無駄に過ぎ行く日々

ある阿呆の独り言

定点観測

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寒いがキリッと引き締まる今朝の空気。風邪気味も静養でなんとか持ち直してきたかな。

オマル・ハイヤーム作 〜 ルバイヤート

image11世紀ペルシヤの詩人オマル・ハイヤームの四行詩(ルバイヤート)である。なんでこれを知ったのだか今となっては記憶していないが、この四行詩の詩集がなかなか面白いのだ。本の表紙裏には「生への懐疑を出発点として、人生の蹉跌や苦悩、望みや憧れを短い四行詩(ルバイヤート)で歌った」と書いてある。この詩集はその四行で書かれた短い詩の数々なのであるが、これが何とも今の時代と何ら変わることなく人間の真理をついている。というか21世紀の現代も一千年前の11世紀も人の営みや悲しみや喜びなんて何にも変わってないんだなと思うし、人間たるものいつの時代でも苦悩はありそれに一喜一憂するから人間なんだと思わずにいられない。いくつかその詩を紹介したいのだが、この本は480円(税別)だからぜひ買って読んで欲しい気がする。特に酒にまつわることも多く出て来て、何とも共感できることばかりで苦笑してしまう。詩を読むのはあまり得意ではないけれどこれは短く端的に書かれており、ある意味読みやすい。まあ詩もいろんな形がらあるもんだと今更のように感慨に浸るのである。それと11世紀のペルシヤにも興味が湧く。わたしは受験では世界史を選択したが、まったく興味は湧かなかったものの、こういった詩や文学によって、もう一度その時代背景を調べてみようかなと思うのもこれまた興味深い。それにしてもペルシヤとは現在のイランの辺りだと思うのだが、イスラム教では酒は禁じられているのに、その当時は酒を飲んでも良かったのか、それともその当時はイスラム教ではなかったのか。それが気になってきた。さらに知的好奇心は尽きない。この詩を書いたオマル・ハイヤームもペルシャ人(今のイラン人?)なのかと思うと、彼らに対する偏見も解消されて親しみを感じるのである。イスラム過激派によるテロが頻発する昨今、イスラム教徒に対する同一視も危険であり、本来は単なる過激派の一部であるにもかかわらず、イスラム教徒全体への偏見や敵意が増幅されてしまっている感じがする。悲しいことだ。どんな宗教を信じていても真面目に信仰している人がほとんどで、過激派はあくまでも少数派の単なる犯罪者であるという認識が必要であろう。日本においてはまだテロの危険性は無いと思うが欧米で繰り返されるテロには心が痛む。シリアやイラクなどの中東からの難民が大挙してヨーロッパ各地に移民として散らばり、それが各国の経済を圧迫して、移民に対する憎悪や偏見も増長されて、ナショナリズムやポピュリズムの台頭も心配される。またまた第二次世界大戦のようなことにならなければ良いなと思うが、まだまだ戦争経験者が生きている間は、そんなことはないだろうけれど、その人たちもかなり高齢であり、その人たちがこの世からいなくなったら、つまり、戦争を体験していない人たちだけの世界になったら、戦争の悲惨さを忘れて同じ過ちを繰り返すのだろうか。歴史は繰り返すと言う。しかしその頃には自分は生きていないだろうけれど、日本も済し崩し的に世界の紛争地に巻き込まれていき、そのうち何らかの小競り合いに巻き込まれて犠牲者が出ないことを祈るばかりである。閣議決定だけで憲法解釈が変わってしまったことも、とても憂慮されるのである。人が死んで初めて間違いに気がつくことだけは避けたい訳である。

昨晩は酒も飲まず品行方正に夜の9時半に寝たのだが深夜2時過ぎに目が覚めたらこんなことを思い書いてしまった。さて、また朝の6時の目覚ましまで二度寝しよう。

煮麺 〜 休肝日

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風邪気味なので本日は休肝日。素麺は一度茹でて水洗いして塩気を抜いてから温かい麺つゆに入れて煮麺にして鯖の水煮缶を乗せた。簡単でとても体が温まる。素麺は夏だけのものではないのだ。

本当の友達とは?

本当に困った時に身を投げうってでもなんとかしてあげたいと思うかどうかなんだよな、大事なのは。自問自答。。。飲み友達なのか本当の友達なのか。。。こういう時に見損なうやつも出てくるってこともあったりして。。まあ所詮は他人なのかもしれないが知り合ったのも何かの縁。こちらはやれることだけやってみよう。「困った時はお互い様」という言葉が重くのしかかっている。。。

お見舞い

救急搬送された友達のお見舞いに行った。意識朦朧になんか悲しい。しかし絶対に神様はいる。いや、いるべきだしいなきゃおかしい。救われるべきだ。回復を祈る。

思考の整理学 〜 外山滋比古

imageiPhoneのiBooksでサンプルを無料で試し読みしていたらその先まで読みたくなり500円くらいでダウンロードした。まだ途中までしか読んでいないが、どうも色々なことを日常的なことの比喩をもって表現するのが得意な方らしい。この手のハウツー本というかノウハウ本は嫌いだが、とりあえず暇つぶしに読んでみることにした。1983年の本らしい。33年前の当時に読んでいたら少しはまともな人間になっていたのだろうか。。そういえば小林秀雄の「考えるヒント」なんて本もかなり昔に流行ったことを思い出したが、やはり内容はまったく覚えていない。

定点観測

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今朝は比較的暖かいが明日から真冬並みの寒さになるそうだ。

取捨選択と優先順位

これがきちんと出来たら(決められたら)苦労しない。。

ストーンズの新譜

imageストーンズの久々の新譜はブルース回帰だという話を音楽好きの先輩からメールが来た。昔は自分はどちらかというとビートルズ派でストーンズはあまり好きではなかったのだが、この十年くらいブルースを演るようになり、ストーンズも気にはなっていた。かつてストーンズがアメリカのブルースの巨匠のマディー・ウォーターズに会いに行ったという話は有名だ。ストーンズもオリジンはブルースということなのだろう。そもそもブリティッシュロックのバンドはアメリカのブルースを聴きかなりのバンドがブルースの曲の数々をコピーしている。クラプトンなんかは今でもブルースの名曲を歌い弾いている。ジミー・ペイジも数年前に公開された映画でもブルースのレコードをかなり聴いたと語っていたし、イギリス人が海の向こうのアメリカのブルースに憧れていたことがよく分かる。自分も高校時代からブリティッシュロックに目覚め、それらの音楽のオリジンがアメリカのブルースだったということはずっと後になってから分かったわけであるが、こうやってブルースを好きになって演奏してみると、やはりブリティッシュロックを好きになったことはその奥にあったブルースもその当時から好きであったということなんだろうと思うわけである。ジャズやフュージョンやソウルと趣味嗜好が変遷していったが、やはり学生時代に聴いたオールマンブラザーズなどはやはり自分の中では大きな核となっていて、彼らもやはりティーボーン・ウォーカーの曲やブルースの名曲を演奏していた。いわゆるブルーズロックと言われているジャンルなんだろうけれどこのブルースロックというジャンル分けは好きではないのだが、ブルースもロックもジャズもあえてカテゴリー分けする必要は無いわけで、良いものは良い、好きなものは好き、ということである。

朝飯もしっかり食べてかなり寛いでいるのでこんなことを書いているが、それにしても昨晩Amazonでポチったストーンズの、ブルース曲ばかり演奏したという新譜が来るのが楽しみである。そういえばエアロスミスもスティーブ・ミラーバンドもそれぞれブルースナンバーばかりを演奏したアルバムを出している。アメリカのプリミティヴなブルースをロックにするとこうなるという、ある意味昔のブリティッシュロックの原点ともいうべきアルバムなのである。ジェフ・ベックも今ではまったくブルースは演奏しないけれど、第1期のジェフ・ベックグループではブルースデラックスなんていう曲も演奏していた。あれを歌っているのはロッド・スチュワート。なかなかカッコ良いスローブルースだったことを思い出した。また聴いてみよう。

休みの日の朝飯

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メザシは意外に人気があるようで一昨日にスーパーの中の魚屋を見たら10パック以上もあったのに昨晩帰宅時に覗いたら最後の1パックになっていたので慌てて購入。180円。小ぶりのウルメイワシも半額だったので酒のつまみに購入。今朝は豪華?にハムエッグと納豆かけご飯。メザシ。ウルメイワシ。ワカメとキャベツたくさんの味噌汁。それにしても最近のキャベツので高騰には閉口する。そんなにも取れないのか。ひと玉300円近くするキャベツにはなかなか手が出なくなったが、街の小さくておしゃれな八百屋さんでは規格外とか言ってひと玉180円で売っているところも出てきている。春キャベツが出るまではキャベツので代わりにモヤシで我慢しよう。モヤシは一袋16円とか書いてありこれで儲かるのかと思うが儲からなければ売ってないわけなのでいったい野菜の生産、流通はどうなっているのか気になる昨今である。まあ冬は鍋で白菜でも食ってろと言うことなのか。もっと色々な野菜に目を向けたい。モロヘイヤなんかもお浸しにすると粘り気が出てなかなか美味しいのだが昨日のスーパーで見かけたものの素通りして後悔している。平日の朝飯は納豆と生卵かけご飯と味噌汁だけだが、休みの日にはハムエッグとメザシを焼いて贅沢に。ってこれが贅沢なんて感じるのは果たして喜んでいいのか悪いのか。複雑な気持ちである。

定点観測

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定点観測

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焼きそば弁当

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焼きそばパンがあるなら焼きそばご飯があってもいいじゃないか。。所謂ダブル炭水化物だが焼きそばには肉もキャベツも入っているから充分おかずになる。余り物整理的弁当。

定点観測

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めざし(再)

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粗食。玄米と押麦入りのご飯(白米6、押麦2、玄米2の割合)は炊きたて。めざしは4本づつが2つで180円。つまり一本22.5円。4本で90円。最近はキャベツ1玉が298円もして高いのでレタスの方が安い。キュウリとミニトマトとレタスのサラダ。味噌汁は豆腐とワカメ。豆腐の味噌汁は美味しいし温まる。味噌汁に乾燥ワカメは欠かせない。休肝日。それにしてもやはりこのめざしは美味しかった。鰯や鯵や鯖は日本人には欠かせない魚である。鰤も旨いが照り焼きは少し面倒だな。一時は魚が高くて敬遠していたが、このところかなり安くなってきた感じがする。最近近くにできた魚屋は閉店時間間際になると半額になるのでとても助かる。そういや鰯も鯵も鯖も鰤も魚へんの一文字だが、秋刀魚だけは魚編の一文字漢字ではないのかと思ってしまった。いや、実はそういう漢字もあるんだろう。寿司屋の湯のみの周りに書いてある魚へんの漢字。読めないものが多いが、日本人なんだからそのくらい全て読めるようになりたいものだ。鯛。鮃。鮪。鰻。鮭。まあこのくらいはわかるが、鰌や鮴や鱸は読めないな。正解はとじょう、めばる、すずき。やはりもう少し勉強しよう。

焼きそば

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休肝日

チェット・ベイカーの映画 公開

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朝日新聞にチェット・ベイカーの映画のことが書いてあると記事のページをもらった。

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検索したら今月の26日から公開されるとのこと。やはりちょっと観てみたい。映画のタイトルはBorn To Be Blue 邦題は「ブルーに生まれついて」だが、邦題だけでは何の映画かわからないな。

割れせん

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”せんべい通の方のために” か。割れてたって味は同じだし、食うときはだいたい割るもんな。しかもこの割れせんは安い。特にゴマせんべいが旨い。

朝飯

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ご飯に納豆とハムエッグを乗せた。あとはレタスとキュウリとミニトマトのサラダ。そして豆腐とワカメの味噌汁。

めざし

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安くて旨い。名前の通り竹串を鰯の目に刺しているから「めざし」というんだな。よくよく見てみると竹串が片目から刺されて顎に抜けている。両目に貫通しているのではないようだ。ある意味残酷だが食物連鎖に感謝しよう。昔は貧乏人の食べ物と言われた感のあるめざしだけれども、ふっくらした鰯の干物は焼きたてがとても美味しい。今でも魚屋ではかなり隅の方に置かれているけれど、もう少し見直されても良い食材だとつくづく思う。

定点観測

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届いたCD 〜 葛飾にバッタを見た

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発禁になった曲が入っている。なぎらさんのアルバムはほとんど聞いたことがなかったけれど、なかなか声もいいし面白い歌が多い。アコギの3フィンガーは超テクでもある。朝のラジオにゲストで出ていてついついAmazonでポチっ。

買った酒 〜 土佐鶴

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1460円(税別)一升瓶。安くて美味い酒。

エアコンの設定温度

エアコンの設定温度に悩まされる。夏はエコの観点から冷房で高めの28度にするのだが、はてさて冬はどうなんだろう。そもそもエアコンは冷房とか暖房とか除湿とか送風とかチョイスできるのだが、実はそもそも一番上に書いてある「自動」運転が一番効率が良くてエコであると書いてあるウェブサイトもよく見かける。つまりエアコンが外気と室内温度を自動的に感知して最適な温度調節をしてくれるから、下手に手動で温度を上げたり下げたりするよりも実は電気代を食わないのだと。

しかし本当にそうなのだろうか。そもそも自動運転の冷房と暖房の設定温度は何度に設定してあるのかも知らない。ネットで検索してみたらとんでもなく諸説が飛び交っていて、これぞまさに玉石混交な状態。どれが本当なのか余計わからなくなった。しかしどうもよく出てくる数字は冷房は26度で暖房は23度らしい。なるほど。省エネのためには冷房は高めの28度にしてねというのはよく聞く話しであるが、エアコンは冷房をメインにして使っていて、冬は他の暖房器具を使うことが多かったせいか、暖房の省エネの温度はまったく意識してなかった。しかし今年はまだまだ遠赤外線の暖房器具を押入れから出すまでに至らず、このまま冬もエアコンでいいのかななどと思ってそれに頼っているのだが、やはりどうもエアコンの暖房というのは昔から好きではなく、どうも温かみに厚みが無いというか、体が芯から温まらないというか、まったく暖房器具として信用が置けないのであるが、なんとなく今年はエアコンだけでやってみたらどのくらいの電気代になるのかなんて考えてたわけである。

話は横道にそれたが、自動運転が一番電気代を食わないなんて話もネットにはよく載っている。しかし、この自動運転の冷房の設定温度は省エネの28度ではなく26度であるし、暖房は省エネ設定の20度ではなく23度であるからして、省エネ=電気代節約ではないのか?という疑問も湧いてくる。

そこで今使っているエアコンの取説を引き出しの奥から引っ張り出して調べてみた。すると自動運転とは室温によって5段階分かれており、しかも相当細かく運転も切り替わると図にまとめられていた。
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なるほど。冷房、暖房の切り替えもあるのはわかるが、除湿や送風にも切り替わるのか。室温が22-24度の時は監視運転で弱送風と書いてある。これかあ、暖房してるのに途中で薄ら寒い空気が出てくるのは。せっかく部屋が温まったと思うとヒンヤリしてくる原因はこの監視運転によるものなのか。

いつもこのヒンヤリした送風が出てくるとエアコンの自動運転から暖房に切り替えて温度を上げてしまうのだ。そうなるとまた温風が吹き荒れて暑くなり、また自動運転に戻すという繰り返しなのである。その点、昔使っていた石油ストーブはずっと暖かいし、室温が上がれば窓を開けて少し外の冷たい空気を入れてやれば良いわけで、やはり冬はストーブに限るなと思うが、もう石油を買いに行く手間を考えたら無理であるという結論になる。

遠赤外線のヒーターも暖かいのであるが、電気代が高そうだし、押入れから出してくるのが面倒なので今年はまだ出していない。世の中にはエアコンだけで冷房も暖房も賄っている人が多いようだし、冬もエアコンで我慢するかなととも思うのだが、なんせこの暖房運転のあとの監視運転の送風のヒンヤリ感に嫌気が差すのである。

そもそも省エネや電気代が云々と言う前に寒くちゃ仕方が無いわけで、そんなストレスがあるくらいならさっさと遠赤外線のヒーターを出せば良いわけである。

エアコンの暖房ってほんとに頼りないなあと思いながらも、今、リモコンの表示画面を見てみると暖房で設定温度は20度になっているという、意外にエコな自分がいるのである。寒けりゃ着ればいいんだとネットに書いてあった。確かにそうだな。さて、エアコンを消して二度寝に入ろう。

届いたCD 〜 The Hellhounds

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ハードロックでロッキンハープ。インターネットラジオのブルースチャンネルでかかっていてついついアマゾン。

jimama

聴いて涙出る

定点観測

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定点観測

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休肝日

本日は休肝日

定点観測

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雑感

優しさの裏腹にわざと酷いことを言ってしまうような気がする。私はサドなのであろうか。それとも性格が荒んでいるからなのだろうか。そう言えば小学校の時などは好きな子に対してわざと意地悪をしたことを思い出した。一種の照れ隠しなんだろうけれど、それでは相手からはよく思われるわけはないよなあ。仲の良い友達に対しても、いつも相手の沸点はどこまでなのだろうかという興味が尽きない。どこまでのことを言ったら怒り出すのか。その程度を少しづつ上げて行くのだ。探るとでもいうべきか。そしてそれを小出しにしてゆくのだが、それが一歩でもその沸点の先へ踏み込もうものなら、それで相手は怒り出し、その人との関係はそれで終わってしまう場合もあれば、また復活する場合もある。しかし、そんなことをやってばかりいると、大概は去ってゆく。確固たる信頼関係が築かれていればそんなことはないのであろうが、それを築くためには、その人がどこまでこちらの嫌な話を受け止めてくれるかをどうしても見極めてみたくなってしまうのである。あえて苦言を呈するという言い方は合っているとは言えないが、嫌味とも取られられるような事をあえて言ってしまう。まあそれでその人との関係が終わるようではそれまでのものだったんだと納得することもできるわけだが、誰彼構わず全方位外交でおべんちゃらを撒き散らすことはできない性格なのであるから仕方がないと言えば仕方がない。気持ち的には自分は優しい性格だと思っているが本当はそれは単なる自惚れであって、本当は極めて冷たい人間なのかもしれない。確かに人に対しては冷めているのかもしれない。過度な期待を持つと必ず裏切られる。裏切られると落ち込むことを知らず知らずのうちに体が防衛本能でもって避けているのであろう。人に対して期待をするからそれが叶わぬと苛立つのであろう。だから人に対してはなるべく期待をしないことにしている。所詮は違う人間であり自分がその人を変えることはできないわけだから。期待をすることが間違っている。できない人は何を言ってもできないのだ。その人に期待をしてもするだけ無駄である。それよりも自分に期待せねばなるまい。もっとやれるはずだとかもっとこうあるべきだとか、こうしなければならないなどと自分に期待する。いや、期待するというか自分を責め続けているのかもしれない。これではいけない。こんなんじゃ駄目だ、とも。もしかしたら自分は相当理想が高いのではないだろうかと思う時もあるが、理想は高い方が良いに決まっているものの、それが過度な手の届かない理想であれば、それは絶望にも変わってしまいかねないわけで、そこそこ手の届く範囲の理想で良いわけだが、しかしそれでは理想と呼べるものではないというところでまたまた思考のループに陥ったのであった。。

定点観測

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朝井リョウ 「何者」

image直木賞受賞作品が映画化されたということもあり、とりあえず読んでみた。読んでいて途中までは、なんとも大学生4-5人の就活にまつわる青春小説みたいで、どうもまどろっこしくてしょうがなかったのだが、最後の方に来て、かなり核心をついたような内容になってきて考えさせられた。Twitterとかやったことない人にはなかなかわからないような内容であるけれど、いかにも若者には受けそうな内容である。やはりこれもSNSやインターネットを介したコミュニケーションと現実とのギャップについて考えさせられる。そもそも就活なんていう言葉も嫌いだけれど、ますます嫌いになった内容であった。そして、珍しく読後に映画を見る気になれなかった本であったことも付け加えておく。しかしこの文庫本の表紙はすっかり映画の宣伝のみに徹してるなあ。。読む前からキャスティングの写真はいただけないな。やはり気に入らない。余計映画を見る気が失せました。

と、思ったら、いわゆる帯が表紙と同じサイズになっていて、本来の表紙に被さっていたのだ!アホくさ。これが本来の表紙。
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本日の取り組み

今日の取り組みで興奮したこと。

一つは嘉風が大関の照ノ富士に勝ったこと。

もう一つは玉鷲が横綱の日馬富士に初日で土をつけたこと。

しかし、玉鷲もモンゴルだったとわかったことが、、、

いや、モンゴル人でも強い力士は褒めるべきだな。。

それにしても日本人力士頑張れ!

大相撲

あ、相撲始まってるんだな。見よう。

It Hurts Me Too

頭から離れないこの曲。。。

It Hurts me too

You said you was hurtin, you almost lost your mind.
Now, the man you love, he hurt you all the time.
But, when things go wrong, oh, wrong with you,
It hurts me too.

You'll love him more when you should love him less.
Why lick up behind him and take his mess?
But, when things go wrong, whoa, wrong with you,
It hurts me too.

He love another woman, yes, I love you,
But, you love him and stick to him like glue.
When things go wrong, oh, wrong with you,
It hurts me too.

Now, he better leave you or you better put him down.
No, I won't stand to see you pushed around.
But, when things go wrong, oh, wrong with you,
It hurts me too.

頭の中で繰り返すこの曲。
もちろんエルモアの有名な曲だが、クラプトンはオープンDチューニングのオリジナルを半音下げてオープンDbにして歌っていることがわかった。やはりオリジナルのキーでは声が出ないのかしら。確かにDは男が歌うにしては高いキーだ。しかしこの曲の彼のスライドギターのソロはシンプルで好きなんだよね。12小節ではない8小節のブルースはなかなか面白いが、演ると意外に難しい。

インスタグラム

InstagramというSNSが流行っているが、これは写真に色々なフィルターをかける一つのアプリだったものが、有名人などによって広まり、今ではTwitterやFacebookと並ぶSNSになったわけだが、こんなに流行る数年前に、カメラをやっている人から勧められてその当時やってみて色々試したあとに辞めたと認識していた。つまり、アカウントを削除したつもりでいた。ところが先日ある人から「インスタグラムやってますよね?」と言われて驚いた。「え? やってたけど今は辞めてるよ」と言ったのだが、その人からアカウント名まで言われても全くピンと来ないので「人間違いじゃない?」と言ったら実際にスマホ画面で見せてくれて「これじゃありませんか?」と見せてくれたらやはり自分のものだった。

そしてその人は「もう何年も更新されてないみたいですね」と言われたが、そりゃそうだよな。すっかりアカウントを消したつもりでいたが、実際は辞めたと思った時期からそのまま放置されていた訳だ。こりゃいかんと思ってログインしてアカウント自体を消そうと思ったのだが、ずいぶん長くログインしてなかったせいなのか、不正使用や乗っ取り対策として、登録してあるメールアドレスに再ログインのためのコードを送付するとのことだった。しかしその作業をしてみたのだが、メールが来ない。と、よくよく考えてみたら、そのメールアドレスは前の携帯のアドレスであったので、キャリアを変えてしまった今では使えないアドレスであったのだ。愕然とした。「あーこれでは二度とログインできないし、アカウントも削除もできないんだ」と。色々と調べてみたが、Instagramのだホームページでは、そういう場合はその登録していたアドレスのプロバイダーに一時的にアドレスを解除するなどしてもらえと書いてあったが、携帯のアドレスではもうそれも無理だろう。。

ということでそのInstagramのアカウントはこのまま何の更新も削除もなされぬままインターネット上の宇宙のゴミとなって地球の周りを回り続けることであろう。良い写真もあるのでダウンロードしたいとも思うが、ログインしなければそれも叶わない。しかも削除したい写真もあるのだが、これはもうすっかり諦めるしかないのであろう。まあ悪いことをしているわけではないので、放置しておくしかないのであるが、全て辞めたのと思っていたSNSの一つが残っていたことにかなりのショックを覚えたことも事実である。

それにしてもネット社会が進むにつれてパスワードのセキュリティーが厳しくなってきて、自分でも覚えていられないほどの桁数や英数の大文字小文字の組み合わせでは、本人でさえログインできないことも起こりうる。この現状ではやはり最後には生体認証とか音声認識になってくれる事を期待するが、そんなことよりもネットに依存する生活を早くやめたい気もする。しかし、それとて今の社会では都会であれ田舎であれ、多くのインフラがインターネットに依存してきているので、それから逃れることはできないのかなと思うとある種の絶望感に苛まれるが、こんなことを書くこと自体がネット社会についていけない老いぼれを曝け出していることに他ならないのである。もうネットが無かった社会には戻らないのだ。ついて行くしかないのである。

それにしても忘れ去られたInstagramのアカウント名がその当時よく通っていた秋葉原のガード下の立ち飲み屋の名前を漢字にしたものが一部入っていたことに少し笑ってしまったが、恥は掻き捨てだと思って諦めることにした。

久々のラーメン かいざん

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柏なんてところに行ってきた。柏駅前でバスを待つ間に目の前のたい焼き屋でつまみ食い。

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戻ってきてろくに昼飯も食わなかったので5時過ぎにラーメン屋でビール。

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かいざんラーメンというのを頼んだが細ネギが多めで分厚いチャーシューが2枚も入り800円。とんこつ醤油味の背脂入りだったがしつこくなくて美味しかった。麺が少し太くて柔らかめなのが玉に瑕。他の客はみんなメンカタ(麺が硬い)とか背脂多めとか好き勝手に頼んでいた。

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人気の店らしい。ネギラーメンが有名だとか。チャーシューも丸ごと一本とか半本で持ち帰れるみたいだ。半本で千円だったか。確かにチャーシューは柔らかくて美味かった。

雑感 〜 折れた心と体

まだ折れる心があったのかとも思うが、折れたのは木曜日か金曜日か。体調不良。心と体とは一心同体なのは当たり前の話で心が折れると体もおかしくなる。この週末で何とか回復せねばなるまい。いや、する必要も無いのかもしれない。それが無理であり無理が無理を呼んで今の自分になっているわけだから。一切無理をしないということが大事なのかもしれない。好きなことだけやれば良いのかもしれないが、その好きなことは何なのかわからない。。

そうええばこの前、NHKの「72時間」という番組を見た。この番組は、ある同じ場所(お店や広場など)に72時間(24時間×丸々3日)、カメラとスタッフがそこに居続けて、やって来た一般の人たちに「何で来たのか」とか「何をやっている人なのか」を次々に時間の経過とともにインタビューして放送してゆくだけの番組なのだが、これが毎回なかなか面白いのだ。

前回の放送は新宿御苑の大きな画材屋「世界堂」に72時間密着して、買い物に来る人たちにインタビューするものだったのだけど、その一人一人のインタビューがなかなか面白くて、それぞれの人の人生が垣間見られるようなものだった。

例えばその中の一人、白い布地のキャンパスを何個か買う男性は、飲食店勤務で、深夜遅くに帰宅して、油絵を描いていると言ってスマホで作品を見せてくれた。その人は「描かずにはいられない」とか、それで発散するとか言っていた。

あとは能面を彫り続ける経営コンサルタントの人が来店して、能面に塗る日本画の顔料とニカワを買っていた。その人は車のトランクにいつも掘りかけの能面を入れておいて、海外出張にまで持参して、夜になるとコツコツと掘り続けていると言っていた。

他にも色々な人が色々な画材を買っていたが、みんなに共通してたことは、『絵や彫刻や漫画などを描かずにはいられない衝動がある』と言っていたことだった。それはプロであろうが趣味でやってるアマチュアであろうが皆同じであるということ。プロは仕事だから仕方なくやっている人もいるのかもしれないが、少なくともメインの仕事を持っていても、深夜遅くにこつこつと描いたり掘ったりする人たちは無理強いされたものでは無いはずだ。

僕は全く絵を描かないというか、描けないので、こんなにたくさん描きたい人たちがいることにとても驚いたが、よくよく考えてみたら、音楽だって同じことなのかなと後から思った。楽器を弾かずにはいられないとか、歌を歌わずにいられないとか、そのために楽器屋に行って楽器やそれに付随するものを買い求めに行くのと何ら変わらないではないかと。。

世界は広い。色々なことに没頭する人たちが、知らない世界に数限りなくいるのだ。確かに僕は画材屋には行かないし、そこに行くような知人もあまりいない。

この「何々せずにはいられない」という感覚は大事なんだろう。仕方ないからやるとかやらされているというのはなかなか精神的にも良くないし、続かないものである。

「やらずにはいられなくなるもの」って何だろう。。よくよく考えれば、絵、音楽、文学、演劇、スポーツと、枚挙に暇が無い。スポーツだって『走らずにはいられない』人もよくいるわけで、これは特別なことではないのだろう。文学だってよく書かずにいられなくて作家になった人の話もよく聞くわけで、人間というものは自分の知的好奇心を満たそうとする動物であるから、誰しも何か一つくらいはそういうものがあっておかしくないのだろう。

みんなあえて人にはその事を言わないだけであのNHKの番組のように掘り下げてインタビューすることによって顕在化しただけの話であるが、久々に新しい世界を垣間見たようで面白かった。

『どうしてもやらずにはいられないもの』。。

そんなものが自分にあるのだろうかと考えたら、やらなくてもどうにかなるものばかりなような気がしている。確かにやっても良いけどやらなくても良いものはいくつもあるが、やらずにはいられないものは、なかなかどうしてあるようで無いのかもしれない。だからそういう人たちが羨ましく思う。音楽についても同じである。やるのは好きだがどうしてもやらずにはいられないわけではない。しかしやはりやらずにはいられない人たちも周りでよく見てきたし、その人たちは無理してそんな気持ちになるわけでもなく、本当にやりたいからやっているのだろう。至極当たり前の話であるが。。

『これをしている時が一番幸せ』だという人の話はよく聞く話だが、それを自分に当てはめると何だろうとこれまた思い当たる節がないと思ったところでループしてきたので筆を置くことにしよう。

そもそも深夜に頭が痛くなってごそごそと起き出してパブロンを飲んだところでスマホに思ったことを書き出したまでである。やはり夢から完全に醒めない深夜に書いてるということは、これが『自分のやらずにはいられないもの』なのかと思うとかなり情けないものになるが、これとてきっとやらなくても済むものなのであろう。。

そういえばこのNHKの「72時間」という番組、先々週は都内の24時間の巨大なゴルフの打ちっ放し練習場が舞台であったが、その中の一人に、子育てをしている母親がいて、すべての家事を終えて子供たちを寝かしつけて、深夜遅くに練習場に来て自分の時間を作りひたすら打ちっ放しに没頭し、朝の4時ごろ終わって、帰ったらそのまま子供たちのお弁当を作る人もいた。これもまた「やらずにはいられない」という話だった。そうすることで日常から解放されるのだろう。

何を書いていたのかわからなくなったのでこれで終わりにしよう。そろそろ夜が明ける。

やらずにはいられないもの。。なんだろう。。音楽? また考えてしまった。。




定点観測

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立冬の晩酌

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頂いたサバの味噌煮と熱燗一合。

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煮麺(温かい素麺)に小松菜。

パルコ閉店

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階段の壁には懐かしいポスターの数々が。。。「40年間ありがとう」と店のどこかに書いてあった、ということは高校の時にできたのか。。特に深い思い入れはないけれど、こうやって今までのポスターの数々を一堂に眺めてみると、やはり何か郷愁に浸るものがあった。

オクトーバーフェスト

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オクトーバーフェストなんだから10月にやって欲しいな。ビールは美味いが11月では少し寒くて長居はできなかった。

散歩 〜 目白から高田馬場へ

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30数年前に4年間だけお世話になった目白駅。すっかり変わってしまった。

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駅のすぐ横が入り口だが学園祭はなんとも懐かしい。

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立て看板には『お酒は1人3杯まで』と書いてあり、しかも限られたエリアのみだそうだ。まあたしかに大学生は20歳未満の人もいるわけで、そもそも学校の敷地で飲んで良いっていうのも昔はあまりにも寛容だったなあ。。

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キャンパス内にコンビニもある。やはり時代が違う。

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学食のカレーが懐かしいが、いまはキャフェテリア風になっていた。今度は食ってみようかな。しかし今度っていつのことやら。。

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目白の街はすっかり変わってしまい、かつての面影はまったく無かった。その当時行った店として、唯一、揚子江という中華料理屋だけが残っていた。しかしビルはたぶん建て替えられて新しくなったのだろう。

学生時代に目白と池袋の間にあった「すずらん荘」というところに1-2年ほど住んでいたが、その場所周辺もすっかり変わってしまい、どこだったのかなあという感じだった。いまは目を瞑るとあのアパートの姿が目に浮かぶ。。。

Yという片足が不自由なアルトサックスを吹いていたやつがもともと住んでいたが、そいつが出て行くというので受け継いで借りた。四畳半と三畳の二間あったが、家賃は確か2万円だった。一階の入り口のすぐ脇の部屋で、アパートには公衆電話のピンク電話が一台置いてあり、いわば代表電話になっていて、住んでる人たちは、この電話番号を人に教えるので、しょっちゅう電話がかかってきて、電話の横の部屋の私は、その呼び鈴で起こされて電話を取り、電話の向こうから「何号室の誰それいますか?」と言われて取次をしたものだった。特に二階の部屋のなんとかさんという人には本当に頻繁に電話がかかってきて、その都度、電話を取って、階段を途中まで駆け上がって、大声で「誰々さんお電話ですよ」と言ったり、部屋まで行ってノックしたりした事を思い出す。しかもそれが結構頻繁にかかってきて、とても迷惑だなあと思った記憶が今にって蘇る。そもそもピンク電話ってのは、かけるときは十円玉を入れるのに、その電話自体に個別の電話番号を持っていた家デン機能があったんだなと改めて思う。いまでもそんな電話がどこかに残っているのだろうか。。

それにしても十数年前にも目白を訪れた時には、すずらん荘の場所はかなり正確にわかったはずなのに、今ではその道すがらさえわからなくなってしまった。街並みがすっかり変わったからなのか、自分の記憶がかなり薄れてしまったからなのかわからなかったが、正確な場所が特定できずに少しショックだった。

確かこの辺だったんだよなあと思いつつ、目白を後にして、高田馬場まで降りていくことにした。

高田馬場ではバイトをしていたジャズ喫茶の前も通ったのだが、どうしても入れなかった。想い出はあくまでも想い出としてそのまま取っておきたかったからである。窓の外から見えるマスターの後ろ姿を一目見てその場を立ち去った。。

街は変わる。そして人も変わる。しかしその想い出だけは変わらない。30数年前に私がそこにいたことも変わらないのである。だから今はその想い出は自分だけのものにしておきたいと思った。今そこにいる人とは話をしたく無かった。

人は成長する。いや、退廃するかも知れないが、昔の自分は今の自分ではない。過去を振り返っても単なる郷愁に浸るだけでジャズのスタンダード曲でないが『昔は良かったね』と素直に思えることがまだまだできない自分がそこにいるのである。


三冷ホッピー

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冷蔵庫で冷やしたキンミヤ焼酎とホッピーを、冷凍庫に入れてあったジョッキに注ぐ。氷は入れない。

ラーメン 梅乃家@竹岡

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久々にバイクでラーメンを食べに行った。竹岡の鈴屋を目指したがあいにくお休み。仕方なく? 梅乃家へ。数人並んでいたが、10分ほど待って入れた。

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メニューはこれしかないが、チャーシューがこの日は間に合わないとのことでラーメンと大盛りラーメンのみだった。バイクでなければ梅割り300円が飲みたいところだが。。。

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真っ黒なスープにやくみの玉ねぎのみじん切りが乗っている。このやくみはトッピングでプラス50円。ラーメンが700円なので合計750円。ここのラーメンは普通のラーメンなのに厚切りチャーシューが4枚も入っている。普通盛りでもチャーシューは食い切れないくらい。まあ行列ができるのもわかるがこの店の麺は乾麺らしい。この日は少し煮込み過ぎた麺にスープがぬるかったのが玉に瑕だった。次回は休みだった鈴屋にトライしたい。竹岡はちょいと遠いがそもそも取り立ててラーメン好きではないので、わざわざ来るのはバイクに乗る口実にしている感じである。ここまでわざわざ食いに来るラーメンではないと思うが、スープの色の濃さといい、チャーシューと言い、何とも独創的な味で、また来ようかなと思うのが不思議な店である。

豚肉と小松菜のオイスターソース炒め

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豚肉と小松菜とシメジのオイスターソース炒め。キュウリとワカメの酢の物も。

アメ横

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No Kebab, No Life ?

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増上寺

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土佐鶴

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燗酒にして一合半を呑んだ。この酒は安くて旨い。そして、スーパーの魚屋で寿司が半額だったのでそれとともに晩酌。頂いた秋刀魚のブツ切り煮物も食べた。美味しい酒においしい肴があればそれで良い。しかしこの酒のラベルに書いてある「酒は男の子守唄」にはちょいと笑ってしまった。
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