2014年08月11日

危篤

うちの一番年寄猫のくろちゃんが、金曜日辺りから元気が無くなり、土曜の夜に救急病院で診察してもらった所、腎臓の機能が急激に低下しており、日曜の朝から入院してます。
14、5歳と高齢なので元より腎機能は落ちていました。
しかし、7月13日の定期検診では、三年前に患った悪性リンパ腫の完解を宣言されて間もないこの事態に戸惑ってます。
昨日、排尿出来てないので、麻酔のリスクを承知の上で、腎臓からカテーテルを取りましたか、それも無駄になりつつあります。
最期は家で看取ろうと決心しましたが、正直怖いです。
悪性リンパ腫を克服した奇跡は、もう起こる事はないでしょう。

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2010年04月13日

西河克己監督の事

85680c7f.JPG 西河克己監督が亡くなった。
 私が、当時大学アメフト界最強だった日大を描いた映画「マイフェニックス」で、西河監督の助手に就いたのは、1988年、この業界に足を踏み入れてから2年目の事である。
 これまで、日活と東映の撮影所しか知らなかった私は、黒澤映画や「ゴジラ」を創った東宝砧の撮影所での初めての仕事に胸を躍らせた。
 映画「マイフェニックス」の撮影は年内に終わったが、仕上げ作業が年跨ぎとなった。年の瀬も近づいたある日、「村上君はお正月は田舎に帰るのかね?」と聞かれ、大学卒業してから実家との折り合いが悪かった(プロレスの正月興行を観る目的もあったのだが)私は、「東京にいます」と答えた。すると数日後監督は「一人で正月を東京で過ごす独身の助監督に救援物資を持って行く事が家族会議で決まった」と、食料品が詰まった段ボール箱を重そうに抱えてこられた。「家族会議」は、差し入れの照れ隠しだったのでしょうか?西川監督。
 また、薄汚れた革ジャンを着ていた私に、監督が以前バイクに乗るのに使われていた真新しい革ジャンを下さった。皮革製品を身に着けなくなって久しいが、今でも大切に保管している。

 西河克己監督享年91歳。
 当時、紅顔の助監督だった僕も四十路を越えました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
murakami_hideaki at 18:08|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)映画 | 西河克己

2009年12月20日

何が俺をそうさせたか?

以下は、拙者が有る流通業者に送ったメール。

 御社の豊富な品揃えを日頃評価しており、時々利用している者です。
 12月15日18時過ぎ、××店での出来事。
 買い物のついでにキリンのビール「ハートランド」の空き瓶を返却しようとした際、バイトの青年が「当店では瓶の回収はしているが、デポジットの瓶代は返却できない」との事。
 当方納得いかず、上司を呼んで貰うと、夜間店長なる肩書きの××氏。再度事を正す私。
 「スーパー『L』では、5円のデポジット料を返して貰っている」と主張するも、「業者から納入する際に瓶代を返却する必要はないと言う事になっている」の一点張り。( 参考までにL268円、御社284円)
 「このご時世、そちらもエコバック推奨運動とかやっているのでしょう、だからこそ、空き瓶の回収も誠意をもって取り組まなければならないのでは」、環境保護の観点から話を持って行こうとしたら、「ウチはやってませんから」と逆切れされる始末。
 「それじゃぁ、納入業者に連絡します」と強気な態度に出た夜間店長、業者は「瓶代はお客さんに返してください」、夜間店長は「契約の時と話が違う」、と言い争う始末。電話が終わって、やっと頭を下げても時既に遅し。
 当方怒り心頭なり。
 以上が事の経緯だが、当方の心証を整理すると、

1. 顧客の主張を頭ごなしに否定する態度
2. 納入業者との契約内容などは私に全く関係ない事であって、デポ 
 ジット代を客に返さない事は常識的にあり得ないと思う。
3. 御社の商品は価格は決して安くはないが、品質と地理的利便性を評
 価して利用している顧客への裏切り行為。
4. こうして抗議メールを書かざろうえない憤懣やるかたない気持ち
 と、これに費やす時間的損失。

 以上、御社に猛省を促すと共に、何らかの回答を待ちたいと思う。
 ちなみに怒りを胸に秘めながら今日も3800円も買い物をしてしまいました・・・・・。


てな事を書いた俺はなんて暇なのだろうか。

murakami_hideaki at 18:52|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)映画 

2009年08月21日

ファラフォーセット・メジャース追悼 「サンバーン」3

 ある夏の日於自宅。

 百年に一度の経済危機の影響か、新規の仕事が入る気配もない。気も晴れないし、雲も晴れない今日この頃。
数日ぶりに朝から強烈な直射日光が照りつけ、忘れていた夏の恒例行事を思い立つ。

 それは日光浴。

 ここ数年真夏は働いていたので、自宅ベランダでの日光浴を怠っていた事を反省。夏の間に十分な紫外線を浴びてビタミンDを体内で合成しなければ、冬に風邪に罹患し易くなるばかりか、肝油ドロップを摂取していない現代人はクル病になってしまう恐れすら有るのだ。WHOがアンチUV注意喚起する10時から14時までが狙い目である。
 強烈な紫外線が肌を焦がし、試合開始10分経過したピート・ロバーツの肌の様に全身が紅潮してくる。
 
 8時から15時まで途中昼食15分を挟み、約30分おきの水風呂、ミネラル水に体液と浸透圧が等しくなるよう食塩(赤穂の塩)を混ぜた塩水を摂取。読書、仮眠。
 この日、東京の最高気温31°C。ベランダ好きの我が家の猫も裸足で逃げ出す気温であった。
 
 夏の恒例行事を滞りなく済ませ、一息吐くが、いつまで経っても頭がぼーっとし、そのうち悪寒がするようになったので念のため検温すると、水銀柱は37度8分を指す。平熱が低い自分にとっては、かなりの高熱である。

 無事一晩で熱は引いが、何事も程々が肝心な事を学んだ夏の一日であった。

2006年08月05日

祝「日本沈没」動員200万人突破!フツツカな私の出演記5

2005年11月14日
古都鎌倉、名刹建長寺。
 
 晩秋の冷え切った空気にバリカンのモーター音が木霊する。去る7月15日に公開され、大ヒット中の「日本沈没」本編の撮影現場、その控室で厳かに剃毛作業が行われている。
 国土存亡の危機に瀕し国宝が海外に持ち出されていく、と言うシーンの撮影で、本職の役者ならまだしも、台詞がないのに頭を丸めてくれる奇特な人はそう容易く集まるはずもなく、スタッフに声掛かりがあった次第である。特撮部からの参加者は俺一人、本編からは演出部、大道具、スチールマンらがいる。どうせ、頭を剃るなら、フレームに良いポジションに陣取り末代までの語りぐさにすべし。
 
 剃り上がった頭を見てつい、「こんなになっちゃた」と長澤まさみ風に心中呟く。
 
 ところで、このシーンのメインキャストはガンダムの富野監督。当然高僧の役である。然らば、袈裟の色を監督の次席にすれば良い位置を確保できるはず。キャリアと人脈のナセル技、ナセルはアラブの大統領である。
 撮影現場に赴く。皆寒そうであるが、しっかり防寒下着を着込んだ俺は問題なし。昼食押しで撮影終了。勇気を振り絞り富野監督に写真をせがむ。記念は此だけ。ほとんど会話できなかった・・・・・。残念。
 
 撮影から早八ヶ月、剃毛した頭は、既に元のロン毛に戻っている事は言うまでもない。

 究極の特撮スペクタクル恋愛映画「日本沈没」、未見の方は、涼しい映画館へどうぞ。

2006年07月09日

ワールドカップドイツ大会 その3 対ブラジル戦 GL敗退の代償・敗北と壊れた××を抱きしめて1

2006年6月22日
日本、東京、自宅。

 我が代表、クロアチアにも引き分け、GL最終戦を残すばかりとなった。ブラジルに大差で勝てるとは夢にも思わないが、早朝、生中継で観戦しなければ世間に申し訳ない。
 自分は基本的に朝型人間で、深夜になると猛烈な睡魔に襲われるのである。出来れば、夜間のお仕事、つまり撮影行為も避けたいところである。
 早朝行われる最後の日本の試合を迎えるに当たり、早めの飲酒→仮眠→起床後観戦の計画を練る。都合良く友人から飲酒の誘いがあったので、夜の街に出かける。当然痛飲。往路使用した自転車に乗って帰宅するのは危険と判断。盛り場の歩道に繋留、翌日回収する事にする。事に当たって慎重に考え行動する私としては、当然の安全策である。
 居間のソファで目覚まし時計を三個セットし、後は仮眠するばかりなり・・・

 目が覚めると、外は朝日に満ちている。やはり飲み過ぎたか、しかし、結果を知らなければ、生観戦と同じだ。レコーダーを確認すると録画は成功している、いざ再生、その時ノートパソコンが床に落ちているのに気がつく。液晶ディスプレイが墨塗り教科書になっている。いや、大丈夫、俺はAppleCareに入っているので無償修理が出来るはず。先ずは観戦、観戦。
 
 日本の完敗を見届け、渋谷の修理屋に持って行く。担当者「液晶が割れていますね。これは保障外です」と衝撃の一言。修理見積もりは

      11万6千円也

 見積金額が渦巻く頭を抱えながら、昨晩自転車を止めておいた駅前に行くと、愛車が見あたらない。さては盗まれたか、と付近を歩くと、「この辺に停めた自転車は回収します」の看板。徒歩15分、自転車保管所で愛車発見。保管料5千円也。申し訳なさそうに対応する係のおじさんには、「停めた私が悪いのです」と笑顔で答えるも、帰りのペダルは途轍もなく重かった。

 W杯決勝は今晩深夜。早めの飲酒→仮眠→起床後観戦。上手く行くかどうか。物は壊さないようにします。

2006年07月08日

ワールドカップドイツ大会 その2 韓国・トーゴ戦 亜細亜の解放5

2006年6月13日
ソウル 市庁前。

 昨晩の敗戦のショックから覚めやらぬまま、韓国の初戦当日を迎える。次回W杯のアジア枠の確保を鑑み、大きな気持ちで韓国を応援するを決め、赤いシャツに袖を通し、W杯やデモ行進でお馴染みの市庁前に赴くことにする。
 試合開始2時間前にして、地下鉄の駅から、市庁前の広場は赤い人民の海である。別の意味での韓国の赤化は完了したと言っても良かろう。大通り沿いに選手の巨大な像が並び立ち、特設ステージでは有名(多分)歌手のライブも行われていて大声を出さないと会話も出来ない程である。
 本日、一緒に観戦する知人が酒と食料を大量に持参してくれたため、かなり豪華な路上宴会の体を成す。この国ではビールを卒業した後、酒の選択肢が狭く何時も苦労するのだが、初めて飲んだ安東焼酎というのが日本の焼酎並に美味しかった。もっと早くその存在を知っていれば、無駄に肝臓にダメージを与えることはなかったのに、と悔やまれる。
 当場所には、ビルの壁面数カ所に街頭ディスプレイが有るのだが、かなり距離があり、たとえて言うなら200万人入る競技場の最上段から観るとこんな感じ、の様。細かいことはよく分からない。
 13万人を照らしていた太陽が徐々に力を無くしていく。大演説をこの時間帯に設定したヒトラーの気持ちが肯ける。
 試合開始前、酒で膨らんだ膀胱を空にすべく、勘を頼りに人混みを掻き分ける。程なく、雑居ビルの1階が開放されていて、難なく用を足すことが出来た。さすが官民一体でW杯一色の御国だけのことはあるわい、と一人感心。
 前半韓国が先制される。当然「大韓民国」の大合唱である。が、得点シーン以外では、連れとお喋りしたりメールしたり、試合を一生懸命観ていないも多い事を私は見逃さない。お祭り騒ぎしたいだけの人が居るのは何処の国も同じか。
 さて、ハーフタイム、若干尿意を覚えるが今便所へ動くのは危険と判断、後半始まってから行動開始を決心する。ちなみに映画を観ている最中そうなったら、私はラブシーンの時行くようにしている。内容が大きく転換することは無いからだ。
 後半開始早々、同点に追いついたのを確認してからおもむろに便所に席を立つ。この段階でかなり尿意が来てたが、便所の場所の確認済みなので、慌てず前進。ところが・・・・
 当雑居ビル便所封鎖。当てが無いと分かると、尿意グラフが二次曲線を描いて上昇するのが不思議である。もっと先に行けばと思い、歩調を早めるが人混みでままならない。異国の地で小便を「しかぶる」と言う最悪の結果が脳裏をよぎる。

 仕方が無い。緊急避難である。

 駐車場の端の植え込み、回りより多少暗い場所で一気に解放する。
 解放。
 美しい響きである。
 こうして、私はたった一人で韓国で(をではなく)解放した。

PS
韓国も我が国と同じく決勝トーナメントを逃すが、韓国のねばり強さはお見事である。ただ、唯一負けたフランスが優勝したら大騒ぎするんだろうなぁ。

2006年07月02日

ワールドカップドイツ大会 その1 対豪戦 あゝ連合艦隊

2006年6月12日
韓国、ソウル。
 
 全日本の初戦をソウルで迎えることなった。
 2002年W杯が日本単独開催だったら、バーチャルスタジアム(注1)が実現され、今大会でも3D画像でピッチを駆ける我が代表チームを国内のスタジアムで観られていたはず、と思うと、JFAの工作能力の無さに今でも腹が立つのだが今更ジローである。

 生涯初のパブリックビューイングをソウルの繁華街、明洞中心部のビアホールで決行。後援に日本大使館も名を連ねる正統なイベントである。入場料無料、アサヒスーパードライレギュラー缶二本付き。日頃は文句たらたら言いながら飲むSドライも当地の薄いビールに慣れた舌には殊の外甘露である。

 入場開始1時間前には既に長蛇の列。何とか店内に潜り込むも椅子テーブルは既に埋まり、床に座るしかない。一人に与えられた面積は、奴隷船の船倉並の狭さである。
 自分が腰を据えた場所の唯一の利点はビールの販売カウンターに近いこと。キックオフ前に既に無料割り当て分のビールは飲み尽くし、満員の熱気でビールが砂に水が染み入るように体内に吸収されるにつれ、懐は寒くなっていくのである。残念なのは、画質が良くないのと(NHK・BS1)と16対9の縦横比を更に湾曲させて映写するプロジェクターの設定失敗。
 
文句は言うまい。何せタダだから。

 中村の先制ゴール。
 特殊潜行艇のシドニー攻撃か、はたまた伊二十一のニューカッスル砲撃を想起したのは私だけではあるまい。一億三千万国民が信濃町方向へ頭を垂れたはずだ。
 酔った頭が、このまま逃げ切りモードの楽観的判断を下す。スペイン代表が無敵艦隊なら、全日本代表は西太平洋からインド洋まで席巻した連合艦隊と渾名が付いても良かろう、このまま勝てば。

 試合と人生に油断と飲み過ぎは禁物である。結末は8分で3点の惨敗。
動揺する胸中に「元TBSの森本アナは8日で三人だったっけ?」(注2)と下らない記憶が蘇る。

 その後、残念会と称しご当地の薄いビールと甘い焼酎で気分を紛らわした事は言うまでもない。

 そして、翌日。韓国vsトーゴ戦は次回。

注1 2002年W杯が日本開催だった場合の最大の目玉。但し、本当に可能だったかどうかは疑わしい。
注2 同アナウンサーが写真週刊誌に女性との交際を報じられたときの見出し。本人は否定しなかったので、却って男を上げた。


2006年02月09日

日本アカデミー賞

 先日の佐藤監督のブログで初めて知った。
 
 「ホーリーランド」7, 8話(俺組)9, 10話(西山太郎監督)の撮影を担当した釘宮慎治氏が, 「蝉しぐれ」で栄えある日本アカデミー賞撮影賞を受賞した。彼とはお互い長い助手時代に苦楽を共にし、短い期間ではあったが自分の作品を撮ってもらったので、我が事のように嬉しい。私も一層精進せねばならぬ。
 最優秀賞が取れるよう、ささやかな一票を投じる。発表は3月3日。日本テレビ系21時からオンエアである。
 釘宮キャメラマンと「ホーリーランド」で3,4話を担当した山口監督の映画「ベルナのしっぽ」の公開も待ち遠しい。
「ホーリーランド」も「蝉しぐれ」も既にDVD化されているので、是非ご覧下さいませ。
 釘宮キャメラマンの最新作は、WOWOWドラマ「対岸の彼女」。
 女同士の友情話は興味の範疇外の私だったが、拝見したところ、

「感動した」

 この作品の再放送は2月15日20時から。

 携帯電話に関し、皆様の助言を元に次なる機種の検討に入らせていただきます。
 物を長い間大事に使うのも程度の問題。経済発展の為には、生産と消費、スクラップ&ビルドが必須。逆LOHAS精神で残り人生を全うしたいと思います。

 本日以上。

2006年02月07日

俺のモバイルライフ2

びでおやこいけさま、レスありがとうございます。
結局、その日のうちにNTTドコモのお姉さんから連絡があり、2004年10月をもって在庫切れ、あしからず、とのこと。
1999年生産中止なら、通産省通達を5年と考えれば責任はないのであろう。

しかし、未だ充分使え、愛着のある機械を見限らなければならぬ。無念。

最新G3機は、現行機で電波状況が悪い拙宅での運用が不安。
桂樹フォン使うほど年じゃないし。
あー面倒くさい。

2006年02月02日

俺のモバイルライフ

 2006年2月2日、NTTドコモショップ成城学園店
 
 実は私、携帯電話歴は長いのである。初めての電話機は1996年に7万円弱で購入。3年間使い倒した後、1999年から愛用しているのがNEC製N207S。

モノクロ液晶の最高峰機種である。

漢字変換機能がついた。
電話をかける相手の名前を受話器に呼びかけると電話帳からその番号が選択され、後はボタン一発で繋がる。
この機種one&onlyの機能・・・。

 3年程前に、新機種を買うよりも高い金を払って、バッテリー交換したのだが、またまたへたってきた。NTTドコモ成城店で注文しようとしたら、センターに在庫が無いと言われ, 俺は「メーカーに直接問い合わせてみる」と捨て台詞を残し職場へ。
 製造元のNEC曰く、作ったモノはすべてNTTに卸しているので在庫はない、とつれない。それでNTTドコモに電話して在庫を調べてもらっている所。
 オペレーターのお姉さんが、各小売店の在庫までは把握してないと言うので、
「製造中止後6年(だったっけ?)部品の在庫を保有しなさい、という通産省の行政指導はどうなった、草の根を分けても探し出してくれ!」
と強気に出た後、
「よろしくお願いします」
と泣きつく。
 
 どうなる事やら。

2005年11月21日

ダンケシェーン グラーフツェッペリン!その2

 北九州上空高度1500フィート、速度40ノット、進路西南西。
 新門司を飛び立ったツェッペリンNT飛行船BMW号は北九州工業地帯を巡航。
 前日の深酒、睡眠不足にも拘わらず体調も良好。
 幼稚園から高校まで私を育んだ北九州市を初めて空の上から観る。スペースワールドは誰も人がいない。新日鐵が身売りする訳だ、と納得するが、未だオープン前。早合点は禁物である。
 我が学舎、八幡大学付属高校を発見。男子校で暗い3年間を過ごした。今は九州国際大学付属高校と立派な名前になっているが、当時トウ大、キュウ大、ハチ大と、数が小さくなると大学のレベルが下がる、と馬鹿にされたものである。東大、九大、八大のことね。

 九州北部バス釣りのメッカで有る遠賀川に沿って南下。直方、飯塚筑豊地方を上空から観察。ボタ山を削って宅地だかなんだかの開発が進んでいるよう。「青春の門」再映画化するときはどうするのやら。

 真っ平らな佐賀平野から有明海を抜け、雲仙普賢岳へ。噴火から10年経ても荒々しい山肌が眼前に迫る。空撮に都合良いよう機動させる操縦士の腕前に頭が下がる。有明海を経て目的地桜島上空。こちらも普賢岳と同様願ってもない好天である。撮影は快調に進む。

 午後3時石川島播磨重工の敷地に着陸。キャメラを地上に据えて数カット撮って撤収。地元放送局の取材が夕方オンエアされるとのことで、実家の母親に知らせる。40歳からの親孝行である。果たして福岡で放送されたやら・・・。

本日の飛行時間6時間。多分人生最初で最後の飛行船体験であった。



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2005年11月13日

ダンケシェーン グラーフツェッペリン!その1

 2005年10月30日, 九州上空。
 私はツェッペリンNT飛行船BMW号の機上の人となった。第一次世界大戦、ロンドン子を恐怖のどん底に陥れたツェッペリン伯号の末裔である彼女の諸元。

全長75メートル
乗客12名
最大速度125Km/時
最大航続時間24時間

 1928年に初飛行したLZ127Graf Zeppelin号は

全長237メートル
乗客20名
最高速度128Km/時
航続距離1万Km以上

 ちなみに燃えたヒンデンブルグ号はもっとでかい。

 比較するべきもない華奢さであるが、機体構造は気嚢に骨組みを有する硬式飛行船で、構造材は炭素繊維で正常進化、これがニューテクノロジー、NTの称号の由来である。日本にただ一機、世界でも三機しかない。時々飛んでいる某タイヤメーカーのヤツや、日立の懐かしいキドカラー号(ポンパ号だっけ?)とは格が違うのである。


 出航地である北九州新門司は朝から冷たい雨が降っていた。
 最新鋭の飛行船はこんな悪天候をものともしない、と言いたいところだが、彼女は非常に繊細なのである。巨体に付着した雨滴がかなりの重量となり、バラストの調整に手間を取られているようである。
 飼い主に首輪を捕まれた大型犬のようにマストに繋留され、風に漂う巨体を眺めつつ、煙草を喫もうとするが、機体のそばは火気厳禁である。もちろん浮力材はヘリウムなのでヒンデンブルグ号の様に燃えることはないのだが(注1)。
 いよいよ、搭乗開始。程なく離陸となる。
 繋留索がマストから外れ、機体側部のエンジンパイロンが下向きになり、地上が遠ざかる。エンジン音、振動共にヘリコプターとは比べられないほど静かなのだが上昇速度は驚くほど早い。未体験の飛行感覚に去年の流行語大賞が浮かぶ。
「チョー気持ちいい」


注1 実は飛行船の外皮塗装に酸化鉄とアルミニウム粉末を用いていた為、雷雲の中を飛行した際に帯電し、その後発火したそうだ。

2005年10月30日

実りの秋

 ようやく自分が監督した「氷の美女」「アカルイセカイ」のオンエアも終わり、ほっと一息。お世話になったスタッフ、キャスト、そして土曜日の朝にも拘わらずご覧頂いた方々、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。大変ありがとうございます。一層の精進を心掛けますので、今後ともよろしくお願いします。
 これからも「ウルトラマンマックス」をお楽しみに。

 11月28日に「ホーリーランド」7, 8話のDVDが発売された。それでこの表題。

 次回は多分飛行船搭乗記の予定。

 
 

2005年10月28日

ホーリーランドの猛者達

 去年の今頃は「ホーリーランド」やってったなぁ、と思うと1年経つのは早いもの。感慨深い。先輩から「30歳台はあっという間に過ぎる」「40以降は坂道を転がるような早さだ」と言われ、そうなると残りの人生棺桶に片足は突っ込むまでは行かないが、棺桶の材料を山で切り出してる頃合いか。
 「アカルイセカイ」でもホーリーランドの出演者にお世話になりました。もっと多くの方々と現場でまたお会いしたかったのですが、配役がないので仕方ない。又の機会お願いします。ちなみに・・・
 
 ヨシイ役の三元君、今回は鼻をすすっていません。
 ショウゴ役の鈴木君は「セイ!」といいません。
 ワタル役の佐々木君はこのブログでお馴染みのノーマン組も期待。

 鈴木、佐々木の両名は意外な1シーンにも出て居ます。気づくかな?
 オンエアはいよいよ明日。乞うご期待。

2005年10月24日

軽いセカイを

 「氷の美女」はシリアスな話なので、もう一本は軽めの内容を、と思った。
 オンエアは秋口だが、撮影は7月の20日頃から始まる。
 梅雨明け10日、1年で一番お日様が頑張っている時期、これを生かさない手は無いと考えた。福田さんの「明るい世界」はまさにぴったりであった。
 これなら、現場で蝉が喧しく鳴こうが、町中での盗み撮りで一般通行の方々の服装が気になることもあるまい。さすが撮影現場経験18年、俺って切れ者、と一人ほくそ笑む。
 
 「明るい世界」をカタカナ表記で「アカルイセカイ」にしたのは黒沢清監督の名作「アカルイミライ」に敬意を表して。
 決して週刊ポストの「アカルイハダカ」からではありません。

2005年10月23日

就職戦線異状なし

 コバ隊員の活躍で無事地球は救われた。
 休む間もなく、毎週怪獣・エイリアンと戦わなければならないので、DASHの隊員は大変な重労働である。
 だから、二週間に一機ぐらいダッシュバードが損耗しよう、ミズキ隊員が何度失神しようが大目に見ようじゃないか、納税者の諸君。
 
 次回「アカルイセカイ」の脚本家福田卓郎氏とは、金子監督の「就職戦線異状なし」で出会った。内トラ出演されていたので、良く現場でお話しする機会が有ったような気がする。内容は覚えてないけど。福田さんが演じたのは、リクルート学生を地方に連れて行って他社の内定を取れないように工作する食品会社の人事担当者役だ。早朝、伊豆稲取温泉の海岸を、浴衣の前をはだけさせ織田裕二と的場浩司を追って力走する勇姿は劇中屈指の名シーンと言える。
 同作では若かりし頃の佐藤監督も出演しているので、未見の方はDVDでどうぞ。
 実は自分も東宝マークの次のカットで・・・・。


2005年10月21日

若い娘が

 第17話「氷の美女」は初マン「ミイラはふたたび」の若い女版を念頭に置いていたのだが、稿を重ねていくと、金子監督の「ガメラ3」を意識するようになる。撮っても、いや、もとい、とっても似ている話なのである。同作では少女の怒りのエネルギーが怪獣イリスに力を与え、人類を窮地に陥らせる。向こうが少女なら、こっちは見かけだけは妙齢の女性だ。彼女が念を怪獣エラーガに送ると・・・
 石原先生の「太陽の季節」。はたまた「白蛇抄」の杉本哲太状態だ。意味が分からない人は、近くの日本映画ファンに聞いてみてください。
 もっとも、その描写は特撮の菊池監督のコンテなのだが。

 究極の力を得たエラーガにマックスは最大のピンチを迎える。人類を救えるのはコバ隊員しかいない。頑張れコバ隊員!!!ワカメを頭に載っけている場合じゃないぞ!

 いよいよ放送は明日7時30分。よろしくお願いします。

2005年10月19日

特技監督と

 拙作「氷の美女」「アカルセカイ」の特撮を担当したのが、菊池雄一監督である。
 彼とは金子監督の「ガメラ3」で出会った。私は金子組の助監督、菊池監督は樋口特技監督の下で同じく助監督を務めていた。それから数年、金子監督が東宝で「ゴジラ・モスラ・キングギドラ」を撮ったとき、特撮神谷組のチーフ助監督ををやっており、両組チーフ同士、成城近辺で打ち合わせと称し良く飲んだものである。
 その後菊池監督は「ゴジラ×メカゴジラ」で東宝史上最年少の特撮監督、無数のウルトラマン特撮を担当するという栄達を極めたのである。
 春先脚本打ち合わせで久々の再会を果たして以来、暖簾をくぐり続け今に至る。作品は飲み屋から始まる。  
 ザ・ファンクスorBI砲になれたかどうか。

2005年10月16日

乗り物万歳

 こう見えても、いやこのブログをご覧頂いている皆様には私の姿など見えるはずもないのだが、私は乗り物が大好きである。自分の乗り物好き好きランキングは

横綱 飛行機
大関 自動車
関脇 オートバイ
前頭 鉄道

 横綱格の飛行機は、わざわざイギリスまで航空ショウに行く程である。。官民問わず飛行場周辺住民には申し訳ないが、ジェットエンジンのタービン音が聞こえてくると血中アドレナリン濃度が一気に上がるのである。「ウルトラマンマックス」は大御所板野一郎氏が飛び物を担当しており、毎回格好良い演出に痺れているのは私だけでは無かろう。
 ダッシュアルファはもちろんイタリアの名車アルファロメオである。エンゾ・フェラーリが戦後自社を立ち上げる前、アルファロメのレーシングチームを仕切っていたのはご存じだろうか?はたまた、かのヘンリー・フォードが「アルファロメオが私の前を通る度、敬礼する」と言ったのは?
 親父が薀蓄傾けてると嫌われるので、このぐらいにしておくが、何しろ歴史と伝統の名門である。撮影中、助手席に乗っけてもらったが、水泳の北島選手よろしく「チョー気持ちいい」
 17話「氷の美女」でDASHに新しい乗り物が登場する。その名もダッシュドゥカ。当然イタリアの名車ドゥカティをベースにしている。彼女を撮影しているとき、松任谷正隆作曲カーグラフィックTVの主題曲と、古谷徹のナレーション「伝統の横置き90度V型二気筒エンジンはL型とも言われ、吸排気バルブは当然デスモドロミックと呼ばれるカムによる強制吸排気・・・・」が頭の中に流れ、隣のスタッフに、「××さん、今回のドゥカティは」と話しかけそうになった。
 ダッシュドゥカ、どう活躍するか、乗り物が好きな方もそうでない方もお楽しみを。

それはさておき、コバ隊員の頭にワカメ載っけるの忘れないようにしなきゃな。
プロフィール
アサ・ムラカミ
金子組の助監督から、ホーリーランドで監督デビュー 。数多くの日本映画で助監督を務める。
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