一昨日の立川談春さんの独演会に続いて、柳家花緑さんの独演会を観てきました。

場所は、梅田の「シアター・ドラマシティ」です。
この劇場は、森ノ宮ピロティホールに比べて、席の幅や前後間隔がゆったりしていて良いですねぇ。
(森ノ宮ピロティホールでも、上本町に有った今は亡き近鉄劇場に比べればマシですが)
そう言えば、昔「シアター・ドラマシティ」で行われた、劇団四季のミュージカルを観たことがあり、懐かしかったです。

独演会の内容は、新作落語オンリーで、
 ・大女優
 ・謝罪指南
 ・揺れる想い
  仲入り
 ・はじめてのおつかい
の演目でした。

枕に当たる部分、と言っても、ボリュームが有り、これだけで一つの演目としても良いと感じました。
立ったまま話をされていましたので、「落語」より「漫談」との表現の方が適切かも知れません。

色々な事を話されました。例えば、
・着物を着ず(最初はスーツ姿)、高座もない(椅子に座って)の落語なので、演じる事が出来る場所が少ない。地方では受け入れられない。東京以外では初めて。
 (冗談で、大阪公演初日で千穐楽かも知れませんよ、と言っておられました)
・大阪のテレビやラジオに出演された時の話。番組の“ゆるさ”が良い、と言われていました。
・立川談志師匠が亡くなられた話。立川談志師匠もご自身も、先代の小さん師匠の弟子なので、兄弟弟子という事になる。
 また、先代の小さん師匠と談志師匠の師弟関係についても触れられました。
・桂米團治師匠と熊本で二人会を行った帰りのタクシーの話
 (家族に人間国宝を持つ、人間国宝でない二人の落語会、と言われていました。確かに、花緑さんは小さん師匠のお孫さんであり、米團治師匠は桂米朝師匠のお子さんですからね)
等々、興味深い話有り、面白い話有りで楽しめました。


本来の演目について言うと(以下、ネタバレ注意です)

「大女優」は、有名な子役(女の子)の噺でした。

子役が大きくなってしまい人気が無くなると困る母親が、大きくならないように、身長固定マシンを発明した科学者に頼みに来る話で、110cmにセットするところを間違えて110にセットしてしまい、巨大化した子供(芦田愛菜ちゃんという実名が登場しました)が、お母さんを探して東京を歩き回るというストーリーです。開発中の機械で効果が長続きせず、元に戻るのですが、戻ってホッとするのも束の間、巨大化した鈴木福くんが発見された、というのがオチになっています。

花緑さんが言われる「同時代落語」そのものの演目だと思います。
芦田愛菜ちゃんだと“車を踏み潰されても許してしまう”とか、”かわいそうで催眠弾を打てない”とか、考えようによっては、どこか風刺的ではありました。
笑う人と笑わない人が分かれる演目のように感じました。


「謝罪指南」は、企業不祥事が発生した時の謝罪の仕方を教える商売をテーマにした噺でした。

大王製紙の話が出てきたり、謝っているようで誤っていないのが良い謝罪会見である、等、風刺が効いていたように思います。

ちなみに、謝っているようで誤っていないというのは、「担当者に調査を行わせ、対応すべきところが有れば行います。大変遺憾に思います」(この部分は不正確です)との事でした。
この噺で「遺憾」という意味にも触れられました。「遺憾」というのは「残念に思う」位の意味で、謝罪の言葉では無いです、という事も言われていました。

噺の面白味、という点では、微妙化も知れません。


「揺れる想い」は、東日本大地震を題材にした噺でした。

枕で、東日本大地震が発生した時の事に触れられ(名古屋での落語会のため東京駅に居られたとの事)、吊り橋効果(相手と一緒に吊り橋を渡ると揺れの効果で恋愛感情が発生する)の紹介をされました。

鎌倉の旧家のお嬢様が1カ月余り寝込んでしまわれ、お医者様に診せたところ、体に悪い所はない、との事で、後は心の問題だという事で、昔からお嬢様の傍に仕える爺が理由を聞き出すことになります。

このお医者様が名医で有る事の例えに「医師免許のあるブラックジャック」や「暴利を取らないブラックジャック」という様な表現が有ったのですが、手塚治虫さんの「ブラックジャック」を知らなければ、解らないのじゃないかな、と感じました。
逆に、藪医者である事の例えに「藪井竹庵(やぶいちくあん)」が出てきたのですが、この言葉を知っているか、落語(例えば、紺屋高尾)を知っていなければ、解らないのじゃないかな、と感じました。
この噺は、知識が無いと、面白味が少ないかも知れませんね。

聞き出したところ、テレビに映った震災ボランティアの男性に一目惚れをして忘れられない事が原因だと分かり、爺が東北に探しに出かけ、ようやく見つけ出して、お屋敷へ来てもらう事が出来ました。

お屋敷でお嬢様と男性が出会ったところ、お嬢様はずっと思い続けていた男性に合った事で、男性はお嬢様が余りにも綺麗だったため、手が震え、揺れてしまい、上手く手を握れないので手を握らせたところ、恋愛に発展した、というのがオチになっており、枕で話された、吊り橋効果が伏線になっています。

この噺は、先の二つに比べて、笑いどころが多かったように思えます。
噺自体もボリュームが有り、じっくり楽しむ、という感じです。


「はじめてのおつかい」は、小惑星探査機「はやぶさ」をテーマにした噺です。

イトカワに着陸させるのは、地球の反対側にあるブラジルの5mmのハエに、拳銃を撃って当てるようなもの、という、その難しさに関する例えが出てきました。
こういった例え話が有ると、感覚的に理解しやすいですね。

「はやぶさ」を擬人化し、「いとかわさん」までおつかいを頼まれて、「はやぶさ」君が旅をする、という内容です。
3億kmと聞いて渋っている「はやぶさ」君を、「地球を1円玉の大きさとすると、月は60cmの位置。イトカワは400mしかない。ウサインボルトだと40秒だよ」と言われて(騙されて?)旅立ってしまいます。
この辺り、はやぶさの旅の長さが逆によく判ったり、スケール感が判って良かったと思います。

小惑星「イトカワ」も擬人化されており、女性になっています。
色々と二人で話をするのですが、着陸位置が分かるようにターゲットマーカーを撃ち、それには88万人の名前やメッセージが書いている事を話します。
地球へ帰る話をした時、いとかわさんが、燃え尽きてしまい地球には帰れない、と引き止めますが、はやぶさ君は88万人の署名やメッセージに応えようと、自分が燃え尽きても地球に帰る事を決意します。

こう考えると、現在の人情噺と言っても良いと思いました。心を揺さぶるものが有りました。
はやぶさが最後に映した地球の写真が紹介されました。途中で、通信が途絶えたため、不完全ではあるけど、この写真を見ると感慨深いものが有りました。
はやぶさを擬人化する試みは、成功だったように思えます。

ちなみに、花緑さんは、はやぶさのカプセルの実物を見るために、わざわざ尼崎市を訪れられた、との事でした。
本物を見られて、本物が持つ力を感じられた、と話されていました。

それと、おつかいを頼まれた、いとかわさんの場所“1998SF36”と、自分が居る場所を、はやぶさくんが何度も確認するくだりは、“宿屋の富”(上方落語では“高津の富”)を彷彿とさせ、思わず“ニヤリ”としました。
惑星探査機「はやぶさ」とか、古典落語とかの、ちょっとした知識があると、より楽しめるのではないか、と感じました。

かなり異色の独演会でしたが、楽しめました。
ただ、人によって好き嫌いは判れるかもしれません。隣の二人組の男性は、ほとんど笑っていなかったように思いますし、終演時の拍手も少なかったように思います。

次は、古典落語で、花緑さんの違った面を観てみたいと思いました。