中継ぎ哀歌 〜ナカツギエレジー〜

俳優・高杉征司のブログ

この財産を没収す〜「財産没収」終わりました〜

サファリ・P 第三回公演「財産没収」の全日程が終了しました。
ご来場いただいた皆さん、劇場スタッフの方々、共演者・スタッフのみなさん、その他お世話になった方々にこの場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

利賀演劇人コンクール2015で優秀賞一席をいただいた作品だけど、審査員の皆さんにいくつかご指摘いただいた点を修正すべく京都公演に踏み切った。「欲望線」「悪童日記」と継続的創作を経て、今回満を持しての再演だ。このメンバーでの創作方法が積み上がってきて、共通の言語や価値観も共有されるようになってきた。それらを総動員して「専門家ではない一般のお客さんにも楽しんでいただける」こと、そして「ダンサーが発話する」ということに向き合っていく。


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photo:堀川高志(kutowans studio)

倉庫を借りて稽古していたのだけれど、スポットクーラーもウィンドファンもあってないようなもので、室温は36.8℃、湿度は80%オーバー。みんな笑っている。稽古がクリエイティブで楽しいのか、暑さで頭がおかしくなっているのかは分からない。演出・ダンサー・俳優・スタッフがみな感じたことをどんどん口にして、創っては壊しが続いていく。ただのアイデア勝負ではなく、戯曲を読み解いて、それが効果的に、時に衝撃的に出力されるように。
そして今回特筆すべきはダンサーの発話。松本くんも松尾さんも本当に素晴らしかった。声を扱うのは本当に難しい。声量や音の高低をつくるのもそれなりに難しいけど、そこに響き方やベクトル、タイミングなどが絡んでくる。それは「こうやるねん」みたいに簡単に説明できるものではなく、イメージや経験の中から試しながら引っ張り出すしかない。しかも一度うまくいっても意味はなくて、再現性を持って何度もやれなければならない。二人とも本番中も再現性を持って、かつチャレンジングに声の表現に立ち向かっていた。その精神も舞台上に現れた表現も本当に美しかった。一緒にやれて幸せ。

この作品も今後レパートリーとして全国に(ゆくゆくは世界中に)持っていくことになる。
その都度、今回のように今の自分の価値観を投影していきブラッシュアップしていく。やればやるほどにテネシーが台本に込めたものが発見される。それらを身体に取り込んで私の財産にしていく。この繰り返し。嗚呼、芸術は終わらない。

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photo:堀川高志(kutowans studio)



サファリ・P 第三回公演「財産没収」

 「財産没収」の再演がいよいよ来週に迫ってきた。
初演は利賀演劇人コンクール2015で一度だけ上演したもので、関西のお客さんにはお披露目していない。富山の山の奥にこもって作品とメンバーと向き合い続けたあの頃が懐かしい。しかし歳を取って時間の感覚が随分おかしくなってきたので、あまり時間的な感傷には触れないことにする。先日、演出の山口さんと何かの話をしていて「それっていつのことですか?」と聞かれ、「え、結構最近やで。五年くらい前の話かな?」と言ったら、「高杉さん、だいぶヤバいな。五年前って最近ちゃうで!」と言われた。ああ、体内時計が狂ってきてる、狂ってきてる。「ああ、ほんまやね」と答えたけれど、本当は今でも「五年前は結構最近」だと感じている。何歳になったらもうおじさんなのかは分からないけど、少なくとも若者は五年前を結構最近とは言わない。そして若者のことを若者とも言わない。そういえば学生の頃は一つでも年下だったら恋愛対象になり得なかった。しかしいつからか少々の年齢差はものともしなくなり、気がついたら全部好きみたいになっていた。守備範囲の圧倒的拡大。これこそがおっさんの証。いや、そもそも守備範囲って何だよ!? 守ってねーし、どこも。そういえば昔友人から聞いたことがある。「俺の友達が二人の女の子好きになって、『今、両面(りゃんめん)待ちやし』とか言いよるから、待ってへんやん! お前が勝手に好きになってるだけやん! 言うたったわ」みたいな。うん、何の話だっけ? やめよう、おじさんをむやみに定義することは。

 コンクールで優秀賞一席をいただいたのだし、せっかくだから関西のお客さんにも観ていただこうと再演を決意した。そしてやるからにはコンクールで審査員の方々にいただいた宿題に挑戦しようと思った。それが具体的に何かと言うと、まあいくつかあるのだけれど一番大きなものは「専門家ではない一般のお客さんに如何に楽しんでもらうか」ということ。「難しかった」と切り捨てられないように丁寧に、論理的に作品を積み上げていく。本当に面白い作品は、意味がわからなくても面白い。そして「何が言いたかったの?」とこっちの意図を読もうとせず、「何が言いたいかは分からんけど、私はこう思った」と主体的に観てもらえるものだ。
 初演の時、曖昧にしていたことを徹底的に洗い出して再編を重ねる。実際、初演どおりにやろうとしたらつまずき続けて進まなくなった。もちろん初演のものもあれはあれで荒削りな面白さがあったのだけど、再演する以上は今の成長した自分たちを総動員して改善する努力を怠りたくない。願わくは「悪童日記」と並んでサファリ・Pの代表作となって、レパートリー作品として全国を持って回りたい。そしてその可能性があるほどには強度のある作品になっていると感じている。

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サファリ・P 第三回公演
「財産没収」作:テネシー・ウィリアムズ 翻訳:倉橋健 演出:山口茜

出演:高杉征司、松本成弘、松尾恵美

2017年8月17〜20日@アトリエ劇研(京都)

公演詳細・ご予約はこちら

下鴨車窓「渇いた蜃気楼」ツアー2017 終了!

 今年も「渇いた蜃気楼」無事終了しました!ご来場いただいたお客さん、応援していただいた皆さん、各ホールスタッフの皆さん、現地でお世話になった制作の方々、共演者・スタッフの皆さん、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

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 今年で4年目となったこの公演。一年目は「わたしの焦げた眼球/遠視」というタイトルで五都市を回った。当初から田辺さんとレパートリー作品を創って各都市を回りましょう、と始めた演目で、この度の札幌・大阪で十一都市十二会場となった。どこの街でも好評いただいており、我々メンバーもお気に入りの作品となっている。本番だけで四十ステージ以上やっていて、ゲネと通しを合わせると百回近くやっていると思われる。
 当然演劇はナマ物なので、やるたびチョコチョコ変わるのだけれど、ただ「再現性」も大事なのであって、何回やっても同じようであるべきで、その二つが同居しなければならない。その瞬間を生きる「即興性」と同じことをやる「再現性」。これが相容れるように稽古をするのであって、その不自由の中で自由に生きることがお芝居の醍醐味の一つだろうと思う。もちろん田辺さんが演出的に変化させている部分もあるし、我々が俳優レベルで新しく気付いたことを演技に反映させていることもある。「次はこうやってみよう」ってこともあるし、舞台上でその瞬間に「やってみる」こともある。その結果、当たり前だが少しずつ作品の雰囲気も変わってきているようで、お客さんの声に耳を傾けてみるとその変化に気付かされる。違う人が観ていることからくる見方の違いではなく、年々確実に反応が変わってきている。そして三度・四度と観てくださっている方からもその違いを指摘されているのだからそうなのだろう。自覚的なこともあれば、ああ、そうなのね、ってこともある。そういう変化に今回は一番敏感だった。
 私の演じる「雄二」の実在感。一年目は幽霊なのか実在なのか? という印象が強かったのだが、今回は「高い確率で実在していた」。そして藤原さんと大沢さん演じる亮・真澄夫婦の生き様。一年目は、良いか悪いか分からないが「それでも、そうやって人は生きていくんだ」って感じだったけど、今回は「生きていこう」という自覚のような、意志のようなものが感じられた。

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これからこの作品を、あと何年、何都市、何ステージできるか分からないが、その時の田辺さんの感覚、我々俳優陣の感覚で生き物のようにヌルヌルとその姿を変えていくのだろう。セリフは一文字も変わっていないのに。意図的に変えることと、勝手に変わっていくものを自分の身体を、そしてお客さんの反応を通して感じていきたい。それはその時、その瞬間の自分を見つめることになるのだろう。怖くもあり、楽しみでもある。

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