岩崎 定夢『靖国・中国・朝鮮半島』 第4章小川薫が語る「親分衆交友録」

2006年12月22日

小川薫が語る「親分衆交友録」

『無名会』世話役・伊藤博一の新連載紹介

 ジャーナリスト集団『無名会』の会員は大半が、新聞・雑誌・テレビ・ラジオの世界で働くジャーナリストである。その他に、メディアに関連深い広告代理業や弁護士なども多少はいるが、カメラマンやイラストレーター、コピーライターなどもほとんどが、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ局会社にかかわって仕事をしている人たちである。

 一応、現在の世話役代表はフリーライターの岩崎定夢だが、以前にその著作を転載紹介した廣海輝明氏と、今回、週刊誌に新連載記事を2本スタートさせた伊藤博一氏が無名会まとめ役をされている。

 まずは『実話特報』2007年1月14日号から掲載が始まった≪最後の総会屋・小川薫が語る「俺と親分衆の交友録」 取材・文 伊藤博一≫から転載紹介しよう。

≪(小見出し)博打好きは父親ゆずり

 俺は広島市出身だから、何かと「共政会」との関係が取沙汰されがちだが、これまでの人生の中ではそれ以外の多くの名親分や大親分とも親しく接してきた。戦前、広島一といわれたのが渡辺長次郎という大親分で、この人は原爆で亡くなるんだが、その若い衆が終戦後、尾道市内を本拠地に「高橋組」を結成した高橋徳次郎さんと、呉市出身の波谷守之さん(後の波谷組組長)なんだ。そして、この「高橋組」の幹部だった森田幸吉さんが組解散後の1969年1月に出所して、「侠道会」を旗揚げして初代会長になったんだ。二代目会長の森田和雄さんはその実弟で、会長補佐の森田健介さんは初代の養子に当たる。だから、戦後の広島のヤクザの元祖といえば、高橋さんと波谷さんの2人だね。

 「侠道会」のルーツでもある「高橋組」を率いた高橋徳次郎さんはその後、広島県議会議員を務めるんだが、この親分が戦前、うちの隣りに住んでいたので、俺の親父・悦三とも親しかったんだよ。広島は戦前から野球賭博が盛んで、親父は高橋親分が胴元のためのハンデ師をやっていてね。1950年に広島カープが誕生してからは、ほとんどこれが本業のような状態だった。親父はその事務所で電話番とハンデ師と帳簿を見ていたんだ。

(つづく。なお『実話特報』1月14日号は書店・コンビニなどで発売中です)

 

ブログ・ランキング参加。クリック願います。

 



mumeikai at 11:20│Comments(1)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by 伊藤博文   2007年01月05日 10:44
バクチ礼賛にならぬこと、切に願う。
小川は総会屋なのか、ヤクザばっくの
手先なのか、解明されたい。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
岩崎 定夢『靖国・中国・朝鮮半島』 第4章小川薫が語る「親分衆交友録」