2019年04月30日

平成の鉄記録

10連休は4日目(4/30)平成最後の日であります。そんな" 平成 "の鉄をふと振り返ってみました。

1989.3 舞子〜垂水
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平成元年(1989年)はちょうど高校に入った年であります。受験生でありながら、昭和最後の記録は正月の保津峡。そして、平成最初の記録は受験の翌日、当時新鋭な221系を見に行った時でありました。その最初のカットは上に掲げた113系の画であったかと。

そこから30年あまり。ちょっとしたブランク?はあったものの、電車に興味を持ち続けて、飽きもせずに記録もしてきました

それらの鉄記録の中からいくつか掲げてみます。



一番に思い入れ?があるのは221系でありましょうか。平成の幕開けとともに登場し、魅了されてよく乗った電車でもありました。我が青春の電車と言っても過言ではありません。

花形運行からは退き、形は変わりましたが、まだまだその姿を見ることは出来そうであります。

● 221系
hx221



花形と言えば、やはり500系。平成初期、JR西のスピードアップに対する力の入れようは凄まじいものがありました。221系新快速もその一例であり、500系はその最たるものでありました。

性能を追求した美しいデザインは目を見張るものでありましたが、諸々な事情もあったのか、山陽路を300km/hで駆ける期間は短いものでした。美人薄命という言葉が合う車でもあります。

「速さはJRのあかし」そんなフレーズが使われることはないものか……。

● 500系
hx500



夜行列車も気軽に乗れるものは壊滅してしまいました。

大垣夜行やムーンライトにはよく乗りました。寝台車の乗ることは社会人になってからでありましたが、酒飲みながらベットに横になり、レール継ぎ目の音を聞きながら寝る、あの何とも言えない時間を味わうことはもうできません。

ある意味、夜行列車は ” 平成 ” ではなく ” 昭和 ” の乗り物であったようであります。

● 夜行列車
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平成初期はバブルの時代、昭和の国鉄形車両も華やかに色・形を変えて活躍を続けてました。

画一化された国鉄車両から目的に応じた多種多様な形態へと変わりましたが、その後に登場したJR形車両は時代が遡ったのごとく画一化が進んでいるように思えます。効率性を考えれば、致し方ないことなのかもしれませんが……。

500系がそうであったように、人の目を惹く、車両が現われることに期待したいもので。

● 特急列車
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取りとめもなく、長々と書いてしまいました。

” 平成 ” の30年のこと。遠い過去のことではなく、最近のことのように覚えているつもりであります。しかしながら高校生であった私もアラフィフに届く年齢となりました。この先の続く ” 令和 ” の時代を「どうして行くのか?」ではなく、変わらずに日々を邁進するのみであるかと。

” 平成 ” 最後の記録は、昨日(4/29)の梅田貨物線でありました。明日からも変わらず、時間見つけて記録できればと。

2019.4.29 梅田貨物線
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msyk0914 at 16:52│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by hanwa0724   2019年04月30日 17:58
丁度本格的に鉄活動を始めたのが昭和63年だったので、平成の時代は、まさに自分の鉄活動の時期そのものでありました。

基本的に乗りつぶしメインだったこともあり、写真の記録はあまりなく、その代わりおよそ30年保存してきたきっぷが手元に結構あったので、当時を思い返しながらアップしてみました。

私自身もアラフォーを過ぎようとしていますが、令和の時代もありのままの自分で生きていきたいと思っています。

来る「令和」の時代にも、引き続きよろしくお願いいたします。
2. Posted by msyk   2019年04月30日 21:49
>Hanwa0724様
お世話なります。丁寧なコメントありがとうございます。

ホントに平成の30年間を短く感じております。ある意味で濃い時代であったのやもしれません。

ともあれ、"令和" もいい時代であることを願いたいものであります。引き続きよろしくお願いします。

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