Computer with Audio/Visual

4K/8Kデータを PCベースでデジタル処理してAudio Visual を楽しむ為の実験記録です

雑記

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #42

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第42弾は 「アメリカ海軍・海兵隊 艦上爆撃機 ダグラス SBD ドーントレス」。

「SBD ドーントレス」はミッドウエー海戦を勝利に導いた機体だ。

初期モデルは1939年に量産に入っている。
世代的には日本機の九九艦爆と同世代に当たる。

共に1000馬力クラスのエンジンで400Km/h 程度の最高速度で機体性能の差は大きく無い。
一番の違いは爆弾の搭載量で1,000ポンド爆弾の搭載が出来たのに対して九九艦爆は250Kgまでだ。
とは言え、急降下爆撃機の一番の使命は敵空母の甲板を攻撃し、航空機の離発着を阻止するのであったから250Kgで十分であった。 それよりも命中精度を求められる。

筆者が本機を最初に知ったのは「アニメンターリー決断」である。

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オープニング映像の1分14秒くらいで登場する。


さて組み立ててみる。
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今回のモデルは空母エンタープライズ搭載機だ。

九九艦爆と並べてみる。
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楕円形翼の凝った構造の九九艦爆に対してシンプルなデザインであるが、米軍機にありがちな「いかつさ」はない。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #39


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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第39弾は 「アメリカ陸航空隊 戦闘機 リパブリック P-47 サンダーボルト」。

「P-47」はアメリカ戦闘機で最も多く生産された機体だ。
原型機は1941年に既に初飛行を行っている。
エンジンはP&W 「ダブルワスプ」 R-2800 にターボチャージャーを搭載した2300Hpと高出力を誇る。
大エンジンを巨大で頑丈な機体に搭載した、いかにもアメリカンな戦闘機と言えよう。

元々欧州戦線でB-17を護衛して進攻するものであったが、P-51が投入されてからは、戦闘爆撃機として活躍している。
P-51も同様であるが、初期 A-Cタイプ まではファストバックタイプのコックピットであったが、Dタイプ以降、後方視界の良いティアドロップに変更されている。

武装に関して、アメリカ軍機は 12.7mm 機銃を左右3丁づつで6丁装備するのが多かったが、本機は8丁となる

さて組み立ててみる。

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日本機で最も大きな戦闘機であった「烈風」と比べてみる。
胴体は「P-47」が大きいが翼は「烈風」の方が遥かにデカい。
これでは確かに旋回性能や低空時の性能は良いだろうが速度で敵わないのは良くわかる。

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ついでに「F-4U コルセア」と3機並べてみる。
デカい印象がある「コルセア」が意外にコンパクトなのは新鮮な驚きだ。


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3Y0Z ブーベ島DXペディション

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2018年早々に南極圏の孤島、ブーベ島からDXペディションが行われる。
今年の関ハムでJJ3PRT 青木さんが講演会で説明された。

アマチュア無線にはDXCC というルールがある。 世界を国境だけでなく地形的なルールで約340のエンティティに分けて、その全部のエンティティと交信しQSLカード(交信証)を得て申請する。

エンティティの中には今回のブーベ島のように無人島かつ行くのにさえ困難をともなうところがある。
ブーベ島は28年前、1989年に大規模なDXペディションが行われて以来、大規模な運用で、電波が出されたことがない貴重なエンティティである。
南アフリカから南西2,400Kmの亜南極圏。 周囲30Km の氷河に覆われた孤島だ。



前回はJF1IST 藤原さんが日本から参加された。
今回はJJ3PRT 青木さんがJA-ASのパイロット局を担当されるとのこと。
2018年の初めにブーベ島への大規模DXペディションが3Y0Zのコールサインで行われることになりました。FT4JAに引き続き、今回も私がJAとアジアのパイロットを務めさせていただくことになりました。微力ですが多くのJA局が3Y0ZとQSOできる様に頑張りたいと思いますので、ご支援とご協力のほどどうぞ宜しくお願い申し上げます。
http://ict-kuwa.net/dx/bouvet

久々のビッグニュースだ。

関西アマチュア無線フェステバル(関ハム)2017に行く

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今年も3連休の初日、2日目の7月15,16日に開催された。
相変わらず高齢者が多いものの、小学生を対象とした電子工作教室等の催しもあって、若年者お姿が見受けられた。
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年に一度、この機会でないとお会いできない方も多く、特に買物等の予定は無くとも、ご挨拶のために行くのが恒例となっている。

今年の目玉としてはiCOM からいよいよ来月発売される、デュアル・ワッチに対応した初めてのSDR受信機能を有する HF/50MHz トランシーバー IC-7610 であろう。

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「関ハム特別視聴会」を土曜日13-16時に別会場で実施しており、じっくり触る事ができた。

SDRはアナログ受信機はもちろんの事、それまでのIFまでのデジタル受信機を過去のものとしてしまうインパクトがあるもので、同社最高級機 IC-7851 や他社 YAESU FT-5000/9000 、Kenwood TS-990 の 性能面での存在価値を脅かすものだ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #36

 

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第36弾は 「日本海軍/陸軍 局地戦闘機 三菱 秋水」。

「秋水」はドイツ Me163 をモデルとしたロケット戦闘機だ。
同様に開発が進められた「橘花」と同様にドイツからの技術交換でもたらされたものだ。

最高速度は888Km/h。 但し航行時間はわずか4分と極めて特殊な存在であった。

さて組み立ててみる。

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Me163と比べてみる。
かなり小型であったことが判る。

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #34

 

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第34弾は 「ドイツ空軍 戦闘機 メッサーシュミット Me262」。

「Me262」は第二次世界大戦において唯一実戦投入されたシェット戦闘機だ。
大戦末期のわずか半年であったが多大な戦果を挙げた。

最高速度は870Km/h。 当時のアメリカ空軍 B17爆撃機に対して機首に装備された30mm機関砲で一撃離脱で攻撃を行った。 速度差から護衛戦闘機 P51 や P47 をすり抜けて攻撃可能であった。

筆者が「Me262」を題材とした作品に初めて接したのは松本零士氏の「ベルリンの黒騎士」だ。

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さて組み立ててみる。
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「ベルリンの黒騎士」リヒター大尉の前機 Fw190D-9と比べてみる。 
ジェットエンジンのデカさが際立つ。
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #33

 

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第33弾は 「日本陸軍 偵察機 三菱 一〇〇式司令部偵察機 」である。「新司偵」と呼ばれていた。
陸軍=中島 海軍=三菱 のなかで陸軍で三菱が採用された珍しい例といえよう。

「一〇〇式司偵」は昭和12年に開発された機体であった。 当時の偵察機は戦闘機や爆撃機を流用したものが殆どであったが、本機は「高速性」「航続距離」を重視して設計された。

高速で強行偵察する機体としては、後の「SR-71」(ブラックバード)に通じるものだ。

当初I型の最高速度は540Km/h。 II型で604Km/h。III型で630Km/hと速度を上げていった。
エンジンは当初、三菱の「ハ26」(875hp) 海軍名「瑞星」。 三菱が零戦に載せようとしたエンジンである。 これから「ハ102」(1050hp)を経て、「ハ112-II」(1500hp)。 爆撃機用のエンジンで、海軍名「金星」である。
III型の機首と段差のないキャノピーは美しい。

筆者が「一〇〇式司偵」を題材とした作品に初めて接したのは松本零士氏の「晴天365日」だ。
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さて組み立ててみる。
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同じ陸軍二式複戦と比べてみる。「一〇〇式司偵」のエレガントさが際立つ。 
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Blog開設11年での Audio/Visual 機器の変化

HDTVひょ言うか

本Blog最初の記事は 2006年4月23日「HD-DVD9規格によるハイビジョン再生」であった。
当時、民生用Blu-ray機は旧規格に基づくものしかなく、BD-ROM はなかった。
ハイビジョン時代のセルコンテンツとしてはHD DVD が先に販売を開始された。

東芝の初号機たる、HD-XA1がそれで上記写真のPS3の上段、左にある機器だ。
HD DVD VS. Blu-ray はかつての VHS VS. β や LD VS. VHD の二の舞になる前に東芝が引き下がった形で決着をみた。
HD DVD = 赤のパッケージ
Blu-ray = 青のパッケージ
消費者が間違わないようにとの配慮があった。

その流れにあるのか、 4K UHD Blu-ray は 黒のパッケージである。

ちなみに上記写真は2007年初頭のもので、先のHD DVD機と共に松下 Blu-ray DMR-BW200 も写っている。
この時代地デジチューナー内蔵テレビは所有しておらず、パイオニア製 地上・BS・CSデジタルチューナー(松下OEM)とDMR-BW200とSONY 37inch ブラウン管TV をD3端子でアナログ接続していた。

ハイビジョンのアナログ出力が規制されていない時代であった。

上海問屋 写真用紙 光沢 A4フォトペーパー 100枚パック


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上記は2L サイズであるが、A4 100枚セットも同じ1,000円ででていたので購入した。
http://item.rakuten.co.jp/donya/83032/

これはかなり安いが品質は十分だ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #29

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第29弾は 「日本陸軍 戦闘機 川崎 二式複座戦闘機 屠龍 」である。

「二式複戦」は日本軍における双発複座戦闘機。
1930年代後半になり陸上攻撃機の性能が向上し、いわゆる「戦闘機不要論」が持ち上がった時代、双発でエンジン出力に余裕を持たせ、多くの燃料を搭載することにより爆撃機と共に長距離進攻を可能にする狙いがあった。

実際、出来上がった機体はかなりでかく、当然ながら単座機のような運動性能は望むべくもなかった。
序戦の対「P-40」戦でも苦戦をしていた。
また航続距離も1,500Kmと一式戦闘機 「隼」 に全く及ばない。

唯一対爆撃機迎撃の夜間戦闘で活躍したものだ。


筆者が本機を初めて知ったのは「世界の傑作機 No.26」である。
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こちらも前回の「五式戦闘機」同様、中古本では3,000円ほどするらしい。 筆者は当時270円で購入した。

また、「屠龍」といえば滝沢聖峰氏の一連の作品群。








上記2冊をまとめたのが下記本になる。



エンジンが2基搭載されれば1基が被弾、故障しても安心かと言えばそうでもなく、むしろ左右のエンジンで出力特性に違いがあれば、それをかばいながら操縦する難しさなどを知った。

さて組み立てる。

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「海軍 艦上攻撃機 流星」と並べてみる。翼など「流星」より大きいのが判る。
エンジンは2,000Hpクラスの「誉」がコンパクトとは言っても、1,000Hpクラスの「ハ102」に比べると大きかったのが判る。


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こちらは「海軍  単座戦闘機 烈風」のとの比較だ。更に大きな2,200Hpクラスの「ハ四三」を搭載した烈風の方が胴体周りは大きいが、それでも複戦の方が大柄だったのが判る。

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同じ双発戦闘機であっても、相当コンセプトの違う「P-38 ライトニング」との比較。あれだけ大きく思えた「P-38」が小柄に見えるのが意外だ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #28

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第28弾は 「日本陸軍 戦闘機 川崎 五式戦闘機 」である。

「五式戦」は日本軍における初めての水冷エンジンを搭載した「飛燕」がエンジンの信頼性、整備性により稼働率が大幅に落ちた事。 1200Hpクラスの「ハ40」を改良した1500Hpクラスの「ハ140」の製造が遅延したため、実績があり、また比較的量的にも安定供給は可能であった「三菱 ハ112-供廚悗涼峇垢魴廚辰慎‖里任△辰拭

液冷から空冷エンジンへの置換は技術的な逆行を意味するが、当時の日本の基礎工業力では液冷エンジンは難しかったのだ。

「ハ112」は爆撃機用のエンジンで、海軍名「金星」である。

筆者が本機を初めて知ったのは「世界の傑作機 No.36」である。
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中古本では3,000円ほどするらしい。 筆者は当時270円で購入した。


1997年に再編集版が出版されている。
これとて20年の歳月にびっくりする。

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三式戦/五色戦の設計者である、土井武夫技師の手記が掲載されているのも44年の歳月を感じる。
この中で、零戦へのエンジンを「栄」→「金星」への置換を零戦設計者である堀越二郎技師に昭和17年4月の段階で打診されていたが、設計陣容の不足により断ったと聞いたとの記述がある。

その段階で「金星」への置換があれば零戦の命運も変わっていたかもしれない。

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昨年11月の川崎重工のイベントで「飛燕」を見学した際、よく空冷エンジンに置換できたものだと感心した。

さて組み立てる。

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翼のアスペクト比が高い(幅が狭く長い)のが良くわかる。 鳥人間コンテストに出てくる人力飛行機の様に揚力を得るには有効なデザインだ。
零戦は翼内に20mm機関砲。 胴体内に7.7mm機銃を装備したが、五色戦は逆で胴体内に20mmを装備した。 設計者の思想によるところで、より機体軸の中心に設置する方が命中率が上がるということであった。

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「四式戦 疾風」と並べてみる。 前翼がほぼ水平で翼のアスペクト比が低い「疾風」との差を感じるところだ。

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ライバルの「P51D マスタング」の直線的な、いかにも量産を意識したデザインに比べると「浪花節」を感じる。

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更に「F-4U コルセア」との比較。「コルセア」の後退したコクピットはいかにも前方下方の視界が悪そうだ。

再度LEXUSオーナーの横柄な運転にうんざりする

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以前、「横柄なLEXUSオーナーにうんざりする」で呆れ返ったが、最近またしても同じ様な輩に遭遇した。

写真を見て欲しい。
前に赤のLEXUS NX 200t と黒の同車が停まっている。
実は前方に信号があり、右車線は高架道路に分岐する道だ。

我々は娘のクルマでガソリンスタンドで給油を終えて出ようとしていた矢先、交通量が多いのでなかなか出づらい状況であった。

信号が赤になり交通量も途絶えたので出ようとしたら、後方から赤のNXが停車中の前車にぶつからんかの勢いでやってきて、入れてくれなかった。
その後にワゴンRが手前で停車してくれて譲ってくれたので、入ろうとしたら、黒のNXが右車線から急に左に車線変更して、こちらが停車しないとぶつかる寸前であった。

またしてもマナーのなってないレクサスオーナーに遭遇した訳であるが、揃いも揃ってNXでしかも廉価版の200t というところに鍵がありそうだ。

ユーミン 「Surf and Snow」仕様 Tシャツが友人宅に到着

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先の記事「ユーミン SURF & SNOW Tシャツをデザインする」でレイアウトしたTシャツが出来上がってきた。
RGBとCMYK の色空間の違いによる色相の違いやにじみ。 解像度不足によるジャギーが心配であったが危惧に終わったようだ。

今年の苗場のコンサートで友人たちが着用していたで見かけた方がいるかもしれない。

それにしても良い時代だ。 オンデマンド・プリンティングのおかげで簡単に再現性の高い印刷が安価にできるようになっている。
従来であれば、製版コストが高くてこんなことはできなかった。

また色再現性も低かった。

つくづく良い時代になったものだ。

ユーミン SURF & SNOW Vol.37 2017仕様スマホカバーが友人宅に到着

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先の記事、「ユーミン SURF & SNOW Vol.37 2017仕様スマホカバーをデザインする」で
作成したカバーが友人宅に届いた。
2/12の公演に持って行きたいと言われていたので、なんとか間に合った。

なかなか良い出来で、オフィシャル・グッズを押しのけるような出来映えだと思うがいかがだろうか?

ユーミン SURF & SNOW Vol.37 2017仕様スマホカバーをデザインする

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松任谷由実さんの毎年2月恒例のコンサートとして、苗場プリンスホテルで開催される「SURF & SNOW]
。 1981年以来、継続して今年で37回目を迎える。

昨年は友人のご好意で2列目(カメラが入ったので実質1列目!)という良席で参加できた。

先日はTシャツをデザインしたが、今回はツアーパンフレットを元にスマホカバーをデザインしてみた。
300dpiでスキャンして、waifu2x-caffee で推奨ピクセル数に拡大。
印刷物からは高解像度よりもこれくらいの解像度でスキャンしてモアレやノイズキャンセルするのが無難だ。

対象機種は iPhone 6s 。縦横の比率の関係で縦方向が不足するので、カメラ部にあたる部分を赤紫色で塗り足している。
カメラ部に色の帯を持ってくるのは筆者が良く用いるテクニックだ。
上下の花模様を切れないようにして欲しいとのことで、画像を10%平体を掛けている。
印刷専門用語で言う「平1」。 これくらいだと全体の違和感なく収まる。

ちょっと文字の行間が間延びしている感があるが、これはオリジナルのレイアウトだ。
抜き出して隠れていたところを書き足すことも可能だが、今回はそこまでやっていない。

実は、このデザインを起こしたのは1月27日であるが、依頼人が2月12日のコンサートに参加されるので、他のひとへのサプライズにしたとの事で、本日公開となった。

新型「CIVIC(シビック)」シリーズ「大阪オートメッセ2017」に登場

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今週末2月10〜12日に開催される同イベントに参考出品されるようだ。

先代は日本国内ではイギリスからの輸入車(TYPE-R)を除いて販売されず、海外のみであったが、次世代は国内生産が再開される。

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2代前のCIVIC はこの様にプレーンながらも、変に抑揚過多なこともなく固まり感のあるクールなデザインであった。 特に上記5ドアハッチバックは秀悦なデザインであったと思う。

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これが国内で販売されると4ドアセダンのみで、妙に「浪花節」が入ってしまったのはいかがなものだろうか?
国内モデルはなぜかオーバー・デコレイティブになりがちだ。
日本の顧客にはこっちの方がウケるというマーケティングの成果なのだろうが、そういったマスを
ターゲットとしても、それが好きなユーザはトヨタ・日産に流れるのではないだろうか?

ユーミン SURF & SNOW Tシャツをデザインする


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松任谷由実さんの毎年2月恒例のコンサートとして、苗場プリンスホテルで開催される「SURF & SNOW]
。 1981年以来、継続して今年で37回目を迎える。

昨年は友人のご好意で2列目(カメラが入ったので実質1列目!)という良席で参加できた。
そこで今年の苗場に参加される友人たちのためにTシャツデザインを起こしてみた。
ベースとなるのはもちろん

SURF&SNOW
松任谷由実
EMI Records Japan
1999-02-24


これに友人がもっていたユーミンのサイン

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これを透過画像でpng形式に変換。

元の画像から「Yuming」の文字をカットしたもの。
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と合わせて作成したのが以下の画像だ。
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これを用いてデザインする。
他に2色展開させた。 ブラックはサインを白にしている。
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いかがだろうか?

hachette Vol.11 MAZDA Savanna RX-7 (1978)

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このシリーズは創刊号の 「TOYOTA 2000GT」を買い損ねた事もあり、傍観していたが、元愛車が登場したとなっては見逃す訳にはいかない。

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既に「SA22C 初代RX-7とはどんなクルマであったか」「SA22C 初代RX-7とはどんなクルマであったか その2」で紹介済みであるが、筆者にスポーツカーの運転の基礎を教えてくれたクルマだ。

できればシンボルカラーの「マッハ・グリーン」(かえるのようであった)でなく、筆者の「サイクロン・レッド」が良かったが、無いものねだりをしても仕方ない。

当時、「プアマンズ・ポルシェ924」と揶揄されたものだが、グリーン・ハウスのデザインといい、かなり異なるものだ。
もちろん、924の方が全ての面でお金が掛かっており、キャラクターラインの洗練度ではずっと上手だ。

もう30年ほど前になるが、東京の知り合いが944に乗っておられ一度走らさせてもらったことがある。
924 がワーゲン製2リッター4気筒エンジンであったのに対して、944 は自社製2.5リッター4気筒の違いがある。 928 の5リッターV8の半分とされている。

さて、何より驚いたのは乗り心地の良さだ。
そしてステアリングの剛性感の高さ。
これには敵わないなあと思った。

ただ、GTで144万円という価格はエアコンやカーステレオ(決してカーオーディオではないw)がオプションとしても安かったと思う。

バイクが再度パンク

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またしてもバイクでトラブル。
昨年のバッテリートラブルの際、タイヤもそろそろ危ないと言われていたのだが、最近、寒い日が続いたことでパンク修理後が再度穴があき、そこからエア漏れを起こしていた。

スリップサインは出ていないが、そろそろ寿命とのこと。
また前輪タイヤもヤバいようで。

そこで前後のタイヤを入れ替えることになった。
前後で12,000円也と結構な値段になった。

車齢が8年になって色々とガタがきている。
後2年は頑張って欲しいのだが。

杏里スマホケース到着

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制作していたケースが到着した。
今回は自分の分が上記、「Circuit of Rainbow」。 他は知り合いの方のものだ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #25

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第25弾は 「日本陸軍 戦闘機 中島 二式戦闘機 鍾馗」である。

「鍾馗」は日本軍における初めての「重戦」。 格闘性能や航続距離ではなく、速度や武装に重点をおいた戦闘機であった。 単機同士の格闘戦ではなく、一撃離脱、ロッテ戦法といった編隊空戦に適した機体であったが、当時の搭乗員。 特に職人気質のベテランには、そういった特性が理解されず、旋回性能や操縦性が「軽戦」より劣ったところが嫌われた。

また滑走路も整備されていなかったので、速い着陸速度がネックとなった。
爆撃機用の発動機を搭載したことで頭でっかちとなり前方視界もそれまでの機体に比べて悪かったのも原因だ。

そういった悪評を覆したのはドイツ 「メッサー・シュミット Bf109E」 との模擬空戦で圧倒したことによる。
ただ既に中島は「大東亜戦争決戦機」「四式戦闘機 疾風」の開発に軸足を移しており、活躍の機会は少なかった。

筆者が「鍾馗」を知ったのは松本零士氏の「成層圏戦闘機」だ。



さて組み立てる。

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特徴的な主翼だ。

「一式戦闘機 隼」と並べる。
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主翼の大きさの違いが際立つ。

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こちらは「ドイツ空軍  フォッケ・ウルフ FW-190D」との比較。
日独の設計思想の違いを感じる。

ANRI スマホケースをデザインする

友人がスマホを機種変するというので、カバーデザインをしてあげた。
こちらのデザインのうちどれかを選択するという。

いかがでしょうか?
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1985年のアルバム 「WAVE」のジャケット写真を元に作成

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こちらも1987年「Summer Farewells」のCDジャケットがオリジナル。
タイトル文字は書体をImpact で後入れしたもの。

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1989年「CIRCUIT of RAIBOW」のツアーパンフを元にかなり頑張って作成。

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1992年「Moana Lani」のツアーパンフレットを元に作成。

DeAGOSTINI F1マシン コレクション #1

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デアゴスティーニから新たなシリーズがスタートしている。
過去のF1マシンを1/43スケールのミニカーでリリースするものだ。

第一弾として選ばれたのが 1988年 McLAREN HONDA MP4/4 である。
そしてカーNo.は「12」、アイルトン・セナのマシン。

例によって創刊号は999円と圧倒の安さだ。
これはF1ファンで無くとも手元に置いておきたいものではないだろうか?

F1マシンコレクション全国版 2017年2月7日号[本/雑誌] (雑誌) / デアゴスティーニ・ジャパン

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1988年 MP4/4 は 1.5リッター V6 ターボの最終年に当たる。
ターボの加給圧制限が進んだために 1986年 ロータス・ルノーが予選一発で出した1200馬力!
(現在は800馬力以下)という訳にはいかなかったが、スペシャル・ブレンドの燃料と供にN/A 3.5リッターを圧倒した。 サーキットでF1マシンが通ると、いかにも身体に悪そうなベンゼン系の臭いが立ち込めた。

いわゆるセナ・プロ時代を象徴する出来事として、この年16戦中15戦の勝利といった驚異的な勝率を挙げている。
中嶋悟がF1パーマネント・ドライバーとしてロータス・ホンダをドライブした前年の方がある意味面白かったが、この年も印象に残る戦いがあった。

第2弾は 1987年 ロータス・ホンダ 99Tと、これまた琴線に触れるマシンが登場する。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #24

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第24弾は 「イギリス空軍 戦闘機 ホーカー・ハリケーン」である。

「ホーカー・ハリケーン」は「スピットファイア」の影に隠れてしまう二戦級のイメージがある。
ただ、大英航空戦、バトル・オブ・ブリテンでは爆撃機相手の戦闘では実用性の高さと供に活躍
している。

対日戦は「ビルマ航空戦」で日本側は「隼」であった。 いわゆる「加藤隼戦闘隊」が活躍した戦線である。

さて組み立ててみる。

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ライバルたる Bf109G と比べるとかなり大きな機体であったのが判る。
というかBf109がコンパクト過ぎるのだ。

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スピットファイアと比べると堅実な設計が目に付く。
7.7mm 機銃が8丁と数で勝負なのも英国らしい設計思想だ。

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2017年 明けましておめでとうございます

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新年あけましておめでとうございます。
今年も本Blogをよろしくお願い申し上げます。

今年は昨年末に参戦した松任谷由実「宇宙図書館」ツアーが非常に良かったので、大阪で開催される公演は是非再度行きたいと思います。

また昨年は停滞気味であった4K/8K 次世代放送もいよいよ「2020」に向けて動きがあるものと楽しみにしてます。

2016年の活動を振り返る(コンサート編)

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今年は通常3年周期より短く小田和正さんのツアーがあったので、こちらを軸としてコンサートに参加した。 本Blog で紹介したもの、そうでないものを含めて振り返る。

 2月  9日  YUMING SURF & SNOW NAEBA VOL.36 2016
 3月18日  ANRI NAGOYA Blue-NOTE
 4月 30日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 静岡エコパ 1日目
 5月   1日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 静岡エコパ 2日目
 5月   7日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 四日市ドーム1日目
 6月   7日    ANRI Concert Tour 2016 神戸国際会館
 6月 30日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 東京体育館 2日目
 7月   1日    ANRI Concert Tour 2016 習志野文化ホール
 7月 25日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 香川・さぬき市野外音楽広場テアトロン 1日目
 7月 26日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 香川・さぬき市野外音楽広場テアトロン 2日目
 8月 11日    ANRI Concert Tour 2016 岸和田 浪切ホール
 8月 25日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 大阪市中央体育館 2日目
 9月   7日    KAZEMASA ODA Concert Tour 2016 大阪城ホール 2日目
11月 15日   杏里ファンミーティング ”Solウェルカムパーティ"
12月 21日   松任谷由実コンサートツアー 宇宙図書館 2016-2017 大阪公演12/21 2日目

なんとも偏りがある!

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #23

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第23弾は 「日本海軍局地戦闘機 九州 震電」である。

「震電」というと空想戦記モノの王様だ。
その独特のスタイルと共に30mm 機関砲 ×  4の重武装がB29キラーと成れたのだろうか?

エンジンは三菱「ハ43」。 「烈風」と同じである。
離昇出力 2130馬力は 中島「誉」に比べて10% の出力と設計に余裕があったが量産型で
性能を維持することはできただろうか?

「震電」が登場する物語では「滝沢聖峰」氏のこの作品が好きだ。




さて組み立ててみる。

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この機体はバックからのショットもインパクトがある。

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「陸軍四式戦闘機 疾風」と並べてみる。
コンパクトに見える「震電」が結構大きな機体であるのが判る。

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「F4U コルセア」と比較する。
艦上戦闘機と局地戦闘機で全く性格の異なる機体であるが、日米の個性派が並べてみた。


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第二次世界大戦傑作機コレクション全国版(23) 2017年 1/10 号 なんとか入手

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同シリーズは2週間に一度、火曜日が発売日だ。
極力立ち見させていている、職場の地下にある本屋さんで購入するようにしている。

昨日13日が発売日で在庫を確認してたのだが帰りに寄るところがあり、まあ大丈夫だと思って今日買いに行ったところ売り切れであった❗️

以前の「トヨタ2000GT」の悪夢が過ぎる。
そこで堂島アバンザのジュンク堂に行くがこれまた売り切れとの事。

一体何があったのかとAmazonで見る。

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ここでも売り切れだ。

「震電」は空想戦記モノの主役を「烈風」と争う機体なので、普段買わないヲタが買い漁ったか?

或いは転売屋の暗躍か?

ジュンク堂の店頭で他の店舗の在庫を調べて貰ったところJRなんばOCAT店にあるとの事。
とりあえず抑えていただいて手に入れた。

ちなみにあと1個残っていたようだ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #22

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第22弾は 「日本海軍艦上攻撃機 中島 九七式艦上攻撃機」である。

「九七艦攻」というと太平洋戦争序戦の真珠湾攻撃からミッドウエイ海戦を経て南太平洋海戦くらいまでが活躍した時代であった。

各々、真珠湾攻撃の空母「赤城」空中指揮官 淵田大佐。 ミッドウエイ海戦の空母「飛龍」飛行長 友永大尉「ヨークタウン」雷撃で被弾 戦死。そして南太平洋海戦「雷撃の神様」空母「翔鶴」飛行長 村田大佐による「ホーネット」攻撃後の戦死。「ホーネット」は日本海軍が太平洋戦争で撃沈した最後の正規空母であった。

3名の搭乗員と重量物である魚雷を搭載するにも係わらずエンジンが「零戦」と同じ「栄」であったので、最高速度は400Km/hに満たないドン亀。」
次世代の「天山」は100Km/h速い480Km/h であったが既にF6F登場も相まって相対速度は変わらない状況であった。

筆者が最初に「九七艦攻」を知ったのは「連合艦隊司令長官 山本五十六」であった。
もちろん三船敏郎版である。


さて組み立ててみる。

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「流星」と並べてみる。
本来なら次期型たる「天山」と比較すべきであるが、同機はまだ登場していない。
空母のエレベーターのサイズで規制されるため、全幅、全長はそれほど変わらない。

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「九九艦爆」と比較する。
明らかに巨大だ。

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松任谷由実「SURF & SNOW」のスマホジャケットをデザインする

SURF&SNOW
松任谷由実
EMI Records Japan
1999-02-24




筆者にとって松任谷由実さんの最高のアルバムは、これである。
1980年のリリース以来、スキーの友として当初はカセットテープで、後年はCD。 そして今ではメモリーディスクでと必携のアイテムだ。

そこで、このアルバムに敬意を払って、iPhone 6s 用のスマホカバーをデザインしてみた。

まずはオリジナルの「レコード」ジャケットをスキャンする。

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これを元に縦長のスマホ用デザインを行う。

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上下に白場を設定し、上下に伸ばすために、サーフボードをもったひとと「Yuming」の文字を下にずらして拡大する。

スマホ用ジャケットテンプレートに当てはめると以下のようになる。
左右の大きさを合わせて上下で調整する。

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いかがだろうか?

松任谷由実「宇宙図書館」のスマホジャケットをデザインする

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いよいよスタートした松任谷由実「宇宙図書館」コンサートツアー。
大阪は今月20,21日 フェステバルホールだ。

そこで「自作」ツアーグッズをデザインしてみた。
いかがでしょうか?

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #21

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第21弾は 「アメリカ陸軍航空隊 戦闘機 カーチスP-40 ウォーホーク」である。

P-40 というと太平洋戦争序戦で零戦に落とされまくる凡庸な戦闘機というイメージが強い。
本機を有名にしたのは、義勇軍「フライングタイガース」によってだ。
中国やビルマ戦線において 隼など日本陸軍機と戦った。

当時、日本と米国は開戦しておらず、退役したアメリカパイロットが義勇兵として入隊した。
1機撃墜するごとにインセンティブが支払われ、空の「賞金稼ぎ」は正しく「エリア88」で
あった。

さて組み立ててみる。

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「F4F」と並べてみる。
直線的な「F4F」に比べて曲線が多い。
鈍重そうな「F4F」であるが、運動性能は「P-40」を凌駕する。
「P-40」は最高速を除いて「F4F」の敵ではなかった。

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「零戦」と比較する。
全長に対する翼長のバランスは「P-40」の方が近代的にみえる。
翼荷重が少ない「零戦」の方が明らかに旋回性能は上だった。

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更に「隼」と並べてみる。
前翼が横一直線に張り出している「隼」と緩やかな後退翼の「P−40」。
中島飛行機 小山技師の設計思想との違いを感じるところだ。

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アイコム本社 アマチュア無線フェステバル

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12月10日に開催されるようだ。
今回の目玉は 先に販売されている ダイレクトサンプリング方式 無線機 IC-7300 の高級機版たる IC-7610 を見れることだろう。

Live ATC.net でエアバンドを聞く

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航空無線をネットから聞くことができる。
アプリは有料だが、Webサイトからだと無料で利用可能だ。

http://www.liveatc.net/

Find LiveATC Audio Streams

Airport/ARTCC Code
に "HND" と入れると羽田空港の航空管制無線通信を傍受することが可能だ。

上記スクリーンショットは"TOKYO Control"の例。

杏里ファンミーティング ”Solウェルカムパーティ"

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8月に再スタートしたファンクラブの公式行事としては、中野、大宮、横浜、名古屋の各コンサート会場での「2ショット写真撮影会」に続くものである。

「抽選でご招待」となっていたものの、全員が「当選」だったと思われる。

それでは振り返る。

日時 2016年11月15日(火)
開場 18:30 開演 19:00

開催場所 アキバで無い方の「46」スクエアw
入場 整理番号順 1 10 20 ・・・90 番まで張り出されてだいたいの並ぶ位置が表示された。

会場 パイプ椅子が並べられ 横7脚 が左右で14脚。最後尾は10列だったが実質8列までであった。
従って 7×2×8=112名未満の来場と思われる。

ステージ
 向かって左 キーボード(女性) 
 センター パーカッション&ベース(バンドマスター 男性) 
 右 アコースティックギター(女性)

スタートまではBGMに杏里さんの過去の曲が流れる。
照明が落ちて
キーボード、パーカッション&ベース&ピアニカ、アコースティックギターの各演奏者3名が入場。

1曲目 「砂浜」

MC1 どうも こんばんは ようこそ

SONY MUSIC ENTERTAINMENT の方が司会進行で登場
我こそは一番遠くから来たという方の問いかけ。
関西どころか
なんとは宮崎からこられたかたも居た!

質問コーナー
杏里さんがボックスからカードを引いて書いてある整理番号の方の質問に答える趣向。
最初は大宮の方の質問
「タイムマシンがあったらどの時代に行きたいか? 前世は何だったと思いますか?」
2番目 御殿場からの方の質問
「モチベーションをあげるためにやっていることは?」
3番目 藤沢からの方の質問
「歌手になっていなかったら どんな職業に就いていたか?」
4番目 藤沢からの方の質問
「杏里さんは湘南を題材とした歌が多いですが、何か湘南に対する思いではありますか?」
最後の質問 大和市からの方の質問
「日本でも海外でも良いのですが、今までで一番感動した場所は?」

秘蔵映像コーナー
1 悲しみがとまらない
2 Trouble in Paradaise
3Summer Candles
4 オリビアを聴きながら

ミニライブコーナー
2曲目 「One」
3曲目 「All of You」
4曲目 「オリビアを聴きながら」
伴奏してくれたメンバー紹介

記念写真コーナ
杏里さんが会場に降りてこられて全員で記念写真
2枚撮影。 後でファンクラブサイトに掲載されるとのこと

終了
杏里さんが両手ハイタッチでひとりづつお見送り

開始時間 19:05
終了時間 20:30

感想
「砂浜」が流れてきたとたん、悪い予感がしたが正に的中!

筆者は質問内容に「まさかコアなファンが集まるミーティングで、あの3曲(オリビアを聴きながら、悲しみがとまらない,Cat's Eye コンサート定番で大概飽き飽きしてる)は演らないですよね?
(コアなファンは)誰もこんなの望んでいませんよ
 と書いたw

それがよりによって「砂浜」だ。 この曲もコンサートでは定番でカットして欲しい曲ワースト3に入る。前日にご一緒する友人とこの曲はどーでも良いよね。 と話していただけに苦笑だ。

質問コーナーは更に酷い。「音楽」のこともと司会者は言っていたのになんなの??
番号書いてあるカードに仕込みは無かったか?
ご覧の様に、全くたわい無い内容であった。

伴奏が必要であったか? カラオケで良かったと思う。 普段コンサートで聴けない曲を聴きたいものだ。 河合奈保子さんのファンミーティングでは本人は来られないとアナウンスあったものの、コアな曲を10曲も聴けたとのことで羨ましすぎる。
なによりカラオケなら「リクエストコーナー」ができるんじゃないか?
苗場のユーミンは武部さんという長年のバンマスがいるとは言え、ガチでコアな曲のリクエストを受けている。 苗場ならではの名物コーナーだ。

もっとファン参加型にするとか
例えばアップナンバーの振り付けを一緒に踊ろうとか、色々できたと思う。

時間に関してもアマゾンズはなんと4時間にも及んだらしい。

何よりも何よりも、まさしても関西は不遇だ。

日程が平日の夜間と言うのもかなり厳しい。
土日の昼間せめて金曜日の夜間ならもっと参加できた方が増えたはずだ。

また、なぜ名古屋でさえ行った「2ショット写真撮影会」が関西で無かったのか?
今回のミーティングでも、まだ撮影して貰ってない方を対象に実施すれば良かったのにと思う。

第2回はあるのか? あるなら改善して欲しい。
今回のファンミーティングの内容で満足しているのなら、よっぽどの「信者」だ。
宮崎からこられた方に「満足されましたか?」と聞いてみたい。

そもそも企画したスタッフが悪い。
SMEの司会進行の方も杏里のことをあんまり知らないように感じた。
一般向けイベントならまだしも安くは無い会費を払っている有料会員の前では力不足だ。
この点も改善の余地ありだろう。

スタッフの猛省を促したい。

DeAGOSTINI レ・グレンディ•フェラーリ・コレクション



8月から隔週でスタートしている。
別にフェラーリ・マニアでもないので、全部揃えようなどと思わない。

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10月25日 コレクションNo.5  TESTAROSSA 1984
512 BB 1976
348 TB 1989
328 GTB 1985
の4台はちょっと欲しいかも。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #20

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第20弾は 「日本海軍 艦上爆撃機 空技廠 彗星一二型」である。

空技廠とは日本海軍の航空技術研究機関、海軍航空技術廠の略。
空技廠が開発した機体といえば、陸上爆撃機「銀河」が有名だ。
こちらも以後のシリーズで登場するだろうか?

さて、「彗星」は先日の陸軍三式戦闘機「飛燕」同様に DB601Aの国産ライセンス製品である液冷エンジンを搭載している。
実際の生産は愛知航空機で行われたが、エンジンも愛知「アツタ」32型 液冷倒立V型12気筒だ。

「零戦」と変わらないコンパクトな機体に数々の技術的トライアルが行われた。
初陣は爆撃機ではなく、偵察機としてミッドウエイ海戦に空母「蒼竜」に搭載されて実機テストが行われた。 偵察型は爆弾倉内蔵式増加燃料タンクやカメラを搭載した機体を二式艦上偵察機一一型(D4Y1-C)として採用された。
爆撃機としての正式採用は翌昭和18年6月である。 それから終戦までの2年間で2200機以上生産された。
前世代の「九九艦爆」ほど華々しい戦果がないのは、搭乗員の質の低下もあるが、何より米軍のシステマティックな防空網の強化によるものだ。

「彗星」採用部隊といえば、沖縄戦で活躍した「芙蓉部隊」ではないだろうか?
「一億総火の玉」の特攻作戦のみとなっていた沖縄戦・菊水作戦において、夜間艦船攻撃で相当の戦果を上げた。

「彗星」が活躍するコミックとしては、新世代の戦場コミックの旗手たる滝沢聖峰氏の
「明けの彗星」だろうか?



さて組み立ててみる。

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「九九艦爆」と並べてみる。

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更に「流星」と並べてみる。

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川崎重工創立120周年記念展 −世界最速にかけた誇り高き情熱− に行ってきた

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創立120周年という節目にあたり、このたび記念行事として「川崎重工創立120周年記念展 −世界最速にかけた誇り高き情熱−」を開催することといたしました。

 本記念展では、当社岐阜工場(岐阜県各務原市)で修復、復元作業を終えたばかりの、三式戦闘機「飛燕」の実機展示を中心に、その修復プロジェクトとエンジンの過給機の技術の歴史と進化を紹介します。


 第二次世界大戦中に当社が開発・製造した「飛燕」は、国内に現存する唯一の機体が、昨年夏まで 29年間、知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)に展示されていました。この「飛燕」は、経済産業省が認定する「近代化産業遺産群」の一つとして認定され た航空遺産でもあります。当社は、「飛燕」を所有する一般財団法人日本航空協会の依頼を受け、その正しい姿が永く後世に伝わるよう、同機の生まれ故郷であ る、当社岐阜工場において、同協会の監修の下、破損部位の修復、欠損部品の復元などを行ってまいりました。

https://www.khi.co.jp/120th-Hien/index.html


10/23に行ってきた。
どう考えてもマイナーなイベントだと思ったが、行ってびっくり。
中高年の航空機、軍事マニアか「おじいちゃん」だけかと思ったら、小学生や十代、二十代の方、女性も大勢見学に来られていたのが印象的であった。

会場入口
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ホール中央に展示されている。
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知覧特攻平和会館で見た時は、変な塗装がされていたのでイマイチ本物感がなかったが、オリジナルのジュラルミン製の銀翼は迫力満点だ。

展示されていたエンジンはハ40と思われるが、表記はハ140となっていた。

「零戦」の設計者 堀越二郎技師 や 「隼」「鍾馗」「疾風」の設計者 小山悌技師の純和風というか、流線型の丸のデザインに対して、和風のテイストを残しながらも欧米のトレンドを取り入れた「飛燕」の設計者 土井武雄技師のセンスが光る。

因に堀越二郎技師とは東京帝国大学の同期であった。
二人共に戦後の国産発旅客機「Y[S-11」の設計に係わっている。

「飛燕」に関してはドイツ ダイムラー・ベンツ DB601 液冷エンジンのライセンス生産であった。
これは当時日本の工業力では生産が困難であった。トラブルが発生し、飛ぶたびに故障の連続で稼働率が低かった。
最も海軍で採用した愛知航空機製「アツタ」は比較的良好であったとされる。

それが故に「アツタ」と積んだ「飛燕」があれば良好な機体性能と相まってもっと活躍できたであろうか?

こちらは KAWASEKI 750 TURBO IMG_2411IMG_2410

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GPz1100/750F の車体に750cc ターボエンジンを載せたのが
750 TURBOだ。

1980年代前半、HONDA CX500 TURBO YAMAHA XJ650 TURBO と各社ターボエンジンのバイクが販売された。

実物は初めてみた。
同時展示されていた H2 よりも貴重だ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #19

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第19弾は 「日本海軍 艦上戦闘機 三菱 零式艦上戦闘機一一型」である。

本シリーズで「零戦」が登場するのは「五二型」「二一型」に引き続き3機種目だ。
それだけ人気があるのだろうが、正直購入するのは躊躇った。
「五二型」「二一型」は翼の長さを始め差異はあるものの「一一型」と「二一型」では航空母艦搭載用の改修、即ち
・着艦フック
・クルシー式帰投方位測定装置
・主翼折り畳み機能

が搭載されていなかったが、ミニチュア・モデルでは表現が困難なものばかり。
唯一塗装の違いのみという微妙なものであった。
ちなみに「一一型」はA6M2a、「二一型」はA6M2bの形式番号。
試作型の「十二試艦上戦闘機」はA6M1であった。(エンジンが三菱内製の「瑞星」)

エンジン選定で三菱側は推力が不足した「瑞星」に代わって余裕のある「金星」を希望したが、中島製「栄」十三型になったのは、中島の政治力の賜物で、後の「烈風」で「誉」が当初選定されたのと同じ「官民談合」の悪しき例として伝えられるのは先に記した通りだ。

「金星」は「九六式陸上攻撃機」や「九九式艦上爆撃機」に搭載されたエンジンで、元々爆撃機用を想定したもので大型であった。

「零戦」でも五四型や「陸軍五式戦闘機」で採用されている。もし最初から「金星」が選定されていたら「零戦」は随分性格の異なった戦闘機になっていた可能性がある。
「栄」に比べて余裕があったので、最終「金星62型」では離昇馬力1,500HPまで向上している。

馬力向上のメリットとして
・速度向上
・急降下速度制限の緩和
・機体強度の向上(ギリギリまでダイエットする必要はなくなった)
・防御装置・自動消火装置の配備
・爆弾搭載量の向上


逆にデメリットとして
・軽快性の劣化
・航続距離の短縮
・着艦性能の劣化


が想定される。
しかしながら搭乗員を守る、結果的に戦力低下の防止のためには「金星」への置換が良かったのはないだろうか?

さて組み立ててみる。

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「零戦二一型」と並べてみる。

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更に「零戦五二型」を並べてみる。
翼が短くなっているのが判るだろう。
ただ、見た目のバランスは「五二型」の方が良い感じがするがいかがだろうか?

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阪神高速乗り放題 2016 AUTUMN

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https://www.hanshin-etc.jp/md/2016au/index.html
事前申込が必要となるものの、これは見逃せない。
往復乗るだけでもおトクだ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #18

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第18弾は 「アメリカ海軍・海兵隊 艦上戦闘機 グラマン F4F ワイルドキャット」である。

「F4F ワイルドキャット」は1935年(昭和10年)に設計試案をアメリカ海軍に提出したものがベースとなっている。
ライバルたる、我が「零戦」の2年前のことである。
後続機「F6F ヘルキャット」の「下敷き」。「F4F」は何度も再設計の上に熟成されたものだ。
それが故に「F6F ヘルキャット」が14ヶ月の短期間で開発できたとも言える。

1943年(昭和18年)以降、先の「F6F ヘルキャット」や「F4U コルセア」が登場以降も護衛空母の搭載機として採用されている。
飛行甲板の短い護衛空母では2000馬力クラスの新鋭機は運用が困難であったからだ。
逆に日本軍が未だに「零戦」が主力であったことで運用でカバーできたことも一因であろう。

「F4F ワイルドキャット」が活躍した映画と言えばこれだろう。



Charlton Heston主演のこの映画は40年前の作品である。


さて組み立ててみる。
いかにも無骨なデザインで機能美さえ感じない。

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「F6F ヘルキャット」と並べてみる。
ひと回りどころか、ふた周りは大きい。

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ライバルたる「零戦」と並べてみる。
こうしてみると大きなイメージのある米軍機であるが、それほど変わらないのが判る。
意外に「F4F ワイルドキャット」はコンパクトなのだ。

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川崎重工創立120周年記念展 −世界最速にかけた誇り高き情熱−

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創立120周年という節目にあたり、このたび記念行事として「川崎重工創立120周年記念展 −世界最速にかけた誇り高き情熱−」を開催することといたしました。

 本記念展では、当社岐阜工場(岐阜県各務原市)で修復、復元作業を終えたばかりの、三式戦闘機「飛燕」の実機展示を中心に、その修復プロジェクトとエンジンの過給機の技術の歴史と進化を紹介します。


 第二次世界大戦中に当社が開発・製造した「飛燕」は、国内に現存する唯一の機体が、昨年夏まで 29年間、知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)に展示されていました。この「飛燕」は、経済産業省が認定する「近代化産業遺産群」の一つとして認定され た航空遺産でもあります。当社は、「飛燕」を所有する一般財団法人日本航空協会の依頼を受け、その正しい姿が永く後世に伝わるよう、同機の生まれ故郷であ る、当社岐阜工場において、同協会の監修の下、破損部位の修復、欠損部品の復元などを行ってまいりました。

https://www.khi.co.jp/120th-Hien/index.html


数年前に知覧特攻平和会館を訪問した際に実機を拝見している。
どのように修復されているか楽しみだ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #17

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第17弾は 「日本海軍艦上戦闘機 三菱 烈風」である。

「烈風」は1942年(昭和17年)に試作を内示されたものだ。
海軍は1800馬力級エンジン 中島飛行機の「誉」の採用を主張した。 それに対して三菱は2200馬力と余裕のある自社「ハ43」の採用を願ったが、既に開発が進んでいたこと、またコンパクトでありながら高出力のカタログ・スペックを誇る「誉」が押しつけられた形となった。
これで零戦の「栄」といい、機体は自社ながらエンジンはライバル社という構造になった。
これは中島と軍部との官民談合の悪しき例と称されるものだ。

主任設計技術者は「零戦」の堀越技師であったが、「零戦」に対する前線からの改良要求や先行していた「雷電」の開発もあって遅延しがちであった。

高速の時代を迎えても、「零戦」並の格闘性能に拘った海軍側の要求によって、翼面荷重は150Kg/m2以下となり、艦上攻撃機なみのデカさになってしまった。
それでも自重は3tほどに押さえられたのは零戦以来の軽量設計によるものだ。
できあがった機体の操縦性は素晴らしかったとされているが、大きすぎる機体とカタログスペックを満たさない「誉」エンジンにより上昇速度も水平速度も全く期待はずれになってしまった。

開発中止に追い込まれた「烈風」であるが、高高度戦闘機「烈風改」の先行試作機として生き残った。
三菱は自主開発として当初予定の「ハ43」にエンジンに置換したところ、ほぼ予定通りの性能を発揮した。
それでも最高速度は620Km/h と当時の欧米機に比べて傑出しているものではなかったが、操縦性能は相変わらず素晴らしいものであったという。

当初、昭和19年に就航した最新鋭航空母艦「大鳳」への搭載を予定していたが叶わぬ夢に終わってしまった。 もっとも「大鳳」もマリアナ沖海戦で撃沈されてしまった。

さて筆者がこの機を知ったのは 貝塚ひろし作「烈風」である。





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1973年の作品である。 完全に空想戦記を通り越しているが、氏の零戦マンガの集大成といって良いだろう。

氏の作品では「ゼロ戦行進曲」が胸を打つ名作品であった。




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最後は主人公も特攻出撃。
母や幼馴染みが訪問するも間に合わないのは「雲流るるはてに」「紫電改のタカ」など
太平洋戦争末期を描いた物語の悲しいお約束だ。


さて組み立ててみる。

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「零戦52型」と並べてみる。
「え〜」というくらい大きさが違う。
まるで1/72スケールと1/48モデルを並べたみたいだ。

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艦上攻撃機」並ということで「流星」と並べてみる。
なんと本当に殆ど変わらない大きさだ。

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ライバルたる、「F4U コルセア」との比較。
デカいイメージのある「F4U コルセア」よりも更に大きい。

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ちなみに同時期のアメリカ海軍機としては「F8F ベアキャット」となる。

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こちらは「烈風」とは逆に「零戦」より小さな機体に強力な2300馬力クラスのエンジンを搭載して、馬力で運動性能を確保した機体だ。

小さな機体の「零戦」と大きな「F4F ワイルドキャット」に対して「烈風」と「F8F ベアキャット」では立場が変わってしまったのは面白いところだ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #16

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第16弾は 「アメリカ海軍・海兵隊 戦闘機 
チャンス・ヴォート F4Uコルセア」である。

「コルセア」は1938年(昭和13年)に試作内示されたもので、世代的には零戦と雷電の間となる。
2000馬力級エンジン P&W R2800を最大限生かすべく企画されたものだ。
直径4m の大プロペラを使用するため、主脚が長くなるのを嫌って逆ガルウイングを採用した。
これは日本海軍の万能攻撃機「流星」が中翼で主脚を短くする為に採用したのと同じだ。

ただ、理想を追いかけた設計が故に開発が長引き、結果として「保険」の「F6F ヘルキャット」より実戦配備が遅れたのは以前記した通りだ。

日本海軍では「コルセア」ではなく主に「シコルスキー」の名称で呼んでいた。
さて筆者がこの事を知ったのは 「東宝8.15シリーズ」「太平洋の翼」である。

 

1時間7分40秒くらいからを再生して見て欲しい。

四、
ソロモン群島ガダルカナルへ
今日も空襲大編隊
翼の二十ミリ雄叫(おたけ)びあげりゃ
落ちるグラマンシコルスキー
シコルスキー

五、
にっこり笑ってダイブに入る
友の艦爆勇ましや
上がる黒煙消え去るあたり
見たか敵艦真っ二つ
真っ二つ




 
搭乗員節」というかなりマイナーな軍歌を歌っている。
この中で「シコルスキー」なる名称が出てくる。


さて組み立ててみる。
このアングルから見る「F4U コルセア」が最も特徴が判り、機能美を出しているのでは
ないだろうか?
直線基調の「F6F グラマン」や「P51 マスタング」に比べて、どことなく優雅な感じがする。
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F6Fと並べてみる

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かなりデカいイメージのある「F4U」であるが、実は「F6F」の方がボリュームがある。

ライバルたる、「紫電改」と

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日本機の中では大きめの「紫電改」が子供のようだ。

国産名車コレクション No.1 トヨタ 2000GT

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書店発売のミニカーシリーズで魅力的な企画が始まっている。
TV CM でもお馴染みである。 9/6 に職場の近所の書店で見かけたのだが、この日は他に買う本があったのと、思ったより大きなパッケージ。
「まあ明日にしよう」と思っていて、翌日はコンサートで本屋に寄れず。
木曜日に行ったらすっかり消え失せていた。

初回が激安であったこともあり売れてしまったのか?
と暢気に思ってたら、オークションではプレミア価格になっていた。

これはすっかり出遅れてしまった。
やっぱり有った時には買わないといけないということを改めて実感した次第だ。

映画「君の名は。」を観てきた



公開2週目の土曜日の夕方に観てきた。
意外にも小中学生が目立って、ほぼ100%の大盛況であった。

ストーリーに関しては事前に知っていたので、映像を確認しにいくようなものであった。
それにしても完成度が高い。

ハリウッドのアニメーション映画は作画技術は非常に高いが、いわゆるジャパニメーションのキャラや心情描写に比べると単純だ。
良くあるハリウッド・パターンは、
主人公が挫折しながらも周囲の励ましや助力によって成長して最後はハッピーエンド。

日本のアニメの様に
#主人公が「中2病」で、ネクラ、性格が歪んでいたり、父親に突き放されたりしない;-)

さて、「君の名は。」に話を戻す。
新海監督の作品は登場人物に自分を投影して感情移入できるのが今回のヒットに繋がっているのだろう。
宮崎作品に比べると登場人物の精神年齢は高い。
例えるなら「高2病」に掛かっているかのようだ。

映像のディテールに拘りがあるのでひとりニヤニヤする。

まずは往年の TRIO(Kenwood) TS-520
アマチュア無線機 HF機のベストセラーだ。

ts520s

外付け VFO-520とともに何カットか登場していた。
最も本機で防災無線の60MHz帯の電波は出せない。
周波数レンジは 1.9MHz帯 から 28MHz帯までである。

そして防災無線の受信機。 なんと大阪の田舎の我が家には配布されたものがある。

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松下製だ。
AC/DCどちらでも動作可能だ。

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防災無線の仕組みは簡単で、単に電波を受信するだけでは受信されるのではなく、トーンスケルチによる制御が行われている。

ところで肝心のストーリーに関しては、残念ながら完全に感情移入できなかった。
何かが違う??

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #15

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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第15弾は 「ドイツ空軍 戦闘機 
フォッケウルフFw190D-9」である。

「Fw190」は1937年(昭和12年)に試作内示されたもので、世代的には零戦と同じである。
元々「Bf109」をサポートする立場として開発がスタートしたのは、アメリカ海軍 「F4U コルセア」に対する 「F6F ヘルキャット」と同じようなものであるが、フォッケウルフ社の天才技術者クルト・タンク博士は速度と運動性能で「Bf109」を凌駕する機体を生み出した。

「Bf109」が液冷式 ダイムラー・ベンツ DB601 を搭載したのに対して空冷式 BMW  801 を搭載した。
本機 D-9型では 液冷式 Jumo 213A-1(1750hp)に変更されている。
液冷式で問題となるラジエターは機首前方に環状で配置するという方法で解決している。
それが故に初期型に対して「長鼻」独特の形状となった。

さて筆者が当機を知ったのは 松本零士氏 戦場マンガシリーズ「ベルリンの黒騎士」である。

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また、後継機たる「Ta-152H」も同氏「成層圏気流」に登場している。
主人公の最初の愛機たる、「Fw-190A-4」も観れる。



さて組み立ててみる

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Bf-109Gと並べてみる

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ライバルたる、スピットファイアと

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最大のライバルたる、「P-51D ムスタング」とは分が悪いか?

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食器棚が開かなくなった?!

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我が家のキッチンの食器棚は普段使いのものを下の棚の真ん中の引き出しにいれている。
これが何かが引っかかってしまったのか開かなくなってしまった。

まるで先週の「探偵ナイトスクープ!」の開けられない部屋と同じ状況w
『自分の部屋のドアが開かない!』探偵/真栄田 賢 大阪府の男性(38)から。1週間ほど前、夜遅く帰宅すると、玄関の鍵をかけ忘れたまま妻子が寝ていた。不用心だと思いながら自分の部屋に入ろうとしたら、ドアが開かなかった。向こうから押し返されるような反動があったため、もしかして強盗かと思い、妻を起こして中の様子を伺ってみると、人の気配はないようだった。とりあえず安心し、翌朝もう一度ドアを押してみたが、やはりビクともしない。その日以来、部屋に入れないので困っている。私の服がすべてその部屋にあるため、半パン2枚、上着3枚をやりくりしている状態。仕事にも半パンで行っているため、何とかドアを壊すことなく開けてもらえないか、というもの。
http://www.asahi.co.jp/php/knight-scoop/search/search.php?mode=result&oa_date=20160819

解決策のように風船を入れて塞ぐものを排除する訳にもいかないので。
1センチくらいは開くので、なんども開いたり閉じたり、揺すったり!

すると

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開いた!

赤いお椀が倒れて引っかかっていた模様。
そもそも積んで入れ過ぎだった。

とりあえずやれやれ。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #14

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第14弾は 「日本海軍 艦上爆撃機 
愛知 九九式艦上爆撃機一一型」である。

「九九艦爆」は昭和11年に試作内示され、愛知の他、三菱、中島が競ったものだ。
前作の 「九六艦爆」に比べると、大幅な近代化を果たしたもので、太平洋戦争序盤の主力機として活躍した。
元々急降下爆撃機の被害は大きいものであったが、アメリカ海軍がレーダー誘導による「F6F」艦上戦闘機 や対空砲火にVT信管を挿入しだしてから、被害は更に増大し「九九棺桶」と揶揄されるようになった。
最も発動機を三菱「金星」五四型に変更した二二型は最高速が50Km/hも向上したが、それでも427Km/hに過ぎなかった。

後継機たる「彗星」は水冷エンジン「熱田」に問題を抱えており稼働率が低いものであった。

さて筆者が当機を知ったのは 東宝8.15シリーズ映画「連合艦隊司令長官 山本五十六」である。

 
今や、機動戦士ガンダムのシャア・アズナブルで有名な池田秀一氏も本田三飛曹役で出演されている。
「九七艦攻」隊長機の通信士で、真珠湾攻撃の際、「トラトラトラ」「ワレキシユウニセイコウセリ」を打電する。

さて組み立ててみる

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重量物の爆弾を搭載するために非常に大きな翼を持つ。

真珠湾攻撃をイメージして零戦21型と並べてみる。

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流石にデカい。

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最新鋭の「流星」との比較ではさすがに古さが目立ってしまう。

DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション #13

 
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DeAGOSTINI 第二次世界大戦傑作機コレクション第13弾は アメリカ海軍 艦上戦闘機 グラマン F6F  ヘルキャット である。

グラマン F6Fは同社の前作F4Fの後継機として開発されたが、そもそもチャンス・ボート社 F4U コルセアの保険的な意味合いで進められたものだ。 コルセアは初めての2000hpクラスのエンジンを搭載し、逆ガル翼といった革新的な構造を持って計画されたが、それが故に開発が難航した。
そこで、アメリカ海軍は主力機であった F4F の発展型としてコンサバな設計で企画されていたF6Fの開発にGOを出したものだ。

F4F は被弾に強く、その鈍重そうな外観とは逆に意外に小回りは利いた。
但し、同時代の零戦やヨーロッパ戦線におけるBf-109に比べて速度や上昇性能が低く、総合的には劣っていたといえる。
それに対してF6Fは大型エンジンの搭載と更なる防御強化で欠点を補った。

量産機の性能は最高速度が612Km/h と当時のアメリカ軍機としては低速である。
カタログデータ上は F4Uの方が上であったが、F4Uは空母搭載に問題があり、機動部隊への実戦配備はF6Fが先行した。

F6F が配備されだした頃も日本海軍は依然として零戦。 52型であった。
性能上では平凡なF6Fが活躍できたのは、日本機の主力が零戦であったこと。
そしてロッテ戦法や後のサッチ・ウイーブの編隊空戦を支える無線電話やレーダー管制といったサポート面での充実が埋めて十分なものであった。

シンプルな設計による整備性、操作性の良さ、そしてファストバックながらも視界が広く、何よりも頑丈な構造によって新米パイロットでも空母運用が可能であったことだ。

よく、捕獲した零戦を研究した結果の設計と言われるが、それは間違いであり、原型機は1942年に飛行している。
本当の意味での「零戦キラー」は次世代のF8Fである。

筆者が太平洋戦争時にパイロットであれば乗機として選びたい最右翼の機体だ。
間違っても日本陸軍の飛燕や海軍の雷電には乗りたくないものだ。

さて筆者が当機を知ったのは ちばてつや氏の「紫電改のタカ」である。
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その昔、テレビ漫画(アニメなるハイカラな言葉はなかった!)になった作品以外にもソノシートでラジオドラマ的な音声だけのドラマと主題歌(オープニング&エンディング)がセットとなり、絵本仕立てになっていたものが発刊されていた。

本作も朝日ソノラマからの発売で
ナレーター    野沢那智
滝兵曹長     小宮清(「少年忍者 風のフジ丸」)
スカイキング大尉 近石真介(初代 マスオさん)

どういうわけか絵本とドラマで全く異なる話で、ドラマでの滝兵曹長のセリフ。

「南西の方向にヘルキャットが7機・・・高度は約3000です。」

これが原作では以下のようになっていた。
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ヘルキャットという機種名を知った原体験であった。

さて組み立ててみる

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相変わらずのスングリムックリでプロペラの大きさが目立つ。

ライバルたる紫電改と並べてみる。

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圧倒的に大きいのにビックリする。

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デカいと思っていたアメリカ陸軍 P-38 と比べても 翼は大きいくらいだ。
空母から離着陸が必要な F6F は低速時の揚力を得るために翼のアスペクト比も高いものとなっている。

先に紹介した日本海軍 艦上攻撃機 流星 とも比較してみる。

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実際の戦闘でも流星の美しさに魅せられた、F6Fのパイロットはいたのだろうか?
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