無門日記

ことばで/一羽の鴎を/撃ち落すことができるか    寺山修司

日曜日 雪

今日は大晦日。

今年は年末に長く懸案だった書斎の整理をやって、かなり働きやすい環境に変えた。
年内にやらねばならない仕事も大体仕上げたし、年またがりの仕事は数点残しつつもまあ年を越せそう。

今年一年を振り返ると、どうしても黒田杏子先生の急逝がある。痛恨事だった。
ちょうど第2句集を準備している最中。先生に序句をいただいたことも、ありがたいことながら悲しい思い出となってしまった。
第2句集『暗渠の雪』(書肆アルス)刊行。

一年の間にずいぶんの仕事をやってきたような気がする。
以下、日記等から拾ってまとめておこう。
これはブログなのに、完全に自分のための備忘録になってしまうが、仕方ない。

1月8日 松山市での「あしらの俳句甲子園」に審査員として参加。
1月14日 俳句集団【itak】第65回イベント講演「新興俳句とは何だったのか 17音に自由を求めた人たち」(エルプラザ)。
1月21日〜3月19日 北海道立文学館特別展「細谷源二と齋藤玄 北方詩としての俳句」開催(企画・監修)。
1月22日 文学館講演「細谷源二と斎藤玄」。
1月〜2月 札幌演劇シーズン2023冬「ゲキカン!」執筆。
2月26日 文学館鼎談「細谷源二と斎藤玄が私たちに遺したもの」(秀彦、鈴木牛後、瀬戸優理子)
3月11日 itakにてマブソン青眼さん講演(マブソン氏翌日は文学館で講演)
文学館特別展ギャラリーツアーガイド(3月1日、2日、8日、9日、15日、16日)。
(3月13日 黒田杏子先生逝去(84歳)。)
「俳句四季」6月号「青嵐〜悼・黒田杏子」16句。
「文藝春秋」5月号「風響樹」7句。

5月19日 北海道新聞「さっぽろ10区」に取材記事掲載。
5月 「アジール」4号刊行。
6月1日 第2句集「暗渠の雪」(書肆アルス)刊行。
6月11日 北海道現代俳句大会を中北海道主管で開催。堀田季何、後藤章2氏来札。
6月17日 俳句甲子園北海道大会(東区民センター)で審査委員長。
7月14日 句集「暗渠の雪」重版(2刷)。
角川「俳句」7月号「特集:追悼黒田杏子」に随筆「自由人・黒田杏子」。
7月〜8月 札幌演劇シーズン2023夏「ゲキカン!」執筆。
8月 「アジール」第5号発行。
9月17日 北海道主催の「小学生住宅俳句コンテスト」審査委員長として授賞式に出席。
9月24日 文學の森ZOOM句会講師。
10月20日より現代俳句協会ZOOM講座を一年間担当。
10月19日 夕張高校で文学館出前講座開催。
「現代俳句」11月号の「直線曲線」に「『難解』と鑑賞について」執筆。
高橋亜紀彦さん第3句集『異邦の神』(朔出版)に栞文執筆。
土井探花さん第1句集『地球酔』(現代俳句協会)の跋文執筆。
角川「俳句」12月号に柿本多映句集『ひめむかし』の書評執筆。
『俳句界』12月号の「産土を詠む」に8句とエッセイ執筆。

北海道立文学館の「文学館カレッジ」で2講演
 「黒田杏子の人と俳句」(11/25)
 「俳句の鑑賞法〜俳句を『読む』ということ〜」(12/23)
12月 「アジール」第6号発行。



ああ、なるほど確かにずいぶんやったものだ。
すこし老いも感じるこのごろなので、やれるうちにやっておこう。
来年も忙しくなりそう。

ともかく今年も暮れてゆく。

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土曜日 雨

6月1日付けで第2句集『暗渠の雪』(書肆アルス)を刊行した。
第1句集『無量』からちょうど10年目だ。
この歳月はぼくの俳句人生の濃厚な時間だったと思う。
その濃厚さを思えば、この程度の作品にしかならなかったのかという残念さも実はある。
それでもこれがぼくの10年であり、現在であるということに疑いはない。
本当は昨年に出版を計画していたのだが、なんやかやあって一年ずれ込んだ。
ずるずる遅れそうな気がしたので、昨年末から気合を入れてなんとか作ったのだが、その間に師の黒田杏子先生を喪うという思いもせぬ事態が起きてしまった。

この句集は先生の死というものを経過として孕んで誕生したものだ。
当初は、2冊目の句集でもあるので誰の力も借りずに、つまり序文も跋文も帯文も無い形で作ろうと考えていたのだが、作業を進めるうち、やはりこの句集刊行について黒田先生には知っておいて欲しいという思いが強くなった。
迷った末、序句をお願いすることにして、そのことを手紙で伝えた。
いま思い返してもそのときの経過が印象的に記憶されている。

1月から3月までの間に、北海道文学館でぼくの企画・監修で開催された「細谷源二と齋藤玄 北方詩としての俳句」展の図録を先生に送った際に、句集作成のことと序句のお願いの手紙を同封した。
先生からすぐに電話が来たのだが、なぜか図録の話ばかりでぼくの句集のことは何もおっしゃらない。妙に思って「先生、ぼくの句集の件でお手紙も入れたのですが…」と言うと、「あら、そう? 手紙なんかあったかしら。」と頼りない返事。
一度電話を切ってから再度また掛かってきた。
「あった、あった。見落としてたわ。句集出すのね。それは楽しみ。序句はもちろん書かせてもらいます。すぐに作ります」
と言ってくれて一安心。
「一応先生に句集の内容も見ていただきたいので、ゲラの最終稿ができたら送ります」。
「あ、それはそれでいいけど、待たないで句は作ります」。

そんなやりとりを電話でしてから30分もたたぬうちにまた電話が来た。
ぼくは札幌の地下鉄大通駅のホームにいた。
「できました。手紙も書いたけど、早く知らせたほうがいいと思ったので、言います。〈青嵐五十嵐秀彦屹立〉。全部漢字です」。
張りのある大きな声で、地下鉄ホームの雑踏の中でもはっきっりと聞き取れた。
正直、電話口で聞いたときの第一印象は、ずいぶん妙な句だな、だった。思わず声を上げて笑ってしまった。
「ぼくの名前が全部入っちゃてるじゃないですか!」。
「そうよ。いいじゃない」。
いま思えば、そのときには本当に腑に落ちない感じだったのである。
「ありがとうございます。ゲラは最終稿の段階で送ります」。
「別にゲラは見なくてもいいわよ。何月に出るの?」。
「7月か8月ぐらいかなと思ってます」。
そんな感じのやりとりだったと思う。正確ではないかもしれないが。

数日して手紙が届いた。
先生の筆跡で句が書かれた紙が同封されていた。
相変わらず勢いのよいしっかりした字で例の句が書かれていた。
それを見て、ようやくこの句の持つある種の凄みに気付かされた。
その後も2度ほど電話で、いつ出版されるのか聞かれた。なぜそのことがそんなに気になるのだろう、と不思議だった。ちょっと忘れっぽくなったのかなぁ、と失礼なことも思った。

3月。先生の訃報が届いた。

声も出なかった。
先生に句集を見てもらうこともできずに発たれてしまった。
刊行時期を何度も聞いてきたのは、先生自身に何か予感があったのだろうか。
取り返しのつかないぼくの失態だと、その時には思った。

6月1日付で第2句集『暗渠の雪』が刊行された。
帯には装幀家の間村俊一さんの勧めもあって黒田先生の序句が入れられた。
表紙絵(田島ハル画)は、夜の雪原を一匹の狐がとぼとぼ歩いているものだった。
これはまるでぼくだ。
先生に「屹立」と叱咤されながらも自信無げに歩いているぼくの姿に見えた。

句集は幸い売れ行き好調で、早々に重版が決まり今月14日(昨日)再販が出ている。
思うに帯を飾った黒田先生の句の効果があったのだろう。
死んでもなお先生に支えられているのは、喜ぶべきことか、情けないことか。

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句集『暗渠の雪』は版元の書肆アルスさんに直接注文すると確実に入手できます。
大手ネット販売よりもこちらからの発注をおすすめします。
書肆アルス「暗渠の雪」注文ページ。


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火曜日 晴れ

前回のブログでは道立文学館での特別展「細谷源二と齋藤玄 北方詩としての俳句」の情報をアップしていた。
お陰様で無事開催期間を走り終えて、そのことの報告もしたいところなのだが、それはまた後日のこととしよう。

実は、ぼくの人生にとってとても重大なことが起こってしまったからだ。

もう既に皆さん報道等で知っていることだろうが、3月13日に黒田杏子先生がお亡くなりになったのである。
その訃報が届いたのは15日のことだった。公表は18日にするのでそれまでは内密に、と釘をさされていた。
13日に山梨に講演旅行に行った日の夜、急変したのだそうだ。脳出血。甲府市内の病院で息を引き取ったという。

言葉も出なかった。
もちろん84歳という年齢は高齢と呼んでもいい。しかし今の時代、女性の80代はまだまだ元気な人が多いという印象があったし、黒田先生はご両親ともに長命だったから少なくとも90歳までは心配いらないと、そう勝手に思い込んでいた。
角川の「俳句」誌3月号に自身の生涯を振り返るような雛祭連作「炎ゆる人炎ゆる雛」50句を発表していたのは、今になってみればなにか予兆であったのかもしれない。

黒田杏子という俳人なくしてぼくはいないと断言できる。
俳句を作ってみようかと思って角川「俳句」誌の「平成俳壇」に1995年から投句を始め、当時選者だった黒田先生が、他の選者から見向きもされなかったぼくの句をしばしば採ってくれた。
それで、すっかりいい気になってしまって俳人になろうと思ったのだった。
「藍生」に入会。
その後、旭川に本部のある「雪華」に深谷雄大先生に誘われたときにも、黒田先生に相談した。
「どんどんやりなさい。勉強しなさい」と背中を押されて「雪華」にも参加した。
いつも迷うたびに先生に尋ねてきた。

尋ねながらも答えはわかっていたようにも思う。
「あなたの好きなようにやりなさい。あなたにはそれができるでしょ」。
いつもそういう答えが返ってくるのだった。
現代俳句評論賞を受賞したときもとても喜んでくれて、なんでも好きなものを書いて送りなさい。
どんなに長くても必ず「藍生」誌に載せますから。
そう言ってくれた。
「書きなさい。もっと書きなさい」とつい最近まで言われ続けてきた。
30枚、40枚書いても全文載せてくれた。

忘れられないことのひとつは、2018年に札幌で開催した「藍生全国のつどい+itak合同イベント」。
最初は黒田先生から電話で、京都での「全国のつどい」の次は北海道でやってくれないかと言われた。
正直言ってやりたくないと思った。北海道の藍生の会員数は少なく、ぼくも仕事をしながらだったのでとても十分な準備のできる自信がなかったからだ。
「あなたね、藍生にこだわる必要ないのよ。藍生以外にもあなたの仲間がいるんでしょ。開かれた文学イベントをやればいいじゃない。これまでのやり方にこだわらずに自由に、あなたのやりたいようにやってくれればいいんだから」と言われた。
itakとの合同イベントにしてもいいか、と問うと「もちろん」と即答されて、後に引けなくなってしまった。
結果的にイベントは大成功。
夏井いつきさんや吉田類さんも参加してくれて、200人を超える規模で藍生だけでなく、俳句だけでもない、開かれたイベントがアイヌ伝承文化の披露も含め多面的な内容で実施できた。できてしまった。それも黒田杏子という作家の人物の大きさゆえであったと今思う。

「あなたの好きなようにやりなさい」
ありがたい言葉ではあったが、同時に恐ろしい言葉でもある。
ぼくの底の浅さが見透かされているようにも思い、そう言われるたびに心細い思いもしたものだ。
あなたのやりたいことをやればいい。しかし私はそれを見ている。そう言われていたのだろう。
ぼくが孤独の中から何を掴み取るのかをじっと見つめられていたのである。
その視線を常に感じていた。

表現者は自分から獲得しなければならない。
自由という孤独の中から自力で掴み取らねばならない。
ぼくが黒田先生から教えられたことは、それが全てだった。

背伸びしているような評論を書いて、なんと言われるかとビクビクしているといつも電話が来て、「面白いじゃないの!」と張りのある声ではげましてくれた。
勝手放題なことを書くぼくを面白がってくれた。
ぼくは黒田杏子という人に読んでもらいたくて書いてきた。
その相手が突然この世から消えてしまった。

いつかこの日が来るだろうとはうすうす思ってはいたが、思いがけずその日は早く来た。
ぼくが第2句集の準備をしている最中のことだった。
「早く読ませてね」と何度も言われていたのに、それが間に合わなったことが今は悲しい。
句集の序句をお願いしたら即答してくださったばかりか、その30分後に「出来た!」と言って電話をくれたときのこと。けして忘れない。
ゲラも読まないうちに作ってくれた。
何月に出るのかと、妙に何度も聞かれたことも、何か予感があったのか。
ぼくは全然気づかずに、ぼんやりとしていた。
2月の始めのころだった。

ともかく、第2句集をなんとしても完成させて先生の墓前に捧げなければならない。
「あなたの俳句は、わたしにはよくわからないんだけどね」と、また言われそうだ。
そしてきっと言うのだ。
「あなたの好きなようにやりなさい」。
先生の声がいまもはっきりと聞こえる。
ご冥福など祈らない。
いまも生きていてほしい。




(2018年 藍生全国のつどい+itak合同イベント会場にて)
杏子秀彦2

金曜日 曇り

昨日ご紹介した道立文学館での「細谷源二と齊藤玄」展について、少し情報を追加します。

1)マスコミ報道
マスコミではこれまで北海道新聞や朝日新聞等で記事を書いていただきました。
道新では2月4日夕刊に下のように大きく出ました。

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2)現代俳句協会ホームページ
現代俳句協会のホームページでもニュースとして掲載中です。
図録についても触れていただいています。

3)期間中のイベント
これは3回あって1回目の講演(五十嵐)は1月22日に終了しましたが、2回目3回目は下記のとおりです。
どちらも少ない定員なので、聴講希望の方は受付開始日に電話されることをお勧めします。

○鼎談「細谷源二と齊藤玄が私たちに遺したもの」
 講師:鈴木牛後、瀬戸優理子、五十嵐秀彦
 2月26日(日)14:00〜15:30
 文学館講堂
 聴講無料、定員35名、要申込
 2月14日(火)9:00より電話で受付け(011−511−7655)

○講演会「細谷源二著『俳句事件』〜『俳句弾圧不忘の碑』からフランス語訳の出版まで」
 講師:マブソン青眼
 3月12日(日)14:00〜15:00
 文学館講堂
 聴講無料、定員35名、要申込
 2月28日(火)9:00より電話で受付け(011−511−7655)
 
4)図録の購入に関して
図録は会場で販売されていますが、遠隔地の方には電話での注文を受け付けています。
道立文学館(011―511−7655)に注文下さい。
価格は1200円(送料別)。
細谷源二と齊藤玄に興味がある方だけではなく、新興俳句や俳句弾圧事件に関心のある方にも有益な資料となるかと思います。


特別展フライヤー(表)
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特別展フライヤー(裏)
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木曜日 雪

寒い。今日はすこし吹雪きました。
これでは道立文学館の来館者も伸びそうもないなぁ。

と思ったので、以下宣伝です。


1月21日から3月19日まで、札幌市中島公園の北海道立文学館にて特別展「細谷源二と齋藤玄 北方詩としての俳句」が開催されています。
これは北海道の戦後昭和俳句に大きな足跡を残したふたりの俳人に焦点を当てると同時にこのふたりに共通していた新興俳句運動にも注目し、北方詩としての北海道俳句の独自性がどのように生まれ、そして発展したのかを考察するのが目的の展示となっています。

細谷源二は「氷原帯」の、齋藤玄は今もある「壺」の創刊主宰でした。
源二は働くものの視線からのリアリズムと前衛俳句の両面をあわせ持ったモダニズム俳句が特徴でした。一方、玄は師である石田波郷から強い影響を受けた内省的な境涯俳句が特徴でした。
そのように対照的な作風でありながら、戦前に東京で工員をしていた源二は「広場」、早稲田大学の学生だった玄は「京大俳句」という新興俳句を代表する俳誌から俳句の道に入ったという共通点を持っていました。

昭和6年から15年までの10年間に俳句界で大きな潮流を作った新興俳句と呼ばれる文芸運動とは何だったのか。そして昭和15年をもってあっけなく終了した(終了させられた)のはなぜか。
昭和15年16年に起きた新興俳句弾圧事件とは何か。

この特別展では、新興俳句とその弾圧事件について当時の俳誌のオリジナルを詳細な解説とともに多数展示。スペースとして会場の半分近くを費やしています。

入場料500円ですが、65歳以上は無料。
会場で販売されている図録は1200円です。
ぼくとしてはこの図録が特に強くオススメ。
貴重な当時の俳誌のカラー図版や新興俳句、弾圧事件の解説。細谷源二と齋藤玄の生涯とその代表句、ふたりの年譜(これ貴重!)などが収載されており、昭和俳句の資料として重宝なものになっています。
65歳の方は入場無料になった分、図録が求めやすくなるのではw
(以上、同展の企画・監修者として精一杯の営業でした)

というわけで、寒くて外に出たくないかもしれませんが、美しい中島公園の雪景色など楽しみつつ道立文学館に足を運んでみてはどうかな?
きっと何か発見できるはず。

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日曜日  弱雪


元日。
新年おめでとうございます。

2023年ですね。令和5年。さすがにまだ今日のところはしっくりこない。




所属結社誌の1月号について。
まず「藍生」1月号。
   主宰詠
 北風や龍太先生竹箒       黒田杏子
 一月の川一月の三代目      杏子
 (飯田武治氏に関する句が多かった)

   「藍生集」拙句4句
 泣かぬ機械笑はぬ機械つづれさせ   秀彦
 生きたりずなほ霧時雨霧の声
 マルメロを煮る抜かりなく夜を鎮め
 筐底に鏡を沈め十六夜


「雪華」1月号。
橋本喜夫主宰が、「何のために俳句をやっているのか」という新年巻頭言を発表している。
「雪華会員は自分のために、俳句を詠んで、俳句を読み続けてください。詠み続けていればあなたの一句が百年後に残るかもしれないのです。雪華誌は自分のために俳句を頑張りたいひとの期待に応える俳誌でありたいと思います。」(橋本喜夫)
全くそのとおりだ。誰のためでもない、自分のために俳句を作る。ほかにないよね。

   主宰詠
 雪うさぎ子の晩年に吾はなし    橋本喜夫
 妻の忌を時効と思へるか真冬    喜夫

本号にぼくが書いた散文は次の2篇。
現代俳句時評「〈みづ〉絶え間なく変容するもの〜鈴木総史「微熱」を読んで〜」。
現代俳人列伝第7回「齋藤玄 明滅する命の光を追って」。

   「雪月花」拙句5句
 履歴を書けば数行のとろろ汁       秀彦
 口笛が安田南に似て枯葉
 雪虫の雪来ると言ふ生きゐると
 未亡人五人一列寒林へ
 きんきんと泣きをり冬菊を束ね

   「雪華集」拙句6句
 月蝕の梟赫赫と鳴けり          秀彦
 冬立てり書屋に積みし獄中記
 横たはる冬の地蔵の幻肢痛
 冬の月潰えて薄き肩を抱く
 たたり神櫻紅葉を揺らしけり
 残菊の硬き素数を手折りけり


こんな具合に、また一年が始まるのです。


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土曜日

大晦日。

ブログから離れていますが、年末ぐらいは1年のまとめ記事をアップしておくことにします。


2022年の主な活動記録は以下のとおり(きわめてザックリ)

1月9日、松山市での「あしらの俳句甲子園」に審査員として参加。
「俳句四季」2月号、「句会拝見」欄に俳句集団【itak】について記述。
2月、「札幌演劇シーズン2022冬」の劇評「ゲキカン!」執筆。
4月、同人誌「アジール」創刊号発行。
4月、現代俳句協会地区会長インタビューyoutube配信。(動画)
6月18日、俳句甲子園北海道大会審査委員長。
「雪華」7月号より「現代俳人列伝」連載開始。
7月14日、文学館出前講座(函館市)「俳句入門講座」講演。
7月27,28日に長野県上田市に「俳句弾圧不忘の碑」取材、マブソン青眼氏と会う。
8月、「札幌演劇シーズン2022夏」の劇評「ゲキカン!」執筆。
「俳句界」10月号に大道寺将司論「暮れることなき一日を生き続け」執筆。
8月、「アジール」2号刊行。
10月、「住宅フェア2022小学生住宅俳句コンテスト」審査委員長務める。(動画)
「藍生」12月号に論考「細谷源二と斎藤玄〜もうひとつの昭和俳句史〜」発表。
「ウエップ俳句通信131号」(12月)に俳句「雪の雷」7句発表。
「俳句界」1月号特集「思わずうなる!上五下五」に小論寄稿。


このほかにも、もちろん「俳句集団itak」イベントを隔月開催で強行しております。


「雪華」には毎月「現代俳句時評」を書かせてもらっています。
今年1月号から12月号までのラインナップは以下の通り。
1月号 「昭和俳句の示唆するもの〜前衛俳句芸術派にいま思うこと〜」
2月号 「林住期を生きるということ〜細谷喨々句集『父の夜食』を読む〜」
3月号 「俳活という自由な終活〜北見弟花句集『馬鹿一の石』を読む〜」
4月号 「鳩として放たれる言葉たち〜夏井いつき句集「伊月集 鶴」を読む〜」
5月号 「よるべなくせつないものたち〜佐藤智子「ぜんぶ残して海へ」を読む〜」
6月号 「あとに残ったことばたちの旋律〜津睥け併辧崟K…召掘廚鯑匹燹繊
7月号 「遠く源義の声が聞こえる〜堀本裕樹句集『一粟』を読む〜」
8月号 「冷たい水の上を歩く言葉たち〜森賀まり句集『しみづあたたかをふくむ』を読む〜」
9月号 「とほくとはわたくし〜小川楓子句集『ことり』を読む〜」
10月号 「いくばくかの親しみ〜岸本尚毅句集『雲は友』を読む〜」
11月号 「戻られぬ地の片陰に〜蘇る大道寺将司の俳句〜」
12月号 「裏切りそうなことばたち〜越智友亮 句集『ふつうの未来』を読んで〜」


「雪華」7月号から「現代俳人列伝」を毎月連載中。
これは俳人紹介の本文と20句抄と略年譜で構成しており、アンソロジーとして執筆継続中。
7月号から12月号までは以下の通り。
7月号 「日野草城 都市生活者の詩」
8月号 「西東三鬼 生き難き世のエピキュリアン」
9月号 「三橋鷹女  前衛俳句の先駆作家として」
10月号 「石田波郷  張り詰めた韻文精神」
11月号 「橋本多佳子  さびしくも激しく揺れる抒情」
12月号 「細谷源二 生の希望と虚無の間に」


「雪華」誌の注文は雪華サイトの「お問い合わせ」にお願いします。

また「雪華」サイトの「散文置き場」には1年前の「現代俳句時評」の全文が随時アップされております。そちらもよろしく。


同人誌「アジール (Asyl)」は4月の創刊号から発行を継続し現在3号(秋号)が絶賛遅刊発行中です。

これね ↓
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同人誌「アジール」(500円)の注文、問合せは下記メールに。
創刊号、2号もまだ在庫あります。

haishi.asyl@gmail.com



ともかく今年も多くの人たちに助けられて1年なんとかやってまいりました。
来年も全力で前進します。

それではみなさま、よいお年を!

 

土曜日 

元旦。

皆さま、新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


年末に所属結社誌の新年号がそれぞれ届いた。

「藍生」の1月号は、先に亡くなった瀬戸内寂聴特集。
黒田杏子主宰と寂聴師との特別な関係があっての特集である。いつもより100ページほど厚くなった読み応えのある内容になっている。

   黒田杏子 主宰詠より
顔施願施小春出離者小六月      黒田杏子
ひとり発つほほゑみて発つ小春日を

※瀬戸内寂聴師追悼作品「小春出離者微笑佛」より


   「藍生集」掲載拙句
秋風を聴いて帆布のごとく寝る    五十嵐秀彦
母国喪失南西の風やや秋暑
たましひのふたつに割れる花野かな
十三夜最上階から出航す


「雪華」1月号。
橋本喜夫主宰 新年巻頭言「超一流がわかる二流でありたい」
五十嵐秀彦 現代俳句時評「昭和俳句の示唆するもの〜前衛俳句芸術派にいま思うこと〜」
鈴木牛後 「「おくのほそ道」の文学空間に分け入る〜高野公一「芭蕉の天地」を読む」

   橋本喜夫 主宰詠より
アクリル板にあらたまの貌さらす   橋本喜夫
くだら野を妻とはぐれて歩きけり

   「雪月花」 掲載拙句
檸檬転がる笑はねばならぬやうに    五十嵐秀彦
夜を寒み第三ひばり荘啾(な)けり
ソビエトのソネット二篇冬隣
ボサノバの軒を落ちくる秋の前
十月の薔薇を挿す日のすずろごと

   「雪華集」 掲載拙句
まほろばはほろびの秋の海に屠る    五十嵐秀彦
書きかけの花野褪せゆく祝婚歌
少年の馳せゆく和音初時雨
声帯は父性の記憶冬初め
机より顔を剥がせば神無月


「雪華」公式サイトに「散文置き場」というコーナーがあり、「雪華」誌上に過去掲載された俳句以外の評論等がアップされている。
ぼくの書いた「現代俳句時評」は現在2018年10月号から2020年12月号まで、ここで読める。
鈴木牛後さんの「牛後の気になる句集/書籍を読む」も、2018年2月号から2020年12月号まで掲載中。
関心のある方はぜひ開いてみてください。


先月の現代俳句協会青年部勉強会「黒田杏子に聴く『証言・昭和の俳句』と平成令和の俳句」の様子が、youtubeで観ることができる。
これがすごい内容で、『証言・昭和の俳句』のウラ話やら、選句の姿勢やら、生き方などを黒田杏子さんが、なんと3時間も縦横に語る。
この動画は1月末までの期限付き公開なので、この正月のひとときにぜひご視聴を。

現代俳句協会青年部勉強会

金曜日 晴れ

大晦日。一年はあっという間だ。
ブログをさぼっているけれど、今年一年のことを一応書いて記録にしておこうかな。

今年は思えば節目のときだったのかもしれない。
長年勤めた職場を退職した。ようやく細々とだが文筆一本でいくことになる。
幸いやらせていただいている新聞や雑誌の仕事はまだ続いているし、不定期ながらなにかしらの原稿依頼もけっこうある状態なので、それなりに忙しい。

黒田杏子編の『証言・昭和の俳句 新装増補版』(コールサック社)では追加執筆者に加えていただくという幸運なこともあった。
同人誌「アジール Asyl」創刊準備号も出して来年に向けての種まきをした。
遅まきながら第2句集の準備にも着手している。
道立文学館の出前講座講師として様似町で講演するというのも自分にとっては新しい取り組みだった。これも来年に向けての一歩だったと思う。
さらに、来年度には北海道立文学館で特別展「細谷源二と斎藤玄」開催(2023年1月〜2月)も内定し、その準備も年明けから本格的に進めていくことになる。

そうそう、少し(かなり)畑違いだけれど、札幌演劇シーズンの劇評を書く機会にも恵まれた。これはしばらく続きそう。演劇はとても強い刺激を与えてくれるので大歓迎だ。

NHK文化センター札幌教室で続けている俳句講座ではすでに50人ほどの俳人についての講義を続けてきたが、それも来年には「雪華」誌に俳人アンソロジー形式の連載という形で活字化ができそうで、いずれ出版につなげることができたらいいなぁ。

例によって実力以上に仕事を抱えたがるのはぼくの病気のようなものなので、出来るかどうか考えるより先に動き出しているのはしようがない。

コロナの影響は確かにあった一年。俳句集団【itak】は通常年6回のところ半分の3回しかできなかった。イベントができなかった分、発信力が弱まったのは残念だったが来年は取り戻したいものだ。

以上、2021年をざっくりと振り返ってみた。

来年は、さて、どうなることやら。
皆さまどうぞよいお年をお迎えください。

Bjork “Who is it”
(ラーゼルとThe Bishops' Handbell Ringersとの共演)


金曜日 曇り

今月の3日に「文学フリマ札幌」が開催された。
俳句集団【itak】も出店。
フリマで売りやすい小冊子を作ろうということを前から考えていて、どうせやるなら次に繋がっていくような冊子にしたくなり新たに俳句同人誌を発行することにした。
なんやかや準備する時間は無かったので、今回は創刊準備号としてごく薄い冊子を「とりあえず」バージョンで作成することとなった。

同人誌の名前は「アジール(Asyl)」。
ドイツ語で、「避難所」「無縁所」を意味する。
「権力の及ばない地域、聖域」という意味を背景として持っている。
この名を付けたのは特に深い意味があるわけでもない。
同人それぞれが持つ属性から離れて、この俳誌の中では独立した自由な作家として作品発表をしてゆく、その基本的な思いを「アジール」という言葉に託してみたのである。

創刊準備号発行同人は、青山酔鳴、安藤由起、五十嵐秀彦、Fよしと、彼方ひらく、近藤由香子、村上海斗(五十音順)の7名。

準備号としては各自の作品10句と、五十嵐、彼方、酔鳴の散文というシンプルそのものの構成。
内容のシンプルさを象徴するように表紙絵や挿画は田島ハル氏の協力で線画のイラストを採用。
1冊200円の定価を付けてフリマで頒布した。

さて、準備号というからにはいつ本当の創刊号が出るのか。
一応、来年春に正式に創刊したいと思っている。
4月ごろかなぁ。そのあとは季刊発行を予定している。

なぜ同人誌? とも思われるかもしれない。
それは選を受けて作品を発表するのではなく、なんの権威も当てにせず、また集団で派を成すこともせず、あえて紙媒体という古いメディアを使い、そのメディアで届く規模の範囲で己の作品を自分の責任でただひたすら発表し続けるということをやりたくなったからだ。
これは結社誌ではない。句会報でもない。
ほそぼそと発行される同人誌という存在は、ほとんど無視され評価されることがない。
孤独そのものである。
それがわかっていてなぜやるのか。
孤独ということを身にしみて感じたいからだ。
俳人はなにかというと群れて互いに評価し合っている。
それはそれでいいのだが、その中でほとんどの俳人が文芸としての俳句の孤独というものを考えることなく過ごしている。

表現するということは根底に深い孤独があるはずじゃないのか。
ぼくは今回の同人誌で、仲間の同人たちにも孤独というものを考えてもらいたい。
「宴」だけでない「孤心」の存在を感じ取りたい。
そこにこそ同人誌発行の意味があるんじゃないだろうか。

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同人誌「アジール」創刊準備号は残部僅少ですが、在庫がある範囲で販売いたします。
注文は下記アドレスまでメールでお願いいたします。
haishi.asyl@gmail.com





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