2018年02月11日

とある平日の夜、帰宅途中の地下鉄の車内でスマートフォンの呼び出し音が鳴った。見れば知らない番号で、普段ならそんなときは電話に出ないことも多いのだけれど、そのときは出てみる気になった。
「あのぅ、遠刈田の日下と申しますけれど、こけしの、、」
こんな感じだったと思う。この愛すべき宮城弁のイントネーションを文字で表現できないのはもどかしい。
乗換駅で下車して折り返し電話した。
日下秀行工人から、頼んでおいた佐藤吉弥のこげすの復元が出来た、との連絡だった。あれはいつのことだったか、たぶん一昨年の鳴子だったと思うけれど、以前このブログでも取り上げた吉弥の七寸の復元、あのときのその素晴らしさに触発されて、手持ちの吉弥の復元を頼んだのだった。
この吉弥の作り付けには、以前からとても気になっていることがある。首から肩にかけてのラインのことだ。うねうねとうねるような段がある。なぜこんな仕上げになったのか、あるいは仕上げたのか。復元を頼んだからといって、その謎が解けるわけでもないのだろうが、一度彼に託してみようと思ったのだ。

鳴子ではじめてお会いして以降、日下工人の周囲の環境はずいぶん変わったようだ。遠刈田に構えた店を閉めたと聞いてこの優れた腕を持った工人のことを案じていたのだ。その後いくつかのイベントで彼の作品やその姿を見かけ、こけし作りを続けていることは確認できていたのだけれど。

「ひとつ出来たから送ります」と日下工人は言う。少数の注文で申し訳ないとは思うが、いくつか作ってみたのではないかと思い確認してみる。すると五つ作ったと言う。けれど完成したのはひとつだけなのだとも言う。難しい、うまくいかない、という理由だった。そのあと色々なことをひとしきり話した最後に完成した一体を送ってもらうよう改めて確認すると、もうひとつ作ってみますと言い、私は楽しみに待つことにした。

家に包みが届き開けてみて驚いた。その出来に、である。
彼は「写し」と「復元」を明確に分けている。彼が復元に求めるものとは、完璧な精度での忠実さなのだ。私がもっとも気になっている、肩のラインは忠実に再現されている。胴模様も然り。「生まれ変わり」という表現がふさわしいと思う。

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それだけではない。通常頭部を挽くときなどに用いられるピン挽きの手法も同じ(胴を挽くには面倒な手法)なのだが、胴底を見てあきれ返ってしまった。産地と名前、年令が書かれているが見比べてみてほしい。
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彼に頼んで本当によかった、と思った。

mu1300 at 16:46コメント(0)こけし雑記 

2018年02月08日

鳴子の松田忠雄工人との出会いについては、昨年9月にこのブログで書いたけれど、その息子の大弘工人は昨年デビューしたばかりの新人だ。

大弘工人のことをどこで知ったのか、今となっては思い出せないが、たぶん偶然だっただろう。自然に工人のウェブサイトにたどり着いて、小さなスマホ画面でそのこけし画像に触れたのが最初だ。
工人は去年の鳴子こけし祭りにも参加していて、トークショーでその話を聞き、夜の懇親会でもひとしきりお話ししたのを覚えている。

我が家にとっての去年の鳴子のハイライトは彼の父親である松田忠雄工人のこけしであったわけだが、もちろんそのとき大弘工人のこけしにも接していた。彼の伝統こけし、例えば松田初見型、高野幸八型として紹介されているものは、本人が言っているように、工人独自の解釈が施されたものだった。その行き方はいいな、と思ったが、あまりにも自分自身に引き寄せすぎているな、との感じが拭えなかった。だから手が伸びなかったのである。それでもその後の動向は追ってはいたし、なにより鳴子での愛好家S氏の「彼は若いですけどデザインというものがわかってますからね」との言葉がどこかに引っかかっていた。

1月某日、用事のついでに銀座の木の香を訪ねた。ここでは近年東北こけし展をやっているのは知っていたが、訪れたのはは初めてだった。松田大弘工人も参加していて、地下の展示スペースへ下りたところで、一つだけ残った本人型の六寸をなぜか迷いなく手に取り、これが我が家の新年初こけしとなった。

改めてこのこけしを見てみる。伝統に則った型ではあるが、これもまた工人独自の解釈が加えられている。けれど今回はあの時の感じ、自己主張は控えめに感じる。そしてそのデザイン性。明らかに伝統的な絵柄をこの同時代感で表現しているのは果たして意図したものなのだろうか?もっと適切な言葉でこのこけしを表したいと思うが、うまくいかない。言葉が見つからないままアップしてみる。でもあの時のS氏の言葉の意味が少しわかったような気がしている。

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並べてみるともっとよくわかる、ような気がする。

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mu1300 at 15:40コメント(0)こけし雑記 

2018年01月14日

新しい年になって早くも3週目。
今年はどんなこけしに出会えるのか、実は期待している。
昨年の暮れ、高田稔雄工人との出会いについて書いたけれど、
もう一人、気になる工人がいた。今日はこの人に会いに行ってみたい。

仙台の奥座敷、秋保の温泉街の少し先、小高い山へ登りかけたところに秋保工芸の里はある。ここにはこけし作りをする家が3軒、江戸独楽を作りこけしも作る家が1軒あるという、こけし愛好家には夢のような場所である。にもかかわらず、一度も訪れたことがなかったのだが、今回ようやくその機会を得た。

思えば高橋胞吉(えなきち)のこけしとその後継者たちにあまり関心を払って来なかった。赤と黒だけの描彩が、あまりに質素すぎると感じていたのかもしれない。それはあまりにもったいないことだったと、この人のこけしに出会って思ったのだ。

鈴木敬(たかし)工人は鈴木明工人の次男。平成6年生まれという若さだ。私が気に留めたのは、その若さもあるけれど、もう一つはその経歴だった。
平成25年4月石川県挽物轆轤技術研修所に入所、とある。続いて、椀、盆、茶道具を挽き、漆塗の技術も習得、と来ていよいよ気になった。Kokeshi Wikiにはこのあたりのことが紹介されていて、師事した人たちの名前も書かれている。その中に、川北良造の名前がある。この人は人間国宝である。

こけし好きならもう皆同じことを感じているかもしれないけれど、この人の作るこけしは、デビュー作にして完成されている。そして原の胞吉をよく知りもしない私は、胞吉の良さとはこういう感じなのか!と思わせる出来だと感じたのだった。

敬工人は至って清々しい若者で、お盆が売れると嬉しい、と端正な表情で話す。綺麗な盆は我が家にやってきた。

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小柄だけれど、すっとした立ち姿が印象に残る。幼い頃から絵が好きだった青年は今の仕事に巡り合うべくして巡り合い、探究心と想像力でこんなこけしを作っている。

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胞吉がおかっぱに赤のリボンのこけしを作っていた、との話を元に作ったという。そのこけしは残されてはいない。頭は嵌め込み、胴底は鋸の切り落としというこだわり。

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旅から帰って、初めてこけし手帖 6号の胞吉こけし文献號を読んだ。新しきを温ねて故きを知る、ということもある。そんなきっかけをくれた人として見続けていきたい。


mu1300 at 21:54コメント(0)こけし 

2017年12月25日

会いたい人がいるのだが、連絡先がわからないのである。こけし愛好家のバイブルのひとつ、伝統こけし工人録には、載っていない。まだ新人だからだ。
ただし、今はネット社会。Kokeshi Wikiには取り上げられている。師匠の名前はわかるし、師匠は工人録に載っている。けれど、いきなり面識のない師匠に連絡するわけにもいかない。

検索してみると、工房のおおよその場所がわかった。
カーナビに「やくしのゆ」と入れて向かってみる。あとは川のほとり、という記述だけが頼りだ。
近づくと、それらしい建物がすぐ目に入ってきた。
「煙突から煙が出てるよ!」と家人が声を上げ、車を降りて引き戸をノックする。

こうして会いに行ったのは、高田稔雄工人。まだ新人と言っていい、伝統こけしの作り手だ。今年の全日本こけしコンクールでの初めての受賞が最高賞であった。
受賞作は幸太型。それは受賞に値する優れたものだったけれど、より心惹かれていたのは、その頃作り始めていた今三郎型だった。そのとき入手することは叶わなかったけれど、以来、心の片隅にずっと置かれていたのだった。

突然の訪問にもかかわらず、暖かく迎え入れてくれた高田工人とひとしきり話す。いかにして工人になることを志したのか、それを語る工人の言葉の端々には、強い気持ちが滲み出ている。敢えて文字にするならば、誇りとか意地という言葉に近いように感じる。いや、決意と言うべきかもしれない。

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そんな工人は一羽の雀と共に暮らしている。どうしても飼っているとは書けない。それはこの写真が証明してくれると思う。
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強い心と優しい眼差しを持った工人は、こんなこけし達を世に送り出してくれた。
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原に忠実でありたい、という素晴らしい今三郎型と幸太型。
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そして雀愛。
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mu1300 at 22:33コメント(0)こけし 

2017年12月10日

台風が来て、一瞬もやっとした暖かい空気が入り込んだと思ったら、風がぐっと冷たくなった。湿度が下がると、物事の輪郭がはっきりと捉えられるようになる。感覚が鋭敏になる。急速に秋が深まっていく。

ピィーと、あるいはキィーと、乾いた空気を切り裂くようにして、ヒヨドリが厳しく啼く。春の頃は桜の花に嘴を突っ込むのに忙しく、夏はどこかに行っていた彼らが戻って来て、何がしかの警告を発しているように思える。これからやってくる冬への心構えは出来ているのか?と。

と、書いて置いておいたら、冬になってしまった。おまけにもう2回も風邪をひいた。今日の空気は真冬のにおいがする。

内勤に変わって動かなくなったせいで、みるみる肥大化するのを懸念した家人が、最近しつこくウォーキングに誘うのである。どんなに誘っても乗ってこない私に放たれた殺し文句はこうだった。
「カレーを食べに行こうよ(歩いて)」
目指す店は3キロ先にある。歩いて出かけた。見ればラストオーダーまで、あまり時間がない。脇目も振らずにひたすら歩いて辿り着く。本場の味を楽しんだ帰りはゆっくりと寄り道しながら帰る。いつもは車で通り過ぎる道を歩き、またその一本裏の道を歩き、そこからまた脇道にそれ、そぞろ歩く。歩く速度で目に入るものたちは、何の変哲も無いものだらけだが、自転車で通り過ぎても見えないものだし、ランニングのスピードでも見落としてしまうものだ。

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何年か前に縁あって手元に来たこのこけしには、何か見落としはないだろうか。
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角張った頭や、重ね菊の描かれ方、等々。
斎藤良輔の八寸。



mu1300 at 23:53コメント(0)こけし雑記 

2017年09月28日

今年の夏、仙台のカメイ美術館では阿部木の実工人の展示が行われていた。比較的長期間にわたって開催されていたので、見に行かれた方も多いと思う。

良い展示だったな、と思う。父、阿部平四郎と母、陽子のこけしも併せて展示されていて、阿部木の実という人がどのようにつくられてきたのか、も感じ取れるものになっていたと思うのだ。木の実さんや陽子さんとお話しする機会に、父平四郎の話が出なかったことはない。

肉親を失うという経験は多くの人にいずれ訪れること。この喪失を経て初めて沸き起こる感情があると思う。それはもちろん単純な一つの感情というわけではない。ひとりひとり違うものだ。けれどその感情の奥底には微かに流れる何かがある。誰も普段は気にも留めない暗渠の流れがやがては一つの海に注ぎ込むように。

木の実工人は父平四郎が亡くなった年、こけしにフェニックスを描いた。フェニックスは空を行き、花の中を行き、海までも行く。天国の父が何処にでも行けるようにとの願いを込めて。そんな気持がわかるから、このこけしは私にとって特別である。

母、陽子工人はこのこけしの顔を見てこう言った。
「人間離れしているな」
そうしてしばらくしてまた同じ言葉を呟いた。
人間離れしているな、と。

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mu1300 at 21:31コメント(0)こけし 

2017年09月16日

断末魔のような蝉の鳴き声を覆い隠すように澄んだ虫の声が聴こえてくる。大型の台風が近づいている。また当たり前のように季節が巡って行く。
5月の思い出を少し。


この時期にみちのくを旅するのは、もちろんこけしを求めてのことでもあるけれど、本当の歓びは、春をもう一度味わえるということにほかならない。

3日間の旅の中日はバイクでとことん走ることに決めていた。目指すは蔵王、エコーラインに向かった我々を待っていたのは大渋滞だった。しばらく我慢してヨロヨロと進むが、事態は一向に改善されないし、むしろ悪化しているように思われた。こういうときは思い切りが大事、と、遠刈田温泉の入り口で行き先を変えることにした。バイク乗りのバイブル、ツーリングマップルのページを開いて、もう一つ南の道を行くことにする。

若葉の織りなす新緑の中を行く。クルマの通行量は程よく少ない。ゆるやかなカーブが続く。アクセルの開閉、シフトチェンジ、ブレーキング、程よい回数だけの操作で済む。スピードは上がるから緊張感はあるが、迫り来て、過ぎ行く風景を見やる余裕は残されている。あたり一面、山と緑に囲まれて、この道がどこまでも続いてほしいと思う。

集落が近づくと、標識や看板の類いが、その地の名前を知らせてくれる。見識った地名がヘルメットシールドを通した視界の外に飛んで行く。
小原、七ヶ宿、滑津。じっくりと訪れてみたいという気持ちがいっとき支配するけれど、今日はバイクで走り倒すと決めているから、風を浴びることに集中する。そのまま山形に入ったところで広域農道(ぶどうまつたけラインという素晴らしい名前がついている)を南下して、福島まで走り続けた。

今日走った道は国道113号線。七ヶ宿街道と呼ばれるかつて要衝を結んだ街道の名前で呼ばれる道。古くは多くのこけし工人がこの辺りで盛んにこけしを挽いていた。鈴木庸吉、大葉亀之進、高橋精助、小島長次郎(この人は現役)、日下源三郎、佐藤伝喜、、、様々な系統の様々な作り手がこの周辺で暮らしていた。でもあのとき気分でこけしを選ぶとこれになる。

星定良工人の八寸。若葉の季節の生命力が伝わってくる。

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mu1300 at 21:06コメント(2)こけし 

2017年09月13日

鳴子温泉に行くようになって、もう8年ほどになる。それが略こけし歴と重なっていて、9月最初の週末はこけし祭りに行くと決まっている。伝統こけしは伝統というだけあって、劇的に変化したりはしないのだけれど、それでも毎年新たな発見がある。

今年は到着が昼過ぎという体たらくで、会場に入ると最初に招待工人のブースがあるのだが、そそくさとその前を通り過ぎ、コンクールの入賞作品を見る。そうか、早坂利成工人がついに最高賞を受賞したのか、彼が古い鳴子の写しを作ったときうけた感触を思い出し、あのときの早坂工人の言葉が一つの結実となったな、と感慨にふけりつつ、右手に移していった目線が止まった。

最近、鳴子にも若い作り手が僅かではあるが、現れて来た。
松田大弘工人はそうしたうちの一人である。自身のウェブサイトを持って発信しているこの工人のことを最近になって知った。伝統について考え、自分なりの答えを見つけようとしながら、こけし作りに向き合っている様子が伝わってくる。

鳴子小学校の体育館で目に止まったのは、その父親、松田忠雄工人の鈴木庸吉型だった。一目で気に入る、とはこのときのようなことを言うのだろう。大げさでなく、心を射抜かれたのだった。慌てて出品作を見に行く。三体のうち二つは予約済、運良く残った一つが庸吉型で、すかさずカゴに入れたのである。

松田忠雄という工人の名前は知っていた。けれど迂闊にもそのこけしを眺めるということがなかった。
忠雄工人はその名が示す通り、松田初見工人の孫にあたる人。自身の型の他、初見型、鈴木庸吉型、高野幸八型、遊佐民之助型などを作る。それも随分前から作っているのだが、今までほとんど関心を寄せていなかった。ただ、最近はあまり作っていなかったということでもあるらしい。

もう工房に行くしかない、となってすぐに向かう。工房は踏切を渡って坂を下りた国道沿いにある。夕暮れにはまだ早いけれど、オレンジ色の日差しの中を歩いて行く。途中にはそれほど広くはない田んぼがあって、実りつつある稲穂の上を赤とんぼが盛んに飛んでいる。農薬を使わずに作られている証なのだそうだ。ガラス戸の中にいる犬に吠えられる。その家の表札には大沼健伍、と書かれている。人だけが渡れる細い橋を渡ると、そのさきに松田工房がある。

店を兼ねた工房には大量のこけしが並んでいて、片隅に古い鳴子の型がいくつか置かれていた。忠雄工人はちょうど店にいて、少し話すことができた。これらのこけしがまた作られることになったのは、息子がこけしを作り始めたからに他ならない、と思う。自分の仕事が受け継がれることへの感情を安易に推測するのはどうかと思いつつ、その話ぶりからは安堵と喜び、これからは同じこけしの作り手として語り合えることへの感情が伝わってくるようだった。
鳴子に来て良かった。

川沿いに建つ松田工房のわき道の奥には鉄道の橋がかかっていて、向かって行くと道が広くなっている。さらに進むと川を渡るいささか立派な橋がある。この広い道は神社の参道になっていて、奥に上がると成澤不動尊の社が建っている。山を背に来た道を振り返ってみる。この風土からこのこけしが生まれたのだな、と思った。

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mu1300 at 01:24コメント(0)こけし 

2017年08月30日

近郊の県道を車で走っていた。地形は平らで、畑と資材置き場と開発されていない土地があって、取り敢えず真っ直ぐ引いた県道がひたすら伸びている、そんな場所だった。
退屈になりそうな風景のそこここに森が点在していて、深まる緑を楽しみながら運転していた。

通りは大きな片側二車線で、少し走ったころ右側の車線の路上に鳥がうずくまっているのが見えた。スピードを落として近づくとそれは見たことのない鳥で、でも間違いなく猛禽類だと思われた。

まだ子供かもしれないと思ったのは、それほど大きくなかったからで、あるいはツミだったかもしれないが、顔がまだ子供のように見えた。

通り過ぎたあとミラーで見ていたら、そのままうずくまっている。そこへクルマがどんどん近づいてくる。クルマは避ける様子がない。

そのままクルマが通り過ぎた。タイヤとタイヤの間で無事だった。そのあとトラックが来た。トラックは避けてくれた。

鳥は慌てた様子でバタバタと中央分離帯に飛び上がった。

あの森にこんな鳥たちがすんでいるのだな、と思った。




出来れば傍に木があったらいいな、と思う。家の前がたまたま公園になっていて、その周りは桜の木が植えられている。室内にもこけしという名の沢山の木がある。

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今年、今晃工人はこんな素敵なこけしをわけてくれた。

達磨絵が見えないので、
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幸兵衛型と、P8130969
文蔵型。



mu1300 at 02:19コメント(0)こけし雑記 

2017年08月18日

ある日の朝刊の一面に、最後の一人が山を下り、集落が消滅したことが記事になっていた。場所は高知県の北川村竹屋敷集落。去年知人に案内されて訪れた場所がここだった。




クルマは山に入っても全く速度を落とさず、どんどん山の奥へと向かって走っていく。案内役が自らドライバーを買って出てくれたわけだから道行きに不安はないけれど、そろそろ着く頃かと思うような山奥で、クルマはさらに加速して、もっと山奥を目指して走りつづけた。

この辺りはかつて林業で大いに栄えた山だ。伐採した木材を運ぶ鉄道も通っていた。崖と崖を結んでいた橋が今でも辛うじてかかっている。というより崖ごと崩れかかっている。その崖を一生懸命修復する工事が行われていた。道路の保守のための工事が、あたかも廃墟の保存工事のように見えてしまう。
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集落を過ぎてもまだまだ道は続いている。もう随分前から舗装はされていないが、いよいよ悪路になり、木々からぶら下がった枝々が、容赦なく車のボディーを叩きつける。そしてもうそれ以上進めないところまで来た。道はまだまだ先まで続いているが、山の上から流れ落ちた土や岩や流木が山の壁面から崖下へ向けて落ち込み、完全に道路を塞いでいた。案内人はこの崖を下りて崖下まで歩いて行って渓流釣りを楽しむというから驚かされる。そんな人だからこんなところに我々を案内してくれたのだろうけれど。

集落には女の人が一人で住んでいた。正確に言えば大勢の犬たちと、何羽かの鶏たちとともに生活していた。鶏たちが生む卵と、小さな畑で自分が食べるだけの野菜を自給していて、その他の必要なものを誰かが届けているようだった。犬たちはそれだけで体力を消耗しきってしまうほど盛んに吠え、鶏は時折鳴き声を発していた。いくつかある建物はすでに崩壊しているものも多く、鶏を見に行くには柱の落ちた家の屋根伝いに歩いていかなければならなかった。修理する者も、撤去する者もいない。

家の横の小径を上がっていく。ちょっとした山道になっているが、かつては頻繁に人が通った生活のための道であった。草ぼうぼうとなった土地にいくつかの廃屋を見て、学校の跡地に辿り着く。もはや草ではなく木々がしっかりと根を下ろした林になっている。卒業生による記念の碑は木製で辛うじて形を残していた。傾いたまま。

新聞記事は集落の消滅を告げるものだったが、こうして見て来たものは、すでに集落は消滅していたことを伝えていた。人がいるのといないのとの間に違いがあるように、人が一人いるのと二人いるのとの間にもやはりおおきな違いがある。

この日は、人がまさにいなくなっていく場面を目の当たりにした日だった。いまこの国で進みつつあることの、最後の姿と言えるかもしれない。

高知の山奥で、初めて見たものがある。
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これは蜂蜜を取るための道具だ。山の道沿いでもあちこちで見かけた。丸く組まれた木の下の方にはいくつかのスリットが切ってあり、ここからミツバチが出入りしている。写真が見づらいかもしれないが、勇気のない私はここまでしか近寄れなかった。





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人がいなくなれば、人の作るものもそれにつれて無くなっていくのは、世のならわしである。これも今は作られていない型だ。
72年前、戦争が終わった月に。

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西山徳二の尺

(渡辺鉄男工人がいっとき素晴らしい写しを作っていたのは知っているけれど)



mu1300 at 13:33コメント(0)こけし 
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