今日、4月1日は十鉄(十和田観光電鉄線)が廃線になり丁度、一年になります。そこで最終運転日だった昨日の3月31日、十鉄(十和田観光電鉄線)の各駅巡りをして来ました。
まず、最初の三沢駅です。どことなくホームの衰退が進んでるようにも感じられました。


次は大曲駅に移動しました。駅舎も綺麗なままでした。


次は、柳沢駅に行きました。大曲駅同様に何事もないかのようにありました。

次は、撮影ポイントでも有名な柳沢駅~七百駅間の所に来ました。実はここの真下の地下には、あの東北新幹線が通過してるんです。
七百駅→三沢駅行きの運行時間の8:19に合わせて撮影しました。

この場所、天気が良い日には、遠くに綺麗に八甲田山連峰が見えるので、八甲田山をバックに十鉄電車を撮影出来るポイントの一つでもあるのです。そしてこの場所には、画像のお知らせが張り付けられていました。

次は、七百駅に移動しました。静寂すぎて静まり返ってました。

分かりづらいと思いますが、モハ3401の上側なんて塗装が剥げて、痛々しい感じさえします。

そんな七百駅で、「春」を見つけました。

次は、古里駅に行きました。

駅舎内に入ると、画像の物を発見しました。貴重な感じがしました。

次は、三農校前駅に移動しました。各駅同様に何事もないようにありました。

次に、高清水駅に行きました。駅舎内にはなぜか自転車が一台ありました。どういう事なんでしょうか。

画像の向こう側は十和田市駅方面です。天気が良いと、ここからも八甲田山連峰が綺麗に見えます。

次は、北里大学前駅に行きました。電信柱には、十鉄のものと思われるマークが付いた数字らしき物が書いてありました。これはどんな意味があるのでしょうか。

次に、工業高校前駅に行きました。代わり映えもなく、相変わらずの交通量の多さでした。
今、工業高校の校門付近はバス停発着所の拡張工事をしていました。

次はひがし野団地駅に行きました。こちらの電信柱にも北里大学前駅にあった、十鉄マークが付いた数字らしき物が張り付けてありました。

最後に、十和田市駅に行きました。しかしあの駅ビルとホームが綺麗に無くなっていたのには驚きました。


線路も撤去してる様子も見られましたが、ここまで進んでいるとは思いませんでした。線路は全て撤去するのか、今後の動きにも注目したいところです。



[向山駅愛好会/役員 田中英喜]
まず、最初の三沢駅です。どことなくホームの衰退が進んでるようにも感じられました。


次は大曲駅に移動しました。駅舎も綺麗なままでした。


次は、柳沢駅に行きました。大曲駅同様に何事もないかのようにありました。

次は、撮影ポイントでも有名な柳沢駅~七百駅間の所に来ました。実はここの真下の地下には、あの東北新幹線が通過してるんです。
七百駅→三沢駅行きの運行時間の8:19に合わせて撮影しました。

この場所、天気が良い日には、遠くに綺麗に八甲田山連峰が見えるので、八甲田山をバックに十鉄電車を撮影出来るポイントの一つでもあるのです。そしてこの場所には、画像のお知らせが張り付けられていました。

次は、七百駅に移動しました。静寂すぎて静まり返ってました。

分かりづらいと思いますが、モハ3401の上側なんて塗装が剥げて、痛々しい感じさえします。

そんな七百駅で、「春」を見つけました。

次は、古里駅に行きました。

駅舎内に入ると、画像の物を発見しました。貴重な感じがしました。

次は、三農校前駅に移動しました。各駅同様に何事もないようにありました。

次に、高清水駅に行きました。駅舎内にはなぜか自転車が一台ありました。どういう事なんでしょうか。

画像の向こう側は十和田市駅方面です。天気が良いと、ここからも八甲田山連峰が綺麗に見えます。

次は、北里大学前駅に行きました。電信柱には、十鉄のものと思われるマークが付いた数字らしき物が書いてありました。これはどんな意味があるのでしょうか。

次に、工業高校前駅に行きました。代わり映えもなく、相変わらずの交通量の多さでした。
今、工業高校の校門付近はバス停発着所の拡張工事をしていました。

次はひがし野団地駅に行きました。こちらの電信柱にも北里大学前駅にあった、十鉄マークが付いた数字らしき物が張り付けてありました。

最後に、十和田市駅に行きました。しかしあの駅ビルとホームが綺麗に無くなっていたのには驚きました。


線路も撤去してる様子も見られましたが、ここまで進んでいるとは思いませんでした。線路は全て撤去するのか、今後の動きにも注目したいところです。



[向山駅愛好会/役員 田中英喜]

コメント
コメント一覧 (7)
写真を見ていると、まるで自分が十鉄の電車に乗って、三沢から大曲、柳沢、七百を経て十和田へ向っているかのように錯覚してしまいます。この後どのように変遷していくのだろうかと思います。県道沿い走るときは少し目を向けてみたいと思います。
十鉄路線は私の生活圏内なので現在の状況の変化の速さには見る度に驚いています。
昨年12月に一緒にツアーで巡り見た十鉄の姿は正に幻になってしまいましたね。
私は撮影及び、このブログの文章を全て携帯電話で行ってるので、今回の様に容量が多い場合には手間隙がかかってしまいますね(^_^;)
ちなみに今回の各駅訪問は、交通量の少ない早朝から開始したので、3時間以内で終わりましたよ(^^)v
廃線が一年が経過して、再び各駅巡りしてみると、色んな事が見えますし、感じる事も多いです…
坂本さん→コメント、ありがとうございます(^_^)
確かに去年は一緒にツアーで十鉄も巡りましたね♪
あの時は、坂本さんはガイド、私は一般客でしたが(^^:;)
あの時のツアー客は私も含めての少人数だったので、かなり貴重なツアーだと感じてます☆
また、何かしらで十鉄関連を見れるような事が出来るといいですね(^ω^)
「電車」・「夜景」の写真を撮るために、残業後、数日間通い、ラストランの最終日に、立会うことができた(きっかけをつくってくれた)のは、田中さんからの連絡があったからです。
田中さん、ありがとうございます。
今から18年前は、七百駅で停車中のクリーム色の車体の電車に揺られ、三沢から工業高校まで通っていました。
その当時は、今の姿は想像できませんでした。
改めて、年月(月日)の経つのは早いものだと実感しています。
そうだよねぇ~浪岡くんは、あの十鉄で通学してたんだよね☆
浪岡くん的にも、感慨深いところはあると思うけど、十鉄の歴史をみんなで伝承して行けたらいいと思いますよ(^_^)
あの最終日のラストランは、今だに鮮明に覚えてるし、あの日から全ては始まったようにも思ってます(´ω`)
「とうてつ」は向山から近く、とても身近で親しみのある路線でした。
残念ながら鉄路の廃止が決まり、今では三沢、七百以外は駅舎も残っていません。
そして、今ある三沢駅も駅前再開発のため、姿を消すことになりました。
あらためて、時の移ろいを実感しています。