EF81

2021年03月15日

キハ120の配給を見かける〜その9

神崎川に向かう前、東淀川駅界隈にて寄り道。

2021.3.14 東淀川駅付近
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後藤工場にて更新工事を受けた富山所属のキハ120がEF81-113に牽かれていきました。めったに動かない?トワ釜が牽くとあり、沿線には多くの同業者方々がおられました。(塚本駅は凄かったよう……)

それにしても、F級電気釜が18m級気動車を牽く姿は寂しく。叶わないことながら、長い客車を牽く姿が見たく…。

2021.3.14 東淀川駅付近
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2020年09月04日

1992年の新疋田界隈にて〜EF81の牽くカモレ

色とりどりな485系を待つ間、ピンクのEF81に牽かれたカモレもやってきました。

1992.1 新疋田〜敦賀
81_199201

セメント積んだタキ?に無蓋車なトラ?今では見ることのできない ” かもつれっしゃ " でありました。今はコキを牽くEF510が駆けてはおりますが……。

また、それも見に行ければと。

msyk0914 at 23:29|PermalinkComments(0)

2020年05月24日

キハ120の配給を見かける〜その4

神崎川へ向かう前、新大阪駅近傍の陸橋での見物。

2020.5.23 新大阪駅
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後藤工場にて更新工事を受けた富山のキハ120が配給されました。牽引機はトワイライト色のEF81-113。てっきり、DD51が牽引かと思っておりましたが、まさかのトワ釜でありました。

ただ、F級電気釜に気動車が1両と寂しい限りで。

msyk0914 at 00:13|PermalinkComments(0)

2020年05月14日

EF81の4重連

新山口駅までの道中、門司駅で見かけたのはEF81の4重連。

2005.3.19 門司駅
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今もこんな運用が残っているのでしょうか。当時、関門トンネルを通るカモレはEF81重連で運行されおりました。重連をまとめて二組、本州側の幡生までカモレを迎えに行くところであったかと。

ブロア音も高らかに、トンネルへ入っていくのを眺めておりました。


msyk0914 at 23:24|PermalinkComments(0)

2019年05月15日

虹釜とカシオペア

先週末(5/11)も東北方面への出張。本業の空き時間を使い、カシオペアを見物してきました。

2019.5.11 岩沼~槻木
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北海道への運行はなくなり、東北・信越方面へのクルーズ列車として使われているE26系「カシオペア」。この日は、盛岡からの返却回送が白昼の東北本線を上っていきました。

牽引を担当したはEF81-95虹釜。緑の風景に青い空。赤い釜と銀の客車が映えておりました。

こんな光景。あと何回?見れることかと。

msyk0914 at 23:29|PermalinkComments(0)

2019年04月30日

平成の鉄記録

10連休は4日目(4/30)平成最後の日であります。そんな" 平成 "の鉄をふと振り返ってみました。

1989.3 舞子〜垂水
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平成元年(1989年)はちょうど高校に入った年であります。受験生でありながら、昭和最後の記録は正月の保津峡。そして、平成最初の記録は受験の翌日、当時新鋭な221系を見に行った時でありました。その最初のカットは上に掲げた113系の画であったかと。

そこから30年あまり。ちょっとしたブランク?はあったものの、電車に興味を持ち続けて、飽きもせずに記録もしてきました

それらの鉄記録の中からいくつか掲げてみます。



一番に思い入れ?があるのは221系でありましょうか。平成の幕開けとともに登場し、魅了されてよく乗った電車でもありました。我が青春の電車と言っても過言ではありません。

花形運行からは退き、形は変わりましたが、まだまだその姿を見ることは出来そうであります。

● 221系
hx221



花形と言えば、やはり500系。平成初期、JR西のスピードアップに対する力の入れようは凄まじいものがありました。221系新快速もその一例であり、500系はその最たるものでありました。

性能を追求した美しいデザインは目を見張るものでありましたが、諸々な事情もあったのか、山陽路を300km/hで駆ける期間は短いものでした。美人薄命という言葉が合う車でもあります。

「速さはJRのあかし」そんなフレーズが使われることはないものか……。

● 500系
hx500



夜行列車も気軽に乗れるものは壊滅してしまいました。

大垣夜行やムーンライトにはよく乗りました。寝台車の乗ることは社会人になってからでありましたが、酒飲みながらベットに横になり、レール継ぎ目の音を聞きながら寝る、あの何とも言えない時間を味わうことはもうできません。

ある意味、夜行列車は ” 平成 ” ではなく ” 昭和 ” の乗り物であったようであります。

● 夜行列車
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平成初期はバブルの時代、昭和の国鉄形車両も華やかに色・形を変えて活躍を続けてました。

画一化された国鉄車両から目的に応じた多種多様な形態へと変わりましたが、その後に登場したJR形車両は時代が遡ったのごとく画一化が進んでいるように思えます。効率性を考えれば、致し方ないことなのかもしれませんが……。

500系がそうであったように、人の目を惹く、車両が現われることに期待したいもので。

● 特急列車
hx485



取りとめもなく、長々と書いてしまいました。

” 平成 ” の30年のこと。遠い過去のことではなく、最近のことのように覚えているつもりであります。しかしながら高校生であった私もアラフィフに届く年齢となりました。この先の続く ” 令和 ” の時代を「どうして行くのか?」ではなく、変わらずに日々を邁進するのみであるかと。

” 平成 ” 最後の記録は、昨日(4/29)の梅田貨物線でありました。明日からも変わらず、時間見つけて記録できればと。

2019.4.29 梅田貨物線
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msyk0914 at 16:52|PermalinkComments(2)

2019年01月28日

トワイライト色のEF81

こんなのも見てました。

橙色の201系を見た帰り道。塚本駅にてトワイライト色のEF81を記録しておきました。

2019.1.19 塚本駅
rs81_20190119

湖西線の霜取運用から宮原区へ戻るところかとも思いましたが、翌日に運行された怪しい配給列車への送込みであったようで。

ともあれ、コイツを久々に見れました。客車を牽いていた姿が懐かしく……。


msyk0914 at 23:09|PermalinkComments(0)
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