2007年01月30日

カリフォルニアも皆保険に_その3

次の大統領選挙の焦点の一つとして、医療制度改革が取りざたされていますね。共和党候補の一人はロムニー前マサチューセッツ知事で、以前Topicとしてあげましたが、知事時代に皆保険導入を推進しています。民主党のヒラリーさんは、夫であるクリントン大統領の時代に彼女主導で保険制度の大幅な改定をを目指しましたが、彼女の政治力の問題もあり失敗した過去を持っています。ただ意気込みは冷めていないようで、大統領の当選の暁には再度、高齢者向けの保険であるメディケアをモデルとした皆保険を導入したいと行きこんでいます。 また同じく民主党、有力候補のオバマさんも最初の任期で皆保険を達成したい、とスピーチで述べていますね。

ただ同じ皆保険でも、それぞれのアプローチは全く異なっていますから、有力候補が出揃った段階で、まとめてみたいとおもいます。

さてカリフォルニアでは、議会の反応がでてきはじめていて、シュワ知事のアイデアをすんなりと、とはいっていません。共和党は、企業や医師、医療機関に負担を強いることは増税と同じであり、彼の選挙時の公約に反すると言って反対の姿勢です。一方の民主党は、労働組合の影響もあってか、企業側の負担をさらに重くすべきだと意見を出しています。

シュワ知事も有る程度、意見が出揃ったところで次の手を打ってくると思います。

続く、と思います。

2007年01月26日

Blog の行方

先週の土曜日に無事に帰国をしました。

ロサンゼルス留学というブログ名とはいえ、学生の身分は病院でのプロジェクトが完了するまでですので、このブログも当面は続けることにしようと思います。

日常のことはMixiにて(入っていない方ごめんなさい)。

このブログでは医療関係のトピックをUpしていこうと思います。

2007年01月19日

立つ鳥は・・・


Korean Townで焼肉を食べ、近所のかき氷屋さんでドッグフードの容器に入った大量のかき氷を頬張り、皆にお礼を言ってお別れをし、近くまで戻ってきたその最後の最後のことだった。


財布がない。


ポケットに入れたままにして座るのが好きではないので、ご飯を食べに行くといつとも誰かの鞄にいれておく。今回もそうだった。

預けていた鍵や携帯などと一緒に財布も戻ってくるはずだったのだが。徹底して車の中、鞄の中、ポケットを探すも見つからず。

行動を思い出すと、焼肉の支払い時にカードを出した記憶があるので、そこから、今気がついた、この時までどこか、ということになる。

カキ氷屋さんにTELするもの見つからず。その道すがらか。となると・・・。

DavidがYogaに行った帰りに、ストリートパークをした車の横で着替えていて財布を落とし、それを見つけたことが2週間ほど前にあった。

ということで、再度K-townへ。路駐していたのは、有名な豚焼肉屋のモール横のちょっと薄暗いところ。自分たちが止めていたところには、もう次の車が駐車している。

緊張の瞬間。


発見! 


車道と歩道のちょうど境にひっそりと、しかし、ぐしょぐしょに濡れた状態で、それは僕に見つかるのを待っていてくれた。


叫ぶ!


皆に迷惑をかけまわったラストナイトでした。


2007年01月15日

USC+α新年会BBQとお別れ会

最低気温1℃まで下がった寒い一日ではありましたが、今日は新年会兼でお別れ会を開催していただきました。

15時にスタートし、BBQにちらし寿司、油淋鶏、野菜たっぷりの酢の物、など持ちよって頂いた食事を楽しみにながら、ビール120本超、日本酒、焼酎、赤・白ワイン、シャンパン、ジン、ウォッカ、ラム、テキーラ、レモンチェロに見たことない酒などなどを、AM1時半の終了まで出たり入ったりで50人近い皆さまと楽しむことができました。

幹事の皆さま 有り難うございます。
午前7時過ぎから、部屋の片付け、セットアップ、的場匡亮(2004-2007)のスライドなどなど準備をしてくれたDavid,Junko-san,Rei-kun、
企画者であり、場を仕切ってくださった菊池さん、
BBQの準備から焼き!まで全てを仕切ってくださった小池さん。

ご参加いただいた皆さま
最後に撮りました写真とともに後ほどお礼のメールをさせていただきます。やっと帰るのかぁ・良かった良かったなどなど激励の言葉、本当に有り難うございます。


写真は後日Updateします。

2007年01月13日

帰国します。

19日(金)発の飛行機で帰国をします。

今度は、本格帰国になりそうです。

日本に買って帰るものでオススメなもの

(C&Bのお皿やルクのワインオープナー、ziplocなど)

がありましたらコメントをお願いします。




2007年01月10日

カリフォルニも皆保険に? その2


疑問点など幾つか。

1.明らかにマサチューセッツを参考にしているプランですが、
  無保険者の数はMaは50万人、Caは650万人です。

  2000年の国勢調査の数字言えば、
  人口は  Ma 635万人 Ca 3,387万人。
  平均所得 Ma $52,354 Ca $49,894

  状況はCaの方がMaよりも大きいことは一目瞭然です。

2.保険を持つ=医療へのアクセスが確保とは限りません。

  日本とは違って保険のプランによってカバーされる範囲が
  異なります。

  保険の値段が来る年も来る年も上がっているような状況で
  よりリーズナブルなPlanを、と保険会社が売り出している
  ものには、保険が給付される医療の種類や回数を大幅に制限
  したものや、医師を訪問する度に相当額を支払う必要がある
  ものなどがあります。
  
  現在、無保険者の州民が、無事に保険に加入できたからと
  いって、こういったPlan出しかなかった場合には、結局、
  医療を受けるのに、例えば保険以外で年間100万円を支払う
  必要がある、なんてことになることも十分に予想されます。

3.約2,000億円のゆくえ。

  財源の一つとして、現在、各病院が行っているチャリティー
  医療への補助金を確保とあります。この金額、およそ2,000億
  円と言われていますが、これまでは医療そのものに、2,000億 
  円が使われていたわけです。これを保険の購入にあてる、と
  なると、20-30%、場合よってはさらに高い割合で、保険会社の
  運営コストなどに消えていくことになります。
  
  税金の使い方として、効率的だと言えるのか? もちろん、
  どこから財源を確保しても、保険会社の運営コストである
  一定の割合を差し引かれることに違いはないわけですが。
  
  補助金制度の70%程度は公共病院が受けています。公共病院に
  とっては、大きな割合を占めるこの補助金をカット= 病院が
  閉鎖などになると、困るのはそこに住む住人たち。そして公共
  病院の多くは、低所得者が多く住む地域で運営されています。
 
続く、かも。

2007年01月09日

カリフォルニアも皆保険に?

シュワ知事(スキーで大怪我)が発表しました。

カリフォルニアもマサチューセッツに続き、皆保険へ。

およそ650万人いると言われているカリフォルニアの無保険者。

おおよそ単純な制度になるわけもないのですが、幾つか拾ってみると・・・


1.10人以上を雇うの雇用主は、従業員のために保険に加入するか、
  給与の4%を州の保険基金に収める。

2.基金は、会社から提供なかった従業員の保険購入を援助する。

3.従業員が保険を購入した場合、収入からは控除。

4.州は保険業者にどんな健康状態の人であっても加入可能な商品を作るよう求める。

5.保険を持つことを拒否した州民は、税控除が減額されるなどのペナルティが与えられる。

6.Medi-Cal(Cal版のMedicaid、低所得者やDisabledの人々向けプログラム)の拡充。特に子どもには手厚くし、場合によっては不法移民の子も?

7.財源の一つとして、医師は収入の2%、病院は4%を州に支払う。

8.予算規模は6,000億円程度。皆保険制度を持つことによる国から補助金や、現在、無保険者へのチャリティーとして使っている分など。

続く・・・。

2007年01月07日

さよならほっすぃ

ほっすぃは敏腕になるはずのスポーツエージェント。

我が家で開催してきたBBQの幹事役や火起し役などでも大活躍の

ほっすぃも仕事の都合で帰国することに。本人は来年に戻って

くると言っているので、それほどの寂しさも見送る皆からは

感じられず。


夜中までダラダラと妄想話にふけっていたら、ほっすぃの出身校オレゴン大学がバスケットで全米ランク1位のUCLAを倒した(今シーズン初黒星)というNewsが!

そこでほっすぃのプチ解説スタート。オレゴンはホームで強いそうだ。

体育館はとても古い施設で、観客が席で跳ねるとコートが揺れるらしく、
相手が攻めているときやフリースローのときは揺れに揺らす。

勝手にダブルドリブルしちゃうくらい、ゴールが縦に揺れてフリースローをはじくくらい。

実際にテレビで、会場の残り時間を示すデジタル時計が、UCLA攻撃時のみガタガタ揺れているのを確認。絶句・・・。

2007年01月01日

あけましておめでとうございます。

2007年、いのしし年はどんな一年になるでしょうか。

雑誌の占いコーナーによれば、

今年はいて座の人間は、人生の新たなステージに

入ることになるそうです。


とても楽しみですね。

2006年12月25日

パパになったー_その2

64749d78.JPGSoniaちゃん、まもなく2歳。

この子なしには2006年は語れないであろう愛しの娘。


あちくん、と呼ばせて自己満足。


写真は、鼻が詰まっていたので、拭き取ろうとしたら
泣き出したSoniaちゃんをなだめようと肩車をしたものの
まったく逆効果だった時の図。仲良く写っている写真を
載せなくても良いや、と思えるこの余裕。


写真奥にあるように、昨年プレゼントとして頂いた
クリスマスツリーを今年も飾らして頂きました。

2006年10月13日

VISA おりました

無事にアメリカ大使館からF-1の学生VISAが入ったパスポートが返ってきました。

面接はなぜか2stepありまして、ステップ1は

「あらUSCなのー?」
「そうですよー、もう二年通ってます。」

指紋取るからと両手の指紋を取られて(なぜ?)

「Footballは好き?」
「もちろん!」
「あなたの面接はすぐに始まって、すぐに終わると思うわー」
「ありがとー」

ステップ2は
「Master prgram?」
「そうです。Master of Health Administrationです。」
ペラペラめくって
「Visaは承認されました。一週間かかります。」

総待ち時間1時間半の3分面接という感じでしょうか。
水曜日に受けて金曜には届いたわけですから、早いですよね。

そして、これまたなぜか5年間のF-1がおりました。I-20でいくと
今年度末までで、OPT(申請済み)を考慮しても来年末。東京の
定石ではそのどちらかだと思っていたのですが・・・。

方針変わったのかな。

再渡米は火曜日になります。アメリカの皆さん、お土産の受付
中ですので、いつでもご連絡をー。



msakmtb at 12:51|この記事のURLComments(6)TrackBack(0)USC 

2006年10月05日

太平洋上より

飛行機の上でも、インターネットできるんですね。
しかもサービスがまもなく終了するためか、全部無料とのこと。

電池パックが十分なら、ずーっとネットと繋がっていられるってことか。
(残念ながら自分のPCは20分もてばいいほうである。)

びっくり。

あと5時間で日本です。

出国します。

これからManhattan Beachを出てLAXに向かいます。
ANA005便に乗り、日本着は5日の17時頃でしょうか。

日本土産、まだ受付中ですの↓のMailまでヨロシク
お願いします。

2006年10月03日

日本に一時帰国いたします。

2004年6月23日に出国以来、およそ二年三ヶ月ぶりの帰国です。OPTの申請が終了したので、今年の5月で切れていたVisaの更新が目的で、

10月5日(木)-10月17日(火)

まで日本滞在の予定です。

日本でお会いできそうな方、アメリカ土産の欲しい方、日本土産の欲しい方、こちらまでご連絡ください。


2006年09月24日

授業終了

a1061b11.jpg最後の講義が終わって、レポートが3つ残っているものの、USCでの二年半に及ぶクラスは全て終了となる。後は、卒業用件であるResidency(インターンの延長のようなもの)をこなすのみとなった。

最後のクラスは労働組合と病院幹部による契約交渉をロールプレイした。各人がそれぞれCEO、人事部長、組合トップ、看護士代表などに扮し、自分のおかれている立場や契約交渉で最重要視すべき内容などが与えられる。組合側であろうが経営側であろうが、各々がどのような点に関心をもっているかはチーム内でも情報交換はされないので、1.チーム内での利害対立も2.チーム毎の利害対立も考えて進めていくパワーゲームである。

自分は近く行われる選挙で三選を目指す組合トップだったので、組合内の利害を調整しつつ、具体的な成果を求められていた。なんて書くと難しそうだが、ゲームなので、交渉しうる要素が最初からたくさん用意されており、そういう意味では、ラッキーなポジション。退職後の福利厚生規定の変更、などと争点が一点に絞られていたポジションの方が逆に大変そうであった。

などとワイワイしているうちに、最後は教授からのメッセージでクラスは終了。13名の生徒のうち大半は今日が最後の授業であり、皆で喜びを分かち合い、最後に記念撮影をした。

写真にあるとおり、13名中10名が女性である。ほとんどがMidCareerのパートタイムである。


msakmtb at 20:53|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)USC 

2006年09月21日

再びサクラメント入り

USCでの授業はこの4日間で最後となる。プレゼンがあると思って準備をしていたが、それは勘違いであった。

労働組合との契約交渉、新市場向けのマーケティング、院内組織の変革、病院のM&Aなどなど盛りだくさんの内容で、楽しみ。
msakmtb at 20:11|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)USC 

2006年09月09日

さよなら亮くん 多くの友人に囲まれて

d1eeb8dc.JPGお別れの投稿はもうこれで、なんて書いたのがいくつ前のエントリーだろう。また一人日本へと帰っていった。

亮くんは同じSPPD(School of Policy, Planning, and Development)で専攻はIPPAM(International Public Policy and Management)。アメリカ人よりも留学生のほうが多い専攻で、また一年プログラムで集中的に勉強することもあって学生同士が仲が良い。「アキさんの家で、僕のお別れ会をさせてください!」なんて言ってくる亮くんの大胆で明るい性格もあって多くの友人(30人以上はいたはず)が最後のお別れ会に参加してくれた。

こっちの大会に出た日本のプロのキャディをバイトでしたこともあるだけあって、ゴルフの腕前は相当のもので、自己ベストは78。ゴルフ雑誌を読み漁り、自分でスコッティキャメロンのパターを改造するなど、完全にはまっている亮くん。打ちっぱなしや今日のパーティの会場でもスウィングのチェックをしてもらった。

亮くんへのプレゼントは、皆からのコメント入りサインボール(USCのアメフト)。パーティの途中で皆に廻しながら書いてもらっていたのだけれど、亮くんに向かって「これにメッセージ書いて!」って渡してきた台湾人の友人もいたらしい。さすが亮くんの友人、豪快だ。

パーティは4時まで続き、帰国便を次の日に控えた亮くんも仮眠を取ることになったのだが、「アキさんのところで少し休むって決まったんだったら、もう少し飲みたいです!」と言って赤ワインを手にした。そしてグラスを持ったままの状態でウトウト…。「あーーー、やってもた!」

ということで、グラスを持ったままの状態で落ちてしまい、ドボっと赤ワインをこぼしてくれたのでした。自分の跡を残していくなんて、未練でもあったのかなぁ。

翌朝、一度帰ってからすぐに空港で手続きをし、ManhattanBeachへ。大輔や皆と最後にUncle Billのパンケーキ屋さんで最後の朝食をいただきました。

亮くんは就職は今年の4月から。それまでは世界を旅行する計画とのこと。次に会うのは世界のどこになるだろう? 
msakmtb at 18:49|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)USC 

2006年09月03日

そうです、その人とは・・・

eabef8ed.jpg写真にあるとおり、星野仙一さんでした。

幸い気がつくのが早かったのと、子供たちもいたことで星野さんも上機嫌、笑顔で写ってくださっています。

さすがに星野さんは大人気で、あっという間に人だかりが出来て、ちょっと後にKさんがお願いしたときには、「おいおい、みんな野球を観にきたんやろー!」というような発言もされていましたし、もっとお堅い表情でした・・。

にしても、子供たちも一緒に写っている中で星野さんのまん前に陣取るとは、自分の図々しさを、改めて実感できる写真ですね。
msakmtb at 22:57|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)USC 

2006年09月02日

ハンカチなき王子

今年の高校野球の盛り上がりをそのままアメリカに輸出した感じの日本高校選抜のアメリカ遠征。西海岸での三試合の会場はUSCキャンパス内にある球場です。

これを見逃すわけにはいかない、とUSC在学者のメーリングリストでも話題になっていました。高校野球が大好きだ!と目を輝かせて話すIBEARのKさん×2が気合を入れて開場後すぐ(試合開始三時間前)に球場入りしてくださり、日本ベンチすぐ上の特等席を確保してくださりました。一人は高校野球特集号の週刊誌を片手に、一人は今年のワールドカップ(王監督指揮の下優勝しましたね)のJapanのユニフォームに帽子と準備万端です。週刊誌を片手に持っていたKさんは、この遠征があることを渡米前である三ヶ月も以上も前からご存知でずーっと楽しみにされていたようです。

観客はそこまで多くは無いだろう、と甘く見ていたのですが、会場は満員で立ち見も出るほど。しかも、ほとんどが日本からの観客です。AwayなのにニッポンChaChaChaなど目を疑わんばかりの状況でした。

試合は、早実の斎藤君のコントロールが今ひとつ定まらず4失点、その後もアメリカに押され気味で展開するも、最終回に相手のエラーにも助けられて三点を追いつくというドラマに大満足の内容でした。

しかし一番の収穫は、さる球界の大物と記念撮影が出来たことです。手に入り次第、Upしますので誰であるかはそれまでのお楽しみにー。
msakmtb at 20:33|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)USC 

2006年08月31日

カレーをご馳走になる。

LAダウタウン、学校から車で5分といったエリアにあるMediciという高級ApartmentにはIBEAR(一年制MBA)の学生が4人も住んでいる。今日はそのMediciに住む佐藤さんご夫妻のお宅で、ご飯をご馳走になってきた。
佐藤さんは、日本の一部上場企業の役員を先だっての取締役で退任、若いころからの夢でもあった海外留学へと奥さまと二人で大きな一歩を踏み出された人生の大先輩。大のお蕎麦好きということもあり、一度LA一の蕎麦屋さん稲葉でご飯をご一緒させていただいた縁もあってお誘いいただいた。
サーフボードで頭を怪我した菊さん、亮くんのサンディエゴ時代からの友人であり今ホットな製紙業界から派遣されているKさん、今日、初めてお会いしたコンサルをバックグラウンドに持つIさんのMediciの皆さまに混ざっての会食。
分かっていたことなのだけれど、やはり奥さまの手料理が抜群に美味しく、キウイとトマトにたまねぎを使ったサラダやサーモンとキャベツの炒め物、など自分のレシピに加えたい一品ばかり。そしてカレー、大盛りで二杯も食べてしまいました。最後には特製サラダのドレッシングまでお土産に頂いた。
ワインや焼酎を飲みながら、佐藤さんを中心に過去のBusinessの経験やプラスαの余談話などで大盛り上がりをして、あっという間の二時間であった。
msakmtb at 22:52|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)USC