鎌田孝志

2018年06月25日

ポール・サイモンの長い長いキャリア(ちなみにそのキャリアはまだ続いている)のごく初期、つまりサイモン&ガーファンクルの活動の頃までの彼の作品が好きだ。たとえば雨に負けぬ花という曲がある。原題はFlowers Never Bend with the Rainfall。
ギターのアルペジオで始まる、軽快なリズムのこの曲の歌詞の一節に、このタイトルは確かに使われている。
My life will never end.
私のいのちは決して終わることはなく、
and Flowers never bend with the rainfall.
花は雨で折れ曲がることなどないのだと。
これをこの曲調で歌われたら、何やら生きることへの励ましのように聞こえるかもしれない。でもこの歌詞の前にはこう歌われる。
So I'll continue to continue to pretend.
だから私はそんなふりを続けるのだ。
これは人生の生きづらさを歌った歌なのだ。命には終わりなどなく、花は雨に負けたりはしないのだとでも思っていなければ、人生などたちまち虚しいものとなってしまう、そんな歌だ。
この曲が(少なくとも日本人にとって)このような印象を与えるのを日本語タイトルのせいにする意見もある。だけどこのままではpretendの意味を表すことは難しいし、そもそもポール・サイモンはあの部分だけを取り出してタイトルにした。作者は明らかに意図的だ。

四月になれば彼女は、という曲がある。原題はApril Come She Will。詳しい説明は省くけれど、四月に現れた彼女は八月にはいなくなってしまう。いっとき新しかったはずのあの愛は、もう古びてしまったのだと九月になって振り返る。愛が新しかったあの四月をこの曲のタイトルにした作者は、やはり意図的である。歌の名前は歌の中身の説明である必要などないのだと、この曲たちの素晴らしさが教えてくれる、というようなことを、もう40年近く聴き続けて来た筆者に考えさせるのだから、この作者はやはり一筋縄ではいかない人なのだ。

このこけし工人もまた、一筋縄ではいかないと思うのだ。だってこんなこけしを作るのだから。
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鎌田孝志工人の六寸七分。原だの写しだのとそんなものはどこかへ吹き飛ばしてしまうほど良いこけし。

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2015年10月20日

10月。空気は乾いて冷たくなり、陽の光が当たるところだけが、心地よい気温となる。日陰まで温めた力はもう失われつつある。

私が初めて手にしたこけしは鎌田家のこけしであった。興味も知識もないまま相方に連れて来られた鎌田こけしやで、せっかくだからとずらり並んだこけしたちの中から、選び出したのはうめ子さんのこけしだった。
そして、こけしに本格的にのめり込むきっかけとなったのは、鎌倉で出会った鎌田文市の髷こけしだった。
こんな経緯を辿ったこけし遍歴ゆえに、いまの鎌田こけしやを背負って立つ孝志工人をそ
の後たびたび訪れるようになったのだ。

その孝志工人が今年の鳴子こけし祭りに招待工人としてやって来た。初めてのことだそうだ。私は祭り数日前から体調を崩し、参加が危ぶまれたが、鎌田さんが来るのに行かない訳にはいかない。気合で鳴子入りである。

数々持ち込まれたこけしの中から選ぶ。
大きな頭に鮮やかな緑。若葉のころから夏に向かって生命力を撒き散らすころの色だ。この型は、初めて鎌田こけしやを訪れたときから相方が欲しかったもの。二つ手にとってこれを選んだ。
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こけし選びの要素、最後は結局表情で選ぶことになる。このこけしの表情もとても好みである。でも、よく見ると顔を横切るように木目が走り、これを境に木肌の色がずいぶん違うのが、気にならないでもない。でももっと大事なことがある。それが「一期一会」だろう、やはり。

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2015年07月16日

日本人と子どもについて。

「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。他人の子どもに対しても、適度に愛情をもって世話をしてやる。父も母も、自分の子に誇りをもっている。見て非常におもしろいのは、毎朝六時ごろ、十二人か十四人の男たちが低い塀の下に集まって腰を下ろしているが、みな自分の腕の中に二歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵をみせびらかしていることである。その様子から判断すると、この朝の集会では、子どものことが主要な話題となっているらしい。」
(イザベラ・バード 日本奥地紀行 旅したのは明治11年)

「筆者は、2003年と2008年に「合意基準アプローチ」を用いて、一般市民が日本の社会において何を必需品と考えるかの調査を行った。08年調査では、特に子どもに特化して「現在に日本の社会においてすべての子どもに与えられるべきものにはどのようなものがあると思いますか」を、20代から80代までの一般市民1800人に問うた。(中略)
驚いたことに、子どもの必需品に関する人々の支持は驚くほど低かった。26項目のうち、一般市民の過半数が「希望するすべての子どもに絶対に与えられるべきである」と支持するのは「朝ごはん(91.8%)」「医者に行く(健診も含む)(86.8%)」「歯医者に行く(歯科検診も含む)(86.1%)」「遠足や修学旅行など学校行事への参加(81.1%)」「学校での給食(75.3%)」「手作りの夕食(72.8%)」「(希望すれば)高校・専門学校までの教育(61.5%)」「絵本や子ども用の本(51.2%)」の八項目だけであった。「おもちゃ」や「誕生日のお祝い」など、情操的な項目や、「お古でない服」など、子ども自身の生活の質を高めるものについては、ほとんどの人が「与えられた方が望ましいが、家の事情(金銭的など)で与えられなくてもしかたがない」か「与えられなくてもよい」と考えられているのである。(中略)
この結果をみた時、筆者は驚くとともに「ああ、やっぱり」と逆に納得してしまった。日本の一般市民は、子どもが最低限にこれだけは享受するべきであるという生活の期待値が低いのである。このような考えが大多数を占める国で、子どもに対する社会支出が先進諸国の中で最低レベルであるのは、当然と言えば当然のことである。」
(阿部彩 子どもの貧困―日本の不公平を考える 2008)

この二つの文章は、並べて比較するものではないけれど、それでもある種の感慨を覚えてしまう。

鎌田孝志さんにお願いしていたこけし。
古く黒ずみ、無銘ではあるけれど、鎌田文市の手になると思われるこけしを渡してあった。
なんの連絡もせずに訪れた白石のコンクール会場に孝志さんは用意して待っていてくれた。
鎌田家のこけしにはいつも「玩具」らしさを感じる。おもちゃは「子ども自身の生活の質を高める」のだ。

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孝志工人、鼻だけはどうしてもいただけなかったようである。

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素晴らしい出来栄え、だと思う。



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2015年03月01日

いまは雨が降っている。
この数日、夜道に漂うのは少しひんやりとはしているけれど、
桜の花が咲くのを待ちわびるころの空気のにおい。
雪国の記憶が薄れないうちに、続きを書いておかなければ。

薄く雪が積もった那須湯本の朝。
今日は山形の山奥に宿をとっている。
あらかじめ鎌田孝志さんに電話しておいた。
「こけしなんにもないけど、よければ来て。雪降ってるから気をつけて」

材料の木の話。3.11以降、この話に必ずなるのだった。
このあとの旅でも震災に関わる話は幾度か地元の人達が口にした。
カンナや道具の話。鎌田さんも当然のように鍛治仕事をする。バンカキのはがねの話。
鉄の道具を鍛えるのは工人の仕事だが、素材は仙台の職人から手に入れていた。
いま同じものが手に入らない。
材料にしろ道具にしろ、切実な問題がこけし作りを取り巻いている。

ひとしきり話したあと、
「そうそう、預かってたよね」
と、席を立ち、運ばれてきた3つの頭と3つの胴体。
昨年白石のコンクールに遊びに行ったとき、古い鎌文のこけしを託していた。
胴に原にはない葉っぱが書かれている。
「こうやってじぃっと見てさ、ああこうなってるべかなぁって、描いたの。少うし見えてるでしょう」
鎌田さんは観察の人である。

三角の眼を意識してみた、というこけし。
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頭と胴の組み合わせを選ぶだけでも幸せだが、「ロウがけすっか」と言って目の前でこけしを完成させてくれた。
こけし好きには至福の時。

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この先は雪深くなっていく。
先を急がなければならないのに、すっかり長居をしてしまい、うーめんを食べそこなう。
羽根沢温泉への道を行く。これからは本格的な雪道の運転となる。


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2014年08月03日

暑い夏である。

生まれて初めて駅のジューススタンドでバナナジュースを買って飲んでいた。
隣の売店で、何か買おうとカバンから財布を出そうとしているビジネスマン。
売店まではやや距離があるところで、ごそごそしているのが目に留まった。
と、次の瞬間、既に日経MJ(業界紙と言っていい)とタバコが一箱、置かれている。
ビジネスマンは、いつものこと、という風情で買って立ち去った。
と、また一人ビジネスマン。まだ売店まで少しだけ距離がある。
財布を出そうと、カバンをガサゴソ。
またしても次の瞬間、店頭にはタバコが一箱出してある。
このビジネスマンは少し驚いた風だった。
「いつもありがとうございます!」と返す店員は30代くらいの男性。
暑い夏に清々しい気持ちになる出来事。
九段下駅、水曜の朝、午前9時。

今日は鎌田孝志工人のペッケ。
胴の色はレモン色。
暑い夏に。

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本日のBGM
Revolution Pop/CRAZY KEN BAND from "MINT CONDITION"(2010)
こんな歌詞をこんな風に歌える横山剣は本当に清々しい。






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2013年03月06日

鎌田孝志さんの手による渡辺幸次郎型あるいは幸九郎型だったか。
不勉強にも渡辺幸次郎のこけしを目にしたことは写真で一度だけ、
このこけしの原も目にしたことはないけれど、
このこけしはいいこけしだ、と言い切ってしまいます。

赤、緑、紫と弥治郎こけしの定番を外さない色づかいは、
華やかながら派手にはならず、模様と木地のバランスが絶妙な比率で配合され、
赤の襟巻の上に乗っかった頭部は髪飾りが印象的。

眉の描き始めが上過ぎた、とは孝志さんの弁ですが、
そこがこのこけしの魅力。

原のこけしがあっても、これはもう完全に孝志さんのこけしになっています。
時の経過とともに色づいていくのが楽しみなこけしって、そうはありません。

八寸。

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本日のBGM
Care of Cell 44/The Zombies from"ODESSEY AND ORACLE"(1968)

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2013年03月05日

いつもの雰囲気とは少し違う空気を纏っているような気がして、
連れ帰った鎌田孝志さんの七寸。

肩にロクロ線はなく、胴の重ね菊を裾の緑のロクロ線ですっきりと締めた
シンプルな良さを持っています。

いわゆるイームズこけしと同じ型ですが、見慣れたものとはずいぶん趣きが違ってみえます。
眼が顔の中心に来て、はっきりとした垂れ鼻と口はずいぶん下に置かれ、
少し離されて描かれた眉と眼のせいで、可愛らしさよりも渋さが勝っているのです。
小さ目の頭と長めの胴がみせるバランスも私好み。

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今回の旅で雪景色が一番似合ったこけし。
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鎌先温泉にて。

本日のBGM
曇り空/荒井由実 from"ひこうき雲"(1973)

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2013年02月28日

いつものことだけれど、旅することに決めてはいるけど、
どこに行くか、どこに泊まるかは決まっていない我々。
白石の鎌田孝志さんに会いに行くことだけは決めて、金曜日の朝出発。

前日に突然電話したにもかかわらず、孝志さんは快く迎えてくれました。
今回でお会いするのは三度目。
思えば2年半ほど前、初めて訪ねた工人さんが孝志さんでした。
当時はこけしのこの字も知らなかったし、もちろん「かまぶん」もお父さんのことも
何も知らなかった私。

少しは増えた知識のおかげか、訪問時間3時間はあっという間に過ぎました。
初めてロクロに上った日のこと、福島の木のことや、全て手作りする道具の話、などなど
書ききれないほど興味深いお話しを伺いました。

孝志さんは、佐藤喜一や雅雄、伝内などの復元もされていて、
そこには伝統が廃れてしまわないように受け継いでいくのだ、という決意が
感じられます。

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道具たち。鋼の部分はもちろん、柄の握りも使いやすいように加工します。

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工房にて。




この日の夜は鎌先温泉に宿泊することに。
その昔、弥治郎のおかみさん達が1キロの山道をこけしを背負って売りに来たのを
鎌先商いと云いました。
露天風呂に入っていると、思いがけず雪。雪見風呂を満喫した翌朝は、
一面の銀世界。
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さて、次は青森まで移動です。




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2012年11月19日

昨日、18日の日曜日まで、仙台のしまぬきさんにて「鎌田孝志」作品展が開かれていました。
偶然知った我々は孝志さんに会いに行ったというわけ。
なのですが、なんと会場の写真も孝志さんの写真も撮らずに帰ってきてしまっていたのです。

思えば2年ほど前のこと、こけしのこの字も知らずに鎌田こけし店に入ったのが、運のつき。
あれからこけしの道に入ったといってもいいわけで、この個展にはどうしても行きたかったの
でした。

会場にはお祖父さんの文市さん、お父さんの孝市さん、お母さんのうめ子さん、
奥様の美奈子さんのこけしも並んでいて、興味深い話の数々と共に忘れられない訪問と
なりました。
古い鎌文の見分け方も教えてもらいましたし。

あ、当然牛タンも楽しみましたよ。(もちろん利久で)

なにを隠そう、孝志さんのこけしを求めたのは初めてだったんですね。
で、今日はこのこけし。
見慣れない面描ですが、お祖父さんの文市さんが習った勘内の兄弟、伝内の型だそうです。
頭と胴のバランスが素敵ですが、鎌田家の模様とも一味違った胴のデザインが目を引きます。

六寸ほど。

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緑と赤の重なりがまるでセロファンを重ねたような、独特の風合いを醸し出しています。
あるいは三原色の重なり合いをみるような。
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忘れておりました。胴の裏側にも見事な模様が。
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本日のBGM
Looking Up/Michel Petrucciani from"Dreyfus Night in Paris"(1994)
personnel:Michel Petrucciani(piano),Marcus Miller(bass),Kenny Garrett
(soprano sax),Birli Lagrne(guitar),Lenny White(drums)
こちらはご本人出演の映像。

mu1300 at 23:01コメント(0)トラックバック(0) 

2010年12月29日

クリスマスに贈ったほうも。

こちらも弥次郎系、
鎌田孝志さんのものです。

備後屋のレジの奥に佇んでいましたが、
連れ帰ってしまいました。

このうえなく、円満な笑顔に見えます。

遊びと職人魂の結晶。


kamatatakashi

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