医科歯科いちょう - コピー


 診断書をもらいに
 病院に行ってきました
 医科歯科大学病院前の
 イチョウがきれいに
 色づいていました


















 難病になって、「生と死」に向き合わざるを得なくなったせいか、ここに来て哲学的なことをよく考えるようになっている。


  以前より、哲学や宗教、心理学や神秘主義といった分野の本を読むのが好きではあった。しかしこれまでは、趣味程度かライフスタイルと言った程度のこと。

 しかし、今の思索は真剣味が違う。

 思えばこれほど科学が発達した世の中になっていても、本当のところは昔と対して変ってはおらず、世の中わからないことだらけだ。生命とは何か、物質とどう違うのか。なぜ病気があるのか。なぜ悪は無くならないのか。善とはなにか。

 人生の根本的なことについては、実は何も分かってはいない。人間、自分にとって幸せとは何か漠然とした価値観を持ちつつ、その物差しにしたがって、自分が幸せであることに酔いしれているか、あるいは反対に、今の自分が不幸であることを嘆き苦しんでいるかのどちらか、といったところか。

 今の自分は平和な社会に住んで安心した生活を送ることができているとしても、地球全体を見て判定を下すとしたら、とても今の世は平和な世界とはいえないだろう。


 地球から暴力の種は消えず、毎日餓死する子どもたちは絶えない。

 そのような世の中にあって、自分が難病に苦しんでいる意味を考えてしまう。考えても仕方のない事だろうに。

 統合失調症の患者の出現率について聴いたことがあるだろうか。何と、1%である。100人に一人は統合失調症であるということだ。これって、結構大きい割合ではないだろうか。しかも、専門家の弁によれば、その割合は、増えもしなければ減りもしないのであるという。


 人類にとって厄介な病気が存在するのには、我々の小さな頭脳には測りきれない、深い意味があるのかもしれない。


 

 


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