総評 ■■■■■□□ 5
シナリオ ■■■■■□□ 5
ヒロイン ■■■■■□□ 5
CG   ■■■■■□□ 5
音楽 ■■■■■□□ 5
声優 ■■■■□□□ 4
演出 ■■■■■■■ 7
2020-02-01 (9)
『人生は主観的に見ると悲劇だが、客観的に見れば喜劇である』冒頭で与えられたこの一文がすべてを物語っているような作品でした。小刻みに与えられていく『ヒント』の数々が最後の最後一つの線のように結びついていく爽快感は、僕たちがしばしば『謎解き作品』において求めてるものでしたし、何よりもこの『サルテ』は舞台劇ということもあり演出は圧巻。急転直下し全てが反転する場面は本作品の見どころです。ただし低価格帯作品であるが故の弱点である『登場人物の少なさ』による黒幕の選択肢が限りなく少なくなってしまい、『誰が犯人か?』を考察する楽しみはやや薄いかもしれませんね。

2020-02-01 (10)
エッチシーンに関して言えば『公式のGALLERYがグロ画像が半数ある』ということで実用性に乏しいかと思えば、そのようなこともなく溢れんばかりのムチムチ感+凌辱シーンが充実し、これを目当てに買ってもいいんじゃないかという程でした。やはり自分のお気に入りとしては隙を作って薄汚い部屋から抜け出すために、マリーと共に兵士を淫靡に誘って行う『Wパイズリ』でしょうか。マリーの出番は以外にも多く二人で一緒に犯される場面も豊富であったのは嬉しい誤算でした。

【弱ネタバレ】

2020-02-01 (12)
『どんなに技術を磨こうとも、結局自分以上のものは生み出せない。だから結局は“自分”を見せるしかない。観客がどう受け止めるかではなく、“私”をどう見せるか。それはうまり、“私の押し付け”』

思い返せばこの体験版範囲の何でもない彼女の役者としての矜持の台詞も『サルテ』の最期を考えるとなかなかどうして面白い。彼女はメルエン国営劇団の名高い役者でその評判は他国にまで知られているほどではあるが、観客の反応を気にするのではなくあくまでも“自分”を貫き通すことが劇成功への秘訣としている。そんなサルテが自分の人生劇『サルテ』を演じる訳だが、失敗(BAD END)は全て『自分』を貫き通せなかったことによる。
2020-02-01 (8)

『せめて、僅かでも私の誇りを!』

これが一周目強制的に与えられるBAD END選択肢ではあるが、終わった後に見返すと『サルテ』がこのような台詞を本来ならば言う訳もないと感じるのも無理ないことである。これはクルーンがサルテに“一部の記憶を奪う処置”をしたからだが、そのようなことは彼女は知る由もない。しかしながら記憶が欠落し“自分がわかっていない”のに“自分”を演じさせられるというのは無理難題であり、クルーンが度々『ヒント』を与えていたのもそのことに配慮した結果なんだろうかと後から感じました。

2020-02-01 (13)
クルーンの役どころは怪しげなその風貌に反して、彼女の心情を汲み取ってこのような劇を作り上げたという意味では本人が言う様に『サルテ』の味方でいてくれました。『人生は主観的に見れば悲劇だが、客観的に見れば喜劇である』の言葉通り、彼女の悲劇的な人生を劇仕立てにすることで『客観的な目線が生まれ』喜劇的なコメディに変貌してしまいました。彼女の人生も最後でようやく少しは報われることになったのは無いでしょうか。良いお話でした。