2006年04月15日

おさかな天国

新・えせ記者徒然 の メディア・リテラシー で
非常に興味深い考察が為されておりますが、大筋において同意できる部分が多いので、またメディアに対する本編絡みの際にでも引用させていただきたいと思います。


では、前々回の続きに戻ります。


 〃糞つ稾造納座していた日本経済・日本社会において、 「まだまだ誰でも頑張れば成功できる」 との希望の光をもたらした。


格差社会はなぜ生まれるのでしょうか。
それには大きく2通りの理由があると考えられます。

一つは 「努力する者としない者」 の差。

もう一つは 「搾取する者とされる者」 の差。

タテマエ上、前者は自由主義社会において、後者は封建制度社会においてです。


自由主義では 「自己責任」 を重要視しますので、真っ昼間からピンサロに行こうがパチンコに行こうが寝てようが、人の迷惑にさえならなければその意思は尊重されます。
しかし片やで 「勧善懲悪」 の刷り込み(教育)によって、そういうことは 「軽蔑されるべき行為」 として共通に認知されるようにもなります。
なにより努力した者に結果(お金や名声、達成感)が付いてきて、努力しない者には付いてこないようにしておかないと、努力をしなくなる人が増えるということは
新・えせ記者徒然 の 平等とは でも書かれておりますが、ソ連の歴史が証明しております。
いやそれどころか、もはやあと数年もすれば日本の歴史が違った形で証明してしまうやもしれません。
あえて語弊を承知で言わせていただくと、日本は公務員天国・失業者天国・母子家庭天国・保険天国・老人天国なのですから。

公務員天国 
日本の公務員の総計約412万人(人事院・平成16年度年次報告書)、つまり全国民の約30人に1人は公務員の計算になります。就労人口6500万人から換算すると、15人に1人は公務員の計算になります。地方公務員の平均年収は約743万円。国家公務員は未確認です。

失業者天国
完全失業者数約318万人(総務省・平成16年度労働力調査)、つまり約40人に1人は完全失業者として雇用保険失業給付金を食いつぶし(1994年残高4兆8000億円 → 2002年初頭残高5000億円)、その他労働意欲衰退者(ニート 平成15年時点での確認数52万人。増加中。)を含めると、約30人に1人近くにのぼります。

母子家庭天国
日本の単親家庭数は、母子世帯が122万5,400世帯、父子世帯が17万3,800世帯(平成15年11月時点)。日本の全世帯数4580万世帯に対して約3%、つまり約30世帯に1世帯、そのうち9割が母子家庭となります。
財務省の平成16年度予算使用の状況
から
児童扶養手当給付諸費(3370億円)・児童手当国庫負担金(3000億円)及び母子福祉費(50億円)・婦人保護費(25億円)等がいわゆる母子家庭給付金の歳出源と思われますが、その他に各都道府県・市町村からも歳出予算が組まれており、年間1兆円以上の規模となっていると推測されます。(具体的な数値は各都道府県・市町村の歳出を調べればわかりますが省きます。)

保険天国
労働者(被用者)が収入の約15%(あと10年で18%にまで引き上げ)を負担する(専らその運用方法で悪名高くなった)厚生年金保険等の年金保険精度をはじめ、医療保険、介護保険、雇用保険等の税方式保険が充実。

老人天国
平成16年には前出の年金保険の受給資格者となる65歳以上が約2500万人(全人口の約20%)に。
内閣府高齢社会白書
によると2015年には26%、2050年には35.7%に達すると予測されています。


そしてこれらはあくまで人的経費であり、その作用の公共事業費には触れておりません。

 

人間社会を外れて自然界に目を向けたところで、自然界は常に自助努力をするものしないものを区別して淘汰を要求してきます。
生き物は等しく全てに 「自己責任」 が義務付けられているといっても過言ではないでしょう。

 

一方、封建制度社会(立憲君主主義)においては、
霧の中の鈴 の 民主主義について や 新・えせ記者徒然 の 平等とは でも触れられておりますが、君主(王)を立てその下に搾取する者とされる者を分けて全体を統治していく社会を形成しています。

搾取される側には、ひどい場合生まれながらにして絶対的な不平等を背負わされる人々(20世紀以前の西欧の奴隷制度や江戸時代の日本のえた非人、ヒンドゥー教のスードラ・アチュートなど)が存在する社会構成を取ることもあります。

 


日本は民主主義・資本主義・そして(消極的に見えますが)自由主義をも標榜してますので、努力した者に結果(お金や名声、達成感)が付いてくることに対して何ら問題はないはずです。
しかし、「国民性」がそれを良しとしません。

新・えせ記者徒然 の 平等とは で

足が速い人と遅い人がいます。
ヨーイドンで走らせれば当然、速い人が先にゴールするわけですが、その人に
「ゴールの前で待っとけ。遅い奴と一緒にゴールしろ」
と命じるのは果たして「平等」といえるんでしょうか。

数年前に、教育現場で実際にこのようなことが行われていると聞いて唖然としました。

これ、
「全ての子どもを平等に扱う」
という理由らしいです。
でも、こんなもん、公平でもなければ平等でもない。
「全ての人に同一の結果を強制している」
というだけのこと。


と書かれているように、そういうことを「教育」で子どもにさせる大人の指導者がいることもまた事実です。

「和を以て貴しと為す」、謙虚・謙遜、事なかれ主義、
そして「出る杭は打たれる」、・・・・・・

余程、律令制時代の過去の統治が良すぎたのでしょうか、やはりその発想は上出来・花マルの社会主義思想であり、よくできた封建制度社会の被統治人民思想とも感じられます。

 

日本語の慣用表現に「一旗揚げる」 という言葉があります。
大辞泉によると「事業を始めて身を起こす。成功を目指して新事業を起こす。」
の意味だそうです。

一見、自由主義っぽい言葉ですが、そもそも「一旗」って何でしょうか?

厳密に語源を調べたわけではありませんが、戦国時代に東軍西軍の戦いが行われていた中で、一兵が自身の活躍の証しとして掲げた自軍の旗のことではないでしょうか。

アポロが月面に着陸した時も、ナチスがポーランドを陥落した時も、
マリアンヌがフランス一揆を起こしたときも(これは冗談)、
常に 「自国・自軍」 の旗を掲げてたはずです。

これはまさに国家への忠誠の現れであり、「成功する」ことを「一旗揚げる」と形容した日本人は、本当に 「仕える」 ことが美徳なんだなと感じるところです。
日本人に限らずどの国にも 「仕えることの美」 はあると思いますが、それをもって 「成功」 と感じるのはやはり 「伝統的・教育的な社会規範意識」 が大きいのではないでしょうか。

つまり 「誰か偉い人」 を立てて、それに従い、そこから与えられることを 「良し」 とする発想ですね。

この辺りは 新・えせ記者徒然 の 日本は無宗教国家か や 霧の中の鈴 の 民主主義について で触れられている「宗教観を勘案しての考察」を取り上げるべきかと思いますが、ここでは私は今回は見送らせていただきます。

これは決して悪いことではなく、 「忠誠心」 は片や社会生活を営むにあたって十分に美徳とされるべきでもあります。

「忠臣蔵」 のような日本の作品だけでなく、欧米の自由主義国が日本を描いた映画 「ラスト・サムライ」 や 「RONIN」(浪人) などを見たところでも、その 「義」 たるものが自由主義にとっても賞賛に値するテーマであることは確かです。

 

堀江貴文はたしかに、景気低迷で失速していた日本経済・日本社会において 「まだまだ誰でも頑張れば成功できる」 との希望の光をもたらしたわけですが、自由主義思想者にとっては残念なことに都市部以外の多くの日本人(もちろん都市部の社会主義的思想者にも)にとっては、その 「功績」 と思われる行為ですら 「秩序を乱す」 行為であったわけです。

類似の話として、旧・えせ記者徒然 に 「雪国で単独で除雪機を買ったら放火された」 というような話があったかと記憶しております。


「努力する者としない者」 にその努力に対してのリターン差を付けさせない社会は 「努力する者」 の意欲を削ぎ、社会全体が疲弊していくことは実証済みであり、その過ちは繰り返されるべきではないでしょう。



muddymolly at 00:53│Comments(0)TrackBack(2)

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1. 相対性と絶対性  [ 新・えせ記者徒然 ]   2006年04月15日 03:58
書きなぐソ陪審「おさかな天国」堀江貴文はたしかに、景気低迷で失速していた日本経済
2. 相対性と絶対性6  [ 新・えせ記者徒然 ]   2006年04月15日 04:30
「相対性と絶対性5」の続き。サイトでは未掲載だったと思います。「相対性と絶対性1

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