昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。

村田那美子

158) 1954年の切腹写真

 ご縁というものは不思議なもので、V組、SM組ほぼ全数という貴重な資料を頂戴しましたのを契機に、ネットオークションなどでたて続けに新資料を入手出来ました。過去の重複を含めて、あっという間に500枚近くの写真が増えた計算になります。
 あれもスキャンしたい、これもアップしたい、川端嬢もまだ残っていると、あれこれ手を付けておりますと、写真がバラけて参ります。それで、空ページのみ作っておいて、中味は少しずつ埋めていこうと考えました。
 ここでは、1954年(昭和29年)に発売されたと思われる、切腹写真を、無修正カラースキャンの分よりお目にかけます。B&W修整分は追い追い追加致します。


 ご縁というものはさらに不思議なもので、次から次へとご紹介をいただき、奇譚クラブと風俗草紙などの写真をまたまた頂戴致しました。その中に同時代の切腹写真が6葉混じっておりましたので追加致します。6葉の内1枚は既掲出と同一のようですので、5葉を追加致します。
 私も断
捨離の年齢に近づいておりますが、惚ける前にコレクションを次世代に伝えなくてはと思っております。


158-0) 奇クの紹介ページ
158-奇ク1959/10c 奇譚クラブ 1954年10月号のオフセットページに「女性切腹画2題」として、靱和仁古の名で絵画と「切腹擬態写真」一葉が掲載されています。
 一方、同年1月号では「女性切腹姿態 第一集」 手札6枚組が発売、解説は「熱烈な要望により、川合伊都子さんから送られた写真を参考にして新に撮映したものを加えてこゝに第一集を発表した。切腹マニアの一見を希望する。」となっております。切腹マニアから、絵や写真の提供を受け、それを元に写真撮影したという意味でしょうか? 真実そうなのか、悪書に眼を光らせている官憲への方便なのか、私には判りません。
 左側の絵は、村田嬢や萩嬢に似ていますね。



158-01〜03) モデル不明
 158-00 の「切腹擬態写真」の同モデル同時撮影分です。髪飾りに特徴がありますが、モデルは誰でしょうか。
 B&Wの修整したものをアップ致します。'16 10/23
 ところで、このモデルさんどなたでしょうね? バレッタとでも言うのかな?髪の毛のアクセサリーが特徴的です。この時代としては清楚な娘さんに見えます。   

158 切腹13??Mc158 切腹13??Cb

01-B) 追加します。ずいぶん白キズの多い写真でしたが、追加分としてはマシなほうです。  
158 切腹13B2??Mc158 切腹13B??Cb

01-C) これも追加します。
158 切腹13C2??Mc158 切腹13C??Cb


02) これは既掲出分です。
158 切腹14??Mc158 切腹14??Cb
 なお、新たに入手した写真の内一枚は、これと全く同じ原板から焼かれたもので、状態も良くなかったので割愛しました。

02-B) 追加します。随分ひどい痛みかたで、特に眼の部分に十字型に大きな傷がついており修復すると顔の相まで変わってしまいました。 
158 切腹14B2??Mc158 切腹14B??Cb

03) これは既掲出分です。
  
158 切腹15??Mc158 切腹15??Cb



158-04〜09) 伊吹真佐子嬢 
 手札サイズの切腹写真は、冒頭のものを除き次のように発売されました。
  5月号 「女性切腹姿態 第二集」(6枚組)
  8月号 「血紅使用の切腹擬態寫眞 第一集/第二集」(各6枚組)
       「真刀を用いた切腹擬態寫眞」(6枚組)
  11月号 「切腹写真立腹 光沢面薄手印画紙焼付」(3枚組)
 その後は白表紙時代、55年10月号で「女性切腹『立腹』(たち)」2枚組となっております。
 この伊吹嬢の6枚が、上記のどれに当たるのかは全く判りません。広告にはモデル名が全く出ていないからです。皆様のご意見をお聞かせいただければ幸いです。

158 切腹01伊吹Mc158 切腹01伊吹Cb


158 切腹02伊吹Mc158 切腹02伊吹Cb


158 切腹03伊吹Mc158 切腹03伊吹Cb


 3枚アップしたところで、ちょっと一服です。
 姿勢が崩れているので、上品さも気品もありません。正統的切腹マニアのかたからは嫌われそうな写真ですね。
 カラースキャン分をご覧いただくとお分かりでしょうが、画像の劣化激しく、数多くのホコリが付着しておりました。とりあえず2枚は黒白での修整分をご覧いただきますが、一枚の修整に一時間以上かかっております。そんなわけで作業遅々として進んでおりません。
 でも、こうして改めてみますと伊吹嬢ってお肌がなめらかで美しいかたです。「化粧をすればするほど変になる」モデルさんらしいのですが、化粧しなければ美人です。
 (09 の修整分を追加しました 12/29) 07、08が特に状態が悪く、1枚の修整に2時間近くかかりました。だんだんバカらしくなって、周辺のバック部分はこだわらないことにしました。    
 
158 切腹04伊吹Mc158 切腹04伊吹Cb


158 切腹05伊吹Mc158 切腹05伊吹Cb


158 切腹06伊吹Mc158 切腹06伊吹Cb



158-10〜12) 村田那美子嬢   
 多分、村田嬢で間違いないと思っていますが、私の見違えかも知れません。何しろこの当時この髪型が流行ったのか、村田嬢、萩嬢その他何人かのモデルさんが、角度によって同じに見えてしまうのです。 
 
158 切腹07村田Mc158 切腹07村田Cb

10B) 村田那美子嬢 追加します
 
  
158 切腹08B村田Mc158 切腹08B村田Cb
11) 既掲出分です 
158 切腹08村田Mc158 切腹08村田Cb


158 切腹09村田Mc158 切腹09村田Cb

12B) 村田那美子嬢?追加します
 村田嬢と思うのですが少し自信がありません。
 
158 切腹09C村田Mc158 切腹09C村田Cb

158-10〜12) 坂口利子嬢
 最後は、これまた推量ながら、坂口利子嬢だと思います。

158 切腹10坂口Mc158 切腹10坂口Cb


158 切腹11坂口Mc158 切腹11坂口Cb


158 切腹12坂口Mc158 切腹12坂口Cb   

 (’16.12.30) 今年も残り少なくなって参りました。切腹写真15枚。これで終了です。
 いやー、苦労しましたー。 キズ、汚れ、カビもそうなんですが、それ以上に銀塩沈着とでも申しましょうか、印画紙の薄い陰の部分まで、析出した金属銀で真っ黒に出てくるのです。明るい部分は飛んでしまい、暗い部分は真っ黒にというわけで、トーンカーブを調整して軟調に仕上げましたが、スペクトルは2本の角のような感じのままです。 肌の汚れた部分は修整と言うより描いているって感じ、画面周辺部の汚れなんて取る気にすらならない。
 それでは皆様、良いお年を・・・・


  (’17.02.05) 節分を過ぎて5枚アップ致しました。   

134) miss SATOKO KAWABE & miss NAMIKO MURATA / 134) 川辺砂登子 村田那美子

川端嬢ばかりでは退屈ですので、それに続くモデルさんをご紹介します。
 53年9月号、「縛られた女ばかりの座談会」の同席者、厚狭春江、坂口利子、村田那美子、雲井久子、高瀬忍といった面々が、川端嬢と重なりつつ、その直後を引き継ぎます、そして55年の第1期黄金時代には、萩千恵子、川辺砂登子、伊吹真佐子が加わります。
 このページでは、川辺砂登子嬢と村田那美子嬢にスポットを当ててみたいと思います。ちょっと自信がないのは、以上に掲げたモデルさんの中に、顔を充分に撮させなかったかたが居て、モデルの特定に確信を持てないことです。

川邊砂登子01Cb川邊砂登子01Mc134−1) 川辺砂登子の1
 55年4月号のp.240に掲載された写真です。高瀬嬢と川辺嬢は印象が似ているので、掲載されていなかったら特定出来なかったと思います。



川邊砂登子03Cb川邊砂登子03Mc134−2) 川邊砂登子の2
 同号p.238の写真の同時撮影分です。
 グラビアとしては、55年1月号「足首に鎖のある風景」
 着用の衣装は、網レオタードのように見えます。この時代に、貴重なものでは無かったでしょうか?









川邊砂登子04Cb川邊砂登子04Mc134−3) 坂口利子(たおやめ様からのご教示)  
 一応川邊嬢に分類したのですが、自信がありません。このツブツブのある乳輪と左腕の傷。同種の写真が見つかれば簡単なのでしょうが・・・。
 たおやめ様から坂口利子とご教示頂きました。そう言われればたしかにそのように見えます。 有り難うございました。 

川邊砂登子02Cb川邊砂登子02Mc134−4) 川端多奈子?  
 これも別人でしょう。 私見では川端嬢のように思えます。





村田那美子03Cb村田那美子03Mc134−5) 村田那美子 1
 53年10月号の『野外の責場撮映にて』で発表された写真そのものです。辻村−塚本コンビによる作品。場所は富田林市の廿山古戦場(現錦織公園)に間違いありません。
 記事には村田嬢が急に生理的変調を来した事が書いてあり、結果的に当時の珍しい前開き生理帯の写真が残ることになるのです。








村田那美子04Cb村田那美子04Mc134−6) 村田那美子 2















村田那美子05Cb村田那美子05Mc134−7) 村田那美子 3
 これがその生理帯の後ろ姿。前姿は別の場所に掲示しました。













村田那美子06Cb村田那美子06Mc134−8) 村田那美子 4
 この写真も、同号で使用されています。
 この記事は、当時としては珍しく白い良質の紙に印刷されており、綺麗な写真が楽しめるのですが、オリジナルプリントの比ではありません。
 ふくらはぎがちょっと妙に写っています。


村田那美子01Mc村田那美子02Mc134−9,10) 村田那美子 5,6
 村田那美子の野外撮影は、上記廿山古戦場の他に、枚方市河内磐船付近、奈良県の笠置町付近の渓流と、いずれも山中で行われたようです。この2枚は何となく枚方っぽく見えるのですが、もちろん確証はありません。
 あまり褪色していないので、B&Wだけでお見せします。







村田那美子07Mc村田那美子08Mc134−11,12) 村田那美子 7,8 
 一転、室内撮影です。室内の様子と縄掛けから同日撮影分とわかるのですが、ヘアスタイルが随分違って見えます。ミディアムショートとミディアムロングぐらいの違いがあります。











村田那美子09Mc村田那美子10Mc134−13,14) 村田那美子 9,10 
 この2枚も同日写されたものと思います。














村田那美子12Mc134−15) 村田那美子 11 















村田那美子16C?b村田那美子16M?c134−16) 村田那美子 12
 深く猿轡がかかっているので、ちょっと判断しにくいのですが・・・













村田那美子17C?b村田那美子17M?c134−17) 村田那美子 12 
 ここらが、村田嬢なのか萩嬢なのか、見分けがつきません。






村田那美子15C?b村田那美子15M?c134−18) 村田那美子 13 







村田那美子14Mc134−19) 村田那美子 14 







村田那美子13Mc134−20) 村田那美子? 15
 同じ場所に入っていたのですが、より近代的な絵です。村田嬢じゃなくて大塚啓子嬢のように見えます。












98) キャビネ版 萩千恵子 加賀利江子 伊吹真佐子 坂口利子 村田那美子 川邊砂登子

 これより、キャビネサイズで所持しております分譲写真を30枚ほどお目に掛けます。
 キャビネ版分譲写真は53年1月に始まり55年11月で終了しました。65年からの山原清子や美木乃々子の分譲は全て大キャビネ(大中判)であったと考えられます。目録が不備な時代の分譲ですので、ものによっては特定が困難でした。
 9月22日残りをアップいたします。



98−1a 不明 萩千恵子98−1a) 不明 萩千恵子
 55年10月号は、長期発禁からの復活第一号でした。白表紙にもかかわらず、この号には大量のグラビア写真が掲載されています。
 その中の1枚 「どういうポーズをとるの?」と題された写真が同じ服装・猿轡です。
 分譲写真の題名は良く分かりません。略号以前の発売ですし、モデル名すら書かれていないケースも多いためです。











98−1b F04−1萩千恵子98−1b) F組04−1? 萩千恵子
 54年7月発売の『レインコート三能』 解説「ヌメヌメとしたゴム肌の感触、素肌にレインコートを着した緊縛 レインコートを纒って後手に縛り上げられた美貌の萩嬢の美しい被虐の姿態。」かなと思うのですが、違うでしょうか?
 56年4月号のグラビヤに同種の写真が掲載されています。





 







98−1c F04−2萩千恵子98−1c) F組04ー2? 萩千恵子
 このパンティーは、当時はやり始めたナイロン繊維製と思われます。汗を吸いませんので快適ではなかったでしょうが、ストッキングと共に女性のあこがれの的だったのでしょう。
「安くて薄くてよく見えるナイロンパンツ」などと揶揄されましたが、高級品であったと思います。




98−1d F04−3萩千恵子98−1d) F組04−3? 萩千恵子
 いわゆるビニール合羽と違って、ゴムとビニールのアイノコのような、やや厚手の半透明の樹脂です。







98−1e 海老責め3態 萩千恵子98−1e) 海老責め三態? 萩千恵子
 萩嬢には間違いありません。54年7月発売の『海老責め三態』 解説「ヤセ型の柔軟な姿態の千恵子嬢を二つ折りに曲げたエビ責のポーズ、二本の足だけが宙に躍っている。」としておきます。
 当時は1組の中にいろんな違ったポーズが入った分譲品がありましたので、それらの中の1枚という可能性もあります。

 







 



98−1f 不明13 萩千恵子98−1f) 不明? 萩千恵子
 良く分かりません。この頃の女性はパーマヘアもよく似ていて、見間違いやすいのです。






 


 

 






98−2a ボリウムを縛る1 加賀利江子98−2a) F組の05? 加賀利江子
 55年10月号に「ボリウム」と題して加賀嬢のグラビアがありますが、それと衣装が同じです。







98−2b ボリウムを縛る2 加賀利江子98−2b) F組の05? 加賀利江子
 55年10月、11月発売のF組は、そのうちの05,06,07,09を加賀嬢に割いています。本当はもっと前から準備されていたのでしょうが、発禁のためアナウンスが遅れたものとおもいます。
 05は『加賀利江子嬢第一回縛り集』 解説は「美貌の新人、まあごらん下さい。利江子嬢の初めて縛られたこの縛られ方を。縛られることを厭わない繋縛モデル第一回の縛られポーズ。是非コレクションの一端へお加え下さい。」
 他の集も解説に具体性が無く。09の「デニムのズボン」は除くとして、いずれも解説に具体性が無く、特定出来ません。








98−2c ボリウムを縛る3 加賀利江子98−2c) F組の05? 加賀利江子



 

 










 



98−3a ハシゴ責め三態1 伊吹真佐子98−3a) 梯子責め三態の1? 伊吹真佐子
 54年5月発売の『梯子責め3態』と思います。略号無し。解説「梯子に縛りつけて宙にうかす女体に喰い込む縄目、サディストの見果てぬ夢の一つ。」
 しかしマズイ顔ですね。化粧するほど悪くなる顔ってどんなだったんでしょうか?








 


 



98−3b ハシゴ責め三態2 伊吹真佐子98−3b) 梯子責め三態の2? 伊吹真佐子
 猿轡を深くすると他人のように見えます。顔を隠すと美人です。







 

 

 




 



98−3c ハシゴ責め三態3 伊吹真佐子98−3c) ハシゴ責め三態の3 伊吹真佐子







 

 

 

 








98−3d 不明? 伊吹真佐子98−3d) 不明? 伊吹真佐子
 








 

 

 







98−3e) 不明? 伊吹真佐子98−3f) 不明? 伊吹真佐子
 随心院様から54年9月号が参考になるとご教示頂きました。





 




98−4 不明 伊吹真佐子・春日ルミ98−4) F組25? 伊吹真佐子・春日ルミ
 女斗美と言う言葉はもう出ていたのでしょうか? 55年11月号の新発売『ローソク責め』です。後にF組25の略号が与えられました。解説「これは又凄い、肌の上に直接立てられた火のついたローソク、熱い蝋涙をたらたらとお臍の中へたらし込む。うむうむと苦節に呻めく縛られた女。サジズトをうんと思わずうならせる凄い場面の連続」






98−5a 不明10 坂口利子98−5a) 不明? 坂口利子







 

 

 








98−5b 不明15 坂口利子98−5b) 不明? 坂口利子
 随心院様から川辺砂登子ではないかとのご指摘。この当時はパーマの当て方と三日月眉毛で、みんな同じように見えてしまうのです。ところが川辺嬢のキャビネ写真はメンスバンドかセーラー服。村田嬢にもそれらしい写真が無し。坂口嬢のみF17があるのですが・・・・・・









 

 



98−6 不明14 村田那美子98−6) 不明? 村田那美子


 






98−7 不明9 川邊砂登子98−7) F28? 川邊砂登子?
 この黒いパンティーですが、よく見るとお腹の部分に返りがあります。前開き式のズロース型メンスバンドらしく見えます。
 確証はありませんが、F組の28にキャビネ2枚組で『メンスバンド着用』、解説「バンドマニアの為に川辺砂登子嬢を煩して、メンスバンドを着用の上正面向ってポーズをつけた二枚のフォト。」があります。








 


 



98−8a) 不明20? モデル不明98−8a) 不明20? モデル不明
       F組の02 中富綾子
 不明の後の20に何の意味もありません。単なる符丁です。もう少しで確証を得そうなんですが、今は不明としてアップします。
 写真のコントラストが悪いのは、原板そのものの光の廻りが悪いからです。
 ここから次をアップしますが、修正はあまり丹念にしないようにしました。原板そのものの状態が万全ではありませんので、修正に凝っても仕方ないと思ったからです。
 たおやめ様から、モデルは中富嬢ではないかとのご指摘。そうなら55年10月のF02『美少女緊縛』2枚組。








98−8b) 不明21? モデル不明98−8b) 不明21? モデル不明
       F組の02 中富綾子
 同上です。

 

 

 

 

 










98−9a) 不明22? モデル不明98−9a) 不明23? モデル不明
 随心院様より、Sado特集第2号を根拠に坂口利子ではないかとのご指摘を戴きました。

 

 






 








98−9b) 不明23? モデル不明98−9b) 不明23? モデル不明




 





98−9c) 不明24? モデル不明98−9c) 不明24? モデル不明
       F組01 高瀬忍
 同じく、たおやめ様のご指摘。55年10月F01『悦虐ポーズ代表選』3枚組

 







98−10) 不明26? モデル不明98−10) 不明26? モデル不明

 

 







98−11) 不明27? モデル不明98−11) 不明27? モデル不明


 



 




98−12) 不明28? モデル不明98−12) 不明28? モデル不明
 随心院様から杉芙美嬢でないかとのご指摘。F13はオムニバスですが、その中に『足吊りポーズ』(杉芙美嬢)があります。








 

 

 


 



98−13) 不明29? 不明モデル98−13) 不明29? 不明モデル







 

 

 

 

 

 





98−14a) 不明30? 厚狭春江?98−14a) 不明30? モデル不明
 モデル不明とは書きましたが、多分厚狭春江嬢かと思います。ところが、厚狭嬢のキャビネ版はF08『厚狭春江嬢股間しばり三態』で、これはこの写真と一致するのですが、後が分からない。こういう決め手の無さが不明の山を作っているのです。





98−14b) 不明31? モデル不明98−14b) 不明31? モデル不明
 これも次も厚狭嬢と思うんですが、股間縛りじゃないでしょう。

 








98−14c) 不明32? モデル不明98−14c) 不明32? モデル不明






 

 

 

 







98−15a) 不明33? 伊吹真佐子?98−15a) 
F組の11の1 萩千恵子 不明33? 伊吹真佐子
 女を目方で売ろうとは思っていないんですが。続いて伊吹嬢です。スミマセン。
 たおやめ様からのご指摘。55年10月のF11『萩千恵子嬢新版腰巻しばり』3枚組  





98−15b) 不明34? 伊吹真佐子?98−15b) 
F組の11の2 萩千恵子 不明34? 伊吹真佐子 
 以上です。モデル・題名の特定は良いところまで行ってはいるのですが、あと一歩です。確信を持てたら書き込みます。
 同上。




95) 大中判 G組 高瀬忍 萩千恵子 伊吹真佐子

 白川様から、カラースキャン品を頂戴し、私もカラースキャンをしたくなりました。素性のわかりやすい大中判(大キャビネ判)で、出来ればA3プリントに対応出来るものをと考えたのですが、残念ながら時代物の原写真にその力がなかったようです。
 奇譚クラブの大中判の発行年代ははっきり分かれていまして、約100枚が59年以前。64枚が梨花嬢の吊りを中心とする63年以後です。ところが、81頁で申しましたとおり、別にキャビネと表示されている約400枚の内、65年以降の山原嬢や美木嬢の約50枚は実際には大中判でした。そういうことで、型録にキャビネと書いてあっても、大キャビネの可能性もあるわけで、白表紙時代の資料の少なさも手伝って、特定は意外に厄介でした。
 8月16日手持ちの大中判写真の残り8枚を追加しました。


G01高瀬忍95−1a) G01 高瀬忍 『鉄鎖と柔肌』
 奇ク56年12月号には別冊付録として分譲品の型録が付いていました。その中のG01に間違いないと思います。
 解説に「全裸の柔肌に喰い込む鎖、柔と剛との醸し出すコントラストの妙味、正面に向って立膝した美貌忍嬢の媚態と赤裸々な純白裸体のエロチシズム。」とありますので、おそらく両膝立ちしてるんだと思います。
 ドットピッチ266でスキャン。大手札の写真より僅かに圧縮率を高めて1MB以下に納まるようにしています。











G02高瀬忍95−1b) G02 高瀬忍 『股間縛正面』
 股間縛正面なんてどんな写真なんだろう、とワクワクして申し込んだんでしょうね、当時の人は。実際には縦のお縄が申し訳程度に見えているだけ。でも良い表情です。この頃こういう写真を見かけなくなりましたなーご同輩。
 当時は娘さんというのはもっとまともなお嬢さんを意味していたんですな、今のフードルなんかと違って。「あたしゃまともな娘だよ="Good girl I am!" My fairlady」
 解説は 「後手高手小手にヽひしひしと縛しめられた忍嬢、乳房の上下には二重に縄が肌に喰い込むばかりにきつく、全裸正面の彼女は猿ぐつわの顔をうつむけて恥らいに只頬赤らめるばかりであった。」
 縄で乳房の谷間が押さえられているのは宜しいですね。







G03萩千恵子95−1c) G03 萩千恵子 『海老晒し』
 最初、萩嬢じゃないように見えたんですが、やっぱりそうかな? と。以前は毛先だけなのに、これは根本からパーマが当たってますよね。ちょっとイケズっぽい口元が見えないから・・・G10と比較してみて下さい。
 解説 「奇想天外な縛りで有名な千恵子娘が猿ぐつわをしたまゝ、両眼を開いて仰向けに倒れる。両手首と両膝頭と首とを緊縛して、全く自由を奪われた緊縛ポーズ、苦痛に喘ぐ顔の表情、果してこの姿勢でいつ迄耐え得ることが出来るか。」



G04菅登紀子95−1d) G04 菅登紀子 『羞紅の椅子』
 菅登紀子と言うモデルさんは他で見たことが無く、確証はないんですが、解説から多分これだろうと思っています。菅嬢は56年に12枚出しただけの、マイナーなモデルさんでした。
解説 「ドアーの閉じられた密室に置かれた殺風景な椅子一つ、猿ぐつわに声を奪われた可憐な菅嬢は、両乳房もあらわに裸身にむかれた恥しさに、只、「許して、許して」と助けを乞うばかりであった。然し飽くなき暴虐の手は、彼女をこの罪の椅子に縛り上げてしまったのであった。あゝ、彼女の運命やいかに?」









G05伊吹真佐子95−1e) G05 伊吹真佐子 『量感の帯』
 これの同類は雑誌に掲載されたのじゃなかったでしょうか?
 解説 「益々豊満さを増した伊吹嬢をストツキング一つの裸身にむいて、その弾力性のある全身を顔面から後手へと純白の練布を以て緊縛しでゆく。今や、身動きも出来ない十五貫余の肉体は、「嫌、嫌」と身もだえする度に包帯の間から、ピチピチと躍動するのであった。」
 G06は見つかりません。






 






G07伊吹真佐子95−1f) G07 伊吹真佐子 『叫喚の森』
 これも雑誌を飾りました。伊吹嬢は、化粧に凝れば凝るほど変な顔になる、という変なモデルさんだったようです。後年ショートカットにしたのを見れば、結構美人なんですが、55年頃は、なんであんな変な顔だったんでしょうか?
 解説 「人里離れた。森の中、誘拐された女性が一本の松の木にガンジガラメに後手に縛りつけられている。裸にされた乳房、臍、太股、足首には縄目がいたいたしく喰い込んでいる。助けを求めて叫べども、通る人とてなき森の中は、寂として只、こだまが返ってくるだけであった。」











G08村田那美子95−1g) G08 村田那美子 『全裸目隠し』
 G組10枚組は本来は英字組に分類すべきでしょうが、56年という最初期ですので、1枚1枚に解説が付いていたのです。それでやっと特定出来ているのです。
 その解説ですが、「全裸の女体が、どたりと床の上に投げ出されている。後手に縛り上げた縄は乳房の間で結び目を作り更に鳩尾と臍の上で都合三つの結び目を綾なしている。 黒布で目かくしをされた彼女は豊満な女体を海老のように弾ねくねらせ、目かくしを取ろうとするのだが、後手に縛しめられた両手の自由はきかず、只、艶やかな雰囲気をいやが上にも、盛り上げるのに役立つばかりであった。 今まで、秘蔵してあった村田嬢のサデイスチック・シーン。」
 結び目の数が決め手です。それにしても、どうせ6×6で撮っているのですから、せめて横位置のトリミングにして欲しかったと思います。えへへ・・・





G09花坂道子95−1h) G09 花坂道子 『優すがた』
 昭和28年頃の写真には、水着もたびたび登場します。当時はこんな水着でもマイクロビキニと同じくらい刺激的だったんでしょうか。
 解説は 「自慢のロング・ヘアーをあらわな胸に垂らして、縛られた縄目にうつむき加減の羞らいを見せる道子嬢、太股から脛、指先と大胆に前に投げ出して、今までにないエロチックなポーズでサド・フォトマニアの方々に開陳する優すがた花坂道子嬢。」





 





G10萩千恵子95−1i) G10 萩千恵子 『開股一番』
 強精ドリンクの名前みたいですな。
 でも、これが私の親しんだ萩嬢の姿です。
 解説 「あられもなき淑女のポーズ、但しこれは縄で縛られているので仕方なく、このような恰好になっているので、萩嬢は全く花羞しいお淑やかな女性であります。噛まされた猿ぐつわの下から、何かしきりに訴えています。きっと、早く解いてくれと云っているのでしょうか、如何に緊縛ポーズといっても、こんな姿勢では長く放っておくのは可哀そうです。」
 G組10枚中9枚をお目に掛けました。すこしお休み頂いて、55〜59年の大中判をさらにいくつかアップしたいと思っております。









はな2?花坂道子? これより8枚追加します。
95−2) 不明分 不明モデル [花坂道子 はな4?]
 最初は花坂嬢かなと思いましたがちょっと違う感じです。花坂嬢なら、57年11月の(はな2)か、58年3月の(はな4)か? と思いましたが、花坂嬢がショートヘアにした形跡はありません。型録にはキャビネサイズで載っている、別のモデルさんでしょうか?
 写真は殆ど変色していませんので、モノクロスキャンしました。統一が無くてすみません。

 たおやめ様、随心院様からモデルは花坂道子とのご指摘をいただきました。57年12月の(はな2)より、58年3月の(はな4)のほうが近いと考えられます。
 略号(はな4)大中判2枚組。題名『股間縛り』 解説「首縄に胸から二の腕縛り、胸縛り股間縛りとロープがからむ。」と短いながら具体的にこの写真を表現しています。
 (はな2)は『花坂道子嬢股間縛り集』で「数々の傑作を過去に於て作成した写真部が、ここに美貌のモデル花坂道子嬢の協力を得てマニア垂誕の強烈な縛り写真の撮影に成功し、ここにその一部を発表することになりました。是非コレクションの一端へお加え下さい。」




不明4不明モデル(花坂?)95−3) 不明分 不明モデル [田代悠子]
 モデルも、当然写真名も分かりません。

 たおやめ様からモデルは田代悠子、随心院様から限定版に載っていたとのコメントを戴きました。59年2月の臨時増刊限定版「緊縛フォトアラベスク」の田代悠子表情集その1がそれでした。
 その1が6頁、その2が8頁と特別大きく扱われていますが、この写真はそれらと同時に撮影されたものではあっても、完全に同一のものではありませんでした。
 ところで私の分譲写真データベースに田代悠子の名はありません。はたして分譲されたものなのかどうか? コレクションの中には、多分奇クの編集に関わった人の持ち物だったろうと思われるアルバムも混じっていますので、それかも知れません。





不明1雲井久子95−4a) 不明1 雲井久子
 53年9月号に、「縛られた女ばかりの座談会」と題して、6月14日に開催された座談会記事が載っています。モデルさん6人の紹介写真中、雲井久子嬢の覆面写真によく似ています。
 記事から満年齢として計算しますと、最年長が雲井嬢で昭和5年頃生まれ。最年少の高瀬忍嬢が10年頃の生まれとなります。現在70歳代半ばという所でしょうか。
 雲井嬢は52年の秋から奇クのモデルをしたようです。従ってこの写真は52年の冬か53年の春撮影されたものと思われます。略号のない時代に分譲されたものと思われます。
 それにしても、後ろ手が高々と上がっていますね。





不明分2 雲井久子95−4b)
 同上です。









不明 大塚啓子95−5) 不明 大塚啓子
 型録上、(はり)『磔(ハリツケ)三態』以外に大塚嬢には大中判写真はありません。したがって組名も判りません。







不明3不明モデル(大塚?)95−6) 不明 不明モデル
 全く分からないながら、ヒップの感じに大塚嬢を思わせるものがあります。








不明1不明モデル(愛川?)95−7) 不明 愛川悦子?
 分からないながら、モデルは愛川悦子嬢のような気もします。

 

 

 

 





 





不明2 不明モデル(愛川?)95−8) 不明 不明モデル
 足の裏が黒くないので、昭和30年代に入ってからの写真かなと思っています。それ以外全く分かりません。
 81ページにご紹介した、美木嬢、山原嬢、大塚嬢を加えて、これで私の持つ、奇クの大中判写真はおしまいです。袖珍Y組で大名刺サイズが終了していますので、あとは全てキャビネと大手札となります。











58) 緊縛美のオンパレード 第十篇 98集〜100集

98-198-1
 いよいよ最後の15枚です。やっとたどり着きました。このあたりに来るとモデル嬢もバラエティーに富んでおり、写真のシャープネスも違います。1,2,4は村田嬢だと思います。








 

 

 




98-298-2










 

 

 


 


 


98-398-3
 3,5は川端嬢かな?






98-4村田那美子98-4
 間違いなく村田嬢でしょう。



 

 

 

 









98-5川端多奈子98-5
 川端嬢のようです。






99-199-1







99-299-2







99-399-3





 



99-499-4
 雲井嬢にこういう頭巾をかぶった写真がありましたが・・・。




 

 

 

 









99-599-5






 


100-1100-1
 カメラが変わったのでしょうか? シュミーズの水玉の地模様など描写力が違います。



 



100-2100-2







100-3100-3





 



100-4100-4








100-5100-5
 バンザーイ。終了です。でもモデルさんが確定し次第、改訂したりコメントでお知らせしますので、ご協力をお願い致します。





56) 緊縛美のオンパレード 第十篇 93集〜95集

93-1川端多奈子93-1










 

 

 

 





93-2川端多奈子93-2





 

 






 

 





93-393-3










 

 

 

 

 




93-493-4











 

 

 

 

 




93-593-5





 

 



94-1村田那美子94-1 (モデル:村田那美子)
 92は水着94は腰巻き着用の股間縛り写真です。










 

 

 

 




94-2村田那美子94-2












 

 

 

 

 




94-3村田那美子94-3









 

 

 

 

 





94-4村田那美子94-4






 



94-5村田那美子94-5









 

 

 

 






95-195-1












 

 

 

 




95-295-2












 

 

 

 

 



95-395-3





 



95-495-4





 







 

 

 





95-5川端多奈子?95-5






 

55) 緊縛美のオンパレード 第十篇 91集〜92集

91-1村田那美子月経帯のまま縛り91-1 (モデル:村田那美子)
 ここからは表題が付いていません。第十篇は11月号にサムネイルが載せられただけで、題名の付いた紹介記事が出なかったのです。そしてこの前開き月経帯の写真は私がブログをはじめるのを決意させた写真でもあるのです。
 地方によって商品名はいろいろでしたが、黒メリヤス地二重ゴム付き前開きズロース型月経帯。典型的にはフレンドバンドとかラッキーバンドの名で販売されていました。大阪では多分商社のブランドで、パリスバンドとかサカエバンドなどの商品があったようです。もしこんなのが現存すれば博物館行きですよ。
 この一世代前のビクトリヤ月経帯やミサヲバンドなどを見るにつけ、月経帯の改良が女性の社会進出を助けたことはココ・シャネル以上ではなかったかと思います。



 


91-2村田那美子'53/6月頃廿山古戦場にて91-2
 この五枚は、大阪郊外の廿山古戦場。南部の狭山から金剛駅・富田林方向にあるのか、東部、平岡・四条畷方向にあるのか知りませんが、そちらでロケしたと10月号に出ています。時期は6月末から七月初めと思われます。




 

 









91-3村田那美子月経帯のまま縛り91-3
 1と同じく月経帯


 

 

 

 











91-4村田那美子91-4





 

 

 

 

 









91-5村田那美子91-5






 

 

 

 








92-1村田那美子92-1 (モデル:村田那美子)





 

 

 

 









92-2村田那美子92-2








92-3村田那美子92-3




 

 

 







 

 




92-4村田那美子92-4












 

 

 



92-5村田那美子92-5
 やっぱり美人はスキャンしていても楽しみがあります。

 

 

 







 


 

お役立ちリンク

1.昭和なつかし緊縛写真
 http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/ 
2.昭和なつかし生理帯・月経帯
 http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ 
3.懐かしき奇譚クラブ
 http://nawa-art.com/index.html 
4.SMペディア
 http://smpedia.com/ 
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