2006年04月22日

保護産業

さて私が勝手にホリエモンの【功績】とさせていただいた項目の2番目、

◆.┘好織屮螢奪轡絅瓮鵐 (既存権力・既存権益) に果敢に立ち向かう勇気を自ら率先して示した。

の部分を見てみましょう。

新・えせ記者徒然 の メディアと正義 で

>僕の率直な感想を書かせてもらうと、
>「権威を批難することがカッコいい」
>と感じてる人が多いからではないか、と。
>でも、権威を批判できるほどの知識も理論もないから、ヒステリックに反応してしまうのかな?

との記述がありましたが、この記述と今回の△歪樟椒ロスする話ではないのですが、クロスする部分もあるので以下に交えてみようかと思います。
新・えせ記者徒然のこの記述部分に関して同意できる部分が非常に多いわけです。

 

ここで「エスタブリッシュメント (既存権力・既存権益)」が一連のホリエモン事件で何であったかを考えてみましょう。
前回のエントリーで私は

封建制度社会(立憲君主主義)においては、
霧の中の鈴 の 民主主義について や 新・えせ記者徒然 の 平等とは でも触れられておりますが、君主(王)を立てその下に搾取する者とされる者を分けて全体を統治していく社会を形成しています。

と書きました。
封建制度社会では社会がピラミッド型に構成されており、 「搾取する者とされる者」に別れていました。
そしてこの構図はしばしば資本主義社会においても見られます。
資本家と労働者の関係です。
ただし、アメリカをはじめとする現代の民主主義・資本主義国家(いわゆる西側国家)は、労働者が権利を主張する制度も同時に備えてますので、一方的な搾取とはなりにくく、むしろ資本家と労働者が協力して企業価値を高めていく風土が形成されています。
つまり純粋な「搾取する者とされる者」の関係は無くなり、企業がその業績を上げるために労働者を選ぶことと同時に、労働者もまた自分の理想の生活や労働環境・能力に応じて企業を選べるわけです。
あくまでも国の経済状況が全体的に好況としての話ですが。

不況下の元では、労働者は必然的に労働環境の悪化を迫られることもしばしば起こります。
労働組合が「もっと保障を」と叫んだところで、企業業績が上がらなければ現実的に無理だからですね。

1次産業の農業組合で考えるとわかりやすいでしょう。
例年100t収穫できる作物を100人で1tずつ分けていたとします。
不作で例年の半分の50tしか収穫できなかった場合、必然的に1人あたりも半分の0.5tしか当たりませんね。

資本主義の場合は「投下資本の回収」が至上命題ですから無理にでも効率を上げなければなりません。つまり非効率の改善は、場合によっては労働者にまで及び、いわゆるリストラが敢行されます。そして「敢行する」のは回収したい資本家側にどうしてもなりますね。(労働者側から「こんな企業では働けない」という場合も多いでしょうが。)

そういった資本家と労働者の間にも見えない上下関係(優位性)が存在するのですが、今回ホリエモン事件で取上げるのはもう少し大きな社会の枠組みからです。
彼は「プロ野球界」「放送業界」といった参入ハードルの高いと思われていた既存権益産業に目を向けました。

「既存権益産業」とは「公益性が高い為、国や団体によって保護されている産業」とします。

放送・通信事業、銀行・証券会社、電気・ガス事業、鉄道・路線バス・航空・旅客船舶事業、軍事・原発等国家機密産業等、極めて重要な、国家や生活の中枢を為す事業に規制をかけてその安定を図ることは確かにとても大切なことです。

一方、プロ野球界や財界などは、その構成員同士が枠組みを決め得る話であり、業界団体の規則が「当然」のわけですが、プロ野球界などはその母体が前出の「放送・通信事業者」や「私鉄事業者」といった護送船団公共事業者中心の規定ですね。
「社団法人日本野球機構」は文部科学省スポーツ・青少年局競技スポーツ課の所管法人なのに、読売ジャイアンツ中心の任意団体「日本プロフェッショナル野球組織」と2重の運営体制にも疑問が生じます。
もちろんダイエー、ヤクルト、日ハム、ロッテ、オリックスといった私営利企業も参加しているのはご存知の通りですが。

堀江貴文は、オリックスが”月賦屋(リース・ローンといった金融商品)”であり球団を持つことにより
「一般的な広告効果・企業のイメージアップ・一流と認知される」といった点で成功していることに非常に関心を抱いていました。

それはちょうどプロ野球界が再編騒動の真っ只中にあったことも一つの要因です。
近鉄やダイエーがバブル期バブル後の放漫経営により有利子負債が1兆円を超え、球団経営どころではなくなっていたこともあった。
「運営できないものに代わって運営する」というのは球界でも過去何度もあることで、(それまでの近い過去では、阪急→オリックス、南海→ダイエー、等)
ライブドアは世間ではまだ無名に近い状態から奇襲的に名乗りを上げたところが、受け入れられなかったわけです。

その後の楽天の参入やソフトバンクの買収を見てもわかるように、アイデアとしては良かったのですが、いかんせん「根回し」の必要な社会であるがゆえの失敗と言えるでしょう。

フジテレビとの確執も同様でした。
ライブドアという小さな会社がのし上がっていくには、大きな会社に相手にしてもらう必要があり、そのために強引ともいえる買収劇を繰り広げたわけです。
結果的には成功とは言えずとも、企業買収に対する日本企業の甘さや株式市場の不備など、社会の問題点を考える機会となった影響は大きかったと思われます。
 



muddymolly at 00:02│Comments(0)TrackBack(1)

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1. 隣は何をする人ぞ―民主主義論6  [ 新・えせ記者徒然 ]   2006年04月30日 05:15
前回の「日本には共産主義がふさわしい」の続きです。 以前にも一連の「民主主義論」

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