2018年01月31日

失われた10年

葛根湯は素晴らしい文明
最近ニュースでよく聞く働き方改革。
左翼政権たる自民・公明の訴えかけやすい妥協方針であり、
割と地獄への道感が凄いという印象。

その一方で、死語と化した「失われた10年」論。
大元はバブル崩壊後の不良債権処理を躊躇したところですが、
その派生で世界潮流に乗る・追随の為の策を打てなかったとかも。

ただ、最近感じるのは「失われた10年」とは結果であって、
本質的にはバブル経済の時の労働・経営層のスキル形成が失われたこと。
反面では「獲得」された致命的マイナススキルにフォーカスを当てるべきだったと

「失われた10年」と揶揄されるだけあって失われていたスキルとは決断力で、
稟議書を無駄に回さないといけない仕組みや、
非現実的な保証を求める姿勢が企業・消費者ともに今もなお引きずってる。

一方で獲得されたマイナス能力をあえてプラスで言うと責任回避能力。
如何に貧乏くじを擦り付けるかを体裁を整えて行うことに特化した人財が強い。
言いくるめの様でじつは真逆。
実際は相手が呆れて自分出やるわを引き出させるというのを、
通常のスキルではなくパッシブスキルで無自覚に行える人財が野心もなく
実質的致死毒をバラまいている。

これの検知手段の確立と法的な処方箋が整備されないと、
穏当な手段では、働き方改革なぞできないだろう。

残業申請書を命令書に変えるとか、判の上限数を設定するとか、
書類上の責任回避レトリックを地味に潰した方が
ホワイト的制度を設けて実質制度を複雑にさせることよりは、よっぽどいいと思う。

Posted by muko650 at 11:28│Comments(0)