ムーの棚から

〜こけしと時々読書・音楽・山と日々の出来事で綴るブログです〜

今読んでいる本がすこぶる面白くて、でも読み進めるのに少し時間がかかっている。別に難解というわけではないけれど(いや、わかりやすく書いてあるはずなんだけど)、文系頭にはすらすらとはいかない。こんなとき、ちょっと軽めの文章を読みたいなと思う。

今日の本は出たことを全く知らずに、本屋の店頭でみつけた。まだ出たばかりみたいだ。
村上T 僕の愛したTシャツたち マガジンハウス
村上春樹がポパイに連載していたエッセイを一冊の本にまとめたものだそうだけれど、そうか連載もしていたのか、とパラパラ読んであっと言う間に楽しんだ。村上春樹といえばレコードコレクターとして知られているけれど、これはTシャツコレクションの本。
村上春樹の書くものとはもうずいぶん長い付き合いになるけれど、小説に劣らずエッセイが好きで、村上朝日堂のシリーズなどは何度も何度も読み返したものだ。今度のエッセイはなんといってもTシャツだし、ポパイだし、力を抜いて楽しめる。
僕が村上春樹のエッセイでとりわけ感心するのは、彼が音楽について書くときだ。愛するジャズのこと、ビーチボーイズのこと、小澤征爾との語らい、そして「意味がなければスイングはない」と、音楽をこんな風に文章で語ることができるなんて、といつも思う。
そんな村上春樹は最近ラジオ番組を持っていて、ちょうどコロナで家にいたあいだに放送された、
村上RADIO ステイホームスペシャル 〜明るいあしたを迎えるための音楽(TOKYO FM)
が素晴らしかった。元気が出る、心が和む音楽を村上春樹が選ぶとこうなるのか、と感じ入らずにはいられない、そんな選曲だった。どれも素敵な曲たちのなかで、今一番に思い出されるのはエラ・フィッツジェラルドが歌う「虹のかなたに」で、食わず嫌いの僕にエラの魅力を教えてくれた、このことだけで大切な記憶になっている。このときの番組内容はWebマガジン考える人ですべてテキストになっているのがありがたい。

さて、うちにはどんなTシャツがあったっけ、と最近買った(というほどしょっちゅうTシャツを買っているわけではない)2枚を出してみたらどっちも黒Tシャツだった。生涯初めての黒Tと2枚目の黒Tが最新の2枚だなんて。
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緊急事態宣言が全面解除された。しばらく前から「コロナ」や「コロナ後」について様々な言説が交わされるようになっている。言葉を紡ぐ人たちは、どんな言葉を発するのだろうか、ということに関心があった。

2020年5月22日の日本経済新聞朝刊文化欄、「コロナと創作」は詩人の和合亮一氏。これは編集委員によるインタビュー記事である。和合は東日本大震災のとき、福島にいた。原発は水素爆発を起こし、妻子を避難させたあと部屋でひとりツイッターで詩を紡いだ人だ。「気軽に外出できないという点では、今回も同じような状況に立たされている」「見えないウイルスの恐ろしさは、あの放射能の恐怖と重なるところがある」そう感じているとこの記事は伝えている。「今、ウイルスによって私たちは不気味な自然の脅威にさらされているが、それを表現する言葉をまだ持てないでいる」と言う。
ーウイルスは不気味な自然の脅威。
ー我々はそれを表現する言葉をまだ持てないでいる。
そうなのだろうか。

ウイルスのことを考えるのに最低限のことくらいは知っておかなければと、家にあった本を開いた。
ウイルス・プラネット カール・ジンマー著 今西康子訳 飛鳥新社 2013年
この本が出たのはSARSの感染拡大があった後のころ。ウイルスとはどんなものなのか、敷居をぐっと下げて教えてくれる。
「地底の奥深くであれ、サハラ砂漠の吹きさらしの砂粒であれ、南極の熱い氷床の底であれ、どんな場所を探してもかならず、そこにはウイルスが存在します。そして、身近な場所に目を転じると、こんどは新種のウイルスがいろいろとみつかるのです。」
嚢胞性繊維症の患者5人と健康な人5人、どちらからもウイルスが見つかったというエピソードがこれに続く。1人の肺の中には平均174種のウイルスがいて、そのうちすでに知られているウイルスはわずか10パーセントにすぎない、これがウイルスという存在なのだ。
そしてよく知られているように、人間が根絶することができたヒトのウイルスはただ一つ、天然痘ウイルスだけである。いきなり結論めいているが、この天然痘を紹介してくれる章の冒頭4行が、ウイルスの本質を教えてくれているように思う。
「私たち人間は、意図せずして新種のウイルスを作り出してしまうのが得意です。
養豚場で混ざり合って生まれた新型インフルエンザウイルスにしても、食用に仕留めたチンパンジーのウイルスから進化したHIVにしても、人間の営みから生まれたものです。」
もう一つ、ウイルスについては長らく生物とはみなされてこなかったという経緯がある。それはウイルスが「生きていない」ということによるもので、「生きている」ためには細胞の存在が不可欠であると論じられてきたからだ。2000年には国際ウイルス学会が「ウイルスは生物ではない」という見解を出している。しかしその後の10年で様子が変わった。それは「ミミウイルス」のような新しい発見があったからで、それは通常ウイルスと信じられてきたもののの100倍の大きさを持つがゆえにウイルスだとは考えれてこなかったし、シンプルなウイルスならせいぜい10個ほどの遺伝子しか持たないのに対し、ミミウイルスは1252個もの遺伝子を持つなど、それまでの知見が打ち破られているからで、このことを考えていくと、「生きている」とはどういうことかを考えることになると著者は言い、ウイルスと他の生物の違いを見つけようとするよりも、むしろウイルスと他の生物がどのように連続的につながっているかを考えたほうが有益かもしれません。」とする。これをさらに進めて話は生命の起源に及び、ついにはこのような考えに至る。
「もしかすると、地球上には、原始生命を構成する細胞が生まれるよりも先に、ウイルスが現れたのかもしれません。」
いまだにウイルスが生物なのか非生物なのか、合意は得られていないのだ。

2020年5月23日の日本経済新聞朝刊文化欄、「100年後の日本」は詩人の佐々木幹郎氏。昨年(2019年)の春ごろ、ある雑誌から100年後の日本を展望するエッセイを依頼された詩人は「何度考えても書く気持ちにならなかった。」「ところが今年になってから、「100年後の日本」について、どうあってほしいのか、切実に考えるようになった。新型コロナウイルスの感染拡大は、第一波が収まりつつあるが、第二波がやがて襲ってくることは確実だと専門家は言う。死がわたしたちの目の前に、ぶらさがっているのが現在だ。」と書く。
少し長い引用になるが、先の和合亮一の言葉に対する疑問の答えは、この文章のなかにあった。
「ウイルス感染が死の危険をあらわに示し始めたとき、人間には面白い思考の変容が生まれる。コロナウイルスを地球上から撲滅することはできない。共存する以外にないと専門家は言う。わたしの友人の一人がそれを踏まえて「だからオレは、気に入らない人間も、これから認めることにする」と、ある夜、突然、電話で告げてきたことがあった。
コロナ禍が過ぎ去った後、彼はそんなことを言ったことも忘れているだろうが、すべての生きもの、そして生きものにとりつくウイルスも、地球の上で人間と共存している、ということの改めての発見は、敵と味方という考え方をあっと言う間に消滅させる。いや、古びた考え方にしてしまった。勝敗など、何の解決にもならないからだ。」
二日続けて二人の詩人の言葉に触れ、新型コロナについて考えた。新聞の「文化」欄もまだ文化の担い手としてしっかり仕事をしてくれているようだ。

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さて画面に映りこんでいるのは仙台秋保の鈴木敬工人のこけし。彼はしばらく前からこけしの描彩に漆を使うようになった(もちろん染料による伝統的なものも作り続けている)。はじめはごく小さなこけしから、最近はもっと大胆に漆を使うようになっている。コロナ後も彼の挑戦は続くだろう。楽しみに見守っていきたい。

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作家、川上未映子のインスタグラムでピアニスト、アンドラーシュ・シフヘのインタビューが最新号のブルータス(2020年6月1日号)に掲載されていることを知る。
アンドラーシュ・シフについては以前も取り上げたことがある(”捧げられた夜”:2014年3月21日)、私にとって特別な音楽家だ。シフの近著「静寂から音楽が生まれる」を読み、引っ掛っていたこと(”詩に親しみたい”:2019年12月14日)もあって、川上未映子がシフに聞きたいことはどんな事柄なのか、シフがその問いにどう答えるのかに関心があったのである。

川上は4つの問いと1つの投げかけを行っている。シフは彼がいつもそうであるように、とても謙虚に、そして誠実に答えている。その中からふたつ書いてみたい。

ひとつは3つめに発せられた問い、作曲家がどのような言語で考えていたのかを理解すること、これが演奏時の解釈に影響を及ぼすものだ、とのシフの見解は、聴き手にどんな影響を与えるのか、という点だ。これは私も同じ問題意識だ。シフの答えは、この考えは個人的なもので、一般的な同意を得られるものではないと言い、音楽が言葉を超えるという点については全く否定しないどころか、賛同している。そして聴き手にまではそうしたことを要求しないと言う。あれは演奏家に向けた発言だったのだと。思いやりのある答え方だと思う。

そしてもうひとつ。4つ目の問いは実に興味深いものだ。川上は問う。
「愛と理解について聞かせてください。この2つは、どちらが先にあると思いますか?もしくは同時に存在するのか?あるいは関係がなくても、それぞれが存在できてしまうのか。」
シフは愛と理解は共存するのは可能だと言い、「愛のほうが重要だと思います」と続ける。愛は本能であり、原始的なレベルのものですと言ったあと、理解についてこう述べる「知的な要素を理解できれば愛情はより深まるのではないでしょうか」。そしてこんな風に例える。このインタビューでいちばん好きなところだ。
「私は自然を見るのが好きで、ちょうど先ほども桜を見てきたのですが、さっき話したようなナイーブな気持ちで、美しさに圧倒されました。その一方、近づいて一枝に花がいくつついているのかな、といろいろな観察ができます。」

コンサートに行くたびに、この目の前で繰り広げられる演奏の一音一音は、一度演奏されたらもう二度と戻ってくることはないのだ、という気持ちに締め付けられるようになる。でもシフの音楽は録音されたものを聴くときでも、同じ気持ちを呼び起こさせる時がある。ベートーヴェンの最後期の3曲のピアノソナタを聴くときはしばしばそうなる。この音楽家の奏でる音楽を、聴いてみてもらえるといいな、と思う。


写真に写りこんでいるこけしは大沼秀顯工人の最近作。ここ数年の動向をずっと追っているけれど、最近さらに一段階踏み込んだように思うこの工人のこともまた書いてみたいと思っている。

家人からLINEでこれが欲しいと画像が送られてきた。
ビル・ウィザースの「メナジェリィ」。CD1枚1,016円である。こんな値段でちゃんとしたCD買えるの?というコメント付きで。そう、今日日音楽は安価なのだ。我が家では私が音楽担当なので注文する。
去る3月30日、ビル・ウィザースが亡くなったことは知っていた。ずっと音楽を聴いてきたけれど、R&Bやソウルミュージックを通って来なかったので、名前は知っていてもどんな音楽かピンとこない。でも聴けば知っているLovely Dayで始まるアルバムのタイトルは「MENAGERIE」。不思議な語感の単語だ。インナースリーヴの説明によると「見世物(のための動物たち)」と言った意味らしい。ジャケットにはキリン、シマウマ、ゾウ、トラ、ニワトリそのほかにもたくさんの動物たちがちりばめられている。収録曲もバラエティに富んでいて、それをタイトルに託したのかとも思う。本当のところはどうなのだろう。


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鳥の本を読む。
鳥と人、交わりの文化誌 細川博昭 春秋社
ずっと鳥が好きである。大きなレンズを抱えて写真を撮ったり、川べりに迷彩色のテントを張ってカワセミを待ち伏せしたりはしないけれど、鳥の啼き声がすればその声の方向に耳と目を向けて、視界の隅のちょっとした動きに神経を研ぎ澄ませる程度には好きなのである。この本はサイエンスライターである著者が、実に多面的な鳥と人との関係性の歴史を教えてくれる。
第7章は「鳥を観る文化」。古代から近世において、王や皇帝などの支配者は、その自由と権力、財力によって誰も手にしたことのないものをを欲し、手に入れた。その中には色鮮やかな大型の鳥も含まれていた。こうした鳥は隷属を誓った周辺国の王などから献上されることもあった。貴重な鳥たちは大切に飼育されることになったが、数は増えていき、動物園的な色彩を帯びてくる。ヨーロッパの王侯貴族たちは動物コレクションを所有していた。神聖ローマ帝国カール大帝とそれに続く皇帝たち、イングランドの王、ハプスブルク家出身の各国の王など。彼らの私的な動物園的施設はだんだんと大きくなり、1600年代のヴェルサイユには巨大な動物展示施設が現れた。こうした中世から近世の王侯貴族の城郭などに作られた施設は「メナージェリー(Menagerie)」と呼ばれた。ここで不意にビル・ウィザースにつながった。Menagerieで辞書を引くとこうだ。
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なるほど、私的なものも見世物も同じくメナジェリィなのである。

本を読んでいると、知っていたことと知らなかったこと、知っていたけれど別々に存在していたことがつながって、また世界が拡がるという不思議な経験がある。だから本を読むのをやめられない。いっとき飽きることはあっても、また読みたくなるのだ。

伝統こけしで私が少しだけ残念に思うのは、鳥があまり描かれないということなのだけれど、例外的に鳥が描かれることがある。高橋忠蔵は梅に鶯をとまらせたし、佐藤秀一は素晴らしい鳥の意匠を残し、息子の英太郎工人が具現化した。阿部木の実さんは父を想いながら見事なフェニックスを描いた。ここで取り上げるのはこけしではないけれど、見事な鳥だ。高亀の手になる柳宗理デザインの鳥たち。鳴子に行けないのは辛い。早く行きたい。
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薪を焚く、という魅力的な題名の本を新聞の書評欄でみつけて、スクラップしておいた。たまたま樹と森を巡る読書が続いて、自然にこの本を入手する、という流れができていたのだろう。

薪を焚く ラーシュ・ミッティング 朝田千惠=訳 晶文社

とにかく読んで楽しい。A5版全308ページのずっしりとした手触りのこの本に、薪を作り薪を使い薪を楽しむことへの愛情がたっぷり詰め込まれている。
この本を読み進められるな、と思ったのは冒頭のこの文章、
「薪を焚くということが暖を取る以上のなにかだと悟った日を、私は今でもありありと思い出せる。」
に引き込まれたということはもちろんだけれど、38ページのこの文章があったからだった。
「人は薪を焚きながら、高い環境意識を持ち続けることが可能か?薪ストーブは二酸化炭素を排出する。それでもなお、ほぼすべての分野の専門家が薪暖房をグリーン・エネルギーとして受け入れているのは、その根底に単純な事実があるからだ。つまり木は成長しながら二酸化炭素を吸収するが、遅かれ早かれ、ふたたびガスを排出する。木を一本ストーブで燃やした場合の二酸化炭素排出量は、その木が枯れて、朽ち果てるまでに排出する二酸化炭素量と同じになる。」「木の成長は世界最高レベルの太陽エネルギー活用のひとつだが、薪焚きはこれを効率よく利用する方法であり、それも自然の基本プロセスを住宅にまでただ延長するという、ごく簡単なものである。」
そうか、そういうことだったのか、と腹落ちする。そのために注意すべきことはもちろんあるのだが、それについては本書に譲る。

薪を焚くことについて語るのに、どんなことを語ればいいのだろう。目次から各章のタイトルをみてみよう。
『寒さ』『森』『道具』『薪割り台』『薪棚』『乾燥』『ストーブ』『炎』
そう、これらを語ることが薪を語ることになる。各章には的確な記述と魅力的なエピソードが配されていて、薪を割ることも、薪を焚くこともない私はちっとも飽きない。付箋を貼った箇所をいくつか辿ってみよう。
『薪割り台』。薪割りは薪人(まきびと。この本では薪を愛し、薪と付き合う人々をこのように言う)にとってのハイライトである。
「マイナス一〇度の晩冬、伐採したてのカバの薪割り作業は、オーロラに匹敵するほど魔術的だ。斧を振るうたびにカチーンという音が耳に心地よく響き、鋼鉄が凍った木を割ると、斧の打撃音が雪と樹の幹の間をこだまする。作業は非常に効率よく進み、そのおもしろさゆえに、薪割りの手を止められない。」
キーンと冷えた大気、静まり返った森に、自分の振り下ろした斧が作り出す響きを想像する。
「斧での薪割りは、心構えに負うところが大きい。斧を振るにはなによりもまず速度が重要だが、玉切り丸太を割ると決めて初めて速度が得られ、そうして丸太が割れるー素早く断固として振り下ろすからだ。(中略)たったひとつの目的に向かって集中し、あらゆる雑念から解き放たれるのだ。ためらったり、疑ったりしないでーただ振り下ろすのみ!」
生活の中に、こんな心構えでいることがあるだろうか。薪割りの中には、ある。
『薪棚』。薪は割ったら積み上げるものだ。これが薪棚である。もちろん貯蔵のためであるけれど、乾燥のためでもある。
「薪を積んだ人の中身が薪棚に現れるという考え方は、ノルウェーとスウェーデンでも広く知られている。結婚適齢期の人に役立つのが次のまとめだ」
そうして16(!)のタイプが示される。最初の三つだけ紹介しておこう。続きもきっと知りたくなる。
・まっすぐでがっしりした薪棚:まっすぐで、しっかりした男性。
・背の低い薪棚:注意深いが、おそらく恥ずかしがり屋、あるいは軟弱。
・背の高い薪棚:野心的。傾いで崩れないか注意せよ。
という具合。
『乾燥』。せっかく苦労して割った薪が、まさに薪として働いてくれるかどうかは、ひとえによく乾燥させられるかにかかっている。よく乾燥した薪ではちょっと面白いことが起きる。
「薪の木口を洗剤に浸けて、反対側から力いっぱい息を吹き込んでみるとよい。乾燥した薪は空気を通すほどの多孔質状になっているので、ブクブクと泡が立つ」
ありえない話かもしれないが、と本書でも断っているが、本当である。写真がついている。

4つのエピソードを紹介したけれど、いわゆるネタバレの心配は全くしていない。ほかにもエピソードは盛りだくさんだし、実用的な記載にも溢れた、薪についての総合ガイドブックがこの「薪を焚く」であり、私のように薪ひとつ割ったことも、あるいは触ったこともない人でも、薪ストーブの火を眺めていられる人なら、読んでみてほしい、そんな本である。

原著はノルウェー語※。翻訳はとても読みやすい。このことがこの本の魅力を相当押し上げていると思う。写真はすべてカラーでふんだんに使われている。紙は良質でページをめくる楽しみがある。驚くことに価格は3,300円。本が決して安くない時代、これだけの内容ならコストパフォーマンスはとても高い。それで訳者あとがきの最後にこう書かれていてまた驚いた。「本書はNORLA(ノルウェー文学海外普及協会)の翻訳助成および製作費助成を受けて出版されました。」
文化に金を出す、というのはこういうことを言う。日本にも国際交流基金に同様の制度がある。

さて、マンション住まいの身であるから薪とは無縁な生活だけれども、こけし工人のところに行ったならば、工房にはたいてい薪ストーブがある。火にくべているのは必ずしも薪用に割られた木とは限らないけれど、乾燥ということならこけし用の端材だから問題ない。ストーブにあたって暖をとりながらの工人とのおしゃべりを想う。そういえばあのスズメはストーブの煙突掃除のときに見つかったのではなかったかな。心優しい眦通雄工人のこけし。素晴らしい今三郎型。
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※スウェーデン語としていましたがノルウェー語の間違いでした。訂正しました。




何年か前、とあるちいさなこけしが目に入って手に取った。
それは小さな、少し変わった形の、ずいぶん汚れて、色も飛んでしまったこけしだった。
胴がくびれて、肩はふちがせり上がって、頭は作り付けのようにみえる。
ちょっと見たことのない形。印象は鳴子のこけし。
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愛好家の流儀に従って、胴底を持ち上げてみてみる。

昭和二十三年三月 西山憲一 ニ九才

とある。ちょっと変わっているけれど、単に珍しいというだけではない、このこけしならではの魅力を放っているような気がして、西屋のこけしが好きな相方に見せようと、家に連れ帰ることにした。

Kokeshi Wikiによれば、西山憲一が父勝次について木地修行に入ったのが高等小学校を卒業した昭和10年。こけしの製作は昭和22年ごろからとあるから、この胴底の書き込みが本当であれば、憲一工人のかなり初期のこけしということになる。あたまのてっぺんに黒い線でろくろ模様、かせや鬢の描き方はまぎれもなく土湯のやり方だけれども、特徴的なのは胴だ。肩のふちに赤でろくろ線を一本、胴の裾に同じく赤でろくろ線を三本引いている。土湯こけしのお約束であるろくろ線はこれだけで、広大なスペースに菖蒲を配している。はっきり確認できるのは紫の花弁が一つ。かろうじてもう一つ花弁が描かれているのがわかる。ぴんと立った葉の緑は薄れ、よく見るとわずかに痕跡が確認できる。あの人にこれを作ってもらったら、とは思っていたが、歳月だけが流れてしまっていた。

自宅待機となって数日、良いニュースなど何もない毎日というものを送ることになったわけだが、外出自粛の中、我が家でもデリバリーを多く使うようになった。毎日家にいて物が届くのを受け取る生活は初めての経験で、不思議に心が高揚するものだ、などと思っていた。そんなときに届いた箱の送り状には「こけし」と手書きされていた。西山敏彦工人からだった。

あの小さなこけしをようやく託したのが先月。同じ寸法でひとつ。花弁以外の胴の模様はほとんど飛んでしまっているから、敏彦工人の想像で描かれている。それにしてもシンプルなデザインだ。
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もう少し大きなサイズで見てみたいという欲求を抑えられず、五寸でも作ってもらった。ひとめですっかり気に入ってしまった。
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興奮がおさまったところで少し観察してみると、この五寸には敏彦工人の創意が感じられる。
特徴的な胴のくびれはわずかに抑えられている。あたまの形はほぼ正方で、てっぺんは平ら。そうすると原のこけしが持つ緊張感が和らいで、全体にゆったりとした柔らかな感じが出た。面描は細い線で構成されていて、眉だけが少し強めの線で描かれている。目と鼻は互いに少し離されて、集中力とは正反対の、定まらない感じを醸し出す。唇に紅は引かない。なんとも曖昧で、儚げで、少し思いつめたようで、まだ何者にもならない、大人になる前の子供の姿を見出す。
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こんなときに、このこけしたちが届いたことがうれしい。

2020年4月24日 文中「あやめ」としていた箇所を「菖蒲」に変更しました。敏彦さんは花弁の根元を黄色に描いたので、ならば「菖蒲」ですね。


 

樹と森を巡る本の三冊目。
ホンマタカシの写真集である。

その森の子供 mushrooms from the forest 2011  ホンマタカシ 
出版:blind gallery  発行:リムアート

代田橋の古書店のイベントで、店頭に並んでいた。ページをめくって、一目で気に入った。少し値段は張ったけれど、自分のバースデープレゼントにと希望して、誕生日に手元に来た。
古い大きなビルディングの設計図面集のような表紙を開くと、森だ。次のページも森。その次はキノコのアップ。キノコはすべて白地の背景にアップで撮られていて、その生々しさは室内ではなく自然光の下で撮られたように見える。森、森、キノコ。森、森、キノコ。土がついたままのキノコの表面に時折ナメクジが這っていて、たった今、採られたばかりだとわかる。
森は鬱蒼としているけれど、確実に光が届いている。その明るさは実にさまざまで、晴れの日、曇りの日、朝、昼、日暮れと表情を変える。奥深い森のどこを撮影者が見ているのかが伝わってくる。手前に斜めに横切った幹の向こうの木を見ている。すぐ目の前の幹の木肌の模様を見ている。手前の細い枝にかろうじてついている枯れ葉とその奥の木肌にびっしりと生えているキノコを同時に見ている。森の奥の光の届くギャップの緑を見ている。横からの強い日差しに浮き上がる葉っぱの影が幹に映っているのを見ている。人の眼に備わった飛びぬけて秀でた能力が、そのまま写真の上で再生されているかのようだ。見たままに写すということほど難しいことはない。視野に入るすべてのものを見ることは出来ない。
満ち足りた気持ちで最後のページに辿り着く。そのページにはこんな風に書かれていた。

The earthquake and subsequent
tsunami of March 11,2011,near
Japan's Tohoku region,led to the
catastrophic equipment failuers and
nuclear disaster of the Fukushima
Daiichi Nuclear Power Station.
Six months later,on September 15th,
the Japanese government prohibited
the gathering and ingestion of any
mushrooms grown in the forty-three
cities of Fukushima prefecture.Traces of
radiation exceeding safety limits were
detected in some wild mushrooms varieties,
Fungi inherently absorb radiation much
more rapidly than other organisms.
My geiger counter detected a greatly
elevated level of radiation in the lush
forests of Fukushima when compared to
the region's urban areas,The wild
mushrooms in the photographs
assembled here are from those forests.

この写真集は、東日本大震災の直後の福島の森に入り、その森とキノコを撮影したものである。
野生のキノコは放射線を取り込んで、採取と摂取が禁じられた。
ホンマタカシはその後、福島だけでなく、チェルノブイリやその影響を受けたスカンジナビア、ジョン・ケージが暮らしたストーニーポイントの4つの森に入ってキノコを撮影し、今年
「Symphony その森の子供 mushrooms from the forest」として発表した。

さまざまな矛盾を孕んだまま、今、世界はウイルスと向き合うことになった。
どうしたら感染をできるだけ少なく抑えることができるのか。
もう人災はいらない。
だから家で本を読んで、音楽を聴いて、こけしを眺めようと思う。
こけしは大内慎二の弁之助型。
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樹と森を巡る本の2冊目。

絶望の林業 田中淳夫 新泉社

この本を書店の店頭でみつけたとき、正直言って手に取るのがためらわれた。
なんといっても「絶望」である。救いがない。けれど「林業」となれば一応開いてみるべきで、はじめに、を2ページほど目で追って、書棚に戻した。でもまた書棚に戻って、買うことにした。あることが引っ掛かっていたからだ。

筆者の林業の現状に対する認識は極めて厳しい。冒頭でこう書く。
「日本の林業には多くの障害がある。私は、それらの問題点に対して、どうすれば解決するかという視点でこれまで見てきた。しかし知れば知るほどさまざまな要因でがんじがらめになっており、最近は「何をやってもダメ」という気持ちが膨らみつつある。」
もはや怒りを通り越して諦めの境地にあるのだ。
第1部は絶望の林業。成長産業化という言葉に疑問の目を向け、外材に責任を押し付ける態度に業を煮やし、林業の全貌を知らない林業家を嘆く。第2部は失望の林業。間伐、機械化、労働環境といった現場で起きていること、森林組合、山主、建築家といった関係者が考えていること、補助金、法律、教育機関、白書といった行政の仕振り、直截的な言葉が次々と叩きつけるように文字となってページを埋めている。

私がこの本を手に取った理由は、バイオマス発電のことが知りたかったからだった。以前、鈴木敬工人の木地教室と題した記事の中でこう書いた。
“木材はどこからやってくるのだろう。「こういう大きな木は、林業のひとがトラックに積んで突然やって来るんですよ。“こういうのいらないか?”ってね。それで“買う買う”って言って買うんです」こうした木はバイオマスのチップの材料になってしまう。”
バイオマスのチップの材料になってしまう、という表現は工人の言葉遣いそのままである。なぜこう言ったのか。この本でもバイオマス発電は取り上げられている。表題は「再生不可能なバイオマス発電」となっている。具体的な数字は措くけれども、巨大バイオマス発電所の建築が予定されているそうだ。場所は愛知県田原市、山口県下関市。どうだろう、いずれも臨海地帯である。なぜなら燃料は山ではなく海からやって来るのである。北米や東南アジアからの輸入でほとんどを賄う予定で、国産材はあてにされていない。そしてその価格がどんどん高騰しているという。スケールメリットを追求するために燃料を大量に買うからだ。だから海外のバイオマス燃料のバイヤーから「日本はシャングリラだ」と言われる。これはどういうことなのか。高騰しているなら日本の林業にとって歓迎すべきことではないのだろうか。国産材はどうなっているのだろう。林業地に建てられたバイオマス発電所には近隣の山から燃料が運び込まれる。発電所で必要な燃料は約6万トン、約10万立方メートルである。愛知県の木材生産量は約11万立方メートル、奈良なら18万、埼玉で8万。足りないのである。最初は林道から近いところから運び出す。そしてだんだん奥へ行く。輸送費がかさむ。するとどうするかというと、建材になる木材を燃やしてしまえ、となるのだ。だからA〜Dランクに分けられて、ランクごとに価格設定されていたはずの木材、A材がD材の価格で売られることになる。バイオマスの燃料は未利用材のはずではなかったか?これで工人の言った意味がわかったのである。「市場で買えば高いけれど、驚くほど安く買えた」の意味が。

読み進めるうちに疑問がわいてくる。ではどうすればいいのか、と。筆者は冒頭で諦観を吐露しているが、最終章は「希望の林業」とあるのが救いだ。ここでいくつかのモデルを紹介しながら筆者の考えが述べられる。それを知りたくなったらぜひ本を手に取ってほしいと思う。ひとつだけ、言い添えるとしたら、最大の条件は「持続性」である。

こけしは木でできている。林業と一言でいうけれど、それはとても広い領域にまたがっている。こけしもまたその中に席を得ている。愛好家も例外ではない。
若手のこけし達も心なしか心配そうな眼差しに見えなくもない。
左から眦通雄、桜井尚道、松田大弘のこけしたち。
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3月に樹と森を巡る読書をすることになった。
自分で選んだ本3冊。どれも書店の店頭で知り、選んだものだ。2つは書店で、もう一つは古書店で。
どれも興味深い本だっただけに、一冊づつふり返ってみたい。

樹に聴く 香る落葉・操る菌類・変幻自在な樹形 清和研二著 築地書館

書店の棚に表紙をこちらに向けて置かれている。真っ白の地に大きく明朝体で表題を、そして樹木を繊細に描いた線描。手に取ってパラパラとめくると、着色された樹々、葉、枝が次々と描かれている。ケヤキ、カツラ、オノエヤナギ、ブナ、ノリウツギ、コブシ、キハダ、アカシデ、ヤマナシ。それだけでこの本を買うのに十分な理由になった。
著者は大学院で農学研究に携わる学者だ。この本はさきに触れた木々たちの興味深い生態を紹介してくれる。まず著者は巨木のことを話し始める。
「巨木に出会うのは稀だ。森の中で木々が生き残るのはとても難しいからだ。小さな種子(タネ)から巨木になるのは気の遠くなるような年月と天文学的な確率が必要だ。奇跡に近いことなのだ。だから、樹々の親たちも子供たちが巨木になれるとは思っていないだろう。ただ、少しでも長生きして、少なくとも、子供たちのいくつかは花を咲かせ、命をつないでくれることを願っている。」
すでにして樹々は研究対象でありながら、同じ生きものとしての共感に満ちている。樹々が次の世代に命をつなぐために、動物のように面倒を見ることができない代わりに、小さな種子に精妙な仕組みをこらす。その実に変化にとんだメカニズムに驚嘆する。
「今一度、樹々の身になって考えてみよう。樹々それぞれの声に耳を傾け、樹々と人間が共存できる世の中が作れないのかを考えてみたい。本書は、樹々がもし語ることができるなら、今、何を言いたいのだろう―そう思って書いたものである。」
このまなざしを共にしながら読み進む。

最近はよく山に登っていて、どうしても日帰りの近場の山が中心になるから、森林限界に辿り着く前に頂上になるような、そんな高さの山に登ることになる。植林された針葉樹、どうやらそうではなさそうな広葉樹、いくつかの知っている樹の名前、それだけの知識でも、山林を巡る登山道を歩くのは楽しい。そんな山々に生きている樹々のことをこの本に教わる。そのすべてを紹介することは出来ないけれど、いくつかの樹々を見てみよう。

著者はケヤキから始める。ケヤキなら知っている。阿部木の実工人が挽いた小椋石蔵型のこけしが手元にあって、ずいぶん茶色が濃くて、粗い木地に描彩してあるあのこけしの材料はケヤキだ。描きづらくないのかと聞いたことをよく覚えている。まったく気にならないというのが木の実さんの答えだった。樹々の種子たちの多くが風に乗って飛んでいき、安住の地を得ることはよく知られている。そして風に乗るために実に様々な種類の羽根や翼をもっていることも。ケヤキの果実は小さく目立たない。羽根も翼も持っていない。けれど飛ぶ術を持っている。
「ケヤキの果実が散布されているのを最初に見たのはきれいに刈られた牧草地である。広い草地で子供たちとキャッチボールをしていた。ボールの脇に七〜八センチの細い小枝が落ちていた。ケヤキの葉がついているのでケヤキの当年生(筆者注:発生後1年以内)の小枝だ。拾ってよく見ると驚いたことに、三〜四個の小さな丸い果実がついていた。果実は当年生枝とともに運ばれていたのだ。」
親が子に与えた飛ぶ仕掛けは枝ごと飛び立つことだった。そしてケヤキは急斜面に純林を作る。
「最上川のゆったりした流れを右手に見ながら、山形県の新庄から酒田へ向かう。松尾芭蕉の通った道だ。しばらく行くと左手の急な斜面に黒くとがったスギの樹冠が見え始める。濃い霧の中に浮かんで墨絵のように見える。スギの天然林だ。しばらく行くと霧が晴れた。今度は右岸の急斜面にケヤキの群生が見えてきた。」
なぜ急斜面なのか。「急傾斜地では土砂の崩落や地滑りなどが起きやすく、樹々がなぎ倒され大きな空き地ができることがある。鉱質土壌や砂礫が剥き出しになり、ケヤキの種子が当年生枝ごと飛んでくる。」そして根の先端を地面にぐっと差し込んで斜面にしがみつき、踏ん張っている。そうして他の樹が耐えられないような急傾斜地で優占する。これがケヤキの選んだ生き方である。

もうひとつだけ見ておこう。ノリウツギである。漢字では糊空木。その想像もつかない振る舞いに触れないわけにはいかない。背の低いノリウツギはギャップで成長し、花を咲かせる。そうした間に他の樹々が枝を伸ばし、ギャップはみるみる小さくなる。そんなときノリウツギは垂直に立っていた幹を斜めに傾け始めるのである。そうして傾けた幹から何本もの枝を垂直に真上に伸ばし始める。そしてその枝にたくさんの葉をつける。弱くなった光をより広く受け取るためだ。そうしている間にも林冠は広がり、光の届く隙間は完全に塞がれる。ノリウツギは傾くのをやめない。地面に限りなく近づき、ついに地面に倒れこんでしまうのである。そうして接地した幹から枝を垂直に伸ばし始める。暗い森で接地した幹はしだいに腐り始める。地上の細い枝と地下根は生きている。そうして大きな一つの個体がしだいに小さな個体に分かれていく。最後に幹は完全に姿を消し、一つの樹が数十個の個体に分身する。そしてこれで終わらない。個体はいつしか地下茎を巡らすようになり、またここから地上に幹を出すのである。細々と命をつないだ後に無性繁殖つまりクローンを作って繁殖を続けようとする。アジサイに似た白い花からは想像もつかないような、そんな生をノリウツギは生きている。

樹々の紹介は本書に譲るとして、私が付箋を付したのはこんな箇所であった。
「栗駒のブナ林には、直径七十〜八十センチの太いブナが林立し、時に直径一メートルを優に超えるミズナラの巨木が偉容を誇っている。太いミズナラやウワミズザクラなどの老木も混じる、とても落ち着いた森である。木々の下に座り込むと時間が止まったような気分になれる、数少ない場所である。」
「雪解け間もない広葉樹林に行ってみよう。さまざまな木々の芽生えや稚樹たちが柔らかい色合いの葉を開いている。カタクリやニリンソウも咲いている。春の林床は色彩に溢れ、生きる希望に満ちている。」
研究者がこのようなまなざしでいられることが羨ましいほどだ。

ここで触れたのは本書のほんの一部である。様々な樹々の生きるための知恵と工夫が親しみやすい言葉で次々と展開される。森で深呼吸をするのが好きな人なら、ぜひ手に取ってみてほしい本だ。さらに言うなら、研究の地は鳴子の試験林だったり、栗駒の山中であったり、あるいは鬼首の軍沢であったりする。私が心を寄せる土地である。
序章を読んでいると、どうやらこの本は「樹は語る」という本の続編として書かれたらしい。私はたまたま続編から手に取ったのだった。この喜びをもう一度味わえるかもしれない、と今から楽しみでならないのである。

文中でふれたケヤキのこけし。木の実さんの面目躍如の石蔵型。この人はどんな型でもその本質を掬い取って昇華させることのできる人だと思う。

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9回目の3.11。田老の防潮堤の上に立つ。
昨日から降り続いていた雨は移動するにつれてやみ、青く晴れ渡った空が広がる。高台の自動車専用道路からは遠く美しい海が見える。遠浅らしくエメラルド色に輝いている。もっと近くを走ろうと、目当てのインターチェンジよりひとつ手前で下りて、海沿いの下道をゆく。津波到達の場所を示す黄色い標識、津波到達の高さを示す青い表示がいたるところに配されている。三陸津波の到達点も新たに表示されていて、3.11がいかに巨大だったかを伝えている。
道の駅たろうの食堂が我々の目的地だったが、今日は定休日だった。3.11が偶々定休日にあたっただけのことである。今朝、温泉宿の部屋で見たテレビに、この食堂のあるじが出ていたのを家人が見ていて、それでいまここにいる。強い風が吹き付けて、道の駅の「営業中」の幟を倒した。乾いた風だ。

田老地区には震災遺構が残されている。2階までが鉄骨剥き出しの状態で建ち続けた「たろう観光ホテル」、そして防潮堤。破壊の跡は生々しい。堤防の上を歩く。

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ダンプが行き交い、多くのクレーンが回転し、上下している。地面は剥き出しの土で、砂塵が巻き上がっている。そうやって作っているものと言えば、さらに海に近いところにそそり立つ巨大な壁だ。新しい壁の内側から海の方を見やっても、こんなにも近い海は見えない。全く。
いま立っている堤防も高さは10mあるから、下にいれば海は見えなかったかもしれない。それでもこうして堤防に上がることはできた。新しく用意されているのは人が上ることができない直立した壁である。壁は海と町とを完全に隔てるものだ。

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昨夜は烈しい雨が降り続いていた。宿の屋根や壁を打つ雨音はずっと鳴り続けていた。朝には小降りになったが、音は止まない。宿の部屋は川に面していて、聞こえていたのは川の流れの音だった。障子を開ければすぐそこに川が見える。川沿いに住むというのは、止むことのない水の音と暮らすということだ。
見えなくなった海の音は聴こえるだろうか。耳を澄ませてみても、いまは重機の音、工事の音と風の音しか聞こえない。もう9年経っている。工事が終わったら、海は気配だけでも感じさせてくれるのだろうか。

COVID-19が世界中を覆っている。こんな時に人の愚かさが露わになる。だから元気になりたいと、手にとるのは今さんのこけしだ。今回の旅で、カメイ美術館で出会った、もうだいぶ前に作られたもの。

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