昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。

美木乃々子

157) 一宮百合子 美木乃々子 刑部典子 アルバム

 一宮百合子嬢の写真について表題だけでコメントをいただきましたので、早急に揚げねばなるまいと思い、とりあえずあるものをご覧いただきます。
 1966年8月号でアナウンスされた(るり)5枚組「股間縛苦悶表情集」全てと、(るれ)4枚組「逆エビ強烈縛り」中2枚です。
 その後、美木乃々子の(ぬへ)5枚組と続きます。
 そうそう、これらの写真ですが、フエルアルバムに貼り易くするために、周辺をカットしてあります。そのため縁なしになっていますので、こちらも縁無し写真としてスキャンしております。変形写真も出て参りますがご容赦下さい。
11/27に13〜16をアップしました。   


157-01〜05) 一宮百合子(るり)5枚組「股間縛苦悶表情集」
 「股間縛りの裸身を動かされることによって起る縄目の苦痛を、その全身と顔面の表情に現した美しい悦虐の模様。今や彼女はこぽれんばかりの色気を全身に湛える。」 と解説されています。  

157 一宮百合子 るり001c157 一宮百合子 るり002c






157 一宮百合子 るり003c157 一宮百合子 るり004c

157 一宮百合子 るり005c157 一宮百合子 るり005d

 この05だけちょっと柔らかく細工してみました。印画が硬くて女性の顔の滑らかさ、柔らかさが出てなかったからです。ブラの刺繍模様が再現できていないのも気になりました。しかし、ほぼ純白で元の印画でも見分けが付かない模様なんて、後でどんなにいじっても出てきませんでした。右左、どちらがいいでしょうか?

157-06・07) 一宮百合子(るれ)4枚組「逆エビ強烈縛り」中の2枚
 「両手を後手に高手小手に縛りあげられた縄尻を背中から足首に連結されて引絞られると、身体の前面が全く無防備にさらけ出されて縄もちぎれよともがき抜く。」 のうちの2枚です。

 解説文そのままの写真が抜けているようです。  
157 一宮百合子 るれ006c157 一宮百合子 るれ007c


157-08〜12) 美木乃々子(ぬへ)5枚組「猿ぐつわ全裸縛り」
 65年11月号で発表された(ぬへ)5枚組。解説は「豆絞りの猿ぐつわの他は、一糸纒わぬ全裸に剥れた女体を厳重な高手小手胴縛りにされて、さまざまなポーズを強制されている八等身の美女の哀れな姿態。」とされています。
 このブログ114頁の、HASSAN様から頂戴したものと同じでございます。スキャンの都合で組内の順は異なっておりますがご容赦下さい。白枠がカットして貼り付けてありましたので、スキャンも縁無しで処理しています。
 また、特に12はアルバムに貼る都合でしょうか、上下がかなり大きくカットされておりました。イヤHASSAN様のも同じですね縦横比は。とすると、元々のプリントが6×6ネガなんで、余白を残して焼き付けられていたんですね、きっと。
 随心院様から「美木乃々子」三木→美木 とのご指摘をいただきましたので訂正致します。 
157 三木乃々子 ぬへ008c157 三木乃々子 ぬへ009c

157 三木乃々子 ぬへ010c157 三木乃々子 ぬへ011c

157 三木乃々子 ぬへ012c


157-08〜12) 刑部典子(けた)5枚組「黒褌猿ぐつわ縛り」
 66年7月号で発表された(けた)5枚組です。解説は「黒フンドシ一本の裸身をぎゅうぎゅう縛りあげられ、息もつがせぬ猿ぐつわが大きく口を掩うと、パチリと澄んだ瞳が、一層哀婉味溢れる表情で流し目を送るのだ。」。
 本サイト、80Pの08a〜gでお目にかけたものと同じですが、80頁では7枚の内どれが(けた)5枚かは判りませんでした。今回は全ての写真の裏に「けた」と鉛筆書きしてあります。 
 
157 刑部典子けた001d157 刑部典子けた002c

157 刑部典子けた003c157 刑部典子けた004c

157 刑部典子けた005c


157-13〜16) 東浦ひかる(むく)4枚組「オムツの股間しぱり」
 1963年3月号で発表された、(むく)4枚組です。裏面に「むく」と鉛筆書きしてあります。
 解説は「口には頬もくびれよと厳しい猿ぐつわ、ゴムのオシメカバーの半ばはずれかけたボタンの間から浴衣地のオシメがむざんにものぞいている。胸から腹、そしてカバーの上からの股間縛り。荒々しい男の足で踏みつけられて喘ぐひかるの豊かな裸身。」となっています。
 それにしても、このアルバムはバラエティーに富んでいるというか、何でもアリというか・・・。奇ク以外にも風奇・裏窓関連、吉田氏・濡木氏の関係と思われる写真も入っておりました。  
157 東浦 むく012c157 東浦 むく013c

157 東浦 むく014c157 東浦 むく015c


157-17〜19) 山原清子(ろす)3枚組「股間縛正面表情」
 1965年12月号で発表された、(ろす)3枚組です。  
 解説は「豊胸をくびれる程縛った麻縄が身体をタテに割り裂く微細の縄目の行方を正面と背面から大写しによって鮮鋭なレンズの眼を通していきいきと描写しました。」
 このころのマミヤCシリーズは、105个鯢現燹65个広角の頃だったでしょうか? わたしが使っていたのは、80个55个任靴燭。妙に構図か窮屈なのは毛を隠すためではなく、顔でもなく、縄の表情を撮りたかったんだと思います。マニアックとはこのことを言うのでしょうか。多分元の印画紙には上か下に大きな空白があったと思います。
157 山原清子ろす001c157 山原清子ろす002c

157 山原清子ろす003c
  











114) Room of Al-HASSAN-IV / 114) HASSAN様の部屋−IV 佐々木真弓 美木乃々子 川越美佐子 鈴木千鶴子

HASSAN様からのプレゼント、これで最終となりました。くれぐれも御礼申し上げます。

kk33・佐々木真弓<こわ>114-1a) Ms.M.SASAKI-1Jun.1968 / 114−1a) (こわ)佐々木真弓−1
 HASSAN様から(こわ)とのご教示を戴いております。68年6月にアナウンスされた3枚組。題名は『乳房強烈膨隆責め』 解説は「すべすべとした丸味を持つ乳房を上下左右から締め上げてむくむくと盛り上げた後手縛りの全裸。」












kk34・佐々木真弓<こわ>114-1b) Ms.M.SASAKI-2Jun.1968 / 114−1b) (こわ)佐々木真弓−2








kk35・佐々木真弓<こわ>114-1c) Ms.M.SASAKI-3Jun.1968 / 114−1c) (こわ)佐々木真弓−3







 








kk37・美木乃々子<ぬへ>114-2a) Ms.N.MIKI-1 Nov.1965 / 114−2a) (ぬへ)美木乃々子−1
 これも(ぬへ)とご明記頂いております。65年11月の(ぬへ」)5枚組。『猿ぐつわ全裸縛り』 解説は「豆絞りの猿ぐつわの他は、一糸纒わぬ全裸に剥れた女体を厳重な高手小手胴縛りにされて、さまざまなポーズを強制されている八等身の美女の哀れな姿態。」












kk38・美木乃々子<ぬへ>114-2b) Ms.N.MIKI-2 Nov.1965 / 114−2b) (ぬへ)美木乃々子−2
 81頁のキツイ顔しか知りませんでしたが、美木嬢って美人なんですね。













kk39・美木乃々子<ぬへ>114-2c) Ms.N.MIKI-3 Nov.1965 / 114−2c) (ぬへ)美木乃々子−3




 











kk40・美木乃々子<ぬへ>114-2d) Ms.N.MIKI-4 Nov.1965 / 114−2d) (ぬへ)美木乃々子−4
















kk41・美木乃々子<ぬへ>114-2e) Ms.N.MIKI-5Nov.1965 / 114−2e) (ぬへ)美木乃々子−5
















kk42・川越美佐子114-3a) Ms.M.KAWAGOE-1, 1967 / 114−3a) 川越美佐子−1
 私の存じ上げないモデルさんです。HASSAN様からも、組名特定のご教示は戴いておりません。なお、この写真のみ(竜珠子)と別名をいただいております。





kk43・川越美佐子114-3b) Ms.M.KAWAGOE-2, 1967 / 114−3b) 川越美佐子−2
 川越美佐子のかな組は67年7月と10月に6組23枚と2組8枚が発売されています。解説から類推して(むて)4枚組のうち3枚かと想像されます。68年のX組とZ組に計9枚ありますので軽々には決められません。













kk44・川越美佐子114-3c) Ms.M.KAWAGOE-3, 1967 / 114−3c) 川越美佐子−3
 この写真はどこかで見たような覚えがあるんですが、雑誌の本文にでも掲げられていましたでしょうか?












kk47・鈴木千鶴子114-4a) Ms.C.SUZUKI-1, May 1972 / 114−4a) 鈴木千鶴子−1
 鈴木千鶴子の写真は、72年の新K組と73年のSM組に計27枚あり、かな組の5組15枚より多く、この3枚を拝見しますと同一組とは思えないのですが、一応奇ク初出の年月を表示しております。奇ク最晩年に近い作品ですね。












kk48・鈴木千鶴子114-4b) Ms.C.SUZUKI-2, May 1972 / 114−4b) 鈴木千鶴子−2








kk49・鈴木千鶴子114-4c) Ms.C.SUZUKI-3, May 1972 / 114−4c) 鈴木千鶴子−3
 これをもちまして、HASSAN様からご恵送の品を全て終了させて頂きます。有り難うございました。





81) お白洲・拷問 美木乃々子 山原清子 大塚啓子

続いて、大がかりな装置を使った、お白洲・拷問モノをお目に掛けます。65年頃に大キャビネ判で発売されたものが多く、読み取りを240dpi.に落としピントアップもしませんでしたが、充分A4プリントに耐えると思います。
なお文中明らかな差別用語は伏せ字とさせて頂きました。歴史的用語であるとしても、原典を当たれば出てくることですので、敢えて原典通りの表記を繰り返す必要も無いと思いますので。


美木乃々子もは81−1) (もは?) 美木乃々子
65年4月にキャビネ3枚組500円で発売された(もは)「白洲に悶える」の1枚かとおもわれます。実際には大キャビネ判でした。
解説は 『均整のとれた奇麗な肢体と肌、殊にすらりと伸びた脛と素足の可愛いい美木モデル嬢が、白洲の上で厳しく縛られ、悲しさと恥しさに悶える美しい哀婉ポーズを展開しています。これこそ女囚の悲愴美の至極をきわめた好演技といえるでしょう。こうしてS派の皆さまの目に、いつまでもこのポーズを晒していたいのでしょう。』とあります。

 


美木乃々子もぬ81−2) (もぬ?) 美木乃々子
何かの責めの1枚目かも知れませんが、一応(もぬ)をご紹介しておきます。
(もぬ)「開股羞恥責め」65年4月発売3枚組の1枚
解説は 『女性というものは、苦痛に対して案外しぶとい耐久力を持っているものである。身動きもできない高手小手縛りの女囚を白洲に引きすえ、腰巻の乱れを必死に防ごうとはかない努力を続ける真白い足を八の字に開かせ、その柔かい足首に非情の細引きを喰い込ませようというのである。女囚の哀願と悲鳴の尾をひくなかで。』

 


美木乃々子もと81−3) (もと) 美木乃々子
これは明らかに(もと)「木馬責め」同月発売の大中判3枚組の1枚です。
解説は 『後手高手小手にきびしく縛しめられた腰巻一枚の女囚が、三角木馬のとがった背に跨がされて、その痛さに髪ふり乱して泣き叫びもだえる姿の全身を、刻明に鮮鋭なレンズによって捉えたスチール。若くて美しいモデルの足の爪先から髪の末端に至るまで、女の哀れさと悲しさが、いきいきと描かれています。』

 

 





 

 


美木乃々子もへ81−4) (もへ) 美木乃々子
これも明らかです。
(もへ)65年4月発売 大中判3枚組
モデル 美木乃々子
題名 「石抱き算盤責め」
解説 『下着のすそをはねのけて、女の素肌をじかに算盤板のギザギザが喰い込むのでさえ耐えられない痛さなのに、正座した膝の上へ更に伊豆石をのせるというのであるから、その苦痛たるや想像を絶するものがあるであろう。それでも白状しないので更に○○が、その膝の上の石を揺って悶絶するまで責め抜くのである。』 





 


美木乃々子もち181−5) (もち?)の1 美木乃々子
これも多分(もち)でしょう。
(もち) 題名「竹棒責め」
解説 『腰巻一枚にひんめくられた若い女囚の両手は背後で首筋にとどくまで高々と括り上げられ、二の腕と胸には、どす黒い捕縄が情容赦もなく力まかせに、うす汚ない○○の手によって縛られている。 そして白洲の砂の上で引きすえられた女囚には更に竹の棒を縄目の間にねじ込められて、白状するまで締めあげられるのである。』

 






 

 


美木乃々子もち281−6) (もち?)の2 美木乃々子
美木嬢の大キャビネ写真は以上です。

 

 







 

 

 


 


美木乃々子K0881−7) K組の8? 美木乃々子
K組は65年の7月に「ニューモデル悦虐写真五十集」として発売されました。その中に美木乃々子のお白洲写真が5枚含まれており、その全てを所持しております。
この写真はその中の(K8)「荒縄で仕置される」ではないかと思います。他を当てはめていった結果、消去法でそう思うのです。
大手札判ですので、266dpi.でノーマルにスキャンし、スポッティングはいたしましたが、ピントアップはしておりません。






 

 

 


美木乃々子K0981−8) K組の9 美木乃々子
題名 「土壇に観念した女」に間違いないと思います・




 


 


美木乃々子K1081−9) K組の10 美木乃々子
題名 「ムチ打たれる女囚」と思われます。ムチじゃなくてささら竹なんですが、あまり細かいところには拘らないのが奇クの題名付けですので。

 

 






 

 




 


美木乃々子K19?81−10) K組の19? 美木乃々子
この題名が一番近いと思います。「開股縛にあう女囚」

 

 

 







 

 





美木乃々子K20?81−11) K組の20? 美木乃々子
K組20は「罪状を訊される女」となっており、本当は上の写真がそうらしい雰囲気なのですが、全体の収まりを見てこうかなと思う次第です。
K組の5枚が揃っているということで、ご了解をお願い致します。

 







 

 

 

 


山原清子よき181−12a)  これより、山原清子を5枚アップします。オリジナルサイズは全て大キャビネ判です。
(よき)の1 山原清子
65年6月初出 大中判3枚組500円
題名 「逆さ吊りの仕置」
解説 『荒縄できりきりと縛りあげられた女賊は、両足首に取縄を何重にも巻かれて高々と逆さに吊り上げられる。首がかろうじて床についているが血が逆行する苦しさを耐え忍んでいるところへ、非情な竹の折檻棒が豊満な乳房や咽喉元に烈しい苛責のムチを加える。流石の女賊も気息えんえんとして、ぐったりと吊られたままでいる。』


 




山原清子よき281−12b) (よき)の2枚目 山原清子


 

 

 

 

 









 


 81−13) 山原清子よめ(よめ) 山原清子
65年6月号初出 大中判3枚組
題名 「ハリツケの拷問」
解説 『かずかずの拷問仕置折檻に対しても、尚ますますその若さと美しさを発揮して衰れえを見せぬ女賊に対して、その美しさの残っている中にハリツケにしてしまおうと僅かに白布を前に当てた裸の女賊を礎架にかけてしまった。架上の美しい女賊の真白い肌も、やがて錆鎗の穂先に貫かれて血汐にまみれることだろう。』
白布を前に当てただけではないので、(よさ)とも考えられるのですが、「大の字磔」ではないので、まあこれかナという感じです。






 


 81−14a) 山原清子よも1(よも)の1 山原清子
同じく、65年6月の大中判3枚組。
題名は 「全裸四這木馬責」
この2枚は少しJPGの圧縮率をあげすぎたかも知れません。ファイルサイズが気になっていた、Yahoo時代のスキャンを今回修正しましたので。



 


山原清子よも281−14b) (よも)の2 山原清子
解説は 『木馬の四つ足に手足をひろげて四つ這いに縛られた女賊。見事な刺青をさらけて、その臀部も、背中も、肩口も、無防備のまま露出している。力まかせの竹のささらが、はっしとばかり豊満な臀部に背中に作裂する。髪ふり乱し絶叫しつつ耐え忍ぶ女賊の凄惨きわまりない光景。尚竹ムチは雨となって裸身のあちこちに降り注ぐ。』







 

 

 


大塚啓子はり181−15a) (はり)の1 大塚啓子
大塚啓子の2枚も、元写真は大キャビネです。58年8月の初出、3枚組の2枚です。大塚嬢が分譲写真に登場したのが58年3月。愛川悦子、田中芳代と3人同時デビューでした。
題名は 「磔(ハリツケ)三態」
解説は 『両手を左右に横木に縛られて身動きの出来ない身体を宙にハリツケられたサジスチックなポーズ。高々と柱に浮き上って可憐な足首には麻縄がひしひしと喰い込んでいる。全体重が縄目に掛って「痛い、痛い」と言って泣き喚く囚女を、そのままに放置して表情の変化を余すところなくキャッチした十数枚の中から特に雰囲気の出たものを三ポーズ選んだ。正真正銘の柱に十字型にハリツケた今迄試みられなかった作品。是非一組を。』






大塚啓子はり281−15b) (はり)の2枚目 大塚啓子







 



 

お役立ちリンク

1.昭和なつかし緊縛写真
 http://blog.livedoor.jp/mrkinbakusyashin/ 
2.昭和なつかし生理帯・月経帯
 http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ 
3.懐かしき奇譚クラブ
 http://nawa-art.com/index.html 
4.SMペディア
 http://smpedia.com/ 
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
最新記事
Recent Comments
QRコード
QRコード