2018年01月18日

アニメ(視聴者の一部)感想

ICANとか人の心が分かりません!状況を慮りません!と実質宣言できる御方は、
初手でコミュニケーション放棄してるがゆえにどんどん先鋭化?する感じ。


グラブルの裏でニコ動とかのアニメ垂れ流してると、
前は声優語りがうざかったのが、
慣れてなんとも思わくなったというか文化として認識に変わったと思ったら、
新手のが増えてきた。

THE・批評家 

の語感がいいですが、マイナスレッテル愛好家という方が正しいか。

まず前提として昨今のアニメは大体メディアミックスの2次展開で、
実質原作において、ある一定程度の人気を博しているという背景がある傾向。
なので、流行りというか、『消費』傾向になっているジャンルでさえも
そこに至るだけの煌めく何かがあるーー という視点が皆無と感じられるのが怖いもの知らずだなーと。

また、方向性が分かるのが第3話までにかかることもざらにあるのに、
ハイクソ-! と思うのはまあいいけど、
見えるところに書き込むとか、正直不快である。

特に今シーズンは全く真逆のレッテルで不快を通り越して痛い。
例をあげると、まずグランクレスト戦記の第2話の戦闘ででた『ご都合』。
ぶっちゃけ真逆で、物理以外の魔法がある世界の時点である種の『ご都合』はあるが、
この2話においては、異能そのものではなく、
『消耗』を描き、分断(引き付け)、異能の限界(鉄化できない目への攻撃(物理))をみせ、
かつ主人公の『判断』で戦力投入方向によって戦局が決した。
極めて丁寧にいい意味での負けるifもあると思える弱さ、
異能に対する『ご都合』への限界を見せたエピソードというのが私の認識である。
伏線なしのスマホ操作でポチとは方向性(爽快感重視の作品にはありで、それ自体は悪いものではない)とは違う。
但し、『ご都合』と書かれた要素を自分で感じられたのはカメラの焦点が引いてるところ。
内容はともかく画面の妙な空白感とも緊張感が発散してるが故に、
体育館上の演劇を後ろから眺めるかのようなところで
内容と質感のアンバランスから軽んじられたのではないかと思った。

次に『次郎』とレッテられた「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」。
1話を見て感想ではスマホ太郎とは全く逆で、今のところRTAしてない。
きわめて、丁寧に異世界状況を描写して、第1村人(軍人?)と出会うところで終わってるぐらいなので、次郎レッテルへの印象は真逆である。
メタ的なところで、石鹸系で揶揄される可愛い女の子の肌色出せばいいじゃん的なのを
真逆進行で、やる気がある社畜主人公に画面と時間を費やしたという謎の感動があった。
1話だぞ、オッサンを掴みの1話のメイン絵にし立てあげるというのは、相当の勇気がいることだろ!
とは言え、次郎レッテル自体はマイナスそのものではなく知名度補正的に悪くないかもしれない。
実際チート要素はあるわけだし。


Posted by muko650 at 17:22│Comments(0)