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<title>宇宙わくわく共創局・オーストラリア支部</title> 
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<modified>2010-03-18T21:08:46Z</modified> 
<tagline><![CDATA[
<p>　</p>
宇宙はいまこの瞬間も私たちにメッセージを送っています。メッセージの中核は愛です。しかし、忙しく騒々しい現代社会を生きる私たちの多くはそれに気がつきません。このブログでは、自作のアニメ動画やブログ記事を通じて日常生活を深くほりさげ、そこに隠されていたメッセージを読み解いていきたいと思います。]]></tagline> 
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<name>mrmonaka</name> 
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<copyright>Copyright (c) 2010, mrmonaka </copyright>
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<title>自己イメージはもたないほうがいい?!</title> 
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<modified>2010-03-18T06:02:08Z</modified> 
<issued>2010-03-18T05:17:08+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">

多くの人々は自分についての何らかのイメージをもっています。ポジティブなイメージの場合もあるでしょうし、マイナスなイメージの場合もあるでしょう。

しかし、それがプラスであれ、マイナスであれ、いずれにしろ、それはエゴがつくりだしたものであるということをご存...</summary> 
<dc:subject>ディーパック・チョプラ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51584493.html">
<![CDATA[<br>
<br>
多くの人々は自分についての何らかのイメージをもっています。ポジティブなイメージの場合もあるでしょうし、マイナスなイメージの場合もあるでしょう。<br>
<br>
しかし、それがプラスであれ、マイナスであれ、いずれにしろ、それはエゴがつくりだしたものであるということをご存知でしょうか？<br>
<br>
<br>
「自己イメージはエゴによってつくられます」<br>
（Self-image is constructed by the ego.）  <br>
<br>
<br>
私がこれを最初にディーパック・チョプラ氏の本で読んだときは、ちょっと驚き、混乱しました。「マイナスはともかくプラスの自分のイメージまでエゴが作り出したものであるとは？？？」と思ったのです。<br>
<br>
すると、こんな記述が続きました。<br>
<br>
「自己イメージは世界に見せる表向き前向きな仮面をもたらしますが、それは同時に自分が背後に隠すためのバリヤにもなりうるのです。」<br>
<br>
It gives you a façade that you can show the world, but it also turns into a shield behind which you hide.  If you let your self-image stand in the way, you can’t be open and receptive.(Chopra, 2010)<br>
<br>
ここを読んで私はうなりました。<br>
<br>
第一に、私たち一人ひとりの存在というのは、表か裏かではなく、明るいか暗いかではなく、そうした反対のものが統合された存在であるということ。その一方を封じ込めて、明るい方のみ、あるいは暗い方のみに焦点を当てるのはやはり一面的であるということ。エゴの得意技はものごとの一面のみに焦点をあてること。エゴはそもそも物事を包括的にとらえることができません。だから、どんなに明るい自己イメージをもっていても、その背後にあるものにふたをして無視をしている限り（一面のみをとらえている限り）、エゴが邪魔にはいり、その人の全面的な意識の深化や発展は難しいのではないかと思いました。<br>
<br>
第二に、イメージはイメージである限り輪郭があり有限の「形」であるわけですね。そもそも無限のものをイメージできないわけです。イメージを描いた時点で有限な「形」になってしまいます。エゴの根本的な特徴の一つは、すべてを「形」で認識することです。プラスのイメージであれ、マイナスのイメージであれ、「形」である以上、それはエゴがつくったものであるといえそうです。<br>
<br>
「ザ・シークレット」の世界的な大ヒットで、ビジョンボードが爆発的に世界に広がりました。自分の望むものをビジョンとして、あるいは、イメージにして壁などに張り出してそれを毎日見詰めてそれを実現させようというものです。<br>
<br>
ここで大切なのは先ほどらい述べているように、一面的なファンタジーだけに焦点をあててビジョンを抱くというのは、エゴがやっていることなので、私たちとしては一方のマイナスの側面も視野にいれたほうがいいと思います。いいかえれば、その両者が統合されたところに焦点を当てたほうがいいと思うのです。<br>
<br>
たとえばお金持ちになりたいとしましょう。そのとき、お金持ちになって、仕事をしないで毎日のんびりとすごしているようなイメージだけをもったりしませんか？　実はお金持ちにも落とし穴があって、お金の管理に非常に神経をすりへらしたり、お金もうけ以外の面がおろそかになったりする可能性もあるのです。様々なリサーチが示しているように、お金持ちになったからといって必ずしも幸せを感じているかというとそうでもないのです。だから、お金持ちになることによって、どのようなプラス面があり、同時にどのようなマイナス面があるかを視野にいれて、その上で自分のエネルギーがどうなっていくのかを「いまここで」体感してみるのがいいのではないでしょうか？　エネルギーは輪郭がありません。また、体感も形がありません。このエネルギーや体感のレベルにはエゴは入り込みにくいのです。<br>
<br>
<br>
そもそも私たちの真の姿（光、ないしはエネルギー）はイメージできません（私も何度かアニメをつくりましたが、それでも描ききれたとは思っていません）。イメージした途端、真の姿がそのイメージの輪郭から抜け出してさらに拡張をはじめるのです。私たちの知覚は非常に限られていて、私たちが毎日日常生活レベルで知覚しているのは、実際の宇宙の姿のほんの一部にすぎないということです。<br>
<br>
だから、あくまでイメージは入り口にして、実際に自分がどう体感しているかに焦点を当ててビジョンボードを実践していくべきだと思うのです。気持ちがわくわくしていたり、拡大していくような感覚を味わったら、それを大切にしていくべきだと思うのです。<br>
<br>
言葉でも身振り手振りでも絵でも表現できないような高揚感（わくわく、どきどき、受容、喜び、情熱、感謝、など）は「大いなる存在」から直接発するものなので、こうした感覚を大切にしていきたいものです。<br>
<br>
ちなみに、私がオーストラリアで生活を始める前に、日本で自分なりにイメージをもったこともありましたが、当時私はイメージをもつということよりも、オーストラリアにいったら、どんなに気持ちが解放されるだろう、どんなにのびのびできるだろう、という感覚を強く追求していたように思います。<br>
そのとき抱いた体感は、いまここオーストラリアで現実のものになっています。<br>
<br>
さきほど紹介したディーパック・チョプラ氏は、ほとんどの人は自己イメージを守ることに躍起になっていると指摘しています。しかし、真の強さというのは自己イメージを守ろうとするところから生まれるのではなく（ニセの強さは自己充足感の壁をつくりあげてしまう）、ゆるぎない確かさや自己充足感のある愛から生まれるとしています。<br>
<br>
<br>
  Real change requires a relaxed, natural attitude.  Sadly, most people expend untold energy in protecting their self-image, defending it from attacks both real and imagined.  Instead, take the attitude that there’s nothing to protect and nothing to defend.  You want to be strong, but true strength comes from love that is certain and self-sufficient.  False strength comes from building a wall of self-sufficient(Chopra, 2010).<br>
<br>
これまで私のブログで何度も強調して述べてきましたが、この世の根本的な姿は愛です。そもそも愛に形はありません。愛は宇宙の知性からもたらされるもので深遠で巨大でとても形で表現することはできません。<br>
<br>
こうした愛とつながることで、本当の人間としての強さが生まれてくるのだとディーパック・チョプラ氏は述べているように思えてなりません。愛とつながったとき、私たちの心は高揚し、わくわくするのだと思います。そのときが、人間として一番強く、充足した状態なのでしょう。<br>
<br>
今日も読んでくださりありがとうございました。<br>
<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
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<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
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<p></p><br>
<p>ありがとうございました！　あなたのおかげで多くの方々の「目覚め」に貢献できます。大感謝！</p><br>
<br>
<br>
追伸２：<br>
先日ふと思い立って、このブログ「宇宙わくわく共創局」のプロモーションビデオをつくってみました。これを創ってみて、しみじみ本当に表現したいことの何万分の一も表現できていないなと思いました。でも、一生懸命つくったので、30秒程度ですから見ていただけるとうれしいです（これはエゴの声かも）。<br>
<br>
<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/QvJt8CV9Qf4&feature=youtube_gdata"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/QvJt8CV9Qf4&feature=youtube_gdata" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object><br>
<br>
References:<br>
Chopra, D. (2010):<i> Reinventing the Body and Resurrecting the Soul.</i>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>答えは簡単</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51584018.html" />
<modified>2010-03-16T21:34:11Z</modified> 
<issued>2010-03-17T05:17:25+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51584018</id> 
<summary type="text/plain">

頭の中を同じことがぐるぐるかけめぐったり、次から次へマイナスの内容がわきおこったりすることってありませんか？

車を運転している最中や、眠ろうとしているときに、そういう状態になるとちょっと困りますね。

そんなときはどうすればいいのでしょうか？
ちょっとさぐ...</summary> 
<dc:subject>エックハート・トール</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51584018.html">
<![CDATA[<br>
<br>
頭の中を同じことがぐるぐるかけめぐったり、次から次へマイナスの内容がわきおこったりすることってありませんか？<br>
<br>
車を運転している最中や、眠ろうとしているときに、そういう状態になるとちょっと困りますね。<br>
<br>
そんなときはどうすればいいのでしょうか？<br>
ちょっとさぐってみましょう。<br>
<br>
昨日も紹介しました、エックハート・トール氏とパトリック・マクドネル氏の競作の絵本『大いなる存在の守護神たち』（日本未発売）にすばらしいエピソードが登場するので紹介させてください。<br>
<br>
ある犬が猫に自分の胸のうちを打ち明けています。<br>
<br>
犬「ぼくは自分の抱える全ての問題のことを考えていたんだ」<br>
犬「ぼくは過去におこった全ての痛みについて考えていたんだ」<br>
犬「ぼくは未来の不確かさについてすべて考えていたんだ」<br>
犬「そして、ぼくはかわいそうなかわいそうな私、ぼくの悲しい人生について考えていたんだ」<br>
犬「そして、ぼくには人生でもうほとんど時間が残されていないことについて考えていたんだ」<br>
犬「そして、ぼくは希望のないことについてすべてを本気で考えていたんだ。ぼくにいったい何ができると思う？」<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/f/e/fee5b24d.jpg" width="207" height="275" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
すると、猫はこういいます。<br>
<br>
猫「考えるのをやめれば？」<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/f/8/f82293fa.jpg" width="209" height="274" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
私はこれを読んだとき、「すごい！」とうなってしまいました。そうです。思考が様々なストーリーをつくりだし、そのストーリーが私たちに痛みや苦しみをもたらすことが多い私たちの人生にとって、このエピソードは実に真実をついていました。<br>
<br>
そうです。自分の頭の中が思考でいっぱいになったら、考えなければいいのです。思考をストップすればいいのです。ただそれだけなのです。<br>
<br>
私たちは一日のうちに数千のことを考えるそうです。そして、その90パーセント以上が無意味でネガティブなことだそうです。もしそうだとしたら、その思考をとめたら、どんなに素晴らしい人生が待っているかと想像するだけでわくわくしてきませんか？<br>
<br>
今日も読んでくださってありがとうございました。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
<br>
<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
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<p></p><br>
<p>ありがとうございました！　あなたのおかげで多くの方々の「目覚め」に貢献できます。大感謝！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>毎朝押し寄せる波に</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51583381.html" />
<modified>2010-03-16T11:10:30Z</modified> 
<issued>2010-03-16T05:18:38+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51583381</id> 
<summary type="text/plain">

毎朝は、自分の心を磨く絶好のチャンスです。朝はいろいろと準備したりするのに忙しくそれゆえ、心をどのようにすえるかが大切になってきます。

特に時間が遅れそうなときこそ、心をどのようにするかが問われています。いいかえると、どのような選択をするかが問われてい...</summary> 
<dc:subject>エックハート・トール</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51583381.html">
<![CDATA[<br>
<br>
毎朝は、自分の心を磨く絶好のチャンスです。朝はいろいろと準備したりするのに忙しくそれゆえ、心をどのようにすえるかが大切になってきます。<br>
<br>
特に時間が遅れそうなときこそ、心をどのようにするかが問われています。いいかえると、どのような選択をするかが問われています。感情的になって、いろいろなことを考えて、マイナスの話を頭の中でつくりだし、ますますあせって大きな声を出すという選択肢もあるでしょう。あるいは、冷静になってあれこれ考えるのをやめて、とにかく淡々とできることをやるという選択肢もあるでしょう。<br>
<br>
私は特に、後者の選択肢をいつもとりたいと思っています。言い方をかえれば、自然の流れに降伏し、それに抵抗しない道を選びたいと思っています。抵抗することで様々な苦しみがうまれるからです。だから、淡々と流れの中で自分のできることをやっていきます。<br>
<br>
最近、エックハート・トール氏と、パトリック・マクドネル氏が「大いなる存在の守護神たち」という絵本を出版しました。これは実にすばらしい絵本です。私たちの身近な存在、ペットの存在を通して「大いなる存在」とのつながりを模索するとてもユニークな試みをしているのです。<br>
<br>
その本の中で、以下のようなメッセージが紹介されています。<br>
<br>
「ただ近くで動物を見つめているだけであなたは自分の思考から解き放たれて現在のこの瞬間に焦点をもってくることができます。つまり、動物はつねにそんなふうに生きているのです。生命の流れ（Life）に抵抗しないのです」<br>
<br>
“Just watching an animal closely can take you out of your mind and bring you into the present moment, which is where the animal lives all the time ? surrendered to life.”(pp.32-33)<br>
<br>
 <br>
<br>
そして、その言葉の横には三つの挿絵が挿入されています。一枚目は砂浜の水内際に一羽の鳥がいます。砂浜の何かをつっついています。二枚目で波がその鳥に押し寄せてきます。鳥はその波に抵抗しないで方向を180度変えて水から遠ざかります。そして、三枚目の絵で海水が引いていくのですが、そのとき、鳥はまた180度方向を転換してもとの場所にもどってまた何かをつっつきはじめます。つまり、生命の流れ（この場合は潮）に逆らわずに、感情的になることなく、あれこれ思考をめぐらすこともなくただ淡々と生きているだけなのです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/8/5/85ffaedf.jpg" width="315" height="237" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict" align="left"  /><br>
<br>
私の場合は、潮は時間でした。どんどん押し寄せる時間の波、でもそれに抵抗し感情的になり、思考をいろいろとめぐらしてもただ波はやってきます。それに逆らうと自分の洋服がぬれたりしてまた別のネガティブな感情を生み出していくという悪循環を生み出してしまうかもしれません。別の例でいうと波は6歳の娘です。私の場合は自分の仕事の準備だけでなく、娘の準備も手伝わなければならないのですが、娘は波のように、次から次へと「押し寄せてきます」。それは朝食の準備であったり、風呂であったり、歯磨きであったり、いろいろな形になってやってきます。素粒子物理学の世界では波から粒がうまれるわけですが、娘という波は次から次へと食事や風呂や歯磨きなどの粒をつくりだしてきます。そして、一つひとつが終わると、また波がさっていくので、自分の準備に戻ります。そして、また娘の波がきたら、娘の波に逆らわずにやるべきことをやります。だから、波がきたらとにかくひょいっと後ろに下がる。波が引いたらまたやるべきことを淡々とやる。それだけでいいのだと悟りました。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/c/5/c5045ccf.jpg" width="174" height="265" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict" align="left"  /> <br>
<br>
今日も読んでくださってありがとうございました。<br>
<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
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<p></p><br>
<p>ありがとうございました！　あなたのおかげで多くの方々の「目覚め」に貢献できます。大感謝！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>「私は安いものを買うほど金持ちではない」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51582888.html" />
<modified>2010-03-15T09:49:28Z</modified> 
<issued>2010-03-15T05:18:37+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51582888</id> 
<summary type="text/plain">イラン出身の私の友人がこんなことわざがあると話してくれました。

「私は安いものを買うほど金持ちではない」

非常に興味深い言葉だと思いませんか？　普通に考えると、「お金持ちなんだから安いものは買えるんじゃないか？」「なぜお金もちなのに安いものが買えないんだ...</summary> 
<dc:subject>日常生活・身の回り</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51582888.html">
<![CDATA[イラン出身の私の友人がこんなことわざがあると話してくれました。<br>
<br>
「私は安いものを買うほど金持ちではない」<br>
<br>
非常に興味深い言葉だと思いませんか？　普通に考えると、「お金持ちなんだから安いものは買えるんじゃないか？」「なぜお金もちなのに安いものが買えないんだ？」という疑問がわいてきますが、彼のいわんとしていることは次のようなことでした。<br>
<br>
つまり、安いものというのはすぐに壊れたりして、また新しいものを買う必要が出てくる。そして、また新しく安いものを買うとすぐに壊れてしまって、結局また買うはめになり、結果的に一番はじめに高いものを買うよりもお金がかかってしまうというわけです。<br>
<br>
だから、はじめから高くて品質のいいものを買って、長くそれを使ったほうがお金がかからないというわけです。<br>
<br>
実際、その友人はコンピュータもテレビもかなり高価で質のいいものをもっています。<br>
<br>
彼のいっていることは確かにその通りだと思います。しかし、実際多くの人たちは「とにかく少しでも安いものを買おう」とする傾向にあるといいます。それはその人たちがそういうマインドセットをもっているからで、なかなかそこから抜け出せないわけです。<br>
<br>
いいかえると、マインドセットにあわせた現実が自分の身の回りに現れるわけで、自分の周囲を変えたかったら「インサイドアウト」の観点からもマインドセットをなんとかする必要があるとうわけです。<br>
<br>
ところで、マインドセットはいったいなんでしょうか？　信念の体系とか、考え方の枠組み、視座、ものの見方など様々な言葉が使われていますが、その正体は、何なんでしょうか？<br>
<br>
私はそれは人によって違ってくると思います。<br>
<br>
人によっては、マインドセットはかぎりなく自我（エゴ）からの視点に近くなってしまうと思います。つまり、エゴの中核は物事を形としてとらえ、自他を区別するところにあるので、エゴと結びついたマインドセットは、特定の見方に凝り固まってしまい、そこから「いい」「悪い」の判断をくだしやすくなってしまうと思うのです。<br>
<br>
一方で、魂と結びついたマインドセットは、柔軟で特定の形を追い求めず、様々な可能性にオープンで、自他をいたずらに区別差別しようとしません。物事を二元論的に「いい」「悪い」で判断せず、その両面を受容することができます。<br>
<br>
さきほどの例で考えても、「高い」「安い」、あるいは「高いから長持ち」「安いからすぐ壊れる」という二元論的な立場からだけでなく、「高くてもすぐ壊れるものはある」「安くても長持ちできるものもあり」と考えたほうが選択の幅も広がるし、こっちのものに対する態度も見詰めなおせるので、もっとわくわくすると思うのですが。いかがでしょうか？<br>
<br>
今日も読んでくださって、ありがとうございました。<br>
<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
↓↓↓↓↓↓<br>
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<p></p><br>
<p>ありがとうございました！　あなたのおかげで多くの方々の「目覚め」に貢献できます。大感謝！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>あなたはペインボディーを愛せますか？</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51582368.html" />
<modified>2010-03-13T20:35:28Z</modified> 
<issued>2010-03-14T05:18:35+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51582368</id> 
<summary type="text/plain">このごろ人を愛することについて再びいろいろ探求するようになりました。今回もこのテーマでいきます。

相手を愛するということは、その人のエゴもペインボディーも愛することなんですよね。

恋に落ちた当時というのは誰でもお互いのいいところばかりに目がいってしまう傾...</summary> 
<dc:subject>自我（エゴ）</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51582368.html">
<![CDATA[このごろ人を愛することについて再びいろいろ探求するようになりました。今回もこのテーマでいきます。<br>
<br>
相手を愛するということは、その人のエゴもペインボディーも愛することなんですよね。<br>
<br>
恋に落ちた当時というのは誰でもお互いのいいところばかりに目がいってしまう傾向があるため、まさか自分の愛している人に影の部分（エゴ）があるなんて想像もしません。<br>
<br>
しかし、人間である以上、誰でもエゴ、ひいてはエゴの感情面であるペインボディーをもっています。その人と生きていく、結婚するというのはこうしたペインボディーともいっしょに生きていくという覚悟がいるわけです。<br>
<br>
私の友人に、私のように国際結婚をした人がいます。私の友人は日本人女性で、お相手は発展途上国で紛争の多い国出身の男性です。聞くと、彼の国では毎日のように誘拐、殺人事件などが多く起こるそうです。そして、彼も貧しさや紛争で何人も肉親を失い私などが想像もつかない苦しみを体験したといいます。<br>
<br>
ペインボディーというのは自分ひとりの体験だけでなく、先祖から痛みや苦しみを引き継ぐという側面ももっているようです。それゆえ、彼は自分の人生の中からも、先人たちの歴史の中からもペインボディーを引き継ぎ、自分の中に大きな「痛み」を抱えながら生きることになります。<br>
<br>
自らの痛みを様々な場面でネガティブな感情で表現する彼に対して、私の友人もかなり感情的になって反応したりしていたようです。ペインボディーというのは、相手の中のペインボディーも活性化させる達人で、相手の痛いところを実に巧妙についてくるのです。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/5/1/514e7d8b.jpg" width="336" height="236" border="0" alt="3" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
ペインボディーというのは、痛みや苦しみを引き寄せる強力なマグネットです。それゆえ（私は確信しているのですが）、彼は運転中に以前大きな交通事故を経験し、自分が運転していた車を大破させてしまいます。奇跡的に彼も相手もかすり傷一つせずに助かりました。<br>
<br>
エックハート・トール氏によれば、交通事故の多くはお互いにペインボディーを内面で活性化させている者どおしが交差点などで出会うと起こるそうです。だから、彼もぶつかった相手も車を運転中にペインボディーを活性化させていたのかもしれません。<br>
<br>
興味深いことに、この交通事故の相手はカトリック系の学校に勤務している職員でありました。ひょっとしたら、この職員の守護霊というか、ハイヤーセルフというか、神が二人を守ったのかもしれないと思いました。言い方をかえると、二人に「目覚めのきっかけ」を与えたのではないかと思いました。<br>
<br>
話を私の日本人女性の友人に戻しますと、この事故の後も彼はペインボディーを活性化させ、怒りやネガティブな感情を面に出すことがあるのですが、彼女の中ではネガティブな面（ペインボディー）も彼の一部であるという認識ができており、そこも含めて愛そうという気持ちが芽生えたといいます。そして、以前よりも彼に対する愛情が大きくなったといいます。<br>
<br>
ぜひとも、この二人にはもっともっと幸せになってほしいと思いました。<br>
<br>
あなたは相手のペインボディーも含めて愛することができますか？<br>
<br>
それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
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<p></p><br>
<p>ありがとうございました！　あなたのおかげで多くの方々の「目覚め」に貢献できます。大感謝！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>あなたの愛は魂のレベル？　それともエゴのレベル？</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51581970.html" />
<modified>2010-03-13T09:36:12Z</modified> 
<issued>2010-03-13T05:17:43+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51581970</id> 
<summary type="text/plain">

先日「愛とは何か？」というアニメを作ってからまたさらに愛について探求したいという願望が強くなってきました。

というのは、昨今の世界では愛という言葉があふれていて、何か混乱しているようにも見えるので、それを自分なりに整理したいと思ったのです。

私の基本ス...</summary> 
<dc:subject>愛</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51581970.html">
<![CDATA[<br>
<br>
先日「愛とは何か？」というアニメを作ってからまたさらに愛について探求したいという願望が強くなってきました。<br>
<br>
というのは、昨今の世界では愛という言葉があふれていて、何か混乱しているようにも見えるので、それを自分なりに整理したいと思ったのです。<br>
<br>
私の基本スタンスは、愛というのはノンローカルであって普遍的であるということ、そして、愛はサポートとチャレンジが含まれていて、その結果、私たちは成長するということです。それは親が子どもの成長を願ってサポートとチャレンジを様々な形で与えるのといっしょです。<br>
<br>
さて、古今東西を問わず、ハリウッドも日本の芸能界も相変わらず誰と誰がくっついたとか離れたとか話題にしていますが、ここでの愛は主にその一側面のみに焦点が与えられているような気がします。すなわち、「いい」か「わるい」、あるいは「すき」か「きらい」かの二元論的な視点でどちらかで判断するエゴ的な愛がそこにあります。どうしても愛の両面には焦点が当てられないようです。恋愛関係のいいところと悪いところの双方に焦点をあてないと、真実の愛は浮かび上がってきません。その結果、マイナス面にだけ焦点を当ててすぐに分かれたり、プラス面にのみ焦点をあてて、有頂天になったりするのです。どちらにも人間としての魂としての成長はあまり期待できません。<br>
<br>
エゴの根本的な特徴の一つに、物事を「形」で認識するというのがあります。恋愛の文脈でいうと、相手の顔や姿格好、相手の財産、所有物、など目に見える「形」から、性格、資格、能力、気質、価値観、趣味などあまり直接目には見えない「形」まで様々です。そうした「形」にこだわり、自分の都合のいい、あるいは気に入った「形」をとりこもうとするのがエゴイックな愛です。そして、相手の「形」が気に入らないとそれを何とか自分好みの「形」に変えようとしたり、どうしても自分好みの「形」に変えられない場合は距離を置いたり分かれたりネガティブな感情を抱いたりします。<br>
<br>
たとえば、「女房」はいつも家と子どもの面倒を見て、「旦那」は仕事を頑張る、という役割の「形」（性別役割分業などどいわれたりしますが）にこだわって、その枠組みが崩れそうになると、様々なネガティブな感情が吹き出たりするのもエゴイックな愛の典型といえるでしょう。<br>
<br>
地球60億人の人口の一人ひとりがそれぞれユニークなその人にしかない、価値の序列を心の中にもっています。一番目に大切なもの、二番目に大切なもの、三番目に大切なもの、21番目に大切なものは人それぞれ違うのです。そして、一番目あるいは上位三位にある価値をもとに、様々な情報を熱心に引き寄せ、様々な情熱的な行動をとるのです。価値の低いものに対しては躊躇したりやる気がでなかったりするのです。<br>
<br>
エゴイックな愛から抜け出すための第一歩はこうした価値の序列の視点から、お互いの違いをまず受け入れるということではないかと思うのです。お互いに違う価値をもっているというのはいいとか悪いとかいう問題ではないはずです。それがありのままだからです。<br>
「じゃあ、私はどうなるんだ！　旦那が仕事が一番大切だから、私は一生家事と育児の犠牲になれっていうのか？」という疑問をもたれる方もいるでしょう。また、「おれだって今の仕事したくてしてるわけじゃない。生きるために仕方なくしてるんだ！」という方もいらっしゃるでしょう。<br>
<br>
こうした意見は、家事・育児、および仕事の一側面しか見ていないといえると思います。<br>
<br>
まず、家事や育児にはポジティブな側面とネガティブな一面があります。上記のような意見はそのネガティブな側面にのみ焦点をあてているといえるでしょう。いいかえれば、家事・育児を自分の中の一番上にある価値にむすびつけていないので、腹立たしく思ったり、落ち込んだり、気力を失ったりするのです。ぜひ、「家事・育児をすることで、自分の一番上にある価値にいかに貢献するか？」という問いかけをして真剣に両者を結びつけてください。その答えによっては、家事や育児を通じて世界に貢献することにもなりえます。ディマティーニ氏も指摘していますが、アメリカのケネディー家の母親は子どもを何人も一国のリーダーに育てあげたのです。育児が最大限に開花した一例といえるでしょう。<br>
<br>
一方で、仕事自体にもポジティブとネガティブな側面があります。さきほどの意見は仕事のネガティブな側面にのみ焦点をあてているといえるでしょう。仕事をすることのポジティブな側面をもっと掘り下げるべきでしょう。そして、仕事を自分の一番上の価値に結びつけるような質問「仕事をすることで、自分の一番上にある価値にいかに貢献するか？」を徹底的にする必要があるでしょう。どんどん書き出してみるのもいいでしょう。<br>
<br>
さらに、夫婦間で相手の仕事や家事・育児が自分の領域にどのように貢献しているかも真剣に問いかけ、答えを見出していくべきでしょう。<br>
<br>
そして、さらに夫婦間で話し合いをふかめ、それぞれの価値を最大限に効果的に開花させるためにどうするべきかを真剣に考える必要があるでしょう。その結果、「夫が外、妻が内」というような固定的な役割分業はくずれ、もっと別の形になるかもしれません。双方の立場が逆転することもありえるでしょうし、共働きのパターンにもなりうるでしょうし、あるいは、臨機応変にそれぞれが都合のつくときに外と内の仕事を使い分けることにもなりうるでしょう。<br>
まとめると、お互いの一側面だけでなく、その反対側にある意味も見出すこと、そして、お互いの異なる価値を尊重しあうことで、人間関係にお困りの夫婦は劇的にかわりうるのではないでしょうか。つまり、もっと愛が深まるのではないでしょうか？<br>
<br>
ちなみに、世界のスピリチュアルリーダーの一人、ディーパック・チョプラ氏は、その著書『身体を再創造し、魂を思い出すということ』（翻訳本未発売：Reinventing the body, resurrecting the soul）の中で、多くの人の愛はエゴと結びつきやすいと指摘した上で、魂の次元での愛には以下の特徴があると述べています。<br>
<br>
わがままでないこと<br>
あたえること<br>
この上なく楽しいこと<br>
温かくて安全<br>
自己充足感があり、外側のものを必要としない<br>
無邪気<br>
複雑でないこと<br>
親切で同情深い<br>
絶えず続く<br>
拡張すること<br>
励みになること<br>
神聖であること<br>
<br>
それぞれの言葉をかみ締めて、より深い愛を探求し体験していきたいと思いました。<br>
<br>
今日も読んでくださってありがとうございました。<br>
<br>
それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
<p>ありがとうございました！</p><br>
]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>愛生</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51581447.html" />
<modified>2010-03-11T21:05:56Z</modified> 
<issued>2010-03-12T05:18:31+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51581447</id> 
<summary type="text/plain">先日、ワイフと二人でレストランで食事をしていたとき、ふとある女性が横を通りかかりました。なにげなく、肩のところをみると、「愛生」という刺青がありました。

私は一瞬息を飲みました。

 

なんとすばらしい言葉でしょう。

私は「愛が生きている」というメッセージと...</summary> 
<dc:subject>ドクター・ディマティーニ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51581447.html">
<![CDATA[先日、ワイフと二人でレストランで食事をしていたとき、ふとある女性が横を通りかかりました。なにげなく、肩のところをみると、「愛生」という刺青がありました。<br>
<br>
私は一瞬息を飲みました。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/b/7/b7880ae0.jpg" width="175" height="136" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
なんとすばらしい言葉でしょう。<br>
<br>
私は「愛が生きている」というメッセージとして受け取りました。思わずなぜその刺青をしているのか質問してみようと思ったのですが、なんとなくチャンスを逃してしまったのですが、それでも私の気持ちは幸せでいっぱいになりました。<br>
<br>
オーストラリアでは刺青がファッションとして定着しており、そんな中で漢字が使われることも珍しくありません。<br>
<br>
昔日本では刺青といえば、親からいただいた身体に一生残る傷をつけることで、家族と縁を切り、渡世の裏街道を生きる決意をするという意味があると聞きました。しかし、日本でも最近は若者が刺青をファッションとして、つまり、自己表現の一つとして使うようになったと聞きます。時代は変わってきました。<br>
<br>
二日前に発表した私のアニメ「痛みとは何か？」の中でもいいましたが、そもそも私という存在の根本的なところを傷つけることはできません。私たちの根本は光あるいはエネルギーだからです。「こんな身体のどこが光なんだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、魂のレベルで、あるいは素粒子の次元でみると、そこにあるのは空間だけであり、そこには光、あるいはエネルギーに満ちているのです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/8/6/867a8e81.jpg" width="286" height="387" border="0" alt="light" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
だから、いくら刺青をしようが、ピアスをしようがあなたの本質は傷つけられないし、親子の縁を切る必要だって本当はないのです。根本の次元では私たちは個別に分離できない一つの光でありエネルギーであるからです。<br>
<br>
私がレストランで見かけた女性のエッセンスは何も傷ついていないどころか、私たち夫婦にすばらしいメッセージを送ってくれたのです。<br>
<br>
「愛が生きている」<br>
<br>
これはＤｒディマティーニの愛の定義と考え合わせると実に奥深いものがあります。ディマティーニ氏によると、愛とはノンローカルで普遍的に存在しているといいます。つまり、すべての出来事にはポジティブとネガティブの側面があり、それを統合したところに愛があるというわけです。私たちは恋愛関係が始まったころはお互いのいいところばかりに目がいきがちです。この状態はお互いのポジティブな側面しかみておらず、愛の一側面しかとらえていません。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/e/0/e0c93b7c.jpg" width="178" height="272" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
そして、時がたつにつれて（早い人は新婚旅行の最中に）、相手のネガティブなところが見えてきてがっかりしたり怒ったりします。そして、時に離婚にも発展します。しかしこれも相手のネガティブなところだけに焦点をあてているわけで、愛の一部しか見ていません。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/5/1/514e7d8b.jpg" width="336" height="236" border="0" alt="3" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
本当の愛はもう少し時間とお互いの深い洞察と理解が必要になってきます。ある程度時間がたったカップルというのはお互いのいいところとわるいところの両側面を理解します。その上で、その両者を抱きしめられるかがカギになってくるのです。この両者を抱きしめられるようになった関係は非常にパワフルです。愛の両側面、本質を経験しているので、恋愛初期のころとは比べ物にならないくらい深い愛の関係ができます。お互いに成長します。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/4/4/44161be9.jpg" width="287" height="235" border="0" alt="4" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
今回のメッセージは私たち夫婦には何よりの贈り物でした。結婚して９年。より深い関係を目指して新たなスタートを切ろうと思いました。<br>
<br>
今回も宇宙からのメッセージを発見できて大変うれしい気持ちになりました。<br>
<br>
それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
<p>ありがとうございました！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>【目覚めのアニメ】痛みとは何か？の製作裏話</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51580955.html" />
<modified>2010-03-11T08:08:12Z</modified> 
<issued>2010-03-11T05:18:28+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51580955</id> 
<summary type="text/plain">昨日発表しました私のアニメ動画「痛みとは何か？」ですが、すでに多くの方々に見ていただいたようでどうもありがとうございました。




そもそもなぜ「痛み」に注目したか？　それは一ヶ月ほど前に手が腱鞘炎になり、何もできないほどの痛みが私を襲ったことが一つの大きな...</summary> 
<dc:subject>マイアニメ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51580955.html">
<![CDATA[昨日発表しました私のアニメ動画「痛みとは何か？」ですが、すでに多くの方々に見ていただいたようでどうもありがとうございました。<br>
<br>
<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/RhpMhX1cAjE&feature=youtube_gdata"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/RhpMhX1cAjE&feature=youtube_gdata" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object><br>
<br>
<br>
そもそもなぜ「痛み」に注目したか？　それは一ヶ月ほど前に手が腱鞘炎になり、何もできないほどの痛みが私を襲ったことが一つの大きなきっかけになっています。それまで仕事もプライベートも突っ走ってきたのですが、急にブレーキがかけられたのです。そこで、私はこの痛みの意味するところは何かと考えるようになったのです。<br>
<br>
まず冒頭で子どもが転んで「怪我」をして、あるスーツ姿の男が客に思いっきり文句をいわれて頭をさげるシーンが見られます（怒っている顧客の声は私のエゴの声です：笑）。これは心身の「痛み」を表現しているのですが、心であろうと、身体であろうと、「痛み」を感じていてもふっと「痛み」が消える瞬間があると気がついたのです。あなたもそんな瞬間ってありませんか？　「痛み」を感じていると「痛み」のことで頭がいっぱいになってしまって、「痛み」が自分のアイデンティティーになったりしがちですが、そんな「痛み」もふっと消える瞬間があることに気がついて、「痛み」は自分ではなく「痛み」は付属物であることに気がついたのです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/c/f/cf942266.jpg" width="315" height="236" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/f/3/f3edb27b.jpg" width="316" height="236" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
そして、あの「ザ・シークレット」で人間は究極はエネルギーであることを学んで衝撃を受けたことを思い出しました。私たちはみんな固有の波動をもつエネルギー体であることをそのときはじめて学んだのです。また、量子物理学をちょっとかじってみると、究極のミクロの次元では、粒子と波しかない、そこはゼロポイントフィールドと呼ばれるエネルギー空間が広がっていることを学んで衝撃を受けたのです。<br>
<br>
つまり、人間の体は隙間のない物体のように見えますが、組織、器官、細胞組織、細胞、分子、原子、素粒子とさかのぼっていくと、究極はかぎりなく空間に近いものになるのです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/a/7/a75b6d02.jpg" width="294" height="291" border="0" alt="s-body_structure3_URL" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/f/7/f74a6625.jpg" width="316" height="236" border="0" alt="4" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
よく学校の教科書には分子や原子が固体のボールのように描かれていますが、原子や分子も隙間のない固体ではなく、実はエネルギー空間に近い存在ということになるのです。動画の中では、どんどんこうした「伝統的な分子、原子モデル」にアプローチしていって、実はそこは限りなく空間に近いもの（波と粒）なんだということを表現しようと思って、広大な波と無数の粒を描いたのです（実際は平面のような波ではないはずなのですがそこは私の技術的な限界があってああいう形になったのですが、まあ素粒子の世界は誰も肉眼で見たことがない（実験結果から推測している）ので、イメージとして波と粒しかないということが伝われば幸いです）。つまり、空間を傷つけることは当然できないことになるのです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/5/c/5caee652.jpg" width="183" height="184" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/1/a/1aff97a0.jpg" width="311" height="234" border="0" alt="3" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
すると、当然疑問がわいてきます。私たちの究極の姿がエネルギーの空間であるとするならなぜ現実に痛みを感じるのか？　という疑問です。これはいくら日常の知覚レベルで考えても答えはでません。日常の知覚では、痛いものはやはり痛いからです。<br>
<br>
そこでディマティーニ氏のセミナーで学んだ図式が頭に思い浮かびました。そこには簡単な三角形が描かれていて、底辺部分は低い波動にあることをあらわしていてこの段階では物事を二元論的な視点でとらえる傾向にあります（例：時ポジティブとネガティブ、痛みと快楽、過去と未来）。このレベルでどうやら「痛み」や「快楽」をわれわれは経験しているようなのです。一方で、三角形の頂点部分は高い波動の領域にあることを表していて、物事を正反対のものが統合したものであるととらえます。この領域では「痛み」も「快楽」もなく、「過去」も「未来」もなく、それを超越した世界すなわち愛、ワンネスがあるということです。私はこの図を見ているうちに、これは「目覚め」を理解するために必要な図であると直感し、自分なりにアレンジすることにしたのです。下がその図です。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/c/0/c04c865c.jpg" width="400" height="314" border="0" alt="s-awakening2_URL" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
下にいけばいくほど（波動が低ければ低いほど）エゴにコントロールされやすく、二元論的な傾向が強くなり、すなわち「痛み」にコントロールされることが多く、一方で上にいけばいくほど（波動が高ければ高いほど）エゴや「痛み」にコントロールされることが減り、「大いなる意識」「宇宙の知性」と深いワンネスを実感できるようになるというわけです。そもそも「目覚め」とは本来の自分を思い出すこと、自分は「大いなる組織」と一つの存在であることを思い出すことなので、この図はまさしく「目覚め」のプロセスを示していると思ったのです。<br>
<br>
つまり、二元的な考えに染まり「あれがいい」「これがやだ」と右往左往している私たちに対して、「宇宙の知性」はそうした二元論を克服し、バランスを取り戻しそこにあるワンネス、愛を理解させようと働きかけているんだということを理解しました。「痛み」はその一つのきっかけになっているんじゃないかと思ったのです。<br>
<br>
そう考えると、「目覚め」には「痛み」がとても大切な要素として働いているんだなあと深く理解することができたのです。いいかえると、私たちが普段抱きがちな幻想をのりこえて真のこの世の姿人間の姿を「宇宙の知性」は私たちに示そうとしているのではないか。<br>
<br>
第一に、魂のレベルでは「痛み」は幻想であり、そのことを認識させそれを超えたところにある真の世界を見せようとしているのではないか？　いいかえると「痛み」をきっかけにして、その対極にある「喜び」や「快楽」を発見するきっかけにもなるのではないか。そして、「痛み」や「喜び」の双方とも抱きしめることによって「宇宙の知性」の深遠な愛を感じながらさらに成長できると思ったのです。「宇宙の知性」は私たちにバランスを取り戻し、サポートとチャレンジをバランスよく経験させてさらに私たちを成長させようとしているのだから、このアニメ動画の中では語りの京子に、なんとピラミッドの頂上でバランスをとりながら光と闇（ポジティブとネガティブ）を体現するボールをもってもらったのです。ちょっと無理がある設定ですが、ご理解していただけると幸いです（笑）。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/7/5/75de5d71.jpg" width="315" height="235" border="0" alt="5" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
第二に、また「宇宙の知性」は「分離」や「孤独」も幻想として私たちに理解させようとしているのではないか。いいかえると、私たちの「痛み」の根源には「分離」や「孤独」があるとされていますが、先ほども述べたように魂の次元では「痛み」は幻想なので、その「痛み」を引き起こしているとされる「分離」や「孤独」も幻想であることに気づいてもらおうと思っているのではないか？と思ったのです。そこで、私は世界のスピリチュアルリーダーの最高峰の一人、ディーパック・チョプラ氏の言葉を引用しました。<br>
<br>
「仏教では、痛みや苦しみは分離された事故という幻想を克服するまで人間の性質の中に居座り続けると考えられている」<br>
<br>
実はこのアニメを作り始めたときには、この言葉を私は知りませんでした。何気なく読んでいたチョプラ氏の本からこのどんぴしゃのこの引用文を発見したときは、私は「宇宙の知性」に感謝しました。何か裏付けや証拠をいただいたような気がしました。<br>
<br>
ちなみにアニメの中で魂の次元で、三人の登場人物が手をつなぎ、子どもが京子を抱きしめるシーンがありますが、あれはその次元ではすべてが一つでつながっているということを表したかったのです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/2/1/21de9eec.jpg" width="315" height="237" border="0" alt="6" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
しかし、ここまで読んでも「そうはいっても頭ではそれもわかるが、実際に痛みを慢性的に抱えている人はそれこそ血のにじむような努力をしている。それでもあなたは現実に痛みを抱えて生きている人を目の前に痛みは幻想だといえるのか」という印象を持たれる方もいらっしゃると思い、最後に現実の世界で魂の次元を生き、「痛み」を克服した人たちのエピソードを簡単ではありますが、紹介しようと思ったのです。私のこのアニメの話が単なる楽観論や希望的観測でうまれたものではなく、実際の人々の人生の例にも根ざしているのだということをわかってもらいたかったのです。<br>
<br>
たとえば、最近バンクーバーオリンピックが開催されましたが、その中で少なくない選手たちが舞台裏で様々な怪我や故障で苦しんでいた事実を知りました。でも、それを乗り越えて大記録を達成したエピソードも耳にしました。<br>
<br>
ここでアトランタオリンピックのあるエピソードを紹介させてください。ケリーストロドは床運動の跳躍台にジャンプしますが、着地に失敗し足が奇妙な角度に折れ曲がり、足首を負傷します。顔も真っ青に なりました。救護班は当然彼女を担架で運ぼうとしましたが、信じられないことに２回目のトライで、彼女は全速力で失踪し、バーの上に飛び乗り、その上で見 事なパフォーマンスをして、ミスなしで着地しました（片足をわずかに上げて痛々しい）。審判たちは全員彼女に１０をあげました。ライバル国のロシアの選手 たちも彼女の偉業に涙を止めることができませんでした。たいていの人は怪我をすると、痛みで自分のしていたことやりたかったことをストップしますが、彼女 は「激痛」を乗り越え偉業を成し遂げたのです。<br>
<br>
<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/eVoa4kNZ7SI&feature=youtube_gdata"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/eVoa4kNZ7SI&feature=youtube_gdata" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object><br>
<br>
また、肉体的な「痛み」を高次元の精神的な営みによって克服した方の例も耳にしたことがあります。先日亡くなりましたが、落馬事故の影響で全身麻痺になりながらも車椅子で奉仕活動に専心した俳優のクリストファーリーブ、パーキンソン病に苦しみながらも俳優の仕事を続け同病の調査のための機関を設置し募金活動を続けるマイケルジェーフォックス氏などのことも頭にありました。<br>
<br>
救助隊のところでは、2001年9月11日にアメリカの世界貿易センターで起きた「同時多発テロ事件」のときに、ツインタワーが崩れるまで自分の命を犠牲にして救助活動にあたった大勢のレスキュー隊たちのことが頭にありました。<br>
<br>
また、舞台のパフォーマンスについては、故・宇野重吉さんのことが頭にありました。私の記憶が確かであれば、宇野氏は晩年は癌と戦い、胃の2/3、左肺の半分を失いながらも地方公演を続けていました。そして、毎回舞台に上がる直前には激痛の中「カルメン協奏曲」を聴き、十分を奮い立たせるように舞台に立っていたといいます。<br>
<br>
催眠療法については、実は以前私のワイフが大学で学んだことがあったので、以前から興味がありました。当時、私もその影響で様々な催眠療法についての本やビデオに触れる機会がありました。そこでは麻酔なしで外科手術を受ける衝撃的な真実の映像がありました。以下に紹介するビデオはそのうちの一つです。普段は他者に医療催眠をほどこすジョンバトラー博士が自らに医療催眠をかけ、麻酔なしで手術を受けたのです！<br>
<br>
<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/sClE-xm-P8A&feature=youtube_gdata"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/sClE-xm-P8A&feature=youtube_gdata" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object><br>
<br>
手術の最中博士はまるで眠っているかのようなリラックスした表情を見せていました。手術が無事終了すると博士は全く痛みはなかったこと、そしてこれは誰でも学ぶことができるとコメントしています。このビデオを見れば、人間は物理的な痛みを超越した精神の次元に自らを誘うことができることが火を見るよりも明らかになると確信しています。<br>
<br>
そして、火の上を歩くですが、これは私自身が体験したことです！　この日を歩くことは昔からインドの修行僧などが行なっていたことのようですが、最近では様々なセミナーで取り入れられています。私は２００８年にシドニーで行なわれたアンソニー・ロビンズ氏のUnleash the power withinというセミナーに参加したのですが、この中で私は赤々と炎が見える炭火の上を１０メートルくらい歩いたのです。火の上を歩く前、私たち参加者は何度も自らのテンションを上げるように様々な指導を受けました。握りこぶしをつくって何度もイエスと叫び気合をいれました。そして、自分の精神の高揚がピークに達したとき私は炭火の上をはだしで歩いたのです。暑さは全く感じませんでした。火傷もしませんでした（中には火傷をした人も確かに何人かはいました）。自分の波動を高めれば火をも感じないことを学んだのです。このときの体験はとてもリアルに私の身体の中に残っています。<br>
<br>
以下はそのときに撮った写真です。私のはしゃぎようからジョークのように見えるかもしれませんが、私は私なりに感動を表現しています（笑）。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/4/2/42084a81.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="7" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/d/d/dd069c3a.jpg" width="300" height="400" border="0" alt="8" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
これで私の「目覚めのアニメ：痛みとは何か？」の解説を終わりますが、このビデオならびにこの解説を通じて、人生で様々な「痛み」を経験している方々が（全員だと思いますが）、少しでも生きる希望がわいてきたら幸いです。<br>
<br>
読んでいただいてありがとうございました。<br>
<br>
真夏のオーストラリアから<br>
みなさまと「目覚め」をわくわくしている<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
<br>
<br>
追伸：<br>
今日も一クリックの応援をよろしくお願いします。<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
<p>ありがとうございました！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>【目覚めのアニメ】 痛みとは何か？（日本語字幕版）が完成しました。</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51580282.html" />
<modified>2010-03-10T07:37:22Z</modified> 
<issued>2010-03-10T05:18:11+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51580282</id> 
<summary type="text/plain">

私たちは様々なところで様々な「痛み」を経験します。
身体的な痛み、心の痛みなど私たちの生活は「痛み」とは切り離せないように見えます。

しかし、根源的な世界では誰も私たちを傷つけることはできません。痛みも幻想です。

この動画では、誰もあなたを傷つけられない...</summary> 
<dc:subject>ドクター・ディマティーニ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51580282.html">
<![CDATA[<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/RhpMhX1cAjE&feature=youtube_gdata"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/RhpMhX1cAjE&feature=youtube_gdata" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object><br>
<br>
私たちは様々なところで様々な「痛み」を経験します。<br>
身体的な痛み、心の痛みなど私たちの生活は「痛み」とは切り離せないように見えます。<br>
<br>
しかし、根源的な世界では誰も私たちを傷つけることはできません。痛みも幻想です。<br>
<br>
この動画では、誰もあなたを傷つけられないとはどういうことか？<br>
なぜ痛みが存在するのか？　などの疑問に答えながら、<br>
痛みとは何か？を探求していきたいと思います。<br>
<br>
ここにより充実した人生を生きるヒントが隠れています。<br>
<br>
なお、以下にこの動画で登場した図を紹介しますので、動画ではっきり見えなかったり、詳しく見たい方はじっくり御覧くださいね。<br>
<br>
１.人間の身体を組織から素粒子の視点でとらえた図です。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/a/7/a75b6d02.jpg" width="294" height="291" border="0" alt="s-body_structure3_URL" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
２.これは人間の「目覚め」を表現した図です。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/c/0/c04c865c.jpg" width="400" height="314" border="0" alt="s-awakening2_URL" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
詳しい解説はまた、あらためてさせていただきますね。<br>
<br>
それでは、どうぞごゆっくり御覧ください。<br>
<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
追伸：<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
<p>ありがとうございました！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>大切な質問２：自分のミッションを最大限に生きるために</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51579991.html" />
<modified>2010-03-08T21:10:46Z</modified> 
<issued>2010-03-09T05:18:34+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51579991</id> 
<summary type="text/plain">昨日は人生の問についていろいろとお考えをお寄せくださりありがとうございました。

今日も、より人生を充実したものにするために大切な質問を考えてみたいと思います。

以下に示します7つの質問はDrディマティーニがよくセミナーや書籍の中で指摘するものです。

１．私が...</summary> 
<dc:subject>ドクター・ディマティーニ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51579991.html">
<![CDATA[昨日は人生の問についていろいろとお考えをお寄せくださりありがとうございました。<br>
<br>
今日も、より人生を充実したものにするために大切な質問を考えてみたいと思います。<br>
<br>
以下に示します7つの質問はDrディマティーニがよくセミナーや書籍の中で指摘するものです。<br>
<br>
１．私が人生の中で心の底からやりたくてたまらないことは何か？<br>
<br>
２．どうすれば自分の一番好きなことをして「かっこよく」「美しく」収入を得られるようになるか？<br>
<br>
３．自分の一番やりたいことをすることができるように、今日やるべき７つの優先的な行動は何か？<br>
<br>
４．どのような障害に遭遇するだろうか、そして、前もってそうした障害を解決することができるだろうか？<br>
<br>
５．今日したことで何が効果があって、何が効果がなかったか？<br>
<br>
６．どのようにすれば自分の愛することをもっと効果的かつ能率的にできるか？<br>
<br>
７．今日体験したことがポジティブなものであれネガティブなものであれ、どのように私のために役立っただろうか？<br>
<br>
いかがですか？<br>
<br>
この７つの質問の根底に流れるのは、人生をより充実した満たされたものにするためには自分の最も愛することをする必要がある、という考えです。ディマティーニ氏はだれでも「天才」（天賦の才能）があり、それに忠実に生きることで人生の可能性が最大限に開花すると主張しているのです。<br>
<br>
１の質問の答えを見つけ出すためには、「朝起きた瞬間からしたくなるようなことは何か？」「外側からの賞罰なしでも毎日やりたくて仕方ないことはなにか？」「多くの時間、空間、お金、エネルギーを使って打ち込んでいること（打ち込みたいこと）は何か？」などの質問をすれば大体思い浮かんでくるかもしれません。ちなみに、私の場合は「書くこと」「教えること」「学ぶこと」の三つがとっても大きなものになっています。<br>
<br>
２の質問に関しては、経済的な自由を獲得する際の一つの示唆になるのではないでしょうか？　多くの人々は自分の本当にやりたいこととは別のところでお金をもうけようとしていますが、実際のところ自分のミッションとは関係のない領域で多くのお金を得ようとしても、多くの場合失望や怒りを招くようです。やはり、自分の最も情熱を感じることが一番多くのものを引き寄せるポテンシャルをもっているので、そこに集中すべきだという考えがその根底にあります。たとえば、昔ディマティーニ氏のセミナーに来た女性が同じ質問を自分自身に投げかけたところ、すばらしいアイディアを思いつき、巨万の富を得られるようになったそうです。どういうことかというと、その女性はフラメンコダンスが心の底から大好きでした。でも、実際、ダンスはあまりうまくないし、ダンスをすることで収入を得ることは非現実的でした。そこで、彼女はディマティーニ氏にさらに深く掘り下げるようにいわれ、そこで自分が心から旅行が大好きであるということも見出しました。その瞬間彼女は眼に涙が浮かびました。彼女はスペインの本物のフラメンコを観にいくツアーを計画することで多くの人々や収入を得ることを思いついたのです。そして、そのアイディアは現実のものになったのです。<br>
<br>
３の質問については、生活の7つの領域を考える必要があります。スピリチュアル、知的、身体、家族、仕事、社会、お金の７つの領域で、それぞれ夢の実現に結びつくアクションを一つするのです。というのは、この7つのうちのどれか一つでもおろそかにしていると、その領域は他の人、外界からコントロールされるようになってしまい、自分のミッションの遂行に大きな支障を及ぼしかねなくなるからです。たとえば、身体の健康をおろそかにしていると病気になり、ミッションの遂行だけでなく日々の生活に多大な影響を及ぼしてしまいます。最近私は身体の面がおろそかになっているので、またジョギングなどを始めたいと思っています。<br>
<br>
4の質問については、より充実した人生のためには、反応的（reactive）な人生よりも主体的（proactive）な人生が大切だという考えが背景にあります。そもそも自分のミッションを生きるとは、外側の意見に左右されずに、自分の道を歩むことです。だから、予想される障害に自分のミッションを妨害されないように、前もってその対処法や解決策をとっておくことが必要なのです。私についていえば、学校の教師として事前に様々な出来事を事前に予測して準備をしておくことがとても大切なので、このことは習慣になっていると思います。<br>
<br>
５の質問については、成功哲学の基本的原理の一つですが、効果がない場合はアプローチを変える必要があるというのがその背景にあります。その場合に注意しなければいけないのは、見た目に失敗したように見えても、そこには多くの学び成長する要素が含まれているということです。このブログで再三申し上げているように、この世の中の全てのことはたとえ決してそう見えなくてもポジティブな面とマイナスな面の両方があります。だから、その日に自分がしたことで効果がなかったことでも、そのプラスの面にも焦点を当ててさらに充実した人生を目指していただきたいと思います。<br>
<br>
６の質問については、人間には誰でも「天才」（天賦の才能）があると同時に、日常の知覚のレベルでは不安がつきまとうものなので、その不安や恐怖に負けないで自分のミッションをより効果的に発揮していってほしいという思いが込められています。私たちがよく日常の知覚レベルで感じる不安は「孤独になるんじゃないか」「愛する人やモノを失うんじゃないか」「お金を失うんじゃないか」「自分は頭が悪いんではないか」「あの人に比べて私の精神性は低いんじゃないか」「傷ついてしまうんではないか」「一度仕事を失ったらもう二度と仕事はできないんじゃないか」などですが、こうした不安は本質的なレベルではすべて幻想なのです（詳細は、先日のディマティーニ氏の講演会の内容をご参照ください）。だから、そんな幻想に邪魔されないで、思いっきりミッションをつらぬいていってほしいのです。<br>
<br>
<br>
７の質問については、先ほども述べたようにこの宇宙のすべてにはポジティブとマイナスの側面があり、その両方を経験することで成長できる。そして、そこに深遠な愛があるという考えがその背景にあります。だから、目の前で起きたことがポジティブであれ、ネガティブであれ、それは自分を成長させるために起きているので、恐れず、有頂天にもならず、両方を抱きしめ、さらに成長していってほしいという願いが込められているのです。<br>
<br>
<br>
以上、簡単に自分のミッションを最大限に生きるための７つの質問をご紹介しましたが、もしどれかが自分の心に響きましたら、どうぞその質問を毎日問いかけてさらに充実した人生を歩んでいってください。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/e/0/e0e9eca2.jpg" width="269" height="413" border="0" alt="3" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
今日も読んでくださって、ありがとうございました。<br>
<br>
それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
<br>
追伸：<br>
今日も一クリックの応援をよろしくお願いします。<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
<p>ありがとうございました！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>大切な質問１：４つの哲学的な質問</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51579369.html" />
<modified>2010-03-09T11:05:17Z</modified> 
<issued>2010-03-08T05:18:34+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51579369</id> 
<summary type="text/plain">
クオリティーの高い人生をおくるためには、自分に対してクオリティーの高い質問をすることだ、ということは古今東西の様々な人々の口から出てくる言葉です。

しかし、実際のところどのような質問をすべきなのでしょうか？
そこで、今回から数回にわたって、人生のクオリテ...</summary> 
<dc:subject>ドクター・ディマティーニ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51579369.html">
<![CDATA[<br>
クオリティーの高い人生をおくるためには、自分に対してクオリティーの高い質問をすることだ、ということは古今東西の様々な人々の口から出てくる言葉です。<br>
<br>
しかし、実際のところどのような質問をすべきなのでしょうか？<br>
そこで、今回から数回にわたって、人生のクオリティーをより充実したものにするためにどんな質問をしたらいいのか、そして、その質問にはどのような意味があるのかを考えてみたいと思います。<br>
<br>
第一回目の今日は、４つの哲学的な問いです。つまり、「わたしはだれか？」「なぜわたしはここにいるのか？」「わたしはどこからきたのか？」「わたしはどこへ行くのか？」です。<br>
<br>
これらの問いには様々なバージョンがあるのですが、よく考えてみると、こうした質問をしたことが思い当たるのではないでしょうか？<br>
今回はこうした質問を目覚めの観点から語ってみたいと思います。そのために、図をつくりました。これはDrディマティーニのセミナーで学んだことを自分なりにアレンジしたものです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/2/c/2c413b20.jpg" width="400" height="242" border="0" alt="4questions" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
 <br>
まず、上記の図にも見られるように、この４つの質問は目覚めの状態を示す問いとして表現できることがわかります。たとえば、「わたしはどこからきたのか？」と「わたしはどこへいくのか？」という質問は日常の知覚レベルで行なわれることが多く、多くの場合、答えが見えてきません。そして、そこから一歩進んで人生の目的を考えるレベルになると、「なぜ私はここにいるのか？」という類の質問をするようになるわけです。そして、それがさらに進むと、「私は誰か？」という究極の質問に行き着くわけです。<br>
<br>
私の見解は、このいずれの質問も大切で、どの一つも欠かすことができないと思います。また、下位に位置する質問は、上位の質問に内包されると思います。たとえば、日常の知覚レベルの質問は目的レベルの質問に含まれますし、魂のレベルの質問は目的レベルと日常知覚レベルの質問を含んでいると思うのです。<br>
<br>
だから、下から順に答えていくよりも、魂のレベルの質問に取り組むことで他の二つのレベルの質問にも深い答えが導き出されると思うのです。<br>
<br>
たとえば、自分が何者かわからず、人生の目的もわからずに「自分はどこから来たのか？」「自分はどこへ行くのか？」と考えても不安を残したままの回答になってしまうのではないでしょうか？<br>
<br>
一方で、「私は何者か？」という問いに答えることができると、「何のためにここにいるのか？」や「どこからきたのか？」「どこにいくのか？」という質問にもよりクリアな気持ちで答えられるのではないでしょうか？<br>
<br>
また、次のこともいえると思います。<br>
<br>
「私はどこからきたのか？」「どこへいくのか？」という質問というのは、それぞれ過去と未来に焦点をあてたものです。そこからは様々な感情（特にネガティブな感情）がわいてきます。それは罪悪感かもしれませんし、不安かもしれません。<br>
<br>
しかし、「私はだれか？」という質問には過去も未来もありません。「いま、ここ」があるだけです。それは、自分が「過去」や「未来」だと思っていたものも、実はすべて「いま、ここ」だったことを体験できるレベルです。私はこの「私はだれか？」という問にどれだけクリアに実感をこめて答えられるか、が目覚めを知るための一つの指標になるのではないかと考えています。<br>
<br>
みなさんはどう考えますか？<br>
<br>
また、みなさんは上記の４つの質問にどう答えますか？<br>
<br>
様々な言葉やノリで答えることができると思いますが、究極の答えは一つだと思います。<br>
<br>
もしよろしければ、みなさんの答えをコメント欄にお寄せください。<br>
実は私自身も答えを探求し続けている者の一人です。私なりの現段階の答えは、<br>
<br>
「わたしはだれか？」：宇宙の知性（大いなる意識）<br>
<br>
「なぜわたしはここにいるのか？」：宇宙の知性が私という存在を通じて創造を体験するため。あるいは、「大いなる意識」をこの世界で体現するため。<br>
<br>
「わたしはどこからきたのか？」：どこからきたかということではない。ずっと「いまここ」にいるだけ。<br>
<br>
「わたしはどこへ行くのか？」：どこにもいかない。ずっと「いまここ」にいるだけ。<br>
<br>
です。いかがですか？　ちょっと単純化しすぎた感もありますが、これをたたき台にして、みなさんとともによりクリアな答えを見出して生きたいと思っています。<br>
<br>
どうぞよろしくお願いします。<br>
<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
<br>
<br>
<br>
追伸：<br>
今日も一クリックの応援をよろしくお願いします。<br>
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<p></p><br>
<p></p><br>
<p>ありがとうございました！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
</entry>

<entry>
<title>「おまえはうまれつき天才だ！」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51578327.html" />
<modified>2010-03-06T21:20:33Z</modified> 
<issued>2010-03-07T05:18:10+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51578327</id> 
<summary type="text/plain">

世界最高峰のスピリチュアルティーチャーの一人、ディーパック・チョプラ氏によると、人間とチンパンジーの遺伝子は99パーセントが同じだということです。そして、何が人間を人間たらしめ、チンパンジーと人間を区別するかというと、それは毎分毎秒の「選択」にあるとして...</summary> 
<dc:subject>ディーパック・チョプラ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51578327.html">
<![CDATA[<br>
<br>
世界最高峰のスピリチュアルティーチャーの一人、ディーパック・チョプラ氏によると、人間とチンパンジーの遺伝子は99パーセントが同じだということです。そして、何が人間を人間たらしめ、チンパンジーと人間を区別するかというと、それは毎分毎秒の「選択」にあるとしています。つまり、何を感じ、何を考え、どう行動するかの選択の一つひとつが身体の脳や細胞や器官などに必ずインパクトを与え、その結果、今の自分が形成されているというのです。そして、驚くべきことに、私たちの選択によっては遺伝子も変えられるということでした。<br>
<br>
私たちの伝統的な考え方では、遺伝子は固定的なものであり、一生涯それはかわらないと思わされてきましたが、最新の医学の到達では、遺伝子は変えられることが十分可能であると判明したそうです。<br>
<br>
<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/9/0/90c73d9c.jpg" width="268" height="379" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
<br>
それは確かにわかる気がします。というのは、私は双子であり、兄と同じ遺伝子をもっているわけですが、その後の人生で様々な異なった選択をした結果、異なる趣味、異なった生き方、異なった哲学、異なった性格、異なった技能・特技、異なった職業を歩んでいます。こうした選択は、身体面にも大きな影響を及ぼしています。異なった髪形、異なった服装の傾向、そして、異なった体形（注：私の方が腹回りがでかい：笑）などがその具体例です。<br>
<br>
このように、選択によって人生ばかりか身体面まで変えられるということは、これまで学習面でぱっとしなかった子どもたちに大きな希望の光を与えるものであると思うのです。「おまえはうまれつき頭が悪い」なんてことはもう決していえないからです。<br>
<br>
それでは、どんな選択が自分の望む人生を引き寄せるのでしょうか？<br>
<br>
一つの手がかりとして、私の尊敬するDrディマティーニ氏を例にあげてみましょう。氏は、子どもの頃、学習障害児とレッテルをはられました。しかし、運命的なポール・ブラグ氏との出会いによって、「あなたは天才だ」と告げられます。その日、ディマティーニ氏は自分が世界を旅して、大勢の人の前で感動的なスピーチをしているビジョンが頭の中にクリスタルのように浮かんできたといいます。そして、その日以降今日まで「自分は天才だ」というアファーメーションを毎日唱え、様々なサポートとチャレンジを引き寄せながら成長し、今日彼は29000冊以上の本を読破し40冊以上の本を出版し、年間300日以上50各国以上を飛び回りながら精力的に講演活動を続けています。彼は「学習障害児」から天才に生まれ変ったのです。<br>
<br>
ここで注目していただきたいのは、ディマティーニ氏がたまたま天才だったということではありません。私たちが全員天才であるということです。「何を夢見たいなこといってるんだ？」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは事実です。<br>
<br>
人間は誰でも自分の中に一番大切なもの、二番目に大切なもの、三番目に大切なもの、というように価値の序列をもっています。一番大切なものは人によってまちまちで、それは子どもであったり、ビジネスであったり、学問であったり、スポーツであったりするでしょう。そして、誰でも一番大切なものにあったもの、出来事、人などを引き寄せているのです。その一番大切なものに目覚め、それを深めていくことによって誰でも「天才」になれるのです。それは同時にあなたのミッションでもあります。<br>
<br>
「おれはお金を大切だと思っているが、お金持ちではない」という人もいるかもしれません。しかし、その人はうそをついています。その人はお金以外のものが一番大切であり、それを特に引き寄せているのです（その人の一番大切なものは仕事かもしれませんし、趣味であるかもしれません。お金の価値は23番目くらいの優先順位なのかもしれません）。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/1/1/114d3ff6.jpg" width="333" height="217" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
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話を元に戻しますと、人間は自分の選択によって遺伝子をも変えることができ、人生も変えることができます。良くも悪くもできます。だから、選択する際の一つの重要な方向性として、自分の一番大切なこと、ミッションを明確に見つけてほしいのです。「自分のミッションがわからない」という人がいるかもしれません。しかし、実は人生はあなたにミッションに気づいてもらおうとして、いろいろなサインを送っているので、ミッションを見つけることは実は思っているほど難しくないのです。ぜひそのサインに気がついてほしいのです（例：朝起きた瞬間からわくわくしてやりたいことは何ですか？　他の人がなんと言おうとやり遂げたいことはなんですか？  お金や人間関係や仕事のことなどでまったく悩まなくていいとしたら、何を一番してみたいですか？）。<br>
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ミッションに基づく選択をして、遺伝子を、身体を、人生を、社会を、宇宙を変えて生きましょう！！  YES, WE CAN!<br>
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それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
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<p>ありがとうございました！</p>]]> 
</content>
<author>
<name>mrmonaka</name> 
</author>
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<title>少なければ少ないほど多くなる</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51578331.html" />
<modified>2010-03-07T11:21:19Z</modified> 
<issued>2010-03-06T05:16:58+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51578331</id> 
<summary type="text/plain">独身時代、整理整頓に無頓着だった私がワイフのおかげで、整理整頓にかなり関心をもつようになり（いいバランスだと思います）、まだまだ発展途上ですが、部屋の方付けを多少するようになってきました。私が部屋の整理整頓をするようになった理由は次の三つです。



第一に...</summary> 
<dc:subject>そうじ力・整理整頓</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51578331.html">
<![CDATA[独身時代、整理整頓に無頓着だった私がワイフのおかげで、整理整頓にかなり関心をもつようになり（いいバランスだと思います）、まだまだ発展途上ですが、部屋の方付けを多少するようになってきました。私が部屋の整理整頓をするようになった理由は次の三つです。<br>
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第一に、自分の周りの環境は心の状態の反映であるということです。自分の心の中の状態が雑然としていると、周囲も雑然としてきます。心の中に余分な不安や悩みを抱えていると、周囲にも余計なものが増えてきます。逆に、心の中に物事を受け入れたり楽しむスペースがあると、回りにもスペースや時間ができてきます。<br>
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このように、内面と外部環境は明確につながっているので、一方を変えると必然的にもう一方も変わるのです。だから、たとえば、心の中が雑然としていても、余分な不安を抱えていても、心の中に十分なスペースがないと感じていても、とにかく行動にうつして自分の部屋を片付けるのです。どんどん余分なものを捨てるのです。そうすると、不思議なことに心もうきうきわくわくしてくるのです。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/f/3/f3b1ba89.jpg" width="202" height="195" border="0" alt="2" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
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第二に、より多くのスペースをつくりだすことで、より多くのものを産み出すことができるということです。つまり、ものごとを作り出すためにはスペースが必要だということです。だから、十分なスペースがないと、身動きがとれないばかりか、創造的な発想も制限されて何かを産み出すことが難しくなってきます。しかし、スペースがあると可能性が無限にひろがり、モノだけでなく様々な創造的なアイディアなどが生まれてくるのです。<br>
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そもそも私たちはスペースから産まれて来ました。この宇宙、すなわち私たちの最小単位は素粒子ですが、量子物理学によると、素粒子はゼロポイントフィールドという空間から産み出されてきました。精子も卵子も例外ではなくそれらを構成しているのは素粒子であり、スペースから産まれて来ました。つまり、この世のあらゆるものごとはスペースから産まれてきており、スペースこそがすべてを産み出す源なのです。<br>
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自分の環境も自分自身も「スペース」にすることで無限の創造性が生まれるのです。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/4/a/4a952420.jpg" width="155" height="193" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
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第三に、宇宙は秩序が好きであるということです。そもそもこの宇宙には秩序があります。そういうと、「こんな混沌とした世界に秩序なんてあるものか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは私たちの限られた知覚で世界を見ようとするから混沌としたように見えるのです。しかし、混沌といわれる事象の背後には、「隠された秩序」(hidden order)があり、誰もこの秩序からはずれることはできないのです。アインシュタイン博士は、「神がサイコロを振って物事を決めるはずがない」といい、この世で偶然に物事が発生したり、秩序もなく混沌とだけしていることは認めがたいという見解を発表しています。<br>
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したがって、宇宙の一部である部屋についても秩序がある（バランスがある）ということは宇宙にとって自然な姿なのです。しかし、バランスを崩そうと思っても、宇宙の意思はバランスを保つ方向に向かうので、結局はどこまでいっても秩序しか生まれないのです。だとしたら、はじめから秩序をつくろうとしたほうが、宇宙に親切ではないでしょうか。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/f/a/fa8b31b4.jpg" width="197" height="154" border="0" alt="3" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
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「そうはいっても実際にやるとなると、どこから手をつけていいかわからない」という方もいらっしゃるでしょう。そういう方のために、『禅の習慣』(Zen Habits, by Leo Babauta)から、いくつかコツをご紹介させていただきます。何かの参考になれば幸いです。<br>
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１．一度に小さいまとまった単位をまず片付ける（例：本棚の一段、一つの引き出し）<br>
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２. 部屋を片付けるために定期的に２，３時間を確保する。<br>
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３．ごみ捨て、誰かにあげる、とっておくかの決断をすばやくする。<br>
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４．無慈悲にいらないものはどんどん捨てる。<br>
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５．紙は捨てる。税金などに関する重要文書などを除いて紙は「無慈悲に」捨てる。<br>
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６．もし捨てるかどうするか決断できないときは、決断をちょっと先延ばしにする「たぶん箱」をつくり、その中に多分捨てるかもしれないものを入れる。<br>
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７．普段から捨てる、誰かにあげる、とっておくなどの仕分けを意識しておく。<br>
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８．どんな小さなことでもやりとげたら、きちんとお祝いをする。<br>
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いかがでしょうか？　ぜひ、お試しください。<br>
自分の身の回りのものが少なければ少ないほど、より多くのものをつくりだし、より多くのものが産まれてきますよ。<br>
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それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
感謝と愛情をこめて<br>
モナカ寅次郎<br>
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ありがとうございます！]]> 
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<name>mrmonaka</name> 
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<title>なぜいやなことがくりかえしおこるのか？</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51577795.html" />
<modified>2010-03-07T11:20:40Z</modified> 
<issued>2010-03-05T05:19:02+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51577795</id> 
<summary type="text/plain">オーストラリアで日本語を教え始めたころ、私はかなり「苦労」をしました。まじめな生徒たちもいたのですが、私をからかう生徒、モノを投げつける生徒、暴言を吐く生徒、その他様々な形で繰り返し授業妨害され、かなり授業以外でも不快な経験をしました。そうした経験は毎日...</summary> 
<dc:subject>ドクター・ディマティーニ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51577795.html">
<![CDATA[オーストラリアで日本語を教え始めたころ、私はかなり「苦労」をしました。まじめな生徒たちもいたのですが、私をからかう生徒、モノを投げつける生徒、暴言を吐く生徒、その他様々な形で繰り返し授業妨害され、かなり授業以外でも不快な経験をしました。そうした経験は毎日のようにありました。そのため、私は文字通り心身ともに疲れ切っていました。休暇が明けて新学期が始まる前には正直学校に行きたくないと思いました。<br>
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休みが明けても生徒たちの反応は同じで、私は毎日毎日多数の生徒から受ける嫌がらせに反応しては怒ったり落ち込んだりしていました。<br>
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しかし、最近ではそうした嫌がらせはほとんど皆無になりましたし、かりに生徒が嫌がらせのような行為をしてきても、それにいちいち反応して怒ったり落ち込んだりすることはなくなりました。<br>
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このような劇的な変化の背景には、もちろん、私自身の教え方の向上や「問題行動」の対処法の向上などがあげられると思いますが、実際はそれだけではないと信じています。つまり、私が全ての生徒に愛情と感謝の気持ちを抱けるようになってきたことが一番大きな要因ではないかと思うのです。<br>
<br>
以前の私は何か授業妨害が起こると、そのネガティブな側面にだけ焦点をあて、授業妨害をした生徒をとことん嫌いました。そして、さらに拍車をかけるように、授業妨害が激化していったのです。しかし、そのときの私は授業妨害のポジティブな側面をすっかり見落としていたのです。それは、私をさらによい教師にするきっかけを与えてくれていたということです。おかげで私はかなり生徒指導の方法やカリキュラム・授業の組み立て方を深く学びました。自分の授業に慢心していたら、そうしたことを学ばず自分の成長はなかったと思います。<br>
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Drディマティーニはいいます。「宇宙の意思はバランスをもたらすところにはたらいている」と。いいかえると、「サポートとチャレンジを与えることによって私たちを成長させようとしている」と。たとえば、サポートばかりの状況が続くとチャレンジの状況が多くもたらされたり、逆にチャレンジの状況ばかりだとサポートの状況が多くもたらされたりするのです。それは、親がかわいい我が子にサポートとチャレンジの両方をしむけるのと同じことです。つまり、サポートとチャレンジの背後には子どもを成長させようとする愛があるのです。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/9/6/9627a6e0.jpg" width="442" height="443" border="0" alt="eating_food" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
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私たちが日常的にいやなことを繰り返し経験するのは、そのいやなことの裏側にあるいいことを見出していないからです。いいかえると、いやなことといいことの背後にある愛を認識していないからです。つまり、いやなことというのは、自分がそれを心から愛するまで繰り返し繰り返し現れるのです。<br>
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意識が向上すると（より多くのことを愛せるようになると）波動が高くなります。波動が高くなると、宇宙の知性（大いなる意識）はまた別のレベルのサポートとチャレンジを用意して私たちの意識をさらに成長させようとしてくれるのです。そして、私たちはその両者を統合し宇宙の知性の愛の中でさらに成長していきます。<br>
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一方、波動の低いレベルだと、物事の「いい」と「悪い」、「明るい」と「暗い」、「おもしろい」と「退屈」など、ポジティブとマイナスの側面が立ち現れ、私たちの多くはその一側面にだけ焦点を当てる傾向を見せます。ポジティブな側面にだけ焦点を当てていると有頂天になり、思わぬ事故やアクシデントを引き寄せたりします。また、ネガティブな側面にだけ焦点を当てていると、思いもかけないサポートや追い風がやってきて助けられることがあります。<br>
<br>
ポジティブとマイナスの両方を見出し、両者を統合させ、そこに宇宙の知性の、私たちを成長させようとする愛を見出すと、その結果意識が深化発展します。私はその過程こそが「目覚め」のプロセスだと思っています。<br>
<br>
「ピンチはチャンス」といいますが、本当にそのとおりです。ピンチがやってきたら、「あ、今宇宙の知性（大いなる意識）が私を成長させようとしているな。じゃあ、いっちょ、がんばってみるか」と思うといいのだと思います。<br>
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それでは、また。<br>
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モナカ寅次郎<br>
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<name>mrmonaka</name> 
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<title>Dr ディマティーニ氏の講演会４:　「人生最期の日に。。。。」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51577362.html" />
<modified>2010-03-05T07:53:51Z</modified> 
<issued>2010-03-04T05:18:50+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2010:mrmonaka.51577362</id> 
<summary type="text/plain">みなさん、こんにちは。
お元気ですか？
本来の自分に忠実に生きていますか？

さて、これまで３回にわたって、先日ブリスベンで参加したＤｒディマティーニの講演会の内容をレポートしてきましたが、今日で一応最終回になりました。氏の魂のメッセージをどうぞ心深く堪能し...</summary> 
<dc:subject>ドクター・ディマティーニ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.livedoor.jp/mrmonaka/archives/51577362.html">
<![CDATA[みなさん、こんにちは。<br>
お元気ですか？<br>
本来の自分に忠実に生きていますか？<br>
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さて、これまで３回にわたって、先日ブリスベンで参加したＤｒディマティーニの講演会の内容をレポートしてきましたが、今日で一応最終回になりました。氏の魂のメッセージをどうぞ心深く堪能してください。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/5/2/52b198d1.jpg" width="320" height="240" border="0" alt="100_5336" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
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「あなたには、批判してくれたり、チャレンジを与えてくれたり、拒絶してくれる人の存在があなたの成長のためには必要なんです。決してチャレンジから逃げないでください。もし、サポートだけならあなたは堕落するでしょう。夫婦関係のことで悩んでいる人は、夫婦はお互いに本来の自分に引き戻してくれる存在だということを忘れないでください」<br>
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「誰でも自分について好き嫌いはあります。ある日、大変美しいファッションモデルに会いましたが、彼女は自分の身体の細部にいたるまで嫌いであるといっていました。（そのように、ネガティブな自分に注目している人にいいたいのは次のことです。）本物の自分をしっかり抱きしめてください。より深い本質的な世界では、見ている人、見られている人、見ることというのは全て同じであり区別がないのです（みんな一つなのです）。みんな全ての人間の性質を異なった形でうちにもっているのです。だから、ほかの人に見えるすばらしいところは、形をかえて必ずあなたの中にもあるのです！」<br>
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「毎日（充実した生活をおくるために）７つ優先的な行動を選んで実行するようにしてみてください。それは歯磨きやシャワーなど毎日やっているルーティーン（決まりごと）とは違います。その行動を取ることで自分自身が感動し、インスパイアされるようなことを実行に移してほしいのです」<br>
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「自分のミッション（本来の自分）を生きているときのサインは何でしょう？　それは、他の人の意見が気にならないこと、目頭が熱くなり涙すること、朝起きた瞬間からしたくなること、明確なビジョンがあることなどです。こうしたことを体験したら、それです！　それがあなたのミッションなのです！　もう誰にも止められません！　さきほども話しましたが、私は子どものときに学習障害児と診断されましたが、ポールブラグのおかげで、自分の中に天才をふるにつかったクリアなビジョンがあり、その結果、私はこれまでに29000冊以上の本を読み、経済的な自由も手に入れ、自分なりの哲学を産み出し世界に広げています。もう誰にもとめられません！」<br>
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「目標設定というのは、単に自分の中にぽっかり空いた穴を埋めるだけのものではなく、自分の中にすでにあり、世界に多大な貢献ができることを発見することでもあるのです！　自分自身にすばらしい人生を生きる許可を与えてください。自分に人生をブレークスルーする許可を与えてください！」<br>
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「ときどき、『自分に何ができるかわからない』とか『自分が何がしたいかわからない』という人がいますが、そんなのは糞食らえです！　そんなのはウソです！　みんな心の奥深くでは自分が何者であるか、何がしたいのかを本当はしっかり知っているのです。ですが、さきほど紹介した7つの幻想のために、本当の自分のしたいことできることが見えなくなっているのです」<br>
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「子どもを育てたり、ビジネスをしたり、教壇に立ったり、どんな領域でもかまいません。すばらしい人生を生きてください！　自分の夢を生きてください！」<br>
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「自分の価値序列のトップにある価値に忠実に自分の生き方・目標をむすびつけてください。そうすると、自分に対してどのような言葉を投げかけるか、どのように見るかによって、本当の自分が表面に出てきて、様々な夢が現実化されていくことがわかるようになります。多くの人々は自分の中の最高の価値とは無関係な目標設定をして、結果的にがっかりした思いを味わっています。」<br>
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「20年前に私のセミナー、ブレークスル・エクスペリエンスに参加した老人が私のところにやってきて、大変感謝してくれました。彼はセミナーで学んだ原理原則や感謝の重要性を子どもの教育に応用し、いまやアメリカだけでなく世界にその新しい教育原理のインパクトを与えています。感謝は人生を拓くのです」<br>
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「私の肉体が滅びる人生最期の日に、『わたしはできるすべてのことをした』と思って息を引き取りたいと思います。今、会場にいるあなたがた一人ひとりにも人生最期の日に同じような気持ちになってほしいのです！　どうぞ、私といっしょに（素晴らしい人生に）参加してください！」<br>
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「私は必ずあなたを助けることを保証します！　（私のセミナーに参加するなどすれば）他の人が経験できないような利点を手に入れることができます。私はセミナーのたびに、夜遅くまで参加者に付き添い、朝は5時に起きて、参加者が一人残らずブレークスルーできるように全力を注いでいます。ぜひ、みなさんとセミナーでお会いしたいと思っています」<br>
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「今晩は来てくれてありがとうございました。あなたがたは、私の夢を実現させてくれました！」<br>
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ここでスタンディング・オベーションが起きました。会場からは割れんばかりの拍手がディマティーニ氏に送られました。ようやく拍手が落ち着いてきたときに、何人かの参加者が手を上げました。中には必ずブレークスルーに参加すると約束する人もいましたし、また、ひとこと「ありがとう」といって声をつまらせて泣き出す男性もいました（よほど日々つらい思いをしていて今晩の講演で生きる力がわいてきたのでしょう）。印象的だったのは、ある初老の男性が、「どうしたらあなたのクローンをつくれますか？（もっともっとあなたには世界中で活躍してほしい）」といったことです。ディマティーニ氏は「ぼくの精子を使うためにはぼくのガールフレンドの許可を得ないといけない」というジョークを飛ばし、爆笑を買っていましたが、私は「どうしたらクローンをつくれますか」といった男性の気持ちがわかるような気がしました。私ももっともっとディマティーニ氏の教えが世界に広がればいいと心から思いました。そして、自分が「クローン」ではありませんが、ディマティー・メソッドのファシリテイターとして少しでもそのお手伝いをしたいと心から思いました。<br>
<br>
会場を出るとき、あることに気がつきました。それまで風邪気味で鼻水がとまらなかったのですが、講演中も講演のあともそれがぴたっととまっていたことです。ディマティーニ氏の波動は私の内部にバランスを取り戻してくれたようです。<br>
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<img src="http://image.blog.livedoor.jp/mrmonaka/imgs/c/1/c1240336.jpg" width="343" height="258" border="0" alt="1" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
<br>
このブログを読んでくれた方、私の動画を見てくれた方が少しでも、何か深い部分で共鳴してくださったらこんなにうれしいことはありません。<br>
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今月また私はブレークスルー・エクスペリエンスに参加してきます。また新しい発見や感動があると思います。その模様も必ずお伝えしますので、どうぞご期待ください。<br>
<br>
どうもありがとうございました。<br>
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それでは、また。<br>
真夏のオーストラリアより<br>
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モナカ寅次郎<br>
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