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2011年06月13日

江戸歳時記 11 「職人」

 戦国時代から江戸時代にかけて、すでに江戸には上方などから多くの職人たちが集まっていました。やがて江戸城の建設が始まると、職人たちの需要は一段と高まって行きます。
 もとからの技術者兼管理者は幕府の御用達町人となり、各種の職人頭として職人たちの支配、管理を行いました。幕府の方も役人システムを細分化し、作事方、賄方、小普請方など管理体制も整備されてゆきます。
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 江戸の町名にはその職人たちが居住した名残が見てとれます。建設関係では、大工が集まった南大工町・竪大工町・木挽町・大鋸町が、左官には白壁町、畳職の畳町、武具関係には具足町・槍屋町・鞘町・鉄砲町などがあります。衣服関係では呉服町・紺屋町が、日用品では桶町・檜物町・神田鍋町・瀬戸物町などです。その他、鍛冶町・駕籠町などもありました。
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 江戸の下町は職人たちの町であり、特に日本橋や神田界隈に集中しています。この町域は、江戸城の建設に職人をだす国役町としての機能も果たしていた訳です。
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 明暦3年の大火により、賃金や物価の高騰を防止するため職人の公定手間賃が定められると、職人たちは市中に分散して住むようになりました。市中の需要も大きくなっていったからです。この時の公定賃金は、大工の上職人で一日、銀3匁であったそうです。


mugai_de_iai at 06:00│Comments(0)TrackBack(0)江戸歳時記 

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