ヤンキー・ビジネススクール ~電脳街の悪童達~(AKIBA賞応募)

ネアンデルタール人が僕に飛びかかり、胸倉を掴み、まさに殴らんとしたとき。
「ドス」
担任の声がすると同時に刃渡り十五センチ程のナイフがネアンデルタール人の頸動脈に押し当てられた。
「チキショー、何でこの俺様がホモ・サピエンスごときにしてやられなきゃならねーんだよぉぉ!」
「じゃあ皆、席について。まずは自己紹介からはじめてもらうから」
ネアンデルタール人の雄叫びも虚しく、担任は粛々と話しを進める。
教室内の猛者たちも流石に大人しくなったようで名前や出身校、入部予定クラブといった簡単な自己紹介を席順にはじめた。
スケバンになった彼女も含め、皆、意外と普通に自己紹介している。担任の指導力の賜物である。
まあ、ナイフを出さなければ、もっといいけど。
僕の番がきた。
「区立上東中学出身、平世之助です。入部クラブはこれから決めます。ヨノスケって呼んで下さい。よろしくお願いします!」
この調子なら案外、上手くやっていけるかもしれない。
そんな勘違いが出来たのは、ネアンデルタール人の番までだった。
「地上にのさばるホモ・サピエンスどもめ、覚えておけ、決戦兵器を用いて、このクラスを統べるのは、俺だ!」
なんと! 人類への戦線布告に見せかけて、いきなりのクラス統一宣言だ。
おまけに明らかに僕の方を睨んで、叫んでいる。
ああ、入学初日からとんでもない奴に目をつけられてしまったものだ。
やはり、まともな生活は期待出来ない……。
僕が頭を抱えているうちに今、教室にいる人達は自己紹介を終えたようだ。
廊下もそろそろ落ち着いてきた様子である。
教室にいない人達は、三割くらい。
廊下で騒いでいたであろう彼らは、今頃、職員室で怒られているのかもしれない。
「じゃあ、私も軽く自己紹介するね」
担任は、チョークをとり、まやくみつゆ(仮名)
と黒板の中央に大書した。
「先生は、妖精さんなので教員免許は勿論、戸籍もありません。教師になる前は、お薬を運んだりする仕事をしていました。だから、英語と地理が得意で教えています。よろしくね」
教室がざわつき始める。
「よし、私の自己紹介も終わったようだし、そろそろオリエンテーション、始めよっか」
担任は、ウキウキした様子で告げた。
ここからが本番だ、とばかりに。

「じゃあいつ感謝を伝えるか、今でしょ!!」
突然響いた、謎の声。
思わず、振り返ると、そこには白いYシャツに赤い蝶ネクタイを付け、グレーでチェック柄のズボンをはいた、中性的な人物が立っていた。
「じぇじぇ、今でしょ!! が伝わらない!?まあ、これ流行ったとき君ら小学生くらいだもんな。覚えてないのも無理ない。Generation gapだな」
「すいません、あなたは……」
僕が恐る恐る尋ねるとその人はくしゃっとした笑みを浮かべて
「私は、君の担任のヤクみつゆ(仮名)だよ。これからよろしくね、タイラ・ヨノスケ君」
「よ、よろしくお願いします」
何で(仮名)なのか、気になるものの触れない方がいい気もしたので、やめておく。
「じゃあ、すぐ教室に入って。新入生 オリエンテーションのホームルーム、もうすぐ始まるから」
先生(?)は、ここで声を落として
「あの子にお礼、忘れたらドスだからな」
と言い残し、横たわったままのネアンデルタール人を介抱する。
教室の中は、意外にも静かだった。
とはいっても、まだ半分くらいの生徒しか室内にいない上、静けさの質も猛獣同士が互いの力量を推し量る際にみせる、台風の目にも似たそれである。
台風に例えるなら、目のさらに中心に僕の思い人はいた。
こんな雰囲気で声など出せるはずもない。
黙って席に座ろうと思ったとき、僕の脳に先生の言葉が浮かんだ。
お礼を忘れたら、ドス。
悪い冗談だと思うこともできる。
礼を言ったことにして、誤魔化してもいいだろう。
しかし……。あの入学式を思い出してみろ。
僕達は、逃げられないのではなかったか。
とすれば、一見、温和そうなあの先生も……。
恐怖に向き合うように一歩ずつ足を進める。
彼女の隣につく。
「さ、さっきはありがとう。それじゃあ」
「どういたしまして」
彼女が笑ったかは定かでない。
それでも表情が少しだけ柔らかくなったのを確かに感じた。
よし!
溢れ出る幸せで心臓をバクバクさせながら僕は自分の番号が貼られた席に着く。
そういえばあの先生は、入学式当日から僕の名前と顔を覚えているんだよな。
もしかしたら……。
ここは、通常のヤンキー高校より何倍も恐ろしく何倍も真摯な教育機関なのかもしれない。
幸せを保存するように目を閉じて、そんな感傷に浸っていた。
その矢先。
グワーンという音。
それが教室のスライドドアを乱暴に閉めた音だと気が付いたときには、もう遅かった。
すでに怒りを爆発させたネアンデルタール人が僕に飛びかかっていたのだから。

小顔で愛くるしい清楚系少女だったあの子がスケバンとなってしまった。
あまりのショックに僕は言葉を失い、助けてくれたお礼も言えないまま、立ちすくむ。
彼女は、そんな僕を横目で一瞥すると竹刀で床をバシンと叩いた。
「邪魔、退いて」
僕とネアンデルタール人の騒動を見物していた連中がいそいそと道を空ける。
それを見たその他の連中もこいつは、手強いと感じたのか騒ぐ場所を移動し、彼女の道を作った。
勿論、まだ取っ組み合っている連中はいる。
それでもこれだけの騒動がある中、悠々と進む彼女の姿は、今までとは別の意味で既に僕の手が届かないものになりつつあった。
このままでいいのか?
中学三年の三学期、彼女と隣りの席になるという最上級の幸運と黄金の時間を殆ど無駄にしてきた。
それを繰り返すのか?

時間を保留という形でどぶに捨ててきた。
次の休み時間に必ず話しかける、いや明日こそ更なる幸運が……話しかけるチャンスがあるはずだ、といった調子で。
果たして、ラッキーは訪れた。
彼女の進路希望表にヤンキービジネス・ハイスクールと書かれているのが偶然、目に入ったのだ。
そして……ああ、なんと愚かなことだろう。
僕は、千載一遇の機会を逃してしまったのである。
「そこしか、志望してないの?」
僕なりに精一杯、勇気を振り絞って声をかけた。
「そうだけど、どうかしたの」
彼女の成績ならばもっとマシな学校もいくらでも狙えるはずだ。
そんな思いが伝わってしまったためか彼女は少し不機嫌になった。
それだけで僕の頭は真っ白になる。
これ以上、彼女に嫌われたくなくて……僕は以降、彼女に話しかけるのをやめた。
頭にモヤモヤを抱えながら、今は受験があるからと言い訳して。

そして、受験は全滅した。
冷やかしで受けたヤンキービジネス・ハイスクールを除いて。
彼女のコトを考えると勉強に手がつかなかった上、試験シーズンに高熱が出た。
勿論、これも言い訳である。
結局、卒業式でも話しかけることは、出来なかった。
彼女にあんなこといっておきながら、ヤンキービジネス・スクールにしか受からなかった僕が、どの面下げて話しかければいい。
それにクラスの奴らに知られたらどう思われるだろう?
大丈夫、高校は同じだ。時間は沢山ある。
そうだ、高校の入学式なら……。

そう考えて今に至るわけだ。
動け、俺の足。
震えろ、俺の喉。
ああ、それなのに。
まず、近づくべきか声を張り上げるべきかで悩んでしまう。
彼女の背中は、どんどん遠くなる。
どうすればいい……。

「じゃあ、いつ感謝を伝えるか? 今でしょ!!」
突然、謎の声が響きわたった。

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