女性の足を個別に入れるパンツ的な歴史上の下着類のことです。調べても、いろいろわからないことが多いのですがざっくりまとめると、16世紀のカルソン→18世紀末頃からのパンタロンやドロワーズ→19世紀のドロワーズニッカーズ→19世紀末から20世紀初頭頃のコンビネーション類→1920年代以降のゆったりしたパンティ→1940年代以降のぴったりした短いパンティショーツ類、て感じでしょうか?おへそが見えるような小さなサイズになるのは、伸縮性のある繊維など技術的なことがさらに発達して、小さくてもずり落ちたりしなくなった1960年代以降だと思います。
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ドロワーズunderdrawers/drawers英や、パンタロン・パンタレッツpantalet/pantalettes仏、カルソンcalecon仏/calzoni伊などの足を個別に入れるパンツ的な歴史上の下着類ていつ頃からあったのでしょうか?騎馬・遊牧民族の主に男性は伝統的に古代から脚を個別に包むズボン状の衣類を身に着けていたといわれます。ローマに侵入して、ローマ化したゲルマン人は基本的に衣類もローマ的な巻布やワンピース型の衣類を身に着けるようになったものの、ブラカエbracaeラから変化した中世のブレーbraies仏などズボン状の衣類も継続して用いていたといわれます。有名な写本 ↑ などなんですが…こんな感じのものだったようです。ちなみに、この腰から下がった紐が靴下を吊った、ガーターベルト的なものだったたようです。これら写本には男性の下着が描かれていますがどれくらい一般的なものだったのかはよくわかりません。日本にも大陸経由で袴類が入ってます、袴の裾を縛る足結(あゆい)なども、どの程度一般的なものかは不明ですが馬に乗ったり活動するのに適していてる工夫だと思います。
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西欧では15世紀くらいに、上着の丈が短くなり、靴下のホーザ・ショースhosaラ/chaussees仏が長くなって、ズボン状のブレーのほうは短く小さくなりオー・ド・ショースhaut de chausses仏と呼ばれるようになります。同時に下着のパンツ的なものも小さくなったようです、インスブルック大学が女性用のブラジャーと同時に発見した男性用のパンツ的な下着も写本や絵画にあるものに近いと思います。女性のほうは、一般的にはパンツやズボン的な下着は穿いていないものとされています。男性の短くなったオー・ド・ショースは、スペインやイタリアではカルソンcalzonス、カルツォーニcalzoni伊などと呼ばれました。

16世紀スペインから始まったといわれるスカートを張り骨などで大きくふくらます流行ベルチュガダンvertugadin/ファージンゲールfarthingaleでは、防寒やスカートの中が見えないように女性もズボン状のカルソンを穿いたのだといわれています(『モードのイタリア史』など)。財産目録などにもカルソンの記載があるそうです(『世界服飾史』など)。この、スカートの下にズボン状の下着と思われるカルソンを穿くことはスカートのふくらみが縮小した17世紀頃にはいったんすたれてしまったようですが、乗馬をする場合などには特別に用いられることもあったともいわれます。

女性が再びスカートの下にパンツ的なズボン状の下着を用いるようになったのは、18世紀末のフランス革命が契機だったといわれています。恐怖政治の時代に女性が長ズボンであるパンタロンpantaloons仏を穿いて逃げ回ったり、同様に女性が危険を避けるためにシュミーズchemise仏の裾を縫い合わせるなど、ズボン状の衣類を穿く必要があったこと、その後の新古典主義のギリシャ・ローマ風のチュニックやシュミーズ的なドレスが流行った際の防寒などの理由から、この時期に女性のパンツ的なズボン状の下着の着用が始まったとされています。当時、男性の下衣も半ズボンのキュロット・ブリーチスculotte仏/breeches英から長いズボンのパンタロンpantaloons仏へ変わりました。女性のギリシャ・ローマ風のドレスは薄物が多く大胆な女性は肌を見せたようですが、寒さ対策で長いぴったりめズボン状である肌色のパンタロンを穿いたともいわれます。またイギリスでは、これ以前からドロワーズunderdrawers/drawers英が用いられていたという説もあります。どちらにしろ、18世紀末頃から19世紀の初め頃女性がスカートの下にパンツ的なズボン状の下着を穿くようになった、ということらしいです。
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パンツ的なズボン状の下着が、貴族階級を中心に一般に広まったのは1820~30年代の頃からともいわれています。セシル・サンローランはフランスから広まった華美なパンタロン・パンタレッツがイギリスのドロワーズにとってかわった、とも書いていて…以前からイギリスでは地味めのドロワーズを用いていたのかな、とも思われます。パンタロン・パンタレッツは細めで足首くらいの長いものでスカートの裾から見えることが多くレースなどで飾られており(参考)、ドロワーズの方は(参考)短めでスカートから見えることはなかったようです。少女(や、少年も子供の頃はスカートだったので)がスカートからその裾のほうをのぞかせることも多かったみたいですが、成人の場合は裾をのぞかせることは上品なものではなかったようで、踊り子、娼婦などが継続して用いたともいわれます。(この辺、青木、ピセッキー、サンローランともに似た記述があるので同様のソースがあるのかな、と思います)

19世紀の半ば、女性のスカートはクリノリンによって大きく膨らみました。膨らんだスカートでは、寒さ対策やスカートの中が見えないよう、パンツ的なズボン状の下着は必要なものになったようです。パンタロン・パンタレッツとドロワーズの違いはあいまいな感じですが、大まかに当初は長くてストレートなのがパンタロン・パンタレッツ、シンプルで短めの裾を絞ったものがドロワーズなのだと思われます…19世紀の終わり頃のパンツ的なズボン状の下着は、短く裾がしぼられレースなどで飾られたものが主流になるようで(参考)一般にはドロワーズと呼ばれるようです、でも…フランスではパンタロン・パンタレッツだったり、イギリスではドロワーズニッカース、イタリアはムタンデmutande、と呼ばれたりみたいで(アメリカは?)すが、この辺が実はよくわからなくて、時期や場所でいろいろなのかな?と思いますし、翻訳の際の現代語との併用でわけがわからなくなっています。

19世紀の終わりには、シュミーズとパンツ的なズボン状の下着が一体化したコンビネーションと呼ばれる下着も現れました。まだゴムなどがなかった時代です、ウエストを紐で縛るタイプより上下が一体化したほうが下着のボリュームが減って細身が実現できる上に暖かい、などの理由があったと思われます、トイレで困らないよう股部分は割れていたりしました。20世紀に入る頃から、スカートが細く体に沿ったS字型のラインが流行します。このスリムなラインを実現するために下着類もさらにかさばらないスリムなものに変化し、このコンビネーションなども多く用いられたようです。

第一次世界大戦後、女性のファッションは大きく近代的に変化します、スカートが短くシンプルで活動しやすい機能的な、現在の衣服の原型のようなものになりました。下着も窮屈で胸まであった長いコルセットから、柔らかいゴム製のガードルやガーターベルトとブラジャーに変わり、小さく短めのコンビネーション(カミニッカーズ、エンベローブシュミーズ)や、子供用のプチ・バトー同様に小さく短めのパンツ的なズボン状の下着(小さくなったパンタロン、の)パンティなどが現れ(参考)、やがてショーツ(ショートパンツから)という言葉も使われるようになりました。その頃のパンティやショーツはウエストが横開きのボタン留めで体に沿ったもの(一部ゴム)、ガードルやガーターベルト(靴下を吊るために必要だった)の上から穿くために股部分の割れたりボタン留めにで開閉できるものが多かったようです。その後1940年頃から伸縮性のあるニット類(メリヤス、トリコット)の生地やゴムなどが使われるようになり、より体にぴったりしたタイプが中心になっていきました。

ところで、ウエストと裾の上下にゴムの使われたドロワーズというのは欧米ではどの程度一般的だったのでしょうか…ドロワーズ全盛の19世紀~20世紀初頭頃はゴムではなく紐で締めたのだと思いますから。日本の場合ドロワーズというか綿メリヤス製品のズロースが戦前から昭和30(1955)年代くらいまで広く用いられていたので…本来のドロワーズはゴムでもないし綿メリヤスでもないように思うのですが…ズロースというと上下にゴムの入ったもののイメージが強いように思います。また、欧米ではドロワーズやニッカーズやパンタレッツがパンティやショーツに変わったように思うのですが、日本では洋装が普及途上で知識や情報が十分でなかったこと、言葉も各国の外来語で混乱が多かったこと、暖房が不備だったので重ね着の必要から古いタイプや名前の下着が重ね着の際の肌着として使われ続けてしまったという…事情があるように思います。ので、実は私よくわからないことがたくさんあって!なんだか意味不明な説明になってしまっています…どなたか、バシッと、わかりやすく説明してください…

素材は、古い時代はリネン・麻が中心(ランジェリーはラーンジュlinge仏・リネンから)、19世紀ころからは綿、シルクは以前からあったようですが南北戦争に頃綿が不足したために使われ、シルクが黄変しやすかったのでピンクやボタン色に染められたともいわれます。また19世紀末には化学染料が開発され度重なる洗濯にも耐えられるような堅牢な染が可能になっていたので、20世紀以降、薄色を中心に様々な色の下着が現れました。レーヨン(後にナイロン、ポリエステル)など化学繊維や技術の発達と普及が安価で機能的な製品の供給を可能にし庶民階級も下着を楽しむようになりました。

もう一つのシャツの下端を使ったパンツ的な下着??の記事 シベリア抑留、ロシア人のトイレ事情とルパシカ …写本などの説明、間違ってると思います…なにしろ外国語が、○×△?□??

参考 1981『女の下着の歴史』セシル・サンローラン 1983『アンダーカバー・ストーリー』Richard McComb 1985『ファッションの歴史』J.A.ブラック 1987『モードのイタリア史』R.L.ピセッキー 1998『世界服飾史』深井晃子 2000『下着の文化史』青木英夫 2001『ドレスの下の歴史』ベアトリス・フォンタネル