8月31日。夏が終わる。得意だった暑さにもすっかり弱くなり、傍から見ると不自然なほど陰に潜んで歩くようになった50歳目前の私は、それでも夏の終わりには形容し難い郷愁を感じるのである。楽しいことなど何ひとつしていないのに。花火・海・虫取り・刹那の恋。その他数多ある夏を彩る行事など何もしていないというのにゆく夏を憂うとは何事であろうか!? 幼少期・青春期、夏を満喫し、長期休暇の終わりと共に過ぎゆくそれを憂い、儚む。その感傷を今も引きずっているのだとしたら、私という塊は案外ロマンチストにプログラムされているものだ。と、そこで思い出した。10歳の苦い記憶。夏休みが終わるとまた「あの学校」へ行かねばならないという絶望。郷愁や感傷を誘発するものは何も楽しい記憶だけではない。苦しみに耐え、誰にも言えない思いを抱えて小さなこぶしを握りしめたあの夏こそが、この胸に去来するセンチメンタリズムの方向性を決めているようにさえ思える。
 まもなく2歳にならんとする息子は、直射日光を全身に浴びて道の真ん中に座り込み、いつまでも砂遊びに明け暮れる。一度始まるとテコでも動かない。暑さも味方につけて興味の対象にのめり込む。生命の輝き。私にもかつてあったあの輝き。そして輝きが眩しすぎて見えにくくはなっているけれど、確かに存在する揺らぎ。その揺らぎはある種のバイオリズムをもって爪の間、内臓の裏、鼻腔粘膜あたりに潜んでいる。時に大きな波となり存在を飲み込まんとし、時に揺らぎなどないかと見紛うばかりのさざなみとなり、息を潜めている。けれど確実に存在する揺らぎ。
 砂遊びに興じる息子がスッと視線を上げる。キッと見据えたその先には街がみえる。蜃気楼のように伸びたり反転したり、陽炎のように揺れたり歪んだり。だけど確かに存在する遠い街。それはまだ見ぬ彼の未来。思い出の中で細部の削ぎ落とされた私の過去。揺らいではいるけれど、きっとそこには人がいて、一人一人に感情があって、物語があって、生きている。2歳と47歳。二人の見ている街はきっと違った様相を呈している。実態を掴もうと近づけば近づくほど遠ざかっていく。目を凝らせば凝らすほど滲んでいく。それでも私たちは歩いていく。遠くにみえる街を目指して。辿り着こうが着くまいが。それが生きていくということだから。

 京都府主催の創作音楽劇の脚本・演出をさせていただきます。募集締切が9月2日ということで駆け込みでお知らせいたします。対象は小学校4年生〜高校生。詳細はこちらからご確認ください。
 『遠くに街がみえる』という作品は私にとって大変思い入れのあるもので、初演は2016年2月の岡山でした。集まってくれた小学生・中学生と触れ合いながら書き下ろした群像劇です。2017年11月に高槻シニア劇団用に大幅に書き直して再演したのですが、この際に「新しい人生が始まるシニア」と「高校を卒業する高校生」を重ねた二重構造になりました。これを気に入ってくださった方からオファーをいただき京都で再々演。この時はシニア世代とティーン世代両方をキャスティングして一つの完成形をみました。そして今回、音楽劇となって立ち上がります。元が会話劇なので、音楽劇としてどうやって成立させるのか、作曲家、音楽監督、振付家やプロデューサーと話し合いを重ねながら進めています。経験のないこと、分からないことに飛び込んでいくので不安はありますが、それ以上にワクワクする気持ちを実感しています。私一人の力でできることなどたかが知れています。そこで不安になるのは当たり前。でも自分の中に閉じこもって震えるのをやめ、ふと視線を上げてみると若林さん、大谷さん、高木さん、上田さん、そしてまだ見ぬ出演者の皆さん、たくさんの人がそこにはいるのです。やる気と才能に満ち溢れたたくさんの人たちが。自分の責任は果たしつつちゃんとみんなに委ねていけたなら、とてもカッコいい作品が仕上がるに違いないと確信しています。大変であることには変わりないけれど、その先に創造性と生命力が漲るのだろうと思います。一緒に体感しようではありませんか!

 作曲の若林千春さん、音楽監督・合唱指導の大谷圭介.さん、振付・ダンス指導の高木貴久恵さん、さらには世界で活躍する一流の演奏家の皆さんに声楽家に俳優の皆さん。こんな方々と一緒にクリエイションできるなんて本当に夢のような体験です。私もいまだに夢でも見ている気分です。重ね重ねではありますが、少しの勇気を振り絞って応募してみてください。


創作音楽劇
『遠くに街がみえる』

作曲:若林千春
脚本・演出:高杉征司
音楽監督・合唱指導:大谷圭介.
振付・ダンス指導:高木貴久恵

ALTI府民音楽劇『遠くに街がみえる』募集要項

…あの頃、みたかった景色
       今、みている景色 
           これから、みるであろう景色


演奏

石上真由子/ヴァイオリン
上森祥平/チェロ
若林かをり/フルート
上田希/クラリネット
船橋美穂/ピアノ
宮本妥子/打楽器



出演

出演者募集中!(2022年9月2日(金)〆切)
小学校4年生〜高校生〈約20名〉
詳細はこちら

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プロの声楽家・俳優
※詳細は発表をお待ちください


日時・会場

2023年 3月 18日(土)・19日(日)
※時間は発表をお待ちください

京都府立府民ホール“アルティ”
京都市上京区龍前町590-1
075-441-1414


スタッフ・クレジット

総括:吉村昭治 舞台監督:段塚崇子 照明:北西洋之 音響:後藤雄史・菅瀬大貴 企画:上田晶人 制作:碓井智恵・佐々木翼 運営:京都府立府民ホール

主催:京都府・創〈公益財団法人 京都文化財団・株式会社コングレ共同事業体〉[京都府舞台芸術振興・次世代体験推進事業]
後援:京都府教育委員会・京都市教育委員会
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