12Mc

154 中村カオル13Cb154 中村カオル13Mc

154 中村カオル14Cb154 中村カオル14Me

154 中村カオル15Cb154 中村カオル15Mc

154 中村カオル16Cb154 中村カオル16Mc

154 中村カオル17Cb154 中村カオル17Md

154 中村カオル18Cb154 中村カオル18Md

154 中村カオル19Cb154 中村カオル19Md

154 中村カオル20Cb154 中村カオル20Mc



154-23~27)  木床上の緊縛 他
 2019年3月22日 追加します。
 昔の写真アルバムを整理していて、写真が用意できていたにもかかわらずアップし忘れていたものに気づきました。もし、他の頁に掲出したものであるなら悪しからず。
154 中村カオル21Cb154 中村カオル21Mc

154 中村カオル22Cb154 中村カオル22Mc

154 中村カオル23Cb154 中村カオル23Mc

154 中村カオル24Cb154 中村カオル24Mc

154 中村カオル25Cb154 中村カオル25Mc












  

152) miss Tanako Kawabata / 152) 川端多奈子嬢

 さて、ぼちぼちチャレンジせねばなりますまい。長く更新せずにおりましたが、その時期を迎えたのかな?
 所持いたします奇クの分譲写真も、残り多くはありません。そのうち、ボリュームを占めるのが、川端多奈子嬢で、まだ50枚以上ありそうです。
 残り約200枚の中で、この一群を始末しない限り次に進めそうもないためですが、消化試合にも順序がありそうです。
 今まで50頁あたりの「緊縛美のオンパレード」でも、133,146頁でも、大量の写真をご紹介いたして参りました。残りも昭和20年代末期の写真で、状態は必ずしも良くありません。決してソソラレルような代物ではなく、手間暇かけて修整しても、「イイネ」と言ってもらえそうもありません。正直、退屈な写真をお目にかけるために、苦痛な単純作業の連続になろうと思っています。
 なお、美濃村晃氏の緊縛写真
 http://minomurakoh.doorblog.jp のほうは、先に更新しておきましたのでよろしければご覧下さい。


152-01) 床の間での縛り
152 川端01Mc152 川端01Cb
 私の分類では、昭和28年のフォルダーに入れています。良く似た写真が掲載されていたのかな?
修整前のセピア色の印画紙を右にアップします。

152-02) 板敷き床での縛り
152 川端02Mc152 川端02Cb この頁後半の洋室は、全てこの部屋で撮影されたようです。


152-03) 和室での縛り。
152 川端03Cb152 川端03Mc さして変色しておりませんでしたので、モノクロのみご覧下さい。黒いところと白いところが極端で、スペクトルをいじって何とか中間部を復活したかったのですが、やや不自然になったようです。


152-04) 和室での縛り。
152 川端04Cb152 川端04Mc やっぱり褪色したオリジナルと共に掲載します。これからの都合がありますので。


152-05〜7) ベッドマット裏で縛り。
152 川端05Cb152 川端05Mc
152 川端06Cb152 川端06Mc
152 川端07Cb152 川端07Mc


152-08) 脚の縛り
152 川端08Cb152 川端08Mc 随分アンバランスな縛りかたに思えます。
褪色により、コントラストが極端になっていますので、少し軟調にして顔がわかるようにしました。


152-09〜10) 立位首吊り縛り
152 川端09Cb152 川端09Mc
152 川端10Cb152 川端10Mc


152-11〜12) 目隠しと猿ぐつわ
 12は川端嬢ですが、11はちょっと自信がありません。この当時のモデルさんはちりちりパーマで髪型が似てるんです。
 お毛ヶを「光」というタバコで隠しています。懐かしいですね、オレンジ色の。私はタバコを吸う年頃じゃありませんでしたが、20本入りの「新生」より少し高かったのかな?「ピース」よりは安かったんですよね。「いこい」はまだ出ていなかったんじゃ・・・。
152 川端11Cb152 川端11Mc
152 川端12Cb152 川端12Mc


152-13〜18) 椅子を使った縛り

152 川端13Cb152 川端13Mc
152 川端14Cb152 川端14Mc
152 川端15Cb152 川端15Mc
152 川端16Cb152 川端16Mc
152 川端17Cb152 川端17Mc
152 川端18Cb152 川端18Mc


152-19〜22) 椅子を使った縛り
 この頁は22枚で一旦終えまして、次に参ります。この四枚はピントもはっきりした写真です。
152 川端19Cb152 川端19Mc

152 川端20Cb152 川端20Mc

152 川端21Cb152 川端21Mc

152 川端22Cb152 川端22Mc



150) miss Hatsuko Nagai in 1968 / 150) 長井葉津子 1968年

 長井葉津子嬢と思われる写真が20枚ばかり分類されております。長井嬢のかな組分譲写真は、1968年の5,6月号で18組54枚紹介されているのみです。英字組は同年8,10月号のX組Z組24枚ですが、何と73年のSM組に10枚が発表されています。このインターバルは気になるところですが難しいことを言わずにお目に掛けます。

 さて、今回の写真を追加するに当たり、最近の各ページをチェックしましたところ、140ページ(江口淑子嬢)のところに、4枚の不足写真がございましたので追加致しました。よろしければそちらもご覧下さい。(2014.05.05)   

150-01〜06) 長井葉津子 
 バックの壁に六角形の装飾が見えます。「六角飾りと斑の紐」 シャーロックホームズの小説のような写真6枚をお目に掛けます。02,04,05あたりが(よや)『全裸股間縛り媚態』かもしれません。
  
150-03 長井葉津子03c150-04 長井葉津子04c
150-05 長井葉津子05c150-06 長井葉津子06c
150-07 長井葉津子07c150-08 長井葉津子08c


150-07〜10) 長井葉津子 
 このホテルは六角形がテーマなんでしょうか? たった2ヶ月で発表された写真ですので撮影回数がそう多いとは思えません。せいぜい2〜3日でしょう。みんな同じホテルかも知れません。
 縛りかたに特徴が少なく、題名にも具体性がないので組名は想像できません。09が(よそ)『両手吊り正面晒し』ぐらいでしょうか?
 
150-01 長井葉津子01c150-11 長井葉津子11c
150-16 長井葉津子09c150-17 長井葉津子10c





150-11〜14) 長井葉津子 
 とんと更新が出来ずに申し訳ございません。別に準備万端整ったわけでなく、昨秋用意した写真だけでもアップ使用と思っただけです。
 インターバルがあきますと、迷いばかりが増えて・・・、却って考えすぎで間違いがでたりします。すると批判が怖くて億劫になります。皆様のご支援とご指摘だけを頼りに4枚だけ・・・。

150-11 長井葉津子13c150-12 長井葉津子15c
150-13 長井葉津子12c150-14 長井葉津子02c


150-15〜17) 長井葉津子 略号(よふ) 『正座猿ぐつわ仕置き』
 長井嬢の猿轡フォトは、かな組3組があるはずです。解説から(よふ)に間違いないと思いますのでお目に掛けます。解説は 「豆絞りの猿ぐつわで全裸のハツコは正坐させられてうなだれる。」と、簡単なものです。
 印画は、黒の引き締まった近代的な伸ばしですが、ネガのゴミは相当のものでした。68年の発売ですが、前の所有者が注文したのは多分70年代も半ば近かったのではないかと想像しています。
150-15 長井葉津子18c150-16 長井葉津子19c
150-17 長井葉津子20c


150-18〜22) 長井葉津子でしょうか?
 5枚お目かけますが、よくわからないのです。ヘアスタイルも違いますし、乳輪が大きかったりして多分別のモデルさんが相当多く混じっています。心当たりがあればお教え下さい。
 もし、この中に長井嬢がいるのでしたら73年発売のSM組かも知れません。雑誌グラビア再開を機に撮影しなおしたのでしょうか? でも72年以降の奇クに長井嬢のグラビアってあったかな?

 随心院様からコメントをいただいています。
「150-17)までは長井葉津子。18)と20,21)は江口淑子。19)は金原奈加子。22)は新井慶子。23,24)は長井葉津子。」 とのご意見です。関連写真をチェックして訂正致します。

150-18 長井葉津子10c150-19 長井葉津子09c
150-20 長井葉津子14c150-21 長井葉津子23f
150-22 長井葉津子24c


150-23,24) 誰でしょうか?
 これは長井嬢ではないと思います。でも誰でしょう。近代的な絵ですので、70年に入ってからと思います。どうもよくわからないのです。お心当たりをご教示下さい。
万一、長井嬢だとすると、X組の29『縄に喘いだ童顔』 X-24の『柱縛りの隙間見』 などが候補です。
 しかし、この腰のくびれは魅力的ですね。
 このページ、半年かかってしまい、ご迷惑をおかけしましたが、これで終えます。
150-23 長井葉津子?21c150-24 長井葉津子?22c


149) Ms. Yoko Kimura , Shigemi Mizumoto , Asako Matsumoto / 149) 木村洋子,水本茂美,松本アサ子

 いよいよ暗剣殺の木村洋子さんです。この方、活躍時期(かな組発売時期)が永い。64年の初出時に既におばさん顔でおばさん髪。四〇代に見えるのですが、実はお若かったのでしょう。お肌はきれいでした。最後の発売は何と73年11月号。時代を経るに従って、どんどん若返って見えるのが妙味ですが、同時に髪型も表情も大きく変化するので他のモデルさんと間違えやすい。整理するには実に難しいかたなんです。
 同時にマイナーモデルが何人かまとまりましたので、水本茂美と松本アサ子を数枚ずつお目に掛けます。
  

149 木村洋子01c149−01) 木村洋子01 
 紛れもなく木村洋子嬢です。あたりまえか・・・ 
 67年7月発売の、『マゾ女のMの生態』 というご丁寧な表題が付いていますが、略号(きに) 解説は 「「どうか私をいじめて下さい」というラベルを全裸で開股縛りにあった前にぶらさげ或は片足吊りで逆さになった裸身にラベルをはられて全身をふるわすマゾ女。」
 あるいは、68年10月のZ26『洋子をいじめて』かも知れません。  


149 木村洋子02c149−02) 木村洋子02 
 これが木村洋子のデビュー作です。初出は大中判でしたが、この印画は大手札版ですので65年7月のK組49の『立木より逆さ吊り』でしょう。Z組64の可能性も無いではありませんが・・・ 96頁で白川様から頂戴した写真と同時撮影ですが、別のカットです。 











149−03) 木村洋子03 
149 木村洋子03c 美しき縛め 第4集(65年3月)に『野外における晒責写真』として掲載されている見開きの右上の写真です。従って石橋の上で転がされているのは玉田美佐子嬢ということになります。この部分をアップにしたのが第10集(66年9月)に掲載されています。
 たしか、どなたかの別荘だったか、ご自宅だったかの庭園をお借りして撮影できたという記事がなかったでしょうか? 当時、浜寺や羽衣には、このような広大なお庭のある邸宅が随分在ったものでした。実は私も、これ程広くはないにせよ、148-2と良く似た庭と広縁のある屋敷で育ったんですよ。 





149−04〜06) 木村洋子 04〜06  
 05 の写真は、99頁で 随心院様・GT5500様 から教えていただいたそのものです。美しき縛め第10集に別カットが随分掲載されています。 
149 木村洋子04c
149 木村洋子05c149 木村洋子10c


149−07〜10) 木村洋子07〜10 
 ここまでの写真は、実は随分前にスキャンが出来ておりました。ところが、これを木村洋子として発表すると、過去のいくつかの写真を訂正せねばならず、躊躇していた次第です。
 まず、7頁G86,89は共に木村洋子に間違いないでしょう。G86は奇クの目録が間違っていたと言うことになります。次に、106頁の01と09も共に荒尾慶子ではなく木村洋子という事になります。縛りかた、特に左腕の一番下の縄の捩れ迄全く同じだからです。01なんか後ろ髪がショートカットのように見えるのですが、本当にそうなのかなー?
  
149 木村洋子06c149 木村洋子07c

149 木村洋子08c149 木村洋子09c


149−11〜13) 水本茂美 01〜03
 62年12月号で発売された 『強烈エビ責』 大手札3枚組 略号(えひ) と思われます。写真11の裏に(えひ)と書き込みがあります。
  
149-13 水本茂美03c149-11 水本茂美01c

149-12 水本茂美02c 水本嬢の写真は 93頁にOldFan様から頂戴した3枚の他、4,5,90頁にアップしています。かな組はこの月に出た2組6枚のみ。B組E組に7枚。合計13枚が全てです。 











149−14〜16) 松本アサ子(まと)01〜03 
 最初の2枚は裏に(まと)と書き込みがあります。63年12月号で2組6枚だけ分譲された松本アサ子さんです。おばさんモデルなので、木村洋子と一緒に分類していました。
 『強烈エビ責め』 (まと) 「「臨時増刊号」に初めて登場した愛読者のモデル志願者が自己のマゾ性を満足させるために、すすんで最も強烈な縛りを要求したカメラの前に晒した全裸エビ責めのポーズ。両足先が顎近くまで折り曲ったこのエビ縛りは、時聞が経つに従って、苦痛が増してくる。全身脂汗を流して耐えるシーン。」 なお、3枚目だけは同時発売の (まつ) かも知れません。
 この頁はこれで終了。次は長井葉津子嬢を予定しています。
  
149-14 松本アサ子まと01c149-15 松本アサ子まと02c
149-16 松本アサ子03c



148) Miss Misako Tamada in 1964~65 / 148) 玉田美佐子 64〜65年

 さらに少し時代を進めまして、1964〜65年の玉田美佐子嬢です。と、申しましても64年9月に3組が出た後は、65年7月の 『褌美に羞じらう』 だけ。かな組合計15枚。英字組はGとK組に30枚あります。
  このお方、滅多にお顔をお出しにならない。ですから特定が非常に難しいのですが、いただいた過去のコメントなどから割り出しました。
 

148−1) 玉田美佐子01 (多分G組の12 『全裸しぱりと浣腸器』 )
 本ブログ77頁の1枚目の写真です。皆様のご協力により玉田嬢と知れたものです。
 非常に美しい印画でしたのでスポッティングは僅か20カ所ほどで済みました。やっぱり保存のいい新しい写真(と言っても64年11月)は楽です。
 奇ク64年8月号グラビアと同じ場所での撮影です。

148 玉田美佐子02G12c

148−2) 玉田美佐子02 
 『美しき縛め 第4集』に、『○柱縛りの晒し責め組写真』 として掲載されているものと同時撮影分です。同10集(略号美10)9ページ目にも類似写真があります。
148 玉田美佐子03美10c

148−3a〜f) 玉田美佐子 03〜08  64年7月号(ねへ)他  
 1枚目(3a)の写真裏に(ねへ)と書き込みがあります。
 略号(ねへ)なら、64年7月号初出 『後手首の高縛り』 3枚組 「きっちりと合せで括りあげられた後手首か首筋近くへ高々と吊りあげられで、身動きできない全裸の女体が、縄目の痛さに転々としで床の上をころがりまわる。」 とありますが、あまり高くないですね。
 これと同じ縛り方がしてあるのが、3bとcですが、3cは9頁のK05ですね。後は同時撮影分を英字組で発売したものでしょう。 

148 玉田美佐子01ねへc148 玉田美佐子20c
148 玉田美佐子15c148 玉田美佐子17c


148 玉田美佐子18c
148 玉田美佐子19c


148−4a〜c) 玉田美佐子 09〜11  64年7月号(ねと)  
 148−3に(ねへ)が含まれるなら、これが同時発売の(ねと)と思われます。
  
 略号(ねと) 『椅子またぎの責め』 3枚組 「一糸まとわぬ肌にひしひしとまといつく高手小手のきびしい縛しめ。両股を大きくひろげさせられて無理矢理椅子をまたがされた美佐子は白い肌を真赤に染めて素直に晒らされるのであった。」 
148 玉田美佐子11c148 玉田美佐子12c
148 玉田美佐子13c

148−5a〜d) 玉田美佐子 12〜15  
 このモデルさんも玉田嬢だと思うんです。ただ、奇クの分譲写真は褌まで全部入れても45枚しかありません。本ブログでこの頁を含めて25枚を公開していますので、所持率は56%。平均的には1600/13000=約12%ですので、玉田嬢ばかりこんなに集まっていたのかなーと心配な気がします。前の持ち主が玉田嬢のファンだったんでしょうか?
 珍しい片肩を通した縄で吊るように後ろ手縛りにしています。5aは9頁掲載のK42ですね。 

148 玉田美佐子04K042c148 玉田美佐子07c
148 玉田美佐子08c148 玉田美佐子06c


148−6a〜e) 玉田美佐子? 16〜20  
 だんだん心細くなってきます。大丈夫間違いないんだろうな・・・と恐れつつアップします。 
 6eが(ねむ)でしょうか? 『強烈エビ責め』 3枚組 「足の指が全部反りかえってしまうほど厳しく縛りあげた足首を背中の後手首と連結しで、ぐいぐいと締め上げれば、全裸の美佐子はう、う、うう、と思わずうめいて全身を痙れんさすのだった。」と解説があります。そうでなければ、G02、G94、K43などが考えられます。
 なお、褌写真の(こん)は80頁にアップしてあります。 

148 玉田美佐子05c148 玉田美佐子10c
148 玉田美佐子16c148 玉田美佐子14c
148 玉田美佐子09c



 

147) Miss Hikaru Higashiura in 1961~66 / 147) 東浦ひかる 61〜66年

 少し時代を進めて、東浦ひかる譲の写真が15枚ばかり出て参りましたのでお目に掛けます。フェティッシュなイメージの強い東浦嬢ですが、割合普通っぽいのもあるんですね。
 1961年5月号が紹介された最初の広告です。当時は奇クのグラビア全盛期で大塚、絹川、梨花の3大モデルが誌面を賑わしておりました。そんな中発売されたのは一組3枚のみで、次の分譲品は62年8月号に一組。実にマイナーなモデルとしてスタートしたんですね。
 本格的発売は63年に入ってから。東浦嬢単独で66組。山原清子とのマゾ役や大塚・木村との競演などを入れますと、かな組だけで優に80組を超えるスターに成長いたします。美人とは申し上げにくいのですが、多分色白で、肌が軟らかくなめらかで、縛って気持ちのいい人だったんでしょう。マゾ、フェチ、浣腸、女斗美、レズ、何でも嫌がらずにこなしたのも、長寿の秘密だったのではないでしょうか。 
 なお、東浦嬢のフェチフォトは http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ にアップしてございます。
 このサイト23頁に、抜けておりました谷山久美子のY43,47を挿入致しました。一度ご覧下さい。  

147−1、2) 東浦ひかる悦虐図絵 (ひか) より2枚 
 写真の裏に(ひか)と書き込みがあります。それなら、61年5月号でアナウンスされた 『東浦ひかる悦虐図絵』 略号(ひか)3枚組に間違いないでしょう。解説は 「辻村隆の今月号掲載「私を責めて下さい」の主人公である典型的なマゾヒスト、その強烈な緊縛をお楽しみ下さい。」 となっています。 
147-01C 東浦ひかる(ひか)1b147-01M 東浦ひかる(ひか)1c
147-02C 東浦ひかる(ひか)2b147-02M 東浦ひかる(ひか)2c
 と、書きました。実は皆さんに隠していたことがありまして、(ひか)には2種類あるのです。先の61年5月号と、66年4月号に、『ボリウムをくびる』 (ひか)3枚組、解説「最近になって、ひとしおボリウムを増してムクムクと肉のついてきた張りきった裸身を縄目か、まるで俵のようにくびって、縄目の間に肉がむくれあがっている。」が出ております。
 この66年分が同じ写真の値上げ再発売分という可能性もあり得るのですが、上記2枚はイーゼルの形から明らかに61年のプリントですし、「最近になって、ひとしおボリウムを増して・・・」とある66年の解説から、両者は別物と考えざるを得ないのです。以上勘案して61年の(ひか)と断定致しました。
 これ以外にも、当時の略号は間違いが多く、66年の『後手垂直しぱり』では(ひき)(ひけ)と2つの略号が割り当てられていたようです。
 

147−3〜5) サテン衣装の緊縛 (E91,E96,A28?) 
 特徴的な衣装ですのに、かな組には該当がありません。英字組に「責め衣」という名称で3枚ありましたが、多分これかと思います。63年8月のE91『責衣にくるまれて』、E96『肉体美の責衣ゼメ』と、64年2月のA28『責衣にはみ出る肌』です。ほとんど退色しておりませんので、白黒のみお目に掛けます。 
147-03 東浦ひかる(サテン1)c147-04 東浦ひかる(サテン2)c147-05 東浦ひかる(サテン3)c


147−6〜8) サポーター着用の縛り 
 これも特徴的な衣装ですのに、組名を特定できませんでした。3〜8はゴミが少なく、階調も大変綺麗な写真でした。
 
147-06 東浦ひかる(サポーター1)c147-07 東浦ひかる(サポーター2)c

147-08 東浦ひかる(サポーター3)c


147−9〜10) 椅子下の責め
 よくグラビアで使われた写真ですが、組名は特定できません。ただ9の写真はP.4収録のB−32と同一らしく見えます。 
147-09 東浦ひかる(椅子下1)c147-10 東浦ひかる(椅子下2)c


147−11〜13) 白い猿轡
 13だけは印画の状態が違いますので、別組で発売されたものと思います。髪型も違っていますね。
   
147-11 東浦ひかる(白猿轡1)c147-12 東浦ひかる(白猿轡2)c
147-14 東浦ひかる(白猿轡3)c


147−14,15) 残り 
 残り2枚となりました。14は64年2月のA37『椅子またぎ汚辱責』かと思われます。7頁に類似写真がありますが、これはG23と書き込みがありました。
147-13 東浦ひかる13c147-15 東浦ひかる15c



146) Miss Tanako Kawabata in 1953~54 / 146) 川端多奈子 53〜54年

 いよいよ、川端多奈子嬢をアップしなければなりません。奇譚クラブ最初期の大スターです。奇クで川端嬢と明記して分譲されたのは53年1月号からで、その年はキャビネ版4組。11月から翌5月に手札型3組が出されています。全て略号が付く以前の発売です。
 しかし、52年8月号から順次発売された『責め女の写真』約500枚の過半が川端嬢に違いありません。分類不能であるが川端嬢らしき写真を随分持っておりますので、その中からお目に掛けます。
 

146−1a,b,c,d) 畳の上の緊縛 
 『責め女の写真』と申し上げましたが、時期により題名が変わっております。本ブログでは53年10月号グラビアの題名から、『緊縛美のオンパレード』として39〜58頁に第6〜10篇250枚ばかりを掲載致しております。問題はその前、第1〜5篇の内容が全く分からない事です。私の持つ川端嬢の写真の多くがこの2〜5篇200枚中に入っていたのではないかと思っております。
 
146 川端多奈子 01Cb146 川端多奈子 01Mc
146 川端多奈子 02Cb146 川端多奈子 02Md
146 川端多奈子 03Cb146 川端多奈子 03Md
146 川端多奈子 06Cb146 川端多奈子 06Mc


146−2a,b,c,d,e,f,g,h,) 座卓を使った縛り 
 1a,bにも塗りの座卓が使われています。同時撮影分だとは思うのですが、より積極的に和机を使った作品をお目に掛けます。
 
146 川端多奈子 04Cb146 川端多奈子 04Mc
146 川端多奈子 05Cb146 川端多奈子 05Mc

2−c) すごくワイド感がありますが、何で撮ったんでしょうか? ワイドローライを含めてレンズ交換できる中判カメラは、当時まだ発売されていません。 
146 川端多奈子 07Cb146 川端多奈子 07Mc

146 川端多奈子 08Cb146 川端多奈子 08Mc
146 川端多奈子 09Cb146 川端多奈子 09Mc
146 川端多奈子 10Cb146 川端多奈子 10Mc
2−g) 何か、腰を痛めたおばあちゃんみたいなポーズですね。
146 川端多奈子 11Cb146 川端多奈子 11Mc

146 川端多奈子 12Cb146 川端多奈子 12Mc


146−3a,b) 丸い床柱 
 この2枚は、今まででいちばん劣化退色した写真でした。スキャンするときは先に画像濃度をヒストグラムで調整し、写真の全階調をデータ化出来るようにセットしてからスキャンいたします。ところが、この画像はうすら明るい部分が残っているだけで白は黄色く黒はセピアに変色していましたので、実に狭いレンジのみをスキャンしたことになります。おかげで印画の変色が強調されてしまいましたが、実物はこんなには黄色くありません。
 退色はともかくとして緊縛写真としては良くできている作品だと思います。
 
146 川端多奈子 13Cb146 川端多奈子 13Mc
146 川端多奈子 14Cb146 川端多奈子 14Mc


146−4a,b,c,d,e,f) ベッドの緊縛 
 次に、ベッドを使った緊縛6枚です。元写真は、やや退色していますが良い調子を保っています。
 
146 川端多奈子 15Cb146 川端多奈子 15Mc
146 川端多奈子 16Cb146 川端多奈子 16Mc

146 川端多奈子 17Cb146 川端多奈子 17Mc
146 川端多奈子 20Cb146 川端多奈子 20Mc
146 川端多奈子 21Cb146 川端多奈子 21Mc
146 川端多奈子 22Cb146 川端多奈子 22Mc


146−5a,b,c,d,e,f,g) 板の間の緊縛 
 ちょっとコントラストの高い写真が多かったので、一部を少し軟調に仕上げました。これでこの頁を終えます。
 
146 川端多奈子 18Cb146 川端多奈子 18Mc
146 川端多奈子 19Cb146 川端多奈子 19Md
146 川端多奈子 23Cb146 川端多奈子 23Mc
146 川端多奈子 24Cb146 川端多奈子 24Mc
146 川端多奈子 25Cb146 川端多奈子 25Md
146 川端多奈子 26Cb146 川端多奈子 26Mc
146 川端多奈子 27Cb146 川端多奈子 27Md



 

140) Ms.Toshiko Eguchi 140) 江口淑子

 次に江口淑子が17枚ほど見つかっていますのでご覧に入れます。
 実は5月末にはスキャンが出来ていたのですが、このページを更新するのが億劫になってまして・・・・他の写真に入れ上げておりますと奇クの写真の勘が鈍りまして。昔、江口嬢として分類したものの自信がなくなって参ります。雑誌を見て再確認しようにも、奇クは書棚の奥。手が着かないままお盆を迎えた次第です。
 今回、修整を試みますと、さすが70年頃の奇ク写真。スポッティング箇所が少なく17枚を3時間で終えました。写真屋さんのプリントで、ボッテリと硬調なのが欠点で、人物写真としては美しくないのですが、これを軟調に処理してもネムくなるだけです。スキャン時点で全ての階調を読み込むようにしていますので、興味のあるかたは試みてください。トーンカーブを椅子型にして、多くのトーンを中央に集めると、少しはマシかも知れません。
 確認せずにアップします。もし間違っていたらコメントでお知らせ下さい。

 さて、2年近く経って、4枚の写真がスキャンされたまま掲載されていないことに気がつきました。このページの最後に追加します。(2014.05.05) 


140-01 江口淑子01c140-01) 
 江口淑子のかな組写真は71年11月号で11組33枚が、翌年11月号でカラー写真2組4枚がアナウンスされています。





140-02 江口淑子02c140-02) 
 英字組では71年12月号のV組に23枚。73年2月号のSM組に10枚含まれています。





140-03 江口淑子03c140-03) 








140-04 江口淑子04c140-04) 
 71年11月号で発表された江口淑子の(かな)組写真

 ちよ   高手小手縛り哀感 マダム淑子の裸身のすべてを緊縛によってあからさまに暴く。
 ちん   苦悶するエビ縛り 女体の神秘を探ぐる縄は油汗を流させながら体臭をかぎまくる。
 ちひ   翻弄されるマダム 縄尻を握られて振り回わされる縛られた女体は法悦境を彷徨う。
 ちゆ   愁いある目と猿轡 歯と歯の間に猿轡を噛まされたマダムの目は妖しく輝く。
 ちそ   悦虐天国への階段 床の上に投げだされた女体は、みずみずしい芳香を放って泣く。
 ちわ   いたぶられる媚態 まかせきった全裸の女体は縄の媒介によって火と燃えたぎる。
 ちは   紅閏へのいざない 向うに見えるのは閏の室か猿轡の白さも鮮かにマダムは濡れる。
 ちい   後手高手小手三態 変幻きわまりなきポーズの型に依り高手小手の縛りも変化する。
 ちし   開股縛りの醍醐味 手摺りを利用した開股縛りによって女体の魅力がたまらない。
 ちへ   強烈股間縛り点描 双臀に深々と埋まれるように喰い込る股間縄の見事な描写。
 ちせ   強烈足吊りの苦痛 厳しく締めつける縄にも増して揃えた足を吊られる激痛は凄い。

 72年11月号のカラー写真
 あお   海老責め後手吊り 強烈な海老貴めと仲した後手を逆に吊り上げた姿態のなかに、あられもないM女の秘密があった。
 あわ   苦痛と喜悦の交錯     厳しい縄目で裸身をさいなまれる苦痛も彼女にとっては、身のおきどころない甘い喜悦であった。


140-05 江口淑子05c140-05) 










140-06 江口淑子06c140-06) 








140-07 江口淑子07c140-07) 








140-08 江口淑子08c140-08) 
 71年12月号のV組と73年2月号のSM組。 
V010 羞恥の源を抉る
V012 菱縄縛正面開放
V018 胡坐縛りの羞恥
V019 ゴム人形の恐怖
V026 両足吊りの苦悶
V029 恍惚バイブ責め
V030 マダム責の哀愁
V033 雁字細目の女体
V034 足挙げ責の羞恥
V040 マダム全裸開陳
V041 後手錠吊上げ責
V049 エビ責めの序曲
V055 人の字型羞恥縛
V056 浴室での浣腸責
V061 喰込む股間縄責
V063 片足挙げ開股縛
V064 菱縄悲し女泣く
V066 引回される全裸
V071 被縛者のマダム
V074 厳重菱縄緊縛責
V075 両手両足吊り責
V081 強烈海老責地獄
V097 股間縛の引回し
SM021 強烈海老責縛り
SM022 鞭打ちにもがく
SM023 強制する開股責
SM024 辱恥をさらける
SM025 奴隷の誓を開陳
SM026 排泄姿態の強制
SM027 耐久カガシ責め
SM028 排便姿態で縛る
SM029 欄間に晒す開股
SM030 笞で強要の汚辱


140-09 江口淑子09c140-09) 








140-10 江口淑子10c140-10) 








140-11 江口淑子11c140-11) 
















140-12 江口淑子12c140-12) 















140-13 江口淑子13c140-13) 








140-14 江口淑子14c140-14) 








140-15 江口淑子15c140-15) 








140-16 江口淑子16c140-16) 














140-17 江口淑子17c140-17) 
















140-01 江口淑子01d140-1改) 
 「トーンカーブを椅子型にして、多くのトーンを中央に集めると、少しはマシかも知れません。」 と書きましたが、我ながら無責任だったかなと思い、その方法で 140-1 を軟調にしてみました。確かに顔も明るく全体に柔らかくプリントできました。ちょっとしたことですが随分印象が変わります。
 同様に数枚試しましたが、 140-2 はあまり変化無く、3 は却ってフラットな惚けた印象になっただけでした。条件をいろいろ変えてもさしたる変化はありませんでした。
 硬調写真にも2種類あって、紙焼きそのものが硬調の場合と、スキャンの時に最明部と最暗部のデータを捨ててしまって硬くなった場合があります。これはちょうどネガの情報量と紙焼きの情報量の関係と同じですね。
 私は全階調をデータ化するようにしていますので、調整の自由度は高いのですが、その調整による効果のほどは別ということでした。また一つ勉強できました。
 まだ試していませんが、140-16 などは、この方法で軟らかくいいムードの写真になるように思います。もっともいくら軟調にしても、お毛々が見えるところまではとうてい無理と思いますよ。 
 なお、Windows 7 のフォトビュアーで人物を印刷する場合、オプションの「印刷をシャープにする」は外しておいた方が良いようです。 


 さて、このサイト、150ページまで来て停滞してしまいました。今回少しずつでもと思い、過去の記事を見直したところ、このページ用に4枚スキャンしながら、掲載せずにおりましたので、ここにアップ致します。(2014.05.05) 
140-18 江口淑子18c140-18) 
 16番の写真と同時撮影分です。














140-19 江口淑子19D140-19) 
 同じくです。














140-20 江口淑子20D140-20) 
 1〜8枚目あたりの続きでしょうか? ここらの写真、黒つぶれののガチガチプリントで、トーンカーブを相当いじって何とかシャドーとハイライトのバランスを取りました。140-1改と同じ手法ですが、手間がかかる割に、さしたる効果も無いようです。




 

140-21 江口淑子21D140-21) 
 上の続き写真です。
以上4枚でこのページを再度終えます。



 

131) 既出モデル拾遺集 供〆原疔穃せ辧^属羇邉彁辧|羃老短

お約束通りKK通信をお目に掛けたのは良いのですが、初めてトップ頁を御覧になったかたからは、「何だ、昔の雑誌の文面じゃないか」 と思われそうなので、看板に偽りがないよう早急に写真らしい写真のページといたします。
 誰の写真にしようかと迷っていましたところ、奇ク中後期の人気モデルにちらほらと未掲載写真があることに気づきました。そこで、120頁の後編としてそれらをお目に掛けます。
 私の見間違いで、既出の写真があるかも知れませんが、その節にはご指摘の上、寛大なお心でご容赦頂きますようお願い申し上げます。
 今までIE.を使ったことがなかったのですが、以前のデザインではIE.で見ますと果てしなく横に広がってしまって、巧く表示されないことがわかりました。そこで取り敢えず横幅に制限のあるデザインに変更し、それに伴いレイアウトも改善します。変更に伴いIE.とFirefoxでは通常のディスプレイでOKですが、GoogleChromeではやや大きめに再生されますので、ワイドディスプレイが必要かも知れません。
 IE.で御覧になっていた方には、今までご迷惑を掛けていた事をお詫び致します。なお、IE.の6ではこれでもまだ画面右側の写真が隠れてしまいます。IE.9ではOKでしたので、出来るだけ新しいバージョンでおためし下さい。
  

131-1a) 左近麻里子 1c131−1a) 左近麻里子1   
 左近麻里子の(かな)組は67年9月号から68年6月号まで、カラーを含めて37組出ています。1aと1bはその最後の、(こえ)『あぐら縛りで鑑賞』のように思えます。別に68年8月号にX組、同10月号にZ組に28枚含まれていますので、そちらかも知れません。
 光、ポーズとも美しい写真です。










131-1b) 左近麻里子 2c131−1b) 左近麻里子2 
 上と同時撮影分と思われます。
 以前のページでも申し上げましたが、印画の粒状性から、原板は35丱侫ルムではないかと思われます。












131-1c) 左近麻里子 3c131−2a) 安井喜久子 1 
 随心院様に教えて頂き、モデルを安井夫人と訂正します。
 印画はキレイなのですが細かい汚れが多くありました、ネガの傷も目立ち、相当の修正を行いました。












131-1d) 左近麻里子 4c131−2b) 安井喜久子 2 















131−3a,b,c,d) 中河恵子 1〜4  
131-3a) 中河恵子1c131-3b) 中河恵子2c131-3c) 中河恵子3c131-3d) 中河恵子4c

























 サムネイルのトリミングの関係で四角い写真は大きく表示されています。ページの表示に時間がかかりすぎるようでしたら小さくしますので仰有って下さい。
 中河恵子という人は不思議なモデルさんで、最初は清楚に、次に濃い化粧で、少し爛れた生活を感じさせるようになり、やがて臨月腹で現れます。その間1年4ヶ月。
 特に乳輪の変化が大きく、一般的なミディアムロングのヘアと相俟って間違えやすいモデルです。
 この4枚は70年の臨時増刊号[女体緊縛写真集]P.64と同時に撮影されたと思われます。

131−3e,f,g,h) 中河恵子 5〜8 
131-3e) 中河恵子5c131-3f) 中河恵子6c131-3g) 中河恵子7c131-3h) 中河恵子8c e,f,gの3枚は、回転ベッドを備えたモーテルでの撮影です。
 hだけは、場所が違うように見えます。足首に痣が見えますが、fの写真nの所為では無いと思います。
 これらの写真、顔は真っ白、左手グリップストロボ1発で影は真っ黒。写真印画紙の再現能力を超える明暗差でスペクトルを見ますと最暗部と最明部の両端でスパッと切れた形になっている。柔らかくするために両端に余白が欲しいのですが、付けすぎるとネムイ写真になる。最後には勘でエイっとやっちゃいました。







131−3i,j,k,l,m) 中河恵子 9〜12  
131-3i) 中河恵子9c131-3j) 中河恵子10c131-3k) 中河恵子11c131-3l) 中河恵子12c 化粧は濃くなっていますが、iの写真なぞ乳首も小さく見えます。
 4枚ずつ掲げている事にたいした意味はありません。
 h,i,mが一つのシリーズかも知れません。














131−3i,j,k,l,m) 中河恵子 9〜12    
131-3m) 中河恵子13c131-3n) 中河恵子14c131-3o) 中河恵子15c131-3p) 中河恵子16c 一見前の写真と変わらないように見えるのですが、乳輪が大きくなっているのと、妙に下半身がどっしりしているのに気づかれませんか?
 もうご懐妊なんでしょうか? 6〜7ヶ月かな?
lとmは多分同じシリーズなんでしょう。
 ということで、中河嬢16枚でした。













131−4a,b) 川越美佐子 1,2  
131-4a) 川越美佐子1c131-4b) 川越美佐子2c このモデルさんは、中河恵子じゃ無いと思うんです。化粧も雰囲気も乳首も違う。
 ところが73年4月号の最初、『竹の部屋の憂囚』として、塚本鉄三が撮した中河嬢の写真が扉に使われています。その写真が、これと131−3の中河嬢とのちょうど中間。よく似ています。そして部屋が全く同じ竹の間。
 でも、この部屋は中河嬢専用ではないようで、同じ号のp.124に大塚嬢もこの部屋で写っている。思うに、この部屋のホテルは、塚本氏または奇ク編集部が使いやすい場所にあったんですね。きっと沢山のモデルさんが連れ込まれたホテルなんですよ。
 それにしても・・・・この人、誰でしょう?

 不詳の者様からご教示頂きました。114頁にHASSAN様から頂戴致しました写真と同じものです。モデルは川越美佐子さん。撮影は67年の春ごろと思われます。もう一枚全身像がありますがこちらは114頁にもありません。このページの最後にお目に掛けます。  

 ということで、不詳の者様のお知恵により川越美佐子の2枚を持って、このページを閉じたいと思います。


130) The KK-TSUSHIN / 130) KK通信 第3号〜10号

くろねこ様のサイト『懐かしき奇譚クラブ』で、KK通信の話題が出ましたので、第3号から13号までをお目に掛けます。
 私は写真特定の資料として第3号から全て持っておりますので、スキャンしてそちらのサイトにアップするつもりでした。ところがJPGでは、以前くろねこ様に教えて戴いた方法で画像圧縮しても、どうしても600KBを切ることが出来ない。FC2BBSの画像投稿は500KBまでですので、やむなくこちらのページを使ってお目に掛ける次第です。
 くろねこさんのサイト http://nawa-art.com/index.html に掲載して頂くための画像送信の用途で、このページをつくりました。用が終われば消去して、奇譚クラブの別冊分譲写真目録をここに掲載するつもりでした。しかし、そうすると、付した文章や、コメントまで意味をなさなくなります。誠に勝手ながらこのページはこのままに置き新ページに目録を掲載することにします。
 なお、130B)は特にコメントも戴いておりませんので消去しました。        

130-1) KK通信第3号
 KK通信がどのような意図を持って刊行されたかは良く分かりません。
 52年(昭和27年)10月号に、『K・K 通信 発送開始!』として、「本誌愛読者を中心とした楽しいグループの肩の凝らない自由な集いのパンフレットとしてKK通信を始めました。(後略)」とあります。
 同11月号も『発送開始!』。12月号では『大好評・増頁断行』とあります。
 そして、この第3号は『奇譚クラブ第6巻第12号附録』と発行タイトルにあります。付録という以上、この号だけは12月号に挟み込まれて売られたのでしょうか? 分譲写真目録では56年12月号でそんな例がありました。
 本紙はB4版に4頁割付の新聞形式になっております。第1・2号を見たことはありませんが、多分B5のペラだったと想像出来ます。申し遅れましたが、1頁の正確なサイズはタテヨコ260弌滷隠牽賢个如B5版より一回り大きくなっております。
KK通信03-1cKK通信03-2cKK通信03-3cKK通信03-4c





























130-2) KK通信第4号
 発行タイトルに附録の文字はありませんが、2〜4頁の上方に(附録)の文字が見えます。別冊附録の形で53年1月号に挟み込まれたのか、申し込んだ人だけに郵送されたのかわかりません。
 1頁のサイズは270弌滷隠牽記个函△気蕕烹贈気茲蠡腓くなっています。本紙のほうは26年6月号からA5ですので、どうしてこんな大きさにしたのでしょうか? 印刷所のほうで1年前のB規格の紙が余っていて、それを使って印刷したのでしょうか? 当時紙は配給制か何かで貴重品だったと思いますので。
KK通信04-1cKK通信04-2cKK通信04-3cKK通信04-4c
 






























130-3) KK通信第5号
 この号から、(附録)の文字が抜けて、代わりに『昭和二十八年二月一日発行 1部 定価二十円』の文字が入っています。
 タイトルに『第5号』の文字が入り、単独の雑誌(紙?)の躰をなしています。
 ここで一つ疑問があります。発行所所在地の「堺局区内菅原通四」も、後の天星社の「阿倍野区清明通」も当時有数の高級住宅地なんです。菅原通は別荘地でもあった浜寺からずっと続く高級住宅地。清明通は言わずと知れた帝塚山、北畠地区の、大阪市内最高級住宅地です。
 失礼ながらこの手の雑誌の発行所としてはそぐわない気がいたします。何か理由があるのだと思います。
KK通信05-1cKK通信05-2cKK通信05-3cKK通信05-4c































130-4) KK通信第6号
 53年3月号となる第6号。これよりペラ2枚。8頁仕立てになりました。
KK通信06-1cKK通信06-2cKK通信06-3cKK通信06-4cKK通信06-5cKK通信06-6cKK通信06-7cKK通信06-8c




























































130-5) KK通信第7号
 53年4月号にあたります。
KK通信07-1cKK通信07-2cKK通信07-3cKK通信07-4cKK通信07-5cKK通信07-6cKK通信07-7cKK通信07-8c




























































130-6) KK通信第8号
 53年5月号にあたります。第9号からはこのさらに半分(B6ノビ)のサイズになります。
KK通信08-1cKK通信08-2cKK通信08-3cKK通信08-4cKK通信08-5cKK通信08-6cKK通信08-7cKK通信08-8c































































130-7) KK通信第9号 
 第9号から1頁がB6版になりました。見開きできちんとB5版です。
 省力化のために、見開きでスキャン致します。最初が1と16頁。次が15頁と2頁。という具合で8頁と9頁が最後です。
KK通信09-1-16cKK通信09-2-15cKK通信09-3-14c


KK通信09-4-13cKK通信09-5-12cKK通信09-6-11cKK通信09-7-10cKK通信09-8-9c



































130-8) KK通信第10号 
KK通信10-1-16cKK通信10-2-15cKK通信10-3-14cKK通信10-4-13cKK通信10-5-12cKK通信10-6-11cKK通信10-7-10bKK通信10-8-9c











126) miss YUKI MURAKAMI in 1982 / 126) 村上ゆき=佐々木真弓 1982年 (再掲)

一旦消されたこのページですが、下書きに残っておりましたので、コメントを含めて再生することができました。もちろん問題の写真は修整を施し、再度問題が出ないよう対策いたしております。 
 私、A4のクリアファイルを2冊持っております。中味はA4ルーズリーフに3〜4ずつ貼り込まれた薄緑色のスクラップブックです。うち1冊には、70頁に掲載した梨花嬢のヘア写真などが入っております。他に、このブログではお見せ出来ないような写真もずいぶんあります。
 その中に、どこかで見た記憶のあるモデルさんが30数枚入っており、どこだったかナーと99頁でお尋ねしましたところ、たおやめ様から村上ゆきとのご指摘を戴きました。当時私は村上ゆきと村上ユキの違いもわからずにおりました。またくろねこ様のサイトをご紹介頂いたのもこの頁でした。
 村上ゆきは82年4月号の復刊第2号に、賀山茂氏の「辻村隆氏との交遊記」として掲載されています。前半は結婚後の梨花悠紀子。後半がこの村上ゆきです。
 同号には、このスクラップブック所蔵の写真数点が別に掲載されていることから、前の持ち主は賀山氏と何らかの関係の人物と思われます。
 ああ、何ということでしょう。新管理画面とやらになって、写真が「最適化」されてしまっていたようです。私は1枚600KBぐらいでアップしたつもりが、1/4の150KBぐらいに圧縮されていたようです。これではA4印刷は出来ない。モデルの肌の美しさも表現出来ません。何というお節介!なんという横暴!
 最適化しない設定にセットしましたが、勝手にされてしまった118頁から125頁の写真全てを入れ替えねばなりません。泣けてきます。126-01あたりなら伸ばしボケでどちらでも良いでしょうが、ピントの良い写真もその美しさをフイにされていたのです。何のために200%まで拡大して修正作業をしてきたのか? ああ。ポワロはlivedoorの新管理画面大嫌いです。
 皆様、既にダウンした写真のファイルサイズをチェックして下さい。150KBぐらいなら、今後のアナウンスに従って再びダウンして下さい。まあLサイズにしかしないならそのままでも結構ですが・・・


126-01 村上ゆき 1c126-01) 村上ゆき 1
 同号27頁に使われた写真です。フチつき大手札ですが、イーゼルの形から1枚1枚手で焼いた品です。大量焼き付けの分譲品ではないようです。
 それはいいのですが、かなりの伸ばしボケがあり、拡大には向きません。2Lも無理じゃないでしょうか。ピントアップを試みましたが足あたりが不自然になりました。老眼のかたが伸ばしたように思えます。82年ともなりますとぼちぼちお年ですのでね。
 誌面では1ページ大で扱われていますので、辻村氏からの印刷入稿はこれでなく、キャビネ大だったのではないでしょうか。








126-02 村上ゆき 2c126-02) 村上ゆき 2
 撮影場所は奈良の辻村氏の自宅ということになっています。この頃でしたら私は奈良に住まいしておりましたが、もちろん存じ上げません。
 例によって村上嬢が穿いてきたと思われるツッカケが無造作に置かれており目障りです。気の利いた助手がいればサット片づけてくれるのですが・・・。












126-03 村上ゆき 3c126-03) 村上ゆき 3
 徹底的にツッカケを写しますね。特に思いのある品とも考えられません。新しく女っぽい品なら、村上嬢のおみ足の匂いを嗅ごうとする奴も出てくるかも知れませんが、これではネー。













126-04 村上ゆき 4c126-04) 村上ゆき 4
 腰がくびれて肩の線が張って、オッパイの谷間が深いスジになって、なかなか美しいポーズです。














126-05 村上ゆき 5c126-05) 村上ゆき 5
 今度は梯子利用の逆さ縛り。佐々木真弓とと同一人物なら当然見えるべき特徴的なお臍が縄で隠されて見えません。















126-06 村上ゆき 6c126-06) 村上ゆき 6
 その後ろ姿。この1枚単独では作品にならなかったでしょう。滅多に無いアングルです。














126-07 村上ゆき 7c126-07) 村上ゆき 7
 これで梯子利用の村上ゆき緊縛写真はおしまいです。次から股間縛りになります。






126-08 村上ゆき 8c11126-08) 村上ゆき 8
 股縄がしっかりと茂みの間に食い込んでお臍を隠しています。















126-09 村上ゆき 9c12126-09) 村上ゆき 9
 右側にフラッシュガン(ストロボ)がついています。カメラはセミ版一眼のブロニカETRあたりでしょうか? それとも昔ながらのマミヤの6×6にグリップをつけたのでしょうか? ああ、35丱メラの左側にグリップ式ストロボというのが、一番それらしいですね。












126-10 村上ゆき 10c13e126-10) 村上ゆき 10
 ヴィーナスの丘(そんな言い方今はしなくなりましたネ)がキュッと吊り上げられて、縄のきつさを物語っています。それはいいのですが肝心のお臍はなかなか見せていただけません。
 修整しました。












126-11 村上ゆき 11c14126-11) 村上ゆき 11

















126-12 村上ゆき 12c15126-12) 村上ゆき 12

















126-13 村上ゆき 13c16126-13) 村上ゆき 13
 誠に申し訳ございませんが、「村上ゆき、村上ゆき・・・村上ユキ」と思っているうちに、風奇の写真と勘違いし、修正時に写真のフチを落としてしまいました。これから24枚目まで縁無しで掲載しますが、実物は手焼き用のイーゼルによる白ブチがあります。(2月27日記)












126-14 村上ゆき 14c17126-14) 村上ゆき 14

















126-15 村上ゆき 15c18126-15) 村上ゆき 15








126-16 村上ゆき 16c19126-16) 村上ゆき 16

















126-17 村上ゆき 17c20126-17) 村上ゆき 17








126-18 村上ゆき 18c21126-18) 村上ゆき 18
 ピンぼけ写真です。これでも目の廻りがやや不自然です。これ以上無理しますとますます変になりそうなので、このあたりを限界としました。














126-19 村上ゆき 19c22126-19) 村上ゆき 19
 すみません、12の隣に掲示すべき写真でした。
















126-20 村上ゆき20c31126-20) 村上ゆき 20
 戸外での撮影に戻ります。きれいな階調の写真ですが、粒子のざらつきから35个任呂覆いと思われます。恐らくレンズは28弌














126-21 村上ゆき21b32126-21) 村上ゆき 21
 薄暮でもあったのでしょうか? 随分手ブレしています。上の写真より良いポーズですのに残念です。














126-22 村上ゆき22c41126-22) 村上ゆき 22
 再度室内に戻って、棒を使った縛り。太股のお肉が捩れて痛そうです。















126-23 村上ゆき23c42126-23) 村上ゆき 23
 出ました。村上ゆきのお臍です。107頁の6,7あたりと比較してみて下さい。これほど特徴的なお臍は滅多にありません。佐々木真弓と村上ゆきは同一人物と断定して間違いないでしょう。
 それにしても、この頁の今までの22枚。見えそうでいてお臍は慎重に隠していたんですね。











126-24 村上ゆき24c43e126-24) 村上ゆき 24
 黒の目かくしの下の鼻から口元のラインが魅力的です。
 ちょっと口づけしてみたいです。
 お臍の下の茂みも、湿った香りが匂ってきそうで官能的です。
 修整しました。












126-25 村上ゆき 25c51126-25) 村上ゆき25
 ここからは薄いフチを残した写真でお目に掛けます。逆海老縛りですね。







126-26 村上ゆき 26c52126-26) 村上ゆき26
 撮影角度が変わっただけです。縦位置とでも横位置とでもとれる角度ですが、感じた方へ。














126-27 村上ゆき 27c53126-27) 村上ゆき27








126-28 村上ゆき 28c56e126-28) 村上ゆき28
 奇クには珍しく脚の長いモデルさんです。
 佐々木真弓嬢は68年6月号初出演ですが、この号で既にこのページの23や25番と同時撮影と思われる写真が掲載されています。
 82年4月の復刊号の記事は多分70年以前に起こった出来事をフォトストーリー調にでっち上げたものだと思います。68年に19歳とすると、82年には33歳。それは可哀相でしょう。
 それにしても、エライところまで見せていますね。残念ながら修整しました。









126-29 村上ゆき 29c57e126-29) 村上ゆき29
 ところで、この1連の写真は、クリップオンのストロボを付けた35舒豐礇譽佞濃1討靴討い襪茲Δ忙廚┐泙后A膿夕命燭北咾生えた程度の機材ですね。
70年代後半のある時期、コンタックスRTSが発売された頃に、プロの写真家がアマチュア風の写真を撮ることが流行った時代があるにはあるのですが、これは本物のアマチュアの写真ではないだろうかと思います。
 雑誌には3人で撮影した事になっているのですが、何かモデルとカメラマン二人きりだったような空気を感じてしまいます。何か、モデルが撮影者に媚びているのです。修整しました。








126-30 村上ゆき 30c58126-30) 村上ゆき30
68年6月号のp.148や154にも二羽の鶏の掛け軸が写っています。















126-31 村上ゆき 31c61e126-31) 村上ゆき31
 一転、モーテルらしき場所での写真です。30までの写真では、部屋の畳に上敷きが鋲で打ってありました。昔の一般のお宅ではそうして畳の汚れを防いでいたのです。
 そうではなく、ここの部屋は明らかにご休憩スペースとして設えてあります。
 修整しました。



126-32 村上ゆき 32c66126-32) 村上ゆき32
 村上ゆき(佐々木真弓)最後の写真となりました。明らかに温泉マーク。多分モーテルの1室だと思います。当時の温泉マークにはこういう機械が備えてあったんですね、中年好みの隠微な匂いを感じる部屋です。
 私は品行方正な青年でしたので、こういう部屋は知りません。今、こういう装置があれば老境の私でも女を一責め出来るかな? と思いますが、脳や心臓の血管がどうにかなると晩節を汚す事になりますので自重しておきます。 股間に何かが挟まっているようにも見えます。
 フラッドランプはおろか、電線の一本も出ておりません。この室内には他に誰もいない様子です。自分で縛って最小限の機材で写真を撮ったのでしょう。人を入れない二人だけの空間を感じてしまいます。


125) Sadistic Ladies in the KITAN CLUB II / 125) マゾフォトでのサディスティンⅡ 大塚啓子・山原清子

皆様、新年あけましておめでとうございます。2011年のお正月を寿ぎ、マゾ写真をお届けします。
昨年と同じ書き出しで、またマゾ写真です。昨年が絹川文代嬢でしたので、今年は大塚啓子嬢の勇姿をお目に掛けます。大塚嬢はショートヘアにしてからグッと美人になりました。整形したと推測するかたもいらっしゃる程です。
その美しき大塚嬢20葉からスタートです。



125-01 大塚啓子マゾフォト1125-01) 大塚啓子の1
大塚嬢のマゾフォト出演は、63年5月号の(まそ)『股責の地獄』4枚組が先行しました。
「男の首の上にどっかりとまたがり股で責める大塚啓子嬢の新作をここに分譲品として発表いたします。今回の分はすべて啓子嬢の股の間に挾まれたM男が鼻をあぐらにかかされ、首を両股で力いっぱい締めつけられるなど、大切な男の顔が女の大股によって、さんざんになぶられ辱しめられ、上から侮蔑の目で眺められるといった汚辱ぶりを表しました。御注文の如何では、M物はこれにて一応発表中止します。」 と、何やら心細い解説が付き、通常4枚組でしたら400円のところが500円と割高です。余程売れなかったようです。
そりゃそうでしょうヨ。オッサンの痛がる写真など誰も買おうとしないでしょうから。
ところがこれが発表中止にならなかった。66年の7月に若いM青年を得て、5枚組7組、計35枚が上梓されます。1~20は7月に発表されたものです。
エッ? M青年の名前ですか? 知りませんよ、そんなもの。

125-02 大塚啓子マゾフォト2125-02) 大塚啓子の2
大塚嬢の穿いているパンティーはトリコットのビキニショーツで、101頁で東浦嬢が穿いていたものと同じ、多分赤と黒かと思います。クロッチは前が大きいように見えますが、奇クは時々後ろ前逆に穿かせたりしますので判りません。陰毛隠しに逆に穿かせた可能性が大なのです。
66年7月号の表紙裏に掲載された、(らも)(らき)(らろ)(らに)(らほ)(らへ)(らと)の7集。各5枚組で¥1,000と高価です。

ライブドアが新管理画面に変わり、格段に書き込みが煩雑になりました。コマーシャルは入れやすいのに、罫線も字下げも一々HTML画面を呼び出さねばなりません。改悪以外の何者でもありません。
一度でも新管理画面を試してしまうと、永遠に昔のエディターが使えなくなってしまうようです。投稿が苦痛です。泣きたくなります。

125-03 大塚啓子マゾフォト3125-03) 大塚啓子の3
これらの写真ですが、劣化は少ないのですが、プリントの黒の締まりは良くありません。
ところが、スキャン時にヒストグラム調整の上ガンマをいじってやりますと、かなり良好になります。やや軟調にスキャンして修正の上、最後に引き締めると我ながらほれぼれする調子になります。

いまここでお目に掛けているのは、20枚中大塚嬢が騎乗位になっていない8枚です。解説文も意味不明瞭なら、写真も何をしているところやら判らない。
第一、7組から少しずつ入って20枚なのか、4組が揃って20枚なのかも判らない状態ですが、ここで資料を掲げておかねばならないので、次から書き込みます。

125-04 大塚啓子マゾフォト4125-04) 大塚啓子の4
奇クをお持ちでないかたのために、この7組を順にご紹介します。(各組5枚で1000円)

(らも)『顔面騎乗の女王様』。 「新しく応募してきた若いM青年に対してベテラン啓子が顔面騎乗の放れ業を演じて、いやというほど、その臀羞を嗅がせているところ、マニヤ垂涎のポーズの数々。」

(らき)『奴隷の誓いを誓う』。 「女王様の足下にひれ伏して奴隷としての誓いを必死に申し上げているM青年を傲然と見下して、冷笑を浮かべている肉体美の女性。汚辱と凌辱のムード派に捧げる。」
武士の侍が・・・のようですね。


125-05 大塚啓子マゾフォト5125-05) 大塚啓子の5
(らろ)『ハイヒールの足下』。 「ピカピカと光る黒皮のハイヒールの足下に、鋭いヒールの痛さにおののきなからM青年は女御主人様にいたぶられ足蹴にされる喜びに身をふるわせているのである。」
2,4,7あたりが、ハイヒールで踏まれていますが、これのことかな?


125-06 大塚啓子マゾフォト6125-06) 大塚啓子の6
(らに)『縛られるM青年』。 「縄で縛られて身の自由を奪われることによって、無力化した自分が女御主人のあくなき暴虐の手の中に翻弄され、その意のままになる縛られたM青年のマゾの願望。」

(らほ)『神酒を飲ませる女』。 「畏くも得難い女王様のネクタールを、そのおん自らの手によって賜わることに対して、今やM青年はよよと、感涙にむせびつつ、うやうやしく頂戴するのであった。」
これらしいのはありません。

(らへ)『M青年をいたぶる』。 「経験はありませんが、どんなことでも意のままになすって下さいと志願してきたM青年は、ベテラン女性の柔肌にいたぶられて、今やその芳香に圧倒されるのだ。」そうです。

125-07 大塚啓子マゾフォト7125-07) 大塚啓子の7
(らと)『肩車の下の蠢めく』。 「逞ましく肉の乗った両の太股を首にまわして、裸の尻をでんと首筋にすえて、気弱くもがく男の頭髪をぐいとわしづかみにして、全体重を痩身の青年にかける。」
これは次の12枚にありそうです。以上の7組です。










125-08 大塚啓子マゾフォト8125-08) 大塚啓子の8

















125-09 大塚啓子マゾフォト9125-09) 大塚啓子マゾフォト9
ここらからぼちぼち騎乗位になって参ります。















125-10 大塚啓子マゾフォト10125-10) 大塚啓子マゾフォト10
馬乗り写真は、ここから11枚あるのですが、(らも)(らと)あたりが候補ですが、判別はつきません。














125-11 大塚啓子マゾフォト11125-11) 大塚啓子マゾフォト11

















125-12 大塚啓子マゾフォト12125-12) 大塚啓子マゾフォト12

















125-13 大塚啓子マゾフォト13125-13) 大塚啓子マゾフォト13

















125-14 大塚啓子マゾフォト14125-14) 大塚啓子マゾフォト14

















125-15 大塚啓子マゾフォト15125-15) 大塚啓子マゾフォト15

















125-16 大塚啓子マゾフォト16125-16) 大塚啓子マゾフォト16

















125-17 大塚啓子マゾフォト17125-17) 大塚啓子マゾフォト17

















125-18 大塚啓子マゾフォト18125-18) 大塚啓子マゾフォト18

















125-19 大塚啓子マゾフォト19125-19) 大塚啓子マゾフォト19

















125-20 大塚啓子マゾフォト20125-20) 大塚啓子マゾフォト20
とりあえず、最初に予定していた20枚が終わりました。この写真だけ、マゾ男がオッサンぽく見えるのですが、同じ青年でしょう。














125-21 大塚啓子マゾフォト21125-21) 大塚啓子(らほ)の1 マゾフォト21
コメント3番に書きましたとおり、最初は大塚嬢+M青年20枚に、大塚嬢+山原嬢+M親父12枚の予定でおりましたところ、大塚嬢+M親父10枚が別に出て来まして合計42枚となりました。
山原嬢との協演は最後に回して、新たに出てきた10枚をアップ致します。この中には溲瓶を手にしたものがありますので、これが125-06でご紹介した(らほ)と思われます。







125-22 大塚啓子マゾフォト22125-22) 大塚啓子(らほ)の2 マゾフォト22
マゾに興味のないかたにとっては詰まらない写真が続きますが、これも稀少な資料の一つとご容赦をお願い致します。
パンティーが当時としては珍しいビキニショーツ(スキャンティーという言葉があったかどうか?)となっております。










125-23 大塚啓子マゾフォト23125-23) 大塚啓子(らほ)の3 マゾフォト23
ここではマゾ男も堂々と顔を上げているのですが、125-20までの青年とは違うように見えますがよく分かりません。













125-24 大塚啓子マゾフォト24125-24) 大塚啓子(らほ)の4 マゾフォト24
(らほ)は5枚組ですが、溲瓶を持った写真は以上4枚です。














125-25 大塚啓子マゾフォト25125-25) 大塚啓子マゾフォト25
溲瓶は持っていませんがパンティーは上と同じです。ハイヒールを履いていませんので、多分(らき)かと思います。















125-26 大塚啓子マゾフォト26125-26) 大塚啓子マゾフォト26
ここら3枚が(らき)らしい。同じ月に発売された7組ですが、2回に分けて撮影されたのかも知れません。















125-27 大塚啓子マゾフォト27125-27) 大塚啓子マゾフォト27
以上3枚が一括りです。
















125-28 大塚啓子マゾフォト28125-28) 大塚啓子マゾフォト28
今度は大塚女王様がババシャツを召してます。暖かそうですね。
ナイロン、レーヨン、ポリエステル、ポリウレタンなど、次々に開発される合成繊維を、当時の女性が喜々として受け入れた様子が分かります。
どっちでも良いことですが男性はフンドシですか。









125-29 大塚啓子マゾフォト29125-29) 大塚啓子マゾフォト29
この10枚が4、3、3枚で3組とするなら、最初の20枚は5枚揃いの4組と言うことになります。
7組合計で当時7,000円。これは他の写真の1.7倍です。
昭和41年で初任給どれくらいだったでしょうか? 大卒でも4万円無かったのでは?
今で言うと総額3万5千円。1枚1,000円ですね。
それほどの値打ちがあるかどうかは知りませんが、貴重なマゾ写真の資料であることだけはご理解をお願いします。






125-30 大塚啓子マゾフォト30125-30) 大塚啓子マゾフォト30
たしかに、これら3枚は芳香を嗅がせていると見えますので、(らへ)のように思えます。
大塚啓子嬢のサディスティン写真のご紹介は以上です。













125-31 (まめ)大塚・山原マゾフォト31125-31) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト31
替わって、65年8月号で発表された、大塚・山原がM男を責める写真を御覧に入れます。各12枚8組。計96枚ですが、私は1組12枚しか持っておりません。
多分、略号(まめ)だと思います。組写真のストーリーとしては後からのご紹介になるかと思いますがご容赦下さい。


125-32 (まめ)大塚・山原マゾフォト32125-32) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト32
略号(まめ)『馬を乗り潰す女』、解説「二人の肥った女を背中に乗せてハイハイドウドウ、いくばくもなく男の馬は潰れてしまう。乗り潰された男は、さて、これから勝気な二人の美女から、どのような恥しい仕置を強いられるだろうか。それは面白くてたまらない女達のなぐさみの遊戯であったが、M男にとっては、身も凍るような戦慄的な暴虐であった。」
馬乗りになった写真と、潰れたように見える写真が計12枚ありますので、多分これかなと思っただけで、確証はありません。
なお、山原嬢ご着用の黒のパンティーは、当時の生理帯であり、タグは左前に縫いつけられるもの故、この写真は裏焼き、即ち左右逆と思われます。神経質なかたは左右反転でプリントして下さい。アレッ反転すると次と同じ写真ですか?


125-33 (まめ)大塚・山原マゾフォト33125-33) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト33
昔、ハレンチ学園というマンガがありまして、教師のヒゲゴジラ(本名吉永さゆり)が大勢のハダカの女生徒達に足で踏み付けられるシーンがあったのを思い出しました。
さて、この山原嬢の生理帯ですが、アンネが出たのが61年暮れで、ナプキンは熱狂的に迎えられます。日陰のものを日向に出した、正に革命でした。
しかし、パンネットは、¥150と安価なため売れることは売れましたが、ネットが荒すぎてかゆみが出たり、体型や経血量によってはズレて漏れるなど、欠点も多く、多くの女性は旧来の替えゴム式を使っていたようです。
ナプキン使用のために押さえゴムを廃止した取替ゴムが売られたり、色もスタンダードな黒だけでなく、ピンクやサッシュなどカラフルになり、生地もネット素材など薄くてもホールド感のあるものが出て、65年を迎えます。
でも、山原嬢は黒のリブ柄メリヤスの、いかにも生理帯という感じのする品を召しており、誠に懐かしく感じます。

125-34 (まめ)大塚・山原マゾフォト34125-34) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト34
「40年間お待たせ」し「重苦しいゴムの時代は去」ったと宣伝したのに、ショーツのほうは旧来の形が残ったというのは、日本女性の保守性を示すのではなく、替えゴム式生理バンドが、61年時点で最高の進化を遂げていた事の証なのです。
実際この後、替えゴムが無くなって、ネットやスポンジを貼った防水布の時代になっても、モレない、ムレない、ズレないは永遠の宣伝文句です。
40センチもある大きな不格好なビニール付きのオムツを両面テープで防水布いっぱいに貼りつけ、羽根まで広げて裏で留める現在・・・ムレない筈ないでしょう。
当時カット綿は16センチ×8センチ。それをウーリーナイロンの裏をゴム打ちした替えゴムに装置していたんですね。これですと血液はゴムと直接触れ難いため、悪臭も少なくなります。替えゴムのフチと押さえゴムの張りかたは、永年の職人技でベストバランスされており、伸縮性のショーツ生地と立体裁断により、多少重さは感じますが、脱脂綿を使う生理帯として進化の極限にあったのです。
実際、私が中学生だった頃、女の子がニオイでソレと判ることは、決してありませんでした。どちらが前やら後やら判らないパンネットの方が、余程原始的だったのです。

125-35 (まめ)大塚・山原マゾフォト35125-35) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト35
このあたりから、だんだん馬乗りになって参ります。最初に申し上げましたように、(まめ)といたしますと、写真のご紹介が、解説とは逆の順序になってしまいました。
参考までに、同時発売の他の7組を順次ご紹介して参りましょう。全て大手札12枚組2,000円です。

(まふ)『裸女二人の尻の下』、「Mモデルに志願してきた幸福な男は、豊満な全裸の美女二人から徹底的にいじめられる。逞ましい素肌の脊部が男の頭の上に無遠慮にのっかってくる。華麗なマゾ絵巻が美しいカメラ・アイによってあますところなく捉えられています。どうぞ貴方を、この幸福なM男に入れ替えて、Mの醍醐味を十分に御賞味して下さい。」


125-36 (まめ)大塚・山原マゾフォト36125-36) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト36
(まね)『美女から縛られる』、「暴君と化した二人の逞ましい美女の前に脆いたM男は、必死の抵抗も空しく、縄で厳しく縛られてゆく甘美な過程を連続で狙いをつけてゆきます。後手高手小手に縛りあげられて身動きもできなくなった男に、これから二人のベテラン女性が、さてどのような暴虐のムチを揮うでしようか、詳細は写真によってお楽しみ下さい。」

(まれ)『痛烈ムチのご馳走』、「後手に縛りあげられた男は、二人の裸女にとっては、恰好の弄び者である。二人の美女の手にあるムチや麻縄は、激しいいきおいで男の肌の上で作烈する。忽ち赤いミミズ脹れがふくれ上り、血がにじむ。それでも女達のむごたらしいムチの手に止みそうにもない。やがて男の口からも痛苦とも快味ともいえる呻めきが洩れる。」


125-37 (まめ)大塚・山原マゾフォト37125-37) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト37
(まり)『汚臭と足舐の強制』、「女の肌にじかにつけていたパンティを頭にかぶせられ、口に押し込まれても、縛られている身の男にとっては、どうすることも出来ない。やがて女の足指が無理矢理口へ押し込められる。拒否しょうにも他の一人の女が頭を押さえて逃がさない。二人の女による強制が、いつの間にか男を恍惚たる被虐の花園へさそい込んでしまう。」

(まも)『二女の戯むれと男』、「跪いた男の背中の上には、二疋の美しい蝶々のように戯むれる二人の裸女があった。はじめ男の存在など無視していた二人だったが抱擁に飽きると共に、尻の下にうごめく男をなぶってみようという気持になった。何ごとも易々として従うM男に対して、二人はどのような辱しめを与えるか、写真によってとくとお確め下さい。」


125-38 (まめ)大塚・山原マゾフォト38125-38) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト38
(まむ)『首締めで剌す止め』、「いくら痛めつけても辱しめても喜んでいるM男に対しては、最後の止めとして、逞ましい太股による首締めによって昇天させてやるのが御慈悲である。苦悶にあえぐ口の中には、汚物が、足の指が押し込まれ、男の顔が鼻が、むちゃくちゃにいたぶられつくす。さんざん弄れた男は、遂に精根つき果てて女達の軍門に降るのである。」

(まみ)『二女の臀臭に泣く』、「逞ましくも肉づきのよい二女の臀の下に押し潰された男の顔は、醜くひしやげて、その臀臭をいやというほど嗅がされている。なおそれでも足りないとみた一人は勇ましく放屁を男の顔面にふきかける。今やグロッキーになった男に対して、二女の責めは巧妙なテクニックで男が泣き叫ぶまで更に続行されるのであった。」


125-39 (まめ)大塚・山原マゾフォト39125-39) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト39
以上で8組96枚の写真の解説をご紹介いたしました。















125-40 (まめ)大塚・山原マゾフォト40125-40) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト40

















125-41 (まめ)大塚・山原マゾフォト41125-41) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト41
















125-42 (まめ)大塚・山原マゾフォト42125-42) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト42
以上で、大塚嬢のサディスティン姿42枚を終えます。









124) アップフォト・コレクション

世の中には分かりにくい写真があるもので・・・。 顔が出ておらず、身体の一部のみがアップで写っている写真など、その最たるものです。そういう訳の分からない写真を10枚ばかりお目に掛けたいと存じます。アッこれは誰! とお気づきのかたはコメント下さいネ。

124-01 アップコレクション1絹川?124-01) アップコレクション1(絹川嬢?)
 鎖と足と左手の指のみ。誰でしょう? 絹川嬢かなと思うのですが、絹川嬢ならマニキュア・ペティキュアをしていそうなものですが・・・。






124-02 アップコレクション2124-02) アップコレクション2
 ビニールチューブに入れた鎖と脚のみの写真です。小型の浣腸器が見えますね。四方嬢にこんな写真があったような気がするんですが。違うでしょうか?
 「あったような気がした」筈です。このサイトの90頁、90-1b) と 90-1c) がそうでした。四方晴美嬢に間違い有りません。63年1月発売のB組かZ組。計5枚のうち3枚がこの脚錠をしていることになります。 










124-03 アップコレクション3124-03) アップコレクション3
 グラビアに同種の写真が載ってでもいない限り分かりっこありません。
 でも、この短いロウソク危ないですね。モデルさん、そうとうに熱く感じるはずですよ。
 非常にシャープで階調のきれいな写真です。




124-04 アップコレクション4124-04) アップコレクション4
 大小のロウソクはよく似ていますが、同じモデルさんかどうかは分かりません。
 このヘアースタイルは、どこかで見たような気がするのですが・・・・。













124-05 アップコレクション5124-05) アップコレクション5
 タルミの見えるツヤのない皮膚。きっと中年のモデルさんだな、と思っておりました。






124-06 アップコレクション6124-06) アップコレクション6
 ところが、この乳首に見覚えがあります。エッ、梨花嬢? あの梨花悠紀子のように見えるんですが、もしそうなら、もっと艶やかな肌に撮って貰いたかった・・・。
 違うでしょうか? 皆さんのご鑑定をお願いしたいと思います。




124-07 アップコレクション7124-07) アップコレクション7
 私見では東浦嬢じゃないかと思いますがいかがでしょうか。
 このページ01と06に顕著なのですが、引き伸ばし機の電球が調整不足で、画面片端の光量が不足しています。この11枚はバラバラのところからアップのみを集めたのですが、こういうフラットな絵柄ですと伸ばし機の欠陥が目立つようです。



124-08 アップコレクション8124-08) アップコレクション8
 この前の写真から3枚組です。もし東浦嬢だとすると、05,06に比べて遙かに瑞々しい綺麗な肌をなさっています。お腹は少しプックリなさっていますがね。





124-09 アップコレクション9124-09) アップコレクション9
 おっぱいもなかなかかっこいいですね。















124-10 アップコレクション10124-10) アップコレクション10 関谷夫人?
 小さな乳輪と無地のバタフライ。関谷夫人のように見えます。







124-11 アップコレクション11124-11) アップコレクション11
 形の良いおっぱいです。肌もキレイしスレンダー。相当の美人だと思いますよ。なんて、顔が見えないのに無責任なことを言っちゃって。これが誰かはサッパリ判りません。
 パンティーの上から股縄がしっかり食い込んでいるのが何とも言えずいいですね。でも、こんな刺繍の入ったパンティーを奇クでは見たことがありません。


 以上で、今回用意した分は終わりですが、近いうちにもっと出てきたら追加します。





118) Bondage Photos used by the KITAN CLUB in 1952 / 昭和27年の奇譚クラブ誌面を飾った写真たち

奇譚クラブがA5版になり、緊縛写真が大々的に載りだしたのが52年の6月号からです。この当時らしき写真を200枚ばかり持っております。本サイト39頁から掲載した「緊縛美のオンパレード」第六篇51集より前の分と思われます。
 「緊縛美のオンパレード」全十篇は、最初52年8月号に「責め女の写真実費分譲」として第三篇までがアナウンスされましたが、同号ですでに第一篇(1〜9集45枚)は分譲中止という、何のために宣伝してるんだか・・・しかも「第一篇は幸いにして大好評を拍し」などと、思わせぶりな、今なら怒られそうな惹き句が付してあります。いったい何枚ぐらい販売して終わったのでしょうか?
 先の約200枚は、その多くがこの5篇245枚に含まれるのではないかと想像しているのですが、何分にも資料が皆無で、当時はモデル名すら明らかにされていませんので調べようがなかったのです。
 しかし、昭和34年4月に発売された臨時増刊「SADO特集号第2集」に覆面子白頭巾様が「緊縛フォトと緊縛モデル夜話」として、当時の奇クの写真解説をなさっていました。凸版の不鮮明なものから分譲写真の宣伝の張り混ぜ写真まで書いておられ、はっと思いついて、手持ちの写真を照合してみました。すると何枚か符合するものが見られました。このページでは、その写真を中心に何枚かをご紹介致します。
 なお、この作業中、67頁の『急襲』の最後の1枚らしき写真が出て参りましたので、同ページに追加しました。     

118−1) 52年7月『美しき苦悶』の1 立花郁子
奇ク5207表2
 
118-1)52年7月美しき苦悶1C118-1)52年7月美しき苦悶1 だいたい、52年の7月号のどこに写真のページがあるんだ、と仰有られるかも知れませんが、おもて表紙の裏側、表2というヤツですね、そこが見開きになってまして、「美しき苦悶」と題して張り混ぜ写真が出ています。その左ページの真ん中左端がこの写真の上半身です。
 Cheep様からコメントを戴きましたが、年代的にもおっぱいの形でも、仰せの通り立花郁子嬢に間違いないと思います。 
  52年新年号、『新春湯浴』の3モデル中、右側のモデルがこのかたかもしれません。またこの号には草むらの中で撮影された写真が、黒白とカラーで掲載されていますが、もう一つ関連性が掴めません。
  

118−2) 52年7月『美しき苦悶』の2
奇ク5207表P1

118-2)52年7月美しき苦悶2C118-2)52年7月美しき苦悶2 同じく左側ページの上真ん中の写真です。6×6で撮っていますので、角度を変えてトリミングするのはお手のもの。
 モデルが誰かという話ですが、分からないながら、候補として上がる名前は、中林カオル、立花郁子、あと南泰子と呼ばれる座談会を欠席したモデルさん。でもこれがその人の写真と言えるものがありませんし、活躍年代の差もあり、特定出来ません。
 実は私の所持しておりますこの当時の奇クに、写真ページを切り取った不完全本がいくつかあり、自信が持てないこともあります。それを補うために、くろねこ様のサイトに大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。

118−3) 52年7月『美しき苦悶』の3
118-3)52年7月美しき苦悶3-C118-3)52年7月美しき苦悶3 この写真は、7月号にはないようですが、上と同時に撮影されたものに違いありません。このような写真が8月からアナウンスされる『責め女の写真実費分譲』の第一〜三篇あたりの中心になっていたことは疑う余地のないことでしょう。











118−4) 52年7月『美しき苦悶』の4
118-4)52年7月美しき苦悶4-C118-4)52年7月美しき苦悶4 これも同様です。奇クの51年11月号〜52年4月号まで、別冊の魅惑を含めて7冊調査しましたが、そのなかのヌード写真に、このモデルさんのクルンとしたオッパイが見受けられるように思います。ちなみに12月号では『狙われた犠牲』『縛られた娘たち』と題して緊縛写真っぽいものが載っております。

118−5) 52年7月『美しき苦悶』の5
118-5)52年7月美しき苦悶5-C118-5)52年7月美しき苦悶5 左ページ左下隅の写真です。以上の3枚を7月号で見つけることが出来ました。






118−6) 上記の類似作品
118-7) 52年7月美しき苦悶6-C118-7) 52年7月美しき苦悶6 118−5と同じ場所で多分同時に撮影されたものと愚考します。ただ、立花嬢とおぼしきモデルさんのオッパイが小さく見えることから、Cheep様仰有る54年10月号の「モデル女のまぞひずむ」文中の、51年7月撮影分だったのかも知れません。









118−7) 52年8月号『緊縛美の断片』の1
奇ク5208中折2

118-6)52年8月緊縛美の断片1-C118-6)52年8月緊縛美の断片1 すみません。99ページの1でお見せした写真と同じです。52年8月号の『緊縛美の断片』の左上にありました。このモデルさんの写真は25枚以上持っております。尖った乳房が特徴で、この当時としては珍しく堂々と正面を向いて顔を出していられます。
 154頁にこのモデルさんの写真を掲載しております。









118−8) 52年8月号『縛られたる女』の1
奇ク5208中折1

118-8)52年8月緊縛美の断片2-C118-8)52年8月緊縛美の断片2 同じ見開き右側の中央。ほぼ90度回転した状態で胸から脚が使われています。






118−9) 52年8月号『縛られたる女』の2
118-9)52年8月緊縛美の断片3-C118-9)52年8月緊縛美の断片3 むしろこれが本命? 『縛られたる女』のメイン写真全身像です。SADO特集第2集の71頁に「このモデルは急場の間に合わせで頼んだ」とあります。
 しかし、急場の間に合わせのモデルさんが、こんなに堂々と顔を出されるでしょうか? この特徴的なフローリングと敷物の上という二種の状態で25枚以上の写真を私に残されているところを見ても、この方が中林カオルさんなのではないかと思っていますが、大胆すぎる推論でしょうか? このモデルさんの他の写真のご紹介はページを改めて行いたいと思います。

118−10) 52年9月号『緊縛の美女』の1 川端多奈子
118-10)52年9月緊縛の美女1川端多奈子-C118-10)52年9月緊縛の美女1川端多奈子 Sado特集2集P.72によりますと、この年6月号から8月号までに6人のモデルが登場とのことですが特定はおろか、6人を数えることすら出来ません。
 そしてこの写真、9月号の57頁と61頁が川端多奈子嬢のデビューとされています。川端嬢の写真は、今まで58頁迄の『緊縛美のオンパレード』などでご紹介済みのものを除いても、まだ100枚以上残っておりますが、まずは掲載されたものをご紹介しましょう。 

118−11) 52年9月号『緊縛の美女』の2 川端多奈子
118-11)52年9月緊縛の美女2川端多奈子−C118-11)52年9月緊縛の美女2川端多奈子 これが61頁のものです。両ページとも記事中の凸版印刷で不鮮明なものです。上質紙にグラビヤ印刷で無いところでデビューした川端嬢が、あれだけの数の作品を残すとは、編集者もこの時点で考えていなかったのではないでしょうか?


118−12) 52年10月号P111『腰のエロス』 川端多奈子
118-12 )52年10月P111腰のエロス川端多奈子−C118-12) 52年10月P111腰のエロス川端多奈子 ここから年末までの写真は全て川端多奈子嬢だそうです。正に川端嬢のオンパレードですね。川端嬢はモデルをしつつマゾに開眼しその有様を奇ク誌上に投稿なさいました。それがKK通信など読者欄で評判を生み、一躍人気モデルとなられたようです。











118−13) 52年10月号P112『縛られた女』の1 川端多奈子
118−13) 52年10月P112縛られた女1川端多奈子−C118−13) 52年10月P112縛られた女1川端多奈子 右側ページの一番目立つ全身写真がこれです。
















118−14) 52年10月号P112『縛られた女』の2 川端多奈子
118−14) 52年10月P112縛られた女2川端多奈子−C118−14) 52年10月P112縛られた女2川端多奈子 左下の写真です。








118−15) 52年10月号P112『縛られた女』の3 川端多奈子
118−15) 52年10月P112縛られた女3川端多奈子−C118−15) 52年10月P112縛られた女3川端多奈子 下部中央の写真です。








118−16) 52年10月号P113『縛られた女』の4 川端多奈子
118−16) 52年10月P112縛られた女4川端多奈子−C118−16) 52年10月P112縛られた女4川端多奈子 左側ページ下の写真です。








118−17) 52年10月号表3『緊縛の美』 川端多奈子
奇ク5210表3

118−17) 52年10月表3緊縛の美川端多奈子−C118−17) 52年10月表3緊縛の美川端多奈子

















118−18) 52年11月号表3『緊縛の受難』 川端多奈子
奇ク5211表3

118−18) 52年11月表3緊縛の受難川端多奈子−C118−18) 52年11月表3緊縛の受難川端多奈子

















118−19) 52年12月号表3『縛られた女』 川端多奈子
奇ク5212表3

118−19) 52年12月表3縛られた女川端多奈子−C118−19) 52年12月表3縛られた女川端多奈子 これで奇ク1952年後半期に掲載された実物写真はおしまいです。
 これからしばらくはもう少し新しいものをアップしたいと思っています。
 でも52年に頒布された写真がまだ150枚ほど残っています。その中には、このページの3や4のように、掲載写真と同時に撮影されたものが多数あるようです。このページの写真は52年のいわばオーセンティックですので、次にこの年代に戻ってきたときには、必ずこのページを参照することになろうと思います。



112) Room of Al-HASSAN - II / 112) HASSAN様の部屋 - II 左近麻里子、座間明子、関谷富佐子

HASSAN様の部屋。第2弾です。
 中でも左近麻里子や関谷富佐子はファンの多いモデルさんです。感謝です。

kk09・左近麻里子112-1)  miss M.SAKON-1 / 112−1) 左近麻里子嬢−1


















kk10・左近麻里子<つの>112-2) miss M.SAKON-2 1967 / (つの)の1 左近麻里子嬢−2
 (つの)はそれらしき写真を75頁に掲載しました。67年の10月号で発表された、『花瓶を太股で挾む』 大手札4枚組。解説は「ガラスの花瓶を真白い太股で挟んで全裸の優美な緊縛肢体をマニアの皆さまの眼前に御披露する。」となっています。













kk11・左近麻里子<つの>112-3) miss M.SAKON-3 1967 / (つの)の2 左近麻里子嬢−3
















kk12・左近麻里子<つの>112-4) miss M.SAKON-4 1967 / (つの)の3 左近麻里子嬢−4
 75頁に掲載いたしましたものと非常に似ております。












kk13・左近麻里子<つの>112-5) miss M.SAKON-5 1967 / (つの)の4 左近麻里子嬢−5
 (つの)4枚組をご寄贈頂きましたので、75頁の写真は、(つの)ではなく、多分英字組であろうと結論することが出来ました。













kk36・左近麻里子112-6) miss M.SAKON-6 / 左近麻里子嬢−6








kk50・左近麻里子112-7) miss M.SAKON-7 / 左近麻里子嬢−7


















kk14・座間明子112-8) miss A.ZAMMA-1 1970 / 座間明子嬢−1
 ここからの3枚は、同時に撮影されたものと思います。









kk15・座間明子112-9) miss A.ZAMMA-2 1970 / 座間明子嬢−2
 座間嬢のかな組は70年10月号に7組発表されました。斜めに股間縄が懸かっているところから、(ほへ)(ほて)が候補に挙がります。















kk16・座間明子112-10) miss A.ZAMMA-3 1970 / 座間明子嬢−3









kk17・関谷富佐子112-11) Mrs. F.SEKIYA-1 / 関谷富佐子夫人−1


















kk18・関谷富佐子112-12) Mrs. F.SEKIYA-2 / 関谷富佐子夫人−2

















kk19・関谷富佐子112-13) Mrs. F.SEKIYA-3 / 関谷富佐子夫人−3







111) Room of Al-HASSAN - I /111)HASSAN様の部屋 - I 安井喜久子、笠井奈保子

Presented by Al-HASSAN. Japanese Bondage Photographs in 1963-'72
HASSAN様から、取り敢えずとのことで、奇譚クラブ分譲写真の画像を50枚お送り頂きました。連続で取れるかどうかは分かりませんが、以後数頁をHASSAN様のコレクションのページとさせて頂きます。
HASSAN様に感謝致しつつ・・・。

kk01・深田菊子e111-1) miss K.FUKADA / 深田菊子嬢








kk02・安井喜久子<おふ>d111-2a) Mrs. K.YASUI-1 / (おふ)安井喜久子夫人の1
安井夫人ってこんなに美人だったでしょうか? (新管理画面になってサムネイルが小さくなってしまいました、ご不自由なら大きくしますのでコメント下さい)
HASSAN様から略号(おふ)との情報を得ております。








kk03・安井喜久子<おふ>d111-2b) Mrs.K.YASUI-2 / (おふ)安井喜久子夫人の2
略号(おふ)なら68年1月号の『猿轡の裸身を晒す』大手札4枚組。解説は、「猿轡の布片以外は一糸もまとわぬ裸身に肌もくびれるばかり厳しく掛った縄は流石にM夫人だけあって素晴しい喰い込みをする。」









kk04・安井喜久子<おふ>d111-2c) Mrs.K.YASUI-3 / (おふ)安井喜久子夫人の3











kk05・安井喜久子<おふ>d111-2d) Mrs.K.YASUI-4 / (おふ)安井喜久子夫人の4
(おふ)はこの4枚です。







kk06・笠井奈保子<るへ>d111-3a) miss N.KASAI-1 / (るへ)笠井奈保子の1
(るへ)は72年7月にアナウンスされた3枚組で、題名は『エビ縛りのグラマー』。この月の5組には解説が付いておりません。そして、笠井奈保子の黒白では最後の組になります。









kk07・笠井奈保子<るへ>d111-3b) miss N.KASAI-2 / (るへ)笠井奈保子の2








kk08・笠井奈保子<るへ>d111-3c) miss N.KASAI-3 / (るへ)笠井奈保子の3
(るへ)3枚組全てをご提供頂きました。







kk26・笠井奈保子d111-4) miss N.KASAI-4 / 笠井奈保子の4枚目
この4枚目は多分次の写真と対をなすものと思います。










kk27・笠井奈保子d111-5) miss N.KASAI-5 / 笠井奈保子の5枚目











kk28・笠井奈保子d.jpg111-6) miss N.KASAI-6 / 笠井奈保子の6枚目
ここらの組名は判りませんが、何かラブホテルのようなたたずまいのお部屋ですね。










kk29・笠井奈保子d111-7) miss N.KASAI-7 / 笠井奈保子の7枚目











kk45・笠井奈保子d111-8) miss N.KASAI-8 / 笠井奈保子の8枚目











kk46・笠井奈保子d111-9) miss N.KASAI-9 /笠井奈保子の9枚目
ほぼ真上からの撮影ですので、向きはどちらでも逆さでも良いと思います。111-7)と同じ組なんでしょうか? 完全に揃っていると想像しやすいのですが・・・。






110) Miss Y.Tanaka, Miss H.Kumoi /110) 田中芳代と雲井久子

随分迷ったんですよ。この二人を一緒に乗せるべきかどうか。107頁のように佐々木真弓嬢とMs.金原奈加子ですと、まだ時代が近いですが、田中嬢と雲井嬢ではまるで共通点がない。
そもそもは、雲井嬢のセーラー服写真を田中嬢かなと疑ったのが最初でした。これから写真の残りとなって、ますます特定が難しくなりますので、これも致し方なしと存じております。


110-0)  カラースキャン無修正分
110−0a しん60田中芳代110−0b ねや0田中芳代

例によって、変色の参考に150dpi.のカラースキャン分をお見せします。上記2枚は田中嬢らしき写真。58年の発売ですのでかなり変色が来ています。
下は雲井嬢としては新しい分譲で、56年5月と思われるもの。雲井嬢に間違いなければ54年以前に撮影した原板から手札型にプリントし直して分譲されたものと思います。
110−0c CS03雲井久子0001

110−1a しん6田中芳代1c110-1a)  しん6 田中芳代1
略号(しん6)は、58年3月号で「新人モデル嬢新作緊縛姿態集」として、愛川悦子、大塚啓子、田中芳代の3モデルで2集ずつ、即ち(しん1)から(しん6)までが発表されました。




110−1b しん6田中芳代2c110-1b)  しん6 田中芳代2
発売されたのは大手札4枚組、題名『股間しぱリ』 解説「ここに又、新しいモデル嬢の股間しばりをアルバムにお加え下さい。」と至ってシンプル。
手持ちは3枚のみです。













110−1c しん6田中芳代3c110-1c)  しん6 田中芳代3
この写真を99頁にアップして、GT5500様、たおやめ様、随心院様その他の皆様からご意見を戴いたのでした。






110−2 田中芳代2b110-2a)  R82? 田中芳代
58年1月号グラビヤに『ニューガールの緊縛模様』として2頁4葉の写真が掲載されています。その中の1枚がこれです。多分R組の82、『後手高手小手』と思われます。59年10月初出。













110−3a ねや田中芳代1c110-3a)  (ねや)の1 田中芳代
58年12月発売の略号(ねや) 大手札5枚組。題名『妖艶閨の縛しめ』 解説「寝床の上にて腰巻もはがれた全裸の姿を皆さまの前に展覧する美しさ。」 に間違いないと思います。
袖珍Y組の10が、『全裸ねやの縛り』で30頁に、R組の72『落花狼藉閨の緊縛』が2頁にありますが、全て同日の撮影と思われます。











110−3b ねや田中芳代2c110-3b)  (ねや)の2 田中芳代
2枚目です。
















110−3c ねや田中芳代3c110-3c)  (ねや)の3 田中芳代








110−3d ねや田中芳代4c110-3d)  (ねや)の4 田中芳代
現在見つかっているのはこの4枚です。







110−4a CS03雲井久子1c110-4a)  CS03組の1 雲井久子
最初はこの5枚が(しん5)『セーラー服縛り』だと思ったんです。でもあまりにも印画が古いので、調べ直すと、どうやらCS03組らしい。
雲井嬢は53年9月号の『縛られた女ばかりの座談会』で、縛りのモデルは52年10月からと語ってらっしゃる程昔のモデルさんです。当時はモデル名は公表されていませんでした。
この写真は、ずいぶん後、56年の5月号でリリースされた、CS03、手札型6枚組からの5枚と思われます。手札型といっても、大手札に比較してほんの3ミリほど幅が狭いだけです。








110−4b CS03雲井久子2c110-4b)  CS03の2 雲井久子
CS03の組名は『セーラー服の見世物』 解説は「変転滑脱、柔軟きわまりない久子嬢の長身を、高手小手に縛りあげて鏡の前でポーズをとらした五つのポーズ、猿ぐつわしたもの三ポーズ、しないものニポーズ、床柱に後手に括ったもの一態、苦痛にゆがむ顔の表情は、演出したものにあらず、たくまずして出てきた嗜虐の表情である。」 と大変に詳しく記述されています。
上の写真は床柱でしょうか? するとこれが猿ぐつわのうちの一つ?
敗戦から10年も経たない時期で、服の生地など何となく貧乏くさいのですが、この数年前に比べると、きちんとした家で、あばらやといった感はありません。美人かどうかはこのポーズでは・・・・。







110−4c CS03雲井久子3c110-4c)  CS03の3 雲井久子
「鏡の前」は間違いありません。猿ぐつわはみんなしているんじゃないでしょうか? 「苦痛にゆがむ顔の表情」は見えません。

















110−4d CS03雲井久子4c110-4d)  CS03の4 雲井久子
上着を着たまま下半身をむき出しにすると、なかなかエロチックなものですね。
















110−4e CS03雲井久子5c110-4e)  CS03の5 雲井久子
以上5枚が雲井嬢の『セーラー服の見せ物』で見つかっているものです。
ところで、livedoorさん、管理画面を「新管理画面」に全面移行されるそうですが、現行の「旧管理画面」のほうが圧倒的に使いやすいんですが・・・・・。





109) Mr.&Mrs. SHINGU,ROSE-AKIYAMA / 109) 新宮夫妻・ローズ秋山夫妻

私は、これら写真をカテゴリー毎に100余冊のミニアルバムに分けて保管しております。もちろん全てがフルに入っているわけではありません。元々バラであった写真をモデルやシリーズ毎に仮まとめするために、24とか40枚とか入る写真屋さんの簡易アルバムが便利で使っているのです。
 今日、何となく調べておりましたら、新宮夫妻と秋山夫妻のアルバムが出て参りました。とっくにアップしたと思っていたのですが、検索しても出てきません。どうやら64頁に生首写真を載せたまま、後を忘れていたようです。
 奇クにご夫妻で顔を出していたのはこのご両者。合わせて20枚以上になりますので、これなら1頁になりそう・・・・ということで順次お目に掛けます。

109−1a (さら)新宮夫人1109-1a) Mrs.SHINGU / (さら)新宮夫人1
 ここに掲げる新宮夫妻の写真には、全て前の持ち主による書き込みがあります。この写真には(さら)と裏書きがあり、64年2月発売の大手札3枚組と知れます。
 題名『処刑フォト 三、晒し』 解説「両手首を揃えて高々と吊り上げられ、或は万才の形に左右にせい一杯ひろげて吊り上げられて、衆人の目の中に、かくすことなき裸身の隅々までを視線になふられる晒しの処刑ポーズ。」と確定出来ます。
 ヒストグラム調整でスキャンしますと、印画では隠れているディテールまで引き出すことが出来ます。そのため階調がニュートラルに過ぎました。ムードを楽しむには、もう少し暗くしてバックを潰したプリントのほうが良いかも知れません。ピントと粒状は悪いです。





109−1b (さら)新宮夫人2109-1b) Mrs.SHINGU / (さら)新宮夫妻2
 これも同様です。
















109−1c (さら)新宮夫人3109-1c) Mrs.SHINGU / (さら)新宮夫妻3
 これも同様ですが、階調を失わない程度に暗くしてみました。バタフライが葉っぱ形に変わっていますが、これも(さら)の書き込みがあります。














109−2a (はみ)新宮夫人4109-2a) Mrs.SHINGU / (はみ)新宮夫妻4
 上と同時に64年2月号でアナウンスされた略号(はみ)三枚組です。
 題名は『処刑フォト 二、磔』 解説は「両手を左右いっぱいにひろげて側木に厳りつけられた可憐な女囚か、大の字に、或は十の字に将又哀れみを乞う膝立の姿勢でハリツケられる美しい裸身をどうぞ。」












109−2b (はみ)新宮夫人5109-2b) Mrs.SHINGU / (はみ)新宮夫妻5
 アップしてみてから気がついたのですが、引伸機の周辺光量が不足しているのでしょうか?四隅を少し焼き込んだ方が良いようです。
 64年というとフジB型とか、ラッキーに75ミリF4.5あたりだと思うんですが、もうちょっとうまく調整したいものです。










 

109−2c (はみ)新宮夫人6109-2c) Mrs.SHINGU / (はみ)新宮夫妻6
 こういう、ウエストがしっかりくびれた若い方を最近では見なくなってしまいました。















109−3a (こけ)新宮夫人7109-3a) Mrs.SHINGU / (こけ)新宮夫妻7
 2月号の3つのシリーズがこれで完成です。
題名『処刑フォト 一、絞首刑』 解説「後手高手小手、胴じばりにされ目かくしをされた麗人が、首に痛ましい吊り繩をかけられて絞り首にされる哀れな処刑の姿を、前、後、側面からごらんにいれます。」












109−3b (こけ)新宮夫人8109-3b) Mrs.SHINGU / (こけ)新宮夫妻8

















109−3c (こけ)新宮夫人9109-3c) Mrs.SHINGU / (こけ)新宮夫妻9
 
















109−4a (るく)新宮夫人10109-4a) Mr.&Mrs.SHINGU / (るく)新宮夫妻10
 64年6月発売の(るく)大手札2枚組です。撮影自体は上記2月の分と同時に行われたのではないかと思われます。
 題名『絞首刑』 解説「前を僅かに掩う越中褌一本の美女が厳重に後手高手小手に縛しめられて目かくしをされた上、首吊りの刑にされようとしている。」











109−4b (るく)新宮夫人11109-4b) Mr.&Mrs.SHINGU / (るく)新宮夫人11

















109−5a (るに)新宮夫人12109-5a) Mr.&Mrs.SHINGU / (るに)新宮夫妻12
 6月号の(るに)二枚組
 題名『引廻しと晒』 解説「首繩後手高手小手にきびしく固められた裸身を繩尻をとられて、引廻される美女の哀れさと、前手縛り目かくしのまま、放置されて晒される裸身の心もとなさ。」












109−5b (るに)新宮夫人13109-5b) Mrs.SHINGU / (るに)新宮夫妻13

















109−6a (くし)新宮夫人14109-6a) Mr.&Mrs.SHINGU / (くし)新宮夫妻14
 同月、別の頁で紹介された二枚組。
 題名『斬首処刑場面』 解説「目かくしをされ、全裸の柔肌に厳しく捕縄をかけられた女囚が大刀一閃、むごたらしく斬首されようとする緊迫した場面。」













109−6b (くし)新宮夫人15109-6b) Mr.&Mrs.SHINGU / (くし)新宮夫妻15
 以上で新宮夫妻の写真はおしまいです。
















109−7 ローズ秋山夫妻1109-7) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻1
 ローズ秋山(芸能人ですので呼び捨てにします)の分譲写真は、全て一括、67年の8月号で15組がアナウンスされました。全て4枚組で、計60枚となります。英字組は翌68年8月のX組と10月のZ組でそれぞれ5,12枚でした。
 なかなか詳しい解説が付いているのですが、シリーズが分かりにくく、特定にいたっておりません。手元に8枚ありますが、うち1枚が2重になっていますので、7葉をお見せします。
 ロンゲフェチのかたにもよろしいかと。








109−8 ローズ秋山夫妻2109-8) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻2








109−9 ローズ秋山夫妻3109-9) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻3
 (たな),X80,Z73などが考えられます。







109−10 ローズ秋山夫妻4109-10) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻4
 ご夫君は美智夫さんと仰有るんですね。
















109−11 ローズ秋山夫妻5109-11) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻5

















109−12 ローズ秋山夫妻6109-12) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻6

















109−13 ローズ秋山夫妻7109-13) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / ローズ秋山夫妻7

















109−番外 ローズ秋山夫妻8109-extra7) Mr.M.AKIYAMA & Mrs.ROSE-AKIYAMA / 番外) ローズ秋山夫妻8
 これは奇クの分譲ではありません。右下に映倫のマークが付いています。その左には映画会社の名前があるはずなのですが読めません。何かの映画に出演されたんですね。
 保存状態の悪い写真で、修正不可能なほどゴミがいっぱい付いています。四隅には穴があり、ピンアップされていたようです(これだけは修正しておきました)。こんなのを部屋の飾りにしようと言うんですから、さぞかしマニアの持ち物だったんでしょう。
 以上でこのページはおしまいです。御退屈さまでした。



108) miss REIKO SUGAWA / 108) 須川令子

108−0A) 須川令子カラーサンプル1108−0B) 須川令子カラーサンプル2108−0) 須川令子嬢 カラースキャン分
 少し時代を遡りまして、須川令子嬢です。須川嬢は、まだ奇譚クラブの写真の全てには略号が付いていなかった頃。55年10月号で分譲写真にデビュー。組み物では56年12月まで発売されています。
 私の手持ち分も褪色が激しく、汚れと劣化で修正に相当苦労致しました。とこ108−0C) 須川令子カラーサンプル3ろが、中には古い写真は黄ばみがあってこそ値打ちとお考えのかたもいらっしゃろうか? しかし、カラーでスキャンすると修正がさらに大変で、私には無理。そこで、カラーは150dpi.4枚一組でスキャンしたものを無修正でアップし、その後に8ビットグレー300dpi.のものを、綺麗に修正してお目に掛けるものです。





108−1) AS02須川令子浴室の緊縛プレイ1108−1) AS02 須川令子浴室の緊縛プレイ1
 最初は、56年4月発売のAS02『浴室の緊縛プレイ』(大手札2枚組)と思われる3葉。1枚はきっと59年にR組としてバラ売りされたものの1枚と思います。













108−2) AS02須川令子浴室の緊縛プレイ2108−2) AS02 須川令子浴室の緊縛プレイ2
 肌が濡れているようには見えないんですが、おっぱいや腕の下の部分に水滴が見えます。















108−3) AS02須川令子浴室の緊縛プレイ3108−3) AS02 須川令子浴室の緊縛プレイ3
 カラーサンプルで判る通り、この写真は上の2枚とは別で、激しく劣化しておりました。















108−4) AS05須川令子トイレ五態1108−4) AS05 須川令子トイレ五態1
 随分ハイウエスト、深ばきの黒いズロースです。昭和30年で言うと、こんなのは月経バンドと相場が決まっていたのですが、良く分かりません。もしそうだとすれば、当時の最新型だったかも。何しろこれが『洋式トイレ』と記述されている時代ですから。












108−5 AS−05須川令子トイレ五態の2108−5) 須川令子トイレ五態2
 上の写真とはまたシリーズが違うようですが、該当するのは56年4月のAS5、『トイレ5態』ぐらいしか見つかりません。解説は「初めて試みた洋式トイレの中に於ける風変りなアブ緊縛。」となっていますが、どうも自信がありません。












108−6 AS−05須川令子トイレ五態の3108−6) 須川令子トイレ五態3


















108−7 須川令子腰巻き緊縛1108−7) 須川令子腰巻き緊縛1
 56年12月号付録の目録で発表された、ES5『脱がされる娘』5枚組でしょうか? 「一枚又一枚と着物から下着へと次第に剥がされてゆく、その代りに後手に縛った繩は肌にまつわり豆絞りの手拭は猿ぐつわとなって頬もくびれよと締め止げられる。」 豆絞りの猿ぐつわなどが符合します。




108−8 須川令子伊達締緊縛108−8) 須川令子 伊達締緊縛
 珍しい素材による緊縛です。組名は良く分かりません。思い切った修正を施してみると、古典的な階調の美しい画像が再現出来ました。
 眉間の傷が気になりますので、再修正しました。微妙なところです、変に修正すると人相が変わってしまう部分です。












108−9 DS04 須川令子寝乱れ姿1108−9) DS4 須川令子 寝乱れ姿1
 56年8月にアナウンスされたDS4『寝乱れ姿』3枚組と見るのが妥当かと思います。
「息もたえだえの猿ぐつわの下、髪ふり乱して、その艶姿をほしいまゝに縄の蹂躙にまかした令子嬢。寝室に於ける緊縛プレイ。」
 褪色とまではいかないんですが、随分変色の激しい写真で、それ以外に汚れも酷く、ホワイトスポットよりダークスポットのほうが多いくらいで、修正には困難を極めました。
 傷つきー、汚れーた、わたーしでーもー。ナンテ歌がありましたっけ?









108−10 DS04 須川令子寝乱れ姿2108−10) DS4 須川令子 寝乱れ姿2
 現代に通じるくらい長いまつげです。ギャルの皆さん。50年以上前に、あなたのおばあさん達は結構進んだ化粧をしていたんですよ!















108−11 DS04 須川令子寝乱れ姿3108−11) DS4 須川令子 寝乱れ姿3
 ちょっとこれ以上の修正はギブアップです。浴衣(寝巻?)の縞模様が邪魔で、必要な修正が出来ませんでした。また、左下部分が汚いんだねー。経堂雅ならおしっこの痕と言うんだろうけど、これは印画紙の汚れ以外の何者でもありません。













108−12 須川令子腰巻き緊縛2108−12) 須川令子腰巻緊縛2
 相当大きな座敷です。一般家庭で12畳。料亭ならその倍かな。軸の大きさがそれを証明しています。でも出所は不明です。
 55年11月のF22組らしき雰囲気を感じるのですが、Fはキャビネ判、これは大手札です。












108−13 須川令子股間縛り108−13) 須川令子 股間縛り
 56年4月号に、AS15『股間しばり五態』5枚組があります。「優美な五つのポーズが、どれもこれもマニアのお気に召す逸品揃い。」確かに優美です。














108−14 須川令子腰巻き緊縛3108−14) 須川令子 腰巻き緊縛3
 猿ぐつわは7と同じ、お腰は12と同じです。撮影場所はみんな違います。
















108−15 須川令子108−15) 須川令子
 このページに掲げる新スキャン分はこれでおしまいです。明治生まれのおばあちゃんが、こんな格好で夏を過ごしていました。シミーズとかアッパッパを着て。スリップなんて言葉はずっと後のことだと思います。
 何? オマエの喋りは郷愁の思いを損なうですと? モンペを捨てて、家の中ではズロース穿いてシミーズいっちょうで暮らしていた女性。人が来たときだけアッパッパを羽織って応対していたんですよ。戦争に負けた故の女性解放の姿ですよ。人民と女は強かったんです。




107) 佐々木真弓と金原奈加子

このページでは、前半に佐々木真弓、後半に金原奈加子を掲載致します。別に強い因縁のある二人じゃないんですが、ショートカットのヘアのおかげで、ポーズによっては混同してしまうのです。
 分析化学で昔やった金属の単離のようなもので、どこか似ていると分けるのが大変です。その代わり佐々木嬢が特定出来るとMs.金原は自動的に決まる。というわけで、お二人になった次第です。
 実はこのお二人、因縁がない訳じゃないですよ。Ms.金原が妊娠前に分譲されたのは、68年4月号の10集。佐々木嬢は同年6月号の10集のみ。撮影時期は短くしかも重なっています。お顔も童顔っぽいですし。
 Ms.金原は同年8月号には臨月写真14集も出て、それでおしまいです。なのにどうして佐々木嬢のほうが出臍なんでしょうかね?
 長口上はお邪魔でしょう。取り敢えず佐々木嬢から御覧下さい。

107−1) 佐々107−1) 佐々木真弓1木真弓1
 ホステスをなさっていたようですが、童顔の残る美人です。特徴のある写真でなく、68年6月号の解説文も記述に要領を得ませんので組名の特定は出来ません。
 なお、佐々木嬢の英字組でのバラ写真分譲は68年8月のX組と10月のZ組に合計28枚あり、これからお見せする写真のほとんどはこちらからのものと思われますが、解説無しの題名のみではますます特定は不可能です。










107−2) 佐々木真弓2107−2) 佐々木真弓2
 上と対をなす写真と思います。後手高手小手(前手高手小手なんて有るんでしょうかね?)ですし、乳房を強調していますし、(こよ)(こわ)(こる)何にでも合いそうです。増して英字組では・・・。













107−3) 佐々木真弓3 107−3) 佐々木真弓3
 笑顔ですので(こち)かな? X94、Z29という筋もあり。ホステスは営業笑いするという図式に乗ればですが・・・。
 それにしても今時のホステスと来た日にゃ・・・・。佐々木嬢の爪の垢でも煎じて飲ませたいものです。











107−4) 佐々木真弓4 107−4) 佐々木真弓4
 これも笑顔と言えば笑顔です。座間明子みたいに高笑いじゃないのが奥ゆかしい。















107−5) 佐々木真弓5107−5) 佐々木真弓5
 表情に情感があって好きです。
 なお、プリントは一見綺麗なのですが、スキャンすると意外にピントが悪く、階調ももう一つでした。
 DP屋さんの機械焼き、大量プリントの荒っぽさもさることながら、写真のほうも素人に毛が生えた程度で、専門的訓練を受けた人とは思えません。特に右側からトレペも無しに当てた写真電球は顔に肩の強い影を残し、ドライな印象になってしまいました。
 これだったら私のほうがうまい。こんな写真を撮ってお金がもらえるンなら、そちらに転職してたんですが・・・。68年なら私はもう大学生で写真のアルバイトをしてましたからね。あちこちで記録写真やファッションを撮って。






107−6) 佐々木真弓6107−6) 佐々木真弓6
 ポーズ付けはうまいんですよ。いいポーズ。いい表情です。
 おへそがね。ガードルしてるとこそばくないですかね。
 「いいピントじゃないか」というお声を戴きそうですが、CGでピント出しをしているのです。僅かなピンボケ、伸ばしボケを修正しています。
 片光の硬い写真のピントを出しますと、肌がずいぶん荒れて見えます。上の写真なんか相当酷いですが、ホステスという職業から来る荒れ肌に、CGによるザラツキが加わっています。修正は最小限にしたつもりなのですが・・・。









107−7) 佐々木真弓7107−7) 佐々木真弓7
 佐々木嬢にしては餓鬼っぽい表情
















107−8) 佐々木真弓8107−8) 佐々木真弓8

















107−9) 佐々木真弓9107−9) 佐々木真弓9
 (こへ)や(こに)でしょうか?







107−10) 佐々木真弓10107−10) 佐々木真弓10








107−11) 佐々木真弓11107−11) 佐々木真弓11
 なかなか艶麗。







107−12) 佐々木真弓12107−12) 佐々木真弓?12
 少しお顔が違って見えます。でも多分こうだと思います。















107−13) 佐々木真弓13107−13) 佐々木真弓13
 















107−14) 佐々木真弓14107−14) 佐々木真弓14
 いろいろ文句いってますが、まだこの頃の写真はマシなんです。70年に入ると、マルチグレードの紙をいい加減に使って、ぼってりした鈍感な印象で・・・。
 深田菊子の写真がセレクト出来ていながら、スキャンしたくない気がするのは、そのためなんです。まあそのためもあって、最新式のスキャナーに替えたんですがね。










107−15) 佐々木真弓15107−15) 佐々木真弓15










107−1107−16) 佐々木真弓?166) 佐々木真弓?16
 さあ、ここらあたりから、ぼちぼち怪しい。でもこれも佐々木真弓だと思います。






107−17) 佐々木真弓??17107−17) 佐々木真弓??17
 Z組94に「S男がいたぶる」というのがありますので、これも多分そうでしょう。






107−18) 佐々木真弓???18107−18) 
荒尾慶子 佐々木真弓???18
 これは完全に違いますね。多分。だれでしょうか?見たことがあるような気がしますが、あまりにも数多くの写真を比較していますと、却ってマスキングされるのか、混乱して分からなくなってしまうのです。
 佐々木真弓(らしきもの)は以上です。次に金原奈加子ですが、妊娠後のものは別にして、その前の分のみお目に掛けます。 
 コメント欄に荒尾慶子との声をたくさん頂きました。 










107−19) 金原奈加子1107−19) 金原奈加子1
 佐々木嬢よりも、一見してあどけなく見えるMs.金原。この4ヶ月後に臨月写真を出すなんて。やっぱり女はオトロシイ。
 最初に申し上げたとおり、MS.金原には通常のかな組が10組。妊婦腹が14組。それに英字組が21枚あります。英字組のどれがお腹が大きいのか題名だけですので分かりません。











107−20) 金原奈加子2107−20) 金原奈加子2
 色濃く鳥肌立った乳首。このときもう既にご懐妊だったのでしょうか?







107−21) 金原奈加子3107−21) 金原奈加子3
 68年4月号の『強制全裸開股責め』(ゆみ)の解説に「二の腕の柔肌がくびれる程ロープが全裸の女体を拘束して両の太股を開かせようとすれば僅かに観葉植物の葉が前を掩っている。」とあります。
 二の腕と観葉植物はその通りですが、強制開股とは言えないでしょう。(ゆみ)4枚組と同時撮影のX組かZ組とも考えられます。











107−22) 金原奈加子4107−22) 金原奈加子4
 なかなか可愛い。
















107−23) 金原奈加子5107−23) 金原奈加子5

















107−24) 金原奈加子6107−24) 金原奈加子6

















107−25) 金原奈加子7107−25) 金原奈加子7
 ずいぶんなピンぼけ写真で、ピント出しをすると少し不自然な感じになってしまいました。
 ピンぼけはピンぼけのままでよいようにも思うのですが、かなり酷いのでどうすべきか迷うところです。












107−26) 金原奈加子8107−26) 金原奈加子8








107−27) 金原奈加子9107−27) 金原奈加子9
 ここからの4枚はピント出しをしていません。本当はこの写真は僅かに甘いのですが、一応伸ばしボケは無視出来る程度と判断しました。それよりも尖鋭化による肌のザラツキを嫌ったためです。













107−28) 金原奈加子10107−28) 金原奈加子10















107−29) 金原奈加子11107−29) 金原奈加子11

















107−30) 金原奈加子12107−30) 金原奈加子12
 一応、ここでおしまいです。







107−31) 金原奈加子13107−31) 金原奈加子13
 おしまいと思って、次のページに使う写真を探していたら、もう4枚出てきたので追加します。
 前の写真と明らかに同じ場所・時刻です。にもかかわらず、ざらついた画面で、コントラストの弱いピンぼけ写真です。カメラが違うのでしょうか? いや画角から考えて上と同じ6×6の55ミリだと思います。
 とにかくコントラストを強め、ピント出しをしましたので、肌の荒れが前の4枚とは、まるで違っていると思います。








107−32) 金原奈加子14 107−32) 金原奈加子14















107−33) 金原奈加子15107−33) 金原奈加子15

















107−34) 金原奈加子16107−34) 金原奈加子16
 以上で追加4枚、完了です。







106) お尻コレクション

私の蒐集物の中に1冊のアルバムがあります。「お尻コレクション」と書いた紙が挟んでありまして、中味は緊縛女性の後ろ姿ばかり100枚強。全て奇クの分譲写真です。うち70枚ほどは素性が知れまして、過去のページにアップしました。
 素性の知れない、あるいはまだアップしていないモデルさんの分が32枚残りましたので、ここに1頁をものしたいと思います。

106−1) お尻コレクション106−1) お尻コレクション−1 荒尾慶子
 今ちょっと名前が出てこないのですが、65年頃だったかな? もう少し後か? 落ち着いた奥様風のモデルさんでした。どうですか? きれいでしょう。
 思い出した、三浦純子と思ってたんですが荒尾嬢ですか。
 荒尾慶子嬢というお声を多く戴きました。
 −9と合わせて、71年8月の(ふな)(ふは)などが考えられます。英字組には18枚ほどありますが、決め手はありません。 










106−2) お尻コレクション106−2) お尻コレクション−2 関谷富美子 








106−3) お尻コレクション106−3) お尻コレクション−3








106−4) お尻コレクション106−4) お尻コレクション−4
 このしかめっ面は関谷夫人かな?







106−5) お尻コレクション106−5) お尻コレクション−5
 誰でしょう? わかりません。







106−6) 高村浩子お尻コレクションb.jpg106−6) お尻コレクション−6 高村浩子 
 104−14のバックスタイルかなと思います。















106−7) お尻コレクション106−7) お尻コレクション−7
 長野良子でしょうか? 違いますか?















106−8) お尻コレクション106−8) お尻コレクション−8








106−9) お尻コレクション106−9) お尻コレクション−9 荒尾慶子 
 このページの1と同じシーンでお尻のアザも同じです。とすると思っていたモデルさんとは違うかも。もう少し時代が下がるかも知れません。
 −1と同じで荒尾嬢とのお声です。













106−10) お尻コレクショ106−10) お尻コレクション−10 加茂良子 
 大塚啓子の髪の長い頃の写真でしょうか?
 随心院様の仰せ通り加茂良子です。後ろから見ていて彼女の顔が浮かんできました。
 それなら、63年1月のZ組10、「全裸後手高手小手」  












106−11) お尻コレクション106−11) お尻コレクション−11 大塚啓子 
 このきちんとしたオカッパは?

















106−12) お尻コレクションg106−12) お尻コレクション−12
 見たことのあるようなオッパイなんですが・・・。















106−13 お尻コレクション 大塚啓子?106−13) お尻コレクション−13 大塚啓子 
 HASSAN・随心院様から11)が大塚啓子ではないかというコメントを戴きました。ならばこれも大塚啓子嬢と思うのですがいかがでしょうか?






106−14 お尻コレクション 関谷富佐子?106−14) お尻コレクション−14 関谷富佐子 
 何でもかでもリボンがあれば関谷夫人という訳ではないのですが、何となくそれらしく思います。いかがでしょうか?






106−15 お尻コレクション106−15) お尻コレクション−15 中河恵子 

















106−16 お尻コレクション106−16) お尻コレクション−16 高村浩子 
 高村浩子嬢との天のお声です。
 新K組の6、「後手足首後吊り」あたりかな? 

 












106−17 お尻コレクション106−17) お尻コレクション−17 愛川悦子 
 おっぱいの大きさと横顔から見て愛川嬢かナーと思います。
 長野良子とはちょっと髪型が・・・














106−18 お尻コレクション106−18) お尻コレクション−18
 佐々木真弓とは・・・ちょっと違うかな?







109−19 お尻コレクション106−19) お尻コレクション−19
 あまりにも真後ろ過ぎて誰なのかはわかりかねます。















106−20 お尻コレクション106−20) お尻コレクション−20 谷まりも(裏窓 s39)
 この横顔は? 水本茂美? よくわかりません。
 「裏窓」の谷まりもさん? 私は裏窓は数冊しか持っていません。改めて元プリントを見ましたが、他の奇ク写真と何ら変わりません。でもお二人が同じご見解でした。




106−21 お尻コレクション−21106−21) お尻コレクション−21 玉田美佐子 
 これと次は同じシリーズだと思います。
 以下4枚玉田美佐子とのお声・・・
 玉田嬢のかな組は4組何れも該当しません。G組とK組に30枚ありますが、題名で想像しますと、G4「一糸まとわぬ晒し者」とか、G53「全裸後手吊り晒し」などが考えられます。根拠はありませんが・・・











106−22 お尻コレクション−22106−22) お尻コレクション−22 玉田美佐子 

















106−23 お尻コレクション−23106−23) お尻コレクション−23 玉田美佐子 
 これも同じ場所での撮影分と思われます。
 玉田嬢であればG80全裸後手足首連繋縛」など。G20とも。






106−24 お尻コレクション−24106−24) お尻コレクション−24 玉田美佐子 
 これもそうでしょう。でもモデルさんの顔は少し違って見えます。彫りの深い現代的なお顔です。
 玉田美佐子嬢とのお声で、順当に思えるのですが、玉田嬢ってこんなに美人だったかな?
 ちょっと違うように思うのですが、玉田嬢ならG9「手吊り全裸さらし」











106−25 お尻コレクション−25106−25) お尻コレクション−25
 これはまたきちんとした髪型ですね。でも分かりません。















106−26 お尻コレクション−26106−26) お尻コレクション−26 深田菊子 
 深田菊子嬢とのお声です。左肩が写っているとかんたんに特定出来るのですが。
 71年9月の(みは)(みふ)あたりでしょうか?英字組にはそれらしいものは見あたりません。  




106−27 お尻コレクション Y57谷山久美子106−27) お尻コレクション Y57谷山久美子 
 写真裏にY57と書き込んでありました。71年4月発売のY組の57。谷山久美子の『厳しき後ろ手縛り』














106−28 お尻コレクション−28106−28) お尻コレクション−28 高村浩子 
 高村浩子嬢と言われれば確かにそうだなと思われます。
 特定は非常に難しいのですが、新K組38に
「喰い込む股間縛り」というのがあります。













106−29 お尻コレクション−29106−29) お尻コレクション−29
 感じとして長野良子のように見えるのですが。















106−30 お尻コレクション−30106−30) お尻コレクション−30 愛川悦子 
 珍しい戸外での撮影です。わざわざ汚い水たまりに座らせています。
 悦特5を見ますと確かに愛川嬢です。
 58年12月に(あめ)『悦虐雨ざらし』が出、63年2月に、同じく(あめ)『泥中の花』として、多分再発売されました。イーゼルの形からして60年代のプリントですので、再発売の解説を載せます。
 「雨ふりしぶく泥の中にて厳しく高手小手にいましめられた全裸の女体。一、パーマの髪も雨のためにびしょびしょに濡れて頬や額にへばりつき、掛ける型に交叉した両手首、胸に喰い込む繩。二、泥の中へ足を開いてべったりと坐った全裸の女、脛から太股まで泥まみれ、繩にくびれた乳房は腹につきそう。三、横倒しになった女、うらめしげに雨あしを眺める。四、泥から起き上ろうとして、開いた足に力を入れるが、高々と後手首が括り上げられていて自由がきかない。五、雨空をふり仰いで観念した彼女、べったりと泥の中に尻をすえている。」
 となると四、かな?


106−31 お尻コレクション−31106−31) お尻コレクション−31 東浦ひかる 
 明らかに長野良子です。115頁を済ませた今、はっきりと分かります。

 −− と書いたのですが・・・・ 通りすがりさんからコメントをいただきました。「東浦ひかるだろう」と。 明らかにその通りです。どうしてこんな間違いをしたのか、自分でも分かりません。訂正します。以前の頁を見ることが少ないので、コメントに気づかずお詫びいたします −−











106−32 お尻コレクション−32106−32) お尻コレクション−32 東浦ひかる 
 明らかに前の写真のアップです。これでこのページはおしまいです。

 年末にスキャナーをエプソンのGT−X820に変更しました。ホコリ除去モードが確実に機能し、ヒストグラム調整でスキャン出来るので、画像が格段に安定しました。修正の時間が半分で済みます。さすがに最新機種です。
 

105) マゾフォトでのサディスティン機仝╂酳限紂小沼正三

皆様、新年あけましておめでとうございます。2010年のお正月を寿ぎ、マゾ写真をお届けします。
 何? それじゃちっともめでたくない? そうなんですがね、まあ新年にあたり、新しい分野の写真をアップするのも良いかと思いまして。 サディスティンは、春日嬢や大塚嬢、山原嬢も居るのですが、絹川嬢が一番目出度いかな?と、別に理由はないんですが、何となく思った次第です。
 1月31日。 10枚を追加します。

105−0 MP1の袋 絹川文代・小沼正三105−0) MP1−袋
 これからお届けする大中判9枚の写真が入っていた、ハトロン紙の袋です。横に絹川文代、小沼正三と書き込みがありますが、出版元で書いたのか、前の持ち主が入れたのかは判りません。
 実は私のデータベースには絹川嬢のMフォトで大中判(=大キャビネ=2L判=18×13センチ)というのはありません。しかし、データベースを構築する極初期にマゾフォトを一部除外した記憶があります。これから、昭和35年頃の奇クを調べてみます。








105−1 MP1の1 絹川文代・小沼正三105−1) MP1の1枚目 絹川文代・小沼正三
 大中判ですので240dpi.ですが、取り込み調整の基本をヒストグラムにすることでより自然な階調にスキャン出来ました。













105−2 MP1の2 絹川文代・小沼正三105−2) MP−1の2 絹川文代・小沼正三
 写真の裏には、それぞれ小さな字で1〜9までの番号が記されています。その順に発表します。













105−3 MP1の3 絹川文代・小沼正三105−3) MP−1の3

















105−4 MP1の4 絹川文代・小沼正三105−4) MP−1の4
 私はマゾじゃありませんが、絹川嬢のお股の匂いを嗅げるなら、それもいいかな・・・などと変な気分になる写真です。何となくうらやましい。













105−5 MP1の5 絹川文代・小沼正三105−5) MP−1の5

















105−6 MP1の6 絹川文代・小沼正三105−6) MP−1の6
 ここからは首輪と鎖で、犬の真似みたいです。ちよっとシリーズが違います。















105−7 MP1の7 絹川文代・小沼正三105−7) MP−1の7

















105−8 MP1の8 絹川文代・小沼正三105−8) MP−1の8

















105−9 MP1の9 絹川文代・小沼正三105−9) MP−1の9枚目

















105−10 MPの1 絹川文代・小沼正三 うかうかしている間に1月も終わりになりました。残りをアップ致します。

105−10) マゾフォトの1枚目 絹川文代・小沼正三






105−11 MPの2 絹川文代・小沼正三105−11) マゾフォトの2枚目 絹川文代・小沼正三
 同じく大中判の写真裏に、小さく1〜10の数字が書いてあり、10枚組と思われます。ところが、絹川・小沼コンビの大キャビネ写真はどうしても奇クの宣伝では出てこない。探したのですがね。
 とりあえず、1から順にお目に掛けます。これもなかなか調子の良い綺麗な写真です。











105−12 MPの3 絹川文代・小沼正三105−12) マゾフォトの3枚目 絹川文代・小沼正三








105−13 MPの4 絹川文代・小沼正三105−13) マゾフォトの4枚目 絹川文代・小沼正三








105−14 MPの5 絹川文代・小沼正三105−14) マゾフォトの5枚目 絹川文代・小沼正三








105−15 MPの6 絹川文代・小沼正三105−15) マゾフォトの6枚目 絹川文代・小沼正三
















105−16 MPの7 絹川文代・小沼正三105−16) マゾフォトの7枚目 絹川文代・小沼正三
















105−17 MPの8 絹川文代・小沼正三105−17) マゾフォトの8枚目 絹川文代・小沼正三
















105−18 MPの9 絹川文代・小沼正三105−18) マゾフォトの9枚目 絹川文代・小沼正三
















105−19 MPの10 絹川文代・小沼正三105−19) マゾフォトの10枚目 絹川文代・小沼正三
 以上の10枚です。
 これで、絹川・小沼の大キャビネ版写真はおしまいです。

















104) 高村浩子

 本年も残り僅かとなりました。当時の写真をスキャンしておりますと、モーレツと言われようが、エコノミックアニマルと言われようが、がんばって働けば必ず先が見えてきた時代が懐かしく思われます。
 最近はロイヤリティーだとか、コンプライアンスだとか、横文字を使ってことさらに言われますが、当時の人々は無我夢中で仕事をする中に、教わらなくても当たり前のこととして守っていたのですね。
 さて、高村浩子嬢です。99頁から連続して間違えてきましたので、それらしき写真をまとめてスキャンしてみました。
 高村嬢の新作は、71年6月号に発表され、間を置いて74年4月号に黒白が、その前後にカラーが発売されています。合わせてかな組が17組と、V組と新K組に27枚です。
 黒白写真に関する限り、ローマ字組のほうが多いのです。しかもかな組のうち71年発売分には解説が付いていません。74年では付いていても漠然としており、とても中味を類推することが出来ません。従って組名の特定無しで、写真のみ展示致します。皆様から「題名からして何組ではないか?」というようなお声を戴きたいと思います。

104−1 高村浩子104−1) 高村浩子
 99頁のモデル当てクイズで皆様に見破られた写真です。これが高村嬢ならこれもそうだな・・・などと考えながら以下の写真を選びました。104の1、2、5は再掲です。
 この写真。修正が不適切でしたので、やり直して差し替えました。











104−2 高村浩子104−2) 高村浩子
 102頁で笠井嬢と間違えて出した写真です。









104−3 高村浩子104−3) 高村浩子








104−4 高村浩子104−4) 高村浩子

















104−5 高村浩子104−5)

















104−6 高村浩子104−6)








104−7 高村浩子104−7)

















104−8 高村浩子104−8)

















104−9 高村浩子104−9)

















104−10 高村浩子104−10)








104−11 高村浩子104−11)

















104−12 高村浩子104−12)








104−13 高村浩子104−13)

















104−14 高村浩子104−14)

















104−15 高村浩子104−15)















104−16 高村浩子104−16)








104−17 高村浩子104−17)

















104−18 高村浩子104−18)

















104−19 高村浩子104−19)

















104−20 高村浩子104−20)

















104−21 高村浩子104−21)

















104−22 高村浩子104−22)

















104−23 高村浩子104−23)

















104−24 高村浩子104−24)
 以上24枚で終了です。本年も数多くのご声援を戴き、まことに有り難うございました。
 来年は多分
http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/
の、フェチフォトの更新からスタートすることになろうと思います。
 スタートしたばかりの
http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/
共々、新年も宜しくお願い致します。
 それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。





103) 浣腸フォト2 春日ルミ 伊吹真佐子

暫くぶりで古書店を訪れますと、懇意になったおじさんに、「良く来たね、今連絡しようと思っていたところ」と言われました。「入ったから見ますか」ということで、小さな段ボール箱半分ほどの昔の写真を一括で頂戴致しました。
 家で分類しますと、キャビネサイズの奇クの浣腸写真が30枚強、同じくマゾ写真が100枚以上。後は普通のエロ写真で合計500枚ばかり。特徴的なのは、写真の題名印が押された当時の封筒に入れられた写真がかなりあったことで、おおむね良好な保存状態と併せて、資料価値の高いものでした。
 時あたかも、高村浩子の写真20数枚をピックアップしたものの、奇ク誌上で解説無しで発表されたものが多く、組の特定が絶望的と思われ、緊縛写真もページを増やしたいし、生理帯・月経帯も早く移行したいと、気は焦るのですが作業に手が付かない状態でしたので、頭を切り換えるためにこの浣腸写真を優先して、少しづつアップします。
 古書店のおじさん、有り難うございました。また良いものが出ましたら宜しくお願い致します。他の古書店や古道具屋様も、心当たりがありましたらご連絡下さい。 mrbunjousyashin@livedoor.com

 12月17日に新規写真を3枚アップ致しました。これで残りは浣腸3枚と女斗美7枚のみとなりました。さて、これからですが・・・・。
 マゾフォトをどうしようかと悩んでおります。キャビネ・大手札合わせて150枚ばかりありますが、正直あまり興味がありませんので・・・・。とはいえ間違いなく奇クの分譲写真で、春日嬢はもちろんのこと、サド役の絹川・大塚・山原嬢もなかなか魅力的です。150枚程度では別サイトを作るほどでもないし・・・・。かといって、気持ちの悪いオジサンとそうそうお付き合いしたくないし・・・・。マゾも奇クの重要な一要素ではあるのですが・・・・。
 スキャン済みの高村浩子20枚強。関谷富佐子や深田菊子はさらに数知れず、旧コレクションの残も500枚をはるか上回ります。そこに、このページの浣腸・女斗美30、マゾ150、バンドフェチ70枚(多分生理帯ページで公開予定)が追加されました。奇譚クラブの大山脈はまだまだ尽きません。
 ご意見・ご要望頂けましたら、参考にさせて頂きますが、最終的には私の限りある時間をどう振り向けるかにかかっているようです。


103−1a伊吹・春日漏斗浣腸1103−1a) 漏斗による浣腸の1 伊吹真佐子・春日ルミ
 この表題で間違いないと思います。
 55年4月号で紹介された『浣腸フォト 漏斗による浣腸』 キャビネサイズ3枚組。モデルは春日・伊吹両嬢です。
 解説は「施術者、春日嬢。被術者、伊吹嬢のコンビによる全く素晴しい異色ある浣腸フォト、十数態の中から特に秀抜なものを選んで提供」 衛生兵だった美濃村氏は2年前に東京へ移った筈ですが、施術・被術などという言葉を使っています。略号が付されるのはこの秋からで、この作品は略号なしです。








103−1b伊吹・春日漏斗浣腸2103−1b) 漏斗による浣腸の2 伊吹真佐子・春日ルミ
 漏斗は「じょうご」と読みます。「升で量ってジョウゴで飲んで」なんて探偵小説がありました。
 キャビネ原板ですので、240dpi.でスキャンし、スポッティングしました。なかなか良い調子の手焼きプリントで、僅かに軟調にしただけで、綺麗にスキャン出来ました。










103−1c伊吹・春日漏斗浣腸3103−1c) 漏斗による浣腸の3 伊吹真佐子・春日ルミ
 面白い記述を発見しました。この写真がアナウンスされたのは55年4月ですが、5月号を最後に長い発禁期間があり、10月に復刊します。その169頁に「女性浣腸写真」として(従来分譲中の浣腸写真は絶版です。これは全部別なフォトです)とした上で3集が紹介され、翌11月号では『漏斗利用の浣腸』2枚組が出されています。十数態の残りから選べたのが2枚だったんでしょう。
 想像ですが、発禁時にケーサツが来て、原板を押収してしまったんだと思います。辻村氏だったかの回顧に、そのようなことが書かれていましたが、多分、浣腸のような変態遊戯は真っ先にやり玉に挙がったのではないでしょうか。 おまけにこの写真にはお毛々がはみ出て写っています。
原板が没収されたのが5月号発売直後。 とすると、この写真は55年4月から5月までの極短い間だけ販売された貴重な品ということになります。そう考えると、何やら春日ルミ嬢が神々しいような・・・


103−2) 新構想浣腸責め袋103−2a) 新構想浣腸責めの袋 伊吹・春日
 こんな空袋が入っていました。段ボールの中の写真は、一束100枚程度でゴム輪で締めてありました。空袋の中味はこの中にあると思って、奇クの解説文を見ながら探しました。結果多分この3枚だろうと思います。 













103−2a) 伊吹・春日 イルリA1103−2b) 新構想浣腸責めの1 伊吹真佐子・春日ルミ
 S役の春日嬢の服装からして、上記と同時撮影に間違いありますまい。
 55年10月号。復刊第一号にアナウンスされた、『新構想浣腸責め』キャビネサイズ3枚組。「縛られて身動きの出来ない被術者に浣腸器の嘴管は容赦なく迫ってゆく。春日、伊吹のコンビによって姿態に新しい構想を求めて試みた野心作。」のような気がします。
 









103−2b) 伊吹・春日 イルリA2103−2c) 新構想浣腸責めの2 伊吹真佐子・春日ルミ















103−2c) 伊吹・春日イルリA3103−2d) 新構想浣腸責めの3 伊吹真佐子・春日ルミ















103−3a 伊吹・春日イルリ2A103−3a) イルリ浣腸Aの1 伊吹真佐子・春日ルミ
 この当時のキャビネサイズの浣腸写真をリストアップしてみましょう。
 54年9月 『浣腸三態』 キャビネ3枚組 モデル不詳 「出すべくして出なかった浣腸の写真、浣腸マニアは勿論のこと、縛りマニアも挙って待望の垂涎の苦心撮影の作品。」
 そう、やはり出すものは出さないと、健康に悪い・・・・。上記をふくむのかどうかわかりませんが、次の組が出ています。
 54年11月 『浣腸三態 第一・二集』 各3枚組 「新趣向をこらした大好評の浣腸フオト、イルリガトール、及び五〇CC浣腸器を用いての施術者と核施術者の入った縛りマニアも待望の傑作!」





103−3b 伊吹・春日イルリ2B103−3b) イルリ浣腸Aの2 伊吹真佐子・春日ルミ
 54年12月 『浣腸フォト三態 第一・二・三集』キャビネ3枚組 「ベテランの方々の御意向を綜合して完成した、あッと驚く新趣向の浣腸フォト、三〇CC、五〇CC浣腸器、イルリガトール、いちじく浣腸等を用いて、施術者と被施術者とを同一画面に入れた真に迫るマニア待望の品」
 同月 『浣腸責め三態 第一・二・三集』 同 「浣腸と縛りを併用したフオト、手又は足の自由を奪って身動き出来ない姿態のまゝ無理に浣腸されようとする被施術者に、施術者の持つ浣腸器は情容赦なく迫ってゆく。浣腸責めのかもし出す甘美な雰囲気は、皆さんを妖しい感激のルツボヘ誘ってゆく。」
 察するに、フォトは縛り無し。責めは縛り有りのようです。






103−3c 伊吹・春日イルリ2c103−3c) イルリ浣腸Bの1 伊吹真佐子・春日ルミ
 103−3シリーズの中で、前の二枚とこれは違うじゃないかとお考えの方が多いと思います。これは、次の103−4aとbとの三枚組じゃないのかと。その通りなんですが、実物のプリントを見ますと、両者は全く別物。3cは階調の整った、しっかりしたプリントであるのに対して、103−4は三枚ともコントラストの悪い失敗プリントとしか思えない代物。スキャンで調子を出すのにずいぶん苦労しました。









103−4a 伊吹・春日イルリ3a103−4a) イルリ浣腸Bの2 伊吹真佐子・春日ルミ
 これがそのコントラスト不足のプリント。














103−4b 伊吹・春日イルリ3b103−4b) イルリ浣腸Bの3 伊吹真佐子・春日ルミ
  いずれにせよ、ここらが、浣腸フォト三態の3組か、浣腸責め三態の3組のうちのいずれかと思います。













103−4c 伊吹・春日イルリ3c103−4c) イルリ浣腸Cの1 伊吹真佐子・春日ルミ















103−5a 縛った浣腸の1伊吹・春日103−5a) 縛った浣腸の1 伊吹真佐子。春日ルミ
 55年11月号の『縛った浣腸』 3枚組 「身動き出来ないまでに後手に縛られたり或は膝の下で手を合して縛られたりして、無理失理に浣腸される苦しさ。施術者は勝誇ったように微笑を洩す。」ではないかと思います。












103−5b 縛った浣腸の2伊吹・春日103−5b) 縛った浣腸の2 伊吹真佐子・春日ルミ















103−5c 縛った浣腸の3伊吹・春日103−5c) 縛った浣腸の3 伊吹真佐子・春日ルミ
 















103−6a 浣腸3の袋 伊吹・春日103−6a) 浣腸3の袋 伊吹真佐子・春日ルミ
 この封筒の中に以下の3枚が入っていました。














103−6b浣腸3の1伊吹・春日103−6b) 浣腸3の1 伊吹真佐子・春日ルミ
 ずいぶん保存状態の悪い写真でして、カビ状の黒い斑点が多く、筋状の汚れもあり、画像は劣化気味で、白飛びを起こしておりました。
 54年12月の『浣腸フォト三態の3』かなと思いますが確証はありません。





103−6c浣腸3の2伊吹・春日103−6c) 浣腸3の2 伊吹真佐子・春日ルミ








103−6d浣腸3の3伊吹・春日103−6d) 浣腸3の3 伊吹真佐子・春日ルミ








103−7a 浣腸の袋 伊吹・春日103−7a) 浣腸の袋 伊吹真佐子・春日ルミ
 ここからの3枚はこの袋に入っていました。古い写真ですが、汚れも少なく、良く保存されていました。
 時代的には、103−6よりこちらのほうが古く見えます。54年12月の『浣腸フォト三態』の第一集の可能性があります。












103−7b 浣腸の1 伊吹・春日103−7b) 浣腸の1枚目 伊吹真佐子・春日ルミ
 解説は103−3bに記したとおりです。とするとこれは50cc浣腸器かな? 少し小さいように見えますが・・・・。






103−7c 浣腸の2 伊吹・春日103−7c) 浣腸の2枚目 伊吹真佐子・春日ルミ
 これがイルリガートルとなります。ガーター無しですが白のガードルがきれいです。私の母は若い頃、新聞のモデルになるぐらい、現代的な感じの相当の美人だったのですが、こんな下着を着けていました。





103−7d 浣腸の3 伊吹・春日103−7d) 浣腸の3枚目 伊吹真佐子・春日ルミ
 これが30cc浣腸器でしょう。
 これで手持ちのキャビネ版浣腸写真はおしまいです。次に同時に入手した女斗美を少し追加してこのページを終えます。






103−8a) 悦虐遊戯三態の袋坂口利子・杉芙美103−8a) 悦虐遊戯三態の袋 坂口利子・杉芙美
 54年12月号で紹介された、『悦虐遊戯三態』 モデルは坂口利子嬢と杉芙美嬢のキャビネ版3枚組。解説は「アクティブ、パシイブ共オールヌード 一、後手に縛られ、両膝を括られた哀れないけにえが棒でお尻を叩かれて追い立てられる 二、馬にされた奴隷が、お尻を叩かれて無理矢理にはわされる 三、首輪をはめられたワン公が、ハイヒールでお尻を蹴られて歩かせられる」









103−8b) 悦虐遊戯三態の1坂口利子・杉芙美103−8b) 悦虐遊戯三態の1 坂口利子・杉芙美
 これが1枚目。














103−8c) 悦虐遊戯三態の2坂口利子・杉芙美103−8c) 悦虐遊戯三態の2 坂口利子・杉芙美
 2枚目。杉嬢の横顔はなかなか素敵です。














103−8d) 悦虐遊戯三態の3坂口利子・杉芙美103−8d) 悦虐遊戯三態の3 坂口利子・杉芙美
 決してシャープではありませんが、全体に階調の穏やかな良いプリントでした。













103−9a〜d) P.117に移動しました。

102) 笠井奈保子

 101ページでご教示頂きました、笠井奈保子の黒白写真を、101−8のカラー写真(あみ)に引き続き・・・の形で掲載致します。途中から怪しくなるかも知れませんが、30枚近くの写真をセレクトいたしました。
 「昭和なつかし緊縛写真」と題して、奇ク以外の写真をアップ出来るようにしました。 http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/ そちらにそう多くの時間が割けるわけでなく、まだ実験段階ですが、よろしければ一度御覧下さい。 




102−1a 笠井奈保子102−1a) 笠井奈保子
 笠井嬢の分譲写真は、かな組がカラー4組、黒白14組。英字組が新K組23枚、SM組10枚の計87枚。
 かなの5組には解説が付いておらず、表題も曖昧で写真名の特定は困難です。





102−1b 笠井奈保子102−1b) 笠井奈保子
 上とよく似た図柄です。誌面発表は72年6月号から72年の11月まで。









102−1c 笠井奈保子102−1c) 笠井奈保子









102−1d 笠井奈保子102−1d) 笠井奈保子



 

 

 












102−1e 笠井奈保子102−1e) 笠井奈保子

 

 

 

 

 






 






102−2 NK009?笠井奈保子102−2) 新K組の9? 笠井奈保子
 浣腸用のゴムポンプが置いてありますが、笠井奈保子で浣腸を想起させる題名は、72年9月の新K組百態の9、『排泄を耐える女』しか見あたりません。もちろんそれ以外の可能性もありますので「?」マーク。
 奇クでは浣腸ムード写真に漏斗が良く出てくるのですが、漏斗で浣腸なんかするんでしょうか?




102−3a 笠井奈保子102−3a) 笠井奈保子
 これから6枚、同じスツールと縄を使った緊縛写真です。3枚組2組の可能性があります。


 

 

 











102−3b 笠井奈保子102−3b) 笠井奈保子


 

 

 













102−3c 笠井奈保子102−3c) 笠井奈保子



 

 

 












102−3d 笠井奈保子102−3d) 笠井奈保子
 また3枚アップします。ちょびちょびでごめんなさい。







 

 

 

 

 





102−3e 笠井奈保子102−3e) 笠井奈保子




 

 





102−3f 笠井奈保子102−3f)笠井奈保子









102−4a) 笠井奈保子102−4a) 笠井奈保子
 おかげさまで、当サイトは100,000アクセスを越えることが出来ました。最初はじめたときには考えられないようなアクセスを頂戴致しました。有り難うございました。
 は、いいのですが、笠井奈保子嬢の写真の特定は非常に難しい状態です。





102−4b) 笠井奈保子102−4b) 笠井奈保子










102−4c) (ぬむ)? 笠井奈保子102−4c) (ぬむ)? 笠井奈保子
 これくらいお股を開いてくれますと、多分開股という文字が入っているんじゃないだろうか? と考えますと、かな組で(ぬむ) 新K組の96 SM組の69あたりが浮かんできます。
 (ぬむ)でしたら、題名が『開股縛りの決定版』 解説は「肉ののった太股を縄によって強制的に拡げさせられた美しくも妖しいムードの漂う女体開陳版。」
 なお(ぬむ)は72年5月の前田嬢『麻縄亀甲菱縄縛り』と重なっております。これが同年6月ですので単純ミスの可能性があります。
 笠井嬢(嬢かどうか?大きな指輪をした写真もありました)の黒白かな組は72年の6、7月号。ローマ字組も72年9月と73年2月号のみですので、その何にあたるか。皆様のご意見を頂ければと思っております。







102−5a 笠井奈保子102−5a) 笠井奈保子








 

 

 

 






102−5b 笠井奈保子102−5b) 笠井奈保子



 






 

 

 






102−5c 笠井奈保子102−5c) 笠井奈保子


 

 






 

 







102−5d 笠井奈保子102−5d) 笠井奈保子

 








102−6 笠井奈保子102−6) 笠井奈保子
 次の写真と共に5a〜5cと同じ場所なんですが。

 


 

 












102−7 笠井奈保子102−7) 笠井奈保子
 黒いスツールが出ていますが、これは他の写真には出てきません。







 

 

 

 






102−8 笠井奈保子102−8) 笠井奈保子


 

 

 













102−9 笠井奈保子102−9) 笠井奈保子



 






 

 

 

 






102−10 笠井奈保子102−10) 笠井奈保子



 






102−11a 笠井奈保子?102−11a) 笠井奈保子?
 多分笠井嬢と思うのですが、猿ぐつわ写真との違いでしょうか、何となく自信が持てないのです。勿論写真の特定も出来かねております。







 

 







102−11b 笠井奈保子?102−11b) 笠井奈保子?
 柱縛りを思わせる題名は見つかりません。





 

 

 









102−12 笠井奈保子?102−12) 笠井奈保子?
 最後の16と対をなす写真かも知れません。そんなに太ったモデルさんのようには見えなかったのですが、こうしてみるといささかポッチャリ型ですね。






102−13 笠井奈保子?102−13) 笠井奈保子?
 これも自信がない。別モデルでしょうか?
 随心院様のご指摘通り、高村浩子嬢です。そう言われればすぐにそうそうと思えるのですが、自分一人で作業しているとなかなか気が付かないものなんですヨ。
 ご指摘感謝致します。 



 



102−14 笠井奈保子?102−14) 笠井奈保子?
 102−11と同じ場所でしょうか?

 







102−15 笠井奈保子?102−15) 笠井奈保子?



 





 

 

 





102−16 笠井奈保子?102−16) 笠井奈保子?
 後ろ向きなので判りません。12と同時撮影で俯かせたのでしょうか?

 笠井嬢らしき写真は以上です。









101) カラー写真 東浦ひかる +赤黒パンティー

まずはカラー写真をお目に掛けますが、これからスキャンにかかりますので、今しばらくお待ち下さい。

今まで、カラー写真は76頁に中河恵子嬢のものを掲載致しましたが、ここでは、それ以外のものをお目にかけます。
101−1a101−1a) 東浦ひかる?
こうすっぽりと猿轡をされると、モデルは誰か? 余程自信のある決め手がないと断言を憚られます。サイズは大手札相当で、奇クのカラー分譲写真のサイズです。
ぷっくり出たお腹も、それらしい雰囲気、この赤黒ショーツも奇クでよく使われる品です。

 

 











101−1b101−1b) 東浦ひかる?
この写真、顔の部分が何かおかしいですが、変にいじらずにお目に掛けます。
ここまでで、多くのコメントを戴きましたが、GT5500様のお説を採って、東浦ひかる嬢の可能性大とさせて頂きます。有り難うございました。
東浦嬢ならカラー写真は6組。全て66年5月号で発売されました。解説が不明瞭で何組かは判りませんが、(てめ)の可能性大と視ます。













101−1c101−1c) 東浦ひかる?
以上の3枚組です。
もし(てめ)なら題名が『猿ぐつわに呻く』 解説が「ムムムム、と鼻も口も蔽われて呻めきもならぬ猿ぐつわで、縄目の痛さは只、眼の表情のみが訴えている息づまるような真迫場面が美しい色彩でごらんになれます。」
それにしても東浦嬢の分譲写真の多いこと多いこと。61年6月から、最初はぼつぼつですが、63年から急速に数を伸ばし、66年7月まで、かな組67集。それに協演分が約40集。英字組26枚。
大塚啓子嬢の単身で140集は格別ですが、関谷富佐子74集に次ぐ数じゃないかと思います。









101−2a 東浦ひかる101−2a) 東浦ひかる? 木村洋子 (れむ)の1?
次へ進みますが、ではこれも東浦嬢ということになります。組名までは確とは決めかねます。強いて言えば(てん)か(てる)でしょうか?
GT5500様から木村洋子ではないかとのご指摘。同じパンティーというだけの先入観で写真を見ておりました。
67年3月発売の(れむ)3枚組。題名『豆絞りの猿ぐつわ』 解説「豆絞りの猿ぐつわが厳しく口を噛み痩せ型の裸身を汚れたロープがくびるように肌を割ってむごたらしさがカラーであたりに漂う。」 とすると矛盾が少ないように思います。

縛りで、腕の色が変化しています。








101−2b 東浦ひかる101−2b) 東浦ひかる? 木村洋子 (れむ)の2?
もし(てん)なら『ボリウムを縛る』 解説は「肉づきの見事な裸身を一つ一つ刻み込むように縄目がボリウムを縛ってゆく。縄目と縄目の間にふくれあがる肉。肌と縄の抑揚が光と影の色彩で華やかにいろどる。」





101−2c 東浦ひかる101−2c) 東浦ひかる? 木村洋子 (れむ)の3?
もし(てる)なら『縄の苦悶を狙う。』 解説「マゾヒスチンと自ら認ずる流石の東浦ひかるもぐるぐると裸身を力いっぱい締めあげられて長時間放置されたのて苦痛の悲鳴を挙げたところをすかさずキヤッチした。」
以上3枚です。少しヘアスタイルが違うように見えるのですが、乳輪が同じです。お腹はそうぷっくりしていません。


 


101−3a101−3a) 大塚啓子 (うこ)の1?
99ページの27に掲げた写真です。奇クの分譲写真じゃ無いようにも思えます。
印画紙のサイズはE判=手札サイズで東浦嬢のL版=大手札より一回り小さくなっています。
もし大塚嬢とすると、(うこ)4枚組でしょうか?


 


101−3b101−3b) 大塚啓子 (うこ)の2?
66年1月の(うこ)とすると、題名は『真紅の腰巻緊縛』 解説は「真紅な腰巻の乱れた裾から、真白な太股が、胚が、素足がこぼれるエロチックな緊縛シーンが、カラーによって最高度にいかされた美しい責めフォトです。」 





101−3c101−3c) 大塚啓子 (うこ)の3? 






 


101−3d101−3d) 大塚啓子 (うこ)の4?
以上4枚です。

 

 








 

 

 

 


 


101−4a101−4a) 苗木陽子 (せう)の1?
これもEサイズで、同じモデルさん8枚です。4枚組が2組と考えられます。
74年3月の苗木陽子の4枚組。(せう)(せあ)(せお)あたりでしょうか?

 

 

 











 


101−4b101−4b) 苗木陽子 (せう)の2?
もし、先の想像が当たっていたとしても、どの写真がどの組にあたるのかは判定不可能です。






101−4c101−4c) 苗木陽子 (せあ/せお)の1?
もし(せう)なら、『悶える白豚の狂態』「回を追う毎に目ざましく昂進してくる畜化願望の白豚のマゾは、もうこれ以上恥をさらけだせないというところまでの狂態を、あらわに露呈してしまうのだった。」





101−4d101−4d) 苗木陽子 (せう)の3?
もし(せあ)なら、『仰臥豊満剃毛の丘』「肉づきのよい童女の丘も白々とさらけだして仰向けに縛られた、このムクムクと盛りあがった肉塊の見事さは、また何物にも替えがたくマニアの目に迫ってくる。」





101−4e101−4e) 苗木陽子 (せあ/せお)の2?
もし(せお)なら。『汚辱芋虫コロコロ』「責められれば責められる程どのようにでも乱れるに任せる、この淫らな女体はムチで乱打されてコロコロと芋虫のように縛られた全裸の肢体で這いまわるのだった。」





101−4f101−4f) 苗木陽子 (せあ/せお)の3?








101−4g101−4g) 苗木陽子 (せあ/せお)の4?








101−4h101−4h) 苗木陽子 (せう)の4?
壁際にガスの栓が見えます。お座敷で鍋物でも出来るようになっているんですね。74年なら当然その時代ですね。ガスコンセントにはまだちょっと早い時代です。
以上8枚です。


 


101−5a101−5a)
色の修正は慣れなくて、うまくいきません。褪色はまず水色から始まり黄色に及びます。それを全体に補うと、加えた色が全体に回ってしまうのです。
ここから数名のモデルに心当たりが無い訳じゃないのですが、皆様のご意見を聴いてからにします。ずるいのですが、実際一番手間を喰うのがモデルの特定なんです。次が修正、書き込みとアップロード、スキャンと続きます。確信が持てないと筆の切っ先も鈍りますので。









 

101−5b101−5b)




 






101−5c101−5c)

 











 

 

 

 

 


101−6a101−6a) (やつ)の1? 矢島靖子
これも同様です。コメントの山が出来そうですね。宜しくお願い致します。
随心院様のコメントで確信を得ました。矢島靖子に間違いないです。 



 

 


101−6b101−6b) (やつ)の2? 矢島靖子
矢島靖子のかな組写真は、カラーだけで黒白は全てP組24枚です。
これは74年5月発売の(やつ)3枚組と思われます。10月の(りか)の可能性も捨て切れません。 

 

 

 



101−6c101−6c) (やつ)の3? 矢島靖子
題名 『海老責のいたぶり』
解説 「柔軟な肢体なので全裸体を二つ折りに縄掛けしても耐えているのだが、ただ羞恥の部分だけが……」 


 



101−7a101−7a)

 

 

 















101−7b101−7b)

 






 









 


101−7c101−7c)







 


101−8a101−8a) (あみ)の1? 笠井奈保子
これも随心院様から。
笠井奈保子嬢は黒白組、カラー4組のカナ組が出ています。かなり大量に所持しているのですが、解説無しの組が多いので題名だけでは特定に苦労します。





 




101−8b101−8b) (あみ)の2? 笠井奈保子
これは72年11月の(あみ)3枚組と思われます。
題名 『猿轡に悶える女体』
解説 「噛まされた豆絞りの猿轡にうめき思わず開股する女体の息づまるような迫真的な色美しきシーン。」







 


101−8c101−8c) (あみ)の3? 笠井奈保子
その他(あむ)の可能性もありますし、本当は1組から3枚ではなく、違う組からバラバラに3枚集まっていたのかも知れませんが、(あみ)と見るのが自然な気がします。








 


101−9a101−9a)

 

 

 








 

 





101−9b101−9b)
太陽銀行と合併する前の、神戸銀行の小磯良平のカレンダーです。

 

 











 


101−9c101−9c)

 











 

 

 


101−9d101−9d)
これは先の3枚とは別のシリーズだと思います。4隅が広くなった、多分カラーテレビが見えます。








 


101−10a101−10a)
これは奇クじゃないと思います。この猿ぐつわは、縛った少女との本番写真を撮影する人がよく使う品です。模様に覚えがあります。







 

 

 

 


101−11a101−11a)
この写真は多分プロの手によるものではないでしょう。ピンぼけが酷すぎます。でも多分付け毛のヘアは美容師さんの手によるものだと思いますよ。
奇クの写真とは思えないし、多分他の雑誌の写真でもないと思います。











 


101−11b101−11b)

 








 





101−11c101−11c)

 

 










 


101−11d101−11d)

 

 










 


101−11e101−11e)

 







 




 


101−11f101−11f)

 





 








101−11g101−11g)
カラー写真はここまでです。












101−12e101−12a) 木村洋子(きも 1/3)
あれっ! カラーのページなのに何で? と思われるでしょうが、101の1と2の赤黒パンティーの件なんです。撮影者の好みだったのか、この赤黒パンティーは別のモデルさんでも使われています。東浦嬢なのか木村嬢なのかのヒントとして、今見つかる限りの赤黒パンティーの写真をお目に掛けます。

 2016年10月になって新資料が手に入り、66年12月号でアナウンスされた、木村洋子嬢の(きも)「猿轡股間縛り歩き」3枚組と知れました。

 


101−12f101−12b) 木村洋子(きも 2/3)
まず3枚組です。東浦ひかるではなく、木村洋子のように見えるんですが、違いますでしょうか?

 解説は「口に押し込まれたパンテイ、股間縛りの縄目の痛さに喘えぎながら、両膝と額とてよろよろ歩かされる女奴隷が遂に耐えきれずして、どうと横転してしまう有様」







 

 

 

 

 


101−12g101−12c) 木村洋子(きも 3/3)
なかなか顔を上げてくれませんので難しいですね。

 

 







 

 




 


101−12h101−12d)
これはまた違うモデルさんです。クロッチ部分が前に大きく、陰毛を隠すようになっています。後は浅いんですね。
この当時既に大人のおもちゃ屋さんはありました。SM衣装屋さんもありましたね。
渋谷だったか新宿だったか、街道を東へ坂を上がって左側にSMやゴム衣装を売っていました。1969年頃かな? 新宿末広亭の角曲がったところにもありましたね。上野にも・・・何か名前はみんな忘れちゃいました。
 後で気付きましたが、このパンティー、後ろ前に穿かせているのです。当時は毛が見えるか見えないかでエロかどうか判断していたんですね。








100) 愛川悦子 れん よく けり

 いよいよ100ページ目です。ここで愛川悦子嬢にご登場頂きます。
 なお、これより、スキャン時のアンシャープマスクを、強から中に弱め、修正も丁寧に行いました。
 10月17日に写真を追加致しました。



100−1a れん01 愛川悦子100−1a) (れん)の1 愛川悦子
 58年12月発売の(れん)12枚組です。写真裏に1〜12までの番号がふってあり、それの順番にアップします。







100−1b れん02 愛川悦子100−1b) (れん)の2 愛川悦子
 モデルは、愛川悦子・辻村隆。題名『凌辱』 解説「後手に縛りあけられシュミーズを脱がされ猿ぐつわを噛まされる、そして最後にはズロース迄脱がされようとする。」
 辻村氏は毛ずねのみのご出演です。





100−1c れん03 愛川悦子100−1c) (れん)の3 愛川悦子

 

 

 


 












100−1d れん04 愛川悦子100−1d) (れん)の4 愛川悦子




 

 

 

 

 






 


100−1e れん05 愛川悦子100−1e) (れん)の5 愛川悦子








100−1f れん06 愛川悦子100−1f) (れん)の6 愛川悦子









100−1g れん07 愛川悦子100−1g) (れん)の7 愛川悦子
 これはよく見る写真です。まだズロースと呼んで良いようなパンティーですが、クロッチが普通より大きく見えます。写真を明るくしたため、白飛びしてしまいましたが・・・






100−1h れん08 愛川悦子100−1h) (れん)の8 愛川悦子









100−1i れん09 愛川悦子100−1i) (れん)の9 愛川悦子

 

 

 






 





 


100−1j れん10 愛川悦子100−1j) (れん)の10 愛川悦子








100−1k れん11 愛川悦子100−1k) (れん)の11 愛川悦子









100−1l れん12 愛川悦子100−1l) (れん)の12 愛川悦子
 これまでの写真の裏に1〜12までの数字が書き込んでありました。連続写真として販売元で書かれたのか、購入者が解説文を参考に絵物語風に想像して付けたのかは判りません。






100−2a れん別03 愛川悦子100−2a) (れん)別の3 愛川悦子
 手元にこういう写真もあります。原板は同じですが、少しアップ気味にトリミングされています。変色もなく保管状態も良いので黒白でスキャンしました。
 同じく12枚組の一部なのでしょうか? それとも、ローマ字組でばら売りされたのでしょうか? 普通は、かな組で使ったネガはローマ字組みに流用しないのですが、かな組の最初期だけに良く分かりません。












100−2b れん別04 愛川悦子100−2b) (れん)別の4 愛川悦子








 

 

 

 

 



 


100−2c れん別06 愛川悦子100−2c) (れん)別の6








100−3a よく1 愛川悦子100−3a) (よく)の1
 これも58年12月号。3枚組として発売された(よく)から2枚です。題名『浴室股間縛』 解説は「丸裸のまま股間縛りに縛られて湯の中へ浸されようとする。」と簡単なものです。






 

 

 



 


100−3b よく2 愛川悦子100−3b) (よく)の2 愛川悦子









 

 

 

 


 


100−4a しん1の1 愛川悦子100−4a) (しん1)の1? 愛川悦子
 58年3月初出の(しん1)4枚組と思われます。ちょっと疑問もありますが。
 題名『ベッド変型縛り』 解説「ベッド上に繰りひろげられる悦子嬢のアクロバチックな全裸のポーズは輝くライトに映えて豊かなアクションをふりまいてゆく。」
 全裸じゃないんです。ちゃんと穿くものを穿いてます。



100−4b しん1の2 愛川悦子100−4b) (しん1)の2? 愛川悦子
 やっぱり間違いのようですね。もう一度データベースで探します。







100−4c しん1の3 愛川悦子100−4c) (しん1)の3? 愛川悦子
 (しん1)でないとすると、60年2月の(ふか)3枚組でしょうか。題名『寝室俯瞰』 解説「愛川さんのボリウムの肉体が縄目にくびれて盛りあがりベッドの上に転々とするところを天井から覗くと……。」とあります。





100−5 けり 愛川悦子100−5) (けり)? 愛川悦子
 59年7月発売の(けり)3枚組の1枚と思われます。写真裏に「けり」と鉛筆書きがありました。
 表題『開股三番勝負3』 解説に「あのボリウムのある豊胸をふるわせて縄の悦虐に泣く三態各様の背景場面雰囲気を変えての強烈な開股しばり。もう身動きはまかりならぬ絶対絶命のピンチ(モデル愛川悦子)」とありますので、3枚は全て開股とはいえ全く違う写真のようです。












100−6a かけ1 愛川悦子100−6a) (かけ)の1? 愛川悦子
 再度アップ致します。
 確証はありませんが(かけ)かと思います。(かけ)は58年8月に『賭犠(かけにえ)三態』として発売されましたが、63年2月に『トバクの代償』と改題されました。解説はこちらのほうが具体的です。





100−6b かけ2 愛川悦子100−6b) (かけ)の2? 愛川悦子
 3枚組で、63年の解説は「タオルの猿ぐつわをされて素裸のまま、手首と足首を括られてべッドの上に投げ出された娘丁半トバクで勝った男の餌食になるのだ。今や彼女は観念して只豊満な裸身を衆目に晒しているばかりであった。」





100−6c かけ3 愛川悦子100−6c) (かけ)の3? 愛川悦子
 58年の解説は「賭の犠として祭壇に置かれた全裸の女体に掛けられた奇妙な縄。」で、これだけではどんな写真やら全く判らなかったでしょう。







R72 愛川悦子100−7a) R組の72 愛川悦子
 このブログの2頁を御覧下さい。写真裏に信頼すべき書き込みのある品として、R72と73が上がっております。これはR72『逆エビ責め』







R73 愛川悦子100−7b) R組の73 愛川悦子
 同じく、『変形全裸股間縛』です。








Z58 愛川悦子100−8) Z組の58 愛川悦子
 同じ理由で、Z組の58『檻の中の緊縛裸身』です。

 






 

 






 


E03 愛川悦子100−9) E組の03? 愛川悦子
 これも過去に載せました。『荒縄に苦悶する肌』ではないかと思います。

 

 

 











 


A28? 愛川悦子100−10) A組の28? 愛川悦子
 64年2月発売のA組28。『ガンジガラメ立縛』ではないかと思います。

 

 

 







 




 


不明01 愛川悦子100−11) 不明1 愛川悦子
 ちょっと略号までは判りかねます。
 愛川嬢の分譲写真発売は、59年10月、63年1,8月、64年2月の袖珍Y組、R,Z,E,Aの各組と、58年3,4,8,12月、59年7,9月、60年2月、62年11,12月、63年1,2,3月、64年4月のカナ組ですので、その当時のグラビアの題名や、臨時増刊号の写真などが参考になるかも知れません。 






 



 


不明02 愛川悦子100−12) 不明2 愛川悦子
 これが(しん1)の可能性が高いと思うのですが・・・・。全裸ですし・・・・。でもこれはベッドかな?







不明03 愛川悦子100−13) 不明3 愛川悦子
 荒縄なんですが、良く分かりません。

 

 








 

 

 


 


不明04 愛川悦子100−14a) 不明04 愛川悦子
 58年8月の(たか)でしょうか? あるいは3月の(しん2)?

 

 

 

 










 


不明05 愛川悦子100−14b) 不明05 愛川悦子
 2頁に掲げました、R組90『臀羞責め』に違いはないのですが、ペアをなす上の写真との関係を知りたいものです。







 

 

 

 


 


不明06 愛川悦子100−15) 不明06 愛川悦子
 良く分かりませんが魅力的なポーズです。少しピントが甘いですが、美しい印画です。

 

 

 











不明07 愛川悦子100−16) 不明07 愛川悦子
 修正のつもりで、うっかり右側の壁の蒲団貼りのボタンを、原板の傷と間違えて消してしまいました。
 愛川悦子嬢の写真は以上です。100頁を迎えることが出来ましたのも、皆様のお力づけのおかげと感謝致しております。


 


101)の前文 −編集字数の関係で次頁の前文をここに収めます。

2008年6月10日深夜。次の文章でこのブログがスタートしました。

はじめまして、私Mr.分譲写真と申う雑誌がありました。1952年にA5版になって、75年の3月まで続いたのですが、撮影した緊縛写真を分譲してくれました。代理部に申し込むと、名刺版から大キャビネサイズの緊縛生写真を買えたのです。私は直接買ったことはないのですが、ご縁がありまして段ボールに一杯の写真を手に入れました。その後数百枚を買い足して、今1500枚ほどの奇譚クラブ分譲写真を持っております。
通常数枚ずつがセットになっており、(ねや)とか(せつ)などという、カナ2文字の略号が付いております。それ以外にA組50集など、バラ買いできるものもあり、1枚80円から時代によって200円ぐらいで送料込みで買えたのです。でも平成の今となってはなかなかお目にかかれない貴重な品なのですよ。 (中略)
  以前、あるサイトで、この名前のブログを作ったのですが、280枚ほどアップしたところで、違反と判断されたんでしょう、抹消されちゃいました。このサイトですとアダルト指定が出来るようですので、チャレンジします。

そして、09年10月17日に、100頁が完了致しました。この間アップした写真、図版は1241枚になります。うち、目録やら色見本やらで6枚。皆様のご協力で頂戴した写真が104枚ですので、私のコレクションからは1130枚強掲載したことになります。
皆様から頂戴したのは、
随心院様から  46枚 (74,87ページに掲載)
old fan 様から   8枚 (93ページに掲載)
白川春樹様から 46枚 (94,96ページに掲載)となっております。
他の皆様からも何枚か戴きましたが、
1.掲載するのは「奇譚クラブ」のオリジナル分譲写真(紙焼き)から直接スキャンしたものに限る。
2.スキャンしたファイルは、200KB〜600KB程度で、最低2Lサイズのプリントに耐える。
という内規でスタートしましたので、敢えて掲載せずにおります。

私の手持ちも、残り6〜700枚となり、モデルを特定出来る写真が少なくなって参りました。風俗科学や裏窓、ロマンスの他、単なる温泉エロ写真など、付随物として手に入れました品が1600枚近くあり、相対的に「奇クじゃない」可能性の高い品も混じって参ります。それに逡巡いたしておりますと、肝心の本物をアップし損ねてしまいますので、これからは間違いを恐れず掲載致します。 モデル、題名不詳というのが多くなるかと存じますが、皆様のご慧眼でもってご批判賜りますようお願い申し上げます。






99) 教えてクレー! モデル当てクイズ

 奇譚クラブの分譲写真ばかり、1、000枚以上を掲載して参りましたこのブログも、いよいよ100頁目に近づいて参りました。
 そこで、この99頁をクイズのページといたします。さあ、このモデルさんは誰でしょう。当てると同時にメールでお申し込み頂きましたかたに、このサイトで公開出来ない写真をプレゼントいたします・・・・
 と、書き出しましたが、本当は私が良く分からず困っているモデルさん達でございます。どの写真でも結構ですので、モデル名をご教示頂けましたら私のほうは大助かりなんです。ぜひたくさんのご意見を頂けますように・・・・。



99−0199−01)
 私は誰でしょう? 印画紙は手札サイズです。
 皆様のご意見を書き込んでみます。


 

 

 

 














99−0299−02)
 私は誰でしょう? 手札サイズ。
 スポッティング修正はしておりません。黒子などの情報を消してしまうかも知れませんので。
 村田那美子嬢 (GT5500様)


 

 

 












99−0399−03)
 大手札サイズ
 愛川悦子嬢 (随心院様・GT5500様=Z組の7、旧Z組の58)

 

 

 










 







99−0499−04)
 以下、特に記述のない限り大手札サイズの写真です。








99−0599−05)
 スキャン時に明度とコントラストを整えて、画像の傾きを補正した以外は、手を加えておりません。
 高村浩子嬢 (随心院様・GT5500様・佐々木英二様・HASSAN様・一読者様)

 

 







 

 





99−0699−06)
 黄ばみの出た写真のみカラーでスキャンしました。
 田中芳代 (たおやめ様=「シュミーズ」・随心院様・GT5500様)








99−0799−07)
 不明 高瀬忍? (GT5500様)

 







99−0899−08)
 熱海容子 (随心院様=美しき縛め11集・たおやめ様・GT5500様・HASSAN様)

 







99−0999−09)
 不明 萩千恵子? (GT5500様)

 

 





 

 

 









99−1099−10)
 須川令子 (たおやめ様=淫花号グラビア・随心院様・GT5500様)

 







99−1199−11)
 長井葉津子 (随心院様・たおやめ様・GT5500様・佐々木英二様・HASSAN様・一読者様)

 

 




 







 



99−1299−12)
 高村浩子 (随心院様・GT5500様・佐々木英二様・HASSAN様・一読者様)

 

 




 

 

 








99−1399−13)

 








99−1499−14)
 館典子 (随心院様=別冊「花苔」・たおやめ様=35年1月号ポーズ集その2)
 柳初子 (GT5500様)

 







99−1599−15)
 木村洋子 (随心院様・GT5500様)

 

 

 













99−1699−16)
 若原明子 (GT5500様)








 

 

 

 









99−1799−17)
 刑部典子 (GT5500様)

 

 

 

 












99−1899−18)


 







99−1999−19)
 愛川悦子 (随心院様・GT5500様・HASSAN様)

 








99−2099−20)
 不明 福井桃子? (GT5500様)
 福井桃子 (一読者様)

 

 

 












99−2199−21)
 山原清子 (随心院様・1読者様・たおやめ様・GT5500様・一読者様)

 

 




 










99−2299−22)
 松本たえ (随心院様・GT5500様・HASSAN様・一読者様)

 








99−2399−23)

 









99−2499−24)
 荒尾慶子 (随心院様・GT5500様・佐々木英二様)

 

 

 













99−2599−25)
 裏窓の牧このみ嬢 (たおやめ様=耽美芸術グラフ・随心院様=裏窓64年10月号の表紙)

 




 

 









99−2699−26)
 大塚啓子 (随心院様・1読者様・たおやめ様・GT5500様=89)26と同一日・HASSAN様) 

 







99−2799−27)
 カラー写真は2〜30枚あるだけです。サイズはE判(手札よりやや小さいサイズ)奇クの分譲写真でない可能性もあります。
 大塚啓子 (随心院様) 他の3枚を見るとちょっと違うように思えます。







99−2899−28)
 これはちょっぴりトリッキーな出題。ハチドリを御覧になっていたかたなら、ネタが割れているかも?
 佐々木真弓 (随心院様・GT5500様・浅き夢様・HASSAN様)
 村上ゆき (たおやめ様)

 





 以上です。何番の写真のモデルは誰。とコメント下さい。出来ればその根拠は何かも、お書き添え頂けますれば、私としては大助かりです。
 コメントと同時に、私宛メールを戴きましたら、良い情報をご提供頂きました方に、ここに載せられない写真数点をお送り致します。なお、こちらのほうは、9月末日で締め切らせて頂きます。

 さて、記念すべき100頁目は誰の特集といたしましょうか?
 当方に割にまとまってありますのは、関谷富佐子夫人、深田菊子嬢、高村浩子嬢、佐々木真弓嬢、福井桃子嬢、笠井奈保子嬢、江口淑子嬢、鈴木千鶴子嬢、愛川悦子嬢、長野良子嬢、東浦ひかる、須川令子、田中芳代、秋山夫妻といったモデルさん達です。
 その他、フェチ特集、複数での折檻や闘争フォトなどの特集も出来ます。
 こちらにもリクエスト頂きましたら、次の企画に反映出来るよう努力致します。

97) マイナーなモデル達供仝涎邂ゝ子 新井マリ子

97−1 A02五月亜紀子97−1) A組の02? 五月亜紀子「手吊り乳房責め」
 五月亜紀子嬢の分譲写真は、64年2月に発売されたこの1枚しかありません。
 63年11月号に着衣でデビューした五月嬢ですが、64年11月号と同月の臨時増刊[文献]特集号ではグラビアを賑わせました。それがたった1枚しか無いとは・・・。
 90頁を書いたときに、五月嬢もザッと分け取ったのですが、新井嬢とごっちゃになって特定出来ずにおりました。このたびリクエスト頂き、そのヒントから奇クのグラビアを調査してある程度の確信を得ましたのでお目に掛けます。








97−2 A01新井マリ子97−2) A組の01? 新井マリ子「フミツケ汚辱縛り」
 新井マリ子嬢も、多くのグラビアを飾ったモデルさんですが、分譲写真にかな組は無く、ローマ字組が12枚あるのみです。


 

 

 

 










97−3 A03新井マリ子97−3) A組の03? 新井マリ子「ハリツケ猿ぐつわ」
 これをハリツケと呼ぶべきかどうか迷うところですが、他にありませんので。








97−4 G010新井マリ子97−4) G組の10? 新井マリ子「恐怖のいたぶり」
 このあたりは少し自信がありません。G組は64年11月の発売です。
 






 

 

 

 






97−5 G026新井マリ子97−5) G組の26? 新井マリ子「机の脚に縛られる女」








 

 

 







97−6 G027新井マリ子97−6) G組の27? 新井マリ子「革の猿轡で責める」
 写真に細かいゴミが数多くあり、修正に苦労しました。一体に今回の印画は、変色は少ないのですが、ゴミ埃汚れが多く、ピントも様々で手こずりました。
 写真の特定はあまり自信はありませんが、まあこれかな?と。






 

 


 




97−7 G055新井マリ子97−7) G組の55? 新井マリ子「椅子に跨がされた女」







 

 



 






97−8 G060新井マリ子97−8) G組の60? 新井マリ子「両手吊りの猿ぐつわ」
 


 





 

 

 







97−9 G065新井マリ子97−9) G組の65? 新井マリ子「猿ぐつわの婉な表情」






 

 

 









97−10 G078新井マリ子97−10) G組の78? 新井マリ子「首吊り責め」
 この写真も左側に白い汚れが多数ありました。
 このころ、右側の2本の影のように印画上に変な影を作って、それをグラビアの題名に取り込むことが良くありました。迫り来る三本の指とかそんな風に。
 偶然何かが写り込んでしまったのをごまかすためにそうしたのが始まりかも知れませんが、あまり良い趣味とは思えません。










97−11 G079新井マリ子97−11) G組の79? 新井マリ子「両手開き吊り顔虐め」
 新井マリ子、全12枚中10枚をお目に掛けました。まだあるかも知れませんが、現在見つかっているのは以上です。
 マイナーなモデルさんの写真が見つかりましたら、この後ここにアップ致します。












95) 大中判 G組 高瀬忍 萩千恵子 伊吹真佐子

 白川様から、カラースキャン品を頂戴し、私もカラースキャンをしたくなりました。素性のわかりやすい大中判(大キャビネ判)で、出来ればA3プリントに対応出来るものをと考えたのですが、残念ながら時代物の原写真にその力がなかったようです。
 奇譚クラブの大中判の発行年代ははっきり分かれていまして、約100枚が59年以前。64枚が梨花嬢の吊りを中心とする63年以後です。ところが、81頁で申しましたとおり、別にキャビネと表示されている約400枚の内、65年以降の山原嬢や美木嬢の約50枚は実際には大中判でした。そういうことで、型録にキャビネと書いてあっても、大キャビネの可能性もあるわけで、白表紙時代の資料の少なさも手伝って、特定は意外に厄介でした。
 8月16日手持ちの大中判写真の残り8枚を追加しました。


G01高瀬忍95−1a) G01 高瀬忍 『鉄鎖と柔肌』
 奇ク56年12月号には別冊付録として分譲品の型録が付いていました。その中のG01に間違いないと思います。
 解説に「全裸の柔肌に喰い込む鎖、柔と剛との醸し出すコントラストの妙味、正面に向って立膝した美貌忍嬢の媚態と赤裸々な純白裸体のエロチシズム。」とありますので、おそらく両膝立ちしてるんだと思います。
 ドットピッチ266でスキャン。大手札の写真より僅かに圧縮率を高めて1MB以下に納まるようにしています。











G02高瀬忍95−1b) G02 高瀬忍 『股間縛正面』
 股間縛正面なんてどんな写真なんだろう、とワクワクして申し込んだんでしょうね、当時の人は。実際には縦のお縄が申し訳程度に見えているだけ。でも良い表情です。この頃こういう写真を見かけなくなりましたなーご同輩。
 当時は娘さんというのはもっとまともなお嬢さんを意味していたんですな、今のフードルなんかと違って。「あたしゃまともな娘だよ="Good girl I am!" My fairlady」
 解説は 「後手高手小手にヽひしひしと縛しめられた忍嬢、乳房の上下には二重に縄が肌に喰い込むばかりにきつく、全裸正面の彼女は猿ぐつわの顔をうつむけて恥らいに只頬赤らめるばかりであった。」
 縄で乳房の谷間が押さえられているのは宜しいですね。







G03萩千恵子95−1c) G03 萩千恵子 『海老晒し』
 最初、萩嬢じゃないように見えたんですが、やっぱりそうかな? と。以前は毛先だけなのに、これは根本からパーマが当たってますよね。ちょっとイケズっぽい口元が見えないから・・・G10と比較してみて下さい。
 解説 「奇想天外な縛りで有名な千恵子娘が猿ぐつわをしたまゝ、両眼を開いて仰向けに倒れる。両手首と両膝頭と首とを緊縛して、全く自由を奪われた緊縛ポーズ、苦痛に喘ぐ顔の表情、果してこの姿勢でいつ迄耐え得ることが出来るか。」



G04菅登紀子95−1d) G04 菅登紀子 『羞紅の椅子』
 菅登紀子と言うモデルさんは他で見たことが無く、確証はないんですが、解説から多分これだろうと思っています。菅嬢は56年に12枚出しただけの、マイナーなモデルさんでした。
解説 「ドアーの閉じられた密室に置かれた殺風景な椅子一つ、猿ぐつわに声を奪われた可憐な菅嬢は、両乳房もあらわに裸身にむかれた恥しさに、只、「許して、許して」と助けを乞うばかりであった。然し飽くなき暴虐の手は、彼女をこの罪の椅子に縛り上げてしまったのであった。あゝ、彼女の運命やいかに?」









G05伊吹真佐子95−1e) G05 伊吹真佐子 『量感の帯』
 これの同類は雑誌に掲載されたのじゃなかったでしょうか?
 解説 「益々豊満さを増した伊吹嬢をストツキング一つの裸身にむいて、その弾力性のある全身を顔面から後手へと純白の練布を以て緊縛しでゆく。今や、身動きも出来ない十五貫余の肉体は、「嫌、嫌」と身もだえする度に包帯の間から、ピチピチと躍動するのであった。」
 G06は見つかりません。






 






G07伊吹真佐子95−1f) G07 伊吹真佐子 『叫喚の森』
 これも雑誌を飾りました。伊吹嬢は、化粧に凝れば凝るほど変な顔になる、という変なモデルさんだったようです。後年ショートカットにしたのを見れば、結構美人なんですが、55年頃は、なんであんな変な顔だったんでしょうか?
 解説 「人里離れた。森の中、誘拐された女性が一本の松の木にガンジガラメに後手に縛りつけられている。裸にされた乳房、臍、太股、足首には縄目がいたいたしく喰い込んでいる。助けを求めて叫べども、通る人とてなき森の中は、寂として只、こだまが返ってくるだけであった。」











G08村田那美子95−1g) G08 村田那美子 『全裸目隠し』
 G組10枚組は本来は英字組に分類すべきでしょうが、56年という最初期ですので、1枚1枚に解説が付いていたのです。それでやっと特定出来ているのです。
 その解説ですが、「全裸の女体が、どたりと床の上に投げ出されている。後手に縛り上げた縄は乳房の間で結び目を作り更に鳩尾と臍の上で都合三つの結び目を綾なしている。 黒布で目かくしをされた彼女は豊満な女体を海老のように弾ねくねらせ、目かくしを取ろうとするのだが、後手に縛しめられた両手の自由はきかず、只、艶やかな雰囲気をいやが上にも、盛り上げるのに役立つばかりであった。 今まで、秘蔵してあった村田嬢のサデイスチック・シーン。」
 結び目の数が決め手です。それにしても、どうせ6×6で撮っているのですから、せめて横位置のトリミングにして欲しかったと思います。えへへ・・・





G09花坂道子95−1h) G09 花坂道子 『優すがた』
 昭和28年頃の写真には、水着もたびたび登場します。当時はこんな水着でもマイクロビキニと同じくらい刺激的だったんでしょうか。
 解説は 「自慢のロング・ヘアーをあらわな胸に垂らして、縛られた縄目にうつむき加減の羞らいを見せる道子嬢、太股から脛、指先と大胆に前に投げ出して、今までにないエロチックなポーズでサド・フォトマニアの方々に開陳する優すがた花坂道子嬢。」





 





G10萩千恵子95−1i) G10 萩千恵子 『開股一番』
 強精ドリンクの名前みたいですな。
 でも、これが私の親しんだ萩嬢の姿です。
 解説 「あられもなき淑女のポーズ、但しこれは縄で縛られているので仕方なく、このような恰好になっているので、萩嬢は全く花羞しいお淑やかな女性であります。噛まされた猿ぐつわの下から、何かしきりに訴えています。きっと、早く解いてくれと云っているのでしょうか、如何に緊縛ポーズといっても、こんな姿勢では長く放っておくのは可哀そうです。」
 G組10枚中9枚をお目に掛けました。すこしお休み頂いて、55〜59年の大中判をさらにいくつかアップしたいと思っております。









はな2?花坂道子? これより8枚追加します。
95−2) 不明分 不明モデル [花坂道子 はな4?]
 最初は花坂嬢かなと思いましたがちょっと違う感じです。花坂嬢なら、57年11月の(はな2)か、58年3月の(はな4)か? と思いましたが、花坂嬢がショートヘアにした形跡はありません。型録にはキャビネサイズで載っている、別のモデルさんでしょうか?
 写真は殆ど変色していませんので、モノクロスキャンしました。統一が無くてすみません。

 たおやめ様、随心院様からモデルは花坂道子とのご指摘をいただきました。57年12月の(はな2)より、58年3月の(はな4)のほうが近いと考えられます。
 略号(はな4)大中判2枚組。題名『股間縛り』 解説「首縄に胸から二の腕縛り、胸縛り股間縛りとロープがからむ。」と短いながら具体的にこの写真を表現しています。
 (はな2)は『花坂道子嬢股間縛り集』で「数々の傑作を過去に於て作成した写真部が、ここに美貌のモデル花坂道子嬢の協力を得てマニア垂誕の強烈な縛り写真の撮影に成功し、ここにその一部を発表することになりました。是非コレクションの一端へお加え下さい。」




不明4不明モデル(花坂?)95−3) 不明分 不明モデル [田代悠子]
 モデルも、当然写真名も分かりません。

 たおやめ様からモデルは田代悠子、随心院様から限定版に載っていたとのコメントを戴きました。59年2月の臨時増刊限定版「緊縛フォトアラベスク」の田代悠子表情集その1がそれでした。
 その1が6頁、その2が8頁と特別大きく扱われていますが、この写真はそれらと同時に撮影されたものではあっても、完全に同一のものではありませんでした。
 ところで私の分譲写真データベースに田代悠子の名はありません。はたして分譲されたものなのかどうか? コレクションの中には、多分奇クの編集に関わった人の持ち物だったろうと思われるアルバムも混じっていますので、それかも知れません。





不明1雲井久子95−4a) 不明1 雲井久子
 53年9月号に、「縛られた女ばかりの座談会」と題して、6月14日に開催された座談会記事が載っています。モデルさん6人の紹介写真中、雲井久子嬢の覆面写真によく似ています。
 記事から満年齢として計算しますと、最年長が雲井嬢で昭和5年頃生まれ。最年少の高瀬忍嬢が10年頃の生まれとなります。現在70歳代半ばという所でしょうか。
 雲井嬢は52年の秋から奇クのモデルをしたようです。従ってこの写真は52年の冬か53年の春撮影されたものと思われます。略号のない時代に分譲されたものと思われます。
 それにしても、後ろ手が高々と上がっていますね。





不明分2 雲井久子95−4b)
 同上です。









不明 大塚啓子95−5) 不明 大塚啓子
 型録上、(はり)『磔(ハリツケ)三態』以外に大塚嬢には大中判写真はありません。したがって組名も判りません。







不明3不明モデル(大塚?)95−6) 不明 不明モデル
 全く分からないながら、ヒップの感じに大塚嬢を思わせるものがあります。








不明1不明モデル(愛川?)95−7) 不明 愛川悦子?
 分からないながら、モデルは愛川悦子嬢のような気もします。

 

 

 

 





 





不明2 不明モデル(愛川?)95−8) 不明 不明モデル
 足の裏が黒くないので、昭和30年代に入ってからの写真かなと思っています。それ以外全く分かりません。
 81ページにご紹介した、美木嬢、山原嬢、大塚嬢を加えて、これで私の持つ、奇クの大中判写真はおしまいです。袖珍Y組で大名刺サイズが終了していますので、あとは全てキャビネと大手札となります。











93) OldFan様から頂戴しました 水本茂美 左近麻里子 関谷富佐子

 OldFan様から7枚の写真をスキャンしてお送り頂きました。メールへの写真貼付の関係か、jpgの圧縮度を大きくなさっていますので、やや鮮鋭度が落ちていますが、きれいな珍しい写真です。
 ザッと目録をチェック致しましたが、これという手がかり無く、型番を特定出来ませんでしたので、そのままアップ致します。もし、スポッティング等もっと修正を掛けた方が良いようでしたら、皆様のリクエストに応じますが、綺麗な写真で、目立つのは1枚数ヶ所だけですので、ダウンロードなさってご自身で行うのも一興かと存じます。
 93−1)の3枚が大塚啓子ではなく水本茂美であるとのご意見を戴きました。私もそう思いますので、訂正し文章を改訂します。(7/27)


OldFan様大塚啓子193−1a) 水本茂美(えひ)の1?
 私も何の疑いもなく、大塚啓子と思っておりました。
 3枚頂戴致しましたが、全て海老縛りの作品です。62年12月号の(えひ)3枚組に間違いないと思います。題名『強烈エビ責』、解説「野性美を帯びた水本茂美を全裸に引きむしった上で足首と背中に吊り上った後手首とを連結さしてグイグイ足で踏みつけて締め上げたエビ縛り、一分、五分、十分と経つうちに流石の水本嬢も全身から脂汗をふき出して、ううう、と苦悶の呻めきを出してもだえるところを、すかさずキャッチした。」とあります。


 






 



OldFan様大塚啓子293−1b) 水本茂美(えひ)の2?
 これほど本格的な海老責めは、奇クでも珍しいと思います。








OldFan様大塚啓子393−1c) 水本茂美(えひ)の3?
 実は、90)ページの後、私のほうで、水本嬢のエビ責め写真2枚が見つかりました。この3枚が(えひ)だとは思いますが、B組やE組の7枚と混じり合っているかも知れません。

 








OldFan様左近麻里子93−2) 左近麻里子

 








OldFan様関谷富佐子193−3a) 関谷富佐子の1
 関谷夫人の写真は、3枚とも状況が違います。多分英字組なんでしょう。特定には決め手を欠きます。




 

 

 









OldFan様関谷富佐子293−3b) 関谷富佐子の2
 贅肉も含めて、なかなかボリューム感があります。わざと脚を縛らないのも色気がありますね。中年好みです。





 


OldFan様関谷富佐子393−3c) 関谷富佐子の3
 以上です。
 OldFan様。有り難うございました。






OldFan様より 不明分93−4) OldFan様 不明分
 OldFan様より、もう一枚ご恵送頂きました。
確かに判りにくい。イーゼルマスクの形から、相当に古い手焼きと思われます。もし、真っ茶色に変色しているのなら、川端多奈子嬢かも知れないと思います。このくっきりした乳輪は、どなたのだったかなー。
 この写真だけ、ちょいちょいとスポッティングしておきました。



92) 絹川文代 ローマ字組・不明分

 絹川嬢の写真は、女斗美や切腹などが多く、単純な緊縛ものは意外に少なかったなという印象です。不明分を含めて40枚ぐらいでしょうか。
 このページでは、英字組と思われるものを中心にご紹介します。

 7月26日、92−13)以降に、絹川文代嬢らしいが特定出来ない写真を12枚、アップしました。これだけでご勘弁下さい。



絹川文代Z37?92−1) Z37?
 63年1月号でアナウンスされたZ組の37に間違いないと思います。
 題名は『首縄、柱しばり』



 

 

 

 




 




絹川文代Z5192−2) Z組の51『全裸逆エビ縛り』
 この写真は2枚持っておりまして。そのうちの1枚には裏書きがありましたので、3頁に掲げておりました。両者を比較頂きますとこの間の私のスキャン技術の進歩が伺われようかと存じます。





絹川文代Z59?92−3) Z組の59?
 表題『全裸の股間縛り』かと思います


 






 

 

 

 






絹川文代Z65?92−4) Z組の65?
 別に決め手はありません。特徴のない写真が出ると、これかな?と思うのです。だって表題が『白肌露出の全裸縛』っていうんです。大抵の写真は当てはまってしまいます。







絹川文代B10?92−5) B組の10?
 B組の10は『無防備双手吊り』、38は『吊られゆく美体』となっています。
 これ以外に有力候補としては62年12月に再掲された(けい)3枚組があります。表題『吊られた美女』これかも知れません。







 

 

 

 




絹川文代B2192−6) B組の21 『美しき尻部の露出』
 これも別に裏書きのある写真を持っており4頁に掲げました。同じものです。

 

 

 





 







絹川文代B38?92−7) B組の38?
 B組の10、あるいは(けい)かも知れません。Bの38は『吊られゆく美体』と名が付いています。







 

 

 

 






絹川文代B50?92−8) B組の50?
 多分間違いなくB50です。表題は『女囚菱繩さらし』


 






 

 

 

 





絹川文代E55?92−9) E組の55?
 E組は63年8月号で発売されました。55は表題『手足猪吊りの美態』とありますので、多分間違いないでしょう。


 






絹川文代E56?92−10) E組の56?
 表題『囚女の美しき緊縛』されており、多分間違いないと思います。




 





絹川文代E89?92−11) E組の89?
 題名『令嬢後手高手小手』にふさわしいかどうか? 良く分かりません。







 

 

 

 

 




絹川文代E99?92−12) E組の99?
 表題は『豆しぼりの猿轡』で、水玉や豆絞りだったら何でも良い。はなはだいい加減なようですが、多分これかなと言う程度です。



 





絹川文代不明分192−13a) 不明分1
 次とペアをなす写真なのですが、かな組にそれらしい題名がありません。ローマ字組となりますと益々分かりません。

 

 





 








絹川文代不明分292−13b) 不明分2



 







 

 

 

 




絹川文代不明分392−14) 不明分3


 

 

 






 








絹川文代不明分492−15) 不明分4
 さすがに舞台人だけあって、デカダンな表情と、清純な表情を使い分けて見せてくれるのですが、推定出来ません。1枚ものの英字組だとは思いますが。







 

 

 






絹川文代不明分592−16) 不明分5
 綺麗ですが、わかりません。











 

 




絹川文代不明分692−17) 不明分6
 こんなに特徴的な写真なのに、目録にそれらしい題名が上がっていません。

 






 

 

 






絹川文代不明分792−18) 不明分7
 (から)と共に、雑誌のグラビヤを飾った写真です。誌面に付けられた題名と、目録の題名とを照合すれば、何らかの推定が出来るかも知れません。読者の皆様は何とお考えになりますか?







絹川文代不明分892−19) 不明分8 Z13?
 多分、Z組の13「足吊り媚態責め」と思います。







 

 

 

 






絹川文代不明分992−20a) 不明分9
 きれいな写真で、次と対をなすのですが、良く分かりません。あまりにも清楚な姿に、最初は別人かと思いました。右の目蓋に黒子が見えるので、そうかなと思いましたが、絹川嬢でない可能性も残しております。

 






 

 





絹川文代不明分10

92−20b) 不明分10









 

 

 

 

 




絹川文代不明分1192−21a) 不明分11 (けへ)?
 次と共に、(けへ)の可能性がありますが確信を持てません。
 (けへ)ですと、59年7月号で白表紙時代です。写真はもっと近代的な感じなのです。一応データを上げますと、略号(けへ)3枚組、題名『のぞき見』、解説「がらりと開けた襖の向うに展開されている光景は、ああ、また何というセクシャルなシィーンだろう。両足を蹴り乱し猿ぐつわの下に呻めく美女一人。(モデル絹川文代)」
 猿ぐつわもしていませんし、多分違います。






 





絹川文代不明分1292−22b) 不明分12
 襖の向こうで両足を蹴り乱してはいるのですが・・・・。








 

 

 





 

91) 絹川文代 あい かい から きき きぬ きん?

 たいへん長らくお待たせ致しました、いよいよ絹川文代にかかります。
 私の手持ち写真はそう多くなく、せいぜい70枚ぐらいでしょうか。ローマ字組の分ではっきりしているモノは、それぞれのページでご紹介しましたし、女斗美モノは以前纏めました。その時バラで裏書きの有るものは、例えば66)ページの後半に掲載致しましたので、今回はそれ以外の単身での写真となります。
 A4でしたら充分に伸びると思いますので、プリントして壁にかけて下さい。それくらい芸術性豊かな美しい写真です。

 7月19日(きぬ、きん?)追加しました。



絹川文代あい191−1a) (あい)の1
 最初は60年2月号「女体責写真厳選集」で初出の(あい)3枚組です。題は『哀花悶々』、「白く輝く女肌をぎりぎりとタテに縛りあげて悶えに悶えぬく哀れにも艶な姿を見せてくれたが……。」と解説されています。ムーディーな題ですが、これでは何の写真やらわかりません。


 

 

 










絹川文代あい291−1b) (あい)の2
 これが62年の12月に、同じ略号で再掲出されており、題名が『鐶利用股間縛』、解説が「豆しぼり猿ぐつわ、朱色ロープ使用、首繩、鐶利用股間縛り両脚大の字開き強烈なしばり。」と具体的に記述されており、これが決め手になりました。
 マニアとしては、股縄がズレているのが気になるのでしょうか?

 

 








 

 



絹川文代あい391−1c) (あい)の3枚目
 丁寧に手焼きされた、実に綺麗な印画です。スポッティングはいたしましたが、階調の調整はほとんど無しでアップしています。

 








絹川文代かい191−2a) (かい)の1
 上と全く同じ60年2月号の(かい)3枚組。
 題名『女体開陳』 解説「美貌の絹川さんがきびしい縄目に足の指をくの字に曲げての喘ぎよう。なんという美しい惨劇だろうか……。」とあります。何となく横溝正史か江戸川乱歩のようで、絵が伝わりません。
 これが、63年2月号では、題名『キの字股間縛』、解説は「白布猿ぐつわ、白色綿ロープ使用、乳房の上下二条、二の腕み二筋、高手小手、強烈股間しばり開股、足の指を屈げ、反らして苦痛に耐える表情もいたいたしい。」と情景描写してくれています。






 


 



絹川文代かい291−2b) (かい)の2
 窓の入った逆光というのはなかなか難しいものですが、見事に当時のフィルムのラチチュード内に納まっています。きれいなプリントです。

 









 

 





絹川文代かい391−2c) (かい)の3枚目

 







 

 

 

 

 

 




絹川文代から191−3a) (から)の1
 同じく60年2月初出。略号(から)3枚組。
 題名『雁字搦目』 解説「首、胸、腹、腰、股とガンジガラメに肌に喰い込めとばかり、無茶苦茶に縄をかけられ、猿ぐつわに呻めく……。」
 66)ページに挙げた写真と全く同じ図柄ですが、別の写真です。あれは1枚のみ(から)と裏書きがあった、かなり黄ばんだ写真でした。これは3枚組み物として持っており、黄ばみ具合はうっすらという感じです。
 大手札というと今のL判と同じ大きさなのですが、丁寧に処理してあります。現像引き伸ばしは名人級です。








 



絹川文代から291−3b) (から)の2
 これが、63年2月号には再度アナウンスされ、題名『亀甲型股間縛』 解説「水玉模様手拭猿ぐつわ、白紺マダラロープ使用、首繩亀甲縛り臍中心菱型、下腹より喰い込む強烈股間しばり。開股して恍惚たる表情はふるいつきたいばかり。」とあります。
 このマダラロープですが拡大してみるとなかなか複雑な編み方模様がなされていることが分かります。柔軟で表面の凸凹が少なく、モデルさんの身体をいたわるかのようです。





 

 


 



絹川文代から391−3c) (から)の3枚目








絹川文代きき191−4a) (きき)の1
 これも66)頁にカラーで掲出しました。その時は(きき)が別に3枚揃っているとは思わなかったのです。
 同じく60年2月号。白表紙時代ですが、題名『危機一発』 解説「後手猿轡の無防備な身体に襲いくる悪魔の手によって手荒に引きはがれようとするパンテイ……。」とあります。






 

 

 


 


絹川文代きき291−4b) (きき)の2


 

 






 

 

 

 





絹川文代きき391−4c) (きき)の3枚目



 

 





絹川文代きぬ191−5a) (きぬ)の1枚目
 追加します。
 66頁に1枚だけアップしました(きぬ)3枚組です。66頁の写真の裏に(きぬ)と書き込みがありましたので、3枚とも間違い無いと思います。不思議なことに、これら3枚はピント階調共に、あまりきれいではありません。58年12月という年代のなせる業でしょうか?




絹川文代きぬ291−5b) (きぬ)の2枚目
 58年12月号初出。表題『全裸緊縛集』、略号(きぬ)、大手札3枚組、解説「輝くばかり純白の美女の柔肌にきびしくも、痛ましく、喰い込んだ縄目の鮮やかさ。」
 絹川文代嬢のデビュー分譲写真です。






絹川文代きぬ391−5c) (きぬ)の3枚目
 





 

 

 

 


 







絹川文代きり?191−6a) (きり?)の1枚?
 確証はありませんが、59年の2月号初出、略号(きり)3枚組の1枚と思われます。表題『緊縛全裸立姿』、解説「後手にきりきりと縛しめられた全裸の立姿は麗しくも神々しく我々の目に輝く。」とあります。何かしら、お隣の国の首領様のような表現ですね。
 表題や解説から中味が見えてこないので、何とでも解釈出来ます。同じ2月号の(きた)『全裸高手小手』かも知れません。
 Z組の65『白肌露出の全裸縛』というのも有力な候補です。






 




きん1?絹川文代91−7a) (きん?)の1枚目?
 これはまた綺麗な印画です。63年3月号初出の(きん)3枚組に比定しました。
 表題『美貌の裸身に縄目』、解説「絹川文代の美貌にきっちりかまされた豆絞りの猿ぐつわ、一糸まとわぬ麗身に黒ずんで手垢に汚れた縄が厳しくまといつき、しなをつくって悶える表情と全身のうねりとを刻明に描写して絹川文代フアンに捧げる。」とあります。



きん2?絹川文代91−7b) (きん?)の2枚目?
 とはいえ、他の可能性もあります。「一糸まとわぬ」が引っかかります。ずれたパンティーがあるじゃないですか。
 63年8月号の(ほの)とも考えました。『浣腸器と女』、「ベッドの真白いシーツの上に後手にきびしく縛り上げられ、口には汚れた豆しぼりの手拭がぴったりと掩れている。下げられたパンテイ、浣腸器がとの捕われの美女のヒップに向って、徐々に執拗な触手で迫ってくる。」 でも、肝心の浣腸器が無い・・・・・・。


絹川文代きん3?91−7c) (きん?)の3枚目?
 デビューから5年。時代も変わり、ヘアカラー(ヘアダイ?)も少しずつ一般的になってきた頃でしょうか?









90) マイナーなモデル嬢達 四方清美 柳初子 花本京子 竹野ひろ子 水本茂美

 大塚啓子嬢で大分時間を食ってしまいました。いきなり次に絹川嬢をやる気力がありませんので、少し気を抜いて、マイナーなモデルさんをご紹介したいと思います。
 何を以てマイナーとするかですが、かな組、英字組併せて40枚を越えない程度の写真数のかた、としたいです。大昔の人を除いても、ザッと見ただけで30人以上いらっしゃるようです。妊婦腹、褌専門といったかたを別にしてもです。
 マイナーモデルの楽なことは、お名前さえ判別出来れば、写真の特定は確実に出来ることです。一方、後ろ向き写真など、見落としも多いかと思います。



90−1a) 削除
 大塚啓子嬢と分かりましたので、89頁に移動しました。




四方清美Z34?90−1b) 四方清美 Z組の34?
 奇クグラビヤを賑わした四方清美嬢ですが、分譲写真は驚くほど少なく、かな組は(きよ)3枚組のみ。英字組が5枚だけという寂しさです。
 ちょっと大塚嬢に似ているでしょう。最初は大塚嬢と思ってその中に入れていたのですが、奇クのグラビアをつきあわせて四方嬢と判明したのです。なかなか美しいかたです。
 Z組の34は「手枷足ぐさり」と名付けられています。63年の1月号で発売されました。


 

 




 



四方清美B46?90−1c) 四方清美 B組の46?
 上のアップです。別の組なんですね。これだけでしたら誰の写真やらサッパリ判らないところでした。
 B組の46 「手枷足枷大写し」 63年1月号発売

 

 

 







 




四方清美E52?90−1d) 四方清美 E組の52?
 63年8月号発売の、E組の52。「火のついた煙草責」だと思います。
 この衣装、クロッチレスです。このころ既に実用品としてあったんですね、クロッチレスが。







柳初子Z02?90−2) 柳初子 Z組の2?
 奇クのグラビヤで好評だった有名な写真です。私も写真、モデル、表情、衣装全て良い雰囲気の絵だと思います。
 Z組の2 「囚女第六十三号」
 柳嬢は、61年5月号「新人悦虐ムード図絵」で、10人のモデルの一人としてデビュー。この集は、花本京子、桜井葉子、熱海容子、大井小夜子、山路ミヨ子、加茂良子、前本妙子、柳初子、若原明子、四方清美と美人マイナーモデルの宝庫となりました。
 柳嬢の写真は、かな組は(はつ)だけ、英字組もB47とこれだけ。合計5枚という寂しさです。










花本京子Z35?90−3a) 花本京子 Z組の35?
 Z組の35は「寝室でのプレイ」と題されています。




 




花本京子Z42?90−3b) 花本京子 Z組の42?
 Z組の42は「ワンピースの縛り」です。普通なら、どの写真やら分からないところですが、かな組は(もと)3枚組だけ、英字組も2枚だけの計5枚ですので、簡単でした。もし、何百枚もあったらとても特定出来ないところです。
 顔だけのお化粧で、ネック周りにお白粉が廻っておらず、いささかお面をかぶったようになっているところに時代を感じます。








 

 



竹野ひろ子(まろ)a?90−4a) 竹野ひろ子 (まろ)a?
 竹野ひろ子のかな組は、62年1月発売の(まい)(まろ)の2種のみ、後Z組とB組に13枚です。他にビニールを表す言葉がないので、(まろ)3枚組のうちの2枚と思います。
 略号(まろ)
 題名 「竹野ひろ子感泣図」
 解説 「彼女の最も好むのは、あのゴムのヌメヌメした肌ざわりとビニールの冷たい感官。息も出来ない位強く噛まされた猿ぐつわそうした彼女の感泣を求めて、その期待に応えて拘束した珍稀な作品。」
 ・・・・ と思ったのですが、E組でモデル竹本として紹介されている2枚のほうが可能性が高いと思います。







竹子ひろ子(まろ)b?90−4b) 竹野ひろ子 (まろ)b?
 このマットレスのビニール袋も、違うモデルで何回か使われています。これは62年1月号のグラビアを飾った写真です。
 (まろ)以外に候補はないのですが、同号グラビアに「新しい目ざなし」(ママ)として、ビニールの上からの緊縛写真が出ています。(まろ)はそちらを意味するのかも知れません。
 ・・・・ そうですね、このa・b2枚はE組61・62だと思います。モデル名が(竹本)になっているので検索を誤りましたが、(竹野)の誤植だと思います。
 E61「袋の中の緊縛裸身」
 E62「ビニール袋に蒸す」
 どちらがどちらかは分かりません。







竹子ひろ子(まろ)c?90−4c) 竹野ひろ子 (まろ)c?
 同号記事、続ひろ子緊縛記「おしめ・カバーガール」5枚目に使われた写真です。
 (まろ)のゴム衣の分とするか、Z組の41や62が候補です。
 Z41「ゴムのカバー縛り」 あるいは
 Z62「ゴム人形の女」
 上2枚同様、Z組の可能性のほうが高いようです。

 





 





水本茂美B02?90−5a) 水本茂美 B02?
 62年12月(えひ)(みす)で登場の水本茂美です。(みす)は珍しいゴムフェチ写真ですね。
 この写真はB組の2「逆エビ責め全裸像」またはE92だと思います。
 英字組はB・E・Zに7枚あります。





水本茂美E92?90−5b) 水本茂美 E92?
 E組の92 「全裸逆エビ責め」かと思いますが、上と入れ替わっているかも知れません。

 





熱海容子Z27?90−6) 熱海容子 Z27?
 61年5月号「新人悦虐ムード図絵(よう)」でデビューした熱海嬢ですが、分譲写真はこの2組4枚のみです。
 これは、Z組27「全裸の海老責め」と思われます。




89) 大塚啓子 不明分2


 あと、十数枚ですが、ページを変えます。単独でますます判りにくい写真や大塚嬢かすらも判らない写真を掲げます。

大塚啓子不明分1489−14)
 笑っているように見えるのは擽り責めなんでしょうか?


 






大塚啓子不明分1589−15)
 ショートヘアですので、63年以降でトイレとなると、G組の44「トイレを前にして」(64年11月)でしょうか。他には見つかりません。









 

 

 

 

 




大塚啓子不明分1689−16)
 両手鎖吊りですが、それらしい題名が見つかりません。64年、悪書追放の締め付けがきつくなった頃、出来るだけ縄を出すなと言うので撮影されたものかも知れません。







 

 

 

 




大塚啓子不明分1789−17)
 多分大塚嬢だと思います。題名まではちょっと・・・。




 




大塚啓子不明分1889−18)
 白布を掛けた台は祭壇のつもりでしょうか? 早くとも63年後半以後に撮影されたものと思います。もっと早く、ロングヘアの時代ならあるのですが、それらしい題名がありません。






 

 

 

 

 



大塚啓子不明分19

89−19)
 髪型とバックは88−9)の2枚と同じですが、ショーツも光も違っています。

 







 

 

 





大塚啓子不明分20a89−20a)
 63年5月号のグラビアで着用したのと同じパンティーです。何をショーツと呼び、何をパンティーと呼び、何をズロースと呼ぶか難しいところですが、何となくふわふわヒラヒラしていて頼りないのがパンティーとしておきます。






大塚啓子不明分20b89−20b)
 上と同じ組だと思いますが、その組が見つかりません。

 







 

 

 

 






大塚啓子不明分2189−21)
 これもパンティーは同じなのですが、そして縛り方も同じで、同日撮影だと思うのですが、床の敷物が違うように思います。







 

 

 

 

 





大塚啓子不明分2289−22)
 このモデルさんは果たして大塚嬢かなと思いましたが、63年8月号グラビアで同様の写真を見かけましたので確信が持てました。
 前期の作品ですので、63年8月の、E組63「亀甲型の雁字搦目」あたりでしょうか? でも雁字搦目と言えるかな?

 

 

 







 




大塚啓子不明分2389−23)
 E組の12、「逆エビにもだえる」などが候補です。

 







大塚啓子不明分2489−24)
 E組の77、「踏みにじられた顔」が候補に挙がります。





 


 
大塚啓子不明分2589−25)
 おむつカバー(おしめカバーとも言いますが)のフェチフォトです。このカバーは絹川嬢なども着用していますが、雑誌では赤のビニールカバーと出ております。しかし、大塚嬢の分譲写真でビニールカバーというのは全く出て参りません。
 64年11月のG組の42、「オシメカバー縛り」ぐらいでしょうか? かな組のオシメカバー写真は全てストーリー仕立てになっており、該当しないように思います。








 



大塚啓子不明分25a(G42?)89−25b)
 挿入します。生ゴムおしめカバーとして紹介されているものです
。よく見るとホックが裏返っているようで、裏表逆に着用されているようで、本来肌に触れる側が表に出ているようです。
 雑誌のグラビヤを賑わした写真ですが、分譲名を探ろうとすると難しい。ゴムカバーを主題とするか、浣腸排泄をこらえるを主題とするか・・・? G組の42、あるいは(かは)あたりが候補です。オムツカバーのゴムもそうですが、綺麗な肌もヌメヌメです。



大塚啓子不明分2689−26)
 随心院様からのコメントを戴き、元気を取り戻して、書き込み再会します。
 と言っても、分からないものは分からないのですが・・・。ずいぶん後期の限定版のグラビアにでも載っていそうな綺麗な写真です。






大塚啓子不明分27(E77?)89−27)
 これが随心院様からヒントを戴いた、「花と蛇」臨時増刊号第2グラビア冒頭の写真類似分です。次のページからは左側にイルリガートルが吊してあり、浣腸フォトであることが判る仕掛けになっています。
 と、ここまでは良いのですが、写真の題名は分かりません。

 


 







 



大塚啓子不明分2889−28)
 62年10月号グラビアに「おさげ髪の娘」として掲載されたものと同時撮影だと思います。


 

 

 











大塚啓子不明分2989−29)
 E組の77「逆エビに反る足先」というのがぴったり来る様です。63年8月ですと年代的にも符合します。

 






 


 

 






大塚啓子不明分3089−30)
 同じ蒲団の上で撮影していますが、逆エビと海老責めです。膝を曲げるだけで緩んでしまいそうな縄ですね。題名等不詳です。


 

 

 






 





大塚啓子不明分3189−31)
 荒縄で縛りかけという感じ。髪型を見るまでもなく、かなり昔の写真です。当時は撮影光源が不足していましたので、どうしても下半身が暗くなってしまうことが多かったようです。腰から下が、血の流れが悪くなったように見えるのですが、冬季の撮影だったのかも知れませんが、多分照明の加減だと思います。






 

 

 




大塚啓子不明分3289−32)
 これはまた光と言いポーズと言い、グンと近代的な写真です。でも出所は判りません。






 

 

 


 

 




大塚啓子不明分3389−33)
 E組の9、「ハリツケられた娘」でしょう。
 81)に略号(はり)を2枚ご紹介しましたが、これは大キャビネ判でした。今で言う2Lですね。こちらは大手札(L版相当)で、カメラポジションもややロングになっています。

 

 

 










大塚啓子?不明分?3489−補遺1)
 ここからは補遺として、大塚嬢ではなかった可能性の高い写真を、未練たらしくご紹介します。モデルさんの名前が分かったらコメント下さい。
 この写真は、最初大塚嬢かと思って一緒にスキャンしたのですが、どうも違うような気がします。どなたか、良いヒントを頂けませんでしょうか。
・・・・・・・・・・と書いたのですが・・・・・・・・・・
 随心院様のご指摘で、これは大塚嬢に間違いないようです。とすると題名は明確です、G組の67 「目かくしのハリツケ」これで決まりです。










四方清美Z14?89−補遺2)
 これも随心院様のご指摘により大塚嬢と判明致しましたので、90)ページから移転しました。
 Z組の12かE組の59、88あたり。59でしょうか? 「黒髪を吊られた女」 86頁の写真よりはこちらがそれらしいです。








 






大塚啓子?不明分?3589−補遺の補遺の補遺サッサ)
 これは全く違います。奇クの分譲写真でもありません。奇クとは違い、フチ無し写真で、最初は大塚嬢が他の雑誌でモデルをした証拠になるかと思ったのですが、やはり別人でしょう。
 この手の写真は(性器丸出し、挿入を伴う緊縛写真という、世界基準で削除されそうなものも含めて)ずいぶんあるのですが、このサイトでは奇譚クラブの分譲写真に限って、浮気をせずにご紹介して参ります。








88) 大塚啓子 不明分1

 過去、大塚啓子の3つのページに関して、挿入挿入で皆様にご迷惑をおかけしましたが、どうにも分類のつかない写真がまだ50枚近くあります。ブログ全体をこれ以上見難くするわけにいきませんので、不明は不明でアップいたします。
 後で、やはりこの写真は何組らしいと判ったら文章を書き換えることで対応致します。

 なお、最近 livedoor ブログの写真のアップロード環境が悪化しました。以前は一度に2MBまでアップ出来ました。ですから600KBの写真を3枚同時アップということも出来たのですが、500KBということにスペックダウンされてしまいました。大手札300dpiでスキャンしたjpgの最高画質で600〜700KBですので、相当苦しくなりました。なぜスペックダウンされたのか理解に苦しみます。
 このままでは、またブログの引っ越しを考えねばならないのですが、アダルト指定出来るサイトは少ないようですので、当分圧縮を高めて凌がねばならないようです。何とか元通り2MBに戻して頂きたいものです。



大塚啓子 ? しん4?88−1a)
 (しん4)かも知れませんが、麻縄はこの1枚のみですので、ちょっと違います。
 同じ図柄が、36頁、大名刺サイズの補遺に納められており、特にこの写真はその1枚目と全く同じ図柄です。この写真は大手札への、なかなか綺麗なプリントですのでカラーでスキャンしました。
 300dpiスキャンしスポッティングしたものは、960KBありました。ですからずいぶん圧縮したことになります。圧縮が目立つ図柄じゃないですが、できれば、あまり圧縮しない状態でお見せしたかった。

 









大塚啓子 ? しん4?88−1b)
 同じシリーズですが、斑紐を用いております。
 もし(しん4)だとすると、
 初出 57年3月号
 略号 (しん4) 大手札5枚組
 題名 「全裸縛り」
 解説 『豊満な柔肌の全身に喰い入る麻縄の醸し出す妖しい美しさ』
 でもこの写真は麻縄じゃありません。




 

 






大塚啓子 ? しん4?88−1c)
 同じ機会の撮影ですが、プリントはより新しく、保管状態も良くなっています。変色が少なく、イーゼルも角の丸い固定式が使われています。
 芸術写真としても、なかなかいいポーズです。

 








 

 

 




大塚啓子 ? しん4の2?88−2a)
 これも(しん4)の可能性があるきれいな写真です。股間縛りですが、58年12月の(こか)ではないらしい。正面像が含まれていませんので。
 珍しくハイキーで綺麗な写真です。
 よく見ると、大塚嬢は股縄に何か布きれを夾んで貰っているようです。大切なところが痛まないように・・・ですね。モデルさんを大切に扱っているんですね。サディストを自認する人は、同時にフェミニストであるのかも知れません。












大塚啓子 ? しん4の2?88−2b)
 これは4葉とも麻縄です。さすがにこの角度から撮るときには、布きれは外してあるようです。







 

 

 

 






大塚啓子 ? しん4の2?88−2c)
 ちなみに、もし(こか)であるなら、解説は『正面、背面、横面と三態の全裸股間縛り。』となっており、正面がありませんので・・・。

 

 







 

 

 




大塚啓子 ? しん4の2?88−2d)



 







 

 

 

 





大塚啓子 ? 3 88−3)
 大分古い写真で、大塚啓子嬢じゃない可能性も高いと思われます。でも、この髪型は萩嬢じゃなし、村田嬢でもなし・・・。それにこの魅力的なお尻は大塚嬢くさいでしょ。

 






 

 

 

 





大塚啓子不明分488−4)
 同じ写真が2枚あります。奇クのグラビヤを飾った写真と記憶していますが、さて目録の何に当たるのかというと見当が付きません。







大塚啓子不明分5a88−5a)
 長椅子を使った開股写真ですが、それらしいタイトルが見あたりません。


 






 

 

 

 





大塚啓子不明分5b88−5b)
 怖いお顔です。初期の写真と思われますが、印画は綺麗で、スポッティング以外何も加工していません。

 

 

 

 

 










大塚啓子不明分6a88−6a)
 これも初期の作品です。(しん3)の一枚かとも思いましたが、あまりにもバックが違いすぎます。コーナー壁が光を和らげ良い効果を出しています。割合に綺麗に褪色していますのでカラーでスキャンしました。

 

 

 

 












大塚啓子不明分6b88−6b)
 同じ場所で、多分同じ日の撮影です。縄を替え、猿轡をして別テーマとしています。

 

 

 

 

 











大塚啓子不明分7a88−7a)


 

 

 

 

 












大塚啓子不明分7b88−7b)
 同じ場所で同じショーツだと思いますが、テーマが違いますので、同じ略号で分譲されたわけではないでしょう。

 







 

 

 

 





大塚啓子 ? 8a88−8a)
 浴衣をあしらった海老責め写真が2葉あります。かな組だとすると、(えり)(とう)(えふ)あたりですが、解説文と写真がピンときません。

 

 

 

 











大塚啓子 ? 8b88−8b)
 間違いなく同時撮影の分です。




 




大塚啓子 ? 9a88−9a)
 ショートヘアにしてからですから、63年から後でしょう。「食卓の上」にポイントがあるのか、「太股縛り」にポイントがあるのか良く分かりません。

 








 

 

 




大塚啓子 ? 9b88−9b)
 65年の発禁処分では、かなり以前から警告があったようで、64年頃から全裸が少なくなり、刺青、切腹、褌など、日本文化にこと寄せた物、縄の量を少なめに見せかけた物、など、それなりに工夫していたようです。
 濡木さんでしたか、全国PTAか何かの役員の、国防婦人会みたいなおばさん達と、糾弾集会の様な形で対峙した事が書いてありました。
 そう言えば、悪書追放のヤギのゴミ箱に東大の教科書が入っていたなんてのも、この頃のことだったでしょうか・・・。







 




大塚啓子不明分10a88−10a)
 鼻責め写真が5点あります。
 (はか)(なく)(ない)(なは)(うい)(たく)(はす)と候補もたくさんあります。

 







大塚啓子不明分10b88−10b)
 64年7月号で、この分のアップ写真らしき物が掲載されています。「鼻を弄ばれて」



 





大塚啓子不明分11a88−11a)
 この写真も、次のと対をなします。かな組で分譲された可能性が高いと思われます。
 グラビアで申しますと、64年4月号第一グラビヤ、「鼻責めの4ポーズ」あたりでしょうか?

 





 

 


 


 


大塚啓子不明分11b88−11b)







 


大塚啓子不明分1288−12)
 これや次は、英字組としてバラ売りされたものかもしれません。あるいは88−11)と3枚組なのでしょうか? ヘアバンド(カチューシャと言うのでしょうか)と化粧も少し違うように思うのですが。
 グラビヤとしては64年2月号「鼻をいじめられる」あたり。化粧は同様にケバいのですが、口紅が違っているように見えます。






 

 



 


大塚啓子不明分1388−13)
 63年4月号の第一グラビアに、このとき同時に撮影された写真と思われるものが、掲載されています。「鼻を弄ばれる啓子」







87) 随心院様からの贈り物供\醢叢子 深田菊子

急告:4月29日に86頁に写真を3枚追加致しました。2010年5月8日。写真に連番を付加します。これより順次遡り、同時にコメントで戴いた知見を朱書きさせていただきます。 

 随心院様から、再度写真を頂戴しました。アップして良いとのことですので、順次公開させて頂きます。


川路むら子(むえ)87−1) 川路むら(叢)子 (むえ)

 (むえ)と裏書きがあるそうです。
 (むえ)なら70年4月発売の3枚組
 題名が「両足挙げ羞恥責め」
 解説が『自分の顔面より上に両足を開いて挙げさせられた姿態をかくすすべもなく身悶えして耐える。』とあります。

 

 


 



 



高村浩子 V73?87−2) 高村浩子 V組の73?
 これは想像するよりありませんが、V組の73 「強制足挙臀部晒」ではないかと思います。
 高村浩子の黒白かな組は9組しかなく、いずれも該当しそうにありません。

 

 

 








 



長井葉津子 (よた)?87−3) 長井葉津子 (よた)?
 68年5月の(よた)3枚組としますと、
 題名は「イルリの浣腸責め」
 解説は『イルリの嘴管から浣腸液は迫ってくるが縛られている身は……。』
 となっております。
 他に73年2月のSM組93、「迫るイルリ嘴管」ということも考えられます。






 

 





深田菊子 1b87−4) 深田菊子 不明分の1 随心院様より
 深田菊子を3枚頂戴しました。
 私も深田嬢の写真は40枚ばかり持っておりますが整理出来ておりません。これと同じ状況(坪庭和室の絨毯敷き、斑縄)の写真が6枚ありますが全く同じものは持っておりません。今のところ組名は判りません。





深田菊子 2b87−5) 深田菊子 不明分の2 随心院様より
 これと次は全く同じ写真を持っております。無いだろうと思って、今調べてみたらございました。
 同様に組名は判っておりません。

 

 

 

 












深田菊子 3b87−6) 深田菊子 不明分の3 随心院様より
 2と3は畳の上の撮影と思っていましたが、絨毯が手前に見えております。畳上で白縄によるものも同時撮影としますと、私の持っておりますものは殆ど全てが同時に撮られた可能性を残していることになります。

 

 








 




三浦純子 「強烈な海老責め」1b87−7) 三浦純子 不明分 随心院様より
 73年3月号グラビアに「強烈な海老責め」として同様の写真が掲載されていますが、奇クもこの頃になりますと過去の写真の棚卸しのようなもので、村井知可子や田中芳代まで出てくるのですから、年代のアテにはなりません。
 71年4月の新Y組の6「エビ責め縄猿轡」あたりかと思ったのですが、このブログ18、19頁の写真とは違っています。
 71年6月の(ひす)「惨酷海老胡坐縛り」(ひも)「胡坐縛りで責める」の1枚でしょうか?



荒尾慶子 2b87−8) 荒尾慶子 不明分 随心院様より
 判りませんが、71年12月のV組84「海老責の耐久度」あたりが怪しいと思います。

 






松本たえ 3b87−9) 松本たえ 不明分 随心院様より
 柱縛りか片足吊りからのくずれだと思いますが、判定出来ません。73年2月のSM組か、72年7月の(るら)(るき)あたりでしょうか?








鈴木千鶴子 1b87−10) 鈴木千鶴子 不明 随心院様より
 72年5月の(ぬろ)「卓上の緊縛悦虐態」か? 72年9月の新K組や73年2月のSM組ではそれらしい題名は見つかりません。




 



大塚啓子 3b87−11) 大塚啓子 不明 随心院様より
 私も同じ写真を持っておりまして、ちょうど今特定に悩んでいるところです。
 63年1月のZ組の4と同時に撮影されたものでしょう。
 63年8月の(えり)「強烈エビ責」ではありません。84頁の(えり)には裏書きがありますので。





長野良子 3b87−12) 長野良子 不明 随心院様より
 このような特徴の少ない写真は特定出来ません。
 長野嬢は64年のA組とG組に24枚ほど。63年12月から64年にかけてかな組14組とほぼこの半年に限られています。

 






 

 

 


 



絹川文代 4b87−13) 絹川文代 不明 随心院様より
 これは初めからギブアップします。絹川嬢はいずれヒマな時にじっくりと考えます。

 

 

 

 

 







 



風俗奇譚? 1b風青く奇譚? 2b


 






87−14,5) 風俗奇譚写真?
 随心院様から、多分風俗奇譚の写真として、縁無しの2枚を頂戴致しました。
 こちらは全くの門外漢ですので書き込みはご遠慮致します。ベティーペイジの写真は好きだったんですが、それ以後は気持ちの悪い小父さんがたくさん出てくる雑誌になりましたので。ベティーペイジ・イン・ボンディッジの小冊子は、ほぼ全巻持って居るんですよ。美しき縛めのアイデアになった冊子ですね。
 今、ちょろっと未整理アルバムを見ましたら、左側のモデルさんの縁無し写真がかなり大量に見つかりました。でもいまのところ奇ク以外は見向きもしないようにいたします。
 今回、随心院様から頂戴した写真は以上です。随心院様、74頁に引き続き本当に有り難うございました。感謝致します。 

86) 大塚啓子掘 ̄兒組

 入手経路から考えて、英字組と考えたほうが辻褄が合う一群の写真があります。写真裏に書き込みのある分は以前20〜30頁付近にアップしましたので、特定は難しいのですが、おおよその見当で発表します。
 なお、84頁は「かな組」のロングヘアー時代、85頁はショートヘア時代、86頁は「ローマ字組」単品販売品と大まかに分けておくことにします。
 4月29日に3枚追加しました。赤字でタイトルを付けた分です。




大塚啓子R63?b開脚椅子ゼメ正面86−1) R組の63 「開股椅子ゼメ正面」
 59年10月発売のR63に間違いないと思います。このバックは58年2月号グラビアと同じ場所ですので、大塚啓子の分譲写真の最初期に撮影されたものと考えます。

 

 

 

 










大塚啓子Z21?bおヘソなぶり86−2) Z組の21 「おヘソなぶり」
 Z組はぐっと時代が下がって63年1月の発売です。なぜこんなに間が開いたのでしょうか? この写真も裏書きはありませんが間違いないと思います。

 







 

 




 



大塚啓子Z29?b足の裏の擽り責め86−3) Z組の29 「足の裏の擽り責め」
 R63に比べて、超ロングヘアになっております。大塚嬢の一番長い時期なんですね。


 






 

 

 

 




大塚啓子Z12?黒髪責め1b86−4) Z組の12? 黒髪責めの1
 これから4枚、大塚啓子の髪の毛が一番長かった時代の写真を上げます。同時に撮影されたものですが、かな組にはそれらしい組がありません。バラで売られたとするなら特定は困難です。
 なお、59年7月号のグラビヤ「赤と白」に状況が似ています。くくり紐の色なのでしょう。
 Zの12だとすると「黒髪いたぶり」と題名が付いています。
 Eの88「黒髪いじめ凌辱図」(63年8月号発売)かも知れません。






 




大塚啓子E59?黒髪責め2b86−5) E組の59? 黒髪責めの2
 Eの59とすると「黒髪を吊られた女」です。
 Aの21「両手前縛り髪首絞」(64年2月発売)かもしれません。


 





 

 

 






大塚啓子B09?黒髪責め86−6) B組の9? 黒髪責めの3
 Bの9なら「乳房責め絶叫苦悶」(63年1月号発売)
 Eの69「乳房いじめ踏つけ」という可能性もあります。

 








 

 






大塚啓子A21?黒髪責め86−7) A組の21? 黒髪責めの4
 Aの21「両手前縛り髪首絞」
 Zの12「黒髪いたぶり」
 Eの88「黒髪いじめ凌辱図」
 など、いろんな可能性があります。

 

 






 

 





大塚啓子 Z38? 巻煙草責め86−8) Z組の38? 「巻き煙草責め」
 63年1月発売のZ38だと思います。





 



大塚啓子 B14? 足踏付け二つ折り86−9) B組の14? 「足踏付け二つ折り」
 同月発売のB14と考えられます。




 

 



大塚啓子 B37?台上のマゾポーズ86−10)  4月29日追加分です。
B組の37? 「台上のマゾポーズ」
 全く自信は持てませんが、これかな?という程度です。

 






 


 

 





大塚啓子 B43?犠牲台の人身御供86−11) B組の43? 「犠牲台の人身御供」
 これも上同様です。これで正しいのやら、全く別なのか? 入れ替わっているのか、判りません。

 

 

 









 

 


大塚啓子 E15? 海老責めに泣く足首86−12) E組の15? 「海老責めに泣く女」

 E組は63年8月発売


 





大塚啓子 E24? ローソクで責める86−13) E組の24? 「ローソクで責める」

 

 

 

 

 







 

 





大塚啓子 E40? 乳房に加える金具86−14) E組の40? 「乳房に加える金具」

 

 








 

 

 

 

 




大塚啓子 E50? 臍そうじをされる86−15) E組の50? 「臍そうじをされる」

 

 

 







大塚啓子 E59? 黒髪を吊られた女86−16) E組の59? 「黒髪を吊られた女」
 Aの21とどちらかと思いましたが、いかにも黒髪吊りと思われるのはやはりこちらです。もう1枚それらしき写真があるのでさらに考えてみます。

 







 

 

 






大塚啓子 E76? 踏みにじられた顔86−17) E組の76? 「踏みにじられた顔」

 





 




大塚啓子 E81? 食卓上の縛り人形86−18) E組の81? 「食卓の飾り人形」
 食卓上と言えるかどうか? これも自信ありません。
 ここまで赤字タイトルの3枚が挿入した写真です。









大塚啓子 A39? ゴム猿ぐつわ全身86−19) A組の39? 「ゴム猿ぐつわ全身」
 この写真とG組に、美しき縛め9集にあるような道具を使った物がおおくあります。
 A組は64年2月発売。






 

 

 

 





大塚啓子 G07? 煙草責めと荒縄緊縛86−20) G組の7? 「煙草責めと荒縄緊縛」
 確かに荒縄ですので、多分これであろうと思います。

 








 

 

 

 





大塚啓子 G17? 責め写真に埋れた緊縛86−21) G組の17? 「責めに埋れた緊縛」
 (けよ)の2枚とも考えられますが、G組ばかりが集まっているところにありましたので、多分G17とG36であろうと思います。両者入れ違っているかも知れません。







大塚啓子 G36? 写真に埋れた全裸姿86−22) G組の36? 「写真に埋れた全裸姿」

 








大塚啓子 G68? 首枷のさらしもの86−23) G組の68? 「首枷のさらしもの」
 

 







 

 

 

 

 





大塚啓子 G69? 木馬責め斜め後姿86−24) G組の69? 「木馬責め斜め後姿」

 

 








 

 

 

 




大塚啓子 G70? 木馬責め斜め前姿86−25) G組70? 「木馬責め斜め前姿」

 

 

 

 

 












大塚啓子 G71? 革全頭マスクと手錠86−26) G組の71? 「革全頭マスクと手錠」

 

 

 

 









 

 




大塚系kお G72? 火あぶりにあう女86−27) G組の72? 「火あぶりにあう女」

 







 

 

 

 

 





大塚啓子 G83? 巨大な臀部全裸後手86−28) G組の83? 「巨大な臀部全裸後手」
 たしかにこの人、腰からヒップのラインが魅力的ですね。80頁から後はピントよりも質感重視で画像補整をしています。300dpi.で高精細に取り込んでいますので、A4プリントはOKの筈です。中にピントの悪い写真もあるので必要でしたらそちらでピン出しして下さい。この写真に関しては肌が荒れますのでお勧めしません。

 

 











大塚啓子 G100? 膨大な臀部を眼前に86−29) G組の100? 「膨大な臀部を眼前に」
 確かに臭ってきそうな写真です。

 







 

 

 

 

 





大塚啓子 K23? 革拘束衣で括らる86−30) K組の23? 「革拘束衣で括らる」
 K組は65年7月発売。次は68年10月の新Z組百態を待たねばなりません。


 

 

 

 

 



 

85) 大塚啓子供,┐

 65年以降の「略号かな組」はこちらに纏めます。


大塚啓子 えふ185−1) (えふ)の1
 65年8月。(えふ)3枚組の1枚。
 題名 「海老縛りの表情」
 解説 『エビ縛りで放置しておくと、次第に苦痛が増してくる。高く持ちあげられた足首、釣りあがった後手の手首。柔軟な女体とはいえ二つ折りになった胸部腹部の圧迫は苦しい。のけぞって悶える表情が顔面は勿論のこと、全身に亘り足の爪先まで漲っている。』



大塚啓子 えふ?の285−2) (えふ)?の2
 こちらには裏書きはありませんが、多分(えふ)であろうと思います。足首を首に引きつけている、その外側の縄がゆるんでいるのが気になりますが・・・・。

 





大塚啓子 えふ?の385−3) (えふ)?の3












84) 大塚啓子機,靴鵤魁,韻蹇,え むら

 リクエストにお応えして大塚啓子にかかります。と言ってもまださして進捗致しておりません。徐々に付け加えて参ります。ただ出た年代順に配列・・・というお約束は撤回させて下さい。そんなことに拘っていたのではいつまで経ってもアップ出来ません。後で特定出来た写真を途中に挟み込む場合もありますので、ご注意をお願いします。
 ページは気ら靴阿蕕い吠未譴修Δ任后ローマ字組がかなりありそうで、題名以外に決め手がないので困っています。



大塚啓子しん3?の184−1a) (しん3)?の1
 58年3月号初出。愛川悦子、大塚啓子、田中芳代の三嬢が各2組(しん1)〜(しん6)で発売されたものに間違いないと思います。と言いますのが3月号のグラビヤとバックの壁や縄の種類が同じだからです。
 略号 (しん3)
 題名 「股間縛り」 大手札6枚組のうち4枚
 解説 『その美を誇る啓子嬢の肌にひしひしと喰い込む縄目、緊縛マニアの方々に捧げる垂誕万丈の作品。』
 この写真より、300dpi.でスキャンし、jpg.の圧縮率を僅かに上げて、1枚を600KBぐらいに納めてみました。昔に比べてブログの写真容量に気を遣う必要が無くなったためです。多分A4印刷が可能と思います。










大塚啓子しん3?の284−1b) (しん3)?の2
 ずいぶんザラついたフィルムですがピントは確かです。小型カメラの余程コントラストのしっかりしたレンズで撮ったものと思われます。35ミリで硬質の絵が良く写るカメラといいますとニコンFを思い浮かべますが、ニコンFは59年6月発売です。ペンタックスなら57年発売ですが、当初はここまで良く写らなかったんじゃないか? 
 ・・・と一旦書いたのですが、よく見るとやはり6×6原板のようです。3枚後の黄ばんだ写真を見てそう思いました。ひょっとしたらフィルムがトライXに変わったのかも知れません。高感度フィルムは貴重品でしたから、このころやっと一般に手に入り始めたのかも知れません。









大塚啓子しん3?の384−1c) (しん3)?の3
 スキャン後の処理は、スポッティングを人物だけ施し、ピント出しはしていません。ここまでざらついていますとピントアップしますと肌のなめらかさを欠いて情趣を無くしてしまいます。
 昔のハチドリやYahoo時代のスキャンでは、シャープネスを上げすぎてザラつきが多く出ております。100頁を越えますと、ぼちぼちアップすべき写真が種切れになってくると思いますので、古い写真は再スキャンして更新したいと思っております。



大塚啓子しん3?の484−1d) (しん3)?の4
 51年前の写真です。保存状態は私のコレクションの中ではかなり悪い方で、変色こそ少ないですがアルバムへの貼り痕や縁の破れなどがあります。






大塚啓子しん3?の2 別版カラースキャン84−1e) ここから挟み込みます
(しん3)?の2 別写真からカラースキャン
 上の写真と同じ原板ですが、焼き付け時のトリミングが違っています。こちらのほうが変色が激しいのですが、同じ事ならと思いカラースキャン致しました。
 写真の縁が直角に尖っており、完全な長方形でなく、僅かに歪んでいますでしょう。零点何度か。普通のイーゼルマスクを使って1枚1枚手焼きした証拠です。

 






 





大塚啓子けろ?184−2a) (けろ)?の1
 59年7月初出 大手札3枚組の全て
 題名 「カーテンのかげ」
 解説 『花模様のカーテンのかげに見える豊満な色白き肌の緊縛ポーズ。肉づきよき太腿を八の字に押しひろげて椅子に坐らされたうら恥しき羞花一輪。(モデル大塚啓子)』
 裏書きはありませんが、これくらい親切に解説してくれますと間違いなくこの写真と特定出来ます。






 

 



大塚啓子けろ?284−2b) (けろ)?の2
 この3枚は、一見綺麗な写真に見えますが、実物はカラースキャンした(しん3)の2と同じくらい黄ばみが激しく、ネガは傷だらけ。おまけに細かいカビのような汚れがあって、百ヶ所以上のスポッティングを行いましたが、モデルさんの左肩にかかっている髪束など、充分に取り切れませんでした。






 

 

 







大塚啓子けろ?384−2c) (けろ)?の3
 おまけに、この写真にはモデルさんの右腰部のバックにニュートンリングが出ております。ガラス製のネガキャリアを使っていたんですね。
 おそらくたくさんの注文があったんだと思います。暗室で何度も原板をガラス板に夾んで、引き伸ばし機に取り付けて焼き付ける。コスレも出ます、ゴミも着きます。原板を暗室にしばらく放置するとカビも生えるかも知れません。
 挟み込み、今日はここまでです。







 




大塚啓子きえ184−3a) (きえ)の1
 63年3月号初出の(きえ)4枚組のうちの3枚
 題名 「激痛!逆エビ責め」







大塚啓子きえ284−3b) (きえ)の2
 解説 『後手縛りの縄と両足首の縄とが若々しい女体がしなう程締めつけられて、その連結した縄をぐいぐいと持ち上げられる。全身は背中で二つ折りとなり、さすがの啓子嬢もその激痛に、うううと呻めきながら目に涙をためて許しを乞う全くトリックのない迫真的な強烈な逆エビ責めのシーン四態。』





大塚啓子きえ384−3c) (きえ)の3
 この写真のみ、僅かにピンが甘いので、少しだけピントを立てています。



 





大塚啓子きえ?の484−3d) (きえ)?の4
 (きえ)の4枚目らしき写真が出て参りましたので追加致します。
 
もちろんE組の12など、英字組の可能性も残りますが、少なくとも上記と同時に撮影されたものであることは間違いありません。







大塚啓子 えり184−4) (えり)の1
 順序が前後しますが裏書きのあるエビ責めを先に出します。
 63年8月初出。(えり)3枚組の1枚。
 題名 「強烈エビ責」
 解説 『最近一層の柔軟さを増してグラマーぶりを発揮する彼女を、二つ折りに折り曲げて、強烈なエビ縛りにして放置すれば、膝小僧を顎につけて悶えながら、この苦痛から逃れようと全身をうねらす、その動きをキャッチして皆さまのSムードにマッチしようと狙ったものです。』



大塚啓子 むら384−5a) (むら)の1
 63年9月号初出の(むら)4枚組。1枚目から4枚目まで解説通りに並べてみました。
 題名 「辻村隆緊縛女体撮影風景」
 解説 『一、胸に二巻き厳しい後手しばりに、首繩、両足首を揃えて固くしばり、背中の繩に連結している辻村隆の繩さばき。』




大塚啓子 むら284−5b) (むら)の2
 『二、更に、腰から尻にかけて繩を施し、柔肌のすべてに繩の網目を作ってゆく。繩尻を咽喉にまわして、髪を引っ掴んで仰向かせようとする辻村隆。痛さに呻めき喘ぐ大塚啓子の全裸の曲りよう。』






大塚啓子 むら184−5c) (むら)の3
 『三、両足首の繩は徐々に締めつけられて、まるて全身がんじがらめの大塚啓子、踏みつける辻村隆。』




 



大塚啓子 むら484−5d) (むら)の4
 『四、逆エビ縛りが完成して、一本俸のように荷造りされた大塚啓子の足首を持ち上げて、逆さに引き上げる辻村隆の快心作。』







83) 刺青供〇蓋鏡胸

山原清子ほか183−1a) (ほか)の1 山原清子
 65年3月号初出3枚組から2枚
 題名 「海老責姿態」
 解説 『縄の緊縛に対しては、相当の耐久力を持っている山原清子に対して試みた海老責のテスト。』





山原清子ほか283−1b) (ほか)の2 山原清子


 

 

 

 

 











山原清子ほき183−2a) (ほき)の1 山原清子
 同月(ほき)3枚組の全て
 題名 「股間縛」
 解説 『全裸の刺青女体に対して加えられた厳重な高手小手縛り。更に別の縄は股間縛りになって、流右強情我慢強い刺青娘も、その痛さに思わず悲鳴を挙げるに至ったという股間縛りのフォト。』

 

 











山原清子ほき283−2b) (ほき)の2 山原清子

 

 

 

 

 

 












山原清子ほき?383−2c) (ほき?)の3 山原清子
 この写真のみ、出所が違い、裏に略号の書き込みがありません。でも多分(ほき)の1枚に間違いないと思います。
 と思ったのですが・・・・

 

 

 

 






 




山原清子ほき?483−2d) (ほき?)の4 山原清子
 新たに1枚出てきましたのでここに挟み込みます。
 (ほき)は3枚組です。だから4というのはおかしいんですネ、物理的に。でも膝に置かれた手拭いか何かが同じ時の撮影であることを物語っています。何か間違えているようです。

 




 









山原清子いつ183−3a) (いつ)の1 山原清子
 65年4月発売8枚組の2枚
 表題 「入墨を踏みにじる」
 解説 『年少からSとMとに鍛えられてその何れにも極めて深い趣向と経験を持っている山原清子嬢が、自らその全裸身を投げだして、力をかぎりの強烈な麻縄しぼりを望み背中いちめんに彫った玉取姫を男の足で、めちゃくちゃに踏みにじられ、顔を足で踏みにじられて歓喜の声を挙げる場面をスナップした中の八枚です。』
 写真が逆さみたいですが、この位置が一番落ち着くように思います。






 




山原清子いつ?283−3b) (いつ?)の2 山原清子
 これも裏書きがありませんが多分(いつ)でしょう。




 





山原清子いね183−4a) (いね)の1 山原清子
 同月の(いね)10枚組から2枚
 題名 「全裸麻縄強烈縛」
 解説 『乳房が変型してしまうまで力の限り麻縄で縛り上げても、刺青を彫っている痛さに比べたら平気だという清子嬢、縄のすり傷や縛り跡なんか一向気にしないという山原清子嬢を、それこそトゲトゲの麻縄でガンジガラメに縛り上げて背中一面の刺青をこれ見よがしにさらけだす全裸身を、ごろごろところがして、あらゆる角度から狙い撮りした十葉の組写真。』



山原清子いね283−4b) (いね)の2 山原清子


 







山原清子ろる183−5) (ろる)の1 山原清子
 5月にはMシリーズが、6月にはお白洲もののキャビネ版が、12月にはカラー写真が分譲されました。その65年12月の(ろる)3枚組の1枚です。
 表題は 「浴槽荒縄強烈折檻」
 解説は 『トゲトゲとした荒縄が柔肌を痛めつける上に、更に浴槽に浸されて緊縮する荒縄。情容赦のない折檻の手と足は、悶える裸身を水中に埋没させようとする。』






 

 





山原清子ろす?183−6a) (ろす?)の1 山原清子
 これはちょっと自信がありません。股間縛りではありますが正面とは言えない。
 (ろす)なら「股間縛正面表情」
 (ろさ)なら「股間縛刺青競艶」
 (ろせ)なら「喰込む股間縄目」 その他、先ほどの(ほき)かも知れない。英字組の可能性もあります。
 各組の解説は65年12月号の表紙裏を御覧下さい。

 





 




山原清子ろす?283−6b) (ろす?)の2 山原清子
 これも全く決め手に欠けます。

 




 




山原清子腰巻斑紐?183−7) 山原清子 斑紐緊縛1 組不明
 斑の紐での緊縛ですが、斑紐(あるいは腰ひも)の名は組名、解説とも出てきません。判りません。



 





山原清子腰巻斑紐?283−8) 山原清子 斑紐緊縛2 組不明
 同上です。

 




 




山原清子腰巻斑紐?383−9) 山原清子 腰巻き斑紐 組不明
 上記と同じ紐で括られていますし、バックも同じですので多分同時撮影分でしょう。英字組の1枚である可能性が高いと思います。

 

 

 








 

 





山原清子下着?183−10) 山原清子 下着緊縛 組不明
 山原清子の写真は、英字組ではK組に15枚、Z組に5枚あるのみですが下着姿を思わせる名前はありません。組名はわかりません。

 

 

 

 












山原清子荒縄?183−11) 山原清子 荒縄緊縛 組不明
 荒縄でグルグルに縛られていますが、組名が良く分かりません。

 

 

 

 









82) 刺青機〇蓋鏡胸

 刺青 彫りものの写真といってもモデルは山原清子嬢に決まっています。64年12月号から66年7月まで、女斗美やMモノを含めて数多くの分譲写真が発売されました。ちょうどグラビヤ廃止の時期と重なり、その分、大量の作品が分譲されたようです。手持ちの写真を出来るだけ年代順にお目に掛けます。



山原清子くな182−1) (くな)の1 山原清子
 64年12月に大手札5枚組で発売された(くな)のうちの1枚。裏に(くな)と書き込みがあります。
 題名は 「黒フン媚態の魅力」
 解説は 『これも又日本髪にて、すっかり着物を脱ぎ去り、きりりと締めた黒フンドシ一本の豊満な肉体で背中や臀部の入墨や股に喰い込んだ黒フンドシを十分見せながら演じる婀娜なしどけないポーズ。』

 

 










山原清子くり182−2) (くり)の1 山原清子
 上と同時発売の(くり)「黒フン手吊り責め」3枚組の1枚です。
 解説は 『両手首を揃えて鴨居に吊られた黒フンドシ一本の女体が爪先立ってくるりくりと回転するところを前、後側面の三つのアングルで見事な肢体をごらんにいれる。』となっていますので。これは後面ということになります。

 

 











山原清子いさ182−3a) (いさ)の1 山原清子
 同じ月発売の(いさ)3枚組。
 題名 「日本髪全裸股間縛」
 解説 『入墨に映える全裸身に、乳房も潰れよとばかり強烈な縄が二の腕と胸、後手を締めつけている。更に胴もくびれる腰縄、股間縛りとS的ムード溢れる素晴しい緊縛姿態が、この三枚のフォトに結集しています。殊に、島田髪の全裸身刺青の股間縛りという珍重な設定は、稀少価値も満点です。』

 






 





山原清子いさ?282−3b) (いさ?)の2 山原清子
 上とは別ルートで手に入れました。裏に書き込みはありませんが、多分(いさ)だと思います。K組かZ組として単独販売された可能性もあるのですが、短い表題だけでは特定のしようがありません。
 下に落ちているのはクロフンだと思います。上の写真でもチラリと見えているんですね。(くな)の後で撮影されたものでしょうか?







 

 

 





山原清子いち182−4) (いち)の1 山原清子
 翌1月号で分譲された(いち)3枚組の1枚。
 題名は「入墨の高手小手」 解説は 『華麗な刺青を目の前に見ながら後手小手の厳しい縄目の女体を、ほしいままに視線で凌辱することができる入墨女性の美しくも見事な背面裸像。』となっております。

 






 

 






山原清子いへ182−5) (いへ)の1 山原清子
 同じく(いへ) 「縄に悶える入墨」
 解説は 『刺青を施したあらわな肌をうねうねとくねらせて二の腕に喰い入った高手小手縛りのままで足の指をくの字に曲げて悶える女。』
 足の指は写ってないんdすが、略号を書き込んでありますので。





山原清子いは182−6a) (いは)の1 山原清子
 65年1月号(いは)3枚組から2枚。
 題名 「剥れた腰巻」
 解説 『腰巻一つで柱縛りをされていたモデルが、いつの間にやら熱が入ってきて、その腰巻もむざんにも剥ぎとられて、大きなお尻をふりたてて、後手に縛られたまま、さまざまのポーズをとるところ。』






 

 

 





山原清子いは282−6b) (いは)の2 山原清子

 






 

 

 

 








山原清子いお182−7) (いお)の1 山原清子
 題名 「女一匹御意見無用」 3枚組
 解説 『白晒六尺褌一本の裸で、どっかとアグラを組んだ刺青の女の姐御っぶり。両手を胸で交えて、さあ女一匹、どうでもしてくれと居直って凄んだところ正面から。』





 

 

 






山原清子いる182−8) (いる)の1 山原清子
 題名 「玉取姫が凄む」
 解説 『目のさめるような鮮かな玉取姫の入墨が背中いっぱいに見事に彫られていて、その立派な背中を胡坐、膝立、立位と三通りのポーズにて凄んで見せてくれた。』
 3枚組のうち膝立ですね。これも写真裏の書き込みがなければ判りにくい所でした。

 





 

 





山原清子いに182−9) (いに)の1 山原清子
 題名 「全裸緊縛立像」
 解説 『ライトに映える真白い全裸の肌にマニヤ垂涎の入墨がくっきりと浮かび上っている。すっくと立って惜しげもなく身体の秘密を隅から隅までさらけだした緊縛像。』
 (いお)(いる)(いに)は裏書きが無ければ判別は難しかったでしょう。

 






 

 





山原清子いほ182−10) (いほ)の1 山原清子
 題名 「後手吊りの構図」
 解説 『全裸の豊かな肉体に厳重にかけられた高手小手の縄目に吊縄をかけて引き上げようとするところ。背中の入墨が、そのたびにまるで生きているようにあえかに動く。』
 同じく65年1月発売の3枚組です。

 

 






 




山原清子いわ182−11) (いわ)の1 山原清子
 65年1月号で発売された(いわ)3枚組
 題名 「黒細帯の裸身」
 解説 『入墨マニヤと黒フンドシマニヤ日本髪愛好者などを目的に作成した分譲用専用フォト。鮮鋭なレンズによって背中の刺青も刻明に描き出しました。』

 



 

 

 





山原清子いか182−12) (いか)の1 山原清子
 題名 「黒褌を誇る」
 解説 『細身の黒フンドシ一本にて、すりり立ち上った日本髪の入墨姿の粋なこと。特にこの種マニヤのたのに撮影した記念写真。』

 

 

 

 










山原清子ひろ182−13a) (ひろ)の1 山原清子
 65年3月号 8枚組のうち2枚。
 題名 「黒フン高手小手縛」
 解説 『黒フンドシ・ファンの期待に応えて、全裸の刺青女体に喰い込むばかりの黒フンドシをきりりと締めさせ、麻縄によるきびしい高手小手縛りが豊満な裸身をくびっています。縄目に悶える清子のポーズが八葉の写真に満ちています。』



山原清子ひろ?282−13b) (ひろ?)の2 山原清子
 写真に裏書きはありませんが、多分間違いなく(ひろ)だと思います。
 ところで、この「細身の黒フン」は一部に絞りがかかっていて、兵児帯のように見えるのですがいかがでしょうか?






 


 

 





山原清子ひへ182−14a) (ひへ)の1 山原清子
 同じく65年3月発売の(ひへ) 大手札10枚組のうち、手元に8枚があります。
 題名 「入墨女体全裸像」
 解説 『これは入墨の女体をあますところなく、皆様ファンの眼前に開陳した一糸まとわぬ全裸像です。勿論一本の繩も用いておりません。刺青マニヤの方々のために、色々な角度から、さまざまのアングルでごらんにいれました。まさに刺青女体の文献写真です。』




 






山原清子ひへ282−14b) (ひへ)の2 山原清子

 

 







 

 

 

 





山原清子ひへ382−14c) (ひへ)の3 山原清子
 山原清子というと女賊といったごついイメージで撮影されています。短躯・太り気味で美人とは言い難い印象ですが、よく見るとなかなか可愛いお顔です。

 








 

 

 

 




山原清子ひへ482−14d) (ひへ)の4 山原清子

 

 

 

 

 

 











山原清子ひへ582−14e) (ひへ)の5 山原清子

 

 

 






 

 

 







山原清子ひへ682−14f) (ひへ)の6 山原清子






 

 

 

 

 







山原清子ひへ782−14g) (ひへ)の7 山原清子

 

 






 

 

 

 





山原清子ひへ882−14h) (ひへ)の8 山原清子





 








 


81) お白洲・拷問 美木乃々子 山原清子 大塚啓子

続いて、大がかりな装置を使った、お白洲・拷問モノをお目に掛けます。65年頃に大キャビネ判で発売されたものが多く、読み取りを240dpi.に落としピントアップもしませんでしたが、充分A4プリントに耐えると思います。
なお文中明らかな差別用語は伏せ字とさせて頂きました。歴史的用語であるとしても、原典を当たれば出てくることですので、敢えて原典通りの表記を繰り返す必要も無いと思いますので。


美木乃々子もは81−1) (もは?) 美木乃々子
65年4月にキャビネ3枚組500円で発売された(もは)「白洲に悶える」の1枚かとおもわれます。実際には大キャビネ判でした。
解説は 『均整のとれた奇麗な肢体と肌、殊にすらりと伸びた脛と素足の可愛いい美木モデル嬢が、白洲の上で厳しく縛られ、悲しさと恥しさに悶える美しい哀婉ポーズを展開しています。これこそ女囚の悲愴美の至極をきわめた好演技といえるでしょう。こうしてS派の皆さまの目に、いつまでもこのポーズを晒していたいのでしょう。』とあります。

 


美木乃々子もぬ81−2) (もぬ?) 美木乃々子
何かの責めの1枚目かも知れませんが、一応(もぬ)をご紹介しておきます。
(もぬ)「開股羞恥責め」65年4月発売3枚組の1枚
解説は 『女性というものは、苦痛に対して案外しぶとい耐久力を持っているものである。身動きもできない高手小手縛りの女囚を白洲に引きすえ、腰巻の乱れを必死に防ごうとはかない努力を続ける真白い足を八の字に開かせ、その柔かい足首に非情の細引きを喰い込ませようというのである。女囚の哀願と悲鳴の尾をひくなかで。』

 


美木乃々子もと81−3) (もと) 美木乃々子
これは明らかに(もと)「木馬責め」同月発売の大中判3枚組の1枚です。
解説は 『後手高手小手にきびしく縛しめられた腰巻一枚の女囚が、三角木馬のとがった背に跨がされて、その痛さに髪ふり乱して泣き叫びもだえる姿の全身を、刻明に鮮鋭なレンズによって捉えたスチール。若くて美しいモデルの足の爪先から髪の末端に至るまで、女の哀れさと悲しさが、いきいきと描かれています。』

 

 





 

 


美木乃々子もへ81−4) (もへ) 美木乃々子
これも明らかです。
(もへ)65年4月発売 大中判3枚組
モデル 美木乃々子
題名 「石抱き算盤責め」
解説 『下着のすそをはねのけて、女の素肌をじかに算盤板のギザギザが喰い込むのでさえ耐えられない痛さなのに、正座した膝の上へ更に伊豆石をのせるというのであるから、その苦痛たるや想像を絶するものがあるであろう。それでも白状しないので更に○○が、その膝の上の石を揺って悶絶するまで責め抜くのである。』 





 


美木乃々子もち181−5) (もち?)の1 美木乃々子
これも多分(もち)でしょう。
(もち) 題名「竹棒責め」
解説 『腰巻一枚にひんめくられた若い女囚の両手は背後で首筋にとどくまで高々と括り上げられ、二の腕と胸には、どす黒い捕縄が情容赦もなく力まかせに、うす汚ない○○の手によって縛られている。 そして白洲の砂の上で引きすえられた女囚には更に竹の棒を縄目の間にねじ込められて、白状するまで締めあげられるのである。』

 






 

 


美木乃々子もち281−6) (もち?)の2 美木乃々子
美木嬢の大キャビネ写真は以上です。

 

 







 

 

 


 


美木乃々子K0881−7) K組の8? 美木乃々子
K組は65年の7月に「ニューモデル悦虐写真五十集」として発売されました。その中に美木乃々子のお白洲写真が5枚含まれており、その全てを所持しております。
この写真はその中の(K8)「荒縄で仕置される」ではないかと思います。他を当てはめていった結果、消去法でそう思うのです。
大手札判ですので、266dpi.でノーマルにスキャンし、スポッティングはいたしましたが、ピントアップはしておりません。






 

 

 


美木乃々子K0981−8) K組の9 美木乃々子
題名 「土壇に観念した女」に間違いないと思います・




 


 


美木乃々子K1081−9) K組の10 美木乃々子
題名 「ムチ打たれる女囚」と思われます。ムチじゃなくてささら竹なんですが、あまり細かいところには拘らないのが奇クの題名付けですので。

 

 






 

 




 


美木乃々子K19?81−10) K組の19? 美木乃々子
この題名が一番近いと思います。「開股縛にあう女囚」

 

 

 







 

 





美木乃々子K20?81−11) K組の20? 美木乃々子
K組20は「罪状を訊される女」となっており、本当は上の写真がそうらしい雰囲気なのですが、全体の収まりを見てこうかなと思う次第です。
K組の5枚が揃っているということで、ご了解をお願い致します。

 







 

 

 

 


山原清子よき181−12a)  これより、山原清子を5枚アップします。オリジナルサイズは全て大キャビネ判です。
(よき)の1 山原清子
65年6月初出 大中判3枚組500円
題名 「逆さ吊りの仕置」
解説 『荒縄できりきりと縛りあげられた女賊は、両足首に取縄を何重にも巻かれて高々と逆さに吊り上げられる。首がかろうじて床についているが血が逆行する苦しさを耐え忍んでいるところへ、非情な竹の折檻棒が豊満な乳房や咽喉元に烈しい苛責のムチを加える。流石の女賊も気息えんえんとして、ぐったりと吊られたままでいる。』


 




山原清子よき281−12b) (よき)の2枚目 山原清子


 

 

 

 

 









 


 81−13) 山原清子よめ(よめ) 山原清子
65年6月号初出 大中判3枚組
題名 「ハリツケの拷問」
解説 『かずかずの拷問仕置折檻に対しても、尚ますますその若さと美しさを発揮して衰れえを見せぬ女賊に対して、その美しさの残っている中にハリツケにしてしまおうと僅かに白布を前に当てた裸の女賊を礎架にかけてしまった。架上の美しい女賊の真白い肌も、やがて錆鎗の穂先に貫かれて血汐にまみれることだろう。』
白布を前に当てただけではないので、(よさ)とも考えられるのですが、「大の字磔」ではないので、まあこれかナという感じです。






 


 81−14a) 山原清子よも1(よも)の1 山原清子
同じく、65年6月の大中判3枚組。
題名は 「全裸四這木馬責」
この2枚は少しJPGの圧縮率をあげすぎたかも知れません。ファイルサイズが気になっていた、Yahoo時代のスキャンを今回修正しましたので。



 


山原清子よも281−14b) (よも)の2 山原清子
解説は 『木馬の四つ足に手足をひろげて四つ這いに縛られた女賊。見事な刺青をさらけて、その臀部も、背中も、肩口も、無防備のまま露出している。力まかせの竹のささらが、はっしとばかり豊満な臀部に背中に作裂する。髪ふり乱し絶叫しつつ耐え忍ぶ女賊の凄惨きわまりない光景。尚竹ムチは雨となって裸身のあちこちに降り注ぐ。』







 

 

 


大塚啓子はり181−15a) (はり)の1 大塚啓子
大塚啓子の2枚も、元写真は大キャビネです。58年8月の初出、3枚組の2枚です。大塚嬢が分譲写真に登場したのが58年3月。愛川悦子、田中芳代と3人同時デビューでした。
題名は 「磔(ハリツケ)三態」
解説は 『両手を左右に横木に縛られて身動きの出来ない身体を宙にハリツケられたサジスチックなポーズ。高々と柱に浮き上って可憐な足首には麻縄がひしひしと喰い込んでいる。全体重が縄目に掛って「痛い、痛い」と言って泣き喚く囚女を、そのままに放置して表情の変化を余すところなくキャッチした十数枚の中から特に雰囲気の出たものを三ポーズ選んだ。正真正銘の柱に十字型にハリツケた今迄試みられなかった作品。是非一組を。』






大塚啓子はり281−15b) (はり)の2枚目 大塚啓子







 



 

80) 褌 玉田美佐子 大塚啓子 刑部典子 

 年内に80頁目を迎えることが出来ました。同じく企画もので「褌写真」をお届けします。コメントを戴いたお一人が女斗美・褌ファンということもありますが。これら写真の前の持ち主が写真裏に略号を書いてくれていましたので特定しやすかった事もあります。


こん1玉田美佐子80-01a) (こん)の1 玉田美佐子嬢
 これが77頁で間違いを起こしました玉田嬢です。ずいぶん印象が違うでしょう。これなら間違っても・・・と思うんですがね。
 65年7月号初出(こん)6枚組のうち2枚です。題名は「褌美に羞じらう」とありますが、この2枚に限ってはあまり羞じらっていらっしゃらないようで・・・。堂々たる褌美です。


 






 


こん2玉田美佐子80-01b) (こん)の2枚目
 解説は 『人一倍羞かしがり屋の玉田美佐子が全裸にされて、白晒の六尺フンドシをさせられたときは大変だった。大騒ぎをして恥らいながらポーズをとったが、さて、この魅力的な写真をマニヤヘどうぞ。』 とあります。

 

 

 







 


 


ふな1栗本ミチ80-02) (ふな) 栗本ミチ
 分譲された5集中、4集がフンドシという栗本ミチ嬢。64年1月号(ふな)4枚組の1枚です。
 題名は「フンドシの前後左右」
 解説は 『フンドシをきりりと締めた栗本嬢の魅力を、そのまわりから、あまさず狙いうちました。』 とシンプルなものです。







 

 





くふ1大塚啓子80-03) (くふ) 大塚啓子
 63年8月発売の(くふ)4枚組の1枚。
 題名は単に 「黒フンドシ」
 解説は 『清潔な白の晒褌に対して、前袋の端が股のつけ根に喰い込むばかり、ぴったりと締め上げた黒フンドシの魅力、背後は紐のように細くねじ上げられた黒布が、ぐいと双丘の割目に喰い込んで、一段と豊かさを誇張している。いずれも姿態に研究をこらした新作です。』 と多弁です。






 

 



ふん1大塚啓子80-04a) (ふん)の1 大塚啓子
 同時発売の(ふん)4枚組の2枚。
 題名は 「白フンドシ」 とあたりまえ。
 解説は 『きりりと尻の割れ目に喰い込んだ晒、二つの丘がぐっと盛り上った見事さは、褌マニヤの胸を高鳴らせることでしよう。女性褌マニヤの方々からの要望を十分にとり入れて作成した新しいセンスの褌フォトですから、必ずや今までとは違った迫力があることと信じます。』 と、なかなか力が入っております。

 

 



 

 



ふん2大塚啓子80-04b) (ふん)の2 大塚啓子

 

 

 

 

 

 












ろく1大塚啓子80-05a) (ろく)の1枚目 大塚啓子
 62年7月発売の(ろく)5枚組からの2枚です。大塚嬢が未だロングヘアーの頃です。
 題名は 「女性の六尺褌」
 解説は 『女性の六尺褌姿を愛する方は、そう沢山いないと思いますが、その限られた人たちの要望に応えて、ここに全裸に晒の六尺一本という若い女性のポーズ五態を作成しました。正面、背面、横臥、側面、とフンドシ着用の女体を各角度から狙いをつけて、あたかも眼前に手にとるように見て頂けるように構成しました。』




 

 



ろく2大塚啓子80-05b) (ろく)の2枚目 大塚啓子
 解説によると、上のが側面で、これが背面という事になります。

 

 

 

 







 





ろて1 刑部典子80-06) (ろて)  刑部典子
 65年4月に出ました(ろて)10枚組からの1枚です。
 題名は 「白褌奔放姿態」
 解説は 『清潔な晒の白ふんどしを野性的な若々しい女体にきりきりと締めた姿は、フンドシ・マニヤならずとも、その魅力にひかれるのであるが、褌一本の瑞々しい女体をあからさまに晒して、布の喰い込んだ双丘を誇示し四股を踏み、褌着用の全身をあますところなく、皆様の目前にお目にかけます。』
 ずっと後の目録(例えば74年10月号)には略号(ろま)となっていますが、多分同じものだと思います。





 


ろち1 刑部典子80-07a) (ろち)の1枚目 刑部典子
 同じく65年4月発売(ろち)10枚組から2枚。
 題名は 「黒褌奔放姿態」 と上の作品と対になっております。
 解説は 『女体フンドシ・マニヤの中でも特に黒褌がきりりと双丘に割り込んで白い肌と黒い布との鮮烈なコントラストに強い興味を抱かれる方が多いのですが、カモシカのようにすらりと伸びた若々しい刑部典子の肢体に黒ふんどしを締めて奔放なポーズを開陳しました。どのような裸身に褌か映えるか見てのお楽しみにして下さい。』
 これも後年(ろゆ)として再発売されています。







 


ろち2 刑部典子80-07b) (ろち)の2枚目
 刑部典子という人も栗本ミチ同様、7集発売されましたが、全てが褌写真です。それ以外にK組に7枚含まれています。
 ここまでは写真裏に書き込みがありますので確認出来たのですが、次からはそれがなく、確認に苦労致しております。
 このあとのアップは多分明年になろうかと思います。
 ということで、来年も宜しくお願い致します。
皆様どうぞ良いお年をお迎え下さい。





 

 




新年あけましておめでとうございます。
本年も相変わりませず宜しくお願い致します。

けた1 刑部典子80-08a) (けた)の1枚目 刑部典子
 66年7月初出の(けた)5枚組から7枚をアップします。5枚組から7枚とはどういう事だとお思いでしょうが、K組として発売された7枚のうちの2枚が紛れ込んでいると思われるのです。
 この写真には裏書きがありませんが、そうとしか考えられません。
 ちなみにK組の発売は65年の7月で、(けた)より1年も早い時期です。よって撮影は多分(ろて)(ろち)と同時に行われたと思われます。









 


けた2 刑部典子80-08b) (けた)の2枚目 刑部典子
 略号(けた) 66年7月発売。
 モデル 刑部典子 5枚組
 題名 「黒褌猿ぐつわ縛り」 
 解説 『黒フンドシ一本の裸身をぎゅうぎゅう縛りあげられ、息もつがせぬ猿ぐつわが大きく口を掩うと、パチリと澄んだ瞳が、一層哀婉味溢れる表情で流し目を送るのだ。』







 

 



けた3 刑部典子80-08c) (けた)の3枚目 刑部典子
 

 

 

 

 








 

 



けた4 刑部典子80-08d) (けた)の4枚目 刑部典子
 この3枚目と4枚目は酷似しております。同じ組に入れることは絶対にないでしょう。ということは、いずれかがK組で発売されたものと思われます。
 K組33「厳重な後手縛猿轡」あるいはK45「猿轡の下にあえぐ」が最有力候補です。

 

 






 

 



けた5 刑部典子80-08e) (けた)の5枚目 刑部典子
 これも2枚目とそっくりですね。いずれかがK組である可能性が高いと思われます。

 

 

 






 




 


けた6 刑部典子80-08f) (けた)の6枚目 刑部典子







 

 

 

 




 


けた7 刑部典子80-08g) (けた)の7枚目 刑部典子
 ただ1枚の後ろ向きですので、(けた)の1枚だと思います。K33が「後手縛」とありますので、こちらの可能性も否定出来ません。

 田辺聖子さんが書いていましたが、大阪の古い商家で、今の世の中でもありそうな下品な言いぐさがあったそうです。
「どないだ、儲かりまっか?」
「アカン、女のフンドシや」
「?」
「食い込んでまんがな」




 



褌モデル不明180-09) モデル不明の1 (多分K組の6)
 多分 K6刑部典子「豊満な臀部を晒す」だと思います。全く別のアルバムから出てきましたので決め手はありませんが、壁の穴が同じですので、上の3組と同時に撮影されたものと思われます。
 黒フン、後ろ手、股縄、ヨチヨチ歩きを形容している表題や解説はありません。 
 ここから5枚。褌写真なのですがモデルが判りません。皆様のお知恵を戴きたくアップしてみました。







 


褌モデル不明280-10a) モデル不明の2
 ここからの3枚は1セットです。どこかで見たような顔ですが思い出せません。
 誰でしょうか?





褌モデル不明380-10b) モデル不明の3

 


 






褌モデル不明480-10c) モデル不明の4

 

 

 








 





褌モデル不明580-11) モデル不明の5
 誰でしょう?
 このモデルさんは上よりも若く見えます。でも若く見えるのは撮影年度によっては何の証拠にもならない。1960年に20歳だったモデル嬢は65年には25歳ですから。・・・そして今は・・・68歳・・・ですか。アァー・・・。
 昭和は遠くなりました。


 褌フォトは上記以外に山原清子嬢の写真があるのですが、これは後ほど刺青フォトとして別にアップしたいと思っております。




79) 女斗美供,お・きさ・きし・えお? 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかる

桜井葉子の浣腸写真が出てきましたので、77頁に追加しました。


きお1?大塚・木村・東浦

79-1a) (きお)?の1
 大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる。
 66年2月、前月の3人相撲に続いて、3枚組で出された3人女斗美と思われます。裏には組名など書いてありませんが、間違いなくこの組だと思います。組名は「口中の詰物で汚辱」です。






きお2?大塚・木村・東浦79-1b) (きお)?の2
 ところが、この組の解説がおかしいのですね。
 『裸身の胸に喰い込む縄目もむごたらしく高手小手のまま転がされた木村洋子の上に跨って押えつけ鼻を摘んで開いた口の中へ無理矢理布片を押し込む二嬢。』となっていますが、マゾ役は明らかに東浦嬢です。
 褌姿ですので、本来は1月発売分と同時に撮影されたのかも知れません。



 


きお3?大塚・木村・東浦79-1c) (きお)?の3
 この組も2揃い持っておりますが、ロットが同じのようで、プリント状態も同様に良くありません。
 35ミリ原板だと思いますが1〜2絞りアンダーでフラットなネガです。ネガ傷とプリント時の埃が多く、小さなホワイトスポットがたくさん出ており、修正しきれませんでした。
 と、思ったのですが・・・後で出てくるように、タテヨコ違いがあるということは、これは35ミリじゃなくて、6×6原板に間違いありません。でも、アンダー露出の感じが、グレーベースのフィルムのように思えるのです。
 昔のブローニーフィルムは、透明ベースにバックコートでした。裏紙があったので出来たことです(120フィルム)。でも、何時の頃かブローニーもグレーベースに変化しました。220が出たりした時代ですね。そのころがちょうどこの当時だったようにも思います。 

 


きさ1?大塚・木村・東浦79-2a) (きさ)?の1
 同じく66年2月発売の(きさ)3枚組からの2枚と思われます。
 モデルも同じく、大塚啓子、木村洋子、東浦ひかる。題名は「猿ぐつわのいたぶり」となっています。




 


きさ2?大塚・木村・東浦79-2b) (きさ)?の2
 これも解説は 『痩せ気味の木村洋子の裸身をぐるぐる縛りあげ思うまま弄んだ二嬢は、洋子の口にぎゆうぎゅう豆絞りの猿ぐつわを力いっぱい噛ませて、その悲鳴を封じる。』 となっていますが、木村嬢は後に居ますよね。東浦嬢も。とするとマゾ役は大塚嬢でしょうか? 何かちょっと違うように思えるんですが・・・・




きし1?大塚・木村・東浦79-3a) (きし)?の1
 同じく(きし)3枚組より。モデルも大塚・木村・東浦三嬢となっています。
 題名は 「抓ねりと擽ぐり」だと思うのですが・・・。
 今気づいたのですが上の(きさ)の3枚目か
も知れません。






きし2?大塚・木村・東浦79-3b) (きし)?の1B
 何と同じ写真のタテヨコ違いでしたか。この縦位置のほうがプリント時期が古いんでしょう。褪色が激しく年代の違いを感じます。
 (きし)とするなら、解説は 『柔らかな脇腹、豊かな乳房、お臍のまわりと、大塚啓子、東浦ひかる二嬢の手と足は、執拗に木村洋子の肌をところ嫌わず襲いかかって狐ねり榛ぐりまくる。』となっていますが、何となく信憑性に乏しく思えます。
 唯一の原典である奇クの宣伝文に間違いがあるとなりますと、特定は益々困難になります。
 謎を解く鍵は木村洋子が誰なのかにありました。木村嬢は他にもモデル馴れしているかたで、スレンダーとありましたが、まともに顔を出している写真がない。G組も、美しき縛めの第11集も顔を出していません。73年9月号のグラビヤでやっとそれらしい写真を見つけましたが、(きさ)?2の後の女性とは全く違っていました。こうなると特定作業は1からやり直しです。ここまでの文章には多くの誤りがあります。決定出来れば訂正しますが、それまではこのまま置いておきます。コメンナサイ!


えお?179-4a) (えお?)の1
 間違っている可能性が高いのですが、一応考えられる略号を付けて発表します。
 (えお)とするならば、65年5月発表の5枚組。
 モデルは大塚啓子と東浦ひかる嬢。
 題名は「手吊り股間縛り責め」
 解説は『両手を高々と鴨居に吊り上げられた東浦ひかるは呻めき声を出してはいけないというので猿ぐつわを噛まされ大塚啓子から毛髪を掴まれ股間縛の縄を弄ばれる。』となっていますが、最初から違うようです。






 


えお?279-4b) (えお?)の2
 モデルが複数だと特定しやすいように思ったのが仇で、根本的に間違っているようです。

 

 

 









 


えお?379-4c) (えお?)の3


 

 

 

 





 






えお?479-4d) (えお?)の4
 シテュエーションは合ってます。両手吊り、股間縛り、噛ませた猿轡、髪つかみ。

 

 

 

 










えお?579-4e) (えお?)の5


 

 

 

 

 










きて?きと?179-5a) (きて?きと?)の1
 これも分からない。
 状況から(きて)か(きと)の様な気はするのですが・・・。いずれも66年2月発表の5枚組。モデルはこれも大塚啓子と東浦ひかる嬢です。







 

 

 

 



きて?きと?279-5b) (きて?きと?)の2
 (きて)とするなら題名は「女奴隷を飼育する」
 解説は『女奴隷東浦ひかるの裸身をくびるように強烈に縄をかけた大塚啓子は、どのように飼育してゆくのか。さまざまな素晴しい傑作縛りフオトにて解説します。』と漠然としています。






 




きて?きと?379-5c) (きて?きと?)の3
 (きと)とするなら題名は「凌辱されるマゾ女」
 解説は『総べての身の自由を奪われた女奴隷東浦ひかるが、きびきびした大塚啓子の手によって、人間性の喪失を宣言され、凌辱のかずかずを強要される幾場面の展開。』と、これもはっきりしません。





きて?きと?479-5d) (きて?きと?)の4
 だいたい、これらの写真は、女対女の一方的な責め写真で、女斗美とは呼べない!というお叱りも受けそうです。
 テレビ画面が角張って、少し近代的になってきました。66年と言えば確かにそのころのような気はします。






 

 


 


きて?きと?579-5e) (きて?きと?)の5
 ということで、悩み多き79頁を閉じさせて頂きます。






78) 女斗美 山原清子 鈴木晃子

 久々の更新です。
 玉田美佐子や木村洋子もアップして、前ページの疑問を解きたいのですが、女斗美や褌ファンもいらっしゃるようです。
 前の持ち主の一人も女斗美ファンだったようで、アルバムに貼った一群の写真裏に組略号が書いてあるのが多いのです。59〜66ページにかなりご紹介したのですが、その時漏れたものがありますので、ここに。

さあ1鈴木・山原

78-01a) (さあ)の1枚目 モデルは山原清子と鈴木晃子です。


 











 


さあ2鈴木・山原78-01b)  (さあ)の2枚目
 初出は65年6月号。表題は「縛り上げられるまで」となっており大手札版10枚組です。手元には7枚が確認されております。
 『抵抗する晃子の両手をうしろへ捻じあげて縄をからませ、きりきりと身動きできなくなるまで縛りあがる過程の動きのあるポーズを連続で組写真としました。』と解説されています。
 この年の2月号を最後にグラビアが無くなり、第二黄金期が終わったわけですが、女斗美写真はこの時期が最高潮だったようで、山原・大塚二嬢を中心に、毎月のように新版が発表されていました。







 


さあ3鈴木・山原78-01c)  (さあ)の3枚目
 カメラは多分35个里茲Δ忙廚い泙后山原嬢はトレードマークの刺青をことさらには出さないようにしているようです。



 






 

 




さあ4鈴木・山原78-01d) (さあ)の4枚目





 






 

 

 



さあ5鈴木・山原78-01e) (さあ)の5枚目

 

 

 






 







さあ6鈴木・山原78-01f) (さあ)の6枚目








 

 

 

 





さあ7鈴木・山原78-01g) (さあ)の7枚目



 

 






 

 





さや01鈴木・山原78-02a) (さや)の1枚目
 同じシリーズで同時発売の(さや)「屈服させられるまで」です。何と20枚組で発売されたのですが、手元にあるのは10枚のみです。
 (さや)「屈服させられるまで」65年6月発表。大手札版20枚組(当時3000円)モデルは山原清子と鈴木晃子です。
 『痛めつける清子のサジスチックな表情と姿態。晃子は清子の意のままになりながらも、その豊かで美しい肢体を惜しげもなく、さらけ出して見事な場面を展開する。』と解説されています。

 









さや02鈴木・山原78-02b) (さや)2枚目









 

 

 

 




さや03鈴木・山原78-02c) (さや)の3枚目








 

 

 






さや04鈴木・山原78-02d) (さや)の4枚目



 






 

 

 





さや05鈴木・山原78-02e) (さや)の5枚目


 






さや06鈴木・山原78-02f) (さや)の6枚目



 





さや07鈴木・山原78-02g) (さや)の7枚目






 

 

 




 




さや08鈴木・山原78-02h) (さや)の8枚目




 




さや09鈴木・山原78-02i) (さや)の9枚目

 







 



 

 

 



さや10鈴木・山原78-02j) (さや)の10枚目
 (さや)は以上です。


 






 

77) 浣腸フォト 愛川悦子 大塚啓子 桜井葉子

下部に追加情報があります(12/25)


 ここらで少し企画モノを出してみようと思います。大塚啓子や絹川文代が出てくると、数が膨大ですので、女斗美・浣腸・おむつ・月経帯・切腹などを別にしておくと便利と思ったのです。でも、私の持っているのは至ってノーマルな緊縛写真?が多く、あまりご期待頂いても落胆させるだけかも知れません。

愛川悦子浣腸写真

77-01) 玉田美佐子
 コメントにより出所が知れました。64年11月号初出のG組11『浣腸器に脅える女』または12の『全裸縛りと浣腸器』のいずれかです。多分G組の12かと・・・。
 最初は、愛川悦子かと思ったのですが、皆様のご指摘通りでした。












ちよ1愛川悦子浣腸写真77-02a) (ちよ)の1 愛川悦子
 多分間違いないと思います。58年4月に発売された(ちよ)大手札12枚組の「浣腸連続フォト」です。






ちよ2愛川悦子浣腸写真77-02b) (ちよ)の2 愛川悦子
 (ちよ)には長い解説が付いています。
『長らく浣腸フォトの作成を中止しておりましたが、同好者有志の御希望により、ここに久方ぶりに十二枚連続フォトを完成、分譲することになりました。マニア垂涎の硝子製浣腸器、エネマシリンジ、イルリガートル、いちじく浣腸等を駆使して女体浣腸の雰囲気を十二分に醸し出しました。何卒絶版にならぬうち御申込のほどを。』


ちよ3愛川悦子浣腸写真77-02c) (ちよ)の3 愛川悦子
 最近の尻穴丸出し、つっこみ放題の浣腸フォトに比べると、なんと可愛げのある写真でしょう。臭ってきそうにないところに昇華された美があるのでしょうか。





ちよ4愛川悦子浣腸写真77-02d) (ちよ)の4 愛川悦子
 それにしても可愛い浣腸器。子供用でしょうか?

 







ちよ5愛川悦子浣腸写真77-02e) (ちよ)の5 愛川悦子
 「長らく・・・」と言いますが、56年4月に(K1)「エネマシリンジ」という4枚組が出ています。モデルの記載はありません。
 その前は55年11月(復刊第2号)の(かか)ですか。





ちふ1大塚啓子浣腸77-03a) (ちふ)の1 大塚啓子浣腸
 この写真には裏に(ちふ)と書き込みがあります。58年7月に12枚組で出たものの1枚です。
 表題は「女体浣腸風景十二態」 解説は『さきに発表した浣腸連続フォト(ちよ)の好評に刺戟され更に変った趣向をとり入れ、新しいモデル嬢によって新作を試みました。』となっています。大塚嬢はこの年の3月に新人デビューしたのでした。

 

 










ちふ2大塚啓子浣腸018b77-03b) (ちふ)の2 大塚啓子 (追加分)
 こちらには書き込みはありませんし、プリント状態保管状態とも上記とは別ですが、間違いないでしょう。
 それにしても、今からちょうど50年前の写真ですか。

 

 

 

 








 


ちか1大塚啓子浣腸77-04a) (ちか)の1 大塚啓子
 これには書き込みはありませんが、60年8月に「新浣腸写真案内」として出された3組中の(ちか)4枚組に間違いないでしょう。
 題名は「硝子製三〇CCシリンダによる浣腸」となっていますが細すぎませんか? 30cc入りますでしょうか? 内筒を一杯引き抜いてやっとの大きさに思えます。
 解説は『白い硝子冷たい感触は乙女の手の中でにぶい光を放って浣腸液を吸い上げた。ふくらみを帯びたシリンダの先からはフツフツと白い液が玉になってころがり出る。』とあります。

 







 


ちか2大塚啓子浣腸77-04b) (ちか)の2 大塚啓子
 デビューした当時そのまま、ロングヘアで幼さの残る大塚嬢です。

 

 

 

 

 












ちか3大塚啓子浣腸77-04c) (ちか)の3 大塚啓子


 

 

 

 

 











ちえ1大塚啓子浣腸77-05a) (ちえ)の1 大塚啓子
 同じシリーズの(ちえ)4枚組から2枚です。
 表題は「エネマシリンジの嘴管による浣腸」
 解説は『ゴム球を握るたびに一端から浣腸液は絶え間なく送り続けられる。啓子嬢の手の中にあるエネマは妖しい曲線を見せてマニヤの心をゆさぶる。』とあります。

 

 

 









ちえ2大塚啓子浣腸77-05b) (ちえ)の2 大塚啓子

 

 

 

 

 












ちい1大塚啓子浣腸77-06a) (ちい)の1 大塚啓子
 これも同月の同シリーズ4枚組。3枚が見つかりました。
 「イルリガートルの嘴管による浣腸」
 『黒蛇のようにウネウネとうねってゴムの管は恐怖の浣腸液を運んでくる。その黒い管の先には液に濡れた嘴管がマニヤの心をひきつけるように目の前で光っている。』

 

 







 


 


ちい2大塚啓子浣腸77-06b) (ちい)の2 大塚啓子


 

 

 

 

 











ちい3大塚啓子浣腸77-06c) (ちい)の3 大塚啓子


 

 

 

 

 












かさ桜井葉子1 ここより追加です(12/25)
77-07a) (かさ)の1 桜井葉子
 ちょうどクリスマスプレゼントになりました。こんな写真が出て参りました。61年8月初出の(かさ)3枚組です。モデルは桜井葉子。





かさ桜井葉子277-07b) (かさ)の2 桜井葉子
 題名は「浣腸責め」とシンプル。
 解説は『台上に四つ這いにさせられて手と足をそれぞれ、四方に固定し、或は椅子上に後手縛りのまま尻を高く揚げさせられ、身動き出来ない身に、襲いくるあらゆる恐怖の浣腸器。身もだえする葉子さんの苦痛の表情。』




かさ桜井葉子377-07c) (かさ)の3 桜井葉子
 同月に(はへ)「排便強制」も出ているのですが、これは間違いなく(かさ)でしょう。



 

76) 中河恵子 (なめ)? (とり)? (はれ)?

せれ1?中河恵子76-01a) (せれ)の1? 中河恵子
 汚名挽回・・・こんな事ばっかり言ってる・・・で中河恵子嬢。
 中河嬢の写真は余りにも多く、手持ちは少なく、グラビアが無い時代ですので、特定は困難です。豆絞りと出てくるのが(せれ)だけなので、多分そうかな・・・でも矛盾するな、という程度で何の裏付けもありません。
 (せれ)4枚組とすれば、67年11月の「豆絞りに映える顔」。解説は『豆絞りの猿ぐつわをされて輝く瞳も美しい麗顔をしかめて縄の苦痛に耐える絶妙のポーズは最高。』
 当たっていなくはないのですが、多少矛盾がねー。






 


せれ2?中河恵子76-01b) (せれ)の2? 中河恵子
 先ほど間違えたカラー写真は、次に再アップしますが、多分67年9月号の(なめ)です。発売は(せれ)のほうが後と言うことになる。
 妊娠8カ月の写真(わう)が出るのが68年2月号。(臨月腹が5月号ですがこちらのほうが早い) 乳輪の変化が妊娠3カ月だとすると、カラー写真は7月の撮影で発表が9月号とギリギリのタイミング。この(せれ)は4月の撮影で、11月号まで延々と発表を待っていたことになる。マ、撮影してすぐに販売しなきゃならない義務はありませんがね・・・。
 ちゃんと盲腸の手術の痕が見えます。






 

 


せれ3?中河恵子76-01c) (せれ)の3? 中河恵子


 

 

 

 







 

 

 


せれ4?中河恵子76-01d) (せれ)の4? 中河恵子
 乳房や乳輪もそうですが、たった1年4ヶ月の間に、こんなに変化していったモデルさんも珍しい。やがてお目に掛ける両手吊りの写真と、「花と蛇の静子です」と股間に札を付けた写真とでは、お嬢さんと奥さんの表情を出していますし、臨月腹まで晒します。髪型などは変化しないのに、この方の表情の変化は豊かです。
 と、ここまで書いて、もう遅いですから一旦置きます。ヨイコはネンネです。

・・・ヨイコがこんな写真を見るか!!・・・






 



なめ1?中河恵子76-02a) (なめ)の1? 中河恵子
 お恥ずかしの原因です。左近麻里子と思いこんでおりました。訂正して再アップします。中河恵子のカラー写真は9集あります。ほぼ間違いなく67年9月号の(なめ)3枚組、「豆絞りに輝く美貌」。
 解説には『豆絞りの猿ぐつ。わをきりきりと噛まされた恵子の美貌が胸に掛った高手小手縛りによって一層の哀愁と残酷味を漂わせ、乳房と乳首と色彩がまことに可憐である。』とあります。上の写真と乳首を比較してみて下さい。
 なお、75頁の分は2重になりますので記事と共に消去します。ご迷惑をおかけしました。








なめ2?中河恵子76-02b) (なめ)の2? 中河恵子
 私は、この(なめ)?と上の(せれ)?を。セットで2組持っております。バラバラ写真で2枚、3枚重なっているのはママあるのですが、揃いで2組は珍しいのです。余程のファンから流れたのか、全く別人からそれぞれ私のほうに来たのか分かりません。
 (せれ)は僅かにコントラストが違いますし、(なめ)の一方は赤味が強く、この一組は黄色味が強く出ておりますので、違う時期のプリントで違う保存方法であったと推測出来ます。

 









なめ3?中河恵子76-02c) (なめ)の3? 中河恵子

 

 

 










 

 

 


とり1?中河恵子76-03a) (とり)の1? 中河恵子
 67年5月発売の(とり)3枚組と思われます。題名は「菱縄縛猿轡の表情」。解説は『痩型の胸に掛った菱縄は二の腕を恐ろしい程くびって、逆に乳房だけが飛び出したように、むっくりと繩の中から顔を出す猿轡にうるんだ哀憐の表情が美しい。』とあります。
 但し、股間縛りに着目して、67年6月の(はう)「菱繩は肌をくびる」かも知れませんが・・・。







 

 

 


とり2?中河恵子76-03b) (とり)の2? 中河恵子



 

 







 

 

 



とり3?中河恵子76-03c) (とり)の3? 中河恵子

 








 

 

 

 

 



くむ?中河恵子76-04) (くむ)? 中河恵子
 同趣向の写真が1枚しか見つかりませんので、X組・Z組とも考えられますが、それらしい題名が見つかりません。
 67年11月の(くむ)4枚組に「両手万才吊りの女」があります。解説は『両手を万才型に挙げて吊り上げられた無防備の裸身に襲いくる擦りの触手とあくなき淫奔な視線。』で、これかなと思っております。
 でもこの表情は清楚で娘さんらしい。オッパイもスレンダーで、腰も締まっており、たった2ヶ月後の68年1月号に妊娠フォトが発売されるとはとても思えません。






 


くめ?中河恵子76-05) (くめ)? 中河恵子
 こちらの表情はぐっと成熟しています。昔のにっかつロマンポルノ(何と懐かしい名前)の「花と蛇」の主演女優によく似ています。どちらが先なのか知りませんが。
 67年11月の(くめ)か、X組の1枚かと思っています。(くめ)4枚組であれば、「遠藤静子の羞恥責」『「花と蛇」の主人公静子夫人に憧れている彼女の前に『静子』の名札をぶらさげて演じた羞恥責め。』

 






 



はれ1?中河恵子76-06a) (はれ)の1? 中河恵子?
 まずこのモデルさん。中河恵子でしょうか左近麻里子でしょうか?眉毛と喉から甲状腺の腫れ具合を見ると中河恵子だと思いますが・・・。
 そうとすれば、後ろ手縛りから見て67年7月の(はれ)3枚組と思われます。「嬲られる縛体の鼻」『後手縛りで坐らされた恵子嬢の鼻に対して、開孔器と女悦棒と指先とでもって美しい鼻をいたぶっているところを鼻の穴を中心にしてカメラに収めた鼻責めフォト。』







 


 


はれ2?中河恵子76-06b) (はれ)の2? 中河恵子
 左近麻里子にも、67年9月に(ちる・ちれ・ちき)といった鼻責め写真があります。殆ど同じ時期にモデルを換えて同趣向の写真を撮っているんですね。

 

 


 








 

 


この1? 中河恵子?76-07a) (この)の1? 中河恵子?
 ファンをますます幻滅させることになるでしょうか? このモデルさんが中河恵子である確証はありません。でも眉の形がそうかな? と。
 もし、68年6月発売の(この)3枚組であるとすると、題名は「猿轡の臨月妊婦腹」。解説は『豆絞りの猿ぐつわを噛まされた臨月の妊婦は厳しい麻縄縛りで大きく喘ぎつつ被虐の心地に浸る。』となります。
 盲腸の手術の縫い目が爆ぜそうです。 










この2? 中河恵子?76-07b) (この)の2? 中河恵子?







75) 左近麻里子

 随心院様のおかげで、少し時間を戴くことが出来ました。次は私のコレクションをアップしないと叱られそうですので、随心院様に引き続き左近麻里子をアップしたいと思います。



左近麻里子(ちや)の175-01a) 左近麻里子 (ちや)? の1
 お恥ずかしいながら、73)ページで前田嬢と間違えた3枚です。確証はありませんが多分(ちや)4枚組ではないかと思います。
 (ちや)「強烈菱縄柔肌縛り」4枚組。67年9月初出です。
 『豊かに息づく両の乳房、可愛いいお臍を中心にして強烈な菱縄縛りで柔肌をいためつけます。』とあります。

 

 

 









左近麻里子(ちや)の275-01b) 左近麻里子 (ちや)?の2

 

 





 


左近麻里子(ちや)の375-01c) 左近麻里子 (ちや)?の3
 最初は35?一眼レフにクリップオンストロボ一発かなと思ったのですが、そうだとすると2枚目の写真の説明がつかない。67年に35?のトライXでこれだけのピントと階調を出すのは難しかったようにも思います。それで思い出したのは、確かマミヤのC型にはカメラの構えて左にアクセサリーシューがあった事です。
 グリップ式かも知れませんが、左側面にクリップオンをつけたのかも知れません。当時ストロボは高価でしたから。首が振れないし、そう大きな光量でもないので、アマチュアみたいにダイレクトに当てたものと推量します。







 


左近麻里子ちやの475-01d) 左近麻里子 (ちや)?の4
 ここからが新規スキャン分です。上記が(ちや)とすれば、これも間違いなく同じでしょう。それにしても、ダイレクトストロボによる撮影は異例と思われます。

 

 







 

 



せな1左近麻里子75-02a) (せな)の1 左近麻里子
 67年11月発売の「ゴムカバーの猿轡」に間違いないでしょう。
 『生ゴムのオシメカバーによって鼻も口も一緒に猿ぐつわされて、その息苦しさにのたうつ表情。』と解説されています。

 

 








 

 

 


せな2左近麻里子75-02b) (せな)の2 左近麻里子
 なかなか立派なオッパイですね。生ゴムのおしめカバーと書いてありますが、黒白写真では材質感が良く伝わってまいりません。

 

 

 








 



せな3左近麻里子75-02c) (せな)の3

 

 

 

 



 









せか1左近麻里子

75-03a) (せか)の1 左近麻里子
 これも確定だと思います。67年11月初出の(せか)「松葉のさるぐつわ」4枚組。全部揃っております。
 『松葉模様の粋な手拭で息もつかせず強く猿轡されて殊に美しい瞳を大きく瞠いて縄目に耐える。』とのことです。

 

 

 










せか2左近麻里子75-03b) (せか)の2 左近麻里子

 

 

 

 

 

 







 



せか3左近麻里子75-03c) (せか)の3 左近麻里子



 

 

 

 






 


 


せか4左近麻里子75-03d) (せか)の4 左近麻里子


 

 

 

 

 







 



せこ1左近麻里子75-04a) (せこ)の1 左近麻里子
 (せこ)も同じ月の発売で4枚組。題名は「黒布の猿轡と緊縛」
 『真黒い布は妖しいムードをかもし出して麗顔に襲いかかり可愛いい鼻口を無惨にも踏みにじる。』


 

 

 







 



せこ2左近麻里子75-04b) (せこ)の2 左近麻里子


 

 

 

 







 

 

 



せこ3左近麻里子75-04c) (せこ)の3 左近麻里子



 

 

 

 

 

 









せこ4左近麻里子75-04d) (せこ)の4? 左近麻里子
 確かに黒布の猿轡ですが、ちょっと状態が違うようです。X組かZ組のどれかかも知れません。臀部が美しいことを考えると(つや)の1枚とも考えられます。

 

 

 

 









つな?左近麻里子75-05) (つな)? 左近麻里子
 (つな)かと思いますが、英字組のどれかかも知れません。(つな)なら「柱立縛りの全裸身」 『洋間の中央にある柱に肌をくびるように縄がけした裸身をつなぎとめられた麻里子の美しい肢体。』 67年10月初出です。
 私の67年10月号が、扉のページが切り取られていまして、データベースでは11月初出になっていました。正しくは10月です。Ver.0.91では訂正します。








 



つぬ1?左近麻里子75-06a) (つぬ)の1? 左近麻里子
 67年10月発売の(つぬ)に比定出来ますがどうでしょうか? 「悶える白肌を俯瞰」解説は『階下のカーペットの上に真白な緊縛裸身を投げだしている麻里子を二階から狙いつけた妖美姿態。』

 





 

 






つぬ2?左近麻里子75-06b) (つぬ)の2 左近麻里子
 これのほうが、(つぬ)の解説通りです。6×6の二眼では撮りにくいアングルです。35?でしょうか? ピントもカキッとは来ていません。


 

 

 







 

 


つの?左近麻里子75-07) (つの)? 左近麻里子
 随心院様から戴いた写真と同じグループで、これも67年10月。「花瓶を太股で挾む」とそのものズバリの題名です。『ガラスの花瓶を真白い太股で挟んで全裸の優美な緊縛肢体をマニアの皆さまの眼前に御披露する。』
 勿論英字組の可能性もあります。

 







 

 


左近麻里子Z81類似75-08) 左近麻里子 Z81類似
 これも随心院様から戴いた写真に全く同じ縄掛けのものがありました。同じグループですが、かな組には該当するものが見えてきません。





 


左近麻里子不明分175-09) 左近麻里子 不明分1
 これからの三枚も同じ縛り方で同じ組だと思いますが、組名を特定出来ません。

 

 







 

 

 


 


左近麻里子不明分275-10) 左近麻里子 不明分2

 

 







 

 

 

 


 


左近麻里子不明分375-11) 左近麻里子 不明分3
 他に鼻責めの写真などがありそうですが、現在ピックアップしたのはここまでです。




 

 

 

 

 

 

お役立ちリンク

1.昭和なつかし緊縛写真
 http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/ 
2.昭和なつかし生理帯・月経帯
 http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ 
3.懐かしき奇譚クラブ
 http://nawa-art.com/index.html 
4.SMペディア
 http://smpedia.com/ 
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
最新記事
Recent Comments
QRコード
QRコード